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症候群-追放王子ト亡国王女-
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イギリス――――

「はぁ、はぁ…!」
「イギリス軍1機様子がおかしいぞ!チャンスだ!」
「今こそ復讐の時!」
聖マリア王国諸国をはじめとする紺色の敵機3機が迫りくる。しかしイギリス軍AN10に搭乗したパイロットイーデン・ブルームズ・ブリテンは肩で呼吸し、目は見開かれている。操縦桿を握った手は1週間と2日の連戦からの疲労か痙攣しており、とても戦える状態ではない。
しかしイーデンのそんな調子などお構い無しの敵機は3機がかりで、無抵抗のイーデン機目掛けて特攻。


キィン!

旧式故錆付いた3機のサーベルが一斉に振り上げられた。その瞬間イーデンがハッ!と目を見開き我に返っても手遅れ。…のはずだったが。


ガァンッ!!

「戦闘中に居眠りとは良い度胸だなイーデン!!」
「!ロゼッタ少将…!」
間一髪のところでイーデン機の前に現われたAN22ロゼッタ機のお陰で死を免れたイーデン。
コックピットから見えるフロントガラスの向こうすぐ其処では、旧式と言えど3機の敵機からの3本のサーベルをたった1本のサーベルで何とか持ち堪えているロゼッタ機。
























青い眩しい火花でやっと我に返ったイーデンがロゼッタに通信を繋げるより先にロゼッタから繋げられた通信。


ガー、ガガッ、

「ロゼ、」
「何をやっている!戦士ならば早く戦闘態勢に入らんか!それとも貴様はただのシビリアンか!」
「…っ!」
イヤホンから耳に響いたロゼッタの怒鳴り声に思わず目を瞑るイーデン。モタモタしているそんな間にロゼッタ機は3本のサーベルを何と思い切り振り払う。振り払われ、敵が隙を見せたところを狙い、そのまま3機へ特攻。


ドドドド!!
ドン!ドンッ!!

話には聞いていたが、ロゼッタの能力がここまで高い事を目の当たりにしたイーデンは相変わらず目を丸めて呆然としているから、イラ立ったロゼッタから再び鼓膜の破れそうな程の通信がイヤホンに繋がる。
「E57!」
「え、」
「フォーメーションE57をとれと言っているのじゃ馬鹿者!」
「は、はいっ!」
怒鳴られっぱなしのイーデンは前線は初陣だが、軍隊訓練で何度か行っていたフォーメーションE57を思い出せばロゼッタ機後方へ回り込む。





















一方のロゼッタ機はというと、敵3機目掛けて下部から、あの曲がるミサイルを3発連射したではないか。


ドン!ドン!ドンッ!

三方向へと飛来するミサイルを敵機達は一度避けたら満足気な表情を浮かべたまま、そのままロゼッタ機とイーデン機へ真正面から突っ込んでくる。目を見開いた狂気の顔をして。
「これで終いだあああ!」


ドッ!

「なっ…!?」
何とその瞬間、1機大破。イーデンの放ったミサイルが命中したのだ。
同胞の死に敵が気をとられている間にも、2対2と分が合う状況となった。ロゼッタ機ともう1機、そしてイーデン機ともう1機が接近戦でサーベルとサーベルでぶつかり合う。しかし旧式機の敵機サーベルは錆付いていて力量は劣る。
「ぐっ…!」
「ほう。さすがは旧式。圧しも弱く、遣り甲斐の無い相手じゃな」
「黙れえええ!!」
ロゼッタに挑発され目を見開いた敵パイロットは無我夢中で狂気を纏わせながらサーベルを闇雲に振り回す。だが、そんな闇雲な攻撃をひょいひょいとかわしてしまうロゼッタからは攻撃は仕掛けない。まるで遊ばれている事に気付いた敵パイロットの怒りのボルテージは、沸点に到達。
「その程度の力量では、女王陛下を前線へ引き摺り出すのに1億光年かかるじゃろうな」
「その口二度と開けねぇようにしてやる!!」


ガッ!

「…っ!」
迂闊。その言葉はまさに今のロゼッタに当てはまる。敵機のサーベルをかわそうと相手を甘く見過ぎていた為機体左を擦ってしまい、その衝撃により体勢を崩してしまったほんの一瞬の隙は、敵機にとって最高の好機。
























「宙に舞う藻屑となりやがれ英国!!」


ドン!ドン!

