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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「左手の人差し指が、やったー!とか嬉しい時のサイン」
ガイから森へ戻る向かう暗い道程をジャンヌは1人楽しそうにしていた。どうやら幼い頃に自分で勝手に考えた、まだ誰にも教えた事の無い、手で表すサインらしい。
手を動かし説明を添えてヴィヴィアンと少女に伝わるよう、必死に話している姿に呆れて溜め息を吐くヴィヴィアン。
「いい?復習するわよ」
「これ、何の役に立つのさ」
突っ込みも聞き流してジャンヌは一つ一つ手を動かしていく。
「左手の親指と人差し指を立てたら、嬉しい時のサイン。左手の人差し指だけ立てたら敵が現れた!とか助けてとか。つまり危険な時のサイン。右手の親指と人差し指をた立てたら、静かにする時のサイン。右手の人差し指は…」
「忘れたの?」
「何だったかしら。ヴィヴィアン考えておきなさいよ!」
「こんなのいつ使うんだよ」
抱かれていた少女もいつの間にか薄っすらと笑みを浮かべて、2人の会話を聞いていた。
























廃れた町ガイで連れてきた少女の傷の手当てを優先する。ジャンヌは自分が先程負った傷には傷テープを乱暴に貼るだけだ。
ジャンヌの部屋と化した5階のベッドに少女を座らせる。真っ白い顔をした少女は、こちらになかなか目を合わせてはくれない。怯えている様で、体は小刻みに震えている。
落ち着かせてあげようとジャンヌは少女の隣に腰掛けて自分の方へ引き寄せる。頭を撫でた時に少女の体から感じたのは、手入れが全く施されていなくてざらついた髪。生気はあまり感じられないので、だいぶ弱っている。
「お名前は?」
「……」
「大丈夫よ、怖がらなくて良いから。私はジャンヌっていうの。貴女とお友達になりたいから名前を教えてほしいの」
不安にさせないよう、笑顔で優しく暖かい口調で。そしたら効果は覿面。今まで一度もジャンヌの目を見なかった、大きくて真ん丸な瞳がこちらを見てくれたのだ。
「アンネ…」
弱った青紫色の小さな小さな唇をゆっくり懸命な動かして言ってくれた、少女に意味を持って与えられた名前。
少しではあるが打ち解けてくれたと感じ、ジャンヌの顔には自然な笑みが浮かぶ。少女アンネの頭をもう一度撫でると、勢い良く立ち上がって向き合う。
「待っててね、今食べ物を持って来てあげるわ」
返事も待たずに部屋を飛び出して階段を駆け降りて行った。
部屋に1人残されたアンネは目を丸めて何度も瞬きをし、開きっぱなしの扉を見つめる。顔には嬉しそうな幼い子供特有の可愛い笑みが浮かんだ。
































入り口の扉前で考え事をして険しい表情を浮かべて立っているヴィヴィアン。駆け降りてくるとても大きい足音に振り向く。目に入ったのは、異常に笑顔のジャンヌの姿。
「ヴィヴィアン!あんたの所から食料貰うわよ!」
また返事も待たずに、ヴィヴィアンの部屋の扉を勝手に開けて中へ入って行く。ジャンヌのそんな行動に呆れ、溜め息を吐く。































食料を物色している為、部屋からなかなか出てこないジャンヌの様子を見に部屋に入る。
驚いた事に、部屋に一歩足を踏み入れる事すら躊躇ってしまった。部屋の中に食料が全て放り投げられている。食料を選ぶからといって、こんな大雑把なやり方をする人間を見た事が無い。腰に手をあてながら、怒鳴ってやろうかと口を開き欠けたがやめた。
――どうせ何を言ったって人間の性格が変わるはずはないな。環境の変化が一番人間の性格を変えるし――
「いや、それ以前に直そうとはしないだろうな」
苦笑いを浮かべて呟く。
未だに食料を選んでいるジャンヌの背を見る。
「あの女の子はベルディネとどういう関係?」
「関係?友達ね」
「そう。早いとこ元居た町に帰してあげた方がいいよ。というか、そうしてもらいたいな」
「何でよ?あの子1人なの。理由は分からないけど。あのままじゃ餓死するわ」
一瞬だけ振り向いたジャンヌの眉間には皺が寄っていた。自分の意見を反対され、少しではあるが腹を起てたのだろう。顔に態度が出るので分かり易い。
「これで良いわね」
ジャンヌは見たところ3人分程の食料を抱え、小走りで部屋を出て行く。
扉の元に立っていたヴィヴィアンの前をジャンヌが通り過ぎた時。
「ベルディネ王国が最も交流の深かった国は何処?」
「えーと…」
呼び止められて足が止まる。こちらを向いたジャンヌは、難しい顔をして悩んでいる様子。
――王女ならそれくらいの知識があって当然なのに。確か主に日本、ニル、ツバルだった気が…――
口に出そうとしたが、堪える。ジャンヌは目を大きく見開き、思い出した様な表情をする。
「日本!日本だったわ!多分」
「多分、ね。分かったよ、ありがとう」
珍しく…というか初めてヴィヴィアンがジャンヌに笑顔を向けたので、ジャンヌは珍しい生き物でも見たかのように目を見開いてから顔を引きつらせながら階段を駆け上がって行った。

































