[携帯モード] [URL送信]

症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:2
「ゴホ!ゲホ!」
背後から聞こえたジャンヌとアンネの咳で思い出した。
――そういえばお荷物2人を乗せていたんだっけ――
忘れていた程自分に酔い痴れていた。
「大丈夫?」
「ゲホ、ゲホ…大丈、夫…わけ…ないでしょ!」
「へぇ。そんな事言えるんだ?すごいすごーい。元はと言えば、シビリアンのクセに無理難題を言って此処へやって来た君が悪いのにねー。僕が君だったらとても言えないなぁ」
「うっさいわね!その口縫うわよ!ゴホ!ゲホ!」
「どうぞどうぞ?縫えるものな、」


ドンッ!!

「っぐ!」
「きゃあ!」
迂闊。レーダーが感知し機体が敵接近のサイレンを鳴らすより先に、新手の攻撃を食らってしまった。機体頭部を鷲掴みされて機体ごと地へ押し倒される。同時に、ヴィヴィアン機の下敷きとなった軍本部第6格納庫が倒壊。
「なっ…!?」
モニターに目を向けると何と、敵機を示す赤の点が二つから三つに増えているではないか。目を見開いてすぐ敵機にオープンチャンネルを繋げる。モニターにはヘルメットをかぶった新手のパイロットメッテルニヒ少佐の姿が映った。
一方のメッテルニヒは、突然繋げられた通信且つ、対峙した敵があのヴィヴィアンだった為いつも挙動不審なメッテルニヒの目が泳いでいる。しかし一方のヴィヴィアンはそんな彼を嗤った。
「へぇ!メッテルニヒ君、君がルネ軍に?ドリー家は国王陛下秘密組織コーサ・ノストラへ入るのが決まりじゃなかったの?」


ドッ!

「ぐあ!」
怯んでいたメッテルニヒをサーベルで凪ぎ払えば解放される。


ドン!ドンッ!

機体を起こしてメッテルニヒ機に砲撃を繰り返せば、サーベルでそれを弾き返しながらも後退していくメッテルニヒ機。逃がすまい、と追うヴィヴィアンは目を見開き笑っている。とても楽しそうに。





















「ぐあああ!」
「ねぇ、どうしてルネ軍に入ったの?」
「っぐ…!コーサ・ノストラはっ…非人道的なやり方です!国王陛下に歯向かう者を組織の力で消し去る…そんなの独裁者のやる事!国民の事なんて何一つ考えちゃいないんです母さんも姉さんも!だから僕はルネ国民の剣となり盾となるルネ軍に入りました!!」
「はっ。ルネにそんな夢物語が通用すると思ってんの?民主主義の国に移民でもしたら?メッテルニヒ君!」


ドンッ!!

う"ああ!」
形勢逆転。機体下部から発射された1発のミサイルが見事メッテルニヒ機頭部を破壊。しかしヴィヴィアンは今、操縦していなかった…?ハッ!としたヴィヴィアンが咄嗟に後ろを振り向けば、其処にはもう1人の仮パイロットジャンヌの姿。メッテルニヒ機に今砲撃をしたのはジャンヌだったのだ。ヴィヴィアンは笑う。
「ナイス!」
「ふん!戦闘中お喋りに熱中して大丈夫なの!?」
「それだけ僕には余裕があるって事だよ」
「本当いけ好かない性格してるわよねあんた!」


ドン!ドンッ!

怯み体勢を崩したメッテルニヒ機に容赦なく攻撃する。一方のメッテルニヒ機の至る所から火花と灰色の煙が噴き出してくるから、笑う。
「ははは!ねぇ、何でこんなに弱いの?僕の従弟だとはとても思いたくないね!つまらない正義掲げて軍隊に入る奴なんてね、歴史に名も残せず散っていくだけなんだよ?せっかく産んでくれた両親の事も考えて人生設計立てたら!?」
「うあああ!」


バチバチバチ!

