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GOD GAME
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「あいつか?今日付けでヴァンヘイレンを辞めたよ」
「え…?」


ザワッ…

サラッと言った教師の一言に1E教室内がざわめき出す。ただし、椎名以外の生徒が動揺しているのだが。
「アガレス様がですの!?」
ガタン!と席を立ったアイリーンは、スタスタとメアの席の前に行き、バン!と両手をメアの机に着く。
「メア様!どういう事ですの?アガレス様が自主退学とは!昨日まで普通にお出でになさっていらっしゃいましたのに!」
「おいルディ。お前前から転入生が辞める事聞いてたんじゃないのかよ」
「メアちゃん、どうして早く教えてくれなかったの?」
アイリーン、トム、カナに聞かれ戸惑うメアはバン!と机に両手を着いて椅子を立ち上がる。下を向いて。
「みんな私にばっかり聞かないで!私が知りたいくらいなんだもん!!」


ガラッ!

「メアちゃん!」
「おい。ルディ!授業欠席になるぞ!」
教室を飛び出したメア。教師は溜め息を吐くと、すぐに黒板と向き合って授業を始める。
「…ったく。最近のガキは感情に任せて突っ走り過ぎだよな。んじゃ、授業再開するぞ」
「せ、先生!」
「どうしたナタリー」
「先生は知っていますよね?アガレス君が自主退学した理由…」
「知らん」
「隠さないでほしいですわ!」
「本当に知らないんだって。…ま。此処で長年教師やってりゃ突然辞めていく奴は大勢いたさ。あいつはまだ良い方だ。辞めると連絡を入れたからな。大抵の奴は逃げ出してそのまま退学扱いになる」
「どうして…ですか?」
教師はピタリ…とチョークを持つ手を止める。
「神との戦争に勝てる気力を失うんだよ」
「そんな…。アガレス君あんなに強いのにどうして…」
「ナタリー。この話はもうここまでだ。お前はヴァンヘイレンの生徒。授業を受けなきゃなんねぇ義務がある。授業、続けるぞ」














カタン…
力無く椅子に座るカナ。下を向いてペンを持つが、授業の内容などこれっぽっちも頭には入ってこない。
一方。アイリーンもしゅん、としつ下を向きながら教科書で顔を隠している。隠している顔はニヤリと笑んでいた事には誰も気づかない。
――突然辞めるのは予想外ですわ。でも…。邪魔者が1人自ら消えてくださった事でヴァンヘイレンの人間を狙いやすくなりましたわ。あとはメア…いえ、ダーシー氏だけですわね――
一方。トムはペンをノートに走らせるが、頭の中は授業半分アガレスの突然の自主退学が半分だ。悲しげなトムを、隣の席の椎名が頬杖着きながら見ている。
「悲しいの…?」
「な、何だよ椎名」
「僕は良かったと思うけどね…自ら去ってくれて…」
「どうしてそんな言い方するんだよ。ていうか椎名お前、転入生と会ってもいなかっただろ」
「見掛けはしたよ…」
「そうかよ?」
「彼が転入して早々…食堂でね…」
「で。何だよ」
「良いんだ…トム君が気付いていないなら…。とにかく…いなくなって良かったね…。めでたしめでたし…」
「…?相変わらずワケ分からない気持ち悪い奴だな」
トムは首を傾げる。そして黒板に目線を戻し、ようやく授業を受ける気持ちに切り替えた。
一方。トムと椎名の会話を聞いていたアイリーンは教科書で目から下を隠しながら、椎名には気づかれないように椎名をチラチラ見る。
――何ですの?あの椎名とかいう男。あの言い方まるでアガレス氏の事…――


チラッ。

「!!」
椎名の隈の酷い目がアイリーンを見てきたので、ばっちり目と目が合ってしまった。慌てて反らすアイリーン。その後また、チラッ…と椎名を見たら、やはり頬杖着きながらまだアイリーンを見ていた。ニコッ、とも笑顔とも呼び難いが椎名には精一杯の笑顔なのだろう。不気味な笑顔だ。アイリーンはすぐ目を反らす。
――あの男ただの優等生ではありませんわきっと…!…マルコ達に調べさせる必要がありますわね…――















ガラッ!