5階の部屋ではジャンヌとアンネが小さな寝息をたてて身を寄せあって眠っている。
一方。ヴィヴィアンの室内は誰1人居らず真っ暗で、ベッドのシーツはきっちり整えられたまま。











































廃墟病院周辺――――

「くっ、裏から回ったというのに先回りどころかもう夜になってしまった!面倒な森だ!」
「計画失敗ですね王女様」
「黙れ!あたしのせいだと言いたいのか!」
「いえ、そんな事は…」
木々に隠れる様同色の大きなトラックの傍から、ヴィヴィアン達が居る廃墟病院を観察しているのは、ガイに居たライドル王国王女ラヴェンナ。そしてライドル王国の男性軍人2人。
静かな森なので3人の会話は余計目立つし、そんなに大きな声で話しているつもりではなくても、とても大きな声に感じられる程。
ラヴェンナはイラだち、片足を動かしながら腕を組んで観察を続ける。後ろにいる軍人2人は見合い、ラヴェンナの焦っている態度に苦笑いだ。
ガサガサと木々が揺れる音や、時折飛んでくる蝙達が木の葉にぶつかる音しかしない。
「しかし…本当に良いのですか王女様」
「父上も母上も承知の上だ。勿論あたしも。一軍人のお前達に逆らえる権利はない!」
力強い口調と言葉には言い返せない。ラヴェンナに聞こえないよう小さな溜め息を漏らした1人の軍人は、背後から感じた悪寒に体を大きく震わせる。振り向いたと同時に軍人の意識は遠退き、目の前が真っ暗になった。


ドサ、

軍人の倒れた音はラヴェンナともう1人の軍人の耳に入り、2人は咄嗟に後ろを向く。


ドガッ!

「ぐあっ!」
ラヴェンナの隣に居た軍人は何者かに下から顎を蹴り上げられたのだ。
その時見せた一瞬の隙を浸かれ、顎同様、腹部にも力強くて勢いのある蹴りが入った。先程倒れた軍人の上に重なるように倒れ、意識を失う。
「何者だ!」
そんな光景を前にしてもラヴェンナは怯む事無く動揺も見せず、コートの裏に隠していた拳銃に右手で触れる。
殆どの月明かりでさえ射し込んでこない暗いこの森では、相手の姿を確認する事すら困難。暗闇に目が慣れてしまえば楽だろう。しかし今はそんな悠長な事を言っている時間は無い。
護衛軍人2人をこんな短時間で気絶させられたので、自分では気付いていないが焦っていた。けれど幼い頃から体術を習っていたし、下手な男よりは力があるので負けるという文字は浮かんでこなかった。
相手は黒い影の様に見える。勿論、相手からもラヴェンナは同様に見えている。
「うわあああ!」
大きな声を上げ、右足を振り上げたラヴェンナ。しかし相手はとても素早い動きで簡単に避けてしまう。次の技を出す前に、相手に腕を掴まれてしまった。


ガシッ!

「くそっ!」
もう一方の腕を伸ばし、力強く握られた拳を相手へ突き出すが逆効果。自由だった片腕も、強い力であっさりと掴まれた。
「放せ、くそっ!」
声を裏返らせて叫び声を上げ、掴まれた腕を振りほどこうと暴れても相手には何も効かない。それどころか押されっぱなしで、終いには大木の幹に背を力強く押し付けられてしまった。


ダンッ!

