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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「また1人また1人…。そうです今日も灯火は消されてゆくのです…」



















































真っ昼間にも関わらず、カイドマルドの空を覆う黒い雲。ここ数日間雨ばかりが続いているからか、また今日も雨が降ると推測される。そんな真っ昼間の城下町から人が消えた。
「子爵聞いたかい?ここ最近噂になっている金色の髪の操り人形の話」
城下町のとある小さなバー。昼間から集った貴族達がカウンター席で店内の暖色の灯りの下、小声で会話をする。
「ええ聞きましたとも。闇競売で出品される生気の感じられぬまるで人形さながらの少女の事でしょう?」
1人の金髪で猫目の若い子爵だけは他の貴族達とは違い、楽しそうにその話題に乗る。所謂変り者だ。隣の席のふくよかな貴族をはじめとする貴族達は、子爵の悠長振りに顔を歪める。
「し、子爵…恐ろしくはないのかい?例の操り人形を買取った者は数日後に皆死んでいるんだぞ!きっとそいつに、」
「殺された?アハハハ!まさか!たまたまでしょう?いやしかしそうだとしたら愉しいじゃありませんか!実に欲しい!私はその子が実に欲しい!」
おもむろに立ち上がり目は見開いた狂喜の笑い声を上げる子爵には、貴族達や店員も顔を青ざめ、呆然。空いた口が塞がらないとはまさにこの光景そのもの。
すると子爵は隣席の貴族の肩を掴み揺らしながら聞くのだ。
「男爵!今日は無いのかい?今日闇競売を行う屋敷は無いのかい!?私は欲しい!実に欲しいよあの子が!」
黒い雲の切れ間からポツリポツリ降ってきた雨が、数分と経たぬ間に横殴りの雨へと変貌した。











































フィリップ伯爵邸地下―――

仮面を身に付け黒のフードをかぶった貴族達。今宵も開かれる人身売買の舞台。
「それでは最後の商品!落札者は数日後に死亡するという曰く付きの金色の髪の操り人形の登場です!」
「お、おお…!あ、会いたかったよ!!」
仮面を身に付け、フードをかぶった小柄な司会者がステッキを振り上げるのと同時に、子爵や物好きな貴族達は狂喜に満ちた笑みを浮かべて立ち上がる。だが、ほとんどの貴族達は悲鳴を上げて逃げるようにこの場を去って行ってしまうので、残った者は余程の物好きな貴族の男女7人だけ。
黒く分厚い幕の裏からアシスタントの女性に運ばれ現れたのは、小さい檻の中で手首足首に手枷を付けられた金色の髪の少女。人形とも呼べるし死人とも呼べる光を失った青の瞳。正真正銘カイドマルド前国王ダミアン。
彼だという事が気付かれぬよう、青のドレスに自前のようにリアルなツインテールの髪を付けただけで少女に見える。ピクリとも動かない彼を前に、物好き達は一斉に立ち上がり、次々と高額な値を叫ぶので司会者は仮面の下でクスッ…、と微笑しながらもステッキを高らかに上げる。
「皆さん落ち着いて下さい。そんなに早口で申されましても私には値が聞こえません。どうか落ち着いて頂けませんか」
「4500!」
「5500!」
「いや私は8500だ!」
子爵の一際目立った甲高い声と跳ね上がった金額に、たった今まで騒がしかった室内が静まり返る。貴族達は仮面の下で呆然。一番後ろの席に居る子爵の事を一斉に見つめる。
「クスッ…。それ以上の方はいらっしゃいませんか?…いらっしゃらない様ですのでそちらのブラウンのスーツのジェントルマン。どうぞ壇上へ」
司会者の細く白い右手が子爵を手招けば、子爵は目をキラキラ輝かせまるで玩具が待ちきれない子供のように貴族達を掻き分けて、壇上目掛けて走る。























己が紳士という事も忘れ無我夢中で壇上へよじ登ると司会者の脇を通り過ぎて、檻の中のダミアン目掛けて一目散に駆ける。だが、その前に司会者が立ちはだかる。案の定子爵は面白くないといった顔をするが、司会者は彼を宥める為に仮面の下で微笑む。
「何だ貴様!邪魔だ!彼女は今から私のモノだろう!」
「まあまあ落ち着いて下さ、」
「いきなり8500まで跳ね上げるだなんてふざけおって!」
「世にも奇妙な操り人形さながらの子供を得るのはこのわたくしよ!」
何と言う事だろう。司会者が子爵を宥めている隙をついた半狂乱な貴族達が、一斉に壇上へよじ登ってくるではないか。何とかアシスタントの女性2人が彼らを壇上からおろそうとするのだが無駄だ。彼女達より二周りも大きな貴族達に軽々と振り払われ壇上から落とされ、思い切り背中を打ち付ける。そんな光景をしっかり見ていた司会者は呆れた溜息を吐くという悠長振り。
「やれやれ。これだから野蛮な人間達は困ってしまいますね。心に余裕が無い」
独り言を呟き、物凄い剣幕の子爵の手を振り払うと、司会者はステッキを杖代わりに着きながら歩く。ダミアンが入った檻に群がる貴族達の方へと。
「待て貴様!」
「……」
「聞こえているのか貴さ、」


ゴッ!

