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GOD GAME
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ヴァンヘイレン――――

「おはようございまーす。ふわぁ〜…」
日本での任務から帰還して5日。アガレスとメアが帰還した時既にトム班の3人は別の任務へ出はからっていた為、1Eの教室は2人しか生徒が居ない。
メアは寝ぼけ眼を擦りながら大きなあくびをして教室へ入る。


ガラガラッ、

「あれっ」
「よお。1限開始と調度良い時間だなルディ。早く席に着け。授業を始めるぞ」
「え!先生!私しか居ないんですけど…」
ただでさえ2人しか居ないからガランとしていたのに。入ってみたら教室には教師しか居らず。生徒はメアだけ。目を丸めて教師を見るが、教師は黒板にチョークで書き出して授業を始めてしまう。
「よーし。今日は造り直しの儀について詳しく説明するぞー」
「先生っ!あの…アガレス君は遅刻ですか?」
「ああ。アガレスは体調不良の為欠席だそうだ」
「え!アガレス君が!?」
「ルディ。寂しいのは分かるが、そろそろ席に着けよー」
「さ、寂しくなんてないですっ!!」


ガタン!

わざと音をたてて自分の席に座るメア。顔を真っ赤にしてぷんすかぷんすかお怒り。だが、頬杖着いて窓の外を眺める。教師の授業をする声が遠くに聞こえる。
――アガレス君が体調不良?悪魔化の影響じゃないと良いな…――





















放課後―――――

「結局来ちゃった…」
放課後、結局アガレスが暮らす丘の上の小屋の前にやって来てしまったメア。自分で自分を笑う。


コン、コン

「アガレスくーん。ダーシーでーす」


しん…

返答無し。
「どうせ居留守使ってるパターンでしょっ。バレバレだもんね〜。強行突破!!とりゃーーっ!!」


ドガン!!

オンボロな木製の扉を蹴破るメア。
「アガレス君!居留守したってバレバ…きゃああ!?」
強行突破して入った小屋の中で。ベッドですっかりダウンしているアガレスの上にピンクの髪にナース姿の少女が乗っている光景を見てメアは顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。指と指の隙間からチラ見しているが。
「きゃああ!ちょ、ちょ、ちょっとアガレス君っ!!ヴァンヘイレン欠席して何やってるの!それにアガレス君には黄色いリボンの子がいるんでしょっ!!」
「はあ?何勘違いしてんのよダーシー」
「え?…あー!ラズベリーちゃん!?」
ピンク髪の少女を指差すメア。
ラズベリーと呼ばれるピンク髪の少女は、やれやれといった様子でアガレスの上から降りると、腰に手をあてる。
「こんなガキ、端からアウトオブ眼中よ。診察してやってたの診!察!こいつがなかなかベッドから出ようとしないから仕方なく」
「ラズベリーちゃんどうして此処に!?アガレス君が呼んだの?」
「ダーシーあんたねぇ。あたしは天界人が病に伏していたら、来たくなくても嫌でも病人の元へ体が赴いちゃう性質だって知ってるでしょ」
天界唯一の医者『ラズベリー・ブラックベリー』は医者の神として生まれた性から、病に伏した神々が居れば嫌でもその病に伏した神々の元へ体が勝手に赴いてしまう神だ。ナース姿だし口調も態度も今時の若者(人間に例えるなら)風ではあるが、聴診器をアガレスにあてる顔付きは医者の顔そのもの。
「ゴホ!ゲホ!」
顔を真っ赤にして目は虚ろでポーッとしているアガレスは先程から犬の鳴き声のような酷い咳を繰り返す。
「ゴホ!ゲホ!」
「アガレス君」
「シッ。静かにしてお喋りダーシー」
「お、お喋り!?」
カチン!ときたが、ここは我慢するメア。

















「ラズベリーちゃん…」
「静かにしろっつったわよね?私」
「っ〜〜!」
「っし。診察終わり」
聴診器を首にかけるとラズベリーは手の平からポン!とカプセル状の薬がいくつも入った小瓶を出す。まるで魔法で出したように。
「ラズベリーちゃん。アガレス君の具合、酷いの?」
「酷けりゃ今頃とっくに死んでるわよ。大丈夫。ただの風邪。堕天されて神の力失って体力相当落ちてるみたいだし?そんな時に遙々日本まで行って帰ってきたなら風邪くらいひくわよ」
「良かったぁ…大事に至らないんだね」
「ホレ。これ。薬」


ポーン!