何発もミサイルが至近距離でロゼッタ機に数発命中。持ち前の能力で何とか後退しながらかわすが、数発命中してしまっている為、攻撃を食らった箇所からは灰色の煙が吹き出し、その煙のせいで前方の視界がゼロ。


ビー!ビー!

しかしロゼッタ機内に容赦無く響くのは、敵機急接近を知らせる嫌なサイレン。
「くっ…!旧式などにこの様では女王陛下に合わせる顔、がっ…!」
そこでさすがのロゼッタも目を見開き、続くはずの言葉を飲み込んでしまった。
それもそのはず、やっと晴れた煙。視界が開き、コックピットのフロントガラスの向こうには、敵機のサーベル先端がロゼッタ機コックピット目掛けてすぐ其処まで迫っていたから。このままコックピットを一突きされれば…結果など目に見えている。
「くっ…!」
瞬時に操縦桿を握り左へ倒して左旋回でかわそうと試みるが、経験豊富なロゼッタには分かっていた。左旋回したところでこの攻撃は…
――避け切れない…!――
しかし、諦めるなど彼女の辞書には無い。命をすり減らしてでも操縦桿を左へ倒し続けた。


ドスッ…!

「なっ…!?」
「ご無事ですかロゼッタ少将!」
ロゼッタに繋がった緊急通信の声。そして彼女の目の前に広がった光景。それは、今まさにロゼッタ機を一突きしようとしていたはずの敵機が、逆に一突きされている。背中からコックピットにかけて一突きされているのだ。
その光景にロゼッタでさえも目を丸めてしまうが、繋がった通信の声と、敵機をサーベルで突き刺した機体AN10を見てすぐ不敵に笑んだ。
「イーデン…!」
ロゼッタの危機を救ったイーデンは、既に交戦していた敵機を大破させ、ロゼッタ機の援護にまわっていたのだ。
「ロゼ、」
「サーベルを引き抜き、早急にこの場から離脱しろ!爆風に巻き込まれるぞ!」
「は、はい!」
イヤホン越しに怒鳴られ慌てて敵機からサーベルを引き抜き、先に戦闘空域を離脱したロゼッタ機の後に続き飛行するイーデン機。その時。


ドォンッ!

後方で、先程イーデンが大破させた敵機が爆発した音がした。炎上したオレンジの炎が一瞬、眩しいくらい辺り一帯を照らした。



























炎上しながら、宙に舞う藻屑となっていく敵機をモニターで浮かない表情で見ていたイーデン機にオープンチャンネルが繋がると同時に、モニターにヘルメット越しのロゼッタが映し出された。途端イーデンは慌てて敬礼する。
「ロ、ロゼッタ少将!先程はありがとうございました!」
「全く。疲労困憊だか何だか知らぬが戦闘中に意識を飛ばすなどまだまだじゃな」
「も、申し訳ありません」
キツい一言にしゅん…と俯くイーデン。だが一方のロゼッタはフッ、と鼻笑った。
「しかしそれを無かった事にできる程の戦果じゃイーデン」
「え…?」
頭上にハテナを浮かべながら顔を上げたイーデン。
「援護にまわってくれた事。感謝するぞ」
「…!はい!」
目をキラキラ輝かせ満面の笑みを浮かべるイーデンはまるで親に誉められ喜ぶ子のよう。そんなイーデンに対しロゼッタも珍しく、本当に珍しく笑顔を浮かべた。
「お前の戦果は将軍にも報告しておく」
「えへへ…!ありがとうございますロゼッタ少将!」
「実はあの時さすがに私も危なかったのじゃ。助かったぞ」
小声でヒソヒソそう言ってすぐ通信を切った珍しく素直なロゼッタに対しイーデンはクスッ、と笑いながら、先頭を飛行して行くロゼッタ機の後ろに続き、帰投した。






























































1週間と2日という短期間で聖マリア王国諸国との戦争は終戦したわけだが、軍隊は勿論、国民もこの結果に誰しも讚美をあげてはくれなかった。それは我がイギリス軍ならばもっと早期に蹴を付けてくれるものだと思っているという事の表れ。それはイギリス軍の力量、脅威さを意味するのだろう。







































