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GOD GAME
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ヨーロッパ地方、
セイラン―――――

「まあ!空気が美味しい素敵な場所ですわ!」
アガレスとメアのメア班が日本での任務中。悪魔襲撃時の怪我が癒えたトム、アイリーン、カナのトム班3人はヨーロッパ地方にあるとある小国セイランに任務で訪れていた。
ヨーロッパの花々や深緑が美しい国立公園の中を流れる川を、有料ボートで渡る3人。アイリーンは風になびく自慢の白い髪を押さえながら、すみ渡る空気を大きく吸い込んで感動。カナもその隣で癒されている。
「先生の話によるとこの先にある貴族達の館が建ち並ぶ場所ウォッズでここ最近人間造り直しの儀が行われているんじゃないか?との報告があるらしい」
地図を広げながら言うトム。カナはトムを見る。
「前日まで普通だった人が翌日突然アドラメレク神を讃えるようになっているんだよね」
「そうだナタリー」
「主に恋人同士や夫婦の恋愛感情を不浄とみなすんだよね。それは酷いけれど、恋愛による猟奇的事件を裁くのは良いんじゃないかなぁ…」
「ダメだナタリー。下界には下界でそういう罪人を裁く機関がある。下界には下界のルールがあるんだ。神がそこまで手を下して良いもんじゃない」
「そっか…ご、ごめんねトム君」
むすっ、として地図を広げたまま再度地図に視線を落とすトムは正義感の塊そのもの。
「まあまあ。でも良いではありませんこと?悪人は死んで当然だと思いますけれど」
「何を言うんだアイリーン!それは造り直しの儀を肯定すると言っている事になるだろ!」
「まあ!トム。そんなにお怒りになられなくても」
「ふ、2人共喧嘩はやめようよ〜!」
「お客さん。着きますよ。あれがウォッズです」
ボートを漕ぐボート屋の主人が顎で指した方向。そこには、まるでジオラマのような緑が美しい高台にいくつも聳え立つ洋館。アイリーンとカナが「ほお〜!」と感動するのに、トムだけは腕を組み、険しい表情。そんな間にボートは湖の畔に到着した。






















ウォッズ――――――

「あらあら〜!此処が貴族達の館が集うウォッズですのね」
「すごくお洒落だね」
「はいっ!…あらら?トム。顔色が優れませんがどうかなさいました?」
「い、いや。何でもない!早く村長に会いに行くぞ」
「はいっ!」
腕を組み、やはりどこか険しい表情を浮かべるトム。カナは首を傾げながら、カナの頭上をふわふわ飛んでいるミーに話し掛ける。
「トム君何だかいつもと様子が変だよね。ミーちゃん何か分かる?」
「ミー?」
「分かんないよね?」
「カナ様ー!行きますわよー!」
「あ!はーい!今行きまーす!」




















ウォッズ村長宅――――

村長宅というだけあり、周りの洋館の倍はあるだろう大きく古びた舘。ギギィ…と重たい扉が開かれ、中から1人のメイドが深々頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいましたヴァンヘイレンの皆様。主が中でお待ちです」
機械的に言うと、昼間なのに暗い洋館の中をスタスタ歩いていく。
「何だか漫画のような台詞を仰っておられましたわね」
「うん!漫画の主人公になったみたいでちょっとワクワクしちゃうね」
「ですわ〜」
きゃっきゃはしゃぐ女子2人「はぁ…」と溜め息を吐きながら、重たい足取りで舘内を進むトムだった。















応接間―――――

「こちらです」
メイドに扉を開かれるとそこは、歴史の教科書の中へタイムスリップしたかのような室内。シャンデリアに茶色ベースの壁、縦に長い大理石のテーブル。何から何まで高級感漂う室内の一番奥ちょうど長テーブル突き当たりに、これまた漫画に登場しそうな真っ白い髪に真っ白い髭の長い杖を携えた男性老人が1人座っている。
「あの方が村長さんですこと?」
「じゃないかなぁ…?」
「おい。アイリーン。ナタリー。私語は慎め。俺達はヴァンヘイレンとして来ているんだ。観光目的じゃないんだぞ」
さっきからヒソヒソお喋りが止まらない女子2人に一喝。
「はーい!申し訳ありませんでしたわトム」
敬礼をして謝っているんだかいないんだかの調子なアイリーン。
「ごご、ごめんねトム君!」
一喝が見に染みて普段以上にあわあわするカナ。
「ほう。神をも退治するというヴァンヘイレンの人間が来るというからどんな大男、大女が来るかと思いきや。まだ子供ではないか」
村長は見た目通りの年相応な嗄れた声でそう言うとコン、コン、と杖の先端で大理石のテーブルを叩く。
「ほれ。そんな所で突っ立っていても話は進まんぞ。こちらへ来なさい」
トムはアイリーンとカナを見て縦に頷く。トムを先頭に、トム班の3人は村長が着いているテーブルへ。村長を中心に、村長の右斜め隣にトム。左斜め隣にカナ、アイリーンが座る。
「ホッホッホ。どれ。まずは自己紹…ほおぉ!?」


ガタン!

