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GOD GAME
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授業が終わり、ガタガタと席を立つ1E生徒達。教師は、一番後ろの席でせっせとノートをまだ写している生徒を切なそうに見てから呼ぶ。
「アガレス」
「は、はい」


ガタッ!

今までの彼からは想像もつかないまるで別人。表情が柔らかく、腰の低いアガレスは立ち上がる。
「お前が今週掃除当番だからな。頼んだぞ」
「分かりました先生」
その気持ち悪い程優等生なアガレスに、トムやアイリーン、カナは呆然。アガレスはパタパタ慌てて教室を出ると、掃除場へ駆けていった。
突然ヴァンヘイレンを辞めて突然帰ってきたアガレスが記憶喪失になっている事は既に1Eの生徒全員が知らされている。だが、知っていてもアガレスのあまりの変わりようにはまだ慣れなくて、ポカーンとしてしまう面々。
「転入生本当に記憶喪失…なんだな。優等生みたいになっちまって。まるで別人だぜ」
「ええ。何があったのかとても気になりますわ。記憶を喪失しているから先生がお尋ねしても自分の名前しか分からないと仰るそうですし」
「あんなんで大丈夫かよ?来週には8年生との合同大任務があるってのに」
「大任務?それは何ですのトム」
トムがファイルから資料と一緒にA4サイズのチラシを一枚取り出して、机に広げる。そうすればメア、カナ、アイリーンも集まってきた。椎名だけは自分の席に着いて窓の外を眺めているが。
















トムが広げたチラシにはマゼンタを中心とした蛍光色で描かれた虎やピエロのイラスト。
「MARIA…サーカス?」
「そう。MARIAサーカス」
トムはチラシを持ち、女子3人に説明する。
「世界には数々の有名サーカス団が健在する。その中でも世界中でトップを誇る人気・実力のサーカス団。それがMARIAサーカスだ」
アイリーンはぱちん!と両手を合わせる。
「ああ!それでしたら昨日テレビのコマーシャルで宣伝しているのを見ましたわ」
「そう。だってMARIAサーカスは明日から2ヶ月間アンジェラで開演されるんだからな」
「サーカス?この街にサーカスがくるの?」
「ナタリー。もうサーカス団は3週間前からアンジェラ入りをして練習してる。開演されるのが明日ってだけでさ」
メアはチラシをまじまじと見ながら首を傾げる。
「でもどうして私達ヴァンヘイレンがこのサーカス団へ任務に行くのかな?」
「人間が多く集まる所に神々が現れる。単純な事だ」
「ふぅん。そっか」
「来週に行われるその任務は俺達トム班とルディ達メア班そして8年生の1班で構成されるらしいぜ」
「8年生との任務かぁ緊張しちゃうねメアちゃん」
「そうだね。それより…何も思い出せないアガレス君も任務に連れて行くの?」
「だよな…」
メアの一言で、輪になっていたトム達は黙りしてしまう。


キーンコーン、
カーンコーン…

『校内に残っている用事の無い生徒は速やかに宿舎へ戻りましょう。繰り返します。校内に残っている用事の無い生徒は――』

「やべ!もうこんな時間かよ!」
トムは慌ててチラシをファイルへ片付ける。
「まあ転入生を任務へ連れて行くかどうかは先生が決めるだろ。じゃあまた明日な」
「また明日ですわ。皆様」
「うん。ばいばい。トム君。アイリーンちゃん」
教室を出ていく2人。














「私達も宿舎に帰ろっかメアちゃん」
「あ。その前に…」
「あ。そうだったね。先行ってからだね。あ…」
スタスタ…
今まで全く会話に入ってこなかった椎名が、メアとカナの脇を無言で通り過ぎていく。
「し、椎名君もサーカス任務の時一緒だね。よろしくね」
カナが優しい笑顔で話し掛ければ、教室後ろの扉の前でピタリ…立ち止まった椎名はゆっくり顔を向ける。あの日の狂人ぷりは無く、いつものボーッ…とした表情で。
「よろしく…ね…」


タン…タン…タン…

椎名の足音がだんだん遠ざかり、やがて聞こえなくなるとメアとカナは顔を見合わせる。
「し、椎名君って不思議な人だよね」
「カナちゃんもそう思ってた?私も。…あ!カナちゃん急いであそこに行かないと!もう宿舎に戻っちゃっているかも!」
「わあ!?もうこんな時間!急ごう急ごう!」
メアとカナは時計を見ると慌てて鞄を背負い、バタバタと教室を出て行った。





















