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GOD GAME
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ただ目を見開き、初めて経験する体が破裂した痛み、死を目前にした痛みと恐怖に、思考が追い付かない。アガレスの霞んでゆく視界は、家族3人が写った写真、古ぼけたぬいぐるみと人形、指輪、そして原型を留めていないくまのキーホルダーだけを捉えていた。












































262年前、
ヴァイテル王国――――

「富のある者は生き!富の無い者は死す!これこそが弱肉強食!これこそが均衡のとれた人間の正しい世界なのだ!」
「ワアアア!」
「国王様万歳!国王様万歳!」
ヴァイテル城で演説する当時のヴァイテル国王32世。集まったヴァイテル国民(の中の貴族)達は国王を讃える讃える。その声が、地鳴りのように辺り一帯に響く。
「はぁーっ。しっかしよくやるぜ、人間っつー生き物はよぉ」
その様子を、城の屋根から見下ろしているベルベットローゼ。その隣には中級神ダイノワと、アガレスが。3人は勿論人間に姿が見えていないし、3人共ヒトガタではなく本来の姿をしている。ベルベットローゼなら巨大コウモリの姿、ダイノワなら仮面をかぶった巨人の姿、アガレスなら全身に目玉が付いたオオタカ×クロコダイルの姿。
「ホオオ!守ってやる気がしませんな。ホオ!」
「だっよなー。何であんなクソみたいな人間共をオレら神々が守ってやんなきゃなんねんだ?って感じだよなー」
城の屋根の上に寝転がるベルベットローゼ。一方、ベルベットローゼとダイノワより何億年も後に産まれた為、神の中でも下級中の下級なアガレスは、下界に来たのが今日初めて。だから屋根の上から人間達の様子をまだ1人で見ている。
「珍しいか?」
ポン、とアガレスの頭を掴んで隣に並ぶベルベットローゼ。
「アガレスてめぇは今日が下界初デビューだもんなぁ」
コク、と頷くアガレス。
「おっしゃ!てめぇもオレらと同じくヴァイテルの神として産まれた謂わばオレらの仲間だ!今日はてめぇに、これからてめぇが守っていく持ち場を分け与えてやるよ!」
アガレスは全身にある無数の目玉をキラキラ輝かせて感激中。ベルベットローゼは得意気に「へへっ」と鼻の下をこすると、コウモリの羽で飛んでいった。それに続いていくダイノワとアガレスだった。




















ココリ村―――――

「ん。じゃまあ産まれた時に神とは何ぞや?って話はアドラメレクから聞かされてると思うけどよ、もう一回説明すっぞ。アガレスてめぇ頭悪いらしいからな」
「……」
「ホオオそんなにしょげる事はないですぞアガレス君」
からかわれて、下を向くアガレス。ベルベットローゼはコウモリの羽でバサバサ飛びながら、話し出す。
「神とは!人間みたいに親から産まれるんじゃねぇ。その土地を守る為に産まれてくるわけだから、そいつがこれから守らなきゃなんねぇ土地から産まれる。だからもし万が一、神と神で恋仲になったとしても子は成せねぇわけだな」
アガレスはコクコク頷く。
「んで。アガレス。てめぇはヴァイテル王国のココリ村の農耕神として産まれた。だからてめぇはこのココリ村の守り神として今後生きていけ。分かったか?」
またコクコク頷く。
「ヴァイテル王国を仕切る神はオレベルベットローゼだ。んで、ヴァイテル王国神々の中で次に偉いのがこいつダイノワ神だ」
「ホオ!仲良く致しましょうぞアガレス君」
「てめぇはヴァイテル王国神々の中で一番ガキで一番下っ端っつーわけな。ま。まだ分かんねぇ事だらけだと思うけどよ、何かあったらすぐオレに聞け。オレがいねぇ場合はダイノワに聞け。了解?」
アガレスはコクコク、コクコク頷く。ベルベットローゼはニカッと笑うと、アガレスの頭を撫でてやる。
「よしっ。何でもアドラメレクから聞いた話によると同期の神々の中でてめぇ一番強ぇんだろ?期待してるぜ。アガレスはオレの可愛い後輩だからな!」
アガレスは嬉しそうにコクコクコクコク頷く。
「うっし。んじゃオレはしばらく天界に帰るから、ヴァイテルはダイノワ。てめぇにしばらく任せるぞ」
「?」
「あん?ああ、そうか。アガレスてめぇはまだ知らなかったな。天界には神幹部っつーまあ…簡単に言えば神の中の強い奴等のグループがあってだな。勿論アドラメレクをトップに、オレもその幹部の1人なわけよ」
パチパチパチ!
アガレスが目をキラキラ輝かせて拍手すれば、ベルベットローゼは鼻の下をこすって照れている。
「よせやい!ん、まあだからヴァイテル以外にも天界の仕事が山積みなわけよ。だからヴァイテルを空ける事がよくあるからな。あ。あと、3ヶ月に一編天界会議っつーもんがあるんだけどよ。その時はてめぇみたいな下級神々も全員集まるが、てめぇらみたいな下級神々は間違っても発言すんなよ?アドラメレクああ見えてめっちゃキレやすいし下級神々に発言されると怒り止まらねぇからさ」
コクコク、冷や汗をかいて頷くアガレス。
「ま。頑張れよアガレス!オレら神の姿は人間には見えねぇし声も聞こえねぇんだ。安心しとけ!」
「私も持ち場へ戻りますホオ!」
そう言ってベルベットローゼとダイノワ神はバサバサと飛んでいってしまった。




















