症候群-追放王子ト亡国王女- ページ:1 アメリカ合衆国国際連盟軍 ロサンゼルス基地――――― 「はぁ…まったく。何だあの態度は!次4人で集まった時はバッシュ教育係のロジーにきつく叱ってもらわないといけないな」 マグカップに入った湯気のたつブラックコーヒーを飲みながら空いている左手でノート型パソコンのキーボードを手早く打つジェファソン。 ドン!ドンッ! 遠くから届く戦争の音がまだ止まない。同時にこのビルも横に揺れる。 ピロリン! 「ん?」 この場に不相応な音がしたと同時にパソコン画面左上にメールを受信した事を知らせるメールアイコンが点滅していた。送信者はロゼッタ。ジェファソンは笑む。 「はっはっ。噂をすれば何とやらだな。しかし珍しいなぁロジーからメールなんて。もしやもうルネの手がイギリスに?」 目線をメール本文に移す。頷きながら読んでいたジェファソンの茶色の瞳がこの上ない程開かれたと同時に全身から血の気が引いた。 ガタン! 思わず立ち上がった時テーブルに膝をぶつけた為マグカップの中からコーヒーが零れテーブルを染めて、最終的には床へ滴る。 「な、何だって…!?まさか…本当に…!」 胸騒ぎがする。放心状態。 ドン!ドン! 戦争の音が先程より近くに聞こえる。ポタ…ポタ…と一定感覚でテーブルから床へ滴るコーヒーの雫が枯れた。 同時刻、 中国軍本部―――― 真っ暗な室内にノート型パソコンの画面からの青い光だけがぼうっ…と浮かんでいる。その光に顔を照らされているのは劉邦。画面にはロゼッタからの開かれたメール内容。それをただ黙って見つめる彼の表情はいつもと何一つ変わらぬポーカーフェイス。 コン、コン、 「劉邦よ。おや。また部屋をこんな真っ暗にして。灯りくらい点けなさいといつも言っているでしょう」 返事も待たず室内へ入ってきた宦官。 パチッ、 室内の灯りを点けた彼が抱えた書類を劉邦に差し出す。 「これは今後の日本でのルネ戦の戦略が…劉邦!?何処へ行くのですか待ちなさい劉邦!」 椅子を引っ繰り返してまで勢い良く立ち上がった劉邦。宦官には見向きもせず脇を颯爽と駆けて行ってしまった。 イギリス、 ブルームズ宮殿――― 「宜しいのですか、女王陛下」 手を添え窓越しに空を見上げるエリザベス女王の背中に問い掛けるのは、彼女の側近兼イギリス軍大将ウィルバース。 「ウィルバースさん」 「はい」 「ロゼッタちゃんのパソコンからここ最近の印刷履歴を調べてもらえませんか」 ウィルバースは一瞬眉間に皺を寄せるが、すぐ跪く。 「了解致しました」 遠い空を見上げるエリザベス女王の口が裂けんとばかりに微笑んでいた。 アンデグラウンド王国 シャングリラ宮殿――― パァン!パァン! 「きゃあああ!」 美しい金色の壁や銅像や絵画がドロドロした赤い血に染まってゆく。イギリスから宣戦布告を受けて約1時間。軍隊が総出した宮殿内には女中や使用人達の悲鳴と銃声が響き渡る。 「はぁ、はぁ…!」 カツン!コツン! 長い長い廊下を駆ける1人分の足音。バッシュだ。国際連盟軍軍服ではなく敢えてアンデグラウンド王国軍の赤軍服に身を包んでいる。 パァン!パァン! だんだんと近付いてくる銃声と悲鳴。其処の角を曲がればきっと、奴が居る。懐から1丁の拳銃を取り出すと躊躇いも怯えもせず勢い良く飛び出した。 「アンデグラウンドを渡してたまるかよイギリス野郎!!」 パァン!パァン! 飛び出したと同時に発砲したが、見事に回避された。 「くそっ!」 落ち着いて辺りを見渡した時バッシュの瞳が見開かれて身体がビクッ!と大きく震えた。美しい金色の廊下や壁には人間の真っ赤な血飛沫。足元には城で働く人間達の亡骸の山、山、山。ただ撃たれて血を流して息絶えているのではない。皆、首や片腕が無惨にも身体から切り離され口から涎を垂らし白目を向いて死んでいた。 「う"っ…!」 亡骸の中心に立つ黒スーツを着た金髪の男性がゆっくりこちらを振り向いた。