「うわ!本当だー!エースが帰還してる!」
「どこどこ?」
「あの眼帯の子!」
「本当だ!かっけー!見た目強そうに見えないけど」
1Eの教室前扉が開けば1年生の他クラスの生徒達が椎名を見に集まってきた。トム達がびっくりするのに当の本人椎名は頬杖着いてつまらなそうに野次馬を見ている。
「おーい。お前ら今授業中だぞ。自分の教室戻れー」
「椎名さん!後で長期任務の武勇伝聞かせて下さい!」
「椎名君後で私達と一緒にお昼御飯食べよう!」
「椎名さん後で、とった神々の首見せてくださいね!」


ピシャン!

教師が扉を閉めてようやく去っていく野次馬。教師は
「今日は授業が進まねぇ日だ」
と愚痴を溢しつつも授業再開。
「相変わらずお前はヴァンヘイレンのヒーローだな」
トムがそう言えば、椎名は黒板の内容をノートに写しながらつまらなそうに答える。
「みんなが弱過ぎるだけだよ…」
「はっ。皮肉かよ」
そんな椎名を、やはりペンの動きを止めてまで眉間に皺を寄せて凝視しているアイリーン。
――とった神々の首ですって?この人間一体…――


ばちっ!

「!」
またしてもアイリーンをじーっと見てきた椎名。アイリーンは慌ててノートに書き出す。
「トム君…」
「椎名。今授業中」
「あの子…さっきからトム君の事ばかり見てるよ…」
「ななな!?」
椎名が指差した先にはアイリーン。トムは顔を真っ赤にして、ノートに向き直る。
「かかかか、からかうなよ!」
「面白いね…トム君…」
その後、ノートに向き直る椎名だったがチラッともう一度アイリーンの事を見ていた。隈の酷い据わった瞳で。






















その頃、
アガレスの自宅として使用していた小屋―――――

「嘘…。何も無い…」
ヴァンヘイレンを飛び出して小屋に来ていたメア。中へ入ってびっくり。ベッドも椅子もテーブルも本棚も何も無くなっており、そこにはガラン…とした小屋の虚しい光景があるだけ。


ゴオッ…、

開けっぱなしの窓から室内へ強い風が吹き込む。
ぺたん…、
メアは床に膝を着き、下を向く。ポケットからぶら下げたお揃いのくまのキーホルダーを右手で握って。
「私のせい…?私のせいなの…かなぁ…。だって私間違った事言ってなかったよ…多分…。……」
生徒手帳ごとキーホルダーを取り出すと、両手でキーホルダーを胸に抱き締めて強く目を瞑る。
「私のせいだ。私のせいだきっと!アガレス君傷付けたせいでアガレス君が悪魔側にいっちゃったらどうしよう!全部ぜんぶ私のせいだ…、何も知らないのに偉そうな事言ったからだ…!」
ぎゅっ…、
キーホルダーを頬に付けてぎゅっと瞑った目から一筋の涙を伝わせるメア。
「雌豚でも何でも良いからいつもの無愛想でまた私を呼んでよアガレス君…!」
































同時刻、
ヨーロッパ地方の国ヴァイテルのイースト駅――――

「3番線ー列車が発車しまーす」
「6番線A等席まだ数席空きがありますよー」
広いレトロな駅のホーム。真っ黒な煙をもくもくと上げて発車する列車達。
駅のホームには、中世ヨーロッパからタイムスリップしてきたかのようなシルクハットにスーツの紳士やドレス姿の淑女が大勢居る。皆、楽しげに談笑しながら列車を待っている。
「そうそう。それでね」
「まあ。そうでいらしたの?」
「今日は国王様のご生誕祭だからか平日だというのに駅がだいぶ混雑しておるなぁ」
「城前の広場を国民に解放なさるとか」
「おお!それでヴァイテル城行き列車が満員なのだな!」
駅のホーム天井から吊り下げられた数100枚の同じポスター。金縁のポスターには、王冠を頭に乗せて立派な髭を生やした茶髪の大柄な男が描かれている。そのポスターを、ホームの隅でポケットに両手を入れてショルダーバッグを肩からかけたアガレスが見上げながら睨み付けている。
すると…
「やあ!紳士淑女の皆さん!国王の生誕祭など行かずに今から私達と一緒にアドラメレク神へ祈りを捧げに行かないかい?」
1人の青年が老若男女問わず大勢の人間を連れて現れた。今からヴァイテル城行きの列車に乗ろうとした客達は、彼らを汚い物を見る目で見る。