ブルームズ宮殿――――

「おかえり!イーデンちゃん!」
「只今帰還致しました女王陛、うわぁ!」
パタパタと紅色の絨毯が敷かれた長い廊下を駆けてきたエリザベス女王は、心底嬉しい満面の笑みを浮かべてイーデンに抱きつく。イーデンが軍人らしく敬礼しているのもお構い無しだ。
19歳のイーデンは顔を真っ赤に染め、エリザベス女王を何とか引き離そうとするが無理だ。
「良かった、良かった!イーデンちゃんが無事帰ってきてくれて本当に良かったですよ!」
「じょ、女王陛下おやめ下さいっ!」
恥ずかしがるイーデンなどお構い無しのエリザベス女王は心底安心した笑顔を浮かべ、抱き締め続ける。イーデンが此処に居る事を確かめるかのように。そんな微笑ましい光景にはエリザベス女王の側近やSP達も笑みを浮かべる程。
「ロゼッタちゃんがついているとは言ってもイーデンちゃんの初陣だもの。戦闘中は生きている心地がしませんでした!」
「〜っ!お、おやめ下さい姉さん!…あっ!」
つい口を滑らしてしまい出てしまった言葉に目を見開き、エリザベス女王を優しく押し退けたイーデンはすぐ深々頭を下げた。
「も、申し訳ございません。その、つい…」
そんなイーデンに目を丸めるも、すぐ女神さながらの笑顔を浮かべるエリザベス女王。
「うふふ。その呼び方、わたくしは構いませんよ。でもロゼッタちゃんの前では気を付けて下さいね。飛び蹴りされちゃいますよ!」
「飛び蹴りで済めば良い方じゃな」
「…!ロ、ロゼッタ少将!」
背後からした低い声に血の気が引いたイーデンが咄嗟に振り向けば、其処に立っていたロゼッタにギロリと一睨みされるも、飛び蹴りを食らう事も無く、ロゼッタはそのままイーデンの脇を通り過ぎる。すると何と、エリザベス女王の前で片膝を立て深々と頭を下げたのだ。彼女のこの行動にエリザベスは勿論、イーデンや側近やSPは目を丸める。























「申し訳ございませんでした女王陛下。あのような弱小軍隊に1週間と2日も費やしてしまった過ち、二度と繰り返さぬと誓います」


しん…

沈黙が起きてしまう。湿った空気が漂ってしまい、目を泳がせるエリザベス女王だが「あっ!」とわざと声を上げて両手を顔の前で握り、笑顔を浮かべる。この湿った場の雰囲気を消し去る為。
「そうそう!聞いてロゼッタちゃん!ロゼッタちゃん達が戦闘中、久しぶりにダミアンちゃんに会ったのですよ!」
「…あの小僧生きておったのか」
2人の会話の内容が分からないし、ダミアンの存在がよく分からないイーデンは頭上にハテナを浮かべながら、ロゼッタに質問をする。
「ロゼッタ少将その、何方ですか?」
「ヘンリー王の次男じゃ。あのくそガキ、女王陛下の恩恵も無視し即位後我国との同盟全て破棄しおって。我国から分化したただの小国の分際で」
眉間に皺を寄せ不機嫌になったロゼッタからはピリピリした雰囲気が漂うから、エリザベス女王は苦笑い。
「あ!カイドマルド王国の事ですよね?」
イーデンが笑顔で問うも、イラ立ったロゼッタは無視するとスタスタと歩いて行ってしまうから、苦笑いを浮かべたエリザベス女王が代わりに答えてあげる。
「そ、そうですよ!イーデンちゃんは政治学はまだあまりお勉強していませんから仕方ないですよね!」
「そのような一般常識も分からんのであれば女王陛下に辱めをかかせてしまうだけじゃ。そんな軍人など当分、前線へは出せぬ!」


バタァン!