「ぐっ…!」
思わぬ衝撃にラヴェンナの鼓動は大きく鳴り、一瞬ではあったが呼吸ができなくなった。
カタ、と音をたててラヴェンナが身に付けていた拳銃が足元に落ちてしまう。先程取り出そうとして触ったのと今の大きな衝撃とで落ちてしまったのだろう。ラヴェンナは目を大きく見開いて歯をギリ、と鳴らす。
――ここで銃を取られては結果は見えている。こんな、こんな所であたしはっ!――
咄嗟に拳銃を足で遠くへ蹴り飛ばし、相手に奪われないようにする。しかし不運にも、相手がわざと横に出した足に蹴り飛ばした拳銃がぶつかってしまい、あっさり奪われる。
























「ふざけるな!あたしは何もしていないだろう!それだけで殺すか?お前はルネの人間だろう!?こんなに血も涙もない事をするのはルネしかいないからな!」
死をも恐れず怒鳴り声を上げ、未だに腕を振りほどこうとして力を込め続けて抵抗しているラヴェンナ。
その声に、相手の口が驚いたように開いた。
「何だ!?何か言いたいのなら言え!謝る気にでもなっ、」
「ラヴェンナ?」
「なっ、何故お前あたしの名を…」
今更になって暗闇に慣れてきたラヴェンナの目は、目の前に居る、自分を襲ってきた相手の姿を薄らではあるが捉えた。驚いて目が大きく開く。
「ヴィヴィアン…!?」
名を呼ばれ、彼女の目に姿が映ったのはヴィヴィアン。驚いて唖然としているラヴェンナから腕を放して苦笑いを浮かべ、拳銃を放り投げる。
「不運だよ、一生会いたくなかったのに」
「それはあたしも同じだ!しかしこれは父上からの司令でもあるんだ」
「司令?もう僕に賞金でもかかったの?」
「違う。いや、かかったかどうかは分からないが、あたしはそんな馬鹿げた理由で来たわけではない」
2人共背を向けあったまま、見えない空を見上げている。木の葉が風に揺れる音がした。
「あたしはお前を新生ライドル王国の軍人として迎え入れるために来た」
「え…」
驚いて目を大きく見開く。その時、肩に触れたラヴェンナの手。振り向くと、彼女は力強い眼差しでこちらを見て微笑んでいた。
「行く宛の無いお前には神が降臨したような話だと思うのだが。既にお前の才能は知っているから来たらすぐに階級もくれてやるし、将軍にだって任命してやるさ。如何なものかな、元婚約者」
ラヴェンナの言葉を鼻で笑い、一度下を向いてから顔を上げる。暗闇の中でも確かに見えたのは、絶好の話に笑みが抑えきれず微笑むヴィヴィアンの顔。
「すぐに支度をするよ」


















































一旦病院へ戻り、荷物を取りに行くまでのヴィヴィアン1人の暗い道程。あの後ラヴェンナと話した事を一つ一つ思い出しながら歩いていく。


10分前――――

「しかしライドル王国の国王陛下はよくもまあ、母国を滅ぼした国の王子を軍人として迎え入れる事を決めたね。また滅ぼすかもしれないよ?人間なんて何を考えているか分からないんだから」
「似ているところが無いとは言いきれないが、お前はルヴィシアンやダビドのような性格じゃない事は知っていたから、父上はずっと気に入っていたんだ。それに、こんな戦争ばかりの世界に、他国を占領して再建したばかりのライドル王国が在り続ける為には強い力、指導者が必要だ。勿論お前のような才能の持ち主も必要で」
トラックの中から濡れたタオルを持ってきて、未だに気絶をしている軍人2人の額に乗せてやるラヴェンナ。ヴィヴィアンには背を向けて、軍人の傷の手当てをしながら話す。
「言っておくがあたしはお前の事を気に入ってもいなければ、婚約者だと思った事も無いぞ」
「僕も同じだよ。だってあれは形だけの婚約じゃないか」
ヴィヴィアンとラヴェンナは婚約者だった。しかしそれは政略。互いに会って会話を交えた事は10回も無い。
ルネがライドルを占領したいが為に、その事を誇示したいが為に、国王はルネの王子ヴィヴィアンとライドルの王女ラヴェンナを婚約させた。ライドルにはルネから"2人が正式に結婚をして夫婦となればライドルを栄えさせてやる"と伝えていた。こんな在り来たりの嘘にライドルはまんまと騙されたのだ。こんなに都合の良い事があるのなら、何処の小国も全て大国の王族と結婚している。
ルネは2人を結婚させた後、ライドルの国王を殺害する計画をたてていた。この計画に一早く気付いたのはラヴェンナで、すぐに軍隊を動かしルネに宣戦布告した。
大国でもなければ小国でもないライドル王国ではあったが、最も栄えていて高い軍事力を持つルネに敵うはずが無く、2ヶ月の戦いの末滅ぼされた。その時の戦略を考えたのもヴィヴィアンで、実際戦場へ出た時の指揮官も同様に。




