「わっ!とっと!」
メアに薬が入った小瓶を急に投げるから、メアは慌ててしかし何とかキャッチ。ラズベリーはドスン!と大きな態度で椅子に腰掛け、脚を組む。
「それ。朝昼夕飲んでりゃ嫌でも治るわよ」
「良かったぁ…」
「ゴホ!ゲホ!はぁ…はぁ…ダーシー殿…か…?」
「アガレス君!?」
熱に犯され、目が虚ろながらもメアを呼ぶアガレス。メアはベッド脇に膝を着いて話しかける。
「アガレス君大丈夫?」
「ゴホ!ゲホ!大丈夫…だったら…ゴホ!…寝込まん…だろう…そんな事も分からんのか…ゴホ!雌豚は…ゴホ!」
「こんな時でも皮肉屋ダメだよ。でも、悪魔化の影響で具合が悪くなったんじゃなくて良かった…」
「そういえば…ゴホ!何故堕天した俺の所へ…ゴホ!来た…?ゲホ!ゴホ!」
「あ!そうだよ。そうだよラズベリーちゃん!堕天されてもう神じゃないアガレス君の所へ来て大丈夫なの!?ラズベリーちゃんがアドラメレク達に追放されちゃうよ!」
ラズベリーは脚を組んで椅子に腰掛けたまま、人間でいう強めヤンキーギャルのような表情で2人を見ている。
「あたしも本当はこんな所来たく無かったわよ。でも医者の神として生まれた性でね。心は体には逆らえなかったのよ。それに。あたしはアドラメレク達にもつかないし、ダーシーあんた達にもつかない」
「ラズベリーちゃん昔から一匹狼だもんね」
「うるさいわよ。そんな事より。ダーシーあんた達、アドラメレク達に狙われてる事気付いてる?」
「え!?」
メアは驚く。熱で会話どころではないアガレスも、メアと一緒に話の内容だけは聞いている様子。
「だって私とアガレス君を狙ったところでアドラメレク達には何の利益も無いよ?」
「ああ。言い方を間違えたわ。あんた達を直接って意味じゃなくて。あんた達の周りに居る人間が狙われてるのよ」
「私達の周りに居る人間…!?」


ドクン…!

メアの脳裏でカナ、トム、アイリーン、そして先日惨たらしい最期を迎えた由樹の姿を思い出したメア。悪寒が全身を走り、ブルッと震える自身を抱き締める。
「どうしてそんな酷い事を!?」
ラズベリーは頬杖着く。
「決まってんじゃない。人間と恋仲になって堕天したアガレス。造り直しの儀に反対して追放されたダーシー。アドラメレクにとってあんた達2人は神の面汚しだもの。あんた達から神の力奪っただけじゃ気が済まないわよあのお嬢様は。ムカつく奴にはとことん痛い目合わせる。そういう性格じゃない。アドラメレクって。あんた達と親しい人間を殺していくのがあんた達にとって最大の苦痛でしょ。それを楽しむような奴よ。アドラメレクは。知ってるでしょ。昔から我儘お嬢じゃない。あいつ」
言いたい放題言うとラズベリーは椅子から立ち上がる。ガタガタ震えるメアをじっ、と見下ろして。
「あたしはどっちの肩も持たないし。仲間になろうなんて更々思ってない。ま、でも一つ助言できるとしたら。あんた達がその人間達を全力で守れば何も心配はいらないってわ・け」
「ラズベリーちゃん心配してくれるの?ありがとう!」
「か、勘違いしてんじゃないわよ!誰があんた達みたいな馬鹿コンビを…!」
「あれ?ラズベリーちゃん右腕の包帯どうしたの?血滲んでるよ」
「え?」
顔を真っ赤にして怒るラズベリー。彼女の右腕に巻かれた包帯に青い血がジワリ滲んでいるからメアはとても心配そうに眉尻を下げる。しかし当の怪我人ラズベリーは至って平気そう。
「ああ。これね。アガレスの診察に来る途中、変な眼帯をした人間のガキに攻撃されたのよ。ま、すぐ逃げてきたけどね。確か、ヴァンヘイレンの制服着てたような…」
「ヴァンヘイレンの?だから神を狙って攻撃したのかな。でもラズベリーちゃんは人間に姿見せてないのに?」

















