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GOD GAME
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ヴァンヘイレン――――

「その、これはだな。先日貰ったクッキーのお礼で。いや、別にそんな感謝されるものではない。じゃあな………完璧だ」
グッ!と両手拳を握り締め柱の陰で1人予行練習中のアガレス。右手には黄色いリボンが入った袋(ラッピング済み)。
今アガレスが1人で予行練習していた事とは。先日キユミから貰ったクッキーのお礼に…と、キユミが髪を束ねている黄色いリボンの新しい物を渡す為の予行練習だ。
「いや、何をやっているんだ俺は。キユミに関わったせいであいつが悪魔になってしまったんだ。もう関わらず遠くから見守るのだと決めたはずだろう。ダーシー殿に説教をしておいて」
と言いつつ、このリボンを昔のように渡したらキユミが悪魔になる以前の事そして自分の事を思い出してくれるかもしれない…と淡い期待を抱きつつ、グッ!と袋を握る。
「どちらにせよ先日のクッキーの礼をせねばならんからな。…ん?あれは俺が助けた事への礼ではなかったか?ならば俺がそれに対しての礼をやるというのはおかしいような…。構わんか。確かクラスは1Aだったな。よ、よし…!行くぞ!」
柱の陰から出て、すぐそこ目の前にある1Aの教室(キユミの教室)へ一歩踏み出す。
「でね。ヒビキお兄ちゃんが」
「あ」
「あ!」
ちょうど同じタイミングで教室から出て来たキユミ。キユミと目が合い、珍しくアガレスの無表情が笑顔になり欠け…たのだが、キユミの隣を並んで歩く男子生徒を捉えた瞬間アガレスの口は笑み欠けたまま固まる。
「アガレスさん!この前は本当の本当にありがとうございました!!」
ペコペコ、やはり低姿勢で何度もお辞儀するキユミ。すると、隣にいる黒髪で優しそうな(アガレスより身長が高くて俗に言うイケメン)男子生徒も笑顔でお辞儀をする。
「キユミ。この方?落下してきた蛍光灯からキユミを守ってくれた1Eの人っていうのは…」
「うん!そうだよ」
「その節はありがとうございました。本来ならばキユミの恋人の僕が守らなければいけないところを…あ、あれ?あの…あのー…大丈夫ですか?」
口が笑み欠けたまま。呆然としたまま硬直しているアガレス。反応が無いから、アガレスの顔の前で手を振る2人。
「…ハッ!あ、いや…ああ…その……」


ダッ!

「あ!アガレスさん!?」
アガレスは踵を返すと2人に背を向けてダッシュで廊下を走り去っていった。黄色いリボンがラッピングされた袋を持ったまま。
アガレスが去っていった方をポカーンと見ているキユミとその彼氏。
「行っちゃったね…?」
「アガレスさん恥ずかしがり屋さんなのかな?」






















同時刻、
図書室前廊下――――――


「もうっ!アガレス君が日直サボるから私が資料ぜーんぶ運ばなきゃいけないよっ!どこ行ったんだろう!」
職員室まで1人で山積みの資料(前が見えない程)を運びながら、ぷんぷんお怒りのメア。すると。前方の曲がり角からタッタッタ、と足音が近付いてきて…


ドンッ!

「わ!?」
「きゃあ!?」
お決まりの展開。走ってきた人物とメアは正面衝突してしまった。バサバサ…と資料が廊下に散らかる。メアは尻餅ついたまま。
「痛たた…」
「前を見て歩かなければダメじゃないか!ましてやこのボクがお通りになるんだからボクの為の道をあけなきゃ…んんん?」
「?」
ぶつかってきた人物は。真っ赤な長い髪をしてヴァンヘイレンの制服を着た背の高い男子生徒(見たところ上級生か)。メアの顔をまじまじ見るから、メアはびっくりして尻餅ついたまま後退り。
「んんん?」
「え?え?あ、あのっ…」
「女神だ…!」
「!!」
――嘘!?私が元女神だって事がバレた!?――
メアは焦り、後ろ手で隠しながら武器の剣を構える。が…


ぎゅっ!