アンデグラウンド国王王妃カロリナの側近兼イギリス軍トーマス少佐だ。頬に付着した返り血を舌でぺろりと舐め取り、開き切った瞳孔で満面の狂気に満ちた笑みを浮かべる彼の姿は最早人間ではない。例えるなら人間を惑わす悪魔。そんな悪魔に惑わされた王妃カロリナの亡骸を左手で掴んでいる。 ドサ、 亡骸の山頂にカロリナの亡骸が1体追加された。 「ふざけんじゃねぇええ!」 カッ!と目を見開いたバッシュがトーマス目掛けて引き金を引くが… ドン! 「…っ!?」 何と、自分とトーマスとの間を遮るかのように宮殿の外から勢い良く1機の戦闘機が突っ込んできたのだ。灰色の煙が充満してガラガラ崩れる宮殿の壁や天井。バッシュは破片や煙を吸わぬよう腕で口を覆い、目を開いていく。すると目の前には青基調のイギリス軍戦闘機が1機。コックピットへ入っていったトーマスの姿を捉えるとバッシュは目の色を変えて走り出した。 「待ちやがれてめぇ!!」 ガコン! 遅かった。コックピットハッチが閉じると、1秒たりとも時間を無駄にはしないといった様子で飛び立って行っってしまったトーマス機。まだ平穏な青空が広がるシャングリラ宮殿上空を、トーマス機が飛び立って行ったせいで大破して外が丸見えな宮殿内から見上げた。 「くっそ…!」 ギュッ…!と拳を握り締めた時。 ガーッ、ガーッ 「…ハッ!」 耳から顎にかけて装着しているイヤホン型小型無線機からノイズが聞こえた為ボタンを押して通信を開く。 「こちらバッシュ!」 「バッシュか!?」 「…!ロマン…!」 通信相手は息を上げたアンデグラウンド国王ロマン。彼の声が聞こえたと同時に、足元で無惨な姿で息絶えた王妃カロリナが視界に入った為バッシュは目を強く瞑った。 現在ロマンはイギリス軍宣戦布告前からバッシュの家に匿っている。勿論護衛の軍人達もつけて。カロリナも…とロマンが言ったのだが、トーマスに唆され完璧に彼の虜な彼女は頑固としてシャングリラ宮殿に残ったのだ。トーマスと共に。 「っ…ロマン…カロリナは…」 「バッシュお前は今何処に居るんだ!」 気弱な彼が珍しく声を荒げているので不思議に思いつつ、やはりいくら何だかんだ言っても王妃でありロマンの妻であるカロリナを守る事ができなかった自分の腑甲斐なさを痛感してしまうのだ。ロマンの声を聞いていると。 「ロマン!俺はカロリナを守れなかっ、」 「宮殿に居るのかバッシュ!」 「え。あ、ああ…けど今トーマスを逃がしちまって、」 「何やってんだ馬鹿バッシュ!」 「っ…!」 キーン!鼓膜が破けてしまいそうとはまさにこの事。生まれて初めて怒鳴ったロマンの声に、思わず片目を瞑ってしまう。 「ロ、ロマン…?お前、」 「トーマスを逃がしたから怒っているんじゃない」 「え」 「何でまだ宮殿内に居るんだバッシュ。お前が今やるべき事はたった一つ。そうだろう。ラブレターの返事を示してきてくれ。空で」 「…!!」 いつものロマンらしい声に戻った。だから余計その言葉がバッシュの胸に棘の刺の如く突き刺さる。肩が小刻みに震えるからこんなの自分らしくないから、両手の拳を血が滲むくらい強く握り締めて自分を保つ。 「っ…、けど俺はカロリナを…」 「バッシュ。俺からお前への命令だ。返事を示してこい、空で。これは俺の側近であるお前へ国王からの命令であり、お前への親友からの頼みでもあるんだ。だからどうかカロリナの分まで…示してきてほしい。お前は俺の傍で付き添い護衛をしているような柄じゃない。空で闘うのがお前には一番似合っている」 「っ…」 ぐすっ…鼻を啜ると、此処には誰も居ないのにバッシュは力強く敬礼をした。 「了解!」 その頃の国王ロマン―――― ブツッ、 側近であり親友との通信を切ると、静かに目を瞑った。 「カロリナの分まで生きて還ってきてくれバッシュ…」 アンデグラウンド王国 リカーナ地方上空―――― 上がる悲鳴。上がる炎。こんなにも真っ青で快晴の夏空のはずが赤い。真っ赤だ。