ポツン…。
1人、ココリ村の森の木上に残されたアガレス。さて。早速何をしたら良いのか分からず、冷や汗をかいて辺りをキョロキョロ。
下には、神がすぐ真上に居るとも知らずな牛を連れて歩く人間や、藁を抱えてせっせと働く人間。貧しい身なりで髪がボサボサの人間が多い。
「……」
とりあえず、木の上から降りるアガレス。


ドサッ…、

「あ…ああ…」
「?」
後ろで野菜を落とす音がして、振り向くと。そこには黒い長い髪がボサボサで、服は灰色のワンピースを着た1人の少女が立っていた。顔を真っ青にして、ぷるぷる震える指でなんとアガレスを指差してきた。
「あ…ああ…!あ、貴方は誰ですか…?」
「!?」

『オレら神の姿は人間には見えねぇんだ。安心しとけ!』

――ばっちり見えているじゃないかベルベットローゼ殿!!――
ベルベットローゼの言葉を思い出してイライラするアガレス。しかし、身なりは貧しいながらも少女の愛らしく優しい顔立ちに、ドキッ…とする。しかし…
「も、もしかしてオバケですか…?それとも怪物…?き、きゃー!!」
「!!」
少女に叫ばれては、慌てて森の中へ逃げるアガレス。
「どうかした!?」
少女の叫び声を聞き付けて走ってきた青年の姿を、森の中からこっそり覗くアガレス。
「ヒ、ヒビキお兄ちゃん…!私またオバケ見ちゃった…」
「オバケ?こんな昼間から?」
「うん…。オオタカとクロコダイルが混ざった体にたくさん目玉が付いていたの。また見ちゃったら怖いな…」
「大丈夫大丈夫。僕も父さんも母さんも見えるから。次見る時はキユミ1人じゃないから大丈夫さ」
「ありがとう…ヒビキお兄ちゃん…」
「さあ。野菜を街へ売りに行こう」
「うん!」
黒い髪の少女キユミと、銀色の髪の青年ヒビキは貧しい身なりながらも、一生懸命野菜を町まで運んでいった。このキユミとヒビキこそ、ヴァンヘイレンに居るオト兄妹の262年前の姿なのだ。
















兄妹が去っていくと。アガレスは森の中にある水溜まりに自分の姿を映す。
「……」

『も、もしかしてオバケですか…?それとも怪物…?き、きゃー!!』

何も知らないキユミに言われた言葉を思い出せば出す程、自分の醜い姿が嫌になる。


バシャン!