村長はトムの顔を見るやいなや、突然驚いて立ち上がる。アイリーンとカナは首を傾げるが、トムは酷く嫌そうに目線を下げ、また溜め息。
「坊お主まさか、ハンクス家の長男坊かえ?」
「はぁ…。その通りですイエガーダ村長…」
「ホッホッホ!あの赤ん坊がもうこんなに大きくなりおったか!ホッホッホ!通りでわしが老いるわけじゃ!ホッホッホ!」
それまで厳格で手厳しい印象しかなかった村長が笑顔になり、声のトーンも上がる。まだアイリーンとカナは顔を見合わせ、首を傾げる。
「えっとトム君、村長さんとお知り合いなのかな?」
「知り合いも何も、坊はこのウォッズ1の富豪ハンクス家の長男坊じゃ。坊が赤ん坊の頃から知っとるぞい」
「え!トム君ウォッズの出身だったの!?」
「トム!どうして此処へ来るまで教えてくださらなかったんですの!?」
たちまちガヤガヤし出す室内に、トムは本日何度目か分からない程の溜め息を吐いて、頭を抱える。言い辛そうなトムの気持ちを察したのか、村長はウオッホン!と豪快な咳払いをし、口を開く。
「坊はな。家を飛び出したんじゃよ」
「え!トム君が家出?」
「両親が手厳しい教育の鬼でな。坊がまだ幼子の頃から遊びを禁じ、朝から晩まで勉学勉学勉学…。富豪ハンクス家に相応しい跡継ぎとなるよう両親に未来までも束縛されていたのじゃ。それに…」
「もういいです。イエガーダ村長」
トムはガタ、と椅子から立ち上がり、小脇に抱えた資料を差し出す。
「ヴァンヘイレンが造り直しの儀が行われたとの報告を受けた家々のデータです。間違いはありませんでしょうか」
「む…」
村長は出された資料に目を近付けたり遠ざけたりしながら、頷く。
「うむ。この6軒じゃ」
「では、被害にあわれた6軒の人達は今どちらへ」
「…全員焼き払った」
「賢明なご判断です」
資料を再び小脇に抱えるトム。普段の彼らしかぬ真剣な眼差しと表情に、アイリーンとカナはポカーン…としっぱなしだ。
「ウォッズに住む世帯数13…という事は約半数が造り直しの被害にあっているという事ですね」
「うむ。どう考えても頻発し過ぎじゃ。ただ、このウォッズが神に目をつけられただけかもしれんが。わしにはどうも、そうとは考え難くてな。ウォッズの何処かに神が潜んでおり、毎日毎日人間に造り直しの儀を施しているんじゃないか…とな」
トムは真剣な顔付きを崩さぬまま、村長の方を向く。
「村長。ウォッズに住まう全人間のデータを下さい」
「良いが、そんなものでどの人間が化けた神か分かるのかえ?」
「調べないよりはマシです」
村長から住民データが掲載された用紙を受け取ると、トムは椅子から立ち上がり1人でスタスタと扉の元まで行く。
「坊」


ピタッ…

村長に呼ばれ、背を向けたまま立ち止まる。
「無理はするな。両親に縛られ、ヴァンヘイレンに縛られ…。坊には坊の人生があるのじゃ」
「お言葉ですがイエガーダ村長。両親には縛られていましたが今の俺はヴァンヘイレンに縛られていると思った事はありません。これが俺の生きたい人生です。…アイリーン。ナタリー。行くぞ」
「はいですわっ!」
「う、うん!」
アイリーンとカナを連れてトム班3人が部屋を出る。静かになった応接間で村長は、テーブルに置いた両手に頭を乗せる。
「両親からの虐待を受けて傷だらけだったお前が、今度は神との戦いで傷だらけになる姿は見たくないのじゃ…」
まるで我が孫のようにトムを大切に思う親心は、頑固なトムには伝わらず…。
