それは炎と言うよりも血の赤に似ている。イギリス軍B小隊の戦闘機全機が空へ上がる。 ガーッ、ガーッ イギリス軍戦闘機AN10のとある1機に繋がる通信。それを開くのは、エリザベス女王とロゼッタ少将と同じ銀色の髪をした少年。 「イーデン少尉、イーデン少尉。リカーナ地方の鎮圧状況88%。作戦をB2へ移行させる」 「り、了解…」 上官からの通信が途絶えれば次の作戦へ移行する為、B小隊の戦闘機全機が一斉に飛び立つ。だがイーデン機だけは自分達の手によって炎の海と化したリカーナ地方を機内上空から呆然と見下ろしていた。広げた両手が大きく震えて視線が定まらず揺れている。 「…な…こん、な…ルネみたいな…無抵抗の市民を…一方的になんて…こんなのただの…虐殺じゃないか…何で姉さんは…女王陛下は争いが嫌いって言ってたじゃないか…」 『イーデンちゃんも争いが無くなってほしいのですね?わたくしもですよ』 ドンッ! 機内のキーボードを拳で思い切り叩いたイーデンの手が震えていた。 「こんなの同じだ…こんなのルネと同じだ!ロゼッタ姉さん貴女なら僕の気持ちを分かってくれますよね…!?」 耳に装着した通信機の通信を今戦の指揮官へ繋げた。 アンデグラウンド王国 バリス地方上空――― ロゼッタ少将率いるA小隊がアンデグラウンド軍と交戦中だ。機体性能も軍人の腕も全てが勝っているはずのイギリス軍がここへきてアンデグラウンド軍に圧倒されている。認めたくはない軍人達だが現実を突き付けられ心は拒んでも、圧倒されているこの現実を身体は痛い程感じ取っている。 A小隊の中でも更に三つに分かれたのだが、アンデグラウンド軍は待ってましたとばかりに三つのポイントで待ち構えていたのだ。まるでこちらの戦略が相手に全て筒抜けているかの如く。 ビー!ビー! 「くっそ!格下のお前ら相手にてこずるわけにはいかないんだよ!」 機体右部破損の嫌なサイレンが鳴り止まぬ機内。中年のイギリス軍男性軍人は、フロントガラスの向こうから砲撃の発射口をこちらへ向けて猛スピードで飛行してくる2機の敵の内1機に標準を合わせる。 ピピッ… 円形の標準が敵1機をロックオンする。 「ははっ、ざまあみろアンデグラウンドォォオ!」 ドン!ドン! イギリス軍機とアンデグラウンド軍2機同時に放たれた砲撃の真っ赤な光が辺り一帯を照らしてすぐドン!と大きな爆発音と共に灰色の煙が充満し、敵味方両方の機体の視界をゼロにする。 ビー!ビー! そんな中、別のイギリス軍機内に敵機接近を知らせるサイレンが聞こえた。しかし先程の爆発の煙により、敵機を目が捕捉できないイギリス軍人。 「くそ!何処だ!一丁前に俺らイギリス軍に歯向かうお前達なんざ…っぐっ!?」 キィン!! 間一髪。煙の合間から姿を現したアンデグラウンド機の振り下ろしたサーベルを何とかこちらもサーベルで受け止めたイギリス機。煙の中、青い火花が両者のサーベルからバチバチ散る。 「っく…っそ!お前達みたいな弱小国家はおとなしく天下のイギリス様の狗になっていれば何も苦労しないはずだ!そうだろう、なぁ!?」 ガッ! 敵のサーベルを振り払えばこちらのもの。圧倒的戦力の高いイギリス機はすぐさま機体上部から三つのミサイル発射口を繰り出し、間髪空けず発射。しかし… 「何っ!?」 煙に紛れ、ミサイルを回避した敵機を見失ってしまった。 ビー!ビー! しかし機内にはまだ敵機接近のサイレンが鳴り響いているから、敵はすぐ其処に居るはず。 「後ろか!!」 ガッ! 正解。さすがは経験豊富なベテランだ。この視界ゼロの中、多方向からの戦争の音に紛れてこちらへ近付いてくる敵機の飛行音を聞き取り後方を振り向けば、ミサイルを回避した敵機と再びサーベルでぶつかり合う。 「はっ!お前達馬鹿だろう?戦闘機能の高さは勿論、接近戦でお前達のような弱小国家が俺達イギリス軍に勝てると思っているのか!」 ドッ! 再びイギリス機対アンデグラウンド機のサーベルでの交戦が繰り広げられる。