サーベルの先端が火花を上げて機体左部にわざとゆっくりゆっくりめり込んでいけば、モニター越しに見えるメッテルニヒは迫り来る死に叫ぶ。ゆっくり差し込んでいくサーベルからは青の火花。先端が機内を突き破り、操縦席のメッテルニヒへ届くまで後少し。その様子がモニターに映るからジャンヌは咄嗟にアンネの両目を手で覆い隠し、自分も強く目を瞑った。



















一方のヴィヴィアンは狂喜に満ちた目をこれでもかという程見開き、口は裂けんとばかりに嗤う。
「一瞬で殺したらつまんないだろ?世界一の軍隊と崇められる軍のルヴィシアンの犬達の泣き喚く声ってすっごく気持ち悪くてすっごく無様だよね!だからもっと泣き喚いてよ?無様な最期を僕が腹抱えて笑いながら見届けてあげるからさ!」
「それは俺達の台詞だ重罪人め!」


ドッ!!

「っあ"!!」
頭脳明晰文武両道…だからこそ己に酔い痴れてしまう所がヴィヴィアンの欠点。反応していた敵機感知のレーダー音など、彼の耳には届いていなかったのだ。頭上から援護にやって来たヴィルードン機にのしかかられ、大きな音をたてて倒れたヴィヴィアン機。
「メッテルニヒ少佐!ご無事ですか!」
「も、申し訳ありませんヴィルードン少尉…!そ、それより少尉!その敵パイロットは奴です、ダビド国王陛下殺害犯のヴィヴィアンです!」
「分かってます!だから今俺が…!」
ゆっくり引き抜かれたサーベル。刃先が、下で藻掻くヴィヴィアン機に向けられる。
「殺したくて堪らないっす。けど…奴を殺して良いのはルヴィシアン国王陛下のみ…!」
勢い良く振り上げたサーベル。しかし、振り下ろされるそれを左後方より現れた1機の深緑色のカイドマルド軍戦闘機が至近距離でヴィルードン機を発砲。


ドンッ!

しかもコックピット直撃故にヴィルードン機のフロントガラスが大破。
「ぐああ!」
割れたガラス片がヴィルードンの身体に突き刺さる。
「少尉!」
「敵を前にして背を見せるとはルネ軍で何を学んできたんだい?」
「しまった…!」
背後から援護にやって来たカイドマルド軍戦闘機の正体はエドモンド機。彼の悠長な声色がメッテルニヒ機の通信に繋げられた。



















情けなくも、敵のその声に我に返ったメッテルニヒがすぐに後ろを振り向けばサーベル同士ぶつかり合う。


キィン!!

「へえ。その体勢から振り向き様にサーベルを繰り出せるなんて、なかなかやれるようだね?」
「馬鹿にするな!負け犬カイドマルド軍の分際で!」
「はっはっは。負け犬、か…。久しぶりに私を怒らせてくれたようだねルネ軍!!」
「なっ…!?」
嘘だろう。互角でぶつかり合っていたサーベル。しかし一瞬の隙をついたエドモンドはサーベルでメッテルニヒ機を圧倒。僕は世界一の軍隊ルネ軍の人間なんだと天狗になっていたメッテルニヒ。カイドマルド軍なんて僕達の足元にも及ばないと思っていた。それがメッテルニヒの隙だったのだ。


ドドドド!

機体左右から繰り出されたミサイル。
「それはルネ軍戦闘機と同じ性能…!奴が我が軍の技術をカイドマルドに教えたんだ…!!」
再びヴィヴィアンをルヴィシアンへ献上する本来の目的を思い出せば、エドモンドの脇を擦り抜けようと前進するが…
「君達の考えならバレバレだよ」


キィン!

「くっ!」
サーベルで阻止された。彼を倒さねば先へ進めぬと理解し、今はひたすら彼との交戦に集中するメッテルニヒ。一方のエドモンドは顔に余裕が見受けられる。交戦する傍ら、後方で未だ横たわるヴィヴィアン機へ通信を入れる。
「ルネ君?寝るなら城へ戻ってからが良いと思うよ?」
「はっ…そうですね」
「軍本部への被害はおさまってきているよ。私がこの2機の相手をする。もう1機は大尉達に任せてあるから…」
「僕はおとなしく戦線離脱しろ、と?」
「分かっているんじゃないかぁ」
相変わらずこの人のマイペースは扱い辛くて、笑いながら溜め息が洩れる。




















「暴力的な人間や型にはまった人間は思考が読み易い故に扱い易い。けれど貴方のようなタイプの人間はとことん苦手ですよ」
「ん?何か言ったかい?」
「いいえ。何も、」


ドン!ドン!

