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症候群-追放王子ト亡国王女-
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そんなメリーの事を覚えているはずが無いし動じない操り人形をマラが操る。マラ自身内心、メリーによってダミアンが洗脳から解放されてしまわないか心配なのだ。
「どうかしましたか。猫といえど私達マラ教を侮辱した王党派の人間に飼われていた猫です。さあ…」
「にゃあ…」
「さあ。ダミア、」


ドスッ…、

催促する必要性も無かった。大きな黒い瞳が主人に訴えても目を覚ます事なんて無いのが現実だから仕方がない。ケイティ達とは違い、メリーをナイフで一撃。
「本当によく出来たお人形さんですよ君は」
さあ行きましょうか。言いながらマラが背後から手を伸ばして肩に触れようとしたその瞬間。


カラン!

音をたてて、両手に握っていた血塗れのナイフを地面に落としたダミアンの異変にマラは目を細める、首を傾げる。
「…?どうかしましたかダミアン君」
俯いている彼の顔を覗けば、目をきつく瞑り自分の頭を義手の両腕で抱え、尚且つ全身が見て分かる程震えているのだ。まさか…と思ったマラ。だがしかし、ここであまり声を掛けない方が良い。ふとした一言が彼の刺激となり目が覚めてしまっては、せっかくの苦労が水の泡だから。





















ぐいっ、

黙ったままダミアンの左腕を引っ張った。


パシッ、

だが、振り払われる。さすがのマラも動揺して目を見開くが、その間にもダミアンは、目の前で息絶えた血塗れのメリーを抱き締め、身体を丸めて先程より大きく身体を震わすのだ。しばらくこのままの状態が続けば、黒い雲から予想通りの冷たい雨が、あたらない場所へ移動する時間さえ与えずすぐに勢い良く天から降り注ぐ。雨特有の臭いや雨音の中。


ぐっ、

自らが手をかけた愛猫を蹲りながら抱き締めているダミアンの顔を力付くで上げさせたマラ。
「…!」
驚いたし、初めて見た。自分が上げさせたダミアンの顔は、雨ではない水で濡れていたから。相変わらずの無表情なのに。


バシッ!

力強い平手打ちを左頬に食らったダミアンは水溜まりのできた地面に背中から倒れこむ。衝撃でメリーから手が離れてしまった。
自分のものではない両手を地面に付けて起き上がろうとするが、その手間をマラに省かれ、無理矢理起こされる。水溜まりの中に腰を下ろしたダミアンと目線を合わせる為に屈んだマラの今までに見た事が無いり上がった瞳がすぐ其処にある。マラの瞳には、無表情ながらに泳ぐダミアンの青い瞳が映っている。






















ぐっ、と前髪を掴み顔を上げさせても未だ尚、無感情の瞳から引っきりなしに流れる涙。
「例え世界中の人間が貴方を哀れみ、私を悪だと言っても私は絶対に揺るぎません。ダミアンは洗脳されて可哀想ですか?ダミアンは殺人道具扱いされて可哀想ですか?そう思って頂いて構いません。けれど、私はそんな声に惑わされません」


ドッ!

乱暴に手を離し、もう一度壁に背を打ち付けさせる。その場で俯く事しかできない彼を見下ろすマラの赤の瞳。
「知人の死や大切な飼い猫の死に涙を流せるなら、何故同じ人間の私達を殺したのですか…」
その場で俯く事しかできない彼を見下ろすマラの赤の瞳にほんの一瞬、人間らしさが伺えた。



























































翌日――――

「今日も雨か…」
窓際で腕組みをして壁に寄りかかり、昨夜から雨の止まない暗い外を見つめるエドモンド。軍服ではなくブラウンのスーツ姿で正装している。


カツン、コツン、
カツン、コツン…

「ん?」
そこに2人分の足音が聞こえて顔を上げると、其処には黒のタキシードに正装したヴィヴィアン。その後ろには彼の側近であり、カイドマルド軍大将である大柄のゴーガンが居る。エドモンドはヴィヴィアンを前にすれば背筋を伸ばして力強い敬礼をするから、ヴィヴィアンは微笑してしまう。
「お疲れ様です国王様!」
「はは。エドモンドこそ。悪いね。僕の我儘に付き合わせちゃってさ」
「とんでもございません!」
「じゃあ行こうか」
「お気を付けていってらっしゃいませ」
敬礼をして見送るゴーガンには背を向けたまま左手を上げて返事をしたヴィヴィアンは、エドモンドと共に雨のせいで普段より暗い城内の廊下を歩いて行った。
