「はあ?何を言っているのだ若造。アドラメレク神だと?」
「馬鹿を言わないでちょうだい!アドラメレク神達神々のせいであたし達人間は誰がターゲットになるか分からない造り直しの儀に毎日怯えているのよ!」
「ふうん。そうかそうか。紳士淑女の皆さんはアドラメレク神に反発するんだね?ならば…神二逆ラウ人間ハ皆殺シダ」


ズズズズ…、

青年達は突然抑揚の無い声でそう言うと、カタカタと人形のように首を動かしながら客達に突進してきた。客達はホームから、我先にと周りを押し退けて逃げる逃げる。
「きゃあああ!」
「ここ、こいつら人間の皮をかぶった、神の操り人形だ!神の手下だ!!」
「こいつら全員、造り直しの儀を施された奴らだ!逃げろおぉお!」
「神二逆ラウ人間ハ殺ス…神二逆ラウ人間ハ皆殺、」


ドスッ!!

「ぐえぇぇえぇ!?」
鈍い音がして、神の操り人形となった青年達からブシュウウ!と血が噴き出せば次々とバタバタ倒れていく操り人形達。その後ろに、武器片手に立ち竦んでいるアガレスを見つけると、皆が一斉に彼を指差し、目を輝かせる。
「あれを見ろ!」
「あの方がこいつらを倒してくれたんだわ!」
「よく見たら左胸にヴァンヘイレンの校章をつけているぞ!」
「ヴァンヘイレンの人だ!救世主だ!」
ワアアアア!
歓声が沸き上がる。全くの無反応でフードで顔を隠してホームの階段を降りていくアガレスを、皆が一斉に追い掛ける。
「お待ち下さい救世主様!」
「せめて!せめてお名前だけでも!…あれ?いない…?」
たった今アガレスが降りていった階段を覗いても、そこには暗い階段があるだけで誰も居らず。
「何処へ行ったんだ?救世主様は?」
























その頃、ヴァイテル王国ウエスト地方の貧しい集落ココリ村へ訪れていたアガレス。
「ふぅ」
村の道端に積まれた藁の上に腰掛け、息を吐く。
「もうヴァンヘイレンのやつではないのに。何故人間をまた助けたのだろうな俺は」
ふっ…、と顔を上げる。そこには、古びた木造や石造りの小さな家がぽつんぽつんと建ち並ぶいかにも廃れた古い集落の光景が広がっていた。老父が田畑を耕す姿。老母が畑の花を篭に積む姿。
「……」
アガレスは立ち上がり、いつものようポケットに手を入れたまま道を歩く。すると、カタ、カタ、カタと音をたてて牛を引き連れた老父が前方からやって来た。アガレスは顔が見えないよう下を向きながら端に寄り老父と牛とすれ違う。その際、チラッと老父を見ると生まれつきなのだろう目玉があるはずの場所は皮膚に覆われており、目が無い。ふっ…と次は右へ視線を移すと。古びた家の前で藁を集めている老母は片腕が無い。など、どうやらこの村の住人はどこか障害のある人間が集まっているようだ。