4階、視聴覚室――――


サッ、サッ…

1人で視聴覚室を箒で掃き掃除するのはアガレス。やはり記憶を失っているから今までの無表情・仏頂面ではなく、穏やかでどこにでもいる年相応の少年の表情をしている。
「ふぅ。掃除というものはこれくらいで良いのかな」
「アガレス君!」
「あ」
ひょこっ。視聴覚室の扉から顔を覗かせて手を振るのはメアとカナ。今までのアガレスならば華麗に無視をしていただろう。しかし今のアガレスはニコッ。と笑うと箒を片手に2人の元までやってきた。
「カナ。あと…えっと…」
「もうっ!何回言えば覚えるの?メ!ア!メア・ルディ!」
「すまない。メアだ。そうだメアだったね」
ぷくーっと餅のように頬を膨らませて怒るが、すぐに笑顔になるメア。
「アガレス君体調はどう?記憶を失って体調も崩れたりしていないかな…って。ね、メアちゃん」
「私に振らないでよカナちゃんっ!」
「問題無いよ。大丈夫。いつも気にかけてくれて本当ありがとう。カナ。メア」
にっこり。
優しく微笑むアガレスに微笑み返す2人…だが内心まるで別人な彼を見ていると本当に記憶喪失なのだと実感して切なくなってしまうのだ。
「アガレス君。他に分からない事とか聞きたい事あったら私とメアちゃんに聞いてね。力になるよ」
「すまない。2人が居てくれて良かったよ。全て忘れた俺にとって、記憶喪失になる前の俺の事を教えてくれるカナとメアが本当救いだし、支えになっているから。ありがとう」
にっこり笑うアガレス。カナはチラッ…とメアを見てから「あ!」と言う。
「あ!大変!私他クラスのお友達とお茶をする約束していたんだった!メアちゃんアガレス君ごめんね。私先行ってるね」
「え!?カナちゃんちょっと!私そんな事聞いてないよ!?カナちゃん!?」
「またねーメアちゃーん」
手を振りながらバチン!とウインクをして去っていくカナ。ウインクの意味は勿論、"2人きりにしてあげたよ"の意だろう。
「カナちゃんの嘘つきー!!」
もう姿は見えなくなったカナに、階段の上からあっかんべーをするメアだった。


ぽつん…

2人になった(された)メアとアガレス。メアは最初はドキドキしていたが、急に真剣で悲しげな顔をするとアガレスの方を振り向く。
「アガレス君…」
「え?ど、どうかしたのメア」
悲しげなメアの表情にびっくりして心配する。
「私が…私が全部教えてあげる。アガレス君の本当の事全部…。だから今からちょっと時間とれるかな」


カタン…、

メアは視聴覚室の扉を閉める。カチャリ…鍵も中からかけて。突然神妙な面持ちにるメアにアガレスはキョトン…。
「本当の事…?」
「うん…。アガレス君と私ね本当は神様だったんだよ」
「え…?お、俺とメアが?」
メアは頷く。
「座ろう」
メアは窓際の席に座り、アガレスには前の席に座って後ろを向くよう促す。机を挟んで向かい合い、メアは重たい口をきる。
























「そ…そうだったんだ」
アガレスが神だった事。メアも神だった事。2人が堕天と追放された理由。アガレスはもう神ではなく悪魔である事(これはメア自体よく分かっていないが以前のアガレスから直接聞かされた話をそのまま話した)。
世界は今、アドラメレクをはじめとする、神々による"人間造り直しの儀"に怯えている事。ヴァンヘイレンはそんな神々に立ち向かう機関だという事。神は食事と睡眠をとらない事。
そして一番アガレスが驚いた話は、アガレスが堕天された最大の理由であるキユミと清春の事。全てを一気に話したメア。アガレスは冷や汗を伝わせ、呆然としてメアを見るだけ。だからメアは場を和ませようとにっこり笑う。
「ごめんねっ。いきなりこんなにたくさん話しちゃって」
アガレスは首を横に振る。
「いや。ありがとう。メアのお陰で俺の事、すごく良く分かったよ」
「本当?」
「うん」
「私達が神様だった事ちゃんとナイショにできる?」
メアが自分の口の前に人差し指を立てて「シーっ」とすれば、アガレスもそれを真似する。
「できるよ」
「ふふっ」
メアは机に寝そべりながら腕をアガレスに伸ばす。
「あとね。もう一つ教えてない事があったなぁ〜」
「え。まだ何かあるの?」
「うん。あのね…えっと…えっと!うーん。やっぱ言わない方が良いのかな?言っちゃったら恩着せがましくなっちゃうかな?」
「そんな事ないと思うよ」
「ホント?」
「うん」
メアはジッ…とアガレスを見る。
「私とアガレス君お付き合いしてたんだよ」
「え!?!」