「きゃあ!?」
赤髪の男子生徒はメアの左手を握ると片膝を立てて膝まづくから、メアは頭上にハテナをたくさん浮かべる。
「あ、あの??」
「嗚呼!ついに!ついに巡り会えた!」
「え?あの…?」
「君!学年クラス名前は?」
「え?!あ、1Eのメアです。メア・ルディです」
男子生徒は前髪をファサッ…といかにもキザな手付きでなびかせる。
「んー。名前まで愛くるしい。そうか。メアか」
「あ、あのー…?」
「一目惚れだ!そのチワワのように大きく潤んだ瞳!小さなフェイス!可愛らしいツインテール!頬にはチャームポイントの蝶の模様!そして小柄な体型!小さく柔らかい手!君はボクの妻となる為産まれてきた!ついてきたまえ!ボクのメア!!」
「え…、ええぇえぇえ!?」




















宿舎、
メア&カナの部屋――――

「はぁ〜…」
パタン…
扉を閉め、がっくり肩を落として疲れきった表情のメア。
「おかえり、メアちゃん」
「ただいまぁ〜…」
「…?どうかしたの?疲れているみたいだよ」
「大丈夫だいじょーぶ〜…」
「?」
ベッドに腰かけていたカナの隣に腰かけるメア。カナはミーを膝の上に乗せて首を傾げる。
「メアちゃん。お互い無事任務から帰ってこれて良かったね。トム君のご両親は…可哀想だけど…」
「うん…。身近な人が死んじゃうと本当に戦争をやっているんだな、って改めて思ったよね」
メアの脳裏では御殿と由樹が浮かぶ。
「あ…。そうだ。私ね。カナちゃんに謝らなきゃいけない事があるんだ」
「私に?」
「うん…。もしかしたらカナちゃんに絶交されるかもしれない事…」
「えぇ?私がメアちゃんと?ないよないよ〜そんな事どんな事が起きてもないよ〜」
メアは目を強く瞑り、口を開く。
「私…私ね。私もアガレス君のこと好きになっちゃったの!本当にごめんねカナちゃん!」
「やっと気付いたの?メアちゃん!」
「えぇえ!?」
カナからの予想もしていなかった返答に、メアは目玉が飛び出しそうな程驚く。カナは怒りもせず、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれている。
「ど、どういう事カナちゃん!?」
「だってメアちゃん、いつもアガレス君の事を目で追っていたよ」
「ないないないない!ぜっったいないよ!」
「そうかなぁ。私がメアちゃんにアガレス君の事好きなんだって話した後くらいからかな?あ。かぶっちゃった。私が引こう、って思ってたの」
「引かなくていいよ!好きな気持ちを抑えるなんてしなくていいよ!ましてや私が悪いのにカナちゃんが我慢する事ないよ!」
カナは首を横に振る。
「うんうん。私、メアちゃんと喧嘩したくないよ。それに、メアちゃんと仲違いするくらいならアガレス君を諦められる。アガレス君には失礼だけど、私、アガレス君よりメアちゃんの方が好きみたいだよ」
「カ、カナちゃん…!無理してない!?カナちゃん優しいから私に気を遣ってない!?」
カナはただただ優しい笑顔で首を横に振る。
「カ、カナちゃん…!」
「だから今度は私がメアちゃんを応援する番だね。メアちゃん。大好きだよ」
「カ、カ、カナちゃあ〜〜ん!!」


ガバッ!
涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔のメアはカナに抱き付く。カナはまるでメアのお姉さんのように、泣きじゃくるメアを抱き締めて背中を撫でて微笑む。
「うっ!ひっく!わだし、カナちゃん"に絶交されると思っだ!でもカナちゃんに嘘つきたくなかっだ!正直に言わなぎゃって!ぐす、ぐす、カナちゃあ〜ん!!うわあーん!」
「よしよし。メアちゃんは本当に感情豊かで素直だね。私ね。メアちゃんのそういうところ大好きだよ。メアちゃん。頑張ろうね」
「うんっ!ぐすっ、」


























1E教室―――――

キーンコーン
カーンコーン……

掃除の時間。箒片手に本も片手に。読書をしながら掃除をするアガレスの前にずいっ!と顔を出すメア。しかしアガレスは動じずにくるっ、と背中を向けて読書&掃除再開。メアはムカッとするが、持ち前のタフさで諦めない。また、アガレスの前に顔を出す。
「アガレス君!」
くるっ。またメアに背を向けるアガレス。
「ア!ガ!レ!ス!君!」
「煩わしい。養豚所へ帰れ雌豚」
「ムッッカツク〜!!」
じたばた地団駄踏んで頭から湯気を出して怒るメア。ビシッ!と、アガレスを指差す。
「アガレス君!明後日の休日海行こう!海!」
「行かん」
「1Eみんなで行こうってなったの!」
「良かったな」
「他人事じゃなくてアガレス君も1Eのクラスメイトでしょ!」
「行かんと言ったら行かん」
「どうして!?」
「行かんからだ」
「だからその行かない理由を聞いているんだよっ!?」
「煩わしい煩わしい煩わしい」
「あ!ちょっと待って!」
箒を掃除用具ロッカーにガン!と投げ込むとアガレスは読書をしながらスタスタと廊下を出ていく。メアはツカツカ足音たてて追い掛ける。
「歩きながら読書しちゃ危ないんだよ!」
「ほう」
「ダメだよ!今すぐやめなきゃ!」
「そうか」
「聞いてるの!?あとこの前風邪引いた時のお薬ちゃんと飲んでる!?」
「捨てた」
「捨てたぁ!?どうしてそういう事するのっ!」
「苦いから」
「子供かっ!」
メアは両手を広げてアガレスの前に出て通せんぼする。













「アガレス君が海行くって言うまで通さないもん!」


ガンッ!

