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症候群-追放王子ト亡国王女-
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遠くなっていくダミアンの背中を不思議そうに見つめる女の肩にポン、と骨張った手が乗れば、使用人が振り向く。
其処には、身なりの良い赤のドレスを身に纏った真っ赤な長髪の女が立っていた。年齢は30代前半くらいだろうか。女としてはそれなりに長身だ。指にはたくさんの煌びやかな指輪がはめられている。女は仮面を取る。緑色の垂れた目をしていた。
「奥様もお気に召す商品が見付かりませんでしたか?」
使用人のしょんぼりした表情。女は優女らしい笑顔を向ける。
「いいえ。とても素晴らしいモノばかりですわ。バルバネット男爵はとても良い趣味をしていらっしゃる」
「御主人様に御伝えしておきます!ですがそれなら何故途中退場なさるのですか…」
「ふふ。少し、ね」
ニヤリ。歯は見せず笑むと使用人に手を上げながら女は屋敷を後にした。








































ブルームズウエスト36番地―――

「はぁ、はぁ…!」
バルバネット男爵邸から飛び出し、少しだけ走って辿り着いた36番地。仕立て屋の壁に右手を付け、肩で呼吸をするダミアンの顔色はいつにも増して青白い。
彼の脳裏では、先程から同じ映像だけが永遠と流れている。まるで呪いの様に流れ続けるあの日の悪夢。ヘンリーをはじめとする嘲笑う側近達に囲まれ、身体中へと注がれる得体の知らない薬品。
先程闇競売で売られていた生気の無い男児が自分と重なったのだ。身震いがした。


ポン、

「!」
その時、背後から何者かの手がダミアンの左肩に乗り鬼の形相で咄嗟に後ろを振り向く。
「この無礼者!」
「久しぶりね」
「っ…?」
振り向いた其処に立っている優女。笑顔を向けられるし「久しぶり」だなんて言われるが、この女に何の心当たりも無いダミアンは眉間に皺を寄せ女を凝視。
一方の女は赤色の髪を右手で靡かせながら、仕立て屋のショーウインドウに映る自分に見惚れながら話し始める。
「あらあら。小さい頃はあーんなに可愛かったのに。それにしてもすごいわね。そんな小さい身体で一国の王に成ってしまうんだものあたしとしても鼻が高いわ」
「…私の素性を知っているな。貴様、聖マリア軍隊の人間か」


カチャリ…、

真っ昼間から、ダミアン護身用の拳銃の銃口が女の頭部に突き付けられる。幸い周囲は閑散としている為野次馬は居ない。だが、女は相変わらずニコニコといった調子だ。





















「…早く吐けばヤードには出さずにしておいてやろう。事を起こすのであれば貴様の首が飛ぶ」
女はニヤリと笑みながら両手を静かに上げたので、ダミアンの眉間には更に幾重もの皺が寄る。
「ぐずぐずするな。さっさと吐け」
「何を、かしら?」
「…私はあまり気の長い方ではない」


キシッ…、

拳銃を構えた右手袋の軋む音がした。引き金が引かれる。その時。


チュッ!

「〜っ!?」
「あら!可愛い!」
カッ!とヒールを鳴らして突然こちらを振り向いた女は更に突然ダミアンに抱き付くと、真っ赤に塗られた妖艶な唇でキス。目を見開き全身身震いしたダミアンがすぐ振り払っても、赤の扇でパタパタ優雅に扇ぎながら笑顔の女に我慢の限界に達したダミアンは迷わず発砲。


パァン!

銃弾が弾き出される音がしたが、それは仕立て屋の壁にめり込んだだけ。しかし、その銃声を聞き付けた仕立て屋の主人は勿論、近隣の店主達が慌ただしく外へ出てきた。
その為女は女にしてはやけに太い腕でダミアンの右腕を強引に引くと、すぐ付近に駐車しておいた真っ赤な愛車の助手席にダミアンを無理矢理放り投げる。


ドサッ!