夕暮れ―――――

「はぁ〜。駄目だ。全員普通の人間にしか見えない」
ウォッズまでボートに乗ってやって来た湖が見える白い階段に、腰掛ける3人。湖に映る夕陽が、3人の髪をオレンジ色に染め上げる。
村長邸を出てから今まで、住民データを元に全住民の自宅にまわった3人。しかし、どの人間も普通の人間にしか見えない。人間に化けた神らしい怪しい人物など見当たらず…。トムは疲れはてた顔で、住民データをもう一度見直す。
「ただ単にウォッズが目をつけられただけで、ウォッズには人間に化けた神なんて潜んでいないんじゃないのかよー」
トムは白い階段に寝そべる。
「うーん…。でも神様って本来人間には姿が見えないんだよね?」
「でも以前ヴァンヘイレンを襲撃してきたトラロック神達みたいに自ら姿を現す奴らも居るんだぞ」
「うーん??難しいなぁ…かと言って、怪しそうな人もいなかったし…。やっぱりトム君が言うように、ウォッズが神様に狙われているから造り直しの儀が頻発するだけで、ウォッズに神様が潜んでいるわけじゃないんじゃないかなぁ…?」
「だな!」
トムは上半身を起こす。
「俺の考え過ぎってところか。でもなぁ…」
トムは顎に手をやり、何か考える。
「どうなさいました?トム」
「ウォッズ教会の神父。ちょっと引っ掛かるんだよな」
「あの優しそうなお方ですの?」
「ああ。俺がガキの頃はマルコなんて名前の神父じゃなかった気がするんだよな」
「トムが幼少期の神父様はお亡くなりになられて別の方になったとかではありませんこと?」
「うーん。そうかなぁ。何か引っ掛かるんだよな。うーん…」
「……」
アイリーンはチラッとトムを見る。

















アイリーンは自分の顔の前で両手を合わせていつもの笑みを浮かべる。
「そういえばお宿はどうなさいますの?」
「げ…。ウォッズには泊まれる宿舎なんて無いぞ。じゃあ仕方ない。イエガーダ村長に泊まらしてもらうよう頼んで、」
「はい!はーい!わたくしトムのお家にお泊まりさせて頂きたいですわ!」
「なっ…!?なな!何言い出すんだよアイリーンお前は!!」
元気に挙手して言うアイリーンに、先程まで疲れ果てていたトムの顔が一瞬で真っ赤になる。
「私もトム君のお家にお泊まりしてみたいかも」
「なっ…!?ナタリーお前まで何を言い出すんだよ!?」
「では2対1で決まりですわね!さあトム!お家にご案内致してくださいな」
行く気満々。反対意見は許さんとばかりに目を輝かせ、完璧に遠足気分状態の女子2人に圧され圧されなトム。
「うっ…!くそっ!女子はこれだから群れると苦手なんだよな!分かったよ!任務が終わるまでは俺の自宅で良い。けどな、両親には挨拶程度しか交えるなよ。余田話は一切するな。そういうのを嫌う変わり者な両親だからな」
「?」
また顔を見合わせて首を傾げるアイリーンとカナ。トムはくるり。後ろを向き、自宅へと歩き出す。
「これはこれは。旅のお方ですか?」
「うわああ!?び、びっくりしたー…何だ。さっき言ってた教会の神父か。驚かすなよ」
後ろを向いたら、トムの真後ろには先程話題に挙げていた中年男性神父が立っていた。いつの間に。
神父は縦長の帽子に、古代的な模様が描かれたベージュの服、そして帽子の隙間から覗くオレンジがかった茶髪の短い癖っ毛。目は三日月のようににっこり穏やかな笑みを浮かべ、首から下げた銀色の十字架(錆びていて所々銀が剥がれている)を右手で握っている。
「もう辺りも暗くなってまいりました故、充分お気をつけ下さい。この辺りではここ最近、神々による造り直しの儀が頻発しておりますから」
身ぶり手振り、終始穏やかな表情を見せるマルコ神父。しかしトムは、顔には出さないが内心この優しい笑顔を怪しんでいた。
――こういういかにも善人顔が一番危ないんだ。俺は班長だ。警戒しなきゃな――
「そういえば。旅のお方。今宵宿泊する場所は既にお決まりですか?まだお決まりでないようでしたら、是非我が教会へ。如何でしょう?この辺りは物騒ですし」
「いやいやいや!今日は俺の実家に泊まる事になってんだ。悪いな神父さん」
トムは焦り、アイリーンとカナの前に出る。
――怪しい!怪しい怪しい!!いきなり現れていきなり教会に誘うなんてもうこいつが神に違いない!!――
トムは後ろ手に、ひっそり武器を構えておく。
「おや。それはそれは。余計な心配でしたね」
にこっ。神父は微笑むと、首にかけている錆びた十字架で十字をきる。
「旅のお方に御加護がありますように。アーメン…がはぁっ!!」
「は?」
「え?」


バタンッ!!

