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症候群-追放王子ト亡国王女-
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太平洋上空―――

「了解です。私では役不足ではありますが、殉職者ダイラー将軍の代わりに全部隊の指揮をこの私ブーランジェが担いましょう」
ダイラー部隊副隊長中佐にそう告げてすぐ、進行方向を急遽変更。ブーランジェ大将は愛機F27ルーヴルで太平洋へと飛行。上昇していく機内で、自らが率いるルネ領日本東京駐屯地部隊部下全員一斉に、音声のみで通信を繋げる。
「やあ駐屯地の諸君。愛機の調子は如何かな」
「ブーランジェ大将?」
「おっと。今はそれどころではなかったね。諸君も薄々感じている通り、我が軍の誇りダイラー将軍が日本軍との交戦中消息を絶った」
ブーランジェから告げられる通信に、メッテルニヒをはじめとする駐屯地部隊のパイロット達は薄々感付いていたようでそこまで驚愕はしなかったが、一瞬俯く。だがそれはほんの一瞬たらず。いつまでも同胞の死を引き摺っていてはいけない。我らルネ軍は国王陛下へ命を献上する為だけに存在しているのだから。
この定義が見に染み付いたルネ軍の面々は、ブーランジェからの通信を耳に付けたイヤホンで聞き取りながらもアメリカ軍と交戦。
「将軍の部隊は代理で今中佐が部隊を率いてはいますが、あのダイラー将軍が消息を絶つ程。今から私はダイラー将軍部隊を率いる為、ルネ領日本へ向かいます。何、すぐに片付けて再びこちらと合流しますよ。その間こちらの駐屯地部隊の指揮はメッテルニヒ少佐に任せましたよ」
「はい了か…え!?ブ、ブーランジェ大将!?」
自分が部隊の指揮をとるまさかの事態に、機内で交戦を繰り広げていたメッテルニヒは目を見開き、ブーランジェへ何度も通信を繋げたが開いてはもらえず、音信不通状態。
少佐と言えど昇格して初の空。しかも初の連盟軍との戦闘。そんな事を述べていられる状況ではないものの、いざ任せられてしまってはパニック状態のメッテルニヒ。
アメリカ軍との交戦は繰り広げてはいるものの、心此処に在らず。


ガー、ガガッ、

そんな彼に、駐屯地の部下達から通信が繋がる。挙動不審になりながらも、それを開く。
「少佐!お供致します!」
「え、あ…」
「ダイラー将軍亡き今、我々の力の見せ所です!」
「あ、その…」
「連盟軍などブーランジェ大将が戻る前に片付けてしまいましょう少佐!」
「…はいっ!」
言いたい事や不安は山のようにあるが、部下達の前向きな姿勢に弱音など吐けぬ状況に流されるもメッテルニヒは、前方右から攻め込んでくるアメリカ軍戦闘機と前方左から攻め込んでくるアンデグラウンド軍戦闘機を目の当たりにし、ゴクリ…と唾を飲み込んでから部下全員へ通信を繋げた。
「フォーメーションC2!国王陛下へこの身を捧げる心構えで挑もう!」
「了解!」
ワシントンの空に3色の各軍戦闘機が戦禍に身を投じた。















































太平洋上空――――

「ぐっ…!宮野純家の…!お国の為に…ぐあああ!」


ドン!

爆音と共にオレンジの炎を上げ破片となり、宙に舞った日本国革命軍戦闘機。大破した戦闘機の後ろから姿を現したブーランジェ機を補則した瞬間、日本国革命軍パイロットは目の前に迫りくるブーランジェ機を恐れたのか「ひぃ…!」と声にならぬ悲鳴を上げながら離脱していこうと逃げる。だが、それをブーランジェやルネ軍が逃すはずがない。
「…ロックしました。1機たりとも逃がしはしませんよ日本国革命軍…」


ドン!ドン!