目を見開き、ズイッ!とメアに詰め寄りながら指を指す。
「そう!そこなのよダーシー!」
「え、えぇ!?こ、怖いよラズベリーちゃんいきなり顔近付けてくるんだもん」
「私はトラロック神達みたいにアホじゃないから姿を人間に見せずにいたの!なのにさっきの眼帯のガキってば〜!あ〜!思い出しただけでムっカついてきた〜!」
猿のようにキー!キー!喚きながらじだんだ踏むラズベリー。メアが蹴破った扉に行き、ビシッ!とメアを指差す。
「処方した薬は朝昼夕!一粒ずつ飲ませる事!それと!もう神の力は残っていないんだから無理させない事!自分は神の時と違って力が弱まっていると自覚する事!彼女なんだからそのくらい看ててやんなさいダーシー!」
「かっ!?彼女じゃないよ!!」
「あっそ。テキトーに言っただけだけど」
「テ、テキトーってラズベリーちゃん…」
「ま、せいぜい呆気なくやられんじゃないわよ馬鹿コンビ!じゃあね!」


ヒュンッ!

小屋を出ると、瞬間移動をしたように一瞬で去っていったラズベリー。


しん…。

嵐が去った後のように静かになった小屋の中。
「ゴホ!ゲホ!」
アガレスの咳だけが、静寂に包まれた夜に響く。

















メアはもう一度、ベッド脇に膝を着いてアガレスの熱で熱い左手を両手で握る。
「ゲホ!ゴホ!」
「力が弱まっている…だって。無理して死んじゃヤだよアガレス君…」
「ゲホ!ゴホ!はぁ…、はぁ…」
手でそっ…、とアガレスの額に触れる。
「熱ちっ!」
思わず手を引っ込める程の熱さ。
「アガレス君。これ飲んで。ラズベリーちゃんがくれたお薬だよ。治るよ」
熱に犯され、ボーッとして意識朦朧だし視線が天井ばかりを向いているアガレスの口の中に、先程貰った薬を含ませる。


ゴクン…、

薬が喉を伝って体内へ入る音がすれば、メアはホッ…とする。その時。


ぐっ、

「え!?」
思わずドキッ!
アガレスの左手がメアの右手を徐に強く握ってきたのだ。メアは真っ赤。














「え?!え!?アア、アガレス君!?だっ、ダメだよ!アガレス君には黄色いリボンの子がいるでしょっ!ダ、ダメっ…!いやっ!でも私で良いならっ!私アガレス君の事好きだしっ…!」
「はぁ…、はぁ…、キユミ…」
「え」
「キユ…、はぁ…キユミ…」
「わ、私はキユミじゃないよ?ダーシーだよ?アガレス君、熱で幻覚でも見てるの?私はダーシーだよ、アガレスく、」
「看病…ゲホ!…ありがとう…キユミ…」
「…!」
見た事が無かった。彼が笑った顔を。初めて見た彼の笑顔は、いつもの薄い表情とは掛け離れているとても感情豊かで穏やかなモノだった。ただ、それが自分ではない他の誰かに向けられたものだからメアの心がキュッ…と締め付けられた。
「アガレス君…」
「清春は…」
「え?」
虚ろな眼差しで辺りを見回し出すアガレス。まだ幻覚が見えているようだ。
「キヨハル…?って誰?アガレス君?」
「清春は…ゲホ!ゴホ!はぁ…、はぁ…。清春に…移らんように…はぁ、しなきゃ…だな…」
「……」
そう呟くと、体は神のままな為眠りはしないが、スウッ…と静かに目を閉じた。薬が効いてきたからだろう。今度こそ静まり返った小屋の中で。膝を着いてアガレスの両手を優しく包み込むように握ったまま、メアは寂しい目をして微笑む。
「アガレス君が笑った顔初めて見たよ。でも…私には見せないんだね。今、誰に見せたの?…風邪が悪化しちゃえ。バーカ…」





























天界―――――――


カツン、

「ふぅー。今日も一仕事したぁ」
中世ヨーロッパを連想させる広々とした洋館に帰ってきたラズベリー。此処は天界にあるラズベリーの自宅。
長いツインテールをほどきながら、なびく長い髪を手で後ろへ払いながらカツ、カツ、靴を鳴らして歩く。右手には救急箱を持って。


