GOD GAME ページ:1 ヴァンヘイレン、 放課後―――――― オレンジの夕陽が辺り一帯を染めている。校舎を出た校門の陰で、読書をしながら塀に寄りかかっているアガレス。 「ア、アガ、アガ、アガレス君っ!」 校門から顔をひょこっと出したメア。アガレスは、いつもの無表情で、ふっ、と顔を上げる。メアは恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながらビシッ!と敬礼する。 「お、おおお、お待たせしましたッ!」 パタン… 本を閉じて、ショルダーバッグの中へしまうアガレスもほんのり顔が赤い。 「あ、ああ。じゃあ…行くか」 「ははははいッ!!」 アンジェラの街――― 「ままま待たせちゃってごめんねっ!掃除当番だったんだけど、先生が急に"今日は大掃除だー!"って言うからしなくてもいい場所まで掃除させられて遅くなっちゃって」 「そ、そうか。ご苦労」 「う、うんっ」 下校途中の学生や会社帰りのサラリーマン、買い物帰りの主婦など様々な人々が行き交う夕暮れの街中。ショルダーバッグを担ぎいつもの如くポケットに手を入れたまま歩くアガレス。横長の学生鞄を担ぐメア。並んで歩いた事など、同じ班だから今まで何十回とあったのに。何故か今はお互いぎこちなくて、まるで初対面の者同士のよう。 「アガ、アガ、アガレス君ッ!!」 声が裏返るメア。 「な、何だ」 「ど、どど、何処か行きたいお店があるのッ?!」 「いや…特に無いが。…あるのか」 「わわわ私もなな、無いよッ!」 「そうか」 沈黙…。 行くあても無く、人混みの中をただただ歩くだけの2人。 ――落ち着け落ち着けー私ッ!せっかくアガレス君が一緒にお出掛けしてくれるって言ったんだよ!あのアガレス君がだよ?!女の子を雌豚扱いする超ド級Sのアガレス君だよ!!またとない機会かもしれないんだから、一緒に行きたいお店を言わなきゃ!言わなきゃ!―― 「アガ、アガ、アガレス君!あそこの雑貨屋さん見たいですっ!」 メアが指差したのは、木造でアンティークな造りの雑貨屋。小さなショーウインドウには、ブリキの置物や細かな雑貨が並んでいる。 「入るか」 「う、うんっ!」 カランカラン… アガレスが扉を開けば、扉の上についているベルが鳴る。店内は外観同様こじんまりとしており、奥には店主の小さい老婆が1人。他に客は居ない。 カタカタ…、 カラカラ…、 戸棚に陳列されたブリキの兵隊や、ネジ巻き人形が音をたてて動いている。 「いらっしゃぁい…」 ショーウインドウから射し込む夕陽と合わさってアンティークな店内はもの寂しく見える。 「あのねあのね。この前カナちゃんと来た時、すっごく可愛いくまのキーホルダー見つけたんだよ」 くいっ、 無意識の内にアガレスの服の裾を引っ張っていたメアはハッ!とし、更に顔を真っ赤にして慌てて手を離す。 「ハッ!ごごごごめんねアガレス君!」 「い、いや…別に構わんが」 プシューッ… 相変わらず林檎のように真っ赤なメアの頭からは恥ずかしさによる湯気が噴き出していた。 「これだよ。これ。ね?可愛いよねっ」 ふかふか生地のくまのぬいぐるみキーホルダーをアガレスに取って見せるメア。まるで子供のように無邪気にはしゃいでいる。 「赤と青のリボンをしている子がいてね」 確かに首に赤と青のリボンを巻いている二種類のくまがいる。メアはチラッとアガレスを見てから、パッ!と目をそらす。 「ア、アガレス君と色違いにしたいなぁって思ってたの…って図々しいよね?」 「全くもってな」 「ガーン…!」 ――今のアガレス君なら"そんな事はない。お揃いにしようか。キラーン"って超かっこいい顔して言ってくれると思ったのに!―― 甘かった…、とがっくり肩を落とすメア。