「ふうー!大将が居るからルネ君に久しぶりに敬語使ったら妙に緊張したよ」
「はは。ゴーガンの方がエドモンド将軍より将軍らしいからね」
「おいおいルネ君、それはないんじゃないかい?」
城外すぐ目の前に駐車しておいた黒の縦に長い車の後部座席のドアを開き、乗る直前でヴィヴィアンはエドモンドに笑む。
「冗談だよ。エドモンド将軍」


バタン、

乗り込んだヴィヴィアンを見ながらエドモンドは苦笑いを浮かべ、ポリポリ頭を掻く。
「将軍、を強調しているところが何だかなぁ」
何だかんだ言いつつも運転席に乗り込めば、エドモンドお決まりの荒い運転で横殴りの雨の中を走って行った。




























































22:57、
アマルダ侯爵邸地下―――

宝石がちりばめられた華やかな仮面に、全身を覆い隠す事ができる黒のコートのお決まりの格好をした貴族達が、今宵も己の異常な性癖の為に目欲しい女子供を購入しに足を運んでいる。司会者も仮面に黒コートではあるが、前回同様マラだ。
顔の整った少女や生気の感じられない少年に娼婦等次々と落札されていくモノ達。時間が経つに連れ、場内にポツリポツリと聞こえてくる小声の会話。
「最後はほら…やっぱりあの噂の…」
「金色の…アレかい?」
「わたくしは嫌ですわ」
「先日も落札したライン子爵が殺害されたのでしょう…?」
「いや、あれはフィリップ伯爵邸の競売現場に居た人間全員が殺されていたとの噂だが…」
「えぇ!な、ならこのまま居たらわたくし達もフィリップ伯爵達と同じ目にあってしまうんじゃありませんこと!?」
「シーッ!声を荒げるな!はしたないぞリンメル!」
「皆さんお静かにお願いします。続いては本日最後の商品。皆さんの予想通りのアレ、でございます」


トン!

床をステッキで叩けば、壇上裏から檻に入ったダミアンが姿を現す。
先日同様、噂に怯える者は彼を目の当たり後すぐに逃げ出していったが、今日は先日よりも曲者揃いといったところか。退場していった正常な人間は、3人のみ。
「それでは5000から始めましょう!」
「6500!」
「7000!」
貴族達は鼻息を荒げ椅子を蹴散らして壇上を囲うように身を乗り出しながら右腕を挙げ、跳ね上がる金額を叫ぶのだ。
欲望に忠実な彼らの人間らしい様を、最後列の椅子に腰掛けたまま見ているだけのヴィヴィアンとエドモンド。エドモンドは顔を歪めて苦笑いだ。額から頬にかけて冷や汗すら伝っている。
「はは…話には聞いていたけどすごいね闇競売。あれは人間のやる事じゃない」
「そうかなぁ?」
「え」
予期せぬヴィヴィアンの返答にエドモンドがすぐ、左隣に座る彼に顔を向けたら、彼は微笑んでいた。愉しそうに。
「あれこそ人間が本来の姿だと思わない?」
「は、はは…ルネ君は本当に冗談が面白いね…」
「冗談なんかじゃないよ。彼らは同じじゃないか」
ゴクリ…。唾を飲み込み、エドモンドは恐る恐る問う。
「何に…だい?」
「争う事しかできない世界とね」
























「きゃああああ!」
「な、何事だ!?」
この狭い空間に突如響き渡った貴婦人の悲鳴。エドモンドは椅子を倒してまで勢い良く立ち上がるが、何ぶんステージ周辺に物好き達が群がっていて此処からでは様子が分からない。
すぐ様ステージの方へと駆け出すエドモンドの背が遠ざかる。その後方には、椅子に足組をして鼻で笑うヴィヴィアンの姿。
「はっ。本当に洗脳されちゃっているみたいだね。できる事ならその術を僕にも恵んでほしいな」
さてと…なんて悠長な声を出してやっと椅子から立ち上がり、ステージの方へと駆け出す。ヴィヴィアンには何が起きているかなんて分かり切っているし…というより自分が指示した事だから。突如起きた事件に駆け出しておくくらいの形はしておかなくちゃ後々エドモンドに疑われ兼ねない。


タタタタ!

「はぁはぁ…エドモ、」
「下がれ!皆の者下がれ!!」
駆け寄れば其処には血相を変えたエドモンドが、胸から血を流して目を閉じた初老の貴婦人を抱えながら、周囲の貴族達を一刻もこの場から離れさせる為に声を荒げていたのだ。そんな国民思いの彼の姿にさえ、貴族達の陰に隠れながら笑ってしまうヴィヴィアンの笑顔は悪魔さながら。だがすぐに仮面の下の表情を良心的な国王に切り替え、逃げ惑う貴族達を掻き分けてエドモンドの元へ駆けて行く。
「エドモンド!」
「ル、ルネ君!来てはいけない!今すぐ下が、ぐああああ!」


ドスッ!