カツン…

突然、立ち止まるラズベリー。
「来るならチャイムを鳴らすのが常識よ」
立ち止まり前を向いたまま。誰もいない空間に話し掛ける。するとラズベリーの背後にズズズ…と黒い影が現れ、それはやがて御子柴の形になる。
「不法侵入で訴えるわよ御子柴神」
「フフフ…相変わらずの強気ねラズベリー氏…」
「アドラメレクの配下になる誘いなら10000年間断り続けているはずだけど」
御子柴には背を向けたまま強気な口調で話すラズベリー。御子柴は、いつもの陰気なニヤけた笑みを浮かべている。
「お嬢はアナタを欲しているわよ…医者としてのみならず…神としての力があるアナタなら…造り直しの儀を行うのに必要不可欠な人材だとね…」
「言ったはずよ。あたし、群れるの好きじゃないの。それに、造り直しの儀とかアドラメレク派とかそういう難しいのどうでもいいのよ。1人で自由気ままに生きたいだ、…!?な、何よいきなり顔近付けて…」
ラズベリーの正面にまわった御子柴は背伸びをしてラズベリーの顔をぬぅっ…と覗き込む。御子柴の黄色い瞳に自分が映っているのが分かる程の至近距離に、ラズベリーは顔を嫌そうに歪める。
「何よ。用が無いなら帰っ、」
「におう。におうわラズベリー氏…」
「香水はいつものものだけど?」
「違うわよ…アナタ…におうわ…アガレス氏とダーシー氏のニオイがね…。会ってきたでしょう…裏切り者に…」
ラズベリーはバサッ、と髪を後ろへ手でなびかせる。
「それが何?別にあいつらの仲間になったわけじゃないわ。だからってあんた達の仲間になるわけでもない。あたしは医者として助けてやって来ただけよ。言いたいならチクれば?アドラメレクに」
「そんな事しないわよ…医者として行っただけなら良いわ…でも万が一この先アナタが裏切り者2人の仲間になったとしたら…お嬢に言うから…覚悟しなさい…」
「忠告ありがとう。それじゃあサヨウナラ。あたし疲れているの。オヤスミ」


バタン!

寝室の扉をわざと乱暴に閉めるラズベリー。御子柴はやはりニィッ…と笑みながらスウッ…と消えていった。

















「はぁ?!ラズベリーの奴がクソアガレスとアホダーシーの看病に行っただぁ?!」
天界で神の会合が行われる講堂にて。胡座を組み、大声を上げるのはベルベットローゼ。その向かい側には椅子にちょこんと正座をしてニヤニヤ笑む御子柴。
「そうよ…。別に彼らの仲間となったわけではなさそうだけれど…ラズベリー氏は要注意ね…」
「ったく。クソアガレスといいアホダーシーといい、今度はラズベリーかぁ?チッ!どいつもこいつも、アドラメレクに反発しやがって!自分はアドラメレクよりどんだけ強いと自己評価してやがんだあの腐れ野郎共!」
「そんな事より聞きなさいよベルベットローゼ…ワタシ先日、御殿氏を遂に…遂に祟り神にしてやったのよ…!アハハハハ!」
天井を見上げ、瞳孔を開いてケタケタ笑う御子柴。
「でも人間の方は悪魔に横取りされて造り直しの儀はできなかったんだろ。ダッセー」
カチン!
「うるさいわよこのっ男女ァアアア!キーッ!!」
目をカッ!と見開き、歯茎を剥き出しにして怒る御子柴を、ベルベットローゼは床に肘を立てて横になりながらギャハギャハ笑う。
「嗚呼!早くワタシのこの大成果をお嬢に報告したいわ…!お嬢は今何処に居るのかしら…?」
「あ?アドラメレクなら下界だぜ」
「あらあら…まだ人間とのお戯れをしているというの…?」
「よく分っかんね!あいつの事だ。アドラメレクを信じてた人間共を殺る時が快感なんじゃねぇの?」
「フフフ…お嬢のそういうエゲツナイところワタシ好きよ…」


ドン!ドン!!

「あ?」
すると講堂奥にある、鉄格子で頑丈に開かないようにされた鉄製の扉がドン!ドン!!大きな音をたてて中から叩かれ出した。
「あら…あの部屋って確か…」
「ったく。最近これなんだよ」
ベルベットローゼは悪態つきながら立ち上がると、扉の前まで行き…
「静かにしてろクソが!」


ガンッ!!

扉を外から思いきり蹴った。すると扉はもう中から叩かれる事は無くなり、何事も無かったかのようにしーん…とする。
「けっ。アドラメレクは何であんな野郎の事味方に付けたんだかな」
「お嬢は時たまよく分からない時あるわよね…」
「まあな」
ベルベットローゼは歩きながら、後ろにある鉄格子の扉にヒラヒラ手を振る。
「ま。アドラメレクが許可を出すまでの暫くの間は出られねぇからな。そこでおとなしくしていやがれよ清春」
カツン、カツン…
ベルベットローゼと御子柴が講堂を出ていく。講堂の扉が音をたてて、ゆっくり閉まる。


キィッ……


バタン…、









































翌々日、
ヴァンヘイレン――――

「キユミちゃんって子いますかー!?」


ザワッ…!