「なっ!?この無礼者!貴様まさかマラ教徒か!」
ダミアンが怒鳴りながら助手席の扉を開き欠けたその瞬間女は車のアクセルを踏み込むと猛スピードで商店街を駆け抜けるから、慌てたダミアンは扉を閉めざるを得なかった。そうでなければ車外へ放り出され、死ぬ。
「貴様!やはりマラ教徒だな!貴さ、」
「アーノルド・ルーシー・カイドマルド」
「!」
女がふと呟いたその名にダミアンは目を見開き、女の顔を睨み付ける。
「…何故叔父の名を」
真っ赤で妖艶な唇を歪ませ女は満面の笑みを向けた。
「だってあたしの名ですもの」
「なっ…!?」














































ブルームズイースト――

広がる広大な土地。空の青と植物の緑とのコントラストが美しい自然。貴族達のカントリー・ハウスを越え丘の上にそびえ立つ、まるで宮殿のようなゴシック調の建物こそがアーノルドのカントリー・ハウス。
アプローチを抜け、案内されたカントリー・ハウス内はまるでハーウッド・ハウスの様な内装。煌びやかな装飾。紅色の絨毯が続く長い廊下。しかし何故だろうこれ程までに広い屋敷ならば、何故使用人1人とも遭遇しないのだろうと疑問を抱きつつも、アーノルドの後へ続き歩くダミアン。


キィッ…、

「好きな所に掛けて結構よ」
しかしアーノルドに言われる前に既にゲストルーム奧の3人掛けのソファーど真ん中に腰を下ろしたお構い無しなダミアンを見てクスッ、と微笑みながら食器棚からティーの茶葉を取出すアーノルド。アフタヌーン・ティーの準備をし出すアーノルドに、首を傾げながら問うダミアン。
「使用人の1人も雇えんのか」
「フフ、雇わないだけよ」
「…?」
「ダミアンは何がお好みだったかしら!」
「アールグレイだ」
「あら!アールグレイをホットで飲むだなんて通ねェ。でもアタシも嫌いじゃないわよ」
小鳥の囀り。南に位置するイングリッシュ・ガーデンの噴水の水音。そして優雅な室内にアールグレイの香りがする。年代物ではあるが、高価さを漂わせるテーブルに用意されたアールグレイと、ワッフルを思わせる茶菓子の薄いバタークリスプ。






















アールグレイを口にし、満足気に声を洩らすアーノルドを余所に、ダミアンはアールグレイを口にしながらも室内を凝視する。まるで何かを探るかの様に。
「んーっ!アールグレイなんて久しぶりだわ!アタシ、アッサム派なのよ」
「戯れ言はいい。アーノルド。何故王室を出た。今何をしている。何故イギリスなのだ」
こんな優雅なアフタヌーン・ティーだというのにまるで会議中かのような鋭い眼差しと厳しい口調の甥には、アーノルドも目をぱちくり。
「いやねぇダミアン!せっかくのアフタヌーン・ティーよ?そういう堅ーいお話は晩餐の時にして今は他愛もないお話を楽しみましょ?」
「…ならば一つ聞いて良いか」
「うん、うん!何なに?」
興味津々且つ嬉しそうに両手でテーブル上に頬杖を着いて顔を近付けてくるアーノルド。だから、嫌そうに顔を離すダミアン。
「…叔父の貴方が何故女装している」


しん…

沈黙。小鳥の囀りが聞こえてくるだけ。
相変わらず目をぱちくりさせるアーノルドと、相変わらず嫌そうに顔を離すダミアン。しかしアーノルドはガハガハ笑い出す。
「あっはっは!そうねそうよね?良い所に目を付けたわダミアン!あたしね、王室の堅ーい帝王学?とかそういうとにかく堅ーい生活から逃れたくて王室を飛び出したんだけど!まぁそのストレスでイっちゃったのかしら?気が付いたら女装趣味に走っちゃってたってワケ!でも手術とかしてないわよ?」
「聞いていない」
「あっはっは!小さい時とは別人ねダミアン!」
ただひたすら笑い1人で盛り上がるアーノルドには、さすがのダミアンもうんざりのご様子。ソファーの肘掛に凭れ、溜息を吐く始末だ。




