ガタン!

思わず椅子を引いて驚いたアガレス。メアは顔を机に伏せる。
「本当〜にちょっとの間だったんだけどね。さっき私が話したキユミちゃんと清春君の事…。あれで喧嘩になっちゃってお友達に戻っちゃったんだけどね」
「そ…そうだったんだ…。だからメアは俺の事たくさん知っているんだね」
「うん…」
「…?メアどうかしたの?」
「私からばいばいしなきゃだよって言ったんだけど…けど…」
「?」
メアは顔を上げる。大きい目を潤ませて。
「私やっぱりまたアガレス君の彼女になりたいよっ!アガレス君が隣にいてくれなきゃダメダメだもん!」
「え!?」
突然の話の連続で、アガレスも目を見開いてどうして良いか分からずオロオロ。それを察したメアは下を向き、手をもじもじさせる。
「ご、ごめんねっ!記憶喪失になって今さっき、今までの自分の事を聞かされたばっかりなのにこんな事言っちゃって。アガレス君まだ私の事何も分かんないのにこんな事言われたって迷惑なだけだよねっ。本当ごめんねっ」
アガレスも顔を真っ赤にして、突き出した両手をぶんぶん振る。
「いやいや!そんな!迷惑だなんて思うわけないよ!ただ、友達だったとばかり思っていたから少し驚いたけど…。ははは」
「アガレス君?」
記憶喪失になる前のアガレスだったら絶対にあり得なかった照れ臭そうな笑顔を浮かべ、頭を掻くアガレス。














「明るくて優しいメアが恋人で、記憶喪失になる前の俺はさぞ幸せ者だったんだろうなって思ってさ」
照れ臭そうに笑ながら言うアガレスに、メアはボンッ!と顔から火を噴き、照れる。
「本当?本当の本当にそう思ってくれてる?」
「うん」
「……。アガレス君って笑うと優しい顔するんだねっ」
「え?」
「だって記憶喪失になる前のアガレス君。ぜーんぜん笑わなかったんだよ?」
「え?本当?」
「うん」
メアは顔を赤らめながら、口を尖らせる。自分の目を指でつり上げ、怒った顔をして。
「いっつもこーんな仏頂面でさっ。ついでに今みたいに優しい喋り方なんてした事無かったよ。私の事も"雌豚!"って呼んでたもんねっ」
「えぇ!?す、すまない!」
驚き、思わず椅子から立ち上がり平謝りするアガレス。メアは焦って、自分の顔の前に手を横にぶんぶん振る。
「え!?うんうん!謝ってほしくて言ったんじゃないよ!?冗談風に言ったんだよ?」
「でも、こんなに良くしてくれるメアの事を記憶喪失になる前の俺は、そんな酷い呼び方していたなんて…本当すまない!」
机に額がつく程頭を下げるアガレスの両手を握るメア。アガレスは顔を上げる。
「でもアガレス君。根はとっても優しい人だって事知ってたから大丈夫だよ」
「本当すまない…」
メアは首を横に振る。
「あ。そうだ。アガレス君。ちょっと左のポケットにお邪魔しまーす!」
「え?わっ!?」
アガレスの上着の左ポケットに手を突っ込み、生徒手帳を取り出すメア。しかしそこには、ついているはずのお揃いのキーホルダーはついておらず…。チェーンが引きちぎれた跡だけが残っていた。
「付いてない…」
「え?」
メアは自分の生徒手帳に付いているくまのキーホルダーをアガレスに見せる。しょんぼりして。
「ここにね。お揃いで買ったくまさんのキーホルダー付けてたの。でもアガレス君の生徒手帳…チェーンが引きちぎれた跡しかない…ね…」
しょんぼりしてしまうメアに、アガレスは何が何だか分からないがひたすら謝る。
「すまない!お揃いだった物を安易に無くすなんて!本当すまない!」
「うんうん!今のアガレス君は何も知らないんだから悪くないよ!それに、引きちぎれた跡があるしアガレス君は怪我しているから、もしかしたら敵と交戦した時にちぎれちゃったのかもしれないし…。大丈夫大丈夫!そんな悲しそうな顔しなくて大丈夫だよっ。ねっ!」
とは言うものの、空元気だし作り笑顔な事はアガレスにもよく分かる。アガレスは一度目線を下げてから、上げる。
「それ、まだ売ってる?」
「え?」
「キーホルダー。まだ売ってる?売ってるなら今から買いに行きたいんだ」
「え!?い、いいよいいよ!そんな大事な物じゃないし!気にしないでねっ?」
「大事な物だよ。メアとお揃いにした物ならさ。メア一緒に買いに行こう」
席を立つアガレス。メアはポカーンとしてからすぐ、ふふっと嬉しそうに笑う。
「うんっ!じゃあ私達また初デートだねっ」
「すまない…。俺が記憶喪失になったばっかり、にっ!?メ、メア!?」
ぐいっ!とアガレスの左手を掴み引っ張って走り出すメアにアガレスは困惑。
「えへへ!そうと決まったらレッツらゴー!早く行こっ!早く行こっ!」
急かすメアが愛らしくてアガレスは頬を真っ赤にしながらも、優しく笑うのだった。今までの彼とはまるで別人な満面の笑顔で。




