赤と青のリボン二種類のくまを、元あった場所へ戻そう…としたそれをアガレスが隣から掴んだ。 「え?」 「全くもって図々しい雌豚だ。で。貴様は赤か」 「え!ア、アガレス君お揃いにしてくれる…の?」 アガレスはフードを目深にかぶり、わざと顔を隠しながら頷く。メアは更に更に顔を真っ赤にして、何故かアガレスにペコペコお辞儀する。 「ありがとうっ!ありがとう!ありがとうアガレス君!」 「別に礼を言う事ではないだろう。頭のおかしい奴だと思われる。やめろ」 「ありがとう!ありがとう!ふえぇ〜嬉しいよぉ!ありがとうアガレス君!」 「〜〜っ、」 ――そんな顔をされたら調子が狂うだろう雌豚!!―― 「本当にありがとうアガレス君!」 「だから…、…はぁ。もういい」 店を出てから。青いリボンのくまはアガレスが。赤いリボンのくまはメアが。 ポケットの中に入っている生徒手帳のケースにキーホルダーを付けて、ポケットの外へお互いくまのキーホルダーを出して歩く。 メアはるんるん上機嫌で両手を前後に大きく振って歩くから、アガレスは少し頬を赤らめ、それがメアに見られないようまたフードを目深にかぶった。 「次はどこが良いかなぁ」 ブロロロ、 「!」 鼻唄混じりで歩く車道側のメアの脇を、車が走っていく。 「場所を代われ」 「え?」 「いいから場所を代われ」 「え?う、うん?」 車道側が自分になり、歩道側をメアに歩く場所を代える。メアはその意味に全く気付いておらず、首を右へ左へ傾げていた。が、アガレスは何も言わなかった。 「わあ!可愛いサボテン!」 歩いている途中、道に花を広げた露店の花屋に立ち止まるメア。膝に手をあてて前屈みになりながら見ているのは、小さいサボテン達。店員の中年女性が笑顔でメアを見ている。 「サボテン可愛いなぁ。育ててみたいな」 「任務で外に出ている時長期間世話ができんだろう」 「そっかぁ…。残念…。あ。そっちの切り花可愛いよ」 次にメアは、バケツに入っているピンクの薔薇の切り花を手に取る。 「これなら花瓶に入れておけるよね。カナちゃんとの部屋に飾ろうかな。あ…でもカナちゃん花粉アレルギーだった…残念…」 結局何も買わず、次は小さな服屋に入った2人。 カランカラン、 ここの街の店はどうやらほとんど扉にベルをつけているらしい。扉を開けたら鳴る。 「アガレス君はお洋服買わないの?」 狭いながらも男女の服コーナーがあり、メアは男性もののコーナーへ行く。アガレスはポケットに手を入れたまま無表情で服をチラッと見る。 「興味無い」 「だと思った〜。私はお洋服欲しいなぁ。でもお金無いし…」 ヴァンヘイレンの生徒の身分では決まった収入が無いし、何より人間ではない2人には資金援助してくれる家族もいない。ただ、任務を一つ終えるごとにお小遣いばかりの収入が入る為、先程買ったキーホルダー程度しか買えないのだ。 普通ならこの後食事をとるのだろうけれど、食事をしない神の体の2人は結局早くも見る場所が無くなり、ヴァンヘイレン宿舎へトボトボ歩いて戻るのだった。 ヴァンヘイレン宿舎前―― すっかり月と星も顔を出して真っ暗な外。 広い宿舎のほぼ全ての部屋の灯りが点いている。せっかくだったのに見る場所が無くて、メアはしょんぼりしている。 「あんまりお店、見るところ無かったね…」 「……」 ――でもお揃い買えたから良いか…。でもなぁ。せっかくのお出掛けだったのにぱっとしなかったのが残念だなぁ…。もう一生無いかもしれなかったのに…―― 「はぁ…」 「ダーシー殿」 「ん〜?」 しょんぼりして肩を落としたメアが振り向く。アガレスは無表情、ポケットに手…の普段と変わらない様子でメアを見ている。 「話があるんだが」 「え?何なに?」 「その…だな」 「?」 「ボォクのメェアァァア〜〜!!」 ビクッ! 聞き覚えある男性の声がして振り向くメア。