『アーノルド・ルーシー・カイドマルド』31歳。
彼は故ヘンリー国王の父つまり、ダミアンの祖父にあたるエドワード7世と王妃ヘレナの実の息子。所謂ヘンリーの弟だ。叔父アーノルドとは幼少時代たまに会っていたが記憶には無いダミアンも、叔父アーノルドの存在は覚えていた様だ。
話は戻り、アーノルドはヘンリー同様財政学に全く興味を示さず享楽に溺れるタイプだった故、カイドマルド王室の堅い生活に息が詰まったのだろう。自ら王室から姿を消した。それはダミアンがまだ3歳の時だったらしい。
女に溺れる兄ヘンリーと女装趣味に溺れた弟アーノルド。思考は異なれど、どちらも享楽に溺れるタイプだという事が明確だろう。


























相変わらず真っ赤なドレスに真っ赤な髪。そして真っ赤な唇を妖艶に艶めかせるアーノルドを、哀れむように見つめながら溜息を吐く。
「ルーシー家の恥曝しだ」
「んもーっ!叔父様に向かってその言い方は無いんじゃないのダミアン?ち・な・みにぃ!女での名前はジョージアナ・レイク・ディスパーよ!」
ウインクまでされ底無しの明るさで振る舞われてはさすがのダミアンも諦め、肩をがっくり落とすだけだった。
「ところでダミアン」
「何だ」
「あまりお堅い話はしたくないのだけれど、お国はどうしたのかしら?」
ピクッ…。バタークリスプに伸ばそうとしていたダミアンの右手が止まる。
「…貴様には関係の無い事だ」
「まぁそれもそうよね」
「…簡単な脳の作りをしているようだな」
「え?ちょっとォ!何それ褒めてくれてるの?いやん!嬉しいわ!」
どうしましょう!などと、きゃっきゃっ盛り上がる叔父には本当に溜息しか出ないダミアン。
そんな叔父アーノルドは「あっ!」と何かを思い出したかのように声を上げると突然ダミアンの両手を強引に引っ張り立たせたので、ティーを楽しんでいたダミアンのカップからティーが零れてしまい、それが彼のスーツを見事、汚した。


バチャッ、

「何をする!」
「いーからいーから!今晩はね、あたしのハウスのサルーンで伯爵に侯爵、男爵、子爵を招いたパーティがあったわ!」
ぐいぐいとダミアンの細い右腕を引きながらゲストルームを抜け、廊下のように長いギャラリーをぱたぱたと駆けるアーノルドに引っ張られ振り回されるダミアン。























「私はそのようなくだらん夜会に等、一切出ない主義だ!」
「はーあっ!夜会好きなジュリアンヌ様の血を受け継いでいるとは思えないわね!その石頭誰に似ちゃったのかしら?あらよっと!」
「っ!」


ドサッ!

開かれた扉の向こうに広がる室内へ突き飛ばされ、そのまま後ろからダイブしたダミアン。だが不思議と痛く無いのは、この部屋一帯に散らかったドレス達がクッションとなったからだろう。
辺りをゆっくり見渡せば、窓も無いこの室内に散らかる無数の派手なドレス達。赤や青にピンクや緑といった極めてドギツイ色合いのドレスしかない。この部屋を見渡してすぐ、アーノルドの女装部屋だと気付いたダミアン。


パタン、

「!」
その時部屋の扉が閉まる音がしてハッ!と顔を上げれば、其処には怪し気な満面の笑みを浮かべるアーノルドの姿。
本能的に何かまずい事が起きると悟ったダミアンが後ろへ下がろうとした時。それよりも早く、アーノルドの骨張った両手で肩をがっちりと掴まれてしまい、身動きのとれなくなったダミアンは珍しく冷や汗を流す。
「ふんふふ〜ん♪」
アーノルドはまるで人形の衣裳替えをする幼女のように鼻歌混じりでダミアンのワイシャツを剥ぎ取った瞬間、鼻歌は途絶え、アーノルドの目は点。沈黙が起きる。何故ならば…
「…!ダミアン貴方この跡は…!?」
「黙れ愚か者が!!」
バッ!と隙を見てアーノルドを振り払うダミアンは背を向けるが、全て見えてしまっている。ヘンリー達から受けた注射の痛々しい痕が。
首筋から上半身全てに赤や紫の痕となったそれは、ヘンリー達から不老不死とは名ばかりの薬を注射器で注入された生々しい痕。アーノルド自身それが何なのかは全く分からない。だが、分かる事はある。彼が受けてきた虐待の痕なのだと言う事が。しかし、それがまさか兄ヘンリーからのものだとは思ってもいないだろう。






