ブーランジェにロックされた日本国革命軍戦闘機は、ブーランジェ機から放たれたミサイル2発で呆気なく大破。その時。ブーランジェ機に接近してくる機体が2機。それは黒の戦闘機ルネ軍だ。パイロットは中佐とその部下大尉。
「御協力感謝致しますブーランジェ大将!」
「はは、久しぶりですね中佐。それと大尉。ダイラー将軍よりは劣りますけれど、しばらくは私の指示に従ってもらいますが宜しいでしょうか?」
「お供させて頂きます!」
ブーランジェはフッ、と歯を見せ不敵に笑んだ。
その時、グッドタイミングでありバッドタイミング。前方から日本国革命軍戦闘機が三方向でこちらを標的とし飛行してきた。それをコックピット越しに見つめるブーランジェは、中佐をはじめとするダイラー部隊全員に通信を流す。
「宜しいですか諸君。我々の本命は連盟軍です。オマケの愚か者達など半日で沈静化致しましょう」
「了解」
綺麗に揃った了承の声を合図に三手に分かれたブーランジェ、中佐、大尉は日本国革命軍が前方から発射したミサイルを何と、サーベルで斬り付けたのだ。


ドスッ!

勿論、それを斬り付けた時起きる灰色の爆風でブーランジェ達の機体は見えなくなってしまう。

























ルネ軍のその闇雲な対処方に、日本国革命軍パイロット達は目を点にする。
「な…!?一体どうしたんだ天下のルネ王国!?」
「ミサイルを避けず自ら斬り付けた!?」
「自殺行為をする程ルネが追い詰められていたって事か?」
口をひきつらせながらも、ルネ軍のまさかの行動に笑うに笑えない日本国革命軍パイロット達。


ビー!ビー!

しかし、敵機接近の嫌なサイレンが鳴り止まない為、気を引き締める。
「ミサイルを斬り付けた時の爆風に隠れて特攻してくるに違いない!」
「そんな戦法古くさい、」


ドッ、

「…!瀧本大尉!?」
「青木!後ろだ!」
「くっ…!」
余裕綽々でルネ軍を待ち構えていた日本国革命軍3機の内、中央で構えていたパイロット瀧本大尉の1機が後ろからサーベルで一突きされたのだ。コックピットを貫通。
その瞬間を目の当たりにした日本国革命軍パイロット青木はしばし呆然としていたが、ルネ軍に背後にまわられた事に一早く気付いた日本国革命軍パイロット杉崎。咄嗟に、青木を庇う為に青木の機体前へ出るが…
「狼狽えるな青木!ルネに背後をとられているぞ!」
「杉崎!?」
「これだから日本人は…」
「仲間想いはフィクション内で充分」
「それではさようなら日本国革命軍の方々」
中佐、大尉そして最後にブーランジェの台詞後、ルネ軍3機一斉に砲撃レバーを前へ押し倒した。


ドン!ドン!ドンッ!!


























「…!」
3発の爆発音と共に、青木と杉崎の機体が炎上した光景を遠方から見ていた総治朗。幸い彼の周囲にルネ軍は居ないが、いつ気付かれてもおかしくはない。それ程までに日本国革命軍の機体は大破させられたのだから。
慶司を庇った際に負った傷がまだ癒えず、血塗れのヘルメットを足元へ放り投げる。露になった彼の頭部から流れる真っ赤な血。
「っ…!」
総治朗はすぐにモニタで現在生存を確認できるパイロットの機体を調べる。総治朗機を含め生存数9機。しかしその機体全てが戦闘できる状態かどうかは定かではない。
調べていた時ピクリ…、と彼の手が止まった。モニタに映し出された行方不明の機体の中に、慶司が搭乗した機体が表示されていたからだ。


ガクン…、

瞬間、彼は力無く操縦席もたれにズルリ…と凭れ掛かる。空虚な目をして。
「そんな…そんな…僕は宮野純王室の為に…なのに…殿下が…」
心此処に在らずな彼は無心ではあるが、本能的なのだろう。革命軍基地が在る京都へ向かい、飛行して行った。その間にも日本国革命軍戦闘機ロスト数4、6…。生存数残り3機。

















































































