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症候群-追放王子ト亡国王女-
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4年前――――

ルネ王国城内。玉座に着くダビド国王の前に跪いているのはヴィヴィアン第三王子。当時16歳。
「やあヴィヴィアン。マリー王女の様子はどうかな?」
椅子の肘置きに腕を乗せて頬杖を着く父王の笑み。それを見れずに下を向いたままのヴィヴィアン。
「それが…」
「どうやら彼女はまた、子を授かる事できなかったらしいね」
「っ…」
――知っていてわざと僕を呼んだのか…――
笑顔なのに口から吐かれる言葉は皮肉以外のなにものでもない。この場に居るダビドや彼の側近達には見られぬよう下げたヴィヴィアンの顔は歪んでいて、唇を強く噛み締めている。
「ユスティーヌ王国は然程大きな国ではないけれど貿易が活発で軍事面においては最新技術も充分評価できるとても素晴らしい国だ。しかし困ったね。肝心の王女様が子を授かりにくい体だと、彼女をヴィヴィアンの婚約者にした意味が泡となってしまう。せっかくユスティーヌ王国自体はもう我々ルネの手の内というところまできていたというのにね。残念ながらヴィヴィアン。これはもう次の婚約者を探す他、術は無いようだよ」
では次の婚約者を…と椅子に座ったまま、両脇に立つ大柄の側近2人に手を差し出す。側近よりダビドに手渡された書類には各国の王女の写真とその国と結んだ際の利益がフランス語で細かく記されている。書類を両手に、
「どちらにした方が国の為かな」
と呟く父王ダビドの姿を、静かに顔を上げたヴィヴィアンの真っ赤な瞳が揺れながら映す。






















自分でも分かる程小刻みに震え出すヴィヴィアンの体。今まで数え切れぬ程婚約者が居た。父王の決めた…。全て政略だったから婚約者の国がルネの思惑を悟り刃向かい戦争が起きてその婚約者との婚約が自動的に破棄されても今まで何も感じる事の無かったヴィヴィアンが、初めて父王に逆らいたいという強い思いに押し負けそうになる。だが、兄ルヴィシアンからどれだけ己の才を奪われ自分の物とされても逆らう行動に移さなかったヴィヴィアンの身体が勝手に動いていた。逆らいたいが逆らえない意志とは反対に。
「父上!」
天井がやたら高いからだろうか?結構な声量で響いた父王を呼ぶ自分の声に、自分でさえ目を見開き驚いてしまった。尚且つ今まで跪いていたはずなのに立ち上がり、紅色の絨毯の先の壇上で脚を組んで座る父王を見上げていた身体の勝手な動きに動揺を隠しきれない。
――なっ…僕は何故…――
「どうかしたかな、ヴィヴィアン」


ドクン…

いつもの声。父王の優しいいつもの声。…のはず。笑顔で向けられた、自分と同じ赤の瞳も妙に優し過ぎる。自分から父王に声を掛けたというのに、言葉が言葉となってくれず。


ドクン…ドクン…

口から出てしまいそうな煩い心臓の音しか聞こえてこない。そんな何も言わないヴィヴィアンにダビドは首を傾げ、頬杖を着きながら困ったように微笑。
「ヴィヴィアン?困ったね。私は暇では無いんだ。悪いけれど、用が無いのなら後にしてくれるかな」
側近に書類を返してこの場を去る準備を始める。ヴィヴィアンはぐっ、と両手拳を握り締めて口を開いた。
「父上!少し…後少し、僕とマリーに時間を下さい!」
…最悪だ。裏返ったその声は必死過ぎて逆にかっこ悪い。それに、産まれて初めて父王に逆らったものだから彼を直視できなくなってしまい、すぐに目線を足元へ落としてしまう。だが今の今まで岩のように重たかった体は不思議と軽くなっていた上、喉に支えていた物が取れたように感じたのは思い込みか、それとも…。





