「ひぃ!?」
アガレスは右足で廊下の壁を思いきり蹴って威嚇。メアはすぐビクッ!とする。
「雌豚貴様が退くまで壁を蹴り続けよう」
「暴力ダメ!ゼッタイ!」


ガン!ガン!ガン!ガン!

「ひぃい!!」
メアの言葉を全く聞かず、本を片手に無表情で壁をガンガン!蹴るアガレス。メアは顔真っ青。
「お願い!アガレス君も来て!ね?クラスメイトでしょ?あ!そうだ!これはメア班班長の命令ですっ!一緒に海に行きなさいっ!」
「煩い。黙れ黒豚」


カチン。

ついにキレたメアはヤンキーさながらにアガレスの顔を下から覗き込む。アガレスは至って平然。動じない無表情。
「アガレスくぅーん。今何て言ったのかなぁー?」
「黒豚」
「何か雌豚より更にムカつくっ!」
「髪が黒いから黒豚だ」
「酷いよっ!!」
「ギャーギャー騒ぐな。騒いで痩せたら出荷できんだろう」
「アガレス君!!」


ガシッ!

「!?痛だっ…!?人の髪を引っ張るな黒豚!!」
メアはアガレスの長い襟足を両手で思いきり引っ張る。これにはさすがのアガレスも目をギョッと見開いて、痛さに顔を歪める。
「来なさい来なさい!海に来ーてーよー!!」
「行かんと言ったら行かん!痛だだだだ!引っ張るな!養豚所へ強制送還してやるぞ!!」
「だってアガレス君がいないとつまんないんだもんっ!一緒に遊びたいんだもんっ!来てよお願いっ!」
「っ…、」
大きな目を潤ませて恥ずかしそうに頬を赤くして言うメアに、無表情なアガレスもピクッ、と反応。少し気恥ずかしそうにしながらもメアの手を振りほどく。
「きゃっ!」
衝撃で廊下に尻餅をついてしまうメア。アガレスはくるりと背を向け、読書をしながら廊下をスタスタ去っていく。
「アガレス君!!」
「分かった分かった。行ってやる」
「え!?本当!?嬉しいっ!じゃあみんなでいーっぱい遊ぼうね!」
「煩わしい煩わしい煩わしい」
「やったぁ〜!今年の夏は楽しいぞ〜!ランラランララーン♪」
鼻唄混じりでスキップをしながら、アガレスとは反対の道を去っていくメア。アガレスは立ち止まり、メアの方に顔を向ける。
「何なんだあの機嫌の変わりよう…。これだから雌豚は面倒だ」
くるり。背を向け直して読書をしながらスタスタ去っていくアガレス。
「…日焼け止めを買わねば」






















翌々日、
海水浴場――――

「きゃー!海だー!わーい!」
バシャバシャ!
早速水着に着替えて海へ走っていくメアとカナ。
白いレースたっぷり水着にピンクの水玉模様浮き輪をつけたメアと、赤いチェック柄水着のカナ。早速水を掛け合ってきゃっきゃはしゃいでいる。
一方。男子組のアガレスとトム。ビーチパラソルの下でいつものパーカーを羽織り(下は海パンを穿いているが)座って読書をする。
「お、おい転入生。海まで来て読書かよ…」
「ああ。悪いか」
「いや、悪くはないけど…。はぁ…。アイリーンも来れたら良かったのにな」
アイリーンもメア達が誘ったのだが、いつもの天使スマイルで
「わたくしその日は他クラスのお友達とお買い物の予定が入っておりますの」
とやんわり断られた為アガレス、メア、トム、カナの4人で近くの海水浴場へバスでやって来たのだ。
「俺は泳いでくるけど。転入生お前は?」
アガレスは首を横に振る。
「はは…マジかよ。ま、いいや。じゃあな。入りたくなったら来いよ」
そう言ってトムは海へ飛び込み、泳ぎ出すのだった。















「きゃー!」
「ビーチバレーしよう!」
「いいねいいねー!」
アガレス達以外にも人がたくさんで大混雑の海水浴場。7月真っ只中で37度の猛暑ともあれば当然の光景だろう。
楽しげに泳いだりビーチバレーをする人間達には目もくれず、黙々と読書をするアガレス。
「あれ。君は確かキユミのお友達のアガレス君だったかな?」
「!!」


ビクッ!