続くはずの子爵の暴言は消される。何故ならば、司会者が長い真っ赤なステッキで、後ろから追い掛けてきた子爵の事を振り向き様に思い切り殴ったからだ。子爵は壇上に倒れ込むが顔面強打程度の軽傷。しかし、司会者のその行動にはさすがの半狂乱だった貴族達も驚き、全身から血の気が引いた様子。























司会者が檻へ歩み寄れば、彼が恐ろしいのだろう。貴族達は何を言われずとも、静かに檻から離れ進行者が歩く道をあける。あけざるを得ないのだけれど。一方で、檻の前へ辿り着いた司会者を見上げてくるダミアン。
「全く。困った人達ばかりですよ。いつからこうなってしまったのでしょうね。さあダミアン君。貴方が責任を取る番です」


ガチャ、

檻の鍵を開ければ、司会者に腕を引っ張られ、覚束ない足取りのダミアンが中から出てくる。
「ダ、ダミアン…!?」
「ダミアンってまさか…先代国王様…?」
「いやまさかそんなはずはないだろう!確かに似ているかもしれないが、この操り人形は少女だろう!?」
「それ以前に陛下は戦没されたではないか…!」
司会者のうっかり発言を聞いていた貴族達が青ざめた顔で口々に言う。そんな事あるはずがない、けれどもしかしたら…。そんな議論を唱える。震えた声で。その声を背に受けた司会者は静かに彼らの方を向く。仮面の下の据わった赤い左目に彼らを映して。
「おやおや。私とした事が。つい口走ってしまいましたね。まあ調度良いじゃありませんか。彼らは今までの落札者とは少し違う。そう、異常だ。落札後飼い馴らされてしまっては意味がありませんからね」
そう呟いてすぐ、隣に立っているダミアンを横目で見て笑む司会者。
「彼らは我がマラ教の敵です。最期の言葉さえ残させずにお願いしますよ」
まるで呪文のその言葉を合図にコクり、と頷くとダミアンはドレスの左右のポケットから刃渡り20cmはあるナイフを取り出す。





















その光景に悲鳴すら上げる事を許されない貴族達の恐怖に怯え切った顔が、銀色に輝く2本のナイフに映る。
「ショーの始まり。…なんて臭いですか?」
自嘲した司会者が仮面を壇上に叩きつければ、露になる顔。司会者はマラ17世だったのだ。司会者マラが微笑んだ時には辺り一面、血の海。なのに、悲鳴一つ聞こえてこないという奇妙なこの場。
血飛沫が左頬に付着すればマラは無表情だが、それを汚いモノを扱うよう乱雑に拭う。
「我が教を侮辱する低俗の血など薄汚いですね…」
ほんの一瞬の惨劇。両手にナイフを持ったダミアンが無表情でただただ、子爵をはじめとする貴族達をあっという間に殺害してしまった。彼らはもう死んでいるというのに未だ尚、腹部を切り裂き続ける殺人機械さながらのダミアンの背後に歩み寄り彼の義手の両腕を取り押さえれば「何故止める?」と、瞳で訴えてくるダミアンが顔をこちらへ向けてくる。そんな彼の額に描かれた真っ赤な十字架のペイントを手で強く擦り落とすマラ。
「計画が順調にいくとは限りませんからね。マラ教の印を付けた君の姿を目撃されては計画が台無しですから」
微かに赤い跡が残るものの、原型を留めぬ程落とせて一安心するマラ。
「彼らの殺害はそのくらいで構いませんよ。全く。君は従順過ぎて可哀想な程ですね」
マラが微笑む意味すら、ダミアンにはもう考える事ができなかった。




















































翌日、
カイドマルド城――――

「はあ、はあ、聞きましたか国王様!」
「やあ。おはようエドモンド。朝から慌ただしいね」
土砂降りの早朝。廊下を駆けてきたエドモンドが息を乱してヴィヴィアンの部屋へノックも無しに勢い良く飛び込んで来る。そんな彼の無礼講にも気味が悪い程の笑顔を浮かべるヴィヴィアンの心理とは…。