「時間?それは一体どういう意味かな」
怯むな怯むな!せっかくここまで口を切ったんだ。好機じゃないか。思い切ったこの好機を最大限有効活用する為に残る必要なモノそれは、彼自身の勇気。
「マリーとの婚約の件です。彼女は確かに子を授かりにくい身体ですが、ユスティーヌ王国はここ数年での戦闘機技術の進歩も目まぐるしく、尚且つ小国にも関わらず貿易相手はインド、ドイツ、オーストラリアと、何処も大国ばかり。彼女だけが汚点ではありますが、父上の御計画でユスティーヌを誘い込めばルネはきっと今まで以上に貿易面での繁栄が期待されます。それに、ユスティーヌは小麦の輸出量が世界一です。最も小麦消費量の多い我国にとってユスティーヌは便利な駒でもありますし、ヨーロッパ以外の戦闘機技術を備えたユスティーヌの技術を盗めば、我国は何処の欧州諸国よりも一早く最新技術を得る事ができると思います」
…ハッ!と我に返った時にはこの広い広い室内は、しん…と静まり返っていた。夜である為昼間より静かで外からの虫の音しか聞こえてこない。この雰囲気は彼にとって重たい。また目線を足元へ落としてしまう。
――僕は今一体、父上に何を話してしまったのだろう…――
あまりにも口から言葉がペラペラと出るものだから言った本人ですら何を言ったか覚えていない。だから余計、父王の顔を見れずにいるのだが。
「そうだね。さすがはヴィヴィアンだ。ユスティーヌの事をよく勉強しているね。ルヴィシアンから教わったのかな?」
頭上から降ってくる父王の声が普段と変わらず優しいから不安はほんの少し取り除かれる。だが最後の一言だけ勘に障ったけれど…。
「勿体無いお言葉、ありがとうございます父上」
「はは。でもユスティーヌをダシに、マリーとの婚約破棄を恐れているのは些かあからさま過ぎる気もするよ、ヴィヴィアン?」
「っ…!」
最悪だ。だが、さすがはダビド。さすがは父親。子の言いたい事ならお見通し。…と言いたいところだが、ダビドが理想的な父親であるとはとても言い難いから、ヴィヴィアンの言い方があからさまだったのが原因だろう。






















すっかりお見通しだよ、といった父王の余裕ある笑みに見下されているようで、両手拳を握り締める。だが、逆らいたいなんて思わない。だって彼は自分の父親である以前に、世界一の大国ルネ王国の国王なのだから。
――産まれながらにして王子という地位を得ただけの僕が逆らえる資格なんて無いから――
一方、ダビドは長い脚を組み替える。
「そんな悲しそうな顔をしなくて良いんだよ。そうだね。私も少しせっかちだったようだ。ではあと3年。3年待つ事にしよう。確かにヴィヴィアンの言うように今のところ目ぼしい国でユスティーヌ以上の技術力や貿易力を持った国は無いからね。けれど、3年もあればその間にユスティーヌを越える国が現れるかもしれない」
「…はい」
「それに、3年もあればマリーが身籠るのに充分過ぎるからね」
何だかマリーの事は次いでな気がしてならないが、さすがは大らかなダビド。話が分かる。ヴィヴィアンはもう一度跪いた。
「ご配慮誠に感謝致します。父上…いえ、国王陛下のお心遣いはマリー・ユスティーにも伝えておく次第であります」
礼を述べて父王に背を向けて、重たい金の扉のノブを両手で引いた時。
「それにしても驚いたよ。戦争で人を殺しても婚約者の国を植民地としても表情一つ変える事の無かったヴィヴィアンがこんなにも恐しい顔をして私に逆らうなんて」
「っ!?も、申し訳ありませんでした…!」
「はは、冗談だよ。ヴィヴィアン。君はそんな顔を一切していなかったから安心しなさい」
…かかってしまった。父王の言葉に背筋が凍り付き全身から血の気が引いたから咄嗟に彼の方を向き直して跪いて必死に謝罪をするヴィヴィアンを、父王はいつもの優しい顔で嗤っていた。


パタン…、

「ふぅ…」
今度こそ部屋を後にしたヴィヴィアンは肩を落として息を吐く。何だかんだで結局我儘を聞いてもらえたのだから肩の荷はすっかり降りたし、これでまたマリーと一緒に居れる。しかし…

『表情一つ変える事の無かったヴィヴィアンがこんなにも恐しい顔をして私に逆らうなんて』

先程ダビドから言われた言葉にヴィヴィアンは珍しく歯をギリッ…、と鳴らして左手拳を握り締めた。
――表情を変えなかったんじゃない。変えられなくなっただけなんだ…!――



















































