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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ガー、ガガッ、

「こちらカイドマルド都心部。抗戦の意志は見られず。どうぞ」
「了解。至急本国への報告願う」
辺りに舞っていた灰色のスモッグも晴れ、朝がやって来た。水色の雲一つない爽やかな初夏のとある日。上空から見下ろしたカイドマルド王国は焼け焦げた亡国と化していた。







































同時刻、
ルネ王国―――――

「何!?ダイラーとヴィルードンの奴が生存しており且つ、その2人がカイドマルドを焼き払っただと!?何という事だ…」
あれから約1ヶ月後。小鳥の囀りに心洗われる穏やかな夏空の下。
ルネ王国城。ルネ軍東京駐屯地よりアマドール・ドリー宛てにかかってきた国際電話内容に目を丸めたアマドールは、真っ黒な受話器を両手で静かに置く。


ガチャッ…、

両手の平をテーブルに付け俯く。肩が微かに震えていた。
「何て事…だ…。私が指示を下すまで行動を起こすなと言っていたというのにダイラーの奴…!これでは国王様からダイラーへの信頼が鰻登り…私への信頼は…?」
自分で言い欠けて気付いてしまいそうになるから、バタン!と力強く扉を閉めて部屋を後にした彼の背にはイラ立ちと不安が葛藤していた。































国王の部屋―――――

「何!?それは真かアマドール!」
「…真でございます国王様」
広くて天井が高く金色が目に痛い国王の自室。壇上の椅子に着くルヴィシアンの足下で跪くアマドールがカイドマルド王国の件を伝えれば、ルヴィシアンは真っ赤なその瞳を子供のように輝かせて勢い良く立ち上がる。
「アマドールお前…私がカイドマルドへ軍を送れと言った直後、早々に送ってくれていたというのか…?」
「勿論でございます。国王様のお望みとあらば、直ちに。国王様の権力は神からの授かり物…いえ、私はその王権神受説にも異論を唱えましょう。国王様は神よりも偉大でございますから」
「アマドールお前…!」
みるみる笑顔が浮かぶルヴィシアン。酔い痴れた表情を浮かべて目を瞑りながら息を吸い込む。両手を天高らかに上げた。
「素晴らしい!素晴らしいぞアマドール!さすがは我が側近!見直した!」
「そのような勿体なきお言葉、光栄に思います」
「宴だ!今宵は貴族共を招き盛大な宴を開こうではないか!」
椅子から立ち隣室の大きな衣装部屋へと歩み出す彼の後ろを微笑しながらついていくアマドール。
――そうだ…何も、真実ばかりを告げなくて良い。今回の件はあの馬鹿が私の指示を待たず勝手に起こした行動。しかしその結果が良いものであったからそれは私のモノとしてしまえば良いだけの事。…奴の功績を認めるのは腑に落ちないが…――
真実を貫き通す事が笑われるこんな時代なら…。





















ルヴィシアンの衣装部屋――――

此処もまた金色が輝く目に痛い衣装部屋。
「ところでアマドール」
ワインレッド色をしたコートを手に取ったルヴィシアンがこちらに顔を向ける。とても笑顔で。
「奴の方も勿論、宴の席にやって来るのだろう?」
――奴…そういえばヴィヴィアンの事は何も報告を受けていなかったな…――
まずい。こんなにも楽し気なルヴィシアンは久し振りに見たものだからあまりテキトーな事を言って、彼の笑顔を一瞬のモノで終わらせるわけにはいかない。目線は絶対彼から反らさないアマドールだが、会話がピタリと止まってしまったからルヴィシアンが尋ねてくる。ゆったりとした優しい声色。まだ辛うじて笑顔だ。
「…どうした?何かあったのか?」
"何か"をルヴィシアンが微妙に強調していた事にアマドールは気付いていただろうか…?
「それが…」