一方のダミアンは再び振り向くと、アーノルドに右手を差し出す。表情は無いが苛立っている事は雰囲気で分かる。
「返せ」
ワイシャツを、だろう。
しかし呆然とそして眉尻を垂れ下げて、ダミアンを哀れみの瞳で見つめるアーノルドはワイシャツを返そうとはせず、ただただ俯くだけだ。
「何があったのかは王室を早々に飛び出したアタシには分からない…。けど、大切な甥っ子がアタシの知らない所でこんな酷い目に合っていたなんて…!うぅ…」
ダミアンのワイシャツで顔を覆いながらぐすぐすと泣くアーノルドを、ダミアンの感情の無い瞳がただただ睨み付ける。
「同情など要らん。早くワイシャツを返、」
「じゃあ今晩はそんな嫌な過去も忘れてパーティを思い切り楽しみましょう!」
「なっ!?」
突然顔を上げたアーノルドはたったさっきまでぐすぐすと泣いていたはずなのににこやかな笑顔を浮かべるとすぐ、足元で散らかっていたドレスのうち青のドレスを手に取り、言うまでもなくダミアンにかぶせたのだ。
普段動揺などしないダミアンの悲痛な叫び声がハウス一帯に響き渡ったのは言うまでもない…。
















































20:45、
アーノルド・ハウス
1階ホール――――――

「やあ!久しぶりだねミセス・バーネット」
「ええ。今晩もまた楽しいパーティになりそうね」
「はっはっは。アーノルド侯爵のする事だ。きっと私達が喜ぶ最高のパーティを見せてくれるだろう」
外は闇夜。しかし、ハウスの中は大きなシャンデリアの光々とした明かりそして、集まった紳士淑女達の楽し気な談笑の声で賑やかだ。しかし何故か皆、黒地に煌びやかな宝石のついた仮面を身につけている。
50代半ばの紳士淑女ばかりの中、一際目立つ紺色に近い青のドレスと青薔薇のヘッドドレスを身につけた金色のパーマがかった長髪の背の低い少女が1人。紳士淑女達はヒソヒソ話しながら少女に視線を送る。
「あら。もしかして…!」
「ええ。きっとあの子よ」
「アーノルド侯爵が仰っていた稀に見る…」
紳士淑女達の好奇の眼差しや話し声は少女に届いてはいなさそうだ。何故ならこの青いドレスの少女の正体は、アーノルドの理解に苦しむ悪趣味の巻き添えを食ったダミアンなのだから。
――あの下衆が!何故この私があいつの悪趣味に付き合わされなければならんのだ!!――
ドレスを持ち上げながらレディにあるまじき大股歩きでヒールをカツ!カツ!と乱暴に鳴らしながら、誰がどう見てもイラ立った雰囲気を纏わせてホールの隅まで行き、丸いチェアに腰掛けて下を向きながら大きな溜息を吐く。
「はぁ…」
ゆっくり顔を上げてみれば、彼の目の前に広がる光景それは着飾った紳士淑女達が皆笑顔で楽し気に談笑する姿。その光景が13年前、カイドマルド城で初めて夜会に参加したあの日と重なる。



