「なっ…!?」
頭上から地鳴りのような爆発音がして、敵味方問わずこの場に居る皆が顔を上げる。何と、上空から火だるまと化したカイドマルド機4機がこちらへと落下してくるではないか。このままでは敵味方問わず4機の下敷きとなり…
「死ぬ…」
「全軍後退するんだ!」
拡声器を通したエドモンドの声が辺り一帯に響き渡ればカイドマルド軍は勿論、メッテルニヒはヴィルードン機を引き摺って最高速度でこの場から離れていく。一方のエドモンドも、ヴィヴィアン機をこの場から離れさせようと振り向いた。だが、落下してくる4機の向こうに見付けた闇夜に浮かぶルネ軍1機…つまりカイドマルド4機を火だるまと化させたパイロットの機体がヴィヴィアンの瞳に映れば…
「ルネ君!?」
エドモンド機が差し伸べた手を擦りヴィヴィアン機は、闇夜に浮かぶルネ機目掛けて急上昇。落下してくる火だるまを目にも止まらぬ速さで回避すれば、闇夜に浮かぶ1機のルネ機に自らサーベルでぶつかっていったではないか。
「ルネ君!くそっ!」
今すぐにでも彼を連れ戻したいエドモンドではあるが、何ぶん落下してくる火だるま達の下敷きになってしまいそうだからまずはこちらを回避する事で精一杯だった。
「くそ!こちらエドモンド将軍!陛下が上空で敵機と交戦中だ!誰でも良い!陛下を連れ戻してくれ!」
「できません!こちら軍本部第5格納庫、ルネ軍2機の猛攻を受けております!」
「くっ!さっきの奴らもう其処まで!!」
頭上を見上げた時もう其処にヴィヴィアン機とルネ機の姿は無かった。





























一方のヴィヴィアン――――


ドンッ!ドン!

闇夜を高速度で飛行し、互いに砲撃を繰り返していた。
「きゃああ!」
すっかりジャンヌ達の存在を忘れ、戦闘に夢中の彼にジャンヌ達の悲鳴は届かず。ヴィヴィアン機の攻撃を食らい一瞬隙を見せたルネ機にサーベルを振り上げるが、サーベルで食い止められてしまった。


ガー、ガガッ、

同時にオープンチャンネルを繋げればモニターに映し出されたルネ軍パイロットダイラーの姿に、ヴィヴィアンは待ってましたとばかりに狂喜の目を見開いて嗤った。
「やっぱりダイラーだったんだねぇ!良かったよ!ヴィルードンもメッテルニヒも遣り甲斐無くてさぁ!」


ガッ!

サーベルを振り上げるが、ダイラーは回避し尚且つサーベルでヴィヴィアン機頭部を一突き。頭部は火花をバチバチ鳴らして空中で大破。
「なっ…!?」
「貴様のようなお遊びの国王と戦争ごっこをしている暇は無いんだ。我々ルネも世界もな」
「く…!ふざけるな低能が!!」
珍しく戦闘中頭に血が昇ったヴィヴィアンはもう1本のサーベルを繰り出し、2本で猛攻に出る。普段滅多に繰り出さなかったもう1本を繰り出したという事は…。
「2本?しかし、いくつあったところで貴様の癖は知り尽くしてる。元同胞であり元王子であったからな。ダビド国王殺害犯!」
「っ…!まだ分からないのかお前も!!」
裏返った怒鳴り声は恐しいのに、ジャンヌもアンネも何もできずただただ呆然。モニター越しのダイラーも同様に。
「…私はずっと貴様に聞きたい事があった。陛下を殺害し、貴様は何を行うつもりだった?ただ単に王位に就きたかっただけか?それにしてはあまりにも無謀な手法だったと思うが」
「そんなの分かるわけ無いだろ!僕は父上を殺しちゃいない!何度言ったら分かるんだ!父上を殺したのは兄上だ、ルヴィシアンなんだよ!!」
「…陛下への侮辱罪も追加だな」
「だから僕じゃないとこれ以上言わせるな!!」



ドン!ドン!