人気の無い22:35、
城内廊下――――――

永遠と続く廊下頭上には永遠と続く煌びやかなシャンデリア。


カツン、コツン、

暖色の明かりに照らされながら、自分の足音と虫の音しか聞こえてこない廊下を歩く足の速さが速くなる。
「良かった…。これでまだマリーと居られる…」
マリーと居られる時間が長らえた喜びが込み上げてくるから、久し振りに感情を表に現したヴィヴィアンが嬉しそうに笑みながら歩いていると。
「こんな夜分に1人で笑みながら歩いているだなんて我弟ながら気味の悪い奴だな、ヴィヴィアン?」
「…!兄、上…!」
通り過ぎた曲がり角から現れた兄ルヴィシアンの声にすぐに振り向いて深々頭を下げて丁寧に挨拶する彼を、ルヴィシアンは腕組をしながらブーツのヒールを鳴らして歩み寄る。理由も無く鼻で笑いながら見下してくるいつものその笑顔に頭を下げたままのヴィヴィアンの顔が、イラ立ちで酷く歪んでいたそうな。
「そういえばヴィヴィアン聞いてくれ!つい先日私の妾キャシーとメイリンの2人が私の子を身籠ってだな。父上はとても喜んで下さったんだ」
「それはとても喜ばしい事ですね兄上。おめでとうございます」
「はっ。そんな大袈裟に喜ぶ事ではないだろう?ルネ王室の王位継承権を持つ王子として、後継者問題で父上を心配させたくはないからな?」
「はは…そうですよね…」
ニヤリ。目線を落とした弟の事をルヴィシアンは嗤う。
「そうだヴィヴィアン。マリーはどうだ?最近顔を見せないようだが」
「元気ですよ、とても」
「そうか。それは良い事だな。はは、それにしてもまだ子供であんな脳天気且つ平和呆けした女の色気も無い王女が我が親愛なる弟ヴィヴィアンの婚約者に決まった時、私はお前を心底哀れんだよ。なんなら私の女を1人紹介してやろうか?」


ドクン…、

深く鳴った鼓動。ヴィヴィアンは満面の笑みで顔を上げた。
「本当ですか?お心遣いとても嬉しいです兄上。調度僕も、彼女のような子供が婚約者に決まった時は些か困っていました。しかし、父上はここ最近進歩を遂げるユスティーヌをとても気に入っていらっしゃる…。僕はルネ王国の為にマリー・ユスティーと結婚します」
「そうかそうか。ユスティーヌの進歩の事は私はよく分からんが。まあせいぜい、あのしがない王女で我慢し頑張るのだなヴィヴィアン」
「ありがとうございます」


カツン、コツン、

背を向けてヒールを鳴らして去って行くルヴィシアンの姿が見えなくなるまで、ずっとずっと頭を下げ続けるヴィヴィアンだった。






























バタン!

「くそっ…!」
自室へ戻れば、重たい扉を乱暴に閉めるヴィヴィアン。カーテンが開いたままのベッド脇の大きな窓ガラスから青い月明かりだけが射し込む真っ暗な自室。明かりを点ける気にもなれなくて、覚束ない足取りで部屋の中を歩きながらマントとコートを床へ脱ぎ捨て…ベッドへ辿り着く前に、部屋の中央にある椅子に力無く腰掛けた。


ドサッ…、

テーブルの上でうなだれながら、テーブル上の皿に盛られたロザリオビアンコや葡萄に手を伸ばして一粒もぎ取ってそれを潰す。


グシャッ!

彼の服と同じワインレッドの果汁が飛んでテーブルを汚すのもお構いなしに、ロザリオビアンコと葡萄を交互にもぎ取っては握り潰していく。
「ふざけるな…。何がしがない王女だ…お前が連れている女なんて所詮お前と同じ家畜以下の下衆な女ばかりだろ!!」


ガシャン!

テーブルを左手で強く叩けば、盛られた皿がひっくり返る。顔を伏せたヴィヴィアンの身体が震え出す。
「どれだけ僕を侮辱しようが嘲笑おうが構わない。だけど彼女だけは…マリーだけは…!」
「ヴィヴィアン様…?」
「…!マリー…」
暗闇の中。姿は見えないが部屋の入口から確かに聞こえたマリーの可愛らしく優しい声。






