十字をきった直後。神父はぐりんと白眼をむき、口から真っ赤な血を吐いてその場に倒れこむ。突然の事に何が起きたのか分からない3人は、呆然。
「きゃああ!!」
アイリーンが上げた悲鳴で我に返る。神父が目の前で何者かに殺された事に気付く。





















村長邸―――――

「イエガーダ村長!!」


バンッ!

応接間に飛び込むトム。血相変えたトムと、トムが抱えた神父の遺体を見て、ちょうど夕食中だった村長は食べようとしていた肉をポロッ…と口から落とす。
「坊、その人は教会の…」
「さっき!旅人の俺達を心配して声を掛けてくれたんだ!そしたら急に倒れて死んじまったんだよ!でも周りには俺ら以外本当の本当に誰も居なくて!でも神父の背中にはほら!この傷痕が…!」
「…!これは…」
神父の服をも裂き、背中に彫られたような傷痕それは神父の赤黒い血で赤黒く見える十字架の傷痕。


バタン!

「アイリーンちゃん!」
「アイリーン!」
神父の遺体の惨たらしさに顔を青くしたアイリーンはふらっ…として、倒れてしまった。直ぐ様駆け寄るトムとカナ。
「アイリーン大丈夫か!どこか具合悪いのかよ!?」
「い、いえ…大丈夫ですわトム…カナ様…。わたくし…血を見るのが…苦手でして…コホッ…、申し訳ありません…これではヴァンヘイレンの戦士失格ですわ…」
「そんな事ない!アイリーンお前が謝る事じゃないだろ!悪いのは全部神だ!人間には姿が見えないからって姿を消して神父を殺した神だ!悪いのは全部、全部神なんだ!!」
「そうだよ!だからアイリーンちゃんが謝る事じゃないよ!」
「コホッ…、ありがとう…ですわ…」
「大丈夫かい。お嬢ちゃん」
村長はヨボヨボ杖を着きながら3人の元へ歩み寄る。
「神父の遺体はわしらで処理をする。恐らくこれは神の仕業じゃ。お前達以外に誰も居らんかったのじゃろう?ならば、人間には姿が見えない神の仕業でしかない。ただ、何故造り直しの儀ではなくただ単に殺害したのかは分からぬがな」
「絶対許さないからな神…!」
ぎゅっ…!
強く拳を握るトムからは、ただならぬ怒りを感じる。村長は切なそうに眉尻を下げる。
「お前達。今日は危険じゃ。お前達は神父が殺害された現場に居合わせておる。つまり、こちら側からは神の姿が見えなくともあちら側からはお前達の姿は丸見え状態じゃ。今日だけでも此処に泊まっていきなさい。夕食も出そう」
「しかしイエガーダ村長!」
「今倒れたお嬢さんをこれから運ぶのもお嬢さんの体に負担をかけるじゃろう。坊。言う事を聞け。分かったな」
「…ありがとう…ございます」






















夕食後―――――

各自、2階の空き部屋に通された3人。1人1人の個室だが、ウォッズ1の広大な敷地の洋館というだけあり、個室とは思えぬ広さの部屋ばかり。


コツン、

「!」
トムの部屋から壁をノックする音が聞こえて、アイリーンもノックを返す。そしてアイリーンの部屋から、カナの部屋側の壁をノック。


コツン、

「あ。アイリーンちゃんだ」


コツン、

カナも、アイリーン側の壁に部屋の中からノックを返した。
カナはベッドに腰掛け、窓の外を眺める。闇夜に浮かぶ月明かりに照らされたウォッズの丘に建ち並ぶ立派な洋館。どこか不気味にも見えた。
「メアちゃんとアガレス君は今頃日本で任務なんだよね。大丈夫かな…」
「ミー!ミー!」
カナの周りを飛び、励ますミーに、カナは微笑みながらミーを肩に乗せて頭を撫でてやる。
「えへへ。励ましてくれるの?ありがとう。ミーちゃん」
「ミー!ミー!」
「メアちゃんとアガレス君も無事でありますように、ってお祈りしようね。ミーちゃん」
「ミー!」
祈るべき相手神を敵視しているのに、カナは誰に祈ったのだろう。それでもカナは、この思いが届くようにと目を瞑り、2人の無事を遠いヨーロッパから祈るのだった。























2:10―――――――

皆が寝静まった深夜。
神父の遺体をウォッズの住人専用墓地へ埋葬したイエガーダ村長もスヤスヤ寝息をたてて、自室で1人眠っている。


キィ…、

すると施錠したはずの村長の自室の扉がゆっくり開かれる。そこには誰も居ない。だが、ベッドで眠る村長に確かに近づく気配。
「スー、スーッ、」
気配になど気付かず、幸せそうに眠る村長。


ドスッ!