何発も繰り出されるミサイルなのに、ダイラー機に1発も命中せず全弾回避されてしまう。頭に血が昇って我を忘れたら終わりだというのに…それが分かっていても感情を抑えきれないのは、ヴィヴィアンにとってダイラーの言葉が最も許せない事だから。
「王室ではやけにおとなしいと思っていたが、その野蛮な姿が貴様本来の姿か」
「隠してやっていたんだよ!本能のままにギャーギャー喚いて生きていく事なんて家畜にだってできる!そんなルヴィシアンやルネの人間とは、僕は違うんだ!ダイラーお前まだ分からないのか!ルヴィシアンの独裁政治により国際連盟軍まで発足した。世界一のルネも、今じゃ世界一の笑いものなんだよ!」
「そのような侮蔑許せん!」


キィン!!

離れたかと思えば再び激しくぶつかり合う互いのサーベル。
「それを言うならば、貴様が統治するこの国の事だろう!異国のましてや国王殺害犯の統治する国など今の今まで見放されていたではないか!」
「っぐ…!」
「魔王になってまで貴様は何がしたい!?異国の王でも良いか?やはり貴様はただ王位に就きたいだけの低能のようだな!!」
「違う!そんなんじゃない!僕は見返してやりたいんだ!」
「はっ、何をだ!言ってみろ!」
「産まれながらの地位を己が得たもののように、親の力を己の力のように誇示し、脚を組んで笑っている低能共を!知力も無いくせに親の富や地位だけで成り上がった低能共が高笑いしているこの世界を!!」
「貴様も王子だっただろう!矛盾だな!」
「僕は違う!僕は自らの力でここまで来たんだ!なのにこの世界は努力をした人間は、努力もしない富だけある馬鹿に笑われる!!」
「貴様だってそうしてきたであろう!」
「僕が笑ってきたのは富も無ければ地位も無い努力もしてこなかった人間だ!」
「…あまり喚くな。鼓膜が破れたらどうしてくれる」


ドンドン!!

「がはっ…!」
「ヴィヴィアン!!」
ダイラ1機から食らった砲撃が運悪く調度ヴィヴィアンが座る操縦席を直撃した。しかし1発くらいでは機体は破損しなかったものの、その強い衝撃により前のめりになった身体が強い力で機内に打ち付けられた為、腹部を打ったヴィヴィアンは血を吐く。




















心配したジャンヌが目を見開いた時。
「!!」
フロントガラスの向こうに見えたダイラー機の砲撃発射口がこちらを向いているではないか。ヴィヴィアンは前のめりになったまま両手の平で血を拭っていてそれに気付いてはいない。
――死ぬの?私は…――


ドッ!
「チッ…避けたか」
操縦席のレバーを咄嗟に動かしたジャンヌ。これが回避レバーだとは知らず自分から最も近い所にあったそれを操作しただけだったのだが、幸運にもダイラーの攻撃を回避する事に成功。
ハッ!と我に返ったヴィヴィアンが顔を上げてジャンヌの方を振り向けば、彼女は目を見開き青ざめた顔をして全身で呼吸していた。ドクン、ドクン…異常なまでに大きく鳴る彼女の鼓動。
「ベルディネ…!」
「はぁ、はぁ…ヴィヴィアンあんたねぇ!女の子が2人乗ってるんだからしっかりしなさいよ!」
この期に及んでも相変わらず強気な彼女に気付かされた。拭った血が口元や頬に生々しくべっとり付着するヴィヴィアンは目を丸めてジャンヌを見てから、笑った。
「そうだね…そうだった」
「そうだった、って何よ!忘れてたの!?…え!」


ガコン!

物音と同時にジャンヌとアンネの席が大きく揺れる。一方のヴィヴィアンは背を向けてキーボードを手早く打ち込んでいる。



















「ちょっ…何?壊れたんじゃない?大丈夫なのこれ!」
「大丈夫だよ。もう心配いらない。ベルディネ達に脱出ポットを使用したから」
「え?だ、脱出ポットって何よ!?」
「知らないの?戦闘機に必ず一つは装備されている機能。万が一の時、安全なポットに入ったまま機体から外へ脱出ができるんだ」
「一つ!?じゃああんたはどうすんのよ!」
「僕がそんな機能使うと思う?」
背を向けていつもの声色でそんな事を言うから、ジャンヌは思わず身を乗り出す。
「危ないよ」
「危ないよじゃないわよ!言ったでしょ、私もルネと戦わせなさいって!」
「うん。でも君達はお荷物だから」
「何よその言い方!今だってさっきだってあんたが危うく死んでいたところを私が何とかしてやったじゃない!それに…それにあんたが母国を恨んでいるように私もルネが大嫌い!私も貴族達が笑って見下すこの世界が大嫌いなのよ!」
「はは。変なところを見られちゃったみたいだね。でもさ、同じ考えの人と出会えただけで良かったよ。まあそれが君、ってところが難点だけど」
「ちょっと!言わせておけば…きゃ!」


ドン!