わざと乱暴に閉めた扉の向こうでロゼッタの足音が遠ざかっていく。
一同呆然。イーデンはがっくり肩を落としてぶつぶつ呟いているから、エリザベス女王は両肩を支えてやり、何とか励ます。
「だ、大丈夫ですよ!ほら!ロゼッタちゃんご機嫌斜めだと思ってもいない事をよく口にしてしまうでしょう?だから、ね?」
「やっと…やっと前線へ出れたというのに…当分だなんてそんな…」
イーデンの呟きが、この広い廊下にポツリ…と落ちた。








































ブルームズ宮殿3階
ロゼッタ自室―――

「ああ。そうじゃな。もしならば劉邦の所に要請しても…何じゃ煩わしい男じゃな。何度も言っておるじゃろう。我国はルネなんぞとの茶番劇に身を投じる程落ちぶれてなどおらん。それに、女王陛下は争いを嫌っておられる」
「はぁ。分かった、分かったよロジー。とにかく!気が変わったら一刻も早く援軍を送ってくれよ!今が好機なんだ!どうやらルネの将軍が戦死したとの噂がここ1週間飛び交っている」
ロゼッタは、ハットフィールド・ハウスの内装を思わせる自室の紅色のチェアに脚を組んで、電話をしている。相手は、今まさに戦禍に見舞われているアメリカ合衆国国際連盟軍ジェファソン代表。
ジェファソンの焦りの声色など気にも留めずアフタヌーンティーを楽しむ始末。しかし"ルネ軍将軍の戦死"にはピクリと手を止めた。
「それは真か」
「お!やっと話題に乗ってくれたねロ、」
「勘違いをするな。将軍不在の敵にいつまで時間をかけていると言いたいだけじゃ馬鹿者」
「〜っ相変わらずだねロジーは!ところでイギリスの方、は、おわっ!?」
突然電話の向こうからガタガタ物音がしたと同時に、ジェファソンの様子がおかしい。だからと言ってロゼッタが動揺するわけでもないし、心配するわけでもないのだけれども。





















それからは、電話の向こうでガタガタ煩わしい物音ばかりが続いているので、痺れを切らしたロゼッタの目元がピクピク痙攣している。
「何じゃ。用が済んだのなら切、」
「姐さーん!お久し振りです!」
電話越しにダイレクトに響いた青年の能天気で大きな声に、ロゼッタは思わず片目を瞑りながら受話器を引き離してしまう程。彼女の眉間に皺が増えたのは言うまでもない。
「〜っ!何じゃ相も変わらず煩わしい奴じゃな!23にもなったのならもっと年相応の態度を示せバッシュ!」
「あー!やっぱり姐さんの叱咤は厳しいっすね!あははは!」
「…ったくこの馬鹿者め」
戦禍真っ只中にも関わらず底無しの明るい振る舞いの青年。名を『バーディッシュダルト・ジョン・ソーンヒル』23歳。通称バッシュ。彼は国際連盟軍加盟国アンデグラウンド王国の人間であり、アンデグラウンド軍隊所属の軍人尚且つ、若くしてアンデグラウンド国王陛下側近、そして国際連盟軍アンデグラウンド代表という高地位の人間である。…にも関わらずこの能天気振りには、ジェファソンとロゼッタは呆れ返っている。相も変わらずこの若者に振り回されるジェファソンとロゼッタがバッシュの前で溜息を吐かぬ日など一度も無い。
優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいたロゼッタも呆れて、ティーカップを金色のテーブルに置いて頬杖を着きながら、深い溜息さえ吐き出してしまう。
「はぁ…。何じゃ。アンデグラウンドが援軍を出したとは聞いていたが、バッシュお前までアメリカへ出向いたのか」
「だーって俺ん家の王様の命令ですもーん!仕方ないっすよ!それより姐さん!イギリスは大丈夫なんすか!?いや寧ろそれよりも、エリザベス女王はご無事なんすか!?」
「はぁ。女王陛下はご無事じゃ。因みに国への被害もそう広くは無い」
「良かったです!」
「何度も言うがバッシュ。女王陛下は人間などと結婚はせん。イギリスと結婚すると仰っておられるのだ。いい加減、その煩悩を排除しろ」
「えー!やっぱり?でも!でも!俺諦めないっすよ!初恋の上、一目惚れなんすから!この戦が一段落したら必ず!エリザベス女王の元へ求婚に向かいますから!」
「勝手にしろ愚か者」
戦を一段落などと扱うなど、まるでバッシュの住む国だけ平和が訪れているかのようなこの相変わらずの口振りに、今日のロゼッタはもう叱咤する事すら諦めている様子。






