「申し訳ありません。ノックしてもお返事が無かったものですから心配になって…」
「いや、構わないよ…」
まるで何事も無かったかのように顔を上げた時には、もうマリーはすぐ其処に居た。暗闇にしばらく居た為慣れた瞳が捉えたものは、テーブル上に散らかる潰れたロザリオビアンコと葡萄。そして血飛沫のように飛び散った果汁。
まだマリーが婚約者として迎え入れられて1年。しかも彼女はまだ14歳。ヴィヴィアンとの初対面があまり良い印象ではなかった為彼女が自分に対して挙動不審であるし、まだどこか心開けていない部分がある事くらい感じている。だからこそ、テーブル上の有様を見たマリーは両手を自分の胸元にあてて目が点。次第に紫の瞳が不安そうに揺れ始めたからヴィヴィアンはフッ…、と笑みそれらを布巾で拭い出す。決して慌てる事なく。すると…
「わ、わたくしが片付けますわ…!」
拭いていた左手の上にマリーの両手が重なるから顔を上げて目を丸めるけれど、空いている右手で彼女の両手をそっ…、と放す。
「いいよ。僕がした事だ」
何事も無かったかのように拭き取る。


しん…

その間の沈黙は彼にとっては苦で無くても彼女にとっては少なからず苦であったに違いない。まだ彼女の瞳からは不安が消えていない。
「わたくしのせい…ですか?」
「え?」
震える声に顔を上げる。目と目が合えばあからさまに反らされてしまうのは慣れっこだったから、マリーには気付かれぬよう笑ってしまったけれど。マリーがヴィヴィアンの婚約者となってから1年経ったとはいえ、まだ14歳のマリーにとって異国の地で初対面の人間との突然の婚約は不安で恐くて仕方ないのだろう。





















「どうかしたの?」
「わたくしが赤ちゃんのできにくい身体だから…ヴィヴィアン様は皆さんから悪口を言われているのですか…?最近ヴィヴィアン様、元気が無いようでしたので…」


ガサッ…、


「ギャア!ギャア!」
「…!」
窓の外すぐ其処に立っている大木の葉が音をたてて揺れた。直後、鳥の不気味な鳴き声が聞こえたので木々に居た鳥の仕業だろう。そんなものにすら怯えてビクッ!とするマリー。一方のヴィヴィアンは優しく微笑んでみせる。
「元気ならあるよ。でもそういう風に見えていたのならごめんね」
「い、いえ!ヴィヴィアン様が謝る事ではありませんわ!わたくしはそのっ…」
静かに立ち上がったヴィヴィアンにさえビクッと挙動不審だから、彼もさすがに傷付く。笑んでいたけど。テーブルに寄り掛かりながら、マリーの前に立つ。相変わらず彼女は目を合わせてはくれないが。
「マリーは嫌だった?」
「え…?」
「僕との婚約。嫌だったかな、って」
「そそ、そんな事ありませんわ!わ、わたくしのような小国の人間がこんなにも大きい国の王子様と婚約できて、心から喜ばしいですわ!」
「はは。それって僕の事には一切触れていないね…」
「!!もも、申し訳ございません!」
謝るものの、この空気にいてもたってもいられなくなったのだろう。くるりと背を向けて部屋を出て行こうとするマリーの白く肉付きの良い左腕を掴む。やはりまた挙動不審。





















「ごめんなさいごめんなさい…!」
「違う。謝るのは僕の方だ。ごめんね」
立ち止まってくれたマリーの腕を静かに放す。今度はヴィヴィアンの方が目線を下に落としてしまう。しかしどこか自嘲した笑みを浮かべて。
「わ、わたくし何かお気に障る事を申してしまいましたか…?それでしたら申し訳ございません…」
「マリーは悪くないよ。何も悪くない。…さっき言っていた子供の話だって誰もそんな事は言っていないしその事に関して僕は誰から何も言われていない。だからさ…どうしたら笑ってくれるかな?」
「え…」
「会った事も話した事もない僕なんかと突然婚約させられてマリーには本当に悪い事をしたと思っている。家族と一緒に居たかっただろうし、母国で暮らしていたかっただろうし。…好きな人が居ただろうし…」
「そんな…わたくしは…」
「こんな在り来たりな政略結婚で、ましてや好きでもない僕なんかと一緒に居るマリーがどんなに辛いかは分かっているつもりだけど…。僕は所詮ただの王子でしかなくて父上に逆らう事なんてできないから、マリーの為にこの婚約を破棄させる事すらできない。…だからせめて僕はマリー、君がずっと笑顔でいられるようにしたいんだ。…なんて偽善過ぎるかな?でもこれは僕の本心だよ。僕はマリーの事が好きなんだ」
彼女の不安そうな瞳をしっかり見つめながら言う。唯一の明かりであった月が真っ暗な雲に覆われた為、室内は本当に真っ暗になってしまった。一方のマリーはというと酷く動揺していて、すぐには頷けないところが彼女の答えなのだろう。それならそれで構わなかった。
「ルネ王室の王位継承権を持つ人間は最低でも1人は子孫を残さなければいけない。後継者の為に。マリーも知っているよね?」
「はい…」
ヴィヴィアンは天井のシャンデリアを見上げた。
「でも実際僕はそんな事どうでも良いんだ」
「え?」
マリーの事を見つめる。優しく微笑みながら。
「だからマリーにはその事で気に病んでほしくない。…かと言ってこの仕来たりを変える事なんてできない僕は口先だけの人間だと君に恨まれても仕方ないと分かっている。…万が一の事があっても僕はマリーとずっと一緒に居たい。時間がかかったって、いつかマリーが心から笑える毎日を作ってあげるから。…時間がかかったって構わないだから…」
微笑んでみせたけど、それは決して女をオトス笑みなんかじゃなくてただただ寂しい笑み。
「いつか僕を好きになってくれませんか?」










