村長の腹が何者かに刺されたように突然凹むとそこから噴き出した真っ赤な血がピッ!ピッ!と、天井や壁に飛び散る。
真っ赤な血がドクドク滴るベッドの上で白眼を向き、呆気なく息絶えた村長。


パタン…、

誰も居ないのに再び扉が閉まった。まるで、誰かが部屋を出て行ったかのように。そして廊下には、同じように白眼を向き腹から血を流して息絶えているメイドの姿があった。
































早朝―――――

「ふわぁ〜よく寝た〜」
伸びをしてあくびをするトムを先頭に、カナ、アイリーンが一緒に廊下を歩く。朝食をとる為、応接間へと向かっている途中。
「わたくしベッドが変わると眠れませんの」
「マジかよアイリーン」
「アイリーンちゃん、具合良くなった…?」
心配するカナに、アイリーンは首を右に傾げてにっこり微笑む。
「ええ。大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございますカナ様」
「良かったぁ…」
そんな笑顔のアイリーンにバレないよう、チラチラ見ているトムの頬は赤い。
――何だあの笑顔!まるで天使だ…!!――
トムの脳内では天使の羽とわっかをつけたアイリーンがパタパタ飛んでいたそうな…。


ガチャッ、

「おはようございますイエガーダ村長」
「おはようございます」
「おはようございますですわ」
「おお。やっと来たか。座れ座れ。朝食が冷めるじゃろう」
応接間へ入れば、既に朝食をとっている村長。その隣にはメイドが静かに立っていた。
「んー。美味しそうな匂い!」
まだ湯気のたつ朝食から漂う良い匂いに誘われて、3人は昨日と同じ席順で椅子に腰掛ける。
「いただきまーす!」
さすがは育ち盛りの男子。トムは朝食を掻き込むからアイリーンは、めっ!といった表情をする。
「トム。そのような食べ方はお体に悪いですわよ。ゆっくり味わって噛んで下さいな」
「もぐもぐ、はーい、もぐもぐ」
「はぁ。分かっておりませんわ」
そんな2人のやり取りを、スクランブルエッグを食べながらクスクス笑って微笑ましく見ているカナ。
「そうじゃ坊達。今日もまたウォッズ内で任務じゃったろうか?」
トムは飲み込んでから、口を開く。
「はい。昨日の神父殺害の件もありますし、何より此処ウォッズでの造り直しの儀発生率が異常です。何としてでも早急に、ウォッズを震撼させている神を見つけ、殺してやります!」
「ふぅん…。やめんか?その任務」
「え!?」


ガチャン!

村長からのまさかの発言にトムは勿論、アイリーンとカナも驚いてフォークを落としてしまう。
















「な、何を仰るのですかイエガーダ村長…!俺達の身の心配なら無用です。俺達は対神戦闘員ヴァンヘイレンの人間ですから。子供だと思わないで下さい」
「そういう意味じゃあないんじゃよ。ほら。造り直しの儀というもんは、悪人を善人に造り直すんじゃろう?なら良い事ではないじゃろうかってな」
「な…!何を仰るんですか!?善人に造り直すなんてものはただの綺麗事で、神の気に入らない人間を殺害するという意味ですよ!?それに、造り直された人間いや…その人間の皮をかぶった操り人形はアドラメレクの命令しか聞かない謂わば神の奴隷ですよ!?イエガーダ村長!どうされたのですか!?」


ガタッ…

「!?」
下を向いて静かに立ち上がる村長。そしてメイドが3人の方を向く。
「イエガーダ…村長…もしかして…」
バッ!と顔を上げた村長とメイド。姿は2人そのもの。だが、黒目が反対を向いており、ケタケタ笑いだす。
「ケタケタケタケタ!神ニ逆ラウ人間ハ殺ス!」
「…!!」
トムの脳裏で、マルセロ修道院任務で見た造り直しの儀を施された人間達も同じ言葉を発していた事が思い出される。


キィンッ!!