すると、宿舎の方からキラキラオーラをたくさん散らせてこちらへ駆けてくるアーノルドの姿が。 「あ、アーノルドさん?!」 「やあ!good evening!ボクのメア!今帰りか…な…?…何だよ貧弱アガレス。何故お前がボクのメアと一緒に居るんだい?」 眉間に皺を寄せてギロッとアガレスを睨むアーノルド。しかしアガレスは至って平然。動じない。 「あ、あのアーノルドさんどうしたんですか?」 「どうしたもこうしたも!双眼鏡で夜景を眺めていたら夜景よりも美しくキュートなメアを見付けたから迎えに来たのさ!さあ、メア!晩餐の時間だよ!並んで座ってたくさんお喋りしようじゃないか!ボクにメアのキュートボイスを聞かせておくれ!」 「え、えっとー…」 「はっ、勘違い成金木偶の坊が」 「ななな何だと!?」 ビシッ! わなわな震える手でアガレスを指差すアーノルド。 「貧弱!!お前またボクを!こ!の!ボクを馬鹿にしたな!?」 「嫌がっているだろう」 「メアは嫌がってなどいないさ!貧弱!お前と居る方が嫌がっていると見える!さあ。ボクのメア。一緒に晩餐にしよう」 前髪をファサッとなびかせ手を差し出すアーノルドに、メアは苦笑い。 「い、いや…あの、私っ…」 「どうして来ないんだい?…ハッ!そうか!メアは照れ屋さんなんだね。だからボクに素直に甘えられないのか!フハハ。ボクから仕掛けないといけないというわけかい。ふぅ。困った子猫ちゃんだ」 スッ、 メアの右手をスッ、ととるアーノルド。 「え!?あの、ちょっと…!」 チュッ、 「〜〜!?」 「!!」 とった右手にチュッ、とキスするアーノルド。至って平然に。しかしメアは初めての事に顔を真っ赤にし、アガレスは無表情ながらも目を見開く。 ファサッ。キラキラオーラと一緒に前髪をなびかせてキザな笑みを浮かべ、メアの肩を組むアーノルド。 「ああああのっ!わ、私っ!」 「ボクから仕掛けるのは性に合わないんだけれど。ははっ。メアが素直に甘えられない性格となれば話は別。ボクから仕掛けてあげよう。ははっ。全く。困った子猫ちゃんだメアは…ん?何だい?貧弱」 するとアガレスは下を向いたまま、アーノルドの額に向けて指を向ける。そして… バチン! 「んなぁ!?」 アーノルドの額にデコピンをした。 不様な姿を晒され、アーノルドは肩をわなわな震わせお怒り。 「おおおお前ェ!貧弱ゥ!このボクにデコピンする奴は今だかつていなかったんだぞぉお!!」 「…だ」 「何だ?!声が蚊の鳴き声のようで聞こえないぞ!腹から声を出せェ!!」 「貴様のじゃない!俺の女だボケナス成金木偶の坊!!」 「!!」 しん…… 目を見開き、顔を真っ赤にして動揺しまくりで声を荒げたアガレスの一言に、2人はぽかーん…とする。沈黙が起きて、アガレスはハッ!と我に返る。我に返れば、自分が今感情に任せて口走った言葉の意味をようやく理解。全身真っ赤になり目が泳ぐ。 「い!いや!その…!違う!俺の女になる…かもしれな…くもない…かもしれない…じゃないかもしれない…よう…な…え、えぇと…」 「貧弱!ボクにライバル宣言をするとは良い度胸だ!良いだろう!初めから勝負は決まっているがその挑戦!受けてた、」 「はははははひっ!!よよよ喜んでっっ!アガレス君の女にならせて頂きまふっ!!」 「!」 「な、何ぃ!?ボクのメア!何て返事をしているんだい!?」 顔が真っ赤でガタガタ震え、目からは大粒の嬉し涙を流すメア。まさかの返事にアガレスもアーノルドもお互い違った意味で目を見開く。 「メ、メア!?正気かい!?しっかりするんだ!あんな貧弱のどこが…!ああ!メア!」 アーノルドの脇をすり抜けるとメアは、先に校門を走って出ていくアガレスについて走っていく。 「メア!ボクのメア!貧弱なんかについていったらダメだろう!?メアー!」 「ご、ごめんなさい!