コンコン、

アマドールの低い声を遮ったノック音。まるでホールのような広い室内だからその音がやけに響く。
「国王様…」
「良い。入れてやれ」
訪ねてきた人間がまだ誰とも分からないのに…なんて心の中で呟きながら重たい扉をギィ…と音をたてて開けば、扉の向こうにはアンリエッタとアンジェリーナが居た。アンジェリーナは水色のドレスを持ち上げて満面の笑みでアマドールへと駆け寄る。
「やっほー!ぱぱ元気してたー?」
「ア、アンジェリーナ!国王様の居らっしゃる前ではしたない言葉を使うでない!」
「良い。気にするなアマドール」
「し、しかし…」
アマドールの後ろからこちらへ歩いてくるルヴィシアンを前にすれば、アンジェリーナはアマドールから離れてアンリエッタの隣に並んでドレスを持ち上げて丁寧に一礼する。
「お久し振りですねアンリエッタ叔母様」
「ふふ、嫌ですわ陛下。陛下に敬語を使って頂けるような人間ではありません事よ」
「うわあ!すごいねまま!陛下から敬語使われちゃったー!?」
「アンジェリーナ!」
「はは、そうカッカするなアマドール。アンジェリーナは私の可愛い可愛い良くできた従妹だ。昔はよく城の中庭で遊んだよな」
「覚えてますよー!陛下とヴィクトリアン様とあたしとメッテルニヒでよく追い駆けっこしましたよね!」
ヴィヴィアンの事は敢えて記憶から消して会話を続ける2人。
「ああ。アンジェリーナお前はなかなか足が速くて。はっはっは、さすがの私も追い付けなかった苦い思い出があるな」
「そうでしたー?あたしの記憶だとメッテルニヒの馬鹿がいっっちばんトロくてムカつきましたけどっ!」
「おいおい。アンジェリーナそれは言い過ぎではないか?メッテルニヒはお前の双子の弟だろう?」
アンジェリーナは後ろで両手を組み、つまらなさそうに口を尖らせ辺りを行ったり来たり。
「だってぇ。あいつあたし達を裏切ったんですもん。コーサ・ノストラは卑劣だ!なんて言って!ま、もう勘当されたからあいつはもう弟なんかじゃないしドリー家の人間でもありませんよ」
顔だけを彼等に向けて真っ白の歯を覗かせてニィッと笑うアンジェリーナの魔女さながらの笑顔には、さすがのルヴィシアンも一瞬背筋が凍ったそうな。






















「ゴホン。ところでアンリエッタ、アンジェリーナ。何をしに来た。国王様はお忙しいのだ。用があるのならば早急に且つ簡潔に述べろ」
「はい。国王陛下、先日カイドマルド王国は我々誇るべきルネ軍により鎮圧されました」
「そのようですね叔母様。とても喜ばしい事だ」
「しかし、先代ダビド国王陛下殺害犯の彼が戦闘中、自ら海へ身を投げ自殺したとのお話はお耳に入っていましたでしょうか?」
「何…!?」
凍り付く空気。バサバサと小鳥達が一斉に青空へ飛び立って行く音。木々が爽やかな風に吹かれ揺れて太陽の眩しい日差しが一筋の光の如く室内へ射し込む穏やかな日だというのに、室内の空気はとても重苦しい。
ルヴィシアンを背に立っているアマドールの背筋が凍り付く。冷や汗が頬を伝う。
――アンリエッタお前はこんな時に何を…!くっ…!奴が自殺…!?これではせっかく私の功績とした今回の件、奴を逃しましてや死んだとなれば私は偽りの発案者であるにしろ国王様から私への信頼が…信頼が!!――
「…アマドール」
「は、はっ!何用でございましょうか…!」
低く重たい声が背後から聞こえて、誰が見ても分かる程挙動不審に震えたアマドールの体。ルヴィシアンの声だけで殺されてしまいそう…と思う事は彼にとってみれば大袈裟でもなんでもないのだ。すると…
「しかしそれは誤報。つまり誤った報告だったのです」
「!?」
再び場の空気が一転。アンリエッタが優しい口調で発する重大な発言により。
「何!?それは一体どういう事でしょう。詳しく説明をお願いできますか、叔母様」
アンリエッタは微笑む。
「当時彼と交戦中だった軍人はダイラー将軍。交戦直後将軍は部下へ、無抵抗のカイドマルドを焼き払えと命じたのです」





