朝ぱらから1Aの教室に大声満面の笑みでやって来たのはメア。AからJまでのクラスがあるから他クラスの生徒の顔が分からなくて当然。だから、1A全員メアを知らないから教室中朝から「何だ何だ?」と騒がしくなる。そんなのお構い無しにメアは教室に身を乗り出して覗きながら再度呼ぶ。
「キユミちゃーん!居たら返事してくださーいっ!キーユーミーちゃーん!」
「は、はいっ!わ、私です…!」
「あ。本当に黄色いリボンつけてる」
オロオロしながらも挙手して窓際からパタパタ慌てて走ってきた黄色いリボンの少女。真っ黒い髪を後ろで黄色いリボンで束ねている。少し眉毛が太めでおっとりした目をしていて、分かりやすく言えばクラスに1人はいる地味でおとなしい女子…といったところか。
「初めましてっ!私、1Eのメア・ルディっていいますっ」
「はは初めましてっ!1Aのキユミ・オトといいます…!!」
ペコペコ頭を下げるキユミを顎に手をあてて、まじまじ見るメア。
――やっぱり図書室で見た時と同一人物なのに雰囲気はまるで別人だ。悪魔化するとああなるのかな?――
真剣な顔つきから一転。メアは後ろに顔だけを向けて歯をギリギリ鳴らす。
「ていうか、おしとやかで良い子なところアガレス君好きそう」
「あ、あのっ…?」
「あ!ごめんごめん!あのね、キユミちゃんに会ってほしい人がいるの!」
「わ、私にですか?だ、誰でしょう…?私、お知り合いがほとんどいませんが…わっ!?」


ぐいっ!

メアはお構い無しにキユミの腕を引っ張る。
「いいからいいから!細かい事は気にしないでね!じゃーレッツラゴー!」
「れ、レッツラ…ゴー?」
メアに腕をぐいぐい引っ張られながら、よく分からないがメアの真似をして一緒に右腕を上げるキユミだった。



















授業開始前、
1E教室――――――

教室で1人、授業が始まるのを自分の席に着いて黙々と読書をしながら待つアガレスが居る。
分厚く古びてヨレヨレな本のタイトルは『GOD GAME』
「堕天された神は祟り神になる…か。やはりあの時…」
アガレスの脳裏に、先日日本の京都での任務で去り際御殿神社付近が祟り神の嫌なニオイがした場面が甦る。表情は無いが、眉間に皺を寄らせ、本を持つ両手にぐっ…、と力をこめて悔しそうにするアガレス。


ガラッ!

「…?」
教室の後ろの扉が勢いよく開き、音につられてふと顔を上げたアガレスの目が極限まで見開く。
「アッガレッスくーん!連れてきたよー!キユミちゃん!」
「なっ…!?」


ガタッ!

思わず席から立ち上がり、見開いた目のまま後ろへよろめきながら後退りしてしまう。そんなアガレスに首を傾げながらもその控えめな性格が表れた優しい笑顔でペコペコ頭を下げるキユミ。
「は、初めまして…!えっと…、キユミです!キユミ・オトといいます…!」
「っ…!?」
「ん、でー!さっき話したよね!この子が1Eの問題児アガレス君!キユミちゃん。本っ当にアガレス君の事知らない?」
「は、はい…。初めてお名前とお顔を知りました。ごめんなさい…私…」
「大丈夫大丈夫!アガレス君がねキユミちゃんと話したがっていたから連れてきたんだよっ!」
「え?わ、私ですか?えっと…その…な、何を話せば良いで、」
「おい雌豚!」


ビクッ!

明らかにメアを睨み付けてメアに対してそう呼んでいるのに、キユミが何故かビクッ!としてしまう。メアはいつもの事!といった様子で向く。
「はいはい。何?アガレス君」
「勝手な事をするな!!」
「勝手じゃないもん!アガレス君会いたがってたよ。うわ言で名前呼ぶくらいね!」
「知らん!」
「私は知ってるもんー」
「埒があかん。ダーシー…じゃないメア殿。いい加減にし、」
「じゃあ!1限が始まるまで2人っきりでごゆっくり〜!」
「なっ…!?おい!メア殿!!」


ピシャン!!