お気持ち嬉しかったです、で、でも私はアーノルドさんのお気持ちに応える事はできないんです!本当、ごめんなさい!!」 パタパタ足音をたてて走り去っていった2人。 放心状態のアーノルド。しかし、すぐに切り替えて前髪をファサッとなびかせ、笑う。 「そうかそうか…。メアはあの貧弱に恋してしまう催眠術をかけられているんだな?フフフ…フハハハハ!燃えてきた!燃えてきたぞぉ!!姫にかけられた呪いを解くのは昔から王子と決まっているじゃないか!このボクが!メアにかけられた呪いを解いてあげるよ!待っていてくれボクのメア!燃えてきた燃えてきたぞぉ!障害があってこその恋だ!フハハハハ!」 ヴァンヘイレンを出て、アンジェラの街外れにある人気の無い公園。 「はぁ、はぁ…はぁ"ー疲れた…!」 走ったせいで息が上がり、下を向いている2人。 公園にある噴水の音しか聞こえてこない静かな夜の公園。メアに背を向けたままアガレスはフードの下で頬を赤らめ、冷や汗をダラダラかいて心臓はバクバク鳴っている。それはメアも全く同じ。 「ア、ア、アガレスく、」 「何でか分からんのだがな!」 「え、えっ?」 突然声を上げたアガレスにメアはハテナ。ハテナ。 「しつこいし煩わしいし明る過ぎるし。天界で嫌われる理由がよく分かる」 「ひ…酷いよ!冗談でも言わないでほしかったよ!私それ、すっごく気にしてるんだよ!」 悲しくて涙目になるメアの方をアガレスは振り向く。 「だが俺はその煩わしさと明るすぎる性格に救われたんだっ!!」 「えっ…」 ちゃんと体もメアに向けて向き合う。(ポケットには手を入れたままだが)彼らしかぬ頬を赤らめ、口は恥ずかしそうに尖らせて。 「キユミの事で実際全てがどうでもいいと思っていた。造り直しの儀だろうがヴァンヘイレンだろうが、どうでもよかった。キユミと元に戻れたらそれで良かった。…だがキユミには新しい生活があって新しい…奴がいて。俺は初めも今もキユミに関わったらいけない存在だったんだと痛感した。キユミしか生き甲斐がなかったからもう、どうにでもなりたかった。だが…」 「う、うんっ…」 「始めはダーシー殿の突拍子もない発言や前向き過ぎる性格、正義感が煩わしくてたまらなかった。だが…だが、それに救われていたとつい先日気付いてしまったんだ。だから…」 「う、うんっ」 「さっきはつい口走ってしまったが…。ダ、ダ、ダーシー殿」 「は、はひっ!!」 声が裏返るメア。アガレスは目をあっちへそっちへこっちへ泳がせる。 「えぇと…その…その!だな…えぇと…」 「ア、アガレス君頑張って!!」 「煩わしい!」 「ご、ごめんねっ…」 「ダ、ダ、ダーシー殿!」 「は、はひっ!!」 アガレスは指輪の外れた左手でメアをビシッ!と指差す。 「俺の女になれ!」 「喜んでっ!!」 ぶわっ!涙の大洪水を溢れさせたメアは、堪えに堪えていた感情を泣きながら思いきり吐き出す。 「うわああん!嬉しい!嬉しいよぉ!アガレス君がそう言ってくれる日がくるなんて思っていなかったから本当の本当に嬉しいよぉ!うわああん!」 ベンチに座ってわんわん泣くメア。やれやれといった様子のアガレスは隣に腰掛け、メアの頭を抱き寄せる。メアはビクッ!とするが。 「泣く意味が分からん」 「アガレス君バカだから分からないんだよっ!バーカ!バーカ!アガレス君のバーカ!」 「養豚所へ送るぞ雌豚」 「そういうの…ひっく、やめなってばっもうっ…ひっく…」 両手で拭っても拭っても拭いきれない涙。そんなメアの涙を一緒になって拭ってやる。 「ひっく、ひっく…」 「泣き止んだか」 「ふぇ…、うんっ…」 アガレスはポケットに両手を入れて立ち上がる。 「送っていく。宿舎に着くまでにその醜い泣きっ面どうにかしろ」 「この期に及んでまで酷いよっ…!」 