自分の姿を映す水溜まりを蹴れば、水溜まりはあちこちに飛散し、水溜まりでは無くなる。
「っ…、」
アガレスは踞り、森の中で1人ひっそりと悔しそうにして顔を伏せていた。





















夕暮れ―――――

「今日も全然売れなかったね…」
「うん…。父さんと母さんに見せられないよ。こんなに山程残った野菜達…」
夕暮れ時になると城下町からココリ村へ帰ってきたオト兄妹。懲りもせず、2人を木の上からこっそり見ているアガレス。
「やあ。ヒビキ君。キユミちゃん」
「あ。牛飼いのおじさんこんばんは」
「こ、こんばんは!」
ガラガラと牛を連れて荷台を引いて町の方からやって来た老父。人見知りなキユミは、すぐヒビキの後ろに隠れてしまう。
「!?」
よく見ると、老父は片目が無い。そして更によく見ると。さっきは気付かなかったが、ヒビキには右腕が。キユミには右耳が無い事に気付いたアガレス。
「…!?」
バッ!と辺りを見回せば。ココリ村の住人は体のどこかしら一部が無い人間しか居ない事に気付いた。アガレスは、体にたくさん付いている目の目尻を下げ、悲しそうな表情を浮かべる。
「ヒビキ君達も売れなかったのかい?」
「はは…1個も…」
「わしのところもそうだよ。何せ、国王が"ココリ村のような貧しい人間の作る産物を食すと貧乏が移る、体に害が及ぶ"だのありもしない事を言っているそうだよ」
「そんな…!」
「閉塞されたこの村には町のそんな情報すら届かないからねぇ…。それを利用したのだろうね国王は。本当に。国王のやっている事はわしらココリ村の人間に野垂れ死ねと言っているようなものだねぇ…」
その会話が終わると、ヒビキとキユミは牛飼いの老父に頭を下げて、自宅へと戻っていった。
「……」
アガレスは、木の上からジッ…と見ていた。


















オト家――――――

石造りで3階建てのオト家。262年後に"呪いの屋敷"と呼ばれているあの屋敷は262年前のオト家の自宅だったのだ。
「そうかい…。また一つも売れなかったのかい…」


カチャ…カチャ…

蝋燭の灯りだけで過ごすオト家の晩餐。食器の音だけが聞こえる。
「ごめんなさい父さん。母さん。僕がもっと野菜を売り込めば…」
「そんな事ないよ。ヒビキとキユミのせいじゃないさ。悪いのは全部、私達をこんな村に追いやり、且つ、私達の作った野菜や肉、牛乳は害があると嘘を垂れ流す暴君国王さ…」
「母さん…」
兄妹の両親。父親は車椅子に乗っており、両目が真っ白く濁っていて両腕が無い。まだ40代半ばだというのにまるで介護される老人のような父親。だからキユミが父親に夕食を食べさせてあげている。母親は母親で、一見逞しく見えるものの片足が無い。
それに、晩餐と称しても内容はひび割れたコップに入った水と、自宅で作ったキャベツを炒めたものでおわり。


カチャ…カチャ…

再び、沈黙が起き、食器の音だけが聞こえる。
「……」
その様子を、キユミ達オト一家には気付かれないようこっそり小窓から覗いていたアガレス。ササッ、と家から離れるとオオタカの翼でバサ、バサと天界へ飛んでいった。





















天界―――――

「はあ?!ヒトガタになりたいだぁ!?」
天界にて。神幹部のアドラメレク、マルコ、御子柴と談笑していたベルベットローゼの元へやって来たのはアガレス。神幹部はヒトガタではなく本来の姿をしている。
「あら。ご機嫌ようアガレス氏」
「これはこれは。アガレス君初めまして。私マルコと申します。以後お見知りおきを」
「こんにちは…フフ…新入り君ね…仲良くしましょう…アガレス君…」
アドラメレクとマルコ、御子柴が挨拶するのも気にせずベルベットローゼはアガレスに「はあ?!」といった表情をする。
「あのなぁ!まだガキのアガレスてめぇにはヒトガタになるなんざ高度な技術無理なんだよ!」
「ヒトガタになるにはどうしたら良い」
「てめぇ!オレの話今聞いてなかっただろ!?」
「まあまあ。怒らなくても宜しいじゃありませんことベルベットローゼ。アガレス氏がヒトガタになりたいのなら貴女が教えて差し上げなさいな」
「はあ!?アドラメレクまで何言ってんだよ!?」
「アガレス氏は同期とは比べ物にならないお強いお力の持ち主ですから。ベルベットローゼが少しコツを教えればヒトガタくらいすぐに成れますわよ」


パアッ…!