ザッ、ザッ、ザッ…

アガレスは、ただただ下を向いて歩く。目的地があるように。



















ザッ…、
アガレスが立ち止まった場所は。ココリ村の最奥にある古びて壁が所々剥がれた石造りで3階建の建物。まるで灯台のような風貌だ。例えるならば、フランスのcaldaiilac,lotのような建物。
周りにはアガレスより少し低いくらいの背丈まで伸びた草が覆い茂っていたり、田畑だった場所には古びたガラクタが捨ててある。
「……」
その中の古びた小さなバケツを手に取る。風化してよく読み取れないが、バケツにはローマ字で"kiyoharu"と書いてある。それを見つめるアガレスの目は、とても切なそうだ。
アガレスはそのまま、建物の中へと1人、入っていくのだった。





























カツーン…カツーン…

小さな窓からの灯りしか無い建物内は、昼間でも真っ暗。どうやら建物内は昔、家として使われていたらしい。その証拠に正面には蜘蛛の巣が張った螺旋階段。玄関には紅い絨毯。
だが老築が激しくカサカサと足元を虫が歩くし、床にも草が生えている。埃と虫と草まみれオマケに、廃墟独特の漂うカビ臭さ。誰も進んで入ろうとしない建物内へ、アガレスはずんずん進んでいく。


キィ…、

螺旋階段を登り、最上階3階にある一室の扉を開けば。やはり天井には蜘蛛の巣、床には埃と虫。
「……」
どうやら寝室のよう。ボロボロなダブルベッドやタンス、テーブル、3つの椅子が置いてある。窓際の床には、中から綿が出た汚いくまのぬいぐるみと機関車の玩具が落ちている。アガレスはそれを拾うと、ベッドに腰かける。ベッド脇の小さな木製机の引き出しの中から、埃をかぶったアルバムを取り出す。アルバムを汚いベッドの上に広げる。
黄ばんだアルバムには写真が入っていないが、一番最後のページだけに入っていた1枚の古びた写真。アガレスは目を見開いてからすぐ、切なそうに目尻を下げる。
「キユミ…清春…」
アルバムには、青い髪のアガレスと。その隣には黒い髪のキユミ。2人が満面の笑みで抱き抱えているのは青い髪をしてアガレスによく似た男児。


スッ…、

アルバムからその写真を抜き取ると、顔を近付けてまじまじと見る。ぷるぷる震え出す両手が、皺ができる程写真を強く持つ。
「キユミ…清春…すまない…俺が…、俺のせいだ…」


ガタン、

「!?」
誰も居ないはずの建物内階下から物音が聞こえると、アガレスはバッ!と扉に目を向ける。写真をポケットに急いで入れ、ぬいぐるみと玩具を小脇に抱えると慌てて部屋を出る。


キィ…、

「…?」
螺旋階段を上から見下ろすと。一階玄関からこちらを見上げている、片目の無い老父が居た。
「おーい。此処は270年も前の建物じゃ。崩れると危ないから早く出てきておいでー」
アガレスは慌てて螺旋階段を降りていく。
一階玄関に居た老父をチラッ…と見る。フードを目深にかぶり、顔を隠しながら。
「農作業をしていたらお前さんが此処へ入っていく姿が見えてね。見掛けない顔じゃなぁ。それならばこの屋敷が呪いの屋敷とは知らずに入ったのじゃろう」
「呪い…」
「まあまあ。話は外でだ。こんな所、1秒も長居したくないからなぁ」
「……」






