数年前――――――

軍服姿のままルネの勝利を伝えに来たヴィヴィアンを前に、ルネ国王ダビドは優しく微笑んだ。
「従っていれば占領されるだけで済んだというのに。彼等は滅ぼされる道を選んだ様です」
「ヴィヴィアン。お前はそう言ってはいるが本心良かったのかな?政治の為とはいえ、敵国には婚約者が居たんだよ。一度も会った事が無いならまだしも、何度か会っていただろう」
「悲しいとも何とも思えませんでした。恐らく彼女も同じだったと思います。それに、僕が産まれてから心から愛したのは1人だけですから」

































現在―――――

思い出しながら暗い道程を歩いていたら強い風が吹き、我に返る。顔を上げて苦笑いを浮かべ、下を向いて歩き出す。
「彼女も、彼女の国もラヴェンナと同じ運命になってしまうのだろうけれど」
しばらく歩いていたら、やっとあの古びた気味の悪い廃墟病院が見えてきた。初めてやって来た時は野犬に追われていたので外装も見ずに飛び込んだが、改めて外から見てみると、野犬に追われていなかったら絶対に入る事はなかったと思ったヴィヴィアン。
再び先程のラヴェンナとの会話が思い出される。
『お前がルネ国王を殺してはいないな』
顔色を伺うように言うラヴェンナ。ヴィヴィアンは鼻で笑い、木々で覆われて見えない空を見上げた。
『当たり前だよ、やったのは兄上だ』
『やはりな。まあ他国の連中はお前、ヴィヴィアン・デオール・ルネがやったと思っているのだろう』
『その名前の人間はもう居ないんだから呼ぶのをやめてくれないかな』
『はっ、それはそれは失礼致しました』
鼻で笑いながら腰に手をあててゆっくり立ち上がったラヴェンナはこちらを振り向いた。その瞳はどこか切なそうで、ジッ…とヴィヴィアンを見つめている。
同情をされたのだろうか、そんな考えもヴィヴィアンの頭の中で浮かぶ。相手がラヴェンナならありえない事では無かった。
少ない時間だったが、まだライドル王国があった頃に彼女と交わした言葉から感じたのは、ラヴェンナは異常に正義感があり、人情味ある人間だという事。母国を滅ぼした国の人間を前にしても殺しにかかってこないラヴェンナが、ヴィヴィアンの身の回りのとある人物と似ているので思わず笑ってしまいそうになる。
『似てるよ』
『誰にだ?』
『最近会ったばかりの王女様に』




































やっと着いた廃墟病院の前。だいぶ遠い所まで足を運んでいた事に気付く。
すぐに支度をしてライドル王国へ向う事にした。ジャンヌに一々説明をしていては一日かかるだろう。ヴィヴィアンが感じたところ、ジャンヌは社会の話に全くの無関心の様だし。
そして何より、自分の素性を話さなくてはいけない事になるかもしれない。そんな事をしている時間も惜しむくらい早くライドル王国へ行きたかった。いや、ライドルに固定しなくたって良い、何処でも良い。誰にも自分を殺されないで本当の自分でいられる国なら何処でも。
ルネ王国から出たかった。ルネ王国に、汚れた現国王の兄に、逆らいたいと思っていたヴィヴィアンだったが、すぐに諦めていた。あの大国ルネに逆らったところでただの自殺行為。それならせめて、残りの人生は本当の自分を世に出して人間らしく生きたい。
ジャンヌを利用してベルディネ王国と交流の深かった日本へも入国しようと考えていたが、先程の会話の中でのラヴェンナの一言で日本への入国は無くなった。
「日本へ行こうと思っていたのか?あの国は今、カイドマルド王国との戦争でそれどころでは無いぞ」
テレビの無い環境に少し居ただけで世界はこんなにも動いていた。さすが戦乱の世。
「ライドルへ行ったら色々と知る必要があるな」
ぽつりと呟き、荷物が入った布袋を肩に担いで部屋から出る。音をたてないよう扉をゆっくりと静かに閉めて、入り口の方を振り向いた。
「何処行ってたのよ」
初めて出会った時と同じ状況。振り向いた其処には、寝呆け眼で目を擦っているジャンヌが立っていた。不運だと思いながらも口を開く。
「ベルディネが前言ってくれただろ。帰りたくなったら帰った方が良い、って。お迎えが来たんだ。だから行くよ」
作り笑いを浮かべて顔を上げたヴィヴィアンが見たジャンヌの表情は予想外。寝呆け眼ではあるが、嬉しそうに微笑んでくれていた。いつもツンツンしていて怒る事しかできないと思っていた彼女が自分に笑った姿を見るのは初めて。逆に驚かされてしまったヴィヴィアンは言葉が詰まり、口籠もる。
「良かったじゃない。楽しく生きなさいよ」
その時ふとヴィヴィアンの脳裏で過ったのは、ベルディネ王国を再建させる…という嘘の約束。この偽りの約束はヴィヴィアン自身がルネから離れたくてジャンヌを使おうとした事。






