そこでアンジェリーナが背後からアンリエッタの左肩に腕を乗せて続きを話す。
「おっかしいと思いません?あのダイラー将軍ですよ?そりゃあ奴の居る国なんて一刻も早く焼き払いたい陛下のお気持ちも充っ分分かります。でもカイドマルドの民を皆殺しにしたら、今後其処を植民地とした時のカイドマルド人労働者が居なくなってしまって困りません?」
「確かに…そうだな」
再びアンリエッタが話す。
「それは勿論の事、こんな野蛮なやり方では国際連盟軍は勿論、ルネが他国からも冷ややかな目を向けられるのは確実です。…アマドール大将がダイラー将軍達へ出した指示それは"カイドマルドをルネの領地とし、残した人民をルネ軍事工場労働者として一生働かせる事"…なのに将軍がした事これは命令違反なのです」
――アンリエッタ、アンジェリーナお前達まさか…!――
自分はまだ軍へカイドマルドを攻める指示を下していなかった事を知っている2人が確実に話を合わせて自分の事を庇い、且つダイラーを悪者に仕立て上げてくれている事に気が付いたアマドールがハッ!と目を見開き顔を上げる。向けた視線の先で妻子は「完璧」とばかりに、アマドールにウインクをしていた。






















一方のルヴィシアンはというと、まさかの事実すら所々改竄されているとは知らず、怒りで顔がみるみる赤らみ体は震え出す。
「…という事はもしかしなくとも私の面子を考えず命令違反を犯したダイラーが私の許可無く自分判断で奴を殺し、私に責められるのが恐ろしくなり奴が自害したとの偽りの情報を流した…と?」
「そういう事になるんじゃないですかー?だって不思議じゃないですか。今まで逃げて逃げて他国の王様になって革命を起こしてまで生に縋りついて生きてきた奴がこの期に及んで自殺だなんて!ダイラー将軍が殺ったとしか考えられないですよ!理由はよく分かりませんけど」
「アマドール!!」
「は、はっ!」
驚いた。ルヴィシアンの怒鳴り声が響き渡ればアマドールとアンジェリーナはビクッ!と体を震わせる。だがアンリエッタだけは笑みを崩さなかったそうな。
「私の面子を崩し且つ私しか殺せぬ奴を殺したダイラーは反逆者…という事で良いのだな?」
ゴクリ…唾を飲み込んだアマドールの奥底で一瞬ほんの一瞬だがダイラーへの罪悪感で胸が痛んだ…かもしれなかったが、もう忘れた。
「…さようでございます国王様」
バッ!と右腕を横へ勢い良く振り上げた彼の真っ赤な瞳に怒りが渦巻いていた。
「直ちに奴を本国へ連れて来い!今宵の宴の主役としてやろうではないか反逆者ダイラー・ネス・エイソニア!!」







































城内廊下――――

「もう!ぱぱってば、もっとしっかりしてくれなきゃ駄目だよー?」
ルヴィシアンの衣装部屋を後にし、長い長い廊下を歩くアマドールとアンリエッタとアンジェリーナ。アマドールとアンリエッタが並んで歩くその後ろを、後ろで両手を組んだアンジェリーナが歩いている。
「ふふ。でもこれで陛下は貴方の失態を知らずに済む。そして罪は全てダイラー将軍が着るものとなりますよ」
「ああ…すまん。だがしかし、奴が死んだというのは本当なのか?結局のところ奴は自殺したのかそれともダイラーが撃ったのか?」
「恐らく自殺です」
「そうか…しかし何故今になって…」
「ぱぱって頭堅過ぎじゃなーい?確かにヴィヴィ君は逃げて逃げて這いつくばってでも生きてきたけど、城も無くなって自分の国ももう後がない!っとなればぁ!後はルネに殺されるだけでしょ?そんなのあのプライドの高いヴィヴィ君が許すと思う?」
「ふふ。さすがアンジェリーナね。好きだった殿方の性格は研究済みってところかしら」
「もーっ!ままってば!今はもう好きじゃないってば!ダビド叔父様殺しの重罪人なんて!今は別の人が気になってるってか・ん・じ!」
ふふっ、と微笑みくるりと一回転したアンジェリーナのドレスがバルーンのようにふわっと浮き上がる。
「ゴホン。とにかく。奴が死んだという事に間違いは無いようだな。しかしお前達。認めたくはないがダイラーの実力は確かなもの。あいつがこのまま陛下に殺されては、ルネ軍の戦力に欠けるのではないか?」
「あら?貴方が言ったじゃない」
「何?」
「ダイラー将軍は第三次世界大戦日本との戦闘前、陛下が出兵の許可を出していないにも関わらず出兵した。立派な軍規違反であるし何より陛下に逆らっている…違ったかしら? 」
そこで、アマドールの脳裏に蘇ったのはあの日ダイラーに怒鳴った己の言葉。