現在――――

「陛下がそれではこの性の乱れた時代に示しがつかない…?はっ、笑わせるな。溝ネズミ以下のクズ共と僕達を同等に扱うな…!!」





























カイドマルド軍本部近郊――――

「何で私、追い掛けているんだろう…」
純白のドレスを持ち上げてヒールを鳴らして駆ける。軍本部から上がる炎のオレンジが広がるカイドマルドの夜空の下。城を飛び出したジャンヌは自分のこの行動の意味が自分でも理解できないながらも、その間に足は勝手に軍本部へと向かっている。その時ふと、先程見たヴィヴィアンの陰のある笑顔が脳裏を過れば、頬を一瞬赤らめて首を横に振る。
「別に!別にあいつを追う為じゃないわよ!ただ、どうしたらそうやって目的の為に生きれるのか方法を聞きたいだけ!!」
「お姉ちゃん…!」
「なっ…!アンネ!?」
足が止まった。この暗闇で軍本部からの爆発音が煩い中、アンネが自分を呼ぶ声がしたのだ。声のした方を向けば、修道院で待っているはずのアンネが何故か目の前に居た。目を見開いて駆け寄る。
「アンネ!1人でどうしてこんな所に、きゃあ!」


ドン!

軍本部からの爆風により吹き飛ばされてしまいそうになるアンネをしっかり抱き締める。2人が爆発音のした方へ顔を向ければ、先程とは別のヶ所から炎上。その上空では2機の悪魔。ギリッ…、と歯を鳴らすジャンヌ。
「あ、あのねお姉ちゃん。私、修道院のおばさんと一緒にすぐ其処の街で夕食のお買い物していたんだけど迷子になっちゃって…。お姉ちゃんが今お城に居るって聞いていたから会いに来たの…私迷惑だった…?」
「何言ってんの!そんな事あるわけないでしょ。でもねアンネ、此処でお別れよ。お別れなの…」
「え?どうして…」
アンネの細い両肩に手を乗せたジャンヌはアンネの寂しそうな瞳を前にしたら意志が揺らいでしまいそうになるが、唇を噛み締めて意を決す。
「私の命は、亡くなったベルディネ王国の為に戦わなきゃいけないの」
「戦う…?そんなの駄目だよ!死んじゃうんだよ!?」
アンネの大きな瞳からは大粒の涙が引っきりなしに溢れる。しかしジャンヌはもう決めた。



















アンネの背丈に合わせる為に屈んでいた身をジャンヌが起こせば、足元でオロオロするアンネ。
「お姉ちゃん?」
「…ごめんねアンネ。…すぐ其処にあるお城。中に居る黄土色の髪をした背の高くて優しそうなおじさんに声掛けてごらん。迷子になりました、って。その人なら多分優しいからアンネをちゃんと修道院へ帰してくれるわ」
背を向けた。
「お姉ちゃんは?ねぇ、お姉ちゃんも一緒に帰ろうよ!」
アンネの裏返った声を背に、燃え盛る軍本部へと駆け出す。
「お姉ちゃん!何処に行くの!お姉ちゃんもお兄ちゃんみたいに私の傍から居なくなっちゃうなんてもう嫌だよ!私を…アンネをもう1人にしないで!」
「ごめんね、アンネ…」
己のわがままでアンネをまた1人にさせるなら、その場凌ぎの情でこの子をルネから連れて来なければ良かったのに…。

















































同時刻―――――

「中尉以上の者、全員直ちに空へ上がれ!攻撃をしてでも陛下を戦場から連れ戻し、城内の安全な場所へお連れする事!ルネへの攻撃はそれからだ!」
「了解」
軍本部へと走らせる車内。助手席に無線機を放り投げたエドモンドの額から冷や汗が滴る。
「全く!ルネ君のゴーイングマイウェイなところには翻弄されっぱなしだよ!」
フッ、と微笑んだその表情にいつもの余裕は見受けられなかった。


ドン!ドン!