素人が見てもイギリス軍が圧倒している事が一目で分かる。 「く…!」 「ははは!情けないぞアンデグラウンド!今まで言いなりになってきたのだ、今回もおとなしく支配下になっていれば衣食住も果ては命も落とす事になんてならなかったのにな!!」 「…っ、部…」 「何だ?命乞いか?」 音声のみの通信を繋げているとアンデグラウンド軍パイロットが苦しそうに息を荒げながらも何かをボソボソ呟いているのがイギリス軍パイロットの耳に留まった。しかし呪文を唱えているかのように小さな声なので、こんな戦禍じゃ聞き取れない。 「何だ?聞こえないぞ!」 「き…たい…中央から…左部…」 「命乞いの呪文を唱える前にこちらに集中しなければ命を落とす事になる事も分からないとは低能だな!」 「機体中央左部!」 「何だ?」 ドスッ…! アンデグラウンド軍パイロットが口から血を流しながらもカッ!と目を見開き力強く叫んだ次の瞬間。アンデグラウンド機のサーベルが、イギリス機機体中央左寄りの位置を一突き。貫いていた。機体中央左部そこは何を隠そうイギリス機パイロットが乗っているコックピット部分なのだ。所謂急所。 「っが……じょう…お…陛…下っ…」 ドンッ! 威勢の良かったイギリス軍パイロットの最期の言葉すら虚しく。コックピットを貫通された機体は真っ赤な炎を上げて宙に舞う藻屑となった。バラバラと火の粉と共に落下していくイギリス軍戦闘機の破片の雨を前に、アンデグラウンド軍パイロットは目が点。呆然。震える自分の両手を見た。 「俺が…俺がやったのか…?あの…あのイギリス軍を…やった…のか?」 左胸に手をあてる。 「ははは!はは…ははは!やった…本当だったんだ!イギリス軍戦闘機中央左部にはイギリス軍戦闘機の急所とも言えるコックピットがある…そこを攻撃すればイギリス軍に勝てる…本当だったんだ!あの戦略も、イギリス戦闘機の急所箇所も、本当だったんだ!バッシュが言っていたアレは本当だったんだ!神が我々アンデグラウンド王国へ救いの手を差し伸べてくれたんだ!あははは!!」 一方―――― 「くそ…!何故だ!何故我々の向かう作戦地点全てにアンデグラウンド軍が待機しているんだ!!」 「これはまるで…!」 「我々の戦略がアンデグラウンド軍へ漏洩しているかのようでは…ぐああ!」 機内上部に設置されているモニターには次々と同胞のイギリス機が撃墜され"LOST"と表示されていく。もう何機目かなんて忘れた。そのくらいイギリス軍は今、アンデグラウンド軍に圧倒されていた。 「……」 モニターを見つめるピンク色の瞳が切なく閉じる。同胞の機体がLOSTしていく様を敵機と交戦しながら見ているのは、今戦の指揮官である少将ロゼッタだ。 「少将!こちらD小隊サン地方3機ロスト、ぐあああ!」 「少将!こちらも合流ポイントで敵に待機されておりC小隊の被害は80%以上に上り、っがあああ!」 ピッ…、 次々と自分の機体へ繋がってくる部下達の断末魔。通信ボタンをOFFにした。眉間に皺を寄せて切なそうに顔を歪めるロゼッタ。 「悪い…全て私のせいじゃ…。こうなる事なんて分かっていたはずなのに…私の中途半端な正義のせいで…アンデグラウンドは助かっても…多くの同胞が命を落とす事になる事くらい…分かって…いたのに…私はっ…!」 「貰ったぜイギリス軍!」 ドンッ! 向かってきたアンデグラウンド軍2機を一瞬にして葬ったロゼッタ。フロントガラスの向こうで敵2機が破片となり、雨の如く地上へ落下して散る。アンデグラウンドの空が徐々にではあるが赤く染まっていく。しかしそれはアンデグラウンドが圧倒されているからではない。その様を上空から見下ろしてすぐ俯き、ロゼッタはキーボードに顔を伏せた。唇から血が滴る程噛み締めた彼女の肩が震えている。 「私はなんて愚かなのじゃ…!