外へ出て、ガラクタが散乱している田畑の地面に腰かけるアガレスと老父。片目の老父は優しく笑む。
「此処はなぁ254年前呪いにかかった一家が住んでおったんじゃ」
「呪い…」
「ああ。そうじゃ。わしもひい祖父さんから聞いた話での。伝聞だけなのじゃがこの村の住人…いや、ヴァイテル国民なら皆が知っている話じゃよ」
「……」
老父は澄みきった青空を見上げ、語り出す。
「254年前も此処ココリ村は貧しい集落だったそうじゃ。それにお前さんも見たと思うが、昔からこの村は目が無かったり片腕が無かったり…何かしら障害を持つ人間をヴァイテル王室が住まわせる村だったのじゃ。わしもそうなんじゃがな」
「……」
「そんな村じゃから、仕事先も無く。皆、今もじゃが各々で農作業や家畜を飼って何とか生計をたてておった。この屋敷に住んでいた貧しい"オト一家(おといっか)"も同じじゃった。ところがある日。見知らぬ少年がこの村に訪れてからというもの、ココリ村の農作物や畜産物がヴァイテルの首都で大盛況となる。今まで通りにしていたのにじゃ。不思議じゃろ?それをココリ村の住人は皆、"神様の恩恵"と呼んだ」
「恩恵…か」
「皆が考え付いた先はやはり、最近村に訪れた少年じゃ。村人は皆、少年がココリ村を暴君国王から救いに来た神様ではないのか?と噂した。そんな噂を知っていたのか知らぬか。時は流れ、どんどんココリ村が裕福になっていった頃。少年はこの屋敷の娘と結婚し、1人の子をもうけた。村人は"神の子だ"と、その子供の誕生を盛大に祝ったそうだ」
「……」
「しかしこの屋敷の音一家や少年は、"自分は神ではないしこの子も神の子ではない。皆と同じ人間だ"と謙遜しており、その謙虚な音一家に村人はますます好意を抱いた。しかし、オト一家の子供が5歳を迎えた日。悲劇は起きたのじゃ」















ザアッ…
屋敷の裏に広がる森の木々達が風に吹かれ、唸るような音をたてる。
アガレスはフードに顔を隠して俯きながら、黙って話を聞いている。
「少年は本当に神で、子供は神と人間から生まれた子供だったのじゃ。じゃが、天界ではそれを不浄な行為と見なすのじゃろうな。ラバとクジャクの姿をしたアドラメレク神が神々を引き連れて、少年と娘を殺しにやって来た。じゃが、ココリ村を裕福にしてくれた少年が神であろうと何者であろうと、村人は少年一家がココリ村の救世主と信じてやまなかった。じゃから村人総出で音一家を守った。じゃが…それがアドラメレク達神々の勘に障ったのじゃろう。村人はあっという間に皆殺しに合う…」
「……」
「少年と娘はアドラメレク達神々ではなく、悪魔に悪魔にされたらしい。一緒に住んでいた娘の両親は神々により惨殺。娘の兄も悪魔にされたらしい。そして神と人間の子供はアドラメレクが連れ帰ったそうなのじゃが、この辺りは詳しくは分からないそうじゃ。ただ、神の少年が現れた事によってココリ村と音一家が壊滅したのは間違いあるまい。じゃから音一家が住んでいたこの屋敷は"呪いの屋敷"と今でも呼ばれておる」
「……。ココリ村は貧しいままの方が幸福だったというわけだな」
「そういう事じゃな。こういう結末になるのなら…」
老父は立ち上がる。
「わしのひい祖父さんはたまたまこの時城下町へ農作物を売りに出はからっていたから免れたそうなのじゃが。今もこの村には暴君国王によって障害を持つ人間が追いやられておる。254年前の出来事がまた起こらなければ良いのじゃが…」
「俺を見て不安になったか」
「ん?」
アガレスは俯いて座ったまま自嘲する。
「見知らぬ顔の少年がこの村へやって来た。しかも呪いの屋敷とやらに入って行った。254年前の出来事が蘇りそうなものだが」
「お前さんが少年の姿をした神じゃと?はっはっは。面白い。お前さんを見て神だと?いいや。そんな事は無かったぞ。そんな事、起こらぬじゃろう。神が人間の前に少年の姿をして現れるなど、わしにはちと想像し難い」
「はは。だな」
暮れてきたオレンジ色の空を見上げる老父。
「お前さん、泊まる所はあるのか?この村に宿泊施設は無いのじゃが」
「城下町へ帰る。心配不要だ。ただ1人でもう少し此処でこうしている。此処は懐かしいような落ち着く場所だからな」
「はっはっは。262年前に現れた神のような事を言う。面白いのうお前さん。日が沈まぬ内に帰るんじゃよー」
「ああ。面白い昔話をありがとな」
老父は背中を向けて後ろで手を振りながら、去っていった。
1人になったアガレスは田畑に腰掛けたまま、森に囲まれた辺りの景色をぼーっと眺めている。田畑に散乱している"kiyoharu"と書かれたバケツを手に取るとまた切ない表情を浮かべる。
「呪いの屋敷…か…。まさにその通りだな…」
やがて日が沈み、街灯も無い辺りは真っ暗。闇夜に包まれた。だがアガレスはまだ、田畑に腰掛けたまま。抱えた膝に顔を突っ伏して腰掛けていた。
「キユミ…清春…」