神奈川県――――

戦禍を逃れる為、元王立日本国大学が避難所となっていた。体育館内に集った日本国民達は皆見知らぬ人とも身を寄せ合い、戦闘機や爆弾の投下される音が止むのを今か今かと待ち焦がれている。
大学校舎玄関隅にて、長身で厳格な表情をした女性『川崎 小町(かわさき こまち)』に、震える両肩を支えられながら、玄関の閉じられたガラス張りの窓から外を見つめる赤の着物姿の女性・宮野純 梅
彼女の幼少時代からの侍女小町に、梅の乾いた唇が話し掛ける。
「慶司さんは…慶司さんは…」
「…梅様。慶司様は1年前の戦闘で、」
「た、大変だ!太平洋沿岸に旧日本軍とルネ軍の戦闘機が落下してきたそうだ!」
慌てた様子で駆け付けてきた避難民の1人の中年男性。玄関の外を指差しながら息を切らした男性の叫び声を聞き付けた避難民達がゾロゾロと集まる。
「旧日本軍戦闘機だと…?我が国にもう軍隊など無い…ならば一体誰が…」
「宮野純慶吾さんです!」
「え?なっ、梅様!お待ち下さい梅様!」
先程までの魂の抜けた梅は何処。キラキラ目を輝かせた梅は小町を振り払い、下駄のまま外へ飛び出して行くではないか。顔を真っ青にさせて慌てた小町が彼女を追いかければ、すぐに追い付いてしまう。
























がっちりと後ろから梅の身体を押さえ付ける小町を振り払おうと、狂者の如く暴れ喚く梅。
「嫌!放しなさい!」
「お待ち下さい梅様!今外へ出られては危険です!」
「嫌!嫌!慶吾さんが!慶吾さんが私達日本を助けに来たに違いないのです!」
「梅様…!」
半狂乱な梅を前にしては小町も胸が痛む。そんな梅達を気に掛けた避難民の男性達数人が、外へ駆け付けてくれた。


ゴオッ…!

そんな彼らの上空で、姿は見えないがルネ軍戦闘機が飛び交うあの嫌な音が耳へダイレクトに届く。それ故小町は更に力を込めて梅を大学校舎内へ引っ張っていくが、相変わらず抵抗してくる梅。
「放しなさい!私の命令が聞けないのですか小町!」
「梅様…!」
その時だった。


キキィーッ!

「何だ!?こっちへ猛スピードで向かってくる車が!」
「え?」
1人の中年男性が見つけたのは、こちらへ向かって高速度で走ってくる白のワゴン車1台。事故車だろうか。フロントがめちゃくちゃで、運転席のフロントガラスは割れている。






















1台のワゴン車はあっという間に梅達の前にキキー!と耳障りな急ブレーキ音をたてて停止。即座に小町は梅を無理矢理玄関へと押し込む。避難民達は呆然とした目でそのワゴン車を見ている。


バタン、

すると、ワゴン車の運転席から現れた人物が脇に抱えた、ぐったりとした1人の少年を避難民達が捉えた瞬間彼らは言葉を失う。
「慶司様…!」
彼らのその声は、玄関の扉を挟んで向こうに押し込まれた梅には届いてはいないが、梅は再び玄関の外へ駆け出す。下駄を脱ぎ捨てて。
一方。現れた男の脇に抱えられぐったりとした慶司。日本国革命軍の黒地の軍服を着た彼は頭から爪先まで水に濡れ、びしょびしょだ。


カチャ…、

慶司にばかり目が向いていた避難民達の耳へ届いたのは、銃を構える音。
避難民達がゆっくり顔を上げた其処には、ワゴン車を運転してきて慶司を脇に抱えた男が避難民達へ銃口を向けている姿。
顔を見てもこの男が誰かは分からないが、その男が着用しているずぶ濡れの黒地に赤の軍服を見た瞬間、避難民達全員の血の気が引いた。銃口を構えた男は静かに口を開く。
「ルネ王国軍将軍ダイラー…。ルネ領日本国から日本の名を奪いに来た…」










































































同時刻、京都
日本国革命軍基地――――

「はぁ、はぁ…!」
基地前へ着陸させた戦闘機から飛び出した総治朗。額から滴る血が視界を霞めるが、気にも留めずただ駆ける。途中、何度か躓きながらも基地の引き戸を勢い良く開く。


ガラッ!

日本の古くからの和の造りをした基地入口は外装こそ基地らしい一見灰色のビルだが、中へ入ってしまえば普通の家。静まり返った廊下を、ブーツも脱ぎ忘れて駆ける。


タタタタ…!