カタン、

ペンを置き、公務を中断するヴィヴィアン。顔を青白くさせたエドモンドを、手を組んで優しい笑顔で見上げる。
「そうだエドモンド。別にそんなに畏まらなくたって良いよ。前みたいにルネ君って呼んでもらっても構わないし」
「そのような事、」
「できません?はは、僕は飄々とした君を買っているんだ。じゃあこう言えば前みたいに接してくれるのかな?国王の命令だ、ってね」
こんな時に悠長な。そんな思いさえ抱くエドモンドではあったが一礼すると、仕方なくも以前の口調に戻す。
「…では失礼致します。コホン。ルネ君聞いたかい?巷で噂の金色の髪の操り人形の話を」
「金色の…知らないなぁ」
顎に手をあてて天井に目を向けるヴィヴィアン。
「そっか…。どうやらその話は噂では済まされないようなんだ」
「…何かあったのかな?」
「私は現場に出向いた事はないんだけどね。処理した部下達が言うんだ」
「処理…?」
珍しく真剣な表情のエドモンドが静かに頷く。
「これはただの噂なんかじゃない。反逆行為だ。金色の髪の操り人形の…ってね」
「…!」
ヴィヴィアンの目が見開かれ思わず立ち上がるが、すぐに冷静さを取り戻したのか椅子に座る。顎に手をあてて目線を下げ、悩んでいる様子だ。





















「反逆…?まさかそんな。僕の政治に不満がある国民が…。エドモンド。その噂、始めから最後までそうだねできるだけ詳しく僕に聞かせてくれるかな?」
「勿論だよ。ルネ君のような上流階級の人間なら知っているだろうけれどカイドマルドでも流行っていてね」
「何が…」
「闇競売。つまりは人身売買さ」
「くっ…!腐った世の中だ…!」


ドン!

デスクを右手で力強く叩く姿から、ヴィヴィアンの怒りが伝わる。
「そこで初めて金色の髪の操り人形を落札した貴族と屋敷の人間従者までもが全員、数日後に殺害されていた。其処に操り人形の姿は無くて」
「ちょっと待って。操り人形が人間を殺害する?はは、フィクション過ぎないかな?」
「ああ、説明不足だったね。操り人形っていうのはただの呼び名でね。たまたま逃れた屋敷の従者が見た時にその操り人形…いや、少女はまるで誰かに操られているかのようにただ無心で殺害していたそうなんだ。まあ、それを伝えた2日後その従者が川で溺死していたんだけどね…」
まるで推理小説の中のような怪奇話に、さすがのヴィヴィアンも顔を歪めている。
「少女ってそんな…その殺人鬼は女なの?しかも子供?」
「証言によればね。それからも物好きな貴族達はそんな噂にびくともせず、闇競売で賭けられた操り人形を落札。数日後死亡。これの繰り返しさ。調度昨夜もフィリップ伯爵邸地下で8人の貴族が鋭利なナイフで切り裂かれ死亡していたとの報せだよ。勿論、家族も従者も1人残さず」
「…下劣な人間だ」
「いいや。ルネ君。そんな奴はもう人間じゃないよ」
首を横に振り力無く言うエドモンドの事を切なそうに見るヴィヴィアン。湿った空気の2人。だが、立ち止まってはいられない。警察と分化していないカイドマルドはこの怪奇事件に軍隊が出動しなければならないし、何よりも狙われるのは闇競売を娯楽とした貴族ばかり。同時に顔を上げたヴィヴィアンとエドモンドの力強い目と目が合う。
「マラ教徒…」
2人口を揃えて言えば、すぐ様血相を変えたエドモンドが部屋を飛び出して行こうとするから、ヴィヴィアンが声を上げて待ったをかける。
「待つんだエドモンド!」
「待ってなんていられないさルネ君!罪も無き国民を無差別に殺し、王室までも崩壊させたマラ教徒を私は野放しになんてしていられない!」
「そう焦って真正面から突っ込むなんて君らしくないよ」
ヴィヴィアンの一言に我に返りハッ!と足を止める。すぐヴィヴィアンの方に向き直すと深々頭を下げて謝罪するが、ヴィヴィアンに「そんな事しなくていいよ」と流されるだけ。
「同意してくれない王室を崩壊へ導き、今回もまた国民を無差別に殺害するマラ教徒にエドモンドの頭に血が昇るのも分かるよ。けどまだその子がマラ教徒と断定できたわけじゃないし、何より、真正面から突っ込んだって相手は捕まらない。ここは策略を練ろうよ。ね?」
にっこり。組んだ手に顔を乗せ白い歯を覗かせて笑むヴィヴィアンに期待を寄せエドモンドは、彼が座るデスクの前に立つ。不敵に笑むヴィヴィアンが囁く。
「僕が考える策はね…」












