アンデグラウンドにこちらの情報を譲渡したせいで、圧倒された我が軍の被害が拡大したが故に我が軍を撤退させアンデグラウンド殲滅作戦も止めるような人間じゃない…女王陛下はそんな生温い人間じゃない事くらい分かっていたのに…!いや…私は分かっていなかったのかもしれんな…同胞が命を落とす事になる事も…女王陛下の事も…。しかし…そうじゃ…私が止めさせれば良いのじゃ…」 目を見開く。瞳孔が開ききっていて恐しい。 「そうじゃ。今戦の指揮官は私…。この戦場で私に命を下せる者は居らぬ。私が同胞達に停戦命令を下せば良いだけじゃ」 ――そうすれば帰国後、女王陛下から罰を受ける事になるじゃろう。しかしそんなもの痛くも痒くもなかろう。私の中途半端な正義の犠牲になった同胞の苦しみから比べたら、処刑されたって償いきれぬ罪じゃ…―― ロゼッタは顔を上げる。力強い眼差しだった。 「今戦の情報は恐らく今もう全世界に流れておる。そうなれば我が国は国際連盟軍から追放されるが、そのお陰で女王陛下が気付いてくれるかもしれぬ。こんな無意味な争いから足を洗ってくれるかもしれぬ。そして…」 まだ殲滅からは免れているアンデグラウンドを見下ろした。 「今私が停戦命令を下せばアンデグラウンドの殲滅も免れる。…はっ、私はルネ以上の馬鹿じゃな…」 「ロゼッタ少将!」 「!?イーデンか!」 繋がった通信にハッ!とすれば、自分の目の前に現れたイーデン機。彼はB小隊でリカーナ地方の殲滅任務中のはず。目を丸めるロゼッタの機内モニターに、コックピットに乗ったイーデンからの映像通信が繋げられた。 「なっ…イーデンお前は今B小隊でリカーナ地方の任務中のはずじゃ…!?」 「少将!少将なら分かってくれますよね!こんなのは戦争じゃない。ただの…ただの一方的な虐殺行為だという事を!」 「…!!」 いつも頼りなくて弱々しくくてとても軍人とは呼べぬ弟イーデンがモニター越しではあるが力強い戦士の顔をして自分に訴えてきた。自分と同じ思いを。揺らがない真っ直ぐな彼の瞳を目を丸めて見ていたらロゼッタは鼻で笑った。 「…はっ。イーデンお前は私似かもしれんな」 「え?あの、」 「私も今同じ事を思っていたところじゃ」 「少将…!」 ロゼッタの優しい眼差しに、イーデンの堅くなっていた表情が一瞬にして和らぐ。 「では…!」 「ああ。停戦命令を下そう。今戦の指揮官は私だからな」 ニヤリ。いつもの余裕たっぷりの姉にイーデンはホッ…と胸を撫で下ろす。一方のロゼッタは通信を全部下へ繋げる為の準備中だ。 「し、しかし少将…」 「姉さん、で良いぞ」 「え…!い、いえ!そうはなりません!今は作戦中です!」 「堅いとハゲるぞ」 「〜〜っ!余計なお世話です!!」 「で、何じゃ?」 カタカタ。部下達の通信番号をキーボードで打ち込んでいく。 「あ…はい!今少将が停戦命令を下しても、我が国が国際連盟軍同士兼同盟国であるアンデグラウンド王国を不当な理由で攻撃した情報は…」 「今頃全世界に流されているじゃろうな」 ロゼッタの一言に現実を突き付けられたイーデン。悲しそうに肩をがっくり落として俯いてしまう。 「まったく…。女王陛下は何を考えておるのか。こんな事をして領土を拡大し我が国の力を全世界に誇示できるとでも安易に考えているようじゃが、その逆じゃ。今回連盟国兼同盟国を裏切った我が国は連盟国のアメリカと中国からは勿論全世界から非難を受ける」 「アメリカと中国から宣戦布告されるのでしょうか…」 「それも考えたが、アメリカと中国は今ルネとの交戦で手一杯じゃ。それに元より国際連盟軍に仲間意識は無い。ただ、ルネの被害を母国が被る前に抑えるという同じ考えを持った国同士という理由で結んだ連盟じゃ。多勢の方が有利じゃろう?仲間がやられたからやり返せという意識はゼロに近い。しかし今回の我が国の愚かな行為により、確実に全世界から我が国への信頼はガタ落ちじゃ。それに伴い、国際連盟軍から何らかの処罰も食らうであろう」 カタカタ…。あと部下2人の通信番号を打ち込めば完了。というところでイーデンは俯いたまま呟いた。 