長い廊下を呼吸を乱しながら駆ける。目指すのは、基地最奧に在る慶司の部屋。
「はぁっ、はぁ…!殿下何処に居られるのですか…!貴方が居なくなってしまっては日本は…!日の丸は…!」
総治朗が角を曲がろうとしたその時。向こうからも角を曲がろうとしてくる人影を見付ける。正面衝突する寸前で足を止めた。
その人影がもしかしたら慶司ではないか?と希望を抱く総治朗の空虚な瞳に光が射し込んだのも束の間。彼のオレンジ色の瞳に映った人物は、慶司ではない。
「お前は…!」
目の前に現れた人物。
天井に頭がついてしまうのではないかと思う程長身で全身黒ずくめの人物の首や手首や足首には無理矢理壊した枷がついているが、枷に繋がれているはずの鎖は引き契られている。
「お前は地下牢で捕らえられていたはず…!一体どうやって抜け出した…!」
総治朗が話し掛ける相手は手首につけている重たい枷を総治朗の頭部目掛けて振り上げた。総治朗は目を見開き震える唇で、目の前に現れた人物の名を呼んだ。
「ヴィルードン・スカー・ドル…!」
「日本の侍さん…お出掛け…て、感じっすか…」


ゴツッ!

鈍い音がした。



































































イギリス、
ブルームズ宮殿―――

「あらあら!お久しぶりですねジュリアンヌ様!はい!貴女様が本国へいらっしゃる事は側近から伺って…え?」


ガシャン!

「陛下…?」
金色の受話器を片手に、空いている方の片手に持っていたティーカップを床へ落としてしまったエリザベス女王を、側近が不思議そうに覗き込む。受話器を持つ彼女の手が小刻みに震え出すのと比例して、彼女の顔から血の気が引いていく。
「ダミアンちゃんの私物と血痕が…ジョージアナ邸で発見された…のですか?」














































同時刻、ブルームズイースト
アーノルド侯爵邸―――――

「何なに?」
「ジョージアナさんのハウスで殺人事件があったらしいですよ!」
「いえ、聞いた話によればジョージアナ氏…いやアーノルド侯爵ハウス内には、祭壇の後ろに真っ赤な十字架が立てられていて…」
「儀式が行われていた様ですよ…」
「真っ赤な十字架…?まさかあの異端の…」
「…マラ教」
アーノルド侯爵カントリー・ハウス入口前には立ち入り禁止の黄色のテープが引かれ、スコットランドヤードがハウスを家宅捜索。
貴族の野次馬の中には、髪をおろしたジュリアンヌと、その隣には黒のスーツと帽子姿で更にはサングラスで素性を隠したロゼッタの姿。元より光の無いジュリアンヌの青の瞳が呆然。震える彼女の手から、血痕の付着したダミアンの時計と携帯電話を取るロゼッタ。白の手袋をはめたロゼッタは、それらをまじまじと見る。
「…小僧いや、ダミアンはいつから家を留守にしていたのじゃ」
「聖マリア諸国との戦闘の時から…」
「…とすれば失踪から2週間と4日か」
「でも1週間前に電話がかかってきたんだよ!」
泣けないのに今にも泣き出しそうなジュリアンヌが声を裏返らせてロゼッタに顔を向ければ、ロゼッタは目をぱちくりさせる。