『なっ…!ダイラー貴様ルヴィシアン国王陛下の意見を最優先しないとは一体どういう事だ!』

――確かあれは、日本との戦闘に出兵する時、国王様が出兵許可を出していないにも関わらずダイラー達が出兵したのだったな――
「…そういう事か」
「もー!ぱぱもう物忘れ?老化早くない??」
「ふふ。アンジェリーナ。そんな事を言ってはいけませんよ」
「はーいっ」
口を尖らせたアンジェリーナは面白くなくなったのか1人でスタスタ歩いて行ってしまった。そんな彼女を見届けた後、アンリエッタは窓に手を触れて外に目を向ける。
「王政のこの国で陛下の行動に少しでも反発した愚か者は直ちに皆消し去る。それこそが私達コーサ・ノストラの使命ですから。ね?」
こちらに顔を向けた妻アンリエッタの笑顔がこれ程まで恐ろしいと感じたのは初めてであった。



































ルネ城内5階、
屋根裏部屋―――――


コンコン、

「やっほー元気してた?」
ギシギシ軋む木製階段をアンジェリーナが這いながら登っていけば、所々蜘蛛の巣の張った真っ暗な奥の背の低い扉を開く。


ギィッ…、

開かれた其処は身長10cmの人間が立つと頭が天井についてしまうであろうとても天井が低く且つ狭く薄暗い三角形の屋根裏部屋。唯一一つだけある真正面の小窓。その前にあるボロボロの木製机と椅子に着き何やらデスクワークをしている青髪長身の男アントワーヌが、アンジェリーナの方を振り向く。
この狭い空間には古びたベッドと木製のボロボロの机と椅子があるだけ。机の上に置ききれない分厚い本達が足の踏み場も無い程床に綺麗に積み上げられている。
「よっ、と!おっとっと」
床に置いてある本と本との僅かな間を爪先立ちしてアントワーヌの元まで辿り着き後ろに立つが、彼はすぐに背を向けてしまうとペンを片手に仕事を再開する。
「は〜あ〜っ!」
だからアンジェリーナは口を尖らせ腰に両手をあてて溜息。わざと聞こえるように。
――聞こえたところで無反応な事くらい分かっているけど!――
机に両手の平を着き、アントワーヌがカリカリ音をたててペンを走らせている書類を後ろから覗き込む。
「ねぇねぇ。何やってんの?陛下暗殺計画?議会派復活計画?あっ!それとも反王党派国民総出で王党派への反逆行為計画とか!」
カリカリカリカリ…。返事は相変わらず無く、ペンを走らせる音のみ。
「ふぅ。ま、いーやっ!ねぇアントワーヌ!貴方今いくつ?」
「29になります」
「へぇー!じゃあもう結婚とかしてる?」
「いえ」
「えー!意っがーい!あ。でも議会の仕事命!って感じだからそうでもないかー?ねぇねぇ!好きな人とかいる?どんな子がタイプ??」
「興味がありませんので」
相変わらず平坦な口調の彼にはさすがのアンジェリーナもムッとすると、わざと机の上に腰をかけて足をばたつかせ、上から目線でチラ、と彼を見下ろして魔女の笑みを浮かべた。




















アントワーヌはというと、彼女が今腰掛けた為下敷きとなった書類の続きに取り掛かれず手が止まる。…かと思えばすぐ、左手前に置いてある紺色の表紙をした古びた書物を開き、目にも止まらぬ速さで黙読しているではないか。そんな彼にアンジェリーナは目をぱちくり。
「…1秒たりとも無駄にしたくないって感じ…?」
「御察しの通りです」
「超堅物っ…」
はあ、と溜息を吐きつまらなそうに両腕を天井へ向けて伸ばし、伸びをしながら机からやっと降りた。
「アントワーヌってよく分からない人だよねー」
「それは貴女の方ですよアンジェリーナ嬢」
「うっそ!?どこが?」
「私の目付け役3人を外させ、貴女がわざわざ私の目付け役を1人でやるなど」
「あーそれ?だってあたしもコーサ・ノストラだしそのくらい余裕よ!ま、本当はアントワーヌと2人きりになりたかったってだけだったんだけどー…って、ちょっと聞いてる!?はーぁ。もう少し面白みある人だと思っていたんだけどな。ま、いーや!また来るねー」
――一生来なくて良い――
呟きは心の中に留めておいた。