廊下へ出たメアに扉を閉められる。青筋たてたアガレスが扉を引っ張るが…
「開かない…だと?くっ!」
教室の前の扉も引っ張ってみるが、ビクともしない。何故なら、教室の外からメアがつっかえ棒で前後の扉が開かないようにしているからだ。
「くっ。外から開かない細工を施したな。あの雌豚!」















ふと壁掛け時計に目を向けると1限開始時刻まであと10分弱。
「教師が来れば嫌でも開くが、それまで待てというのか。やはりあの雌豚、養豚所に送る以外他ないな」
ポケットに手を入れて扉を爪先でガンガン蹴りながら扉に向かってぶつぶつ文句を言うアガレス。
「あ、あの…」
「……」
後ろからキユミに声を掛けられる。こうなる事は分かっていた。いたからこそ、わざとキユミが自分に話し掛ける隙ができないよう、扉に向かってぶつぶつぶつぶつ文句を垂れていたのだ。キユミに呼ばれても扉と向き合ったまま。キユミには背を向けたまま。
だから、キユミは教室の中心で1人オロオロしてしまう。
「あ、あの…私、気付かない内にその…何か嫌な事を言っていてそれで怒らせてしまったならその…ごめんなさいっ!」
頭を深々下げるキユミ。しかしそれでもアガレスは反応無いからキユミはしょんぼりしてしまう。
「あの…。メアさんから聞いたのですけど…アガレスさんは私の事ご存知なんですか…?ごめんなさい、私馬鹿だから覚えていなくて…」
「……」
「あ、あの…」


ガラッ!

「おーい。遊んでんじゃない。授業始めるぞー」
前の扉が開くと教師が聖書を脇に抱えて入ってきた。教師の後ろにはニヤリ。笑うメア。アガレスの中で何かがぷっつんキレる。
「ん?お前は確か…1Aの生徒じゃないか?」
「は、はいっ!!」
「授業始まるぞ。自分の教室戻れー」
「す、すみませんでした!!」
相変わらずの低姿勢でまた深々頭を下げると、パタパタ走って教室を出て行く。その際擦れ違ったメアがニコニコ手を振りながら
「キユミちゃんまたね!」
と言えば、キユミはまた笑顔でペコリ、頭を下げて廊下をパタパタ走っていく。その様子を、横目で見ていたアガレスの目が見開き、すぐさま廊下へ飛び出す。
「アガレス君?」
「おーいアガレス。授業始めるって言ったのが聞こえなかっ、」


ガシャーン!!

「アガレス君!?」
「お、おい!?大丈夫かお前ら!?」
廊下から物凄い音が聞こえてメアと教師も教室を飛び出す。















廊下には老朽化した蛍光灯が落下しており、ガラス片が散乱。蛍光灯がキユミに落下しそうになったのを見逃さなかったアガレスが教室を飛び出し、キユミを押し退けたお陰でキユミもアガレスも怪我無く済んだ。
「あ…あっ…」
落下した蛍光灯を呆然と見て口をパクパクさせるキユミ。
あれが自分の頭に落ちていたら…と想像してしまったのだろうか。顔面蒼白だ。
「何なに?」
「今すごい音しなかった?」
「わあ!蛍光灯落っこちてるじゃん!」
たちまち、音を聞き付けた生徒達が教室から顔を出して廊下を覗くから大騒ぎ。
「おーいお前ら。いいから教室戻れー」
教師は他クラスの教師を呼んで、割れた蛍光灯とガラス片の後片付けを始める。それでもまだ廊下はザワザワざわついていたが。
ポカン…とするメアが、ふと視線を感じて顔を上げると。
「…!」
いつも無表情なアガレスがまるで悪魔の眼差しでメアを睨んでいた。






















放課後――――――


「勝手な事をするなと言っただろう!」


バンッ!

夕暮れが射し込む1E教室。珍しく声を荒げたアガレスが本で机を叩けば、メアはビクッ!とする。
「貴様が首を突っ込む事ではない!」
「でもアガレス君会いたがってたよ!!アガレス君全っ然素直じゃないから会いたくないって言い返すだろうけど、具合悪かった時私の事勘違いして"キユミ"って呼んだんだよ!それ程会いたいんでしょ!それに、アガレス君がヴァンヘイレンに来たのだって、キユミちゃんに会いに来たからなんでしょ?なら何で遠くから見ているしかしないの?それじゃ意味無いよ!」
「黙れ!何も分からない赤の他人の分際で首を突っ込むなと言っている!!」
「赤の他人なんて言い方酷いよ!そりゃ赤の他人だけど、だけど、友達でしょ!?」
「貴様があいつを呼んだせいで蛍光灯があいつに落ちていたらどうするつもりだ」
「…!そ、それは…」
目を反らすメア。反対に目を反らさず怖い程睨み付けてくるアガレス。
「貴様が呼ばなければ負わなかった怪我だろう」
「で、でもキユミちゃん怪我しなかったよ!」
「そういう問題じゃないんだよ!!」


ガンッ!!