「話の内容に変わった様子は」
「…アーノルドさんの事を知っているか、って突然…」
「アーノルド侯爵の事を?何故じゃ」
頭上にハテナを浮かべるロゼッタ。ジュリアンヌは周囲を見渡した後、ロゼッタにしか聞こえぬよう耳打ちする。声を震わせて。
「このハウスの主人…昔カイドマルド王室を抜けたアーノルドさんなの」
「アーノルド侯爵はイギリス人じゃ?」
「ううん。彼はヘンリーの弟アーノルド・ルーシー・カイドマルドだよ…」
「…!?」
持っているアーノルド侯爵の写真とジュリアンヌの顔を、目を見開きながら交互に見たロゼッタも途端、小声になる。
「…どういう事じゃジュリアンヌ。昔じゃが同盟を組んでいた上、カイドマルド王室とは親しかった私達イギリス王室はアーノルドの事など知らぬぞ」
「…私が王室へ入って3年後にはアーノルドさんは王室を出たからどんな人かもあまり覚えていないんだけど…、う"っ…!」
そこで言葉を詰まらせたジュリアンヌは突然苦しそうに顔を歪めて胸を押さえるから、ロゼッタは背を擦ってやる。
「どうした」
「…はぁっ…はぁ…、私…軍隊に入っていたでしょ…」
「嗚呼。らしいな。マラ教鎮圧の目的じゃったか?…!」
そこで何かに気が付いたのかロゼッタはピンク色の目を見開く。ジュリアンヌの顔を咄嗟に覗き込んだ。
「まさか…そのアーノルドという奴は…」
「軍で話は止まっていたけどね…マラ教徒の疑いがあったんだよ…」
「だから王室を抜けたのじゃな」
「分からない…。疑いがあっただけだし…」
「しかし現に、アーノルド侯爵ハウスにはマラ教徒を意味する赤の十字架や額に赤十字が描かれた信者の死体があったじゃ、」
「それ以上言わないで!!」
「…!」
野次馬の喧騒にジュリアンヌの怒鳴り声は掻き消されたが、目の前に居るロゼッタには確かに聞こえていた。あのロゼッタも呆然。しかしすぐ帽子の鍔で顔を隠しながら「すまなかったな」そう蚊の鳴くような声で謝罪すると、ジュリアンヌには背を向けてしまう。
一方のジュリアンヌの鼓動は、速く大きな音をたてて鳴る。発作が起きたかのように。
――またなの…?またマラ教徒なの…?またあいつらがカイドマルド王室もあの子も奪うの?――

























その時。ザッ…、と1人分の足音がした。
「遅れてしまい申し訳ありませんロゼッタ少将」
少女に呼ばれ、振り向いたロゼッタの顔に薄らと笑みが浮かぶ。
「おお。御苦労じゃったなルーベラ少尉」
ロゼッタが歩み寄った少女ルーベラは黒のスーツを着用して背筋を伸ばし、敬礼をしている。そんな彼女の事をまじまじと見つめたジュリアンヌは、彼女の力強い緑の瞳が自分のように光を失っている事に気が付き、言葉を失ってしまった。
そんなジュリアンヌの気持ちなど知りもしないルーベラが、ジュリアンヌに顔を向ける。光の無い人形のような瞳で。
「…?」
「おお。紹介していなかったな。ルーベラ少尉。こちらは私の古くからの友人ジュリアンヌじゃ」
ロゼッタがジュリアンヌの方に右手を伸ばし彼女を紹介する。だが、決して彼女がカイドマルド王室の人間でありダミアンの母親である事をロゼッタが口にしないのは、記憶喪失であるというのに自分の肉親を殺したダミアンの事だけを覚えていたルーベラに…そして、ジュリアンヌに対するロゼッタなりの配慮。
カイドマルドにルーベラが居た事はルネ対日本の戦闘でロゼッタは知っていたので、彼女を見付けた時ルーベラだとすぐに分かったのだがロゼッタ自身、ルーベラとダミアンに何があったかは全く分からない。だが、ダミアンと顔を会わしたあの日。ルーベラが彼を殺そうとまで憎んでいた事は、その場に居合わせたエリザベス女王から聞いていたので、配慮したのだろう。
ルーベラはジュリアンヌに身体を向けると背筋を伸ばし、敬礼する。
「失礼致しました。私はイギリス軍国際連盟軍所属ルーベラ少尉にございます」
「あ…うん。よろしくね…」

























「下がって下さい!下がって下さい!」
ヤードに下がるよう言われた野次馬達も1人また1人と帰っていく。一方でロゼッタは、腕に光る金色の時計に目を向けた。
「うむ。次の仕事の時間じゃな。行くかルーベラ少尉」
「はっ!」
敬礼するルーベラを後ろに歩かせ、行ってしまうロゼッタの肩を慌てて掴むジュリアンヌ。


ガシッ!