ギィッ…、

ペンを走らせる傍ら、背後で扉の開く音をしっかり聞きながら、アンジェリーナがやっと部屋を出ていってくれる事に心底ホッとしていると。
「あ、そーだ!アントワーヌに言い忘れていた!ビッグニュースよビッグニュース!」
「…何でしょう」
扉の前でピタリと足を止める彼女は、アントワーヌの大きい背中に話し掛ける。
「ヴィヴィ君自殺したんだって!」
「そうですか」
「序でにカイドマルドも壊滅したからルネの仲間入り。つまり〜領地になったから!アントワーヌの反逆計画に役立つ情報だったでしょう?キャハハ!」


バタン、

魔女にも似た甲高い笑い声と階段を降りて行く足音が木製の薄い扉の向こうで遠くに聞こえていった。
パタン…分厚い本を閉じたアントワーヌはペンを走らせていた手を止める。
「議会派復活計画…」

































































カイドマルド王国―――

焼けた酷い臭いが充満する。まだ燻っている炎がバチバチと音をたてて地面に花を咲かせている。上空をぐるぐる旋回するのはルネ軍戦闘機。
「生存者はカイドマルド城跡へ集めろ。女子供全員だ」
「了解」
数人の部下へ司令を下してすぐ。旋回していたヴィルードン機は城跡へ機体を着陸させる。


ガコン、

ルネ軍により縄で拘束され20人で一繋ぎにされ連れられて来たカイドマルドの生存者。ボロボロに切れて薄汚れた服。両手両足から血が流れていても手当てを施してくれる人間など居らず。
「う…うぅ…陛下…我々のメシアヴィヴィアン陛下が必ずや我々を…我々を助けに…」
「黙ってしっかり歩け負け犬共が!」


ドッ!

「う"っ!」
老人であろうが女子供であろうが無駄口を利く人間は皆背後から1発蹴を入れられる。1発で利かないのならば利くまで。当然の事だ。このような光景が全世界へ流される事は無いけれど。
「ったく!どいつもこいつも奴をメシアメシア。お前等ァ!お前等が必死に助けを乞うメシアはなぁ!てめぇらの事なんざ考えもせず、己のプライドだけを優先して自ら命を絶ったんだ!」


ザワッ…

1人の気性の荒い中年男性のルネ軍人が怒鳴り声を上げれば、気力を失っているもののカイドマルド人達は目を見合わせては力無く首を横に振り、その事実を受け入れられずにいる。
「そんな…そんなっ…」
「いいや違う…陛下は野蛮で裏切り者のマラ教徒から我々を解放してくれた…」
「陛下はマラ教とも一つになろうとしていた心優しいメシア…」
「はぁ。…ったく。どいつもこいつも奴のシナリオを完成させる為の手駒に過ぎなかっただけだってのによ」
「恐らく彼等にとって奴が先代ダビド陛下を殺害した事は、彼等カイドマルドの敵である我々ルネを崩壊へ導いてくれたと勝手に思い込んでいるのでしょう」
「奴がそんな他者思いの善人だとは思えない。頭の蛆が涌いていない人間なら普通分かる事だというのにな」
「はは、カイドマルド人は頭の可哀想な人間ばかりなのですから仕方ないですよ」
「ところで少尉はまだか?将軍は…アレなんだろう」
「ええ…恐らくその件で立て込んでいるので、」
「遅れてしまい申し訳ありません」
「!」
背後から合流したヴィルードンの方を振り向けば2人の軍人は目を輝かせる。笑顔すら浮かんでいた。




















「おお!少尉ご無事だったのですね!」
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。情けなくも、長らく日本の捕虜とされており連絡がつかず…」
「いえ、そのような事は!ところで此処の植民地カイドマルド総督はまだ決定されていないのですよね」
「…俺です」
「え」
2人はもう一度振り返る。目を丸めて。
「植民地カイドマルド総督は俺ヴィルードン・スカー・ドルが任わせてもらう事になりました」
「そ、そうでしたか少尉。お疲れ様です」


カツン、コツン…、

ヴィルードンは集められたカイドマルド国民の前へ歩み出す。すると、宿敵いや、悪魔ルネ軍を前にした国民の死んだ魚の目が死の淵から生き返ったのだ。ただ、光はもう無かったが。
「お前か…!お前が陛下を!!」
「アンタ達のせいで子供も老人も皆皆死んだ!」
「国が死んだ!我々のカイドマルドが死んだんだ!」
「黙れ貴様等犬の分際が俺達ルネと同等に口を利けると思うな!」


ドッ!