電話の向こうで張り切る馬鹿の声を聞きながら、受話器を置こうとした時。
「あーっと!姐さん最後っす!さーいーご!」
「何じゃ早くしろ。通話料金の無駄じゃ」
「知ってます?明後日ようやく始まりますよ」
「…何がじゃ」
「先代ダビド国王陛下殺害犯ヴィヴィアン・デオール・ルネの最期のショーがね」
しかしロゼッタはまた、溜息を吐くだけ。
「それがどうした。課税増税、領地略奪、植民地化、奴隷密売、愛人スキャンダル、国王殺害。今時古臭い事ばかりしているルネなど私は興味も無い」
「まあそれもそうなんすけどねー。ぶっちゃけ俺もルネとかどうでもいいし!」
「お前の興味無いと私の興味無いを一緒にするな」
「相変わらずっすねー!あ。そうだ姐さん!一段落したらまたデートしましょうね!」
「はぁ!?あれはただの外出じゃ馬鹿者!」
「なーに本気にしてんすか〜?冗談ですよ冗・談〜!」
「〜っ!いいからさっさと仕事に取り掛かれ!電話代の無駄じゃ!」


ガチャン!

こちらから一方的に受話器を置けば、頬杖を着ききながらティーを一気に飲み干す。





















「全く。どいつもこいつも。ルネごときに躍らされてばかりおらず自国の心配をしたらどうだ愚か者共め」


コンコン、

ノックがし、「入れ」とだけ言えば扉の向こうに現われたのは、背筋の伸びた黒い軍服を羽織った眼鏡の青年。敬礼をしている。
「失礼致します。女王陛下側近ウィルバース大将からの連絡書をお持ち致しました」
連絡書という1枚の紙を座ったまま受け取り、1通り目を通したロゼッタはハッ、と鼻で笑う。
「これを女王陛下は存じ上げておるか?」
「いえ。まずはロゼッタ様に報告を、とウィルバース側近から命じられました」
「分かっておる奴じゃウィルバース。うむ。了承した。貴公もこの件についてはくれぐれも女王陛下へは話すなよ。イーデンにもじゃ。いや、私とウィルバース以外には極秘にしろ。良いな」
「はっ!了解致しました」
力強い敬礼をすると相変わらずピシッ、と背筋を伸ばしたまま部屋を後にした青年。


バタン、

一方のロゼッタはというとその連絡書をもう一度眺めながら、空いている右手では新たにティーの茶葉をカップに注いでいる。
「フン。小僧が始末を怠ったせいで我国まで被害を被ってしまう前に」
ヒラリ…と紅色の絨毯に落ちた連絡書。そこにはこう書かれていた。
【ブルームズウエスト37番地にて異端教徒を目撃との報告有。女王陛下の耳に入る前に早急に始末求む。fromウィルバース大将】



















































イギリス軍宿舎―――


ポタッ…ポタッ…

とある一室に聞こえる一定感覚で鳴る点滴の滴る音。晴れ渡った太陽の日射しが窓から射し込む様子を、光を失った緑色の瞳でボーッと眺めているのはルーベラ。白の薄い服で、自室のベットに横たわりながら1枚の写真を手に取る。
虚ろな瞳に映るのは笑顔の自分と両親と姉兄達。満面の笑みを浮かべる写真の家族を見て、乾き切った唇でポツリ…と呟く。消え入りそうな声で。
「この写真に写っているのが私の家族なの…?顔も名前も思い出も思い出せない…ここまで出かかっているのに思い出せないよ…」






























































AM8:00――――――

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!捕れたての新鮮な魚が勢揃いだよ!」
「うちのオレンジは輸入品じゃない国産だからねぇ!ルネみたいな腐った国の品を輸入している店なんかとは大違いさ!」
イギリス王国朝8時。聖マリア王国他諸国との戦争が終戦した翌朝。
既に街…いや、国には元の平穏が戻ってきていたのは何故かなど言うまでもない。そう。1週間と2日で聖マリア王国他諸国は、イギリス軍によって沈静化されたのだから。幾ら小国の集まりとは言えこんなにも短期間という事に普通ならば母国を褒め称えるものだが、当のイギリス軍隊や国民はあまり良い顔をしなかったのは、もっと早期に決着をつけられる自信があったからだろう。イラ立つロゼッタを宥める部下やエリザベス女王、イーデンの姿が容易に想像できる。
しかし平穏を取り戻したというのも形だけだ。賑やかな空洞内市場の中年男女の活気ある声に交じって時折聞こえてくる爆音は、イギリス軍戦闘機が異郷の地へと飛び立って行く音。第四次世界大戦は、戦争は、終わらない。