声を聞いただけでアガレスが顔を青くして震えた。そーっ…と顔を上げると。声をかけてきた穏やかな笑顔のヒビキ。その後ろにはキユミとキユミの恋人レイ。
「アガレスさんも海に来ていたのですね!」
「こんにちは。この前は突然いなくなっちゃってびっくりしたよ。改めましてキユミの恋人1Aのレイです。よろしくね」
差し出されたレイの手をチラッと見て。ササッ!とフードと本で顔を隠し、読書を再開するアガレス。ヒビキとキユミ、レイの3人は不思議そうに首を傾げる。
――くそ!くそ!やはり海なんて来るんじゃなかった!最悪だ…!――
最早、本の内容など頭に入ってこないアガレス。
「アガレスくー…ってあれ!?キユミちゃん!?」
なかなか海へ入ってこないアガレスの元へ走ってきたメア。(カナはトムと水泳中)キユミが居る事にびっくり。キユミは控えめな笑顔を浮かべる。
「キユミちゃんも来てたんだー!」
「はいっ!あ。メアちゃん紹介します!こちらが私の兄。ヒビキお兄ちゃんで、こちらが恋人のレイ君です!」
「こ、恋人…?」
「はいっ」
口角をヒクヒクさせながらメアが、そーっ…とアガレスの顔を見る。が、フードと本で隠された彼の顔は見る事ができなかった。
















「メアちゃんもアガレス君と来ていたんですね」
「2人きりじゃないよっ!?1Eのみんなで来てたの。1人欠席だけどね」
「そうなんですか」
「ボクのメアァアアァ!」
「ひぃっ!?」


ダダダダダ!

何と向こうから、先日メアに一目惚れしたと言っていた赤髪の男子生徒が走ってきたではないか。しかも金ピカのネックレスに、金ピカの海パンを穿いて。


ササッ!

慌ててアガレスの後ろに隠れるメア。
「やあ!ボクのメア!まさか君も同じ海に居るなんて!やはりボク達は運命の赤い糸で結ばれているとしか思えないね!」
「アーノルド。彼女の事を知っているのかい?」
「知っているも何も!聞いてくれよヒビキ!彼女はボクの運命の女神なんだ!」
キラキラ。
髪をファサッとなびかせキラキラオーラを放ちかっこつける赤髪の男子生徒『アーノルド』。
メアはアガレスの後ろでビクビク小動物のように震えている。
「あはは…。アーノルドは僕のクラスメイトであり同じ班のメンバーの8年生なんだよ」
「はァいボクのメア!アーノルド様と呼んで良いんだぞ★」
「成金木偶の坊が」
「何だって!?」
ボソッ。と読書をしながら呟いたアガレスの一言に、アーノルドの目がキッ!とお怒りモードへ早変わり。止めに入るヒビキとレイそしてキユミを無視して、アーノルドはアガレスが読んでいる本を上から取り上げる。
「今ボクを馬鹿にしたのは君かい?You!!」
「馬鹿にしたのではない。事実を述べたまでだ」
「No〜〜〜〜〜〜!!何て奴だ!!このボクに楯突こうとは!!君!名は!?」
ビシッ!とアガレスを指差すアーノルド。
「言わん」
「何だってェエエェ!?」
「ア、アガレスさんですよアーノルドさーん…」
コソッ、と苦笑いでアーノルドに教えてやるキユミ。
















「そうか!アガレスか!ふん!堕天した悪魔の名を名乗るなんて不吉な奴だ!おい!アガレス!ボクは見ていたぞ!君はよくボクのメアと行動を共にしているな!同じ班だか何だか知らないけれど!これ以上ボクのメアに近付くのはやめたまえ!」
「良かったな。恋人が見つかったぞメア殿」
「え、えぇ!?ちょ、ちょっと!何言い出すのアガレス君…!」
「アガレス!!」
ビシィ!また指を差すアーノルド。アガレスは煩わしそうにする。
「何だ」
「男だというのにビーチパラソルの下で佇み!男だというのにパーカーで素肌をさらけ出すのを防ぐ女々しいキ!サ!マ!に!ボクのメアは渡せない!」
「いや。こちらは要らんのだが」
ガーン!
涙目になるメア。
「ひ、酷い…!」
「男ならば鍛え上げられた己の肉体美で勝負!ハハハハ!どうだ!見ろ!ボクのこの鍛え上げられた肉体美を!!我がナポリ社独自で開発した筋力アップマシーンで鍛え上げられた肉体だ!」
ムン!と力瘤を出してポーズをとるアーノルド。確かに、成金坊っちゃん風貌からは想像もつかない鍛え上げられた肉体。まるでボディービルダーのように割れた腹筋。ボコボコ浮かび上がる力瘤。
「どうだい!?ボクのメア!この鍛え上げられた肉体があれば、君を狙う男共から君を守れるよ!!」
「ア、アーノルド…そのくらいにして…」
苦笑いでヒビキが止めに入っても、聞こえていないアーノルド。メアはやはりアガレスの後ろに隠れている。
「それに比べて!お前は服の上からでも細い線だなアガレス!そんな肉体でボクのメアは守れんな!ハハハハ!」
「守る気は無いがな」
「どれ!その貧弱な体を見せてみろ!笑い者にしてやろう!」


ガシッ!