その間にも車窓の外では、軍本部から上がる炎の威力が増す一方だった。





























一方のダイラーと
ヴィルードン――――

「第2格納庫の敵機からの抵抗が激しく、少々時間がかかりま…ぐっ!」
飛行形態から歩兵型へと形を変えたヴィルードンの機体。交戦中ダイラーとの通信をとる余裕を見せていたのだがそれが仇となり、どうやら攻撃を食らった模様。そんな部下へ、無線の向こうの上司ダイラーは溜息。
「実況中継は不要だ。結果報告のみで構わん」
「了解」
通信を終え、第2格納庫で明らかにこちらの10倍の敵機の数を1機で相手し苦戦を強いられているヴィルードン機を上空から見下ろしてすぐ、ダイラーは己の機体も歩兵型へ変型させる。息をもつかせぬ速さで急降下。それを感知したカイドマルド機のレーダーから煩いくらいサイレンが鳴る。


ビー!ビー!

「後方に敵反応!卑劣なルネ軍め!」


ガッ!

振り向き様、カイドマルド機とダイラー機はサーベルとサーベルでぶつかり合う。ダイラー機の援護を機内レーダーで感知したヴィルードンは思わず振り向く。
「将軍!?カイドマルド城へ向かったのではなかったんすか!」
「馬鹿者。1年間も捕虜であった故にシビリアン並みまでレベルの下がったお前1人に此処を任せては、我々の勝利は見えてこない」
「将軍…!そのお気持ち光栄っす!」
「はっ…」
言い方は皮肉だが、その言葉の裏にダイラーの優しさを感じたヴィルードンの顔に光が差し込む。すぐに戦士の顔へ切り替わる。
「交戦中に通信取り合ってんじゃねぇぇ!!」
「…口が悪過ぎるぞカイドマルド兵」


ドスッ!

ダイラーとやり合っていた敵機をサーベルで冷静に横真っ二つ。


ドォン!!

直後、爆破した機体の灰色の煙が辺りに広がる。それを最大限有効活用しよう。同胞の機体の爆発によりスモッグで辺りが見えなくなってしまったカイドマルド機達が動揺して立ち尽くしている隙を、ダイラー機は高速度で1機、5機…次々とサーベルで真っ二つに切り裂いていく。背後で爆破し散っていく敵の方を見向きもせず、次の敵へと立ち向かう。
「将軍!」
「全く。長期戦線離脱していたお前へのリバビリ代わりになると思い、お前1人に任せようと思っていたがこれではさすがにリバビリと言うより実戦だな」
ダイラー機とヴィルードン機は背中合わせになる。左右から向かってくる敵。2人は不敵に笑んだ。
「将軍。陛下からの命令も無しに勝手な事をして、アマドール大将は勿論、陛下にも殺されるっすね。俺達」
「違うな。勝利を納め、奴を連れ帰れば逆に陛下から誉め讃えられるだろう」
「…それ。陛下の事を遠回しに単純って言ってません?」
ダイラーは、笑う。
「お前、本国へ帰ったらその事を陛下に伝えるぞ」
「無理っすよ!」
「では聞いていなかった事にするから、この戦…是が非でも勝利を納めるぞ」
「了解!マリソン大将の為にも…!」
構えた2人のサーベルが敵機を次々と凪ぎ払っていくのだった。









































一方、
軍本部第4格納庫―――

裳抜けの殻状態。ルネ軍の攻撃により、本部の軍人が出計らっているのだ。


ドォン!ドン!