鈍くて嫌な音がした。人が人を容赦無く蹴り付けた音。その光景を前に、一瞬だけヴィルードンは目を反らしてしまった。再び歩き出せば、集められた人間の顔を見下ろす。
――女性、子供、老人…。男は出兵した為ほとんどが死亡…といったところか――
「ウィリアム君!!」
「!?」
何故その名を。いや、しかし…。呼ばれた方を青い顔をしたヴィルードンが咄嗟に振り向けば、其処には顔に傷を負いいつも束ねていた髪を下ろして捕らえられたエドモンドの姿が。互いに目がこれでもかという程見開かれる。ヴィルードンの体が小刻みに震え出す。
――くっ…!こんな所で…!将軍とマリソンさん以外のルネ軍人は俺の素性を知らない…今此処に居るルネ軍の部下達に俺の素性を知られては…!――
「ウィリアム君!また君なのか!何故だ!何故君はルネの人間として母国カイドマルドを滅ぼし、ぐあ!」


ドサ、

「黙れ負け犬。人違いも甚だしい。彼はルネ軍人ヴィルードン少尉。貴様等のような負け犬国民と一緒にするな」
「きゃあ…!」
背後から蹴り倒されて後頭部に拳銃を突き付けられるエドモンドに、国民は皆悲鳴を上げている。
「かはっ…!ヴィルードン…それが君の新しい名なんだね…ウィリアム君…!」
「貴様!」
「よせ!殺すな!そいつはカイドマルド軍のトップだ!殺すなら情報を聞き出してからにしろ!」
珍しく声を張り上げたヴィルードンに部下達は、
「しかし…」
と呟きつつも、拳銃を下ろす。




















「ぐっ…そういう事か…」
「…何だ」
「やはりそういう事だったんだね…8年前の事だ。第三次世界大戦でルネ軍人の君と空で再会した時は半信半疑だったけれど、これでようやく確信した!」
「…何が言いたい」
エドモンドは狂者の如く目をカッ!と見開く。
「何が、じゃない!8年前マラ教徒を統率し、カイドマルド王室を襲撃した犯人はやはりウィリアム君、君なのだと!私には君以外考えられないんだ!」
「…理由は」
「理由!?そんなもの私が聞きたいくらいだ!あの日敬愛するヘンリー陛下もキャメロン様もジュリアンヌちゃんも死んだ…ダミアン様は足が不自由となり…そして死んだ…皆殺されたんだ!君に!裏切り者の君に!!」
「少尉。これ以上この者の抵抗を見てみぬ振りはできません。どうかご命令を」
先程の軍人が筋肉質な腕でエドモンドの首をぐっ、と締め付ける傍ら、空いている右手で構えた拳銃銃口をこめかみに突き付けて待っている。ヴィルードンから"エドモンドを殺せ"という命令が下されるのを。見つめてくる部下の瞳がとても力強いから反らしてしまいたい衝動に駆られる一方、エドモンドはらしくない狂者の瞳で睨んでくるから揺らいでしまう。もう、ウィリアムという名は捨てたというのに。ウィリアムである自分とヴィルードンである自分との葛藤。
「俺、は…」


ガー、ガー…

「通信…?」
助かった。小型通信機からノイズがしてそれを手に取れば、相手はアマドール。



















「こちらヴィルードン」
「少尉か。其処にダイラー将軍は居るか」
「…!いえ、それが…」
「どうした。負傷でもしたのか?陛下からのご命令だ。至急本国へ戻るよう将軍に伝えておけ。今回の功績を讃える宴に是が非でも出席させたいとのありがたい話だ」
ゴクリ…。ヴィルードンは唾を飲み込むと、静かに口を開いた。
「ダイラー将軍は今戦で自害致しました」
「何っ…!?」


ザワッ…

周囲に勿論筒抜けのヴィルードンの一言には通信相手のアマドールのみならずエドモンドやカイドマルド国民も驚愕。騒めき出す彼等に対しヴィルードンの部下達は肩を落として溜息を吐いていた。
「それは一体どういう事だ!真なのか!まさか奴を自害へ追い込んだ事が関係しているというのか!?それを重んじて自ら命を絶ったというのであればそれは責任感なんかではない!己が犯した失態により陛下から罰を受ける事を恐れただけの臆病者だ!」
もうダイラーは居ないというのに。まさかの事態にアマドールは自分がルヴシィアンに何か言われる事を恐れているからこその怒鳴り声だという事くらいヴィルードンも分かり切ってはいたが、居ないものは居ない。死者を蘇らせる事はできない。
「…申し訳ありま、」


ブツッ!