アンジェラの街中―――

「よかったー!くまさんのキーホルダーまだ売ってたねっ!」
例の雑貨屋で、青いリボンを首につけたくまのキーホルダーを購入した。メアは楽しそうに、アガレスの生徒手帳にキーホルダーを取り付ける。そして、自分のブレザーポケットの中から自分のキーホルダーを取り出す。
「ほら!これでお揃いだよっ」
「本当だ!良かった良かった」


コツン、

メアは自分のくまのキーホルダーの口と、アガレスのくまのキーホルダーの口とをキスに見立ててくっつける。
「ちゅー、ってね〜」
「!?メメメ、メア何やってるの!?」
恥ずかしさでボンッ!と頭から火を噴いたアガレスにメアも顔を真っ赤にして笑う。アガレスは林檎のように顔を真っ赤にしながら、本当軽くメアの頭をコツン、と叩く。
「は、恥ずかしいから!そういうのダメ!」
「えへへ〜」
メアはギュッ!とアガレスの左腕に抱き付いて顔を見上げる。たった今叱ったばかりなのにお構いなしなメアにアガレスは目をぐるぐる回し、恥ずかしさで倒れてしまいそう。
「メメ、メア!?」
「アガレス君、前のアガレス君と性格全然違うけどそれでもやっぱり根底にある性格は同じだね。…来週から任務で2人きりになれなくなっちゃうからっ!えへへっ」
とても幸せそうに左腕にぎゅーっと抱き付くメア。アガレスは汗をダラダラかき目をぐるぐる回してから…観念したのか、ふぅと息を吐くとメアを左腕に抱き付かせたまま。2人は人混みの街中へ姿を消した。















ひょこっ、

そんな2人を、電信柱の裏に隠れてサングラスをかけて尾行していたのはヴァンヘイレンの制服を着たアイリーン(アドラメレク)。
「やはりアガレス氏は記憶を失ってから性格が180度変わっていますわ!どうやら失った過去の記憶は教えてもらったようですわね。始末するにはまだ時期が早いですけれども…けれども!!」
アイリーンは純白シルクのハンカチを噛む。
「キーッ!何ですの!?あの2人の関係!?見ていて鳥肌と虫酸が走りますわ!!時期は早いですけれどもこんなに腹立たしい光景を毎回見る事になるのでしたらあの2人、もう始末してしまいましょうか!」
「そうだね…さすがに街中であんなにベタつくのは…あり得ないよね…」
「貴方もそう思いまして!?やっぱり早急に始末し…!?」


バッ!