「ひっ…!」
右足で教壇を蹴りつければ大きな音がし、メアは涙目になってビクビク怯える。














「アガ…アガレスく…、」
「ヴァンヘイレンに来た理由は言うまでもない」
「や、やっぱりキユミちゃんの事…」
「ああ。だが違う」
「わけ分かんないよ!」
カツ、カツ…
ポケットに手を入れ、下を向いてカツ、カツ、ブーツを鳴らしてメアに歩み寄ってくる。から、自然とメアの体がジリジリ後退りしてしまう。
「俺が関わった事であいつが人間ではなくなった。あいつの人生を奪った。だからもうあいつとは関わらないと決めたんだ」
「…?じゃあ何の為にヴァンヘイレンに来たの?」
「……」
「心配だから?キユミちゃんには関わらないで遠くから見守る為に…かな?」


ガタン!

ポケットに手を入れて下を向いたまま、テキトーに椅子に座り、脚を組むアガレス。涙目のメアはその前に立ったままだからアガレスを見下ろす形だ。
「アガレス君、キユミちゃんと何があったの?何があって堕天されたの?それに…アガレス君が堕天されたのって254年前じゃなかった?なら何で人間のキユミちゃんは生きて…あ。キユミちゃんは悪魔になったんだっけ?」
「……」
「あーもう!何がどうなのか全然分かんないよー!」
自分の頭をぐしゃぐしゃするメア。アガレスは下を向いて椅子に腰掛けたまま口を開く。
「雌豚貴様がキユミと友人になろうが構わん。ただ、俺とキユミを関わらせようとするな。金輪際」
「…はい。ごめんなさい…」
「……」
メアは制服と同色のベージュの鞄を担ぐ。
「もう帰るね。アガレス君に怒られちゃったし。私、いない方が良いだろうし。ばいばい。また明日ね…」


ガラッ…、

教室の後ろ扉をメアが開く。
「…りがとう…」
「え?」
振り向く。が、アガレスはポケットに手を入れて下を向いて座ったまま。
「アガレス君、今何か言った?」
アガレスは首を横に振る。メアは首を傾げて口に人指し指をあてて、斜め上を見る。
「空耳かな?じゃあね。ばいばい」


カタン…、

扉を閉めて教室を出れば、メアの足音がだんだん遠ざかり、やがて聞こえなくなる。教室に射し込む夕陽のオレンジが寂しい中。アガレスはただ、椅子に腰掛けたまま下を向いていた。


























ヴァンヘイレン校門――

メアが教室を出て宿舎へ戻ってから数10分後。アガレスも1人で校舎を出て、自宅へ帰ろうと校門を潜ろうとしていた。
「アガレスさん…!」
「……」
辺りには誰も居ない。生徒達は宿舎へ戻ったのだろう。オレンジの夕陽に照らされる地面。前には自分以外の影がもう一つ前に伸びている。後ろから声を掛けられ返事はしないが立ち止まるアガレス。やはりポケットに手を入れたまま。声を掛けたのはキユミ。
「あ、朝はありがとうございました!アガレスさんが助けてくれなかったら今頃大怪我していました…!」
「……」
「そ、それであの…これ…!今日家庭科の調理実習で作ったクッキーなんですけど今これしかお礼として渡せる物が無くて…あ、あの!お口に合うか分からないんですけど…その…、よ、良かったら貰って下さい…!」
小さい透明な袋に黄色いリボンでラッピングされたクッキーが3枚。差し出すキユミ。アガレスはゆっくりキユミの方を向く。フードを目深にかぶっているからアガレスの顔は見えないが。右手をポケットから出すと、黙ってそれを受けとる。キユミの表情が、ぱぁっ…!と明るくなる。
「あ、ありがとうございます!!」
またペコペコ頭を下げるキユミ。相変わらず顔が見えないし黙っているアガレスにオロオロしつつも、ペコリ一礼をして去ろうとするキユミ。
「覚えていないか」
「え?」
初めてアガレスから話し掛けられ、驚きつつも足を止めてきょとんとして振り向く。やはり、こちらからではフードが邪魔でアガレスの顔は見えないのだが。