こうなる事は分かってはいたし、自分が計画した事だからある程度の覚悟はしていた。けれど、いざ目の前でこんな光景を目の当たりにしてしまうと、さすがの発案者も絶句。少女さながらの姿をしたダミアンの両手には刃渡り20cm程のナイフがあり、その内の1本がエドモンドの背に刺さっているのだ。






















彼の顔がどんどん青ざめていく。マラがダミアンにどのような指示を出したかは分からないが、さすがのヴィヴィアンも焦り、エドモンドの背からナイフを引き抜く。
「エドモンド!」


ズルッ…、

だが目の前には、ダミアンの左手に握られたナイフがヴィヴィアン目掛けて振り上げられた。赤の瞳にダミアンの無表情な顔とナイフの先端が映る。


ガッ!

「っ…」
「っとに…危ないだろ…」
相手が洗脳されていようが相手が殺人しか知らない殺人機械だろうが、ヴィヴィアンの方が上手なのは一目瞭然。


カラン!カラン!

ダミアンの2本のナイフを振り払い、ステージの壁に背を強打させれば、痛む素振りすら見せずズルズルと壁に背を伝わせ座り込んでしまうダミアン。だが彼はすぐに顔を上げ、ステージを這いつくばってまでナイフを探す。
「捜し物はコレかな?」
「…!」
茶化すように彼の前に立って血に塗れたナイフ2本を見せれば、無表情ながらに素早くヴィヴィアンに飛び掛かってくるダミアン。軽快に避けて避け続けて、終いには息切れのダミアンを後ろから押し倒し背に体重をかけ、両腕を後ろで一まとめにする。声は無いが必死に息を荒げて暴れるダミアンを鼻で笑う。




















「はっ。何?君もしかして声が出ないの?」
声帯を取り除かれているから声が出ない事は知っているけれど、エドモンドや貴族達に見せる演技だ。
「まあいいや。これで分かった。金色の髪の操り人形の噂は本当だったんだ、ね!!」


ぐっ、

後ろから前髪を引っ張り顔を上げさせ、覗き込んだヴィヴィアンの笑みがだんだんと消え…終いには目まで見開き血の気が引いていきガタガタ震え出すのだ。そんな彼の異変に、背の痛みに堪えながら駈け寄るエドモンド。そして、殺人鬼の恐怖故、なお互い抱き合っている貴族達の呆然とした顔。
「う、嘘だ…」
「ど、どうかしたのかいルネ君…!」
「嘘だあああああ!!」
半狂乱になり抱えた頭を振りながら「嘘だ、嘘だ!」と声を裏返らせながら叫び続けるヴィヴィアンの肩を揺さ振るエドモンドの顔にも、緊張の色が見え隠れする。
「ど、どうしたんだいルネ君!一体何が…」
「エ、エドモンドしょうぐん…」
泣き声で彼の名を呼びながらゆっくり顔を上げたヴィヴィアンの目に薄らと涙が浮かんでいる。彼が涙を見せるなんて…そう内心驚愕しつつも、彼を落ち着かせようとゆっくり話すエドモンド。
「ど、どうしたんだい…ルネ君…?」
「そんな…そんな…」
「ルネ君…?」
「ダミアン陛下が連続殺人の犯人だなんてそんなの嘘だ…!!」
「なっ…!?」
一瞬にして顔が真っ青になったエドモンドは目を見開き、さっきとは違った意味でヴィヴィアンの肩を揺さ振る。激しく。
「な、何を言っているんだ…ルネ君…国王様は1年前の大戦でお亡くなりになっ…、」
ふと、視線を落としたエドモンドの緑色の瞳に映ったすぐ其処で取り押さえられている噂の操り人形の異名を持つ少女の顔。無感情の瞳。無表情な顔。金色の髪…。






















ドクン…!

エドモンドは胸騒ぎがした。ヴィヴィアンの肩から手を離したエドモンドは、ひれ伏している少女の顔をゆっくりゆっくりと上げさせる。目が合ったその生気の感じられぬ青の瞳は、見覚えがあるなんて程度では済まされないものだった。
「嘘だ…そんな…国王…様っ…ダミアン…様っ…何故…」
バッ!と勢い良く付け髪のツインテールを後ろから取り去るヴィヴィアン。長い偽物の髪も取り除いてしまえば金色の短髪のダミアンが姿を現す。
エドモンドを前にしても未だ息を荒げて威嚇してくる別人のダミアンを前に、あのエドモンドでさえ…。
「うああああああ!!」


ドン!ドン!

「嘘だ嘘だ嘘だあああああ!!」
両手拳から血が滲み出ても尚、ステージの床を殴り続けた。背の痛みなんてもうどうでも良かったのかもしれない。それよりも痛む箇所が増えたから。
























































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