背を向けたままだが左手を後ろメアの方に差し出す。メアは目をぱちくりしてから少し気恥ずかしそうに、その左手を両手で握った。 翌日―――――― 教師がまだ来ていない始業前の1E教室。後ろの扉の前で楽しそうにぺちゃくちゃお喋り中なのは、メアとカナ。 「でもびっくりしちゃったよメアちゃん。昨日帰ってきたメアちゃんの目、真っ赤に腫れていたんだもん」 「え、えへへ…そ、そうかな?」 「うん。でもお友達と感動映画を観に行って泣いちゃった後だったなら良かったぁ。メアちゃんを泣かせる人がいたら私、仕返ししようって思ってたんだよ」 「カナちゃん…!カナちゃん大好き!」 ぎゅっ! カナに抱き付くメアの背を子供をあやすように、軽く叩いて笑うカナ。 「私もだよ!私も、カナちゃんを泣かせる人がいたらギッタンギッタンのボッコボコにしてやるから大丈夫だよっ!」 「ふふ。メアちゃんやり過ぎちゃいそうで怖いなぁ」 「大丈夫大丈夫っ!」 ガラッ、 「あ」 教室の後ろ扉が開く。ポケットに両手を入れてショルダーバッグを肩からかけたアガレスが無表情で登校。ばっちり目が合ったメアは一瞬にして全身を真っ赤にする。アガレスとメアに昨日何があったか分からないカナはいつもの笑顔でアガレスに「おはようアガレス君」と普通に挨拶。しかしメアは動揺して言葉がプルプル震えている。 「お、おは、おはよよよ、アガ、アガ、アガレ、」 「邪魔だ退け雌豚」 ガンッ! 「!?」 扉を足でガンッ!と閉めるとアガレスは全くいつもと変わらぬ態度の悪さそのまま。メアとカナの間を無理矢理割り込んで突き進み、自分の席にドスン!と腰かけてすぐ読書をするのだった。 昨日の優しい面影が無いアガレスに(今日の態度こそ本来の彼なのだろうけれど)メアはハテナをたくさん浮かべる。 「あはは。アガレス君本当に読書が好きだね。ね、メアちゃん」 ――え?え?えぇ!?昨日の優しいアガレス君は夢?幻!?いつもの仏頂面で無愛想なアガレス君に戻っちゃっているんだけどどういうこと!?―― ガラッ、 「おーい。席着けー。授業始めるぞー」 メアが戸惑っている事など露知らずな教師は教室へ入ると、授業を始める。後ろの席で授業を聞かずに相変わらず本を読んでいるアガレスを、斜め前の席のメアがチラチラ見ていた。 ――私昨日自分に都合の良い夢を見てたんだ…絶対に絶対にそうだ…!ガーン…!―― 放課前の掃除時間――― 「はぁ…。夢と現実の区別がつかなくなるなんて…私の妄想癖も大変なところまできちゃったなぁ…はぁ…」 3階科学室前廊下の掃除当番メア。科学室の前の廊下を1人で箒で掃きながらかれこれ5回目の溜め息を吐く。 「でも現実だと思ったんだけどなぁ…違ったなんて…しょぼん…」 ガラッ、 「うわあ!?びっくりしたぁ!?」 誰も居ないと思っていた科学室の扉が突然開いた為、メアは箒を後ろへ投げた程驚愕。 室内からは、ヴァンヘイレンの制服を着て黒い短髪、右目に白い眼帯、背中には真っ黒い矢を背負った1人の男子生徒が出てきた。 左目の下には何重もの隈ができていて、見るからに顔色は悪いし不健康そう。しかも黙ったままじーっ…とメアを見てくるから、メアはぽかーん…。 「あ、あ…ご、ごめんね大きな声出しちゃって!誰も居ないと思っていたから驚いちゃって…」 「…君。見かけないね…何年生…?」 「え?わ、私?」 「うん…君しかいないよね…」 ぽつりぽつりと話す男子生徒。不気味な見た目に似合わず声色は小学生男子のような高い声をしているから、メアは拍子抜けしつつも誰にでも見せるあの明るい笑顔を浮かべる。 「私、1Eだよ!」 「ふぅん…1年生なんだ…」 「貴方は?」 「さあ…何年生でしょう…」 「え"」 ふっ、と背中を向けると男子生徒は廊下を歩いていき、階段を降りて去ってしまった。 廊下に1人残されたメアは呆然。 