「!?」
アーノルドは、アガレスが着ているパーカーのチャックを掴む。目をギョッとさせて慌ててアーノルドの手を離そうとするアガレス。
「なっ…!?や、やめろ成金木偶の坊!!」
「煩いぞアガレス!さあ!さらけ出してみろ!そしてメアに失望されてしまえアガレス!ハハハハ!!」


バキッ!

「!!」
チャックごと破壊し、その勢いで吹き飛んだパーカー。露になったアガレスの上半身は確かにお世辞でも男らしいと呼べたものではない。全くついていない筋肉にガリガリで肋骨が浮き上がった貧弱な体。しかも塗りたくった日焼け止めクリームの跡。さすがにメアもびっくりして目を丸める。
「ハハハハ!やはり貧弱な体をしていたな!その上日焼け止めクリームか!?ハハハハ!女々しい男だなァアガレ、ぐへぇ!?」


ガン!

持っていた本をアーノルドの顔面に投げ付けたアガレス。するとそのまま海の家の方へ走り去っていくアガレス。
「あ!アガレス君待って!何処行くの!?」
「待つんだボクのメア!何故そんな貧弱で女々しい男を追うんだい!?メア〜!」
「あ!アーノルド!…行っちゃった…ね…」
アガレスを追うメア。そんなメアを追うアーノルド。3人が走り去っていった方向を見てから顔を見合わせ苦笑いを浮かべるヒビキ、キユミ、レイの3人。
「どうしよっか…」
「うん…」





























「アガレス君!」
「……」
混雑している海水浴場から離れた、海水浴場の人気の少ない端。砂浜で体育座りをしてフードを目深にかぶり、1人ポツン…と読書をしているアガレス。メアはトントン、と肩を叩く。
「アガレス君」
「……」
「私はあんな事思ってないよ。筋肉があってもそうじゃなくても、アガレス君は私をいつも助けてくれて男らしいもん」
メアはアガレスの隣に体育座り。案の定あからさまに離れるアガレスだが、もう慣れたメア。
「だから嫌だと言ったんだ」
「ごめんね。アガレス君日焼けするとダメな体質だった事知らずに私…」
「……」
「あとアガレス君。キユミちゃんって…」
「煩わしい」
「…ごめんね」


しん…

気まずい沈黙が起きる。波の音と、海水浴客の賑やかな声が遠くから微かに聞こえるだけ。相変わらず黙々と読書中なアガレスの隣でメアは、ボーッ…と海を眺める。
「最悪だ」
「え?」
メアが顔を向けるが、やはりアガレスは顔が隠れるようにフードを目深にかぶり、読書をしたまま。
「関わらないよう遠くから見守る。そう決めていたんだがな」
「…そっか」
「関わろうとした天罰だろう。天罰と言ってもそんな仕事をする神は今いないが」
「キユミちゃんの事大好きなんだね」
「もう分からん」
「大好きだから悲しくなっちゃうんだよ」
「……。でもあれで良いんだろうな」
「え?」
「人間だった時の記憶…つまり俺と居た時の記憶は忘れ、新しい恋人と幸せに過ごしている。それで良いんだ」
「……。でもやっぱりショックだよね。私もおんなじ。アガレス君にキユミちゃんがいた事知ったらね。すっごくショックだったもん。だからアガレス君、強がらなくても良い、」
スッ…、
「アガレス君?」
突然立ち上がるアガレス。メアは体育座りをしたまま彼を見上げる。アガレスの手の中には、新品の黄色いリボンが入った袋。透明な袋だから中身がメアにも丸見え。
「…!そのリボンって…あ!」


ボチャン!