トムは武器である槍を繰り出す。
「ト、トム君!」
「アイリーン!ナタリー!女子は下がっていろよ!こいつらはイエガーダ村長とメイドじゃない!村長とメイドの皮をかぶった操り人形だ!!」
アイリーンとカナは顔面蒼白。目を見開き、ガタガタ震え出す。
「そんな…!じゃ、じゃあ村長さんとメイドさんは…」
「造り直しの儀を施されたというのですかトム…!?」
「恐らく一晩の内に…」
「神ニ逆ラウ人間ハ殺ス!!アドラメレク様バンザァイ!!」
「なっ…!?」


ドスン!!

襲いかかってきた村長とメイドを槍でまとめて一突きしたトム。


ビチャ!ビチャビチャ!

すると、村長とメイドの姿をしていた人形はぐにゃりと溶けて肉片に戻ると、ビチャビチャ嫌な音をたてて零れ落ちた。

















「これが…」
「造り直しの…儀…ですの…?」
「ああ」
キィン!
トムは血がついた槍を壁に擦り付けて泥を落とす。跡形も無くなり、肉片と化した村長とメイドを眉尻を下げて見つめるトム。
「元の人間を殺して…その皮だけを剥いで泥人形にかぶせて、神に逆らう俺達人間を操り人形に殺させる…。これが造り直しの儀なんだよ…」
アイリーンは口を両手で押さえまたふらつくからカナが支えてやる。
「アイリーンちゃん!」
「アイリーン!」
直ぐ様トムがアイリーンの細い肩を掴んで、倒れるのを防いでやる。
「大丈夫かアイリーン!」
「コホッ…、コホッ…。ごめんなさい…わたくしったらまた…」
「いい。気にするな。もしも前線が無理なら、先生にオペレーターにまわしてもらうよう頼むってー手もあるんだからよ。無理だけはするなアイリーン」
「そうだよ。アイリーンちゃんが謝る事じゃないよ」
「ありがとうございます…お優しいお2人と同じ班になれてわたくし…コホッ…幸せ者ですわ…」
アイリーンはトムの手をそっ…と離すと、ふらふらと部屋を出て行こうとする。
「おいアイリーン!?どこ行くんだよ!?」
「ごめんなさい…気分が優れませんので少し…御手洗いへ…」
「あ、ああ…。分かった。急がなくて良いからな」
ぺこり。
顔色は真っ青だが、いつもの笑顔でお辞儀すると応接間を出て、手洗いへ向かったアイリーン。
応接間に残ったトムとカナ。カナは不安げにトムを見上げる。
「アイリーンちゃん大丈夫…かなぁ」
「……。あいつはお嬢様育ちだからな。それに…」
「それに…?」
「来伝班で一緒になった時聞いたんだけどよ。あいつの家族全員、造り直しの儀にあったらしいぜ。あいつの目の前で。…だから、人間が死ぬ場面や造り直しの儀に合った人間を見ると体調が悪くなるんだろうな…」
「そっか…。私と同じだ…」
「!?ナタリーお前も家族が…?」
目を見開いたトムがカナを見る。カナは、悲しそうに微笑んで縦に頷いた。トムはしばらく見開いた目で呆然とカナを見てから、カナからは申し訳なさそうに顔を反らした。
「そ…そうか。悪かったな。思い出させる話をしてよ」
カナはただ、悲しそうに微笑むだけだった。



















トイレ―――――


ジャー、ジャー、

トイレの洗面所で手を洗うアイリーン。鏡に目を向けてもそこには彼女しか居ないのに…
「よくやりましたわね」
誰かに話し掛ける。するとアイリーンの後ろにすうっ…と人影が現れ、それはやがてあの殺害されたはずのマルコ神父の姿となる。
後ろに現れたマルコと鏡越しで手を洗いながら話すアイリーン。
「ええ。でもお嬢様が仰る通りあのトム・ハンクス君という人間。なかなかに勘が鋭いようで」
「彼の故郷とは知らなかったわたくしのミスですわ。でも、マルコ。貴方が彼らの前で死んだ事でトムはもう貴方を神だとは疑いません」
「私は埋葬されたと思っていますからね。私は彼らにとってもう死に、埋葬された身。姿はもう現しませんのでご安心を」
膝まづくように頭をアイリーンに下げるマルコ。やはりまだ手を洗いながら、鏡越しでマルコを見るアイリーンの笑みは普段ヴァンヘイレンで見せる穏やか天使のモノではなく、不敵な笑み。
「事前に口内に仕込んでおいたトマトジュースを血と見せ、事前に自ら背中に彫った十字架痕。そして周りには誰も居ない状況を作り出し、私は神に殺害されたモノと見せました。如何でしたでしょうお嬢様」
「ふふ。まあまあね。トマトジュースだなんて稚拙でしてよ」
「これはこれは。失敬」
また頭を下げるマルコ。アイリーンはまだ手を洗う。
「マルコ。わたくしの両肩を服の上から払ってくださる?」
「お嬢様の両肩ですか?何も埃やゴミはついておりませんが…」
「いいから。払って下さいな」
「畏まりました」
マルコは言われた通り、制服の上からアイリーンの両肩を埃を払うようにポンポン、と手で払う。
「これで宜しいでしょうか」
「ええ。ありがとう。先程人間に触れられて汚れてしまいましたの」
マルコはポン!と閃いたように自分の手を叩く。
「なるほど。先程倒れる仕草を見せた時トム・ハンクス君に掴まれた両肩ですね」
クスッ。アイリーンは不敵に笑むと、ようやく手洗いをやめる。