すぐ其処からの、鼓膜が破れてしまいそうな爆発音が煩いこの第4格納庫内で1人ヴィヴィアンは、残っている戦闘機へと駆ける。ルネの攻撃に揺れる地面に足を踏張りながら。
「ふぅ。皆が出計らった後で良かったよ。見つかったら城へ戻されそうだからね」
こんな状況下だからこそ笑む。己の実力を戦場で発揮できるからうずうずしているのだろう。


ザッ…

「!?」
爆発音に掻き消されそうな背後からの僅かな物音にも気が付き瞬時に後ろを振り向いたヴィヴィアンの目がある意味で見開かれる。赤の瞳に映ったのは、この場に不相応なジャンヌの姿。
「なっ、何しに来たんだよ!?」
「私もルネと戦う!」
「は!?」
「お姉ちゃん…!」
「!!」
「アンネ!?」
…有り得ない。軍本部にシビリアンが2人だなんて。ジャンヌを追ってきた息切れするアンネも登場。頭痛がするヴィヴィアンは大きな溜息を吐き、額に手をあてる。
「最悪だ…」
とにかくこの2人をどうにかしなければ。ジャンヌに至ってはルネと戦うだなんて夢物語を語っているし。
「…とにかく。今軍の人間を呼ぶから指示に従って此処から離れるんだ。此処は戦場。君達シビリアンの来る所じゃな、」


ドン!!

「うわああん!」
「きゃああ!」
最低最悪。第4格納庫の鉄の扉がいとも簡単に吹き飛び、入口が半壊。辺りの地面にはオレンジの炎が咲く。現れたのは、真っ黒く光る歩兵型のルネ軍戦闘機がすぐ其処に1機。悪い事は重なる…それが人生。
――しかし、それを乗り越えられるか否かによってその人間の価値が決まる――



















「あっ!」
舌打ちする暇も無い。ヴィヴィアンは、アンネと手を繋いだジャンヌの左腕を力強く引っ張って共に戦闘機に乗り込む。本来ならスピードも威力も高い1人用の戦闘機に乗りたかったが、こんな状況だ。幸い残っていた2人用の不恰好な戦闘機に乗り込んですぐ、機内手前のキーボードを目にも止まらぬ速さで打っていけば起動する機体。1人用よりスピードも威力も劣るこの機体だから…なんて言い訳はできないし、ハンデがあろうと真の天才ならばどんな機体でも乗りこなせるはず。
「全く。本当にお荷物だよ君達」
「何ですって!?きゃ!」
自分の真後ろの操縦席に着いたジャンヌのベルトを固定してヘルメットをかぶせてやれば、機体調整に入る。
「君はしっかりアンネを抱いていて」
「他に私は何をすれば良いの!?」
操縦席身の回りのレバーやボタンを見ながら真顔で言ってくる彼女にはもう面白い皮肉すら思いつかない。
「はぁ…。か弱い女の子を戦わせるわけにはいきませんよ」
なんて、これっぽっちも思っていないけれど。


ドン!ドンッ!

その間にも前方にルネ機が砲撃してくる。ヴィヴィアンがすぐにレバーを思い切り前へ押し倒せば機体は左右へ高速度で動き、その速さはルネ機をも翻弄。一方、乗り慣れていないジャンヌとアンネはこの速さと揺れにもう顔が真っ青になっているが。
「そのお荷物を見捨てられない僕はまだ悪役でしかないのかな」
ハッ、と自嘲。ルネ機の背後にまわり間合いをとる為、砲撃を3発食らわせる。


ドン!ドンッ!ドン!

よろめいた敵ルネ機を誘い、まずはこの狭い空間から敵を外へ引き摺り出す事に成功。
「乗った!」
誘いに乗ったルネ敵はヴィヴィアン機目掛けてサーベルを繰り出してくる。そこで敵機同様にサーベルを繰り出す事はせず何と…
「浮いた!?」
瞬時に飛行形体へと変型したヴィヴィアン機。ルネ機が呆気にとられている隙に浮き上がった機体で、上空からルネ機目掛けて機体下部からミサイルを連射。


ドン!ドン!

爆発音と共に辺りに灰色の煙が立ち込める。























「ゴホ!ゴホ!…やったの!?」
「いや、まだだ」
酔いながらも口を覆ったジャンヌからの問いに答えるヴィヴィアンだが、視線はルネ機から一瞬たりとも離さない。それは正解だった。すぐ様フロントガラスの向こうに映ったのは、こちら目掛けて飛行形体へと変型したルネ機がサーベルでこちらへ急上昇してくる姿。


ガッ!