リボンが入った袋をアガレスは思いきり海に放り投げた。ボチャン!と袋が海に沈む音がして、やがてそれは波に飲まれ沈んでしまった。















メアは目をギョッとさせ、アガレスと海を交互に見る。アガレスは座り、何事もなかったかのように読書を再開。
「アガレス君!?あれってキユミちゃんにあげようとしてたリボンじゃないの?自棄になったからって捨てちゃダメだよ!」
「ああでもしないと保てん」
「…そっか」
保てん、とは彼の今にも粉々に打ち砕かれてしまいそうな心を例えているのだろう。それが分かり、メアは自分事のようにしゅん、とする。
「アガレス君元気出してっ!」
ぐっ、と自分の両手を握ってガッツポーズをして励ましてみせる。だが、アガレスは全く無反応で読書。
「アガレス君!嫌な事があった時は何か楽しい事を考えると良いんだよ!えっと、楽しい事えっと…」
「……」
「…ご、ごめんね。私うざかった?」
励ましてみせても全く無反応なアガレスに、空気を読んだメア。体育座りをした膝に顔を埋め、しゅんとして黙る。
「うぅ〜。どうしたらアガレス君の元気が出るのかな〜」
「ありがとう」
「え?」
まさかの一言に、バッ!と顔を上げるメア。ただやはり読書中だしフードと本で顔を隠しているから表情は見えないが、確かにアガレスが発した言葉だ。
「アガレス君今、ありがとうって言った!?」
「……」
「言ったんだ!アガレス君嘘つけないもん。アガレス君が否定しない時は本当なんだもんねっ。えへへ。そう言ってもらえて良かったぁ」
照れながらメアは、体育座りで立てている自分の足の爪先をいじる。
「アガレス君が初めてだよ。天界で私とお友達になってくれたヒト。私、うざいし元気あり過ぎって言われて実はみんなから嫌われてたんだよね。ほら。私って愛欲神だったでしょ。聖堂に来た人間を幸せにする事が私の幸せだったんだけど、"そんなに人間にばかり一生懸命になって馬鹿みたい"ってよくアドラメレク神達に言われてたんだぁ。だから天界会議があったの知らされない事とかよくあったし…」
「……」
「天界でひとりぼっちだったからかな。考えがどうしても人間寄りになっちゃうんだ。だからアドラメレク神の造り直しの儀をほとんどの神が賛成してびっくりしちゃった。でもたまに思っていたんだ。少数派の私の方が間違っているのかな?って。でもアガレス君も御殿さんも同じ考えだったから今はもう、自分が間違っていたなんて思わないよ」
メアは脚を伸ばし、真っ青な夏空を見上げる。
「アドラメレクにはむかって天界を追放されたけど正直怖かったんだ。人間の世界で神だった自分1人に何ができるんだろう。アドラメレク達に狙われたりするのかな。私やっていけるのかな、って。でも…」
メアはアガレスに顔を向けて微笑む。
「アガレス君が居たから心強かったんだよ。ありがとうを言うのは私の方。本当の本当にありがとう。私うざいけどこれからも同じ班員として仲良くしてね!」
「……」
「ふぃ〜。それにしても今日は涼しいね。暑くなくて良かったっ」
メアはまた空を見上げ、脚を伸ばす。
「そうそう!恋人がいたって事はアガレス君ってデートした事あるんだよねっ。いいなぁ〜羨ましいなぁ〜私、愛欲神で人間の恋路を応援していたクセに自分は恋愛経験無いんだよね〜。天界では嫌われ者だったしっ」
また膝に顔を埋める。
「御殿さんもアガレス君もいいなぁ〜。私もモテてみたーい!デートしてみたーい!…って、今はそれどころじゃないかっ。アドラメレク達と戦わなきゃなのに何言ってるんだろうね私。えへへ…」
「行くか」
「え?」
本で顔を隠して読書をしながら言ったアガレス。メアはキョトン。とした顔でアガレスを見る。















「行く…?あっ!みんなの所に戻るかって意味?うん。そうだね。みんな心配してるだろうし、そろそろ戻ろっかっ!」
「違う」
「え?じゃあ何?」
「察しろ雌豚」
「カチーン!出たよ出たよアガレス君の女の子いじめ!大体ね!アガレス君口が悪いよ!?もっと綺麗な言葉使いなさいっ!」
「だから、一緒に出掛けるかと言っているんだ!」
「え?」
ぽかーん。とするメア。一方のアガレスは本で顔は隠れているが、フードに見え隠れしている耳が真っ赤に染まっている。
「一緒に…いっ…しょ…?ええぇぇえぇえ!?アガッ、アガッ、アガ、アガレス君それ本当!?」
やっと言葉の意味を理解したメア。顔いや全身を真っ赤にし、目を見開いて驚きと恥ずかしさで大興奮。
「煩わしい煩わしい煩わしい。大体声がでかいのだ貴様は」
「だだだだって!アガレス君がらしくない事言うからっ!デートしてくれるの?私と!?」
「そうとは言っとらんだろうせっかち豚。ただ出掛けてやると言っただけだ」
「それでも嬉しいっ!!すっごく嬉しいっ!」
「〜〜っ、」
目をキラキラ輝かせて心底幸せそうに微笑むメア。本の隙間からメアを覗くアガレスも、顔を薄ら赤くしてお困りの様子。
「でもどうしたの急に?どういう風の吹き回し?…ハッ!さてはそうやって誘って、騒がしい私を本気で養豚所へ連れて行くつもりなんでしょっ!?」
「そんなわけあるか」
「絶対そうだよ〜!うわーやられたーっ!アガレス君が私に優しくなるわけないもん!ショックー!素直に喜んだ私が馬鹿だったよ〜!!アガレス君も騙すならもっとうまく騙してよね〜!」
「騙しとらん!どんだけネガティブなんだ貴様は!デートしようと言っているだけでどうしてそこまでネガティブな発想が思い付くんだ雌豚!!」
「え…?」
「…ハッ!」
アガレスが思わず口走ってしまった言葉にメアがいち早く気付いて顔を真っ赤にして目が点に。そんなメアを見てからようやく自分が今口走った言葉を思い出し、爪先から上へ上へ頭の天辺まで真っ赤になるアガレス。