ロゼッタとルーベラが彼女に顔を向ければ、彼女は表情が無いなりに切なそうにしているのが伝わった。それは彼女の雰囲気から。
「ジュリアンヌ」
「私にも手伝わせて…!」
「…何をじゃ」
わざとしらばっくれるロゼッタだが、ジュリアンヌにはお見通しだった様子。
「最近イギリスにも布教を始めたマラ教の鎮圧に向かうんでしょ…!」
ニヤリ。白い歯を見せて精一杯力を振り絞り笑んでみせたジュリアンヌを、瞬きして見てからロゼッタは声高らかに笑い出すから、ジュリアンヌもルーベラも目が点。
そんなロゼッタが、ジュリアンヌに顔を向けた。据わった瞳をして。
「ははは!鎮圧?違うなジュリアンヌ。…皆殺しじゃ」


ゾワッ…!

ジュリアンヌの全身から血の気が引くが、ロゼッタはすぐに背を向けて歩き出してしまう。
「了承した。元軍人のお前なら頼もしいしな。しかしマラ教殲滅は公にはしておらぬ。女王陛下も知らぬ事じゃ。くれぐれも他者に洩らすなよ」
ゴクリ…唾を飲み込むジュリアンヌは意を決す。
「…分かった」
そんなジュリアンヌの青の瞳と金色の髪をまじまじと見つめるルーベラ。
――似ている…奴に…。…まさか…――
ルーベラは胸元で輝く青の宝石をぎゅっ…!と握り締めた。













































カイドマルド王国――――

「ヴィヴィアン陛下が実刑!?」
「どういう事!?我国はまたも国王を失ったの?」
カイドマルド城へ押し寄せる国民達を、何とか城下町で食い止めているカイドマルド軍。その中には将軍であるエドモンドの姿も見受けられる。
「落ち着いて下さい皆々様!国王陛下ならば必ずや、カイドマルドへ御帰還下さいます!」
そんな悲痛な声は国民達へ届いているのかいないのか。エドモンドは小さな溜息を吐き疲れた瞳で、後ろ遠方に佇むカイドマルド城を眺めた。




































カイドマルド城
2階のとある一室―――

「只今ルヴィシアン国王陛下が側近を率いてプライベートジェットへ乗り込みました!ヴィヴィアン・デオール・ルネはジェット最後尾に搭乗したとの報告を受けました!」
「…あの馬鹿」
とある一室のダブルベッドで頬杖を着きながら横たわっているラヴェンナ。
昼間からカーテンを閉めきった真っ暗な室内で1人テレビに目を向ける彼女の赤紫色をした瞳に映る映像は、ヴィヴィアンの実刑が始まるあのニュース。試しにリモコン片手にチャンネルをまわすがどのチャンネルも彼の話題のみ。いい加減イラ立ちさえ覚えたラヴェンナは深い溜息を吐き、テレビの電源を落とす。


ブツッ!

ベッドから起き上がると、欠伸をしながら部屋を出て行った。


バタン、









































「…?何だ。騒がしいな」
部屋を出てたラヴェンナ。軍隊の出計らった静寂に包まれる城内廊下。しかし外からは騒がしさを感じて立ち止まると、廊下の窓から顔を覗かせる。
「何だありゃ…」
ラヴェンナの瞳に映ったのは、遠方ではあるものの城下町へ押し寄せた国民達を引き留めているカイドマルド軍の姿。騒がしいが、何を嘆いているかは聞こえないラヴェンナには状況が理解できない。窓に手を触れながら首を傾げる。
「…ったく。この国に来て1年は経つがまだよく分からないな。はぁ。こんな時こういう情勢や歴史に詳しいあいつが居れば…」
「うーん。あれは多分、僕が実刑されると聞いて国民が押し寄せてきたんじゃないかな」
「嗚呼そうかなるほ…って、んなっ!?」
「あはは、相変わらず男口調だねラヴェンナ」
いつの間に?…隣から聞き慣れた声が聞こえたのでただ普通に会話をしていたラヴェンナだったが、頭の中をよく整理して理解したのだろう。自分が覗いている窓の隣の窓にいつの間にか立っていた青年を前にしたら、ラヴェンナは驚愕。後退りまでするラヴェンナをケラケラ笑う青年は…
「ヴィヴィアン!?」
「うん。そうだね」
正真正銘ヴィヴィアン・デオール・ルネだった。

