ヴィヴィアン自室――――

「そうだね明日には向かうよ。え?確かに皆、マラ教の仕業じゃないかとは言っているけど。はは、大丈夫だよ。だって、やったのは君達じゃない。ダミアンだ。そうでしょ?うん。じゃあ明日アマルダ侯爵邸で」
雨は止んだが、まだすっきりしない空が広がる夕暮れ。自室の電話でマラとの通話を終えたヴィヴィアンは受話器を置いた途端、堪え切れずに腹を抱えて笑い出す。背凭れがギィ、と唸る程反って。
「あははは!マラもダミアンもエドモンドも国民も皆みーんな馬鹿だ!大馬鹿だよ!」
目を左手の平で覆いながら笑う。指と指の隙間から紅色の天井に輝くシャンデリアを覗いた彼の唇が裂けそうな程笑っている。
「マラも僕を疑っていたみたいだから、あっちはあっちで何か策を練っているかもしれない。けど、どんな策を使ってきたところでこの僕に適う奴なんていないのにね!」


ドォン!

高らかな嘲笑い声をも掻き消す雷が、鳴り響いた。












































同時刻、
城下町路地裏―――――

民家の壁に背を預け、黒フードをかぶったマラが携帯電話を閉じ溜息を吐きながらもそれをポケットの中へしまう。たった今ヴィヴィアンから電話があり出たものの、やはりまだ信じ難いのは確か。
「ヴィヴィアン君が私と手を組む…そんな事は明らかな嘘に決まっているじゃないですか。しかし…」
呟きながら、隣でまるで人形さながらに瞬き一つせず突っ立っているダミアンを横目で見る。マラ同様、姿を隠す為全身黒ずくめで黒フードをかぶっている。
「君をここで…というのは惜しいですからね…。私は一体どうすれば良いのでしょうか…」
「ル、ルーシー殿…!?」
こんな人気の無い路地裏に聞こえた男性老人の震える声。そして"ルーシー"マラが死ぬまで…いや、死んでも恨み続けるであろう王家の名にダミアンは相変わらず無反応だが、マラは違う。声のした方をゆっくり向けば、路地裏入口で初老の男性とオレンジの髪をした若い女性が立っていた。女性に抱き抱えられた男児。男児に抱き抱えられている青の宝石の首飾りをした真っ白い猫。彼らは軍事会社フェルディナンド社のロバートとドロシー、そしてドロシーの息子のまだ幼いケイティ。ケイティの腕の中には一年前ダミアンが彼に預けた愛猫メリーの姿が。
しかしロバートとドロシーはマラと目が合い、尚且つダミアンがマラと共に居る光景に目が見開き、顔が青ざめていた。そんな彼らを哀れみもせず、ゆっくりコツン…、コツン…と靴の踵を鳴らしながら歩み寄ってくるマラ。
「なな、何だ貴様!貴様はマラ教皇だろう!」
「ふふ、覚えていて頂けて光栄ですね」


コツン…、コツン…

「ふ、ふざけるな!貴様か!貴様がルーシー殿を唆して奇妙な連続殺人を起こしているのだろう!」
「おやおや。屋敷から逃げ出す際私達の姿を見られてしまったようですね。これは大変だ」
コツン、コツン。
「こ、これ以上近寄るな下衆め!!」


ピタリ、

ロバートがドロシー達を庇うように前へ立ちはだかりその言葉を突き付ければ、何とマラは嘘のように彼の言う事を聞いてしまうのだ。つまり、立ち止まってしまったのだ。あっさりと。ロバートは一瞬戸惑うが、安心してなどいられない。温厚な彼らしかぬ険しい顔付きで、すぐ目の前に居るマラを睨み付けている。






















「貴様が…貴様が8年前王室を滅ぼしたのか…!」
「そう思って頂いて構いませんよ」
「なっ…!何だその他人事のような態度は!またなのか、また王室を滅ぼすのか!ルーシー殿を、ダミアン殿を使ってか!」
マラは白い歯を見せて笑った。
「御名答。正解者には御褒美が必要ですね、ダミアン君」


パチン!