同時刻、
ヴァンヘイレン宿舎
アイリーンの個室―――

「そうですの!椎名奏という人間。ヴァンヘイレンのエースで神々の首を大量にとっているらしいのですわ。わたくしの事もやたら見てきますし…ベルベットローゼ。早急に奴の事を調べてくださいな!」
携帯電話の役割を果たす天使の羽で、ベルベットローゼと通話するアイリーン…ではなくアドラメレク。ネグリジェ姿の彼女は相当おかんむりのご様子。
「了解了解」
「あと。それと。今日突然アガレス氏がヴァンヘイレンを自主退学しましたわ。どう思いますことベルベットローゼ?」
「神の力が無くなったクソアガレスなんか気にする事ないだろ」
「ですけれど怪しいですわ。わたくしの素性が気付かれたのでしたら早急に抹殺するしか…」
「そのクソアガレスの事なんだけどよ。どうやら故郷のヴァイテルに居るらしいんだよな」
「何ですって…!?」
アドラメレクは窓から夜景を眺めながら、眉間に皺を寄せて返答する。
「今日さー、オレのとこの国、国王の生誕祭なんだよな。んで、昼間、人間が集まるウエスト駅に造り直しの儀を施した操り人形達を向かわせたんだよ。そしたら1人残らず殺されちまったらしい。現場を目撃していた下級神によれば、フードをかぶった青髪のガキが操り人形共を一掃したんだと」
「…そうでしたの。では彼は故郷へ帰る為に自主退学したのですわね。フフフ…自分と家族が奪われた故郷へ帰るなんて、本当オマヌケさんですこと」
「ん、で。ヴァイテルの守り神のオレとしてもクソアガレスに居座られるとムッカツクからよ。今からあいつぶっ殺したら、その椎名っつーガキの事調べとくよ」
アドラメレクは口に細い指を添えて不敵に笑む。
「フフフ…。頼もしいですわベルベットローゼ。さすがわたくしの親友。ではよろしくお願い致しますよ」
「りょーかいっ」
通話を終えると天使の羽はフッ、と消える。アドラメレクがカーテンを閉めようとした時。
「!」
宿舎下の階の廊下で立ち止まってアドラメレクの部屋を見上げている椎名の姿が目に入った。アドラメレクと目が合った椎名はニヤリ…笑った。


ピシャン!

カーテンがひきちぎれそうな程強く閉めるとアドラメレクはギリッ、と純白のハンカチを噛み締める。
「何ですのあの人間!?生意気ですわ。このわたくしに…!今に見ておいでなさい。貴方のような非力な人間など、わたくしが捻り潰してやりますわ!」






































その頃、ヴァイテル王国
ココリ村―――――


ホーッ、ホーッ

梟の鳴き声しか聞こえてこない真っ暗な闇夜。遠くからはココリ村の家々からの灯りがぼやけて見える。
「……」
まだ"呪いの屋敷"の田畑で膝を抱えて顔を伏せて腰掛けているアガレス。かれこれ2時間は此処に同じ体勢だ。

『アガレスさん見て下さい!一緒に作ったお野菜が町で全部売れたんですよ!』
『お父さんお父さん!ご本読んで!』

脳裏では温かい思い出が蘇る。だが、アガレスの肌には冷たい夜風が吹く。
「キユミ…清春…」


ホーッ、ホーッ

梟の鳴き声。
ザアッ…と風鳴りが聞こえてもアガレスは全く反応しない。背後の木の上に巨大な影が忍び寄っているのに…。


ドスン!!

「う"あ"!!」
背後の木からアガレスの上に飛び降りた巨大な(全長5mはある)ヒトガタで仮面をかぶった神。地面にめり込むアガレス。だが震える手で地面を這う。が…


バキバキッ!