13年前――――

「これはこれは!お久しぶりですヘンリー国王陛下」
「やっぱりいつ見てもキャメロン様は麗しいわ」
夜会好きのヘンリーらしい盛大に行われる舞踏会。当時カイドマルド城だった城のホールにて集う貴族達は眩しい程の煌びやかなスーツやドレスで己を着飾り、ヘンリー国王やキャメロン王妃との会話を楽しんでいる。
そんな様子を柱の陰からひょっこり顔を覗かせ伺っているものの、なかなかその中へ足を踏み入れられないダミアン当時7歳。
「わっ!」
「〜!?びっくりしたぁ!驚かさないでよジュリアンヌ!」
ダミアンの背を叩いて驚かせたジュリアンヌと、その隣には微笑ましく笑むウィリアムの姿。
「ダミアンもお父様の所へ行って皆さんにご挨拶してきな!ね?」
「えー…でもお父様お話中だし…。あっ!ジュリアンヌがついて来てくれたら行ってもいいよっ!」
「はーあっ!ダミアンは本っ当甘えん坊だね!これじゃあ先が思いやられるよ」
「何で何で?ジュリアンヌ一緒に来てくれないの?」
オロオロするダミアンを、ジュリアンヌとウィリアムは一度目を合わせてからクスッ、と笑う。ウィリアムは屈んでダミアンと背丈を合わせる。
「良いかダミアン?この国には社交期というものがあって貴族達は基本招待された夜会へは参加しなければならないんだ。その上、自分も夜会を開いて招待するのが礼儀。だから俺達王族も夜会には慣れなくちゃいけないんだよ。まあ…俺も夜会は得意じゃないけど」
苦笑いを浮かべながらも優しく教えるウィリアム。しかし一方のダミアンは恥ずかしいのか、ジュリアンヌの細い脚を掴みながら後ろへ隠れて、ジュリアンヌの顔を不安気に見上げ、行きたくないと目で訴えるも、ジュリアンヌは夜会に参加しているダミアンと同年代くらいの男児や女児を見つけるとはしゃぎ出す。



















「ほらほら!ダミアンと同い年くらいの子も居るよ!お友達作りのチャンスだよ!ね?」
「やだ!お友達ならメリーだけでいいもん!あとはいらない!」
駄々をこねてジュリアンヌの脚をホールとは反対方向へぐいぐい引っ張るご機嫌斜めなダミアンにウィリアムは苦笑いだが、一方のジュリアンヌはというとあまり気の長い性格ではない故、ダミアンをひょい、と持ち上げると軽くではあるが尻を叩いた。


パシン!

その為、まだ幼いダミアンが泣き出したのも無理もない。
「うわああん!」
「こらっ!どうしていつもままの言う事が聞けないの!お兄ちゃんの言う事も聞かないで!そういう悪い子にはお仕置きだよ!」
「ジュリアンヌやだ!嫌い!」
「何とでもどうぞー?」
「うわああん!」
「あまり泣かせるなよジュリアンヌ」
その時。聞き覚えのある男性の低い声がして、もう1発叩こうと上げていたジュリアンヌの右手を掴んで制止させた男性の方を咄嗟に目を輝かせ、振り向いたダミアン。
「お父様!」
そう、ヘンリーだった。国王でもない暴君でもない優しい父親の笑みを浮かべるヘンリーの方へ身を乗り出したダミアンをすぐ抱き上げてヘンリーが高い高いをすれば、ダミアンは上機嫌。
一方のジュリアンヌは腕を組んで少し拗ねた様子。そんなジュリアンヌに、珍しく笑顔を浮かべたキャメロンが歩み寄ってきたのだ。
「ジュリアンヌ様の教育は間違っていませんよ。子を叱る事も愛情の一つ。ですが、怒り過ぎも禁物ですよ」
「…はーいっ」
そう返事はするものの、口を尖らせたあからさまに不機嫌なジュリアンヌに、キャメロンとウィリアムは目を合わせてクスクス笑う。
そんなジュリアンヌとキャメロンとウィリアム、そして集まった貴族達が微笑ましく見つめる視線のその先には、どこにでもあるはず…しかし最近では見られなくなった父と子の笑顔。ヘンリーに抱き抱えられたダミアンの顔に浮かぶ満面の笑み。
「ダミアンお前にならこの国カイドマルドを任せられるだろう」
「はい!僕きっとお父様のような戦争を無くす立派な王様になってみせます!」


































現在――――――


ガン!

そして現在。幸福だったあの頃の思い出を抹消するかの如く、ホールの壁を殴ったダミアン。
「絶対にあいつの真似事などするものか…絶対にあいつが成し遂げられなかった事を私が成してみせる…」
その時ダミアンの脳裏に浮かんだヴィヴィアンの顔。感情こそ無いものの、ダミアンの青の瞳に怒りが宿ったように見えた。
「カイドマルドは私の国だ。一刻も早く帰国し、そして…」
その頃。アーノルド・ハウスホールの白い支柱の陰から、遠くで座っているダミアンを見ながら無線機で何者かに通達を行うアーノルド。
「…そうですね。はい、お待ちしておりますわ…」


