アドラメレクの言葉に無数の目を輝かせるアガレス。アドラメレクに言われては仕方ない…といった表情のベルベットローゼは腕を組む。
「ケッ!面倒くせぇけどまあ、可愛い後輩に頼まれちゃ仕方ねぇな。よし!アガレス!ヒトガタになる為の技術をつける稽古をみっちりさせてやる!ついてこいよ!」
ベルベットローゼがくいっと右手を仰げば、やはり目をキラキラ輝かせたアガレス。アドラメレクに言われては仕方ない…といった表情のベルベットローゼは腕を組む。
「ケッ!面倒くせぇけどまあ、可愛い後輩に頼まれちゃ仕方ねぇな。よし!アガレス!ヒトガタになる為の技術をつける稽古をみっちりさせてやる!ついてこいよ!」
ベルベットローゼが、くいっと右手を仰げば、やはり目をキラキラ輝かせたアガレスはバタバタと翼を鳴らして張り切ってついていくのだった。
そんな2人を目で追うアドラメレク、マルコ、御子柴の3人。
「お嬢…アガレス君に甘いわよ…」
「ふふふ。強い者には優しくして当然ですことよ。それに。彼の力量ならいずれ神幹部入りもできますわ」
「ちょっと…!そんなことされたら…今でもベルベットローゼやマルコにとられているというのに…今まで以上にワタシがお嬢と接する時間が短くなるじゃない…!」
「あらあら。御子柴。そんなに心配なさらずとも大丈夫ですわよ。御子柴の事はわたくしちゃあんと大好きですわ」
「お、お、おお嬢…!ぐすっ…、」
うるうるして泣く御子柴に、顎の下に立てた両手の上に顔を置くアドラメレクはにこっ。と微笑む。
「それにしてもアガレス君は何故突然、ヒトガタになりたいと申してきたのでしょう?」
「さあ?わたくし達がヒトガタになれる事が羨ましくなっただけですわよ。きっと。さてと。お部屋に戻りましょう」





























2ヶ月後、ココリ村―――

「はぁ…。今日も一つも売れなかったな…」
ガラガラ…ガラガラ…
荷車を押して、町から帰ってきたキユミ。2ヶ月前と変わらず相変わらずボサボサで貧しい身なり。一つも売れなかったキャベツやにんじん、茄子を荷台に乗せて今日は1人でトボトボ、自宅へ帰っていく。今日はたまたまなのか、辺りに住人の姿は無く、村を歩いているのはキユミだけ。
「いらっしゃいませの一言も勇気が無くて言えなかったな…。ヒビキお兄ちゃんみたいに明るく言えたら少しは売れたかもしれないのにな…」


ザッ…、

「ん…?」
ふと、足音がして顔を上げると。そこには、白地だが薄汚れた襟つきのシャツ+くすんだベージュのズボンを穿いた青い髪に青い瞳の少年が立っていた。
キユミは首を傾げる。
――あれ…?あんな人、この村に居たっけ…?私と同い年くらいかな…?――
「こ、こんにちは…」
蚊の鳴くような声で目は合わせないように挨拶だけするキユミは、少年の脇を通り過ぎていく。
「売ってきてやる」
「え?」
擦れ違った際、少年の低い声でそう言われてキユミは振り返り、立ち止まる。少年は背を向けたまま。
「あ、あの…?」
少年はキユミの方を向く。ズボンのポケットに両手を入れて。
「代わりに俺が売ってきてやる」
「え…え!?こ、この野菜をですか?」
コクン、と頷く少年…ヒトガタになったアガレスに、キユミはあわあわし出す。
「いいいえ!そんな申し訳ない事できません!それにこれは一度売れなかった野菜で…そ、それに…。町ではココリ村の食べ物は食べちゃいけないっていう風習が根付いちゃっていて…あ!?」