ダイラー機からの攻撃だ。機体が大きく揺れる。同時にジャンヌとアンネが着いている操縦席が箱状に覆われれば、ガラス張りの小窓の向こうでジャンヌが何度も手を叩きながら喚いている。
一方ヴィヴィアンはわざとダイラー機から距離をとりながら飛行する。彼が近くに居てはとても危険でジャンヌ達を脱出させられない…なんて、柄にもない己の行動に自嘲するけれど。
「ちょっと!何してんのよこの頭でっかち!私を逃がして今更良い人ぶってんじゃないわよこのっ、殺人者!」
脱出ポットの小窓をポットの中から電動で開いたジャンヌ。
「19、18、17…」
一方で、彼女に背を向けながら何やらカウントを始めるヴィヴィアンに、ジャンヌは何のカウントをしているのか分からず首を傾げる。だがすぐにそのカウントの意味を理解すればハッ!と目を見開き、身を乗り出してポットを中から叩いて蹴る。






















ドン!ドン!

「15、14…」
「たくさんの国を人を焼き払ったあんたはいつか報いを受けるわ!今は国王の座に就いているかもしれないけれど、いつか必ず天から罰が下されるの!!」
「8、9…」
「世界中の人から笑われて侮辱されるのがお似合いよ!私の国も何もかも奪ったあんたなんて…なんてっ…!!」
「6、5…」
「っく…!ヴィヴィアン…!」
「4、3…え?」
呼ばれて振り向いた瞬間。脱出ポットの小窓から伸ばしたジャンヌの両手がヴィヴィアンの両頬を掴む。彼の顔を引き寄せた彼女の唇が、振り向いた彼の唇と重なる。
ジャンヌからの突然のキスに驚いたヴィヴィアンが目を見開いている間にジャンヌの唇がすぐ離れれば、小窓は自動的に閉じてジャンヌ達を乗せた脱出ポットは機体後方から外へ勢い良く放り出される。


ガコン!

遠ざかっていくジャンヌの水色の瞳から溢れていたモノは、母国を滅ぼした敵を愛した自分が許せなかったからだろう。遠ざかっていく深緑色の戦闘機が霞んで見えるから静かに目を瞑った。
「初恋だったのに…」





























ガッ!

再びぶつかり合うヴィヴィアンとダイラーの機体。繰り返される爆撃。闇夜は爆撃による灰色の煙が充満しており、幾分視界がゼロに近い。
「こちらが貴様を殺せないからといっていい気になるなよ!」


ドン!

「っあ"!!」
チラッ…、とカイドマルド城が在る後方に目を向けるダイラー。一方ヴィヴィアン機は今食らったダイラー機の攻撃により、体勢を崩している。
「…貴様が此処に居るのならば、やり易いな。感謝するぞヴィヴィアン」
目にも止まらぬ速さで機内のキーボードを打てばダイラー機内モニターに発射を意味する単語が赤文字で表示される。


ドドドド!!

するとダイラー機機体下部から数発のミサイルが発射される。その熱を捉えたヴィヴィアン機内ではサイレンが鳴った為咄嗟に身構えるヴィヴィアンだったが…。
「な…!?」
何とダイラーはヴィヴィアンにではなく、後方へ向けてミサイルを発射したのだ。発射先は、光々と輝くライトに照らされたカイドマルド城。
「!!」
極限まで目を見開いたヴィヴィアンの全身から一瞬にして血の気が引く。咄嗟にレバーを押し倒し、前に立ちはだかるダイラー機をも回避し、カイドマルド城目掛けて最高速度で飛行する。
「エミリィィィ!!」


ドン!ドン!ドン!

ミサイルがカイドマルド城を直撃。その爆発音とダイラーに背を向けた迂闊なヴィヴィアン機の事を、背後から何度も何度も撃つダイラー機の砲撃音が重なる。


ドォン!!