「な、何だったんだろうあの子…。見たことない子だったけどちょっと不思議な子だったな。…ん?」 先程の男子生徒が出てきた科学室の扉の床に、点々と黒い液体が落ちているのに気付く。 「何だろうこれ?あ。科学室だから何かの実験の液体かな?綺麗にしなきゃ!よいしょ、よいしょっ」 雑巾でその黒い点々を拭くメア。 「よいしょ、よいしょっ」 「おい。雌豚」 ギロッ! 背後から呼ばれたメアは雑巾がけをしながらギロッ!と後ろを振り向く。そこには階段を登ってきて、ショルダーバッグを肩からかけ帰る気満々なアガレスが立っていた。 「その言い方そろそろやめてほしいんですけどっ!」 「じゃあ黒豚」 「アガレス君のバーカ!」 ぶんっ! アガレス目掛け雑巾を投げる。が、簡単にひょい、とかわされてしまった。床に落ちた雑巾を拾い、蛇口で洗うメアは、ぷんぷんお怒りだ。 「何かご用ですかっ!?用が無いなら掃除を手伝ったらどうですかっ!?」 「何を1人で苛立っているんだ。校門を出た角で待っている」 「えっ!?」 あっさりそう言って階段を降りていくアガレス。メアは蛇口を止め、慌ててアガレスを階段の上から呼び止める。 「えっ!?え!?それってどういう事アガレス君!?」 立ち止まり、階段踊り場からメアを「はあ?」といった表情で見上げるアガレス。 「昨日街は見る店が無かっただろう。家へ来い」 「!?」 「相部屋の雌ぶ…カナとやらには友人の家に泊まるとでも言っておけ」 タン、タン、タン… アガレスが階段を降りる音が遠ざかっていく。音がやがて聞こえなくなると、 カランカラン…! 顔を真っ赤にしたメアは箒を落とし、自分の頬を左右からつねる。 「夢じゃなかったんだ…夢じゃなかったんだ…!痛ててっ」 ガラッ! 3階廊下の窓を開けると身を乗り出して外へ向かって大声で叫ぶ。 「夢じゃなかったんだー!やったー!やったー!!きゃっほー!」 「な、何叫んでるんだ?ルディの奴…」 「さあ?」 1階の中庭を掃除していたトムとアイリーンは、3階の窓から嬉しそうに叫ぶメアを呆れて見上げていた。 ――ふふっ。本当。2000年前から相変わらずオマヌケさんですことダーシー氏― 校門を出た角。 「お待たせしましたッ!」 ビシッ! 昨日同様、敬礼をして顔をひょこっと出すメア。こちらも昨日同様、塀に寄り掛かりながら読書をして待っていたアガレス。メアが来たのをチラッと横目で見ると何も言わず、スタスタ歩いていく。 ――ガーン!昨日の優しいアガレス君は何だったんだろう!?― 元に逆戻りだが、夢ではなかったそれだけでウキウキなメアはスキップでついて行った。 「入らんのか」 「ふえ〜!きき緊張するよ〜!」 アガレスの自宅小屋。小屋の前で何回も大きく深呼吸して、なかなか入ろうとしないメア。アガレスは若干イライラしている。 「何が緊張だ。先日蹴破って入ってきた雌豚の分際で」 「だってあの時と今とじゃ状況が違うもん!」 「3、2、1、」 「あー!待って待って!入るからっ!」 カウントをして扉をだんだん閉めていくアガレスに、慌てて扉の隙間から入るメア。 バタン、 ショルダーバッグを床に放り投げて、木製の椅子に腰掛け読書再開するアガレス。一方のメアは、顔を真っ赤にしてドキドキ。キョロキョロしながら扉の前で突っ立ったまま緊張して動く事ができない様子。だからといってアガレスが気の利いた言葉をかけてやるわけでもないが。 「お、お邪魔しますッ」 「……」 アガレスの隣の椅子に腰掛けるメアの動きはまるでロボットのよう。 しん… いつもの事だが、やはり起きる沈黙。ホー、ホーと遠くから梟の鳴き声が聞こえる。窓から射し込む白い月明かりだけの室内。 電気が通っていない為、この部屋に電器は無い。相変わらずメアは緊張して肩が上がりっぱなし。 [次へ#] [戻る] |