ヒラリ…

風に運ばれ足下に落ちた新聞の記事1枚を、ブラックのスーツに白のワイシャツそして白縁眼鏡をかけたダミアンが拾う。
記事は、聖マリア王国他諸国に勝利をおさめた内容が大々的に記していた。その左隅には、実刑が明日に迫ったヴィヴィアンの記事が少し。
「はっ、」
ダミアンは鼻で笑う。相も変わらずの無表情。新聞を放り投げた。


バサッ、



























それからは、朝9時まで開かれている空洞内に立ち並ぶ露店市場を1人で眺めていた。市場の人間達の活気溢れる声や買い物客の賑やかな声。人々の服装からして位は下級だろう。
ダミアンはとある露店で、一つのグレープフルーツを手にする。鮮やかな黄色が食欲をそそるが、それの裏も念入りに見る。眉間に皺を寄せながら。
「旦那!見る目あるね!そいつは今朝仕入れたばかりの新鮮なやつだよ!一つ10マール!どうだい!」
茶色の髪を後ろで太く束ねたふくよかな50代半ばの女性が身を乗り出して声を掛けるも、ダミアンは全く気付いていない様子。女性は額に手をあてて溜息。それを見ていた買い物客の老女達がクスクス笑い出す。
「旦那!そいつは10マール!どうだい?」
先程より少し声を張り上げてみれば、自分に話し掛けているのだという事にやっと気が付いたダミアンが顔を上げる。やっとだ。
「私の事か」
「そうだよ!他に誰がいるって言うんだい!旦那!そいつにもう一つオマケをつけて17マール!どうだい?買うだろう!」
「…いや。せっかくだが遠慮しておく」
前に並ぶ山積みのグレープフルーツ達を眺めて少しの間の後そう答えたダミアンは、この場を後にする。
「何だい!せっかくの代物だってのに!」
店員女性の愚痴を、背に受けながら。






























それから、野菜や果物だけでなく魚など生鮮品を一通り見るだけ見て何一つ購入しなかったダミアンは、空洞内市場を出てすぐ、広場中央に位置する噴水前のベンチに腰を掛けた。
土曜の早朝というだけあって学生の姿はあまり見受けられない上、空洞内市場へ向かう主婦の姿しか見受けられない静かな広場。ベンチの背凭れに背を預けながら真っ青な空を見上げた。
「あのような三流商品を一流品と見るのか…」
そう。ダミアンが市場で商品をまるでなめ回すかのように細部まで見ていたのは、庶民がどのような品質の食材を食しているのかをこの目で見てみたかったからなのだ。
始めに女性に勧められたグレープフルーツを女性も客も一流品と言ってはいたが、最高級の品質の食材しか見た事の無いダミアンにとって、先程の市場で売っていた物はどれもこれも随分品質の悪い品であった。

『こんなみすぼらしい晩餐を迎えた事が無い』
『よく言うわ。あたし達にとっちゃマシな夕食よ』

その時ふと、彼の脳裏で思い出した記憶。それは1年前マラ教徒に監禁された時に出された食事を前に発したダミアンの言葉に対し、声を荒げたダリア。あの時は確かクロワッサン一つを出されただけだっただろうか。
ダミアンは両手を組んで、前屈みに座り直す。
「マラ教徒だけではなく英国の庶民達もこのような品質の劣る食材を食していたのか…」
別に国民の為に政治をしていたわけではない彼だが、王の座から退き庶民となった今、少しほんの少しだけ庶民の気持ちを理解できた気がした…のだろうか。
「…らしくないな。昔の私ならこんな実状、知ったところで気にも留めなかっただろうに」
はっ、と自嘲したのだろうか。しかし、彼には表情が無いから一概にそうとは言えない。そんな時だった。






