1人で尾行していたアイリーンの背後から誰かの返答が聞こえた。アイリーンは血相変えてバッ!と振り向く。アイリーンの背後には、煉瓦造りの壁により掛かり、背中には大きな武器を担いだ椎名が無表情で立っていた。
「なっ…!?何ですの…!椎名様いつからそこに…!?」
一歩後退りするアイリーン。一歩前へ歩む椎名。
「"やっぱりアガレス氏は記憶を失ってから〜"のところから…かな…」
「そ、そうでしたの…」
――本当はそんな風に思いたくはないのですが、この人間は苦手ですわ…!――
アイリーンは冷や汗を伝わせながらも、微笑む。しかし、椎名に対しての苦手意識からひきつり笑いになっているが。














「し、椎名様もアンジェラへお出掛けですこと…?」
「特に用は無いよ…」


スッ…、

「!?」
アイリーンを指差す椎名。
「アイリーンさんを…追っ掛けてた…だけ…かな…」
「っ…!あ、あら!そうでしたの?椎名様ったら!お買い物にご一緒したいならそう仰ってくだされば宜しいですのに〜」
「僕…内気だから…ね…」
「まあ!ふふふ」
――絶対違いますわ!!今までわたくしを見ていた様子からしてこの人間は、トムのようにわたくしを下品な目で見てはおりませんもの。この人間はわたくしを疑っていますわ…――
表では笑顔を作り。裏では動揺してしまっているアイリーン。だが、椎名はやはり病的にボーッとしており無表情。
「あ。嫌ですわ、わたくしったら。これからお買い物に行かなければいけませんでしたの。椎名様。ご一緒にお買い物はまた後日…という事で」
にっこり。人間の男達を射止めてきた天使のスマイルでペコリ、一礼して去っていくアイリーン。


ガシッ!

「!?」
アイリーンの右腕を掴んだのは勿論、椎名。アイリーンはバッ!と振り向くが、やはり天使スマイルを維持している。
「どうされましたの椎名様?」
「喫茶店…」
「喫茶店?」
「フレンチトーストが美味しい…喫茶店が…近くにあるんだよ…。どう…?」
「まあ!嬉しい!でもわたくしこれから買わなければいけない物がありますの。また今度お誘いくださいな」
ばいばい、とにこやかに手を振り、背を向けたアイリーン。しかしまた…


ガシッ!

「!」
椎名はアイリーンの左腕を掴んだ。
「コ、コホン…。椎名様。積極的なのは嬉しいのですけれど、わたくし本当に今日は予定が入っておりますの。ですから、」
「食べれない…の…?」
「!?」
アイリーンの眉間に皺が寄る。椎名は、真っ赤な歯茎を覗かせ、ニィッ…と不気味に笑む。
「食事…しなくて良い体…なの…?人前で食べるの…無理なの…?食べれない…から…」
「……」
アイリーンはパチパチ瞬きをすると、にっこり!天使のスマイル。
「嫌ですわ椎名様ったら。食事をしなくて良い体だなんて。それではまるでわたくしを神と仰っていらっしゃるようなものですわ」
「……。行くの…?行かないの…?」
アイリーンは長く美しい白い髪を手で後ろへバサッとなびかせ、強気に笑んだ。
「勿論。ご一緒させて頂きますわ。椎名様との初めてのデートに」
ニィッ…、椎名は不気味に笑った。
