一方のダミアンはというと、繋がった自分の携帯電話を開く。発信者はジュリアンヌだ。
「何だ」
「何だじゃないでしょ!ダミアン今何処に居るの?さっきブルームズ宮殿の使いの人が来て、ダミアンに聞きたい事があるってやって来たんだよ」
「?何故だ」
「分からないけどイギリス軍の少女がどうとか何とか…」
「曖昧だな。まあ良い。今はそれどころではない。ジュリアンヌ。アーノルド・ルーシー・カイドマルドを覚えているか」
小声で問うダミアンに、電話越しのジュリアンヌはハテナを浮かべるも、頷く。
「…?うん。ヘンリーの弟、」
「あいつの名は出すな!」
「はいはい。ごめんねダミアン!で、アーノルドさんがどうかしたの?」
「…イギリス支部長の名を覚えているか」
「え?何のイギリス支部長?」
相変わらずダミアンが何を言いたいのかさっぱりなジュリアンヌと、眉間に皺寄せながら夜会会場を見渡すダミアン。
「ねぇダミアン何?イギリス支部?詳しく話してくれないと何を言いたいのかよく分からないよ」
「…いや、いい。この会場の人間共を見ていたら確信した。切るぞ」
「えっ!?ちょ、ダミアン!?」


ブツッ!

一方的に切られた電話。
それからジュリアンヌは何度もダミアンに掛けるが、ダミアンは携帯電話の電源を切ったのだろうか、一向に繋がらない。息子へ繋がらない電話にジュリアンヌの胸が不規則に鳴り出すのだった。























一方のダミアンはというと電話の電源を落とし静かに立ち上がり、歩き出す。


カツン、コツン、

男爵との談笑に夢中の1人の熟女に背後から歩み寄り…


カチャリ、

「!?」
何とダミアンは熟女のピンクのドレス背後つまり背に銃口を押しつけたではないか。これには、たった今まで談笑の絶えなかった優雅なホールの雰囲気は一転。一瞬にして貴族達はざわめき出す。そしてその視線がダミアンに注がれる。光を無くした貴族達の視線が。その瞬間。


パァン!

熟女に突き付けていた銃とは別のもう1丁の拳銃を取り出したダミアンは何と、熟女と談笑していた男爵の仮面越しに額に向けて発砲。



ドサッ、

案の定、額から血を吹き出しそのまま背中から後ろへ倒れた男爵。しかし貴族達は誰も悲鳴を上げず寧ろ不気味な笑みを浮かべ、ヒソヒソと話をしながらダミアンの事を好奇の眼で見てくるのだ。何とも異様な光景。
「やはり…」
「そのようですね…」
まるで人形の様な光の無い瞳の貴族達を睨み付けながらもダミアンの視界に飛び込んできたのは、たった今彼が発砲した為即死し、白眼を向いた男爵の割れた仮面の下。額には赤の十字架が描かれていた。
瞬間何かを確信すると、会場内をギロリと睨み付けた。1丁の拳銃を熟女に突き付けたまま。そしてもう1丁の拳銃をホール内に向けたまま。
「やはり貴様等は…」
その時だった。


ガシャン!!

「なっ…!?」
突然頭上から降ってきた灰色の檻が、調度真下に居たダミアンを捕えた。これには目を見開いたダミアンはすぐに鉄格子を蹴ったり発砲したりと逃れようとするが無駄だ。びくともしない。
「あははは!」
「あははは!!」
そんなダミアンを貴族達は楽し気に笑い声をあげて見つめてくるからダミアンが睨み返した時。


カッ!カッ!