「…で…すか」 「む?」 「何で…ですか。女王陛下は争いが嫌いって言っていたのに何でこんな…非人道的な事をしたのですか…」 擦れて今にも消えてしまいそうな弟イーデンの途切れ途切れの言葉に、ロゼッタは目尻を下げる。 「アンデグラウンドと同盟を結んだ当初からトーマスを此処へ送っていた。…知らなかったのじゃそれがどういう意味を持っていたかという事を。知らなかったのじゃ私とイーデンは…」 「え…」 「女王陛下の笑顔の裏に隠れていた戦争狂という本性を知らなかった…ただそれだけじゃ」 「そんな…」 ぐすっ…。イーデンが鼻を啜る音が聞こえる。モニターに映るイーデンは相変わらず俯いたままで肩を上下にひくつかせているから恐らく…だろう。 「泣くなイーデン。みっともないぞ」 「っぐ…すみま"…せん。しょ、少将っ…」 「何じゃ」 「女王陛下は…レイチェル姉さんは…裁かれるべきです…。っう…こ、こんなに犠牲を払ってまで母国を拡大させたいだなんてそんなの…そんなの愛国心とは言いません。そんなのただの…エゴだっ…」 「…私も同じじゃがな」 「ぐすっ、え…?」 「何でもない。よし。全部下への通信準備は完了じゃ。イーデンありがとな」 「いえ、僕は…!」 ロゼッタはとびきりの優しい笑顔をモニター越しのイーデンに向けた。上司ロゼッタではなく姉ロゼッタの笑顔を。 「帰国したら私が女王陛下と共に罰を受ける」 「そんな…!」 「落ち着いたらまた昔みたいに3人でロンドンへ買い物に行こうな」 「うっ…ぐすっ、はい!」 ガー、ガガッ、 生存している全部下への通信を繋げたロゼッタ。 「全隊員へ告げる。これは戦争ではない。ただの虐殺じゃ。ロゼッタ少将が命を下す。全隊員直ちに交戦をやめ、我が軍は停戦し、」 「今更よくそんな偉そうな事が言えますねぇ。…裏切り者が」 「なっ…トーマス!?」 何とロゼッタの通信をハッキングしたトーマスからの通信。モニターに映っていたイーデンの映像が1/3になったのに対してトーマスからの映像通信がモニターの2/3を占める。 目を見開いたロゼッタがもう一度全部下へ停戦命令を下そうと試みるが、通信機能が何故か突然エラーを起こしてしまって全く機能しない。そんな時モニター越し頭上から降ってくるのはトーマスの高笑い。 「はっはっは。無駄ですよ。貴女の機体はイギリス軍本部を出た時から、本国に居るウィルバース大将が全て操作できるようにしてもらいましたから」 「くっ…!トーマス貴様上官に対しこんな勝手な事をして良いと思っておるのか!!」 「勝手な事?ははっ。母国の機密情報を敵へ漏洩した貴女のような非国民に言われたくはありませんねぇ、ロゼッタ少将?」 「!!」 「ぼ、母国の機密情報を敵に…流した…?しょ、少将が…?」 イーデンの途切れ途切れの声にロゼッタはハッ!と顔を上げる。 「イーデン、私はっ…!」 「おやおや。ご存知ではありませんでしたかイーデン殿下?貴方が敬愛するロゼッタ姉上は、今戦の戦略と我が軍戦闘機の急所をアンデグラウンド軍へ流したのですよ」 「イーデン!!それはさっき言ったように私はこんな無意味な虐殺を行いたくなくてだな!我が軍が圧倒されれば女王陛下も停戦してくれると思って!!」 「おやおや。声が震えていらっしゃいますねぇロゼッタ少将」 「黙れ!!」 「嘘はいけませんよ嘘は。ましてや大切な弟さんに…いや、貴女にとったらイーデン殿下もイギリス国民も玩具でしかないかもしれませんねぇ」 「なっ…!?トーマス貴様何を言って…!」 「だってそうでしょう。国際連盟軍アンデグラウンド王国バーディッシュダルト・ジョン・ソーンヒル代表に好意を寄せていたが故に我が軍の情報をアンデグラウンド王国へ漏洩したのですから。ねぇ?」 「なっ…!?何を言っているトーマス!そんな出任せを…!!」 「出任せとはよく言ったものだなロゼッタ」 「…!?ウィルバースか…!?」 