その頃。
ヴァンヘイレン宿舎―――

「記憶喪失になる前のアガレス君は宿舎じゃなくて、離れた小高い丘の小屋に1人で住んでたんだよ」
バフッ!
枕を抱きながらベッドに座るメア。帰ってきたアガレスは記憶喪失状態という事もあり、教師の計らいで他の生徒と同じ宿舎に住まわせる事になった。幸い、1人部屋が空いていた為1人部屋だ。隣の隣には、トムと椎名の部屋がある。
入所してから一週間は経つのだが、アガレスはまだ物珍しそうに室内を見回している。
「この枕ふっかふか〜!」
ふかふかの枕を抱き締めながら枕に顔を埋めたりやめたり…を繰り返すメア。
隣にアガレスが腰かけるからメアはアガレスをチラッと見る。アガレスは、先程買ったばかりのくまのキーホルダーをとても嬉しそうに見ている。
「人間造り直しの儀を行う神々と戦うなんて…。記憶喪失前の俺は普通に戦っていたとしても、戦い方の右も左も分からない今の俺には不安でしかないよ。でもメアも同じ班なら頑張れるね」
にこっ。今までのアガレスなら天地がひっくり返っても、地球最期の日でも、余命1日でも絶対絶対あり得なかった穏やかな笑顔でメアに微笑むアガレス。メアは顔を真っ赤にして照れる。
「ア、アガレス君記憶喪失で性格変わったとはいえ、見た目はアガレス君のままだから…!アガレス君が優しくて笑うなんてちょ、ちょっとまだ慣れないよっ」
「俺そんなに仏頂面で優しくない奴だったんだ…」
しみじみするアガレスにコツン、と寄り掛かるメア。
「…?メア?」
顔を真っ赤にして、恥ずかしさで潤んだ大きな瞳で見上げるメアに、アガレスもドキッ。
「メ、」
「ア、アガレス君が良ければそのっ…!ちゅちゅちゅ、ちゅー、と、とか…どどどうかなっ!?記憶喪失になる前のアガレス君とちゅーした事あああったんだけどっ…!」
「ど、どうかなってそんな今夜一杯飲みに行きませんかみたいな…」
「ごごごめんねっ!?ムード無くて!でも任務でずっと2人きりになれなくなっちゃうし」
アガレスは頭を掻いて酷く恥ずかしそうにしながらも顔を上げ、そっ…とキスをした。お互い目をこれでもかというくらい強く瞑って恥ずかしそうにしている。何回か触れるだけのキスを繰り返してからメアを膝の上に抱っこしてまた触れるだけのキスを繰り返す。耳まで真っ赤で絶対目を開けない互い。
キスを繰り返しながら、アガレスがメアの制服のリボンを外せば、メアは自分の白いニーハイソックスを脱ぐ。恥ずかしそうにしながら互いが顔を見合わせる。
「ほ、ほんトはこれも原因で喧嘩しちゃったんだけど…でもアガレス君が無事帰ってきてくれて嬉しいからっ…!」
アガレスの膝の上に乗ったまま首に手を回すメアのブレザーを脱がせ、頭を撫でる。
「俺もまだ、メアから記憶喪失以前の俺を聞かされたばっかりだけど…。メアは本当優しいし明るくて、何も覚えていない俺は救われたから、その…!メア大丈夫?」
メアは自分の口を自分の両手で覆い、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらもコクン、と頷く。少し躊躇いながらもアガレスはメアを上に乗せたまま、自分の背中からベッドに横たわる。


















メアはアガレスの上に乗ったまま顔を自分の両手で覆う。
「や、やっぱり恥ずかしいよっ!アガレス君はあっても私ケイケン無いもんっ!」
「じゃ、じゃあ…!」
首を横に振る。
「や、やっぱり恥ずかしくないっ!大丈夫だよっ!」
大丈夫なのかは怪しいが、相変わらず顔を両手で覆うメアを上に乗せたまま、アガレスはメアのもう片方のニーハイソックスを脱がせその後スカートに触れる。
「ひっ!」
その都度その都度すっとんきょうな声を上げて恥ずかしそうにするメアを心配しつつも、逆に微笑ましくて思わずクスッと笑ってしまう。
スカートの上から手で愛撫すればメアは体を揺らしながら、顔を覆う手にこれでもかという程、力が入り、声を押し殺す。
「っ…、ふっ…、っ…」
「メア、上からじゃなくしても大丈夫?」
問い掛けにコク、コクと頷くメア。アガレスの手がスカートの中に入る。

『悪魔化した馬鹿親父とヤったんならアンタ次期に死ぬじゃん?』

「!」
同時に脳裏で清春の言葉を思い出すメア。だが、首を横に振る。アガレスの手がスカートの中からメアの体に愛撫する。
「ふっ…!ぅん…!」


ガチャッ、

「おーい。アガレス。お前一回退学してるから再度書いてほしい書類があるん…だ…が…」
「!!」
NOノックで部屋に入ってきた1E担任教師。アガレスとメアはビクッ!とし、冷や汗を伝わせてそのままの体勢で硬直。
一方の教師は目をぱちぱち数回瞬きしてから…


ぐっ!

2人に親指を突き出してウインクする。
「青春が終わった頃に来るから安心しとけ!」


バタン!