彼は実刑の真っ只中ではないのか?と、ラヴェンナはパニック状態。目が点で、頭上にはハテナが浮かんでいそうだ。
そんな彼女を前にしても楽しそうにケラケラ笑うヴィヴィアンは、クルーレ町のバーに居た時と同じ黒の帽子に黒のスーツ。頬や顔に傷痕が見受けられる。これはアマドールに捕らえられた時のものだろう。しかし、捕らえられていた割りにはだいぶ元気だ。
「んなっ!?ヴィヴィアンお前!?いやお前、ヴィヴィアンか!?」
キッ!と護身用の果物ナイフを懐から取出し刃先を向けるラヴェンナに、ヴィヴィアンは肩を竦める。
「酷いなぁ。まるで僕が化けて出てきたみたいな言い方だね」
「違う!お前…ヴィヴィアンの姿を真似た…ルネ軍か!?」
「は?」
「とぼけるな!あたしには分かる!そうなんだな!?あたしか?いやそれともエミリーの命でも狙いに来たか!」
「え、ちょ、ラヴェンナ頭大丈夫?」
ラヴェンナのまさかの思考にはさすがのヴィヴィアンも顔を引きつらせて苦笑い。しかし当の彼女は至って真剣。目付きの鋭さなんて、戦場へ身を投じた時と同じ。
「戦争で頭イっちゃったの?はは、僕は何処からどう見てもヴィヴィアンですけど?というか僕がそんな簡単にあんな無能に捕まるわけ、」
「父上の!母上の!ライドル国民の仇!!」
「なっ!?」
嘘だろ!?その言葉は飲み込んでしまった。何故なら、ヴィヴィアンを偽者だと完璧に思い込んでいるのラヴェンナは、差し出した果物ナイフの刃先をヴィヴィアン向けて何度も突いてくるではないか。




























持ち前の瞬発力で後ろへ下がりながら右へ左へ避けるヴィヴィアンと、フェンシングさながらにナイフを突いてくるラヴェンナ。
「ちょ、ラヴェンナ!?」
「黙れルネ野郎!あたしは騙されないぞ!母国の仇だ!」
「うっわ!」


キィン!

危ない!迂闊だったのだ。避けるタイミングが少しだけだが遅れたヴィヴィアンの左側の髪にナイフが触れて、髪がはらり…と、赤の絨毯が敷かれた廊下に落ちる。
――はぁ。これだから世間知らずのお姫様ってのは――
「トドメだあ!」
「はいはい」


ガシッ!

「!?」
何とヴィヴィアンは、ラヴェンナが突き出したナイフを左手素手で掴んだではないか。その行動にラヴェンナが目を丸るめていたら、掴んだヴィヴィアンの左手からじわじわと彼の血が滲み出す。これには、更に目を丸めるラヴェンナ。
「あーあ。さすがに駄目だね。僕とした事が」
一方のヴィヴィアンは平然とした調子で、ラヴェンナから果物ナイフを奪い取ると、にっこりと貼りつけた笑顔を浮かべた。
「こんな馬鹿な事をするのはヴィヴィアンお前くらいだな!」
「あはは。やっと僕が本物だって気付いてくれたね。でも馬鹿、は余計だよ」
笑っているのに左手に付着した血を白いハンカチで拭うだけの、血がやたらと似合うヴィヴィアンを前にラヴェンナはゾッ…!としてしまい、一歩後ろへ後退りをした。






































「国王陛下ならば必ずや帰還して下さいます!」
「…なるほどな。外の奴らはお前の事で揉めているのか」
外から聞こえる拡張機を通したエドモンドの声を聞きながら、城内の長い廊下を並んで歩くヴィヴィアンとラヴェンナ。相変わらずハンカチで出血する左手を包帯のように巻き付けて止血をしているヴィヴィアン。
「そんなのも分からなかったの?」
「何だと!?」
「あはは、ごめんごめん」
それからしばらく行く宛も無く歩く中、起きた沈黙を破ったのはラヴェンナの方。
「しっかしまあヴィヴィアンお前は本当に強運というか何というか。一度捕らえられたお前がどうやって逃れたかは分からないが。世界中の奴らは全員テレビに映っているアレをお前だと思っているぞ?」
「それが面白いんじゃないか」
「?よく分からないな。というか、じゃあテレビに映っているお前の替え玉は一体誰なんだ?」
「話してばかりだねラヴェンナ。そんなに僕が居なくて寂しかったかな?」
「気色の悪い事を言うなっ!」
「痛っ!」


ガッ!