手洗いを終えたアイリーンが水に濡れた両手を差し出せば、マルコはすかさず純白のハンカチを取り出してアイリーンの両手を拭いてあげる。アイリーンはそれがさも当然の様子。
「人間達の造った物に触っていたら手が汚れてしまいましたの」
「なるほど。だから入念に御手洗いをなさっておられたのですね」
アイリーンの手を拭き終えると、アイリーンは長い髪をバサッ、と後ろへ手でなびかせ、窓枠に腰掛ける。
「わたくしの演技。如何でしたマルコ?」
「素晴らしい。人間が死を迎える姿。人間が造り直しの儀を施された姿。それらを見て顔を青くし、よろめくお嬢様はまさにか弱い女性を演じきっておられましたよ」
パチパチ。拍手するマルコに、ふふっ、と笑むアイリーン。
「ありがとう。マルコ。ふふ。トムもカナもきっと気付きはしないですわ。わたくしが本当は、人間が息絶え、造り直しの儀を施され、苦しみもがき、流血する姿が一番好きという事に」
ぴょん!
窓枠から飛び降りるとマルコの前をスタスタ歩くアイリーン。マルコは、アイリーンが自分の前を通る時は膝まづいている。
トイレの扉の取っ手を掴み足を止めるアイリーン。
「マルコ。ウォッズでの任務中。貴方は姿を消したままわたくしに同行致なさい」
「畏まりました。時にお嬢様。お言葉ではありますが未だ人間とのお戯れをお続けになられるおつもりで?」
アイリーンはにっこり。不敵な笑みを浮かべて、マルコに顔を向ける。
「わたくしを信じた人間達を切り離す瞬間が癖になりましたの」
マルコは、やれやれといった様子で肩を竦めて笑う。
「お戯れも程々に」
「では参りますわよマルコ。あまり長居しては2人に怪しまれてしまいますわ」
「畏まりました。御供させて頂きます。アドラメレク様」
アイリーン…いや、この世を統率する大神『アドラメレク』は、フッ…と微笑むと、扉を閉めた。


キィ…、バタン…





























ウォッズ、
ハンクス邸前――――

「結局。神父やイエガーダ村長とそのメイドを殺した神らしき人物は見付けられなかったな…はぁ」
あれから再度、ウォッズの住人宅を訪問。しかし人間に化けている神らしき人物や、造り直しの儀を施された人間(先程の村長とメイドのように壊れた人形のような人間)は見つからず…。陽も落ち、ウォッズへやって来た時に渡った湖にも夜空の黒が映っている。
「トム。まだトムのお家を一度も訪問しておりませんわよ」
「う"…」
ギクッ…。
まさにこの擬音がぴったりな表情をするトム。トム班の3人の目の前には、村長邸程ではないものの、他の洋館よりも遥かに大きいハンクス邸が聳え立つ。
所々室内のぼやけた灯りが窓から外へ洩れているハンクス邸のドアノブを、嫌そうに引っ張るトム。
「任務じゃなければこんな所、一生帰ってきたくなかったっていうのに…はぁ…」


ギイィィ……

まるで幽霊屋敷を連想させる音をたてて、立派で重たいドアが開く。エントランスホールは広く、天井も見上げる程高く。天井につるされたシャンデリアがまるでお城を連想させる。
「ほわぁ〜…此処がトム君のご実家?すごく広いんだね」
「トム!お城のようですわ!」
「シッ!お前らあんまりはしゃぐなよ。うちの両親…」
「うちの両親が。何ですって?トム」


ビクッ!