イギリス軍本部から繋がったウィルバース大将からの通信。イーデンとトーマスが映っていたモニターに上書きするかのようにウィルバースの映像がロゼッタ機内に映し出される。眉間に皺を寄せて鬼の形相のウィルバース大将の顔が。この映像も音声も今、イーデン機にも流れている。 すると、ウィルバースが手に持った数枚の写真。それは先日ロゼッタがバッシュに今戦の戦略が掲載された冊子を渡している場面はそのままの通りなのだが、他の写真は明らかに合成されていた。恋人のように腕組みをして歩いてなんていないしキスなんて持っての他だというのに、巧みなコンピュータ技術で合成された自分とバッシュの写真。それをウィルバースから見せ付けられたロゼッタは呆然。 ガー、ガガッ、 その時。モニターにウィルバースの映像が2/3で、残りの1/3はトーマスの映像が映し出される。トーマスはモニター越しで白い歯を見せにんまり笑っていた。 ――やられた…。全てはこいつが捏造した合成写真…。トーマスに騙されたウィルバースと女王陛下にこの写真が渡ったのか…―― 「見損なったぞロゼッタ…。お前は女王陛下に仕える為に王位継承権を捨ててまで軍隊に入り…長年共に戦ってきた同志ではないか…!それを…それを、こんなくだらないお前の感情一つで同胞や国を売るとは!お前もただの女だったんだな…。どうなんだロゼッタ…」 「……」 「どうなんだロゼッタ!!」 ウィルバースの怒鳴り声にイーデンは放心状態。トーマスは満面の笑み。ロゼッタは俯いていた。 「何とか言えロゼッタァアア!!」 「はは…はははは!!」 突然笑い声を上げたロゼッタにウィルバースは勿論、イーデンも目が点。トーマスだけは眉間に皺を寄せて見つめていたが。気味が悪い程の彼女の笑い声が3人の耳に響く。 「ロ、ロゼ…」 「今更気が付いたところでもう遅いじゃろう!我が軍の戦略も機体急所も既にアンデグラウンドへ伝わっておる!もう手遅れだというのに今更気付いて何を偉そうに!ははは!残念じゃったなぁ!」 「くっ…!ロゼッタ貴様!愛国心の欠片も無いこのっ…非国民め!!」 ブツッ! ウィルバースとイーデンからの通信を強制的に切ったロゼッタ。モニターには腹を抱えて高笑いをするトーマスの映像だけが映っているが、ロゼッタは俯くだけ。 「はっはっは!素晴らしい演技じゃあありませんか少将!どうでしたあの写真?近年稀に見る私の大傑作ですよ?!理由は違えど、貴女が我が軍の情報を敵へ漏洩した事には何の違いもありませんからねぇ!まあ本来貴女は、圧倒された我が軍を見兼ねた女王陛下がアンデグラウンド殲滅作戦をお考え直してくれるとでも考えたのでしょうけど、そんな生温いお方ではありませんからねぇ女王陛下は!女のクセに前線へ出て国際連盟軍代表になり、男の私へ偉そうに指示を下すような至極生意気な女の貴女にはお似合いの結末だと思いますよ非国民さん?あっはっはっは!!」 ブツッ! トーマスから切られた通信。しかし辺りの空域には自分とイーデンの機体しか見受けられない為、アンデグラウンド国内には居るが此処から離れた所に居るのだろうトーマスは。 ドン!ドン! 静まり返った機内には遠くからまだ止まぬ戦争の音が聞こえる。 ガー、ガガッ、 「ね、姉…さん…?」 ノイズ混じりで再び繋がったイーデンからの通信。俯いたまま応答するロゼッタ。自嘲混じりで。 「ごめんな…イーデン」 「姉さ、」 「おかしいと思ったじゃろう…」 「え…?」 「我が軍の作戦ポイントや向かう所全てに待ってましたとばかりにアンデグラウンドが待機しており、果てにはルネとアメリカに次ぐ軍事力の我が軍を圧倒している…。おかしいと思ったじゃろうイーデン…」 「そんな…それじゃあまさかウィルバース大将とトーマス少佐が言っていた事は…」 ロゼッタはようやく顔を上げた。貼りつけた笑顔を浮かべて。 「真実じゃ。私が、我が軍の情報をアンデグラウンドへ流した」 「っ…!!」 