「え…」
「……」
「ご、ごめんなさい…!メアさんからも言われたのですけど私…、ごめんなさい…」
「いや…いい。そっちの方が」
「え?」
「ただ…」
「?」
「清春の事だけは思い出してやってほしい」
「キヨハ…ル…さん?ですか?あの、私とどういう関係の方か教えてもらえませんか?」
「……」
「あ、あの…」
「キユミ。お友達かな?」
「!!」
「あ。ヒビキお兄ちゃん」
キユミの背後からにこにこ笑顔の好青年が現れる。ヴァンヘイレンの制服を着てスラッとしていて背が高く、銀色の髪が美しく目鼻立ちの良い青年。キユミは笑顔で青年に手を向ける。
「あ、アガレスさん。紹介します。私のお兄ちゃんでヴァンヘイレン8年生のヒビキお兄ちゃんで…あれ?」
いつの間に。そこにさっきまで居たアガレスの姿が忽然と消えていたのだ。キユミとヒビキはパチパチ瞬きをして辺りを見回すが、どこにも居ない。兄妹は顔を見合わせ、同じ方向に首を傾げる。
「おかしいね?」
「うん。アガレスさんどこ行っちゃったんだろう」
「キユミのお友達かな?」
「うん!」
「そっか。良かったね。キユミにお友達ができて嬉しいよ。さ。キユミ。宿舎へ帰ろう。夕食の時間だよ」
「うん!」
キユミはにっこり笑顔で、にっこり笑顔の兄ヒビキと並んで宿舎へ歩いていく。その姿は仲の良い兄妹そのもの。今日あった事をお互い楽しそうに話しながら歩いていった。


























丘の上、
アガレスの自宅――――

「はぁ、はぁ、はぁ…!」
真っ暗な小屋で灯りも点けず、扉に背を預けたまま(先日メアに壊されたからちゃんと閉まらない扉)左胸を服の上から強く握って呼吸を荒げる。フードで隠れた顔からは冷や汗がひっきりなしに頬を伝う。

『は、はい!わ、私で良ければ…!よ、よろしくお願いします!』
『そ、そしてキユミから昨日伺ったのですがアガレスさんはうちのキユミを貰ってくださると…?』
『本当に良かった。僕も嬉しいよキユミ』
『清春ちゃんがちゃんとおつかいができたらご褒美をあげようかな』
『アガレス君知り合いなのかい!?どう見ても化物達だよ!』
『貧しい人間を助けてそれから地獄へ突き落とす様が見たかったんですか!!』
『アガレスさんの顔も見たくない…』

「っ…!」


ガクン…!

その場に崩れ落ちるアガレス。呼吸を荒げながら、脳裏に甦る記憶の断片と声に押し潰されそうになる。


ガサッ…、

「…!」
先程キユミから貰ったクッキーの入った袋がポケットの中から床に落ちる。崩れ落ちた膝のままそれを手に取り開封する。
クッキーの甘ったるい匂いは人間なら食欲をそそる匂い。だが、人ならざるもの神であり悪魔であるアガレスにとってその匂いは吐き気を催す臭い。だが…


ゴクン!

クッキーを3枚順番に丸飲みする。
「う"え"っ…!!」
すぐに沸き上がる吐き気。込み上げるクッキーが出てこないように、自分の喉を両手で押さえつける。
「っぐ、え"ぅ"っ…、ぁ"っ…!」
例えるものがない擬音を発し、ボタボタと唾液を床に滴ながらも…


ガクン…、

戻せない位置まで体内へクッキー3枚全てを取り込めば、扉にもたれかかり、床に力無く落ちるアガレス。
「げ…、ぇ"、ぇ"…、」
まだ全然とれない吐き気に嗚咽を溢しながら。

『アガレスさんご飯食べないと倒れちゃいますよ。あ…私のご飯、お口に合いませんでしたか…?』

「げ…、ぇ"、ぅ"…、」
脳裏で甦るキユミの優しい声に、アガレスは嗚咽を洩らしながらも口はにっ…と笑む。
「そんな事は…無い…、っぐ…、世界一…、だ…お前の料理は…」
フードに隠れた顔からはやはり冷や汗がダラダラひっきりなしに流れていたが。























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あきゅろす。
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