「う"ぐ"あ"あ"あ"あ"!!」
這った右手の甲の骨が折れる音がする程の力で右手を踏まれる。目を見開き叫び声を上げたアガレスの視界に飛び込んできたのは…
「ベ、ベルベットロー、」
「おらよっ!!」


ガン!

「っあ"!!」
現れたベルベットローゼに思いきり顔面を蹴られればその衝撃で、屋敷まで吹き飛ばされるアガレス。屋敷に背中を強く叩き付け、倒れ、立ち上がろうとするが…
「ホオオ!」


ドスン!!ドスン!

「ぐあ"あ"あ"!!」
先程現れた巨大で仮面をかぶった神に高く持ち上げられて地面に叩き付けられる。高く持ち上げられて地面に叩き付けられる…を繰り返される。バキバキバキ!その度にアガレスの身体中から、骨が折れていく音が聞こえる。
「ホオッ!」


ドスン!

「があ"っ…、」
最後に叩き付けられ、ようやくあの地獄の繰り返しが終わる…が、既に目は白目を向いており、口や頭から黒い血を流して倒れているアガレス。今の攻撃により腕や脚がおかしな方向に曲がってしまっている。
「おーしっ。そのくらいで良いぜダイノワ神」
「ホオ!ホオオ」
仮面をかぶった巨大な神ダイノワ神は喜ぶ。一方、ベルベットローゼもニヤリ。真っ黒い歯を覗かせて笑うと、白目を向いているアガレスの前髪を鷲掴み、顔を上げさせる。
「てめぇはもうヴァイテルの神じゃねぇんだよ。ヴァイテルの神はオレだ。のこのことやって来てんじゃねぇよ堕天野郎!!」


ガツン!

「あ"がっ…!」
上げさせたアガレスの顔の顎を思いきり膝で下から突き上げてやれば、アガレスは再び力無くその場に倒れる。
「弱っちくなったなぁアガレス。200年前のあの日までは、オレとお前でヴァイテルの守り神をやってたとは思えねぇ弱体っぷりだぜオイ?」
ベルベットローゼが近付いてきても顔を地に伏したまま、ピクリとも体が動かせない瀕死のアガレス。
「はぁ"…はぁ"…」
「今日ウエスト駅でオレの部下共を殺ったのてめぇだろ?」
「はぁ"…はぁ"…」
「今更ヴァイテルに何の用だよ?あん?てめぇはココリ村の…ヴァイテルの悪魔として名を残した。ヴァイテル国民の嫌われ者なんだよ。それなのに今更のこのこと。何がしてぇんだ?」
「っ…、」
「てめぇヴァンヘイレン辞めたんだろ?じゃあこれからはヴァイテルで。ココリ村で。故郷でひっそり暮らすってか?そうはさせねぇよ。悪魔堕ちしたてめぇが居るだけでヴァイテル中悪魔臭くて吐き気がすんだよ堕天野郎が!オラ!」


ドガン!!

「ぐあ"あ"あ"あ"!!」
強大な力を持つ拳で思いきりアガレスの頭を殴れば、また地面に埋る。それ程の力を持つのだ、ベルベットローゼは。
ベルベットローゼは右手をぷらぷらさせ、笑む。
「へへ。アドラメレクから殺っちまって良いってお達しがあったからな。オレら神々の面汚しのてめぇには原型留めなくなるくらいぐっちゃぐちゃにされる最期がお似合いだぜ!」
「ぅ"…っう…、」


カタン、

「あ?」
「!」
アガレスのポケットから生徒手帳とそのケースについている青いリボンを付けたくまのキーホルダーが出てきた。青く腫れて半分以上潰れた目ながらも見開いてアガレスは、そのくまのキーホルダーに慌てて手を伸ばす。


グシャッ!

「っあ"!!」
伸ばした左手ごと踏まれる。幸い、くまのキーホルダーはアガレスの左手の下にある為、直接踏まれてはいないが。
ベルベットローゼはニンマリ笑う。
「何だぁ?この小汚ねぇキーホルダーは?てめぇ今焦ってたよなぁ?もしかしてコレ、大事なモン…かよ!?」


ガンッ!