あのおとなしくて弱々しくて軍人とは思えない少女のようなイーデンの目が見開かれて目がつり上がる。 ドン! 「っぐ…!」 迷わず再起動させたイーデンはサーベルでロゼッタ機を攻撃するが擦っただけ。まだ迷いが見受けられる。モニターに映ったイーデンが目を見開き全身を震わせているのは怒りによるものかそれとも…。 「答えて下さい姉さん!本当に…本当に大将達が言っていた通りなのですか!?姉さんが情報を流したのは圧倒された我が軍を見兼ねた女王陛下がこんな虐殺行為をやめてくれると思っての行動だったのではないですか!?それなら貴女は非国民なんかじゃない!確かに貴女は軍の情報を敵へ流し、たくさんの軍人の皆さんが命を落とす原因を作った…けど!貴女は本当にイギリスという国を愛しているからこそ軍の情報を流したんだ!そうなのでしょう姉さん…いや、少将!!」 機内で俯いたままのロゼッタ。 「イーデンは利口じゃな…」 「え…?」 消え入りそうな声で呟いた言葉に、イーデンは目をぱちくり。 「圧倒された我が軍を見た女王陛下が今戦を諦めてくれれば…そう考える事に手一杯で、軍の情報を流せば同胞を身の危険に晒す事になるという単純な事すら見えていなかった私が全て悪い…」 ドン!ドン! 遠くからの戦争の音がだんだん近付いてくる。それは気のせいなんかではなく確かな事。 「…やっぱり」 「…?」 「やっぱり少将は誰よりも愛国心の強い御方です」 モニターに映るイーデンが笑った。もう彼らしかぬ鬼の形相なんかではなく、穏やかでまるで少女のような儚い笑顔。 「僕も罪を背負います。少将と女王陛下両方の罪を」 「な、何を言っているのじゃイーデン!いくら経緯がトーマスの捏造とは言え、私が敵に軍の情報を流した事は事実なのじゃぞ!」 「少将の機体通信システムが今大将に操作されていてこちらからの操作が不能で停戦命令が下せないのであれば、僕のこの機体を使って命令を下してください。貴女が敵に情報を流した事で多くの仲間が命を落とした…でもここで貴女が投げ出したら、その命すら無駄になってしまう。なら、やろうとした事を志を貫く義務が貴女にはあるのではないですか…!」 とても力強いのにどこか儚くてそんな弟イーデンをモニター越しに目を丸めて見つめていたら、自然と笑みが零れた。顔を上げたロゼッタにはすっかり笑みが浮かんでいた。 「はっ…馬鹿な姉2人を持って可哀想じゃったなイーデン」 「そんな事…」 「しばらく見ない間に随分と男前になったじゃないか。頼もしいぞ」 「お褒めのお言葉が頂けて光栄です少将!」 「ではお前が申してくれた通り、停戦命令を下す為に一先ずお前の機体へ移らせてもらう」 自分のコックピットハッチを開き、機内から外へ体を出した時。 「少将…いえ、姉さん」 「む?何じゃ」 「帰ったら3人で償いましょう。そして3人で国を守っていきましょう」 今からそちらの機体へ移るというのにわざわざ無線で伝えてきたのは、その言葉を多分彼は面と向かって言えないから故だろう。そんな弟の性格を知り尽くしているからこそ、ロゼッタは鼻で笑った。それは決して馬鹿にしているからなんかではなくて、微笑ましくて嬉しかったから。あの儚さ漂う弟が軍人としても人間としても心が立派に成長してくれた事がとても嬉しかったから。 「そうじゃな。陛下1人居たところで国は成り立たぬ。民が居てこその国じゃからな」 「はい!」 「けどなイーデン。決め台詞はモニター越しよりも面と向かって言った方がかっこ良いと思うぞ?」 「〜〜っ!そそ、それはそうなんですけどっ…!」 「はは、分かっておる。よし。ではお前の機体へ移る。そちらのコックピットハッチを開いてくれるか」 「はい!了か、」 ドン! 大きな爆風。機体の外へ出ていたロゼッタの小さな身体が吹き飛ばされてしまうところだった。しかし左腕で顔の前を覆い、右腕で自分の愛機AN22にしがみついた為なんとか爆風で空へ放り投げられる事は免れた。 [次へ#] [戻る] |