気を遣ってなのか楽しんでなのか…ウインクとグッジョブポーズをして部屋から出て扉を閉めて去っていった教師。


タン、タン、タン…

教師が宿舎の階段を降りていく足音が遠ざかると…。
「う…うわあああん!」


バタン!

「メメメ、メア!?ちょっ、メア!?」
我に返ったメアはニーハイソックスを脱ぎ捨てたまま枕を抱え顔を真っ赤にして、教師に見られた恥ずかしさと今しようとしていた事の恥ずかしさによる涙を撒き散らしながら部屋を走って出ていったメア。
「もうしたくない!もうちゅーも何もしたくない!恥ずかしいよ〜!うわあああん!」
「メ、メア!?メアー!」
パタパタと階段を駆け降りて逃げていくのだった。
1人残されたアガレスも、バフッ!と枕に顔を埋めると。
ジタバタ!ジタバタ!
こちらも我に返ると、見られた事と今互いがしようとしていた事に対する恥ずかしさで耳まで真っ赤にしてベッドの上で1人、足をばた足のようにジタバタさせて恥ずかしさを何とかかき消そうとするのだった。























アンジェラの街、
喫茶店――――――

「とっても美味しいフレンチトーストですわ!椎名様!はむ!はむ、はむっ!」
混んできた喫茶店にて。向い合わせの席に座る椎名とアイリーン。フレンチトースト1セットの椎名に対して、何とアイリーンはフレンチトースト12セットを美味しそうにもぐもぐ食べているではないか。
「……」
椎名は面白くなさそうに眉間に皺を寄せ、テーブルに頬杖着きながらアイリーンを見ている。


カチャン、

「ふぅ〜!ごちそうさまでした♪」
最後の皿をテーブルに置けばアイリーンはフレンチトースト12セットを完食。
「おお〜!」
「すげぇ!」
「あんなに細い体のどこにフレンチトースト12セットも入るんだ?」
驚く周りの客から拍手まで貰い、アイリーンは天使スマイルで「ありがとう、ありがとう」と礼を言う。


ガタン!

「あら。椎名様どちらへ?」
わざと音をたてて席を立ち、背を向けた椎名。アイリーンはニヤリ。勝ち誇った笑みを浮かべて椎名に声を掛ける。ゆっくり顔だけをアイリーンに向けた椎名の表情は、眉間に皺が幾重も寄った非常にイライラしたものだった。
「トイレ…だけど…。悪い…?」
「まあ。お手洗いへ?今食べた物を吐き出しにですこと?」


ギロッ!

椎名がアイリーンを睨み付ければ、何故か周りの客が怯えて離れていく。













「吐き出しに…?」
「食事をとれない体の神は人間の前で人間を装い、食事をとった後、その食べた物をお手洗いで吐き出すそうですよ」
「僕が人間を装った神だって…言いたいの…?」
「まさか。冗談ですわ」
「……」
「椎名様!こーんなに美味しいフレンチトーストを置いているお店に連れて来てくださり本当〜にっ!ありがとうございましたですわ!」
「そりゃどうも…!!」


バタァン!!

トイレへの扉が外れてしまいそうな程、怒りを込めて扉を閉めた椎名。席で1人、アイリーンはフッ。と勝ち誇った笑みを浮かべる。
――わたくしを人間に装った神だと疑った椎名氏。神は食事をとれない体の造りをしていますから、わざと食事に誘い出し、対象者が食事を吐き出し神だと確信したところで殺しにかかる…。貴方の稚拙な考えはお見通しですのよ。それに。人間の前で食事を無理にとる事くらい容易いですわ。以前、人間の前で吐き出してしまった低俗なアガレス氏と一緒にされては困りますもの。わたくしはアドラメレク。この世を司る大神をなめてかからない方が宜しいですわ。人間ごときの分際でこのわたくしにかまをかけたのですから…それ相応のお礼をご用意致しますわよ椎名氏…――
ペロッ…、
口に付着したフレンチトーストの欠片を舌で舐めとるアイリーンは、自分にしか聞こえない声でボソッと呟いた。
「嗚呼不味い。何故こんなにも不味いのでしょう人間の食べ物というものは…」
























そして1週間が経ち。
ヴァンヘイレンの宿舎に朝陽が射し込む今日から、3班合同で大掛かりに行われる"MARIAサーカス団任務"が始まる。





















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