まだ謝罪の途中にも関わらず一方的に切られた通信から、アマドールが今いかに荒れているかという事が姿が見えなくとも分かる。
「はぁ…」
溜息を吐き、通信機を懐へしまった。






















「少尉…!」
「相当おかんむりっす。まあ無理も無いっすけど…とにかく。まだ生存者が残って居ないか隈無く捜索願います」
「はっ、了解!」
力強い敬礼をした部下達は各自戦闘機に搭乗すれば惨劇が見下ろせるカイドマルドの空へと散る。
「…この国をどうするつもりだウィリアム君…」
ゆっくり顔だけをエドモンドに向ける。
「その名は捨てた。俺の名はヴィルードン・スカー・ドル。ルネ軍少尉だ」
「何故母国を裏切った!答えろ!」
喚くエドモンドを見下ろす彼の冷たい黄緑色の瞳にはエドモンドでさえビクッ!と身震いして口籠もってしまった。一方のヴィルードンは背を向けて城跡の方へと歩き出す。
「此処は恐らく次期に我々ルネ軍軍事工場が建設されるだろう。その下でお前達カイドマルド人には働いてもらう。永久に」
「卑劣だ!ルネは卑劣だ!」
「…8年前の王室襲撃の真実を知らないお前は哀れだ。重罪人を崇め讃えていたのだから」
「なっ!?それは一体どういう意味だ!ウィリアム君!ウィリアム君!!この…裏切り者が!!」






























































ルネ王国――――

着々と宴の準備が整う。大ホールに用意された円形のいくつもあるテーブルの上には豪勢なフランス料理が並べられていく。
一方、ルヴシィアンの自室では仕立ててもらったばかりのワインレッド色をした服を着たルヴシィアンが笑顔を浮かべ、鏡台前の椅子に腰掛けている。髪や服を女中達に整えてもらっていると…。
「失礼…致します」
控えめな声で俯きがちのアマドールが入室してきた姿が鏡に映れば、ルヴシィアンは更に笑顔を浮かべる。満面の。
「おお!アマドールお前はまだそんなみすぼらしい服を着ていたのか。宴の席だぞ?お前もしっかり正装し、この私の側近として恥ずかしくないような姿で出席しろ。何せ今日は反逆者ダイラーの最期を見届ける最高の宴なのだからな」
「っ…それ、が…」
「どうした?」
「それが…ヴィルードンからの報告によるとダイラーは…ヴィヴィアンを自殺へ追いやった罰を恐れ己も自殺したとの事です…!」


ガシャン!

ルヴシィアンが持っていた手鏡が落ちて割れる。彼の足元に散らかるガラス片。
「…ハッ!」
ハッ!と目を見開いたアマドール。
「な、何をやっているお前達!すぐにガラス片を片付けろ!国王様がお怪我をされたらどうする!」
「は、はい!」
声を裏返らせた女中達は慌てて片付ける。一方のルヴシィアンは下を向いたままで肩が震えている。声を掛け辛い…なんて言っていられない。自分は彼の側近なのだ。幼き日からずっと。
「こ、国王様お気を確かに…」
「娯楽が減った…」
「え…」
「私の娯楽が!楽しみが!減った!これから私は何を楽しみに生きていけば良い!?」
淡々と機械のように言う彼の心情が全く読めない。
「国王さ、」
「アメリカ合衆国との戦は終わったか?」
「い、いえまだ…しかしニューヨークは既に壊滅状た、」
「国際連盟軍は潰したか?」
「いえ、それもまだ…」


ガタン!