メアは目をぐるぐる回して全身を真っ赤にして、ふらふら。
「やややややっぱりデデデデートなの!?」
「だっ…!ち、違う!そんな事一言も言っとらん!勘違いするな雌豚の分際で…、」
「ふふふ不束ももも者ですがっ!よよよよろしくおおおお願いしますっ!!」
嬉しさと恥ずかしさと驚きでプシューッと頭から湯気を噴く程真っ赤なメアが目をぐるぐる回してそう言えば、アガレスは嫌味の一つや二つ言ってやろうと思い口を開くが嫌味はゴクリと飲み込む。サッ、とまた本で顔を隠し、返事をする。
「あ、ああ。よ、よろしく…」






















同時刻――――――

「似合うじゃんその水着!」
「お嬢は何を着ても…さまになるわねぇ…フフフ…可愛い可愛い…」
「お嬢様。よくお似合いですよ」
ザッ!
真夏の太陽の下。海水浴客の目(ほとんど男性)を釘つけにする美少女アイリーン…ではなくアドラメレク。長い自慢の髪をポニーテールにし、純白のビキニ、大きなサングラス。そして色白で細い手足、抜群のプロポーションを誇るアドラメレクは右手を腰にあて、太陽を見上げる。
「ふふ。みんなありがとう。此処ならトム達も居りませんわ」
トム達に海水浴に誘われたアイリーン(アドラメレク)だったが、毛嫌いする人間と戯れる事など虫酸が走るから、友人と出掛ける予定があると嘘を吐いて断っていた。それで神幹部のベルベットローゼ、御子柴、マルコの4人で、トム達が行くと言っていた場所とは別の海水浴場に訪れていた。
スクール水着のような繋ぎで幼児用の水着を伸ばしたりする御子柴。
「でも人間達に姿を見せたままなんて…少し不安ね…」
「大丈夫ですわ。誰もわたくし達が神だなんて思いもしませんもの。聖書に載っているわたくし達の姿は本来の姿ですから、今のこのヒトガタの姿を知る人間は居りませんもの」
「それに、私達が姿を消して、誰もいないのにビーチボールや浮き輪だけ宙に浮かんでいたらそれこそ人間に怪しまれてしまいますからね」
いつもの縦長の帽子をとり海パン姿だがやはりあの錆びた十字架は首からさげているマルコが言う。
「ま、そりゃそうだな。つーかアドラメレク。お前の事随分と人間共が見ているぜ」
"アドラメレク"の部分は小声で話すベルベットローゼ。確かに彼女の言う通り、海水浴客の全ての男性が自分の彼女や妻に背中を向けてまでアドラメレクに見とれて鼻の下を伸ばしている。アドラメレクは自分の口を右手で覆う。
「まあ。本当ですわ。下劣な人間共の汚い目で見ないで頂きたいものですわね」
「くーっ!お嬢のそういう残酷なところ…ワタシ大好き…フフフ…」
「あら。大変!そういえばわたくし日焼け止めを塗るのを忘れてしまいましたわ」
「マジかよ?お前昔から肌弱いんだから気を付けろって!」
ビーチパラソルの下に敷いたレジャーシートの上にうつ伏せになり、ビキニの上の紐をほどくアドラメレク。


ドキーン!!