辺りに灰色の煙を充満させながら一瞬にしてガラガラと崩れ落ちていくカイドマルド城。それはまるで映画のワンシーンさながら。これが映画ならばどれだけ良かった事か。



ビー!ビー!

一方のヴィヴィアン機は大破。左部にいたっては露出して外が見えている程。


ビー!ビー!

「う"…」
危険音が鳴り響く機内でキーボード上にだらん…と力無く伏せたヴィヴィアンは唸りながらゆっくり顔を上げる。頭部や額や口内からの出血でヘルメット内は血の海。前が真っ赤。逆流してくる。


カラン!

すぐにヘルメットを乱暴に取り、前のめりになってカイドマルド城を見るが、彼の瞳に映ったそれはもう城とは呼べない瓦礫の山。辺りに立ちこめる灰色のスモッグ。
「っ…!」
ガタガタ震え出す身体。頭部から伝う血がゆっくりと…だが着実にヴィヴィアンの顔を生々しい赤に染めていく。開ききった瞳が揺れていた。
「…そん、なっ…ミリー…エミ、リー…」


ビー!ビー!

「ハッ…!」
「戦場で敵に背を向けるという行為がどれだけ愚かな行為であるかという事は我が軍に滞在していた時学んだであろう!」
せっかく振り向いたのに振り向き様にする攻撃すら今のヴィヴィアンには思い浮かばなくて。逆に、振り向いてしまった事が不幸。


パリン!

「ぐあ"あ"!」
フロントガラスを3発銃で撃たれたヴィヴィアン機。ガラスの破片がヴィヴィアンに突き刺さり、尚且つ食らった攻撃の爆風まで食らう。それでも必死に、血の滴る両手で操縦をして飛行しながらミサイルを撃つ彼にはさすがのダイラーも驚くが、モニターに映った彼の有様を見たら、押そうとしていたミサイル発射のボタンから手を離してしまった。



















モニターに映っていた彼ヴィヴィアンは狂者の如く目を見開いており顔は真っ青。額や頭部や鼻から流れる血で真っ赤に染まりつつあるし、腕や腹部は真っ赤に滲んでいたからとても戦える状態ではなかった。それでも未だダイラー機を追い掛けてミサイルを繰り返すが…。


ガチャ、ガチャ、

ミサイル切れだ。ボタンを何度押してもミサイルはもう発射する事は無い。
「あれ…あれ?何でだよ、何で発射しないんだよ!ダイラーが…ルネが目の前に居るだろ!発射しろよ!攻撃しろよ!!」


ビー!ビー!

機体戦闘不能のサイレンが鳴り響く機内。ふと、上げた顔。血塗れの自分の顔が割れたフロントガラスに映ればヴィヴィアンは目を見開き、抱えた頭を何度も何度も横に振る。
「で…、何でこの僕がこんなに…?!何でこの僕が自分の血で濡れなければいけないんだ!」
露になった箇所から彼の半狂乱な姿を上空からただ眺めるダイラーのブラウンの瞳は据わっている。
「…こちらダイラー。奴の捕獲に入る。…はっ。何、心配するな。王もカイドマルド城も失ったこの国に最早勝ち目は無い」


ブツッ!

ヴィルードンに繋げた通信を切ると後方からゆっくりヴィヴィアン機に近付く。
「…だ…最悪のシナリオだ…僕がこんなっ…城が…エミリーがっ…」
「…ようやく捕らえたぞヴィヴィアン…」


ガッ!

ヴィヴィアン機を背後から鷲掴みにしたその時。
「何っ…!?」


ガンッ!