「何を…っぐ!ぐあああ!」
「父上!!」
マラが指を鳴らした。それを合図に、いつの間にかマラとロバートの間に潜り込んでいたダミアンの右手のナイフがロバートの腹部にめり込む。
「がはっ…!」
口内から血を吹き出し今にも倒れ込みそうになるのに、娘ドロシーと孫ケイティを守ろうと瀕死のロバートは足で踏張り、これ以上先へは行かせまいと堪える。
「っぐああああ!に、逃げろ…逃げろドロシー!ぐあああ!」
もう次期死ぬのに。それが分からないのかダミアンは未だ尚、ロバートの腹部にナイフをめり込ませトドメをさし、貫通させる。


ドスッ…!

「あ"…!」
最期は悲鳴を上げる力さえ残らずロバートの目の前が真っ白になったのと同時に、彼の死体がゴトン…と鈍い音をたててその場に転がる。


ゲシッ、ゲシッ、

そんなロバートの事すら忘れ、マラに洗脳されたダミアンはただ無表情を浮かべながらロバートの身体を何の躊躇いも無く踏み付けて、ドロシー達の前に立つ。
「うっ…うっ…うわああん!」
幼いといってもこの惨劇が分かるケイティは、ドロシーの腕の中で泣き喚き出してしまった。しかしドロシーは予期せぬ光景を前に、逃げ出したいのに恐怖に支配された身体がピクリとも動かないのだ。仏頂面の彼女も、この時ばかりは目が開ききっているし顔は真っ青というより真っ白だ。白く乾き切った唇がガタガタ震えているのが、誰が見ても分かる。





















「うわああん!やだよやだよ王様!どうして、どうして!?一緒にお絵描きしてくれたのに!一緒に遊んでくれたのにどうしてこんな事するの!もうやめてよ!」
「ケ、ケイティ…!」
無垢な子供のケイティの発言は、ダミアン達を挑発させるだけだ。ドロシーはやっとの思いで唯一動いた右手の平でケイティの口を覆う。
「ほう…お絵描きにお遊びですか。ダミアン君にしては意外な一面もあったわけですね。ではケイティ君と申しましたでしょうか?どうぞ来世は我がマラ教を信仰して下さいね」


トン、

身の丈程の真っ赤な十字架で、汚れた地面を叩く。それが合図。


ドスッ!ドッ!

「きゃあああ!」
2本のナイフで両胸を貫通させられたドロシーは白目を向き、仰向けのまま倒れる。刺される直前で、抱いていたケイティから手を離した為ケイティは無事だ。だが、涙でぐしゃぐしゃの顔のケイティがメリーを抱き抱えながら地面を這って逃げるも、幼児が逃げ切れるわけがない。ケイティのその必死な姿が無感情の青の瞳に映り、ダミアンは右手を振り上げる。
「う、あっ…!いやだよ、いやだよ王様ぁあああ!」
直前、這いながらもこちらを向いたケイティのブラウンの大きな瞳が許しを乞うが、伝わるはずも無くて。


グシャッ、

嫌な音。嫌な感触。これなら拳銃で遠くから頭部を貫通してしまった方がこの嫌な感触を味わう事も無いのに…。そんな人間らしい思考なんて無くて、"マラに命じられた相手を敵と認識し、殺す"たったこの思考しか洗脳された今のダミアンにはもう無いから、小さい背中から真っ赤でドロドロした血が飛び散るのに何とも思わず、その場に膝を着きながら右、左、右、左と交互に切り裂いていくのだ。






















ダミアンの黒のコートは赤色だっただろうか?すぐ後ろでマラは笑む。
「おやおや。黒は何にも染まらない色だというのは嘘のようですね。だって。ほら。彼のコートが真っ赤に染まっていくじゃありませんか」
これで目撃者も消えましたし…とマラが呟く。殺人機械さながらのダミアンはスイッチをオフにしてもらわないと最後を知らないから、いつものようにマラが止めようとした時。
「にゃあ…」


ピタッ…、

ダミアンの手が止まる。猫の鳴き声がした左側に、ゆっくりゆっくりと顔を向ける。無感情の青に映った猫メリーは真っ白いはずなのに、ケイティの血で所々赤く染まっていた。どこか悲しそうな擦れた鳴き声を上げながらも、血に濡れたダミアンに擦り寄る。しかしダミアンは瞬き一つせずただ無表情のまま。
「…確かダミアン君が幼少期から飼っていた猫…でしたか。可哀想に。主人はもう貴女の事など覚えてはいませんよ」
マラからの冷たい言葉が降り注いでも、ダミアンからの冷たい眼差しを受けられても、メリーはいつもの甘えてくる愛らしい表情で何度も何度も擦り寄るのだ。





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