周りの男性達は勿論、ベルベットローゼ、御子柴まで顔を真っ赤にしてドキドキする。
「ふぅ。どなたかわたくしに日焼け止めを塗ってくださる?」
「お、おう!オレがやるぜ!何たってお前とは親友だからな!」
「待ちなさいよベルベットローゼ…。貴女いつもお嬢のお側に居られるのだからここはワタシに譲るべきよ…」
「あん?やんのか御子柴てめぇ!」
「自慢の御札で呪い殺してやるわよベルベットローゼ…フフフ…」
「上等だ!かかってこいやチビ!」
互いに日焼け止めクリームの容器を持ったまま、火花をバチバチと散らせる。
「少し膝を持ち上げますよお嬢様」
「隅々まで丁寧にね。日焼けをしたら白さが失われてしまいますわ」
「マルコてめぇええ!!何1人で抜け駆けしていやがんだよ!!」
「そうよマルコォオオ!」
「おや。これは失礼。お2人がお取り込み中でしたから、その間にお嬢様が日焼けをせぬよう私目が塗らせて頂きました」
にっこり。神父の優しい笑顔を浮かべて、アドラメレクに日焼け止めクリームを塗るマルコ。その笑顔が逆にベルベットローゼと御子柴の逆鱗に触れる。
2人からはまさに、ゴゴゴゴ…という擬音が合う憎悪が満ち満ちている。
「マルコてめぇ!善良な神父ぶった変態ジジィの分際で触ってんじゃねぇ!!」
「お嬢の柔肌に触れるなんて…呪い殺してやるわよマルコ…」
「まあまあ。落ち着いて下さいお2人共。あ。塗り終わりましたよお嬢様」
「あら。ありがとうマルコ。助かりましたわ」
マルコは膝まづく。
「何のこれしき」
「何が何のこれしきだァア変態ジジィィイイイ!」
「呪い殺してやる呪い殺してやる呪い殺してやるぅううう!!」
「…ハッ!隠れますわよ!」
「え?おわっ?!ちょ!?」
すると、突然アドラメレクが3人の腕を引っ張り、テトラポットの後ろへ身を隠すよう指示を出す。

















テトラポットの後ろへ身を隠しながら、何が起きたのか分からない様子のベルベットローゼ、御子柴、マルコ。
「おい、何だよアドラメレク。こんな広い海に来てどうしてこんな所に隠れなきゃならねぇんだ…」
「シッ!静かになさい!ヴァンヘイレンの奴らが居るのですわ…!」
「何っ!?」
「それ本当…?お嬢…」
「誠ですか?お嬢様」
「ええ…」
「アドラメレクお前、この海水浴場はあいつらが行くっつってた場所とは違うって言ってたじゃねぇか!」
「恐らく場所を変更したのでしょう…。まだ此処からは遠いし奴らはこちらに気付いてはいませんが、確実にこちらへ向かって来ていますわ…!逃げるなら今の内ですことよ!」
「せっかくの海水浴だってのに!何でオレらがコソコソしなくちゃならねぇんだよ!」
イライラするベルベットローゼ。マルコを先頭に、ベルベットローゼ、アドラメレク、御子柴の順でそーっとそーっとテトラポットの後ろから離れていく4人。
「つーかヴァンヘイレンの奴らって事はクソアガレスとアホダーシーも居るって事じゃね?逃げねぇであの馬鹿2人殺っちまおうぜ!なぁ!」
「シッ!お静かになさいベルベットローゼ!こんなところで今わたくし達のヒトガタ時の姿が知られては後々の計画に支障を来しますわ!」
「お嬢様の仰る通りです。そのような事も分からないのですか?ベルベットローゼ神。ふっ…」
「ムッカァアア!マルコてめぇえ!ぶっ殺してやるぞ!!」
「だからお静かになさいと何度も言っているでしょうベルベットロー、」


ふにゅっ、

「お嬢のおっぱい実はパッド多めなのね〜…」
「!!」
アドラメレクの後ろから抱き付いて彼女の胸をわし掴んだ御子柴。アドラメレクは一気に全身真っ赤になる。














「バッ…!てめぇ!何やってんだ御子柴!触りやがって!しかもこいつがパッド多くして胸デカく見せてるのなんて30億年前からなん、ぐはあっ!」
「ぎゃっ!」


バシャーン!!

アドラメレクに突き飛ばされ、海にダイブしたベルベットローゼと御子柴。
「ア、アドラメレク?!」
「お嬢どうしたのよ…?」
顔を真っ赤にし、肩をプルプル震わせてアドラメレクはキッ!と涙目で2人を睨み付ける。
「パッドが多くて何が悪いんですのーっ!!」


ダッ!

「あ!おい!待てよ!」
「お嬢どこ行くの…?お嬢…!」
顔を真っ赤にして走り去っていってしまうアドラメレク。そんな彼女を海からあがって慌てて追い掛けるベルベットローゼと御子柴。マルコは「やれやれ」と呆れて笑いながら、3人を追い掛けていった。























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