ぐん、

キユミが押していた荷台を無理矢理奪うとアガレスはキユミを無視してさっさと町へ行ってしまった。
ポカーン…としているキユミ。ハッ!として、慌ててココリ村の柵を飛び越えてアガレスを追い掛ける。
「あ、あの!やっぱりそんな申し訳ない事してもらうわけには…あ、あれ?もう行っちゃったのかな…?」
そこには寂しいオレンジの夕焼けに染まる田舎道が続いているだけで、アガレスの姿は無かった。不思議に思い、首を傾げるも、キユミはココリ村の柵の前に腰をおろし、アガレスが町から戻ってくるのを待つ事にした。
「見た事ない人だったな…。売れなかった野菜を売りに行ってくれるなんて優しい人だなぁ…。もしかしてココリ村を助けに来た神様だったりして?…ふふ、そんな事あり得ない…よね」






















1時間後―――――

「えぇ!?ぜ、全部売れたんですか?」
「ああ」
戻ってきたアガレスが引く荷台は空。一つも売れ残った野菜が無いのだ。キユミは驚いて目をぱちくり。しかしアガレスは至って無表情で、キユミの手の平に儲けてきたお金をジャラジャラ、と置く。
夢を見ているようでポカーンとしていたキユミも、これが現実だと気づけば嬉し泣きをすると何度も何度もアガレスに頭を下げる。
「ありがとうございます!ありがとうございます!本当にありがとうございます!私の家、この野菜が売れなかったら今日のご飯が買えなかったところだったんです。本当の本当にありがとうございます!」
「……」
くるっ。踵を返して背を向ければ、スタスタ歩いていってしまうアガレス。
「あ、あの!もし宜しければお礼に今日夕食を食べていってくれませんか…?豪華なお礼はできませんけれど…」
「いい」
「あっ…」
ココリ村の奥にある森の中へ去っていってしまったアガレス。キユミはぽかーんとしたまま、確かにあるお金を握り締めていた。
「お名前…聞けなかった…な…」






















翌日―――――


ガラガラ…ガラガラ…

「よいしょ、よいしょ…あ!」
まだ村全体に霧がかかった朝早くから、野菜を荷台に積んで荷台を引いて来たキユミ。川縁で腰掛けているアガレスを見付けると、重たい荷台を懸命に引きながらアガレスの元へ走っていく。
「はぁ、はぁ、あ、あの!おはようございます!昨日は本当の本当にありがとうございました!」
「……」
アガレスはキユミの方は見ず、川縁に腰掛けて川の流れを目で追っている。
「はぁ、はぁっ、お陰様で家族もご飯が食べれました!家族も是非お礼がしたいと言っていたので、今日こそ是非夕食のお礼をさせて下さ、」
「貴様1人なのか」
「え?」
「貴様1人で毎日街まで売りに行っているのか」
「あ…。いえ!いえ!違うんです!いつもはお父さんとお母さん、お兄ちゃんと私とで2人1組になって日替りで売りに行くんですけど、お父さんとお母さんとお兄ちゃん持病の調子が悪くて今寝込んじゃっていて…」
「……」
「あ!いけない!朝市に間に合わなくなっちゃう!あ、あの!帰ってきたら私の家にご案内しますので!それではまた…、」
「俺が行く」
スッ、と立ち上がったアガレス。やはりポケットに両手を入れて。キユミはまた顔の前で手をぶんぶん横に振る。
「いえ!いえ!!もうそんなご迷惑をおかけするわけにはいきません!これは私の仕事ですので!」
「貴様が行ったところでまた売れ残るだけだ」
「うっ…。そ、そうかもしれませんけど…けど…。貴方様にばかり頼ってはいられないのです!」
「……。変な奴だ。頼れる相手がいるというのに何故強情を張る」
「赤の他人のお方に私の家の仕事をして頂くわけにはいかないからです!」
「……」
キユミは荷台をぐっ、と持つとアガレスにぺこぺこ頭を下げて出発。
「で、では!また後程!」


ぐっ、

「!?」
キユミの隣に並んで荷台をアガレスが掴む。キユミは目を見開いて、アガレスを見上げる。
「頼って良いと言っている。素直になれ」
「……!は、はいっ…!」
うるっ。と少し目を潤ませるキユミ。アガレスとキユミは並んで荷台を町まで引いていく。
「あ…。あの、そういえばまだ名前を申していませんでしたよね?わ、私は…」
「キユミ・オト」
「え!?ど、どうして…?」
「アガレス」
「え?」
「俺の名前だ」
「アガレス…さん…?アガレスさん!アガレスさん!」
「…何度も呼ぶな雌豚」
喜んで名前を呼ぶキユミに、アガレスは頬を薄ら赤らめていたそうな。






