顔を青くしてビクッ!としたトム。中年女性の嫌みたっぷりな声がした方を3人が向く。
シャンデリアと同じ位置にある2階の廊下から、こちらを意地悪な目をして見下ろす40歳代の女性。ベージュの髪に深緑のドレスを着た姿はまさに、中世ヨーロッパからタイムスリップしてきた貴族そのもの。
















「か、母…さん」


カツン、カツン、

ドレスを持ち上げながら階段を降りてくるトムの母親。
「全く。帰宅するならそうと事前に連絡をする事くらい何故できないのです?そんなんだから貴方は官僚にも議員にもなれないのではありませんか。全く。ハンクス家の恥さらしが」
「すみません…母さん…」
親子のこの会話だけで、トムの家庭事情や親子関係を察する事ができる。カナは、トムの事を切なげにチラッ…と見る。


カツン!

エントランスホールに降りると、母親は腕を組み、やはり継母のような(実母だが)意地悪な目でカナとアイリーンを見る。
カナはビクビク。アイリーンは動じず、目をぱちくり瞬き。
「ふんっ。その制服。ヴァンヘイレンの任務でやって来たというのですね?トム」
「は、はい…母さん…」
母親はきらびやかな宝石が散りばめられた扇で自分の口元を隠しながら、女子2人を見る。
「ま。庶民臭い2人ですこと。トム貴方。連れてくるのならばもっとハンクス家に相応しい、高貴で秀才な女性を連れて来いと何度言わせるんです?」
「なっ…!そんな言い方2人に失礼だろ!それにこの2人はそういうんじゃなくてヴァンヘイレンの班員で任務としつ一緒に来ただけなんだよ!!」


パァン!

「…!!」
「まあ」
母親は扇でトムの右頬を叩き付ける。その勢いでトムは顔が左に向く。カナは口を覆い目を見開き。アイリーンは「まあ」とあまり驚いた様子ではないが…。














「親に口答えするつもりですか?トム。貴方がヴァンヘイレンへ入学すると言ってから。トム貴方は私達親に反抗ばかりしてきました。昔は私達の言う事を聞く良い子だったというのに、」
「違う!!昔はお前らが怖くて従うしかなかったんだよ!!何が良い子だ!幼少からずっと俺を暴力で支配してきたくせに!!お前らなんて親じゃない!!造り直しの儀に合っちまえ!!」
「まあ!トム貴方何て事を!あ!ちょっと!待ちなさいトム!トム!!」
「トム君!」
母親の脇を走り、階段を駆け上がっていくトム。カナは母親にペコリ一礼をすると、トムを追い掛けて走っていった。
「ったく…。何なんですのあの子は。全く…。……で?貴女も行かないのですか庶民」
トムとカナの元へは行かず母親の所で立っているアイリーンを、邪険な態度で見る母親。アイリーンは右に首を傾げてニコッ。ヴァンヘイレンの男性がオチル天使の笑みで微笑む。
「トムのお母様は庶民がお嫌いなのですね」
「ふんっ。そうですよ。貴女のような、ね。庶民のように臭く、愚息で、醜悪、低俗な生き物が同じ人間とは思いたくもありません。嗚呼。想像しただけで鳥肌がたちますよ全く」
「ふふ。お母様も充分愚息で醜悪。そして低俗な人間ですわ」
「!?何ですって貴女今…!あら?あら?!」
イラッ。とした母親がバッ!とアイリーンを睨み付ける…が、そこにたった今まで居たはずのアイリーンが居らず。
驚き、目をギョッと見開いて辺りをキョロキョロ見回すが、静まり返ったエントランスホールが広がるだけ。アイリーンの姿は何処にも在らず。














母親は何度も瞬きをしながら目を擦る。
「おかしい!今目の前に居たはず…」
「騒がしいな。何事だ」
「貴方!」
2階の階段をコツ…コツ…貫禄ある歩き方で降りてきたのは、トムによく似た顔いや、トムが彼によく似ているのだ。立派な髭を生やしたいかにも敏腕なトムの父親が現れる。彼もまた母親同様、中世ヨーロッパからタイムスリップしてきた貴族そのもの。
「貴方!聞いて下さいな!トムが!トムが帰ってきましたのよ!」
「ほう。先程の騒ぎはそれか。で?私の後を継ぎ議員になる覚悟を決めての帰省か」
「いいえ。ヴァンヘイレンの任務でウォッズへやって来たと。ヴァンヘイレンの庶民臭い女2人を連れて」
「まだあのくだらないヴァンヘイレンなどに入り浸っておるのかあいつは。ふん。何が神だ。何が造り直しの儀だ。そんなもの空想でしかない」
「ごもっともですわ貴方」
「私達に従わぬ息子などハンクス家の子供ではない。よし。どれ。昔のように教育し直すか」
くるり。母親には背を向け再び階段を登り出す父親。髪色と同じベージュの顎髭を触りながら、ニヤリ笑む父親。



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あきゅろす。
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