この事は話さず黙って立ち去ろうと考えた時、彼女も調度同じ事を思い出したようだ。
「ベルディネの再建はあんたみたいに冷酷な人じゃなくてもっと優しい人に頼むわ。あの時は本当にベルディネを再建させたい一心で。それでもルネに頼んだ私が馬鹿だったわ。ほら、そういえばさっき言ったでしょ。日本。あそこなら少しは手伝ってくれるかもしれないわ。私と日本の王女、仲が良いのよ」
――馬鹿だ。世間がそんなに甘くない事も知らない馬鹿で愚かな人間だ…――
黙っているヴィヴィアンの顔を覗き込むように不思議そうに見てくるジャンヌ。そんなジャンヌとは目も合わせずに背を向けると黙って扉を開けて、出て行った。


パタン…、

静かに閉じられた扉を見ていたら背後から階段を降りてくる小さな足音が耳に入り、ジャンヌは振り向く。アンネが枕を片手に寝呆け眼でジャンヌの足にしがみ付いてきた。
「ごめんね、今部屋に戻るわ」











































病院の近くまでトラックを移動させてきたラヴェンナ達。軍人達もすっかり意識を取り戻していた。車内から出てきたラヴェンナは、ヴィヴィアンの姿を哀れむように見てくる。
「だいぶ薄汚れたな」
「仕方ないよ」
「ところで、忘れ物は無いか」
「……」
「あるなら今の内だ。あたしももうルネなんて国には来たくもな、」
話の最中にも関わらずヴィヴィアンは背を向けて今来た道を戻って行く。
「おい待て。何処へ行くんだヴィヴィ、」
「忘れ物」





































バタン!

勢い良く病院の扉が開いて、室内に強風が吹き込む。風の大きな音を聞き付けたジャンヌはアンネを寝かせると、すぐに階段を駆け降りて行く。
「また家出少年かしら?もう懲り懲りよ」
1階に降りた時目に入ったのは、入り口で何くわぬ顔をして立っているヴィヴィアンの姿。
「ヴィヴィアン、忘れ物?早く取ってさっさと出て行きなさいよ」
「うん、分かった」
言いながらジャンヌの横を通り階段を駆け上がって行った。彼の荷物は全て1階にあるはず。上の階に忘れ物がある事を不思議に思いながらも、駆け上がって行った階段の上を見上げていた。


タン、タン…

少ししてから降りてきたヴィヴィアンは、片手でアンネを抱き抱えている。ジャンヌは驚いて目を丸めて、何度も瞬きをする。不思議そうに見てくるジャンヌの事も気にせず脇を通り過ぎようとした。
「あんた、アンネを連れて何処に、わっ?!」
言い欠けた時にジャンヌの細い右腕は掴まれて引っ張られる。入り口の扉を勢い良く開けたままにして、暗い森の中をアンネを抱き抱え、ジャンヌの腕を引っ張って走って行くヴィヴィアン。
足元を狂わせながらも引っ張られるまま走るジャンヌと、ヴィヴィアンに抱かれたまま驚いて目を丸めているアンネ。ジャンヌの問い掛けは次第に怒鳴り声へ変わっていき静かな森中に響き渡る。
「ちょ、あんた何よ!何処連れていく気よ馬鹿!質問に答えなさいよ!あーもう放せ!ルネなんて大嫌いよ!」
――先々の事を考えればやはりこの王女は利用できるかもしれないな――
「新生ライドル王国のお城へ御連れ致しましょう、王女様」

























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