夕暮れ――――――

「すごいです!すごい!アガレスさんが来てくれただけで野菜が全部売れるようになりました!」
今日も野菜が全て売れた。キユミは大喜び。アガレスはただ黙って荷台を引く。
「でも不思議ですね。これといって掛け声を威勢良くしたわけでも呼び込みをしたわけでもないのに売れていましたよね。それに、今までだったら私が居るだけで町の人は汚い物を見る目をして避けていったのに、今日は町の人達が押し掛けてきて大行列が出来るくらいで…。本当、不思議です。アガレスさんのお陰ですね。アガレスさんもしかしたらココリ村を救いに来てくれた神様ですか?なんちゃって…」
「……」
ココリ村へ入ると、アガレスはパッ…と荷台から手を離す。
「え?」
「俺はこれで帰る」
「あ…、今日もありがとうございました!本当に助かりました!」
「……」
「あの…アガレスさんって何処の方なんですか…?ココリ村の人ではない…ですよね?」
くるっ。また無視して踵を返し、スタスタと森の中へ去っていってしまったアガレス。キユミは「あ…」と少し悲しそうにして、荷台を再度引き始めた。
「やあ。お疲れ様キユミちゃん」
「あ…、牛飼いのおじさんこんばんは!」
前方から牛を連れて歩いてきたのは片目が無い老父。
「おお?!荷台に何も乗っていないねぇ。まさか野菜が完売したのかい?」
「はいっ!」
「おお!それは良かった良かった。ご両親も喜ぶねぇ。ところで。キユミちゃんさっき1人で誰と話していたのかい?」
「え…?誰って…私くらいの年の青い髪をした男の子です」
「んん?そんな子、わしには見えなかったよ」
「え…?」


























それから月日は流れ。
あれからも毎日毎日、キユミが1人で街へ野菜を売りに行く時。周りにココリ村の住人が居ない時だけに現れては一緒に野菜を売りに行くアガレス。
キユミが野菜を売りに行かない日つまりアガレスが行かない日は、今まで通り野菜はそっくりそのまま売れ残ってしまっていた。そして、牛飼いの老父に言われた言葉。町へ一緒に売りに行った時誰もアガレスに話し掛けない事に、キユミは薄々疑念を抱いていた。がアガレスにはその事を話しはしなかった。
いつしか、キユミ自身がアガレスがいつも居る川縁に待つようになっていた。今日も朝靄の広がる誰もいない中、川縁に腰掛けてたんぽぽを摘んでいると。


ガサッ、

「あ!アガレスさん!」
何処からともなく霧の中から現れたアガレス。キユミは嬉しそうに立ち上がる。アガレスはやはり仏頂面だが。アガレスがキユミの隣に腰掛ければ、キユミもまた腰掛ける。
「今日は行かんのか」
「はい!今日はお休みの日なんです」
「そうか」


サラサラ…

川が流れる優しい音がする朝靄の中。
「あの…やっぱりお礼は受け取って頂けませんか…?お父さんとお母さんとお兄ちゃんも是非会ってお礼がしたいと言っているのですが…」
「……」
黙ったままキユミの方ではなく、正面を見ているアガレス。
「あ…。ご、ごめんなさい。私また余計なお世話を…」
「ん」
「え…?」
正面を向いたまま。右ポケットの中から、袋に入った黄色いリボンを手渡す。キユミはポカーンとしつつもそのリボンを袋ごと受け取る。















「あの…これ…は?」
「数ヵ月経っても。野菜が売れるようになっても。いつまでもボサボサでみすぼらしい髪をしている。だから今日からそれで束ねるくらいはしろ」
「…!!」
一向にこちらを向いてはくれないが、その一言にキユミは目を潤ませて、大粒の涙を溢れさせた。
「あ、あ、あ、ありがとうございますっ…!ありがとうございます…!私なんかの事を気にかけてくださり本当っ…!ありがとうございますっ…!」
何度も礼を言うと、早速ボサボサの髪を黄色いリボンで後ろに一まとめに束ねる。

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