ヒールで左足を思い切り踏まれ、顔を歪めるヴィヴィアン。
「ところでヴィヴィアン。アントワーヌはどうし、」
「そうだラヴェンナ。エミリーは何処に居るかな」
立ち止まりくるりとラヴェンナの方を向いたヴィヴィアンの貼りつけた笑顔。しかし、ラヴェンナはそれが意図している事に気が付かない。

「ああ、エミリーなら元気にしている。それよりヴィヴィアン!アントワーヌは、」
「エミリーは何処に居るかな」
「…!」
これでようやく気が付いた。ヴィヴィアンはアントワーヌの事を話したくないようだ。直接言わないがラヴェンナに対して態度で示している。二度目はわざと声を大きくして言われたのでラヴェンナは悟り、目線を反らして苦笑い。
「あ、ああ…エミリーか?エミリーなら3階のお前の部屋で眠っているぞ」
「そう。ありがとう」
そのにっこりした優しい笑顔はまるで仮面を貼りつけたかのように恐ろしい笑顔だった。



































エレベーター内―――

ぐんとエレベーターが昇る。


ポーン、

到着したチャイムの後扉が開かれる。使用人も今は休憩時間なのだろう。3階は静まり返っていた。気味が悪い程。


カツン、コツン…

長い長い廊下にヴィヴィアンが歩くブーツのヒール音だけが響く。
あれからヴィクトリアンを自分の替え玉とし、ショーの場へと送ったヴィヴィアンの脳裏では2週間前の出来事が思い出されていた。
































時は遡り2週間前―――

雪降るあの晩。ヴィヴィアンを助けにやって来たヴィクトリアンが牢屋の鉄格子を破壊した時。軍人上がりの持ち前の身体能力で、ヴィクトリアンの両腕を背中へ一まとめにして彼の上へ馬乗りになり、彼をねじ伏せたヴィヴィアン。
「ヴィ、ヴィヴィアン!?一体何の真似、」
「ははは!あはは!」
「!?」
監獄内に響き渡る弟の高笑いに、ヴィクトリアンは冷や汗をかきながら目が点になる。
「そうですか。そうでしたか兄上!母上を殺しちゃいましたか?殺しちゃったんですね?」
「っ…!僕、は…」


パチパチ!

拍手が響く。狂喜に満ちたヴィヴィアンが兄を讃える拍手が。
「素晴らしい!素晴らしいです兄上!」
「ヴィ、ヴィヴィアン…」
「その上、兄上もルネ王室を滅ぼさなければ平和は訪れないとのお気持ちをお持ちとは!僕は今、心の奥底から喜ばしいです!」
「…っ!」
ルネ王室の崩壊を望むクセに、デイジーを殺害した自分を誉め讃えるヴィヴィアンの言葉と拍手に胸が締め付けられるヴィクトリアン。
「僕と兄上の望みが叶う日も近そうですね。あとはルヴィシアンと…ヴィクトリアン兄上。貴方が必要という事です」
「!?」
汚い地面に顔を伏せ、ヴィヴィアンの言う言葉の意味が理解できない様子のヴィクトリアン。





















そんなヴィクトリアンの顔に、彼に乗ったまま顔を近付けて耳元で白い歯を覗かせるヴィヴィアン。
「ルネ王室のヴィクトリアン王子貴方が死んで下されば、僕の望みが叶うのも目前なのですよ?」
「…!!」
ヴィクトリアンの全身から血の気が引く。ヴィヴィアンの言葉の意味をようやく理解した時には…


ゴッ!

鈍い音がし、後頭部を思い切り殴られ、そのまま地面に伏せるヴィクトリアン。


ドサッ…、

視界が霞む。ゆっくりと後ろへ顔を向けた彼の霞む視界には、弟ヴィヴィアンの悪魔の笑み。
「ルネ王室崩壊進行への御協力。大変感謝致しますよ」
「ヴィ、ヴィ…アン…」
意識を失ったヴィクトリアンと服をすり替え、手枷をヴィクトリアンに付けるヴィヴィアン。ヴィクトリアンはまんまとヴィヴィアンの身代わりとされてしまったのだ。ヴィクトリアンの優しさは1ミリもヴィヴィアンには届かなかった。
























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