戦闘不能のはず。何とヴィヴィアン機は勢い良く振り向くと2本のサーベルをダイラー機に振り下ろしてきたのだ。
「お前らのような低能にどうしてエミリーが殺されなきゃいけなかったんだ!!」
これにはさすがのダイラーも慌てて回避し、すぐ乱射で対抗。
「く…!さすがはルネ軍で指揮官を務めた男…!しかし!」
闇雲にサーベルを振り回してくるだけのヴィヴィアン機後方に回り込み、再び発砲する。しかし、彼を殺さない程度に。




















「エミリー?それは確か貴様の子だったか。あの城に居たのか?はっ、調度良かったじゃないか。貴様のような悪魔の血を引く子など平和なこの世を乱すだけだ。排除されて当然」
「何も知らない下衆がふざけた事を言うな!あの子は!エミリーは祝福される為に産まれてきたんだ!」
振り向き様再びヴィヴィアン機はダイラー機にサーベルを振り落とそうとしたが、いとも簡単にダイラー機に2本を凪ぎ払われてしまい、サーベルは海中へ落下。ハッ!として顔を上げるヴィヴィアンをモニター越しに嗤うダイラー。
「残念だったな。貴様は捕らえられ不様に死ぬ運命なのだ」


ガッ!!

「ぐあ!」
今度こそ機体を鷲掴みされる。衝撃で前のめりになりキーボード上に伏せたヴィヴィアンの情けない様に、モニター越しで溜息すら吐くダイラー。
「不様過ぎてこちらが恥ずかしくなる」
鼻で笑い、再びヴィルードンへ無線を繋げた。
「そちらの状況は」
「軍本部はほぼ壊滅っす。それよりもカイドマルド城倒壊により、辺り一帯歩兵型のままでは進めません。今からメッテルニヒ少佐と共に将軍の居る位置まで空へ上がるっす」
「ああそうだな。何、急ぐ事は無い。今回の任務目的である奴を捕らえたのだからな。本国へ戻った時、刑を受けたヴィヴィアンの今以上の不様な姿が楽しみなところだ」
「お前ら低能に殺されるくらいなら自ら命を絶った方がマシだ…!」
「何っ!?ぐああ!」


ドン!

迂闊。鷲掴みにしていたヴィヴィアン機から至近距離で砲撃され、衝撃でヴィヴィアン機から手を放してしまったダイラー機。しかもこんな至近距離の砲撃であった為ヴィヴィアン機も被害を受けており、機体に砲撃の火が引火。
「なっ…!?」
ダイラーが咄嗟に顔を向けた時既に、オレンジ色の火が引火したヴィヴィアン機は軍本部裏にある大海へと墜落。…いや、自ら落下したのだ。あの言葉と共に。





















「ダイラー将軍!?何事っすか!今無線機の向こうで爆発音が、」
「ヴィルードン!メッテルニヒ!」
「は、はい!」
珍しく低い声で怒鳴ったダイラーの大きな声に、無線の向こうのヴィルードンもメッテルニヒも背筋が伸びる。一方のダイラーは機内で俯いたまま。
「…カイドマルドを焼き払え」
「え!そ、そんな事わざわざしなくても城は倒壊おまけに軍本部も壊滅。それに何より奴を捕らえたじゃありませんか!」
「上官の命令が聞けないのか!直ちにカイドマルドを焼き払え!!」
彼らしくない命令。怒鳴り声。ルヴィシアンに許しを得ていない今回の作戦に更にカイドマルドを焼き払うだなんて。動揺を隠せないがヴィルードンは唾をゴクリ…と飲み込む。
「…了解」


ダンッ!

ヴィルードンとの通信後、震える右手拳で機内モニターにヒビが入る程殴ったダイラーは俯いたまま飛び立つと、無抵抗なカイドマルドに上空からミサイルを発射。


ドンッ!!

1時間と経たない内にカイドマルドは火の海と化した。…そんな火の海と化した国の大海に、ヴィヴィアンが乗っていた深緑色戦闘機の焼けて破損した破片が浮かんでいたそうな。





































































同時刻、アメリカ合衆国
国際連盟軍ビル内―――

「…!ヴィヴィ様…?」
灰色の廊下を歩いていたマリーがふと立ち止まり後ろを振り向く。だが其処には誰も居なくて。
「如何なさいました官庁」
前方を歩く平和維持部官庁補佐のルーイに言われるが、マリーはまだ後ろを振り返ったまま。…しかしすぐ前に向き直った。
「いいえ…。疲れていたようですわ」
「無理もありません。ルネと我々の戦がここまで長期化しているのですから。あまりにもお疲れでしたらここは私にお任せ下さい」
「いえ…大丈夫ですわ。わたくしには戦わなければならない相手がいますから…」
ルーイと共にマリーは再びルネと国際連盟軍のゼロサムゲームに身を投じるのだった。





















[*前へ]

2/2ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!