ホール内の明かりが突然消え、ダミアンが捕えられた檻の所だけスポットライトが当たる。
「一体…!?」
まさかの事態に困惑していた時、マイクを通したアーノルドの陽気な声がホールに響き渡ったのだ。
「レディースエンドジェントルマン!ようこそいらっしゃいましたあたし、ジョージアナ・レイク・ディスパーことアーノルド・ルーシー・カイドマルド闇オークションへ!」
「やはりこいつが…!」
アーノルドが檻の隣へ現れた瞬間、貴族達は一斉に仮面を剥ぎ取る。その貴族達全員の額には赤の十字架が描かれていた事にダミアンは驚愕し、目を見開く。そんな彼を余所に、アーノルドの司会は滞りなく進行する。























「皆様にお伝えしておりました通り今日の目玉商品の登場ですわ!皆様ご存知の通り、今日の目玉商品はカイドマルド王国悲劇の少年王ダミアン・ルーシー・カイドマルド!」
「わあああ!」
「おおっ!」
狂喜に騒めく貴族達のその下衆な笑みや下衆な眼差しにダミアンは全身身震いがして鳥肌がたつ。だが動揺を表さずただただ彼らを睨み続けるが、アウェイなこの状況に救いの案が浮かばず、内心パニック状態なダミアン。
「しかし皆様が知っている彼の悲劇とは肉親を殺害され独りとなった少年王…でしょう。しかし!事実は全く異なりますわ!」
「…!」
"何故その事を王室を出たお前が知っている!"それを訴えかけるダミアンは眼差しをアーノルドに送るが、そんな眼差しをアーノルドは鼻で笑った。
「どういう事ですかアーノルド侯爵!」
「フフ。それは最期のお楽しみですわ。さあ!紳士淑女の皆様!稀に見る薬漬けのまるで人形の国王!如何ですか!この通り成長の停止した彼は抵抗できる力も差程無い。この通り脚は義足!」
青のドレスの下に見えた彼の両脚は銀色の貴金属で作られた義足。先の大戦で地雷を踏み、両脚が吹き飛んだ事もあるが、それ以前に自分の脚は薬物中毒により使い物にならなくなっていたという事もある。
「貴様!私を誰だと思って、」
「さあ!如何ですか!バラすのにも最適ですがそれには少し勿体ない代物ですわ。貴方好みにするも良し。洗脳させるも良し!我がマラ教を侮辱した国王の無様な姿、皆様見てみたいでしょう!それでは20000からスタート致しましょう!」
「25000!」
「38000!」
「43000!」
狂喜の声が充満。上昇する金額。呪いのようなホール内の嘲笑い声がダミアンの脳にダイレクトに響き、吐き気を催す。
――くっ…!イギリスへもマラ教が布教していたとは迂闊だった。ジュリアンヌの奴、布教していない地へ逃れたつもりだったか――
「67000!」
「85000!」
「おや?ここで終了でしょうか!これ以上を出す勇気ある紳士淑女の方はいらっしゃいませんか?」
――私はこんな所で終われない。ジュリアンヌの言う様に異郷の地イギリスで平民として生涯を終わらせる事など絶対に…――
「1000000で買い取りましょう」
その時だった。
買い取り手が決まったかと思われていた時。ホール入口から1人の高い声をした少年の声がこの静寂を打ち破る。
「100000ですって…!?」
「正気か…?」
貴族達は騒めき、一斉に声のした方を振り向くが、瞬間、歓喜に満ち溢れた笑顔と声を上げる。
少年は背が低いから貴族達に紛れてダミアンからは見えないが、アーノルドには見えているようで、白い歯を覗かせニヤリと微笑んでいる。

























カッ、カッ、

最高額を出した少年のヒール音がだんだんとダミアンの元へ近付いてくるのと比例して、貴族達は少年の道を開ける。
ようやくダミアンの青の瞳が少年の姿らしきものを捉えるが、あまり視力の良くないダミアンは目を細めてまだ少年の姿はぼやけて映るだけ。はっきりとは見えていない。そんな彼を余所に、アーノルドは少年へ向けて話す。マイクを通して。
「お待ちしておりました!貴方様なら必ずや最高額を叩きだしてくださると思っておりました!」
その時ようやく少年が檻の前へ現れた。仮面をつけており、黒のフードのついたコートで頭から全身を覆っている為姿が分からないが、少年は檻の中のダミアンを冷血な眼差しで見下している。


バサッ!

すると、少年は一瞬にして仮面もコートも勢い良く脱ぎ捨てた。瞬間、露になった黄緑色の髪の少年の姿を目の当たりにしたダミアンの目がこれ以上ない程に見開かれ、初めて動揺を全身で表した。
「…貴様!」
「お久しぶりです。親愛なるダミアン国王陛下。どうか死んでくれませんか」
「マラ17世…!」
















































































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