空中で互いのサーベルがぶつかり合い、青の火花が散る。
「きゃああ!」
「ルネ軍の機体はあの程度じゃ破壊しない…」
「随分敵機の性能に詳しいっすね」
「はっ、当たり前だろ?僕はルネの王子様だったんだから」
いつの間にか互いが繋げていた通信。音声のみだが声だけで分かる。今ヴィヴィアンがやり合っている敵はヴィルードンだ。
「他国の王になってまで遣り遂げたい目的は何なんすか!」


ガッ!

さすがは世界一の軍隊戦闘機。パワーに圧倒されてしまうが、それだけでヴィヴィアンは怯まない。
「目的?ははは…あはは!簡単だよ!兄上のような馬鹿が踏ん反り返って僕のような才ある人間がひれ伏すこの間違った世界に思い知らせてやる為!」


ドン!ドン!

サーベルでの交戦中にも関わらず機体下部からミサイルを発射すればミサイルは三方向に飛び、ヴィルードン機を攻撃。
「ぐっ!新装備か!?」
「感心してる暇は無いんじゃないの!?」
「なっ…!」
ミサイルの回避にてこずっている間にも、ヴィヴィアン機のサーベル先端がヴィルードン機コックピット目掛けて振り落とされる…が、直前で回避成功。さすがのヴィルードンでも間一髪だった。1年ものブランクで反応が鈍っている己に絶望を感じながらも、立ち止まってはいられない。お互い軍本部上空を目にも止まらぬ高速度で飛行しながらミサイルや爆撃で攻撃。その光景は遠くから見たら、光と光がぶつかり合っているかの様。




















「っぐ…!先代カイドマルド国王を公開処刑したのもお前か!」
「そうだよ。それがどうかしたの?最高のショーだったなぁ」
「く…!お前がダミアンを殺した!」
「は?何をムキになっているんだよ?」
「あいつは…あいつは俺が殺さなきゃ、決着を着けなければいけない敵だったんだ!」
「何ごちゃごちゃ言ってんの?ああそうか。確か過去のカイドマルド戦で負傷させられたから根に持っていたんだっけ?でもそれだけでしょ?根に持ち過ぎじゃない?」


ドン!ドン!

「ぐあああっ!」
最低だ。私情で頭に血が昇ったヴィルードンは普段なら簡単に避けられたはずの爆撃さえ、おもむろに食らってしまった。


ビー!ビー!

機内では右部破損を知らせる嫌なブザーが鳴り響く。そんな彼らしくない様子に首を傾げつつも…。
「好機を逃したら負けだからね」
白い歯を見せて笑んだと同時に、ミサイル発射ボタンを押そうとする。
「ルネ君!」
「エドモンド…」
その時モニターに映し出された映像にはエドモンドが映っていた。
「どうかしたの?」
「どうかしたじゃないよルネ君!君は今何処に居るんだい?まさか…」
「はは、そのまさかだよ」
「はぁ…だろうね。戻って来いと言ったって言う事を聞いてくれないのは分かり切っているよ」
「だって僕は王様だから」
「はいはいそうだね。ところで状況は軍本部第1、第2、第4格納庫が炎上だ。私も今到着し合流したよ。どうやら敵勢力は戦闘機2機のみ」
「これって馬鹿にされているのかな?」
「どうだろう?」
ヴィヴィアンは言葉の代わりに不気味な笑みで返答。





















「とにかくあまり無茶だけはしないでおくれよ。ルネ君は国王なんだから!」
「はいはい。分かったよ」
通信が切れたタイミングと調度良く持ち直したヴィルードン機がサーベルを振り上げてきた。ヴィヴィアンは間合いをとり、ミサイルを発射。ルネ軍時のミサイル構造を改良して作らせた高性能のソレにヴィルードンは苦戦。
「これで終わりだルヴィシアンの犬が!」


ドン!ドン!

ミサイルが命中。灰色の煙の向こうに隠れたヴィルードン機を見下して鼻で笑う。軍本部の援護へまわる為、降下するヴィヴィアン機。
「エドモンドが合流したからかな?あれから被害が拡大していない」
軍本部を見下ろしながら呟く。やはりさすがのルネ機でも2機だけでは力不足なのだろう。格納庫を炎上されたものの、今はカイドマルド軍の方が優勢である事は間違いない。
「つまんないなぁ。もう1機のパイロットは誰かな?ダイラークラスの奴だとやり甲斐があるんだけど。いや、ダイラーが良いな。あいつを墜とせばまたルヴィシアンに見せ付ける事ができる…世界に見せ付ける事ができる。誰が最も優れた人間なのかを。この世界がいかに間違っているのかを!」
高笑いが響く機内。





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