「!」
左手の下のキーホルダーだけを蹴り飛ばすと、ベルベットローゼはくまのキーホルダーをガン!ガン!と満面の笑みで笑いながらアガレスの目の前で、何度も何度も踏みつける。アガレスは目を見開く。が、取り返したくても全身の骨が砕けていて、体が動かせない。


ガン!ガン!ガン!

「ヒャハハハハ!どうだどうだぁ!?てめぇの大事なモンが粉々にされていく様は!?オレは最っっ高だぜ?ヒャハハハハ!!」
「っ…!!」
「オラよ!返してやるよ仕っ方ねぇなぁ!」


ドシャッ…、

ベルベットローゼが蹴ってアガレスの顔の前に返されたくまのキーホルダー。しかしそれはもう原型を留めておらず、キーチェーンはバラバラだし、くまの原型は無く、くまのぬいぐるみの毛だけがそこにバラバラと広がっている。

『ア、アガレス君と色違いにしたいなぁって思ってたの…って図々しいよね?』
『ありがとうっ!ありがとう!ありがとうアガレス君!』
『別に礼を言う事ではないだろう。頭のおかしい奴だと思われる。やめろ』
『ありがとう!ありがとう!ふえぇ〜嬉しいよぉ!ありがとうアガレス君!』

脳裏で先日メアとお揃いにしようと2人でこのくまのキーホルダーを買った光景が蘇る。

















力が入らないながらも、アガレスは折れた両手で地面を這う。
「つーかそのくまのキーホルダーか?人間でも神でもねぇ。悪魔のてめぇでもねぇニオイがして臭うんだよな。えーと確か…」
パチン!
ベルベットローゼは指を弾く。
「そう!そうだ、あいつだアホダーシーのニオイだ!」
「!!」
「ハッ!目ぇ見開いたなクソアガレス。図星かよ?てめぇあの人間の次はダーシーかぁ?女好きも大概にしろよ腐れ堕天野郎。そーだなぁ。てめぇがヴァンヘイレンからいなくなったんなら1人になったダーシーの奴、今度こそぶっ殺せそうだなぁ!ヒャハハハハ!」
「!!」
「テペヨロトル神は死んじまったから、他のキモイオヤジ神共に襲わせてぐっちゃぐちゃにして殺してやろっかなぁ!あいつギャーギャーうぜぇ天界の嫌われ者だったからさぁ調度良い末路じゃね?キーマリ!」
背を向けてスタスタ歩いていくベルベットローゼ。
アガレスは最後の力を振り絞り、立ち上がると全身の強烈な痛みを堪えて、体内から武器を取り出した。気付いていないベルベットローゼの背後から、武器を振り上げる。
「そう急くなよ。ダーシーはてめぇを殺ってから殺るからさぁ?」


パァンッ!

「え、」
ベルベットローゼが背中を向けたままくいっ、と右手親指をアガレスに向けただけ。それだけでアガレスの頭以外の全身がパァンッ!と、水風船が破裂したような音と共に破裂した。


ベチャベチャ!ボトッ!

中から飛び出た血と肉片が飛び散り、ボトッ、とその場に落ちるアガレス。声を上げれないのか、口をパクパクしている。破裂した体は、泥人形のように液体化している。唯一頭だけ残っているが。
「本当は頭も潰してやりたかったんだけどよ。それじゃ一瞬で死んでつまんねぇだろ?だから、体が死んでいく痛みを頭だけ残して味わわせてやりたかったんだよな。ヒャハハハハ!マルセロ修道院でオレをコケにした仕返しだぜ!嗚呼最高の気分だ!ヒャハハハハ!」
ベルベットローゼの笑い声が遠退いていけば、ベルベットローゼの姿は闇夜に溶け込むように消えていった…。
「う"…ぁ…ぅ"…ぁ…」
満足に声も出せないアガレス。



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あきゅろす。
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