椅子がひっくり返る。勢い良く立ち上がったルヴシィアンは据わった瞳でアマドールを睨んでいた。




















「まだだと言うのか!私はこんなにも有能な人間だというのに軍隊がこんなにも無能では意味が無いだろう!今すぐ18歳以上の男を出兵させろ!!」
「し、しかし徴兵制度の無い我国の人間では役不足、」
「それではそいつらが軍事に長けるまで私に待てと言うのか!私は今すぐ!今すぐにでも娯楽を欲している!奴もダイラーも死んだ!ならば国際連盟軍を潰す事で楽しみを得る以外娯楽は無い!どうせアマドールお前も国民も私を楽しませるだけの手駒に過ぎない。そうだろう!?」
いつもだった。いつもそうだった。彼はいつも聞いてきた。"これで合っている?私の考えはこれで合っている?"いつも、答えてきた。"貴方は何一つ間違ってはいないのだ"と。けれど、そんなアマドールも今回ばかりはすぐ縦に頷く事ができなくて。でも…
「国王様の仰る…通りです」
跪いて返した返答は心からのモノではなかった。
――手駒…。そう…私も軍も国民も…国王様の手駒。そのくらい分かっていた。彼に逆らえば己だけでなく親族全員の首が飛ぶ事も。分かって彼についてきたのだが…――


























「そんな…そんな…ヴィヴィアンもダイラー将軍も…死んだ?」


ガクン…!

部屋の扉の隙間からその光景と会話を見聞きしていたヴィクトリアンは崩れ落ちるようにその場に座り込んでしまう。体の震えが止まらず、扉に頭をつけて俯く。
「僕達はやっぱり…お兄様の手駒に過ぎなかったんだ…。なら…ならやっぱりマリーちゃんが言っていた事は本当だったんだ…お父様を殺したのはやっぱり…お兄様…」
静かに立ち上がると、覚束ない足取りでよろめきながらこの場を去る。


♪〜♪〜♪

「今宵の宴が楽しみですわね」
「ルヴィシアン様が開かれる宴は豪勢でいつも素晴らしいですから」
下の階からは今宵の宴に続々と集まった貴族達の話し声や会場からの優雅な音色が遠くに聞こえてくる薄暗い城内2階廊下。壁伝いに寄り掛かりながら空虚な瞳でトボトボ歩くヴィクトリアン。
「もしそうなら…そうなら僕は…僕はやっぱりルネ王室を…僕の手で…。お兄様のように統治力なんて無い…ヴィヴィアンのように学力も無い…何も無い僕だけど…僕が…僕が!」


ドン、

「申し訳ありません」
曲がり角を曲がってきた人物とぶつかり、ハッ!と我に返ったヴィクトリアンがゆっくり顔を上げる。空虚な瞳に映った長身の男アントワーヌ。



















ぶつかった事を謝罪するとたくさんの書類を抱えたアントワーヌは軽く一礼をして去って行こうとするから、ヴィクトリアンは咄嗟に後ろを振り向き、いつの間にか彼の深緑色のマントの裾を掴んでいた。


ぐいっ、

そんなヴィクトリアンへも冷静な対応のアントワーヌは傍から見たらご機嫌斜めな恐い人だが、彼にとったら至って普通の態度だし機嫌も普通。
「何でしょう」
「あ、あのっ!君は反王党派の人だよね!」
「…何の事でしょう。ヴィクトリアン殿下も御存知のように私はルネ国王直下部隊コーサ・ノストラの人間です」
くるりと背を向けてしまう彼に、ヴィクトリアンは今度は両手でマントを掴む。必死過ぎだ。
「待ってよ!でも君は議会派の人間でお兄様達と敵対していたんじゃないの?」
「人聞きの悪い。王党派の方々が少し間違えていただけなので指摘をしただけですよ」
「僕はルネ王室の崩壊を望んでいるんだ!ヴィヴィアンだってそうだった!」
「何を仰っているのか理解に苦しみます」
「君もそうなんじゃないの!?君のお父さんもお母さんも王党派に殺されたんだよね?復讐したくないの!?」
「…申し訳ありませんが私はこれからまだ仕事が残っておりますので失礼させて頂きます」
「っ…!僕はデイジー元王妃を殺したんだ!!」


ピタッ…

アントワーヌは足を止めると、振り返ってくれた。



















































































「Je suis sup・・rieur ・・ n'importe qui.Je suis Fils de Dieu.Si je meurs, c'est une fin mondiale.Par cons・・quent je suis plein de l'ultime.Dans l'ultime se conformer. Ultime, Ultime, Ultime…」




















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あきゅろす。
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