「誇るべき我がイギリス軍が近日国際連盟軍としてアメリカへ加勢!今こそ女王陛下の盾となる時!君達の力を女王陛下に捧げようではないか!」
上空に3機のヘリコプターがプロペラ音を鳴らしながらスピーカーを通して訴えかける。イギリス国旗の描かれた青色のヘリコプターがばらまいていく古紙に印字されたビラには【I WANT YOU!!】の文字がでかでかと書かれている。
「わーっ!なになにこれなあに?」
「そんなもの拾っちゃいけません!」
「嫌ねぇ。私達の国まで巻き込まれるだなんて」
「思ってもみなかったわよね」
訳も分からずビラを拾う男児の小さな手からそれを奪い取って捨てる母親。ビラを見ながら、この世界大戦はまるで他人事のように会話する中年女性2人。
皆、他国で起きている戦争が自国に関係無いのならばまるでその戦争は作り話のようにしか思わない。否、思えない。
つい先日聖マリア王国他諸国が攻め込んできたが、それも短期間で勝利をおさめた故にこの悠長ぷりなのかもしれない。イギリス軍からしてみれば短期間ではなかった様だが。
一方のダミアンは、そのビラを感情の無い冷たい青の瞳で見る。
――イギリス軍による兵士募集のビラ、か。いくら短期間であったとはいえ、先の聖マリア王国他諸国が攻め込んできた時それなりに兵が戦没したな――
そんな情報は公にはなっていないが、それを予測させるビラだ。もしもそうだったとしても、これから先一切その事を軍が国民へ知らせる事は無いだろう。
「我国の軍隊が一番強い…か。何処の国も思っている事は同じだな」
その時。


ゴオォッ!!

ヘリコプターよりももっと煩い爆音が頭上から聞こえてきて同時に辺り一帯に強風が吹き荒れた。


バシャアッ!

噴水の水飛沫がダミアンや周囲の人間達の髪を濡らす。





















「きゃあ!」
「ちょっとやだ!イギリス軍じゃない?」
1人の中年主婦が上空を指差した先には、青色を基調としたイギリス軍戦闘機が続けて4機飛び立っていったではないか。
「嫌ねぇ。やっぱり戦争って起きているのねぇ」
「大丈夫よ!私達にはイギリス軍と女王陛下がついているじゃない!」
主婦の声を背に聞きながらダミアンの脳内に浮かんだのは、約1週間前再会を果たした国際連盟軍軍服を着用したルーベラの姿。あの狂気に満ち満ちた緑色の瞳に感情が無かった事が、鮮明に思い出される。
「ぐっ…!」
グシャ。一瞬にしてそれを丸め、白地面に力強く叩きつけた時だった。


スッ…、

目の前に差し出された1枚のビラ。すぐ顔を上げれば、目の前には煌びやかな宝石が付いた奇妙に笑う仮面を付けた男性と思わしき人物が1人。頭から全身をフード付きのコートで、まるで身を覆い隠すかのようにしているのだが背格好からして恐らく男性。
仮面の男は、左手に電話帳程の厚さのビラを抱えており右手でダミアンにそのビラの内の1枚を差し出している。
「…?」
受け取りはせず、ビラに書かれた内容を目で追いながらダミアンは鼻で笑った。同時に手荒にそれを受け取ると表情こそ無いが、仮面の男を見てダミアンが笑んだ気がした。
「調度こういう下劣な貴族共の娯楽にも参加してみてみたいと思っていたところだ」
彼のその一言に、仮面の男は首を傾げる。男も仮面を付けている為表情は分からない。だが、ダミアンが参加する事だけは理解したのか丁寧に頭を下げると、その場を去っていった。主婦達にはビラなど一切渡さず。
ダミアンは再びそれに目を通す。静かに立ち上がり、ズボンのポケットの中から車のキーを取り出すのだった。












































ブルームズウエスト―――

ブルームズセントラル広場から車でおよそ20分たらずの場所に位置するブルームズウエスト。
近辺に車を駐車すると、子供達が駆ける間を割って、真っ昼間にも関わらず真っ暗な路地裏へ1人歩いて行くダミアンは、先程の仮面の男のようにフードをかぶり、全身を覆い隠すかのような黒コートを着用。そして顔全体を覆い隠す青の宝石が散りばめられた仮面を付けていた。


































バルバネット男爵邸地下――――

「続いてはロンドン史上最悪の連続殺人事件凶悪犯の登場!」
どよめきもすぐに消え、理解に苦しむ性癖の持ち主達は仮面の下の瞳を輝かせ歓喜に満ちた声を上げ興奮で息を荒げ、椅子から立ち上がり、中央に位置するステージへ身を乗り出す。
此処はブルームズウエスト37番地路地裏住宅街に佇む一際際立つチューダー朝の黄土色をした古びた建物。バルバネット男爵邸。
仮面の女に案内されエレベーターに乗り、地下へ降りたダミアン。既に始まっていた裏社会に身を置く貴族達の娯楽・闇競売を前に、さすがのダミアンも呆然と立ち尽くしてしまう。空いた口が塞がらないとは、まさにこの事。
――想像はしていたが実際はそれ以上か…――
椅子の折れた脚が床に広がっている。それ程までに商品に夢中。我を忘れ、そしてヒトとしての心を忘れた人間達。





















商品を紹介する派手な装飾がついた仮面を付けて、シルクハットをかぶったふくよかな男性がステッキ片手に両手を広げる。恐らくバルバネット男爵だろう。
その隣では、ロンドン史上最悪の連続殺人犯である若い男が首や手や足首に灰色の枷をつけられ檻に鎖で繋がれている。集まった人間達を睨み付ける据わったその紅の瞳は、まるで悪魔。
「下手な番犬より有能かもしれません。番犬にするも良し。調教するも良し。しかし買い取り後の保証は致しません故あしからず。さあ紳士淑女の皆さん!何方か一家に1人如何でしょうか!」
「2000!」
「3500!」
「4000!」
上がる金額。上がる歓声。バルバネット男爵と思われる仮面の男は、最高額を出した落札者である細身の男性と何度も何度も力強い握手を交わす。
檻がステージの下へ下がると、露出の激しい仮面の若い女性2人が両脇に付き添いながら次の檻を運んできた。
「何だ…此処は…」
あまりにもドブ以下の人間の汚なさを目の当たりにしたダミアンは脚がふらつき、出入口である鉄格子の扉に背を預ける。
その時、彼に近付いてきた仮面の女性背格好からして50代後半だろうか。皺の寄った両手には金色の指輪をいくつもはめている熟女は、札束でまるで扇子のように口元を隠し、ステージに目を向けながらダミアンに声を掛ける。
「坊や初めてでしょう?見掛けない顔だわ。数年前まではこれと言った目玉も無くてつまらなかったのよ。でもね、最近じゃルネを始めとする世界大戦のお陰で世の中が荒んでいるからね。身売りする人も増えてここ最近は唾液が垂れてしまいそうな程、目玉商品ばかりなのよ」
ねぇ坊やはどういうモノがお好みなの?熟女の言葉は、ダミアンの左耳から入って右耳から抜けていく。























感情の無いダミアンの青の瞳に映るのは、次の商品としてステージ上に現れたまだ10歳程の生気の感じられない男児。病的に白い腕や脚は、今にでも折れてしまいそう。檻の中でぺたん…と無気力で口が開きっぱなしの男児を、ダミアンが目を凝らして見る。
一方、バルバネット男爵はステッキを天井へ向け高く振り上げた。
「お待たせ致しました!本日2品目の商品の登場です!こちらの商品はまだ10歳ではありますが、薬剤師であった母親の被験体として幼少期から無数の薬を打たれ薬漬けとなった哀れな坊や!」


ガタン!

思わずその場に座り込んでしまったダミアン。
どよめきに紛れてその音を気に留める者などいないが、先程話し掛けてきた婦人は不思議そうに、彼の顔を覗き込む。札束を口の前で扇がせながら。
「?座り込んじゃってまあ。どうしちゃったの坊や」
婦人の声はダミアン彼には届いていない。ステージ上に現れた商品の男児のグレーの瞳は空虚で光を失っている。まるで人形。


ガタガタガタ…

その男児を映すダミアンの光の無い青の瞳は見開かれ、全身が震え出す。歯と歯がカチカチと音をたてて、震えが止まらない。
「さあ物好きな紳士淑女の皆様!この人形は如何でしょう!」
「…めろ…」
「薬漬け故に身体は機能せず気力も無いこの人形!無抵抗ですから用途は物好きな貴方の思うがまま!」
「やめろ!!」
「坊や!?」


バタン!


























バルバネット男爵邸入口―――

「旦那様。ショーの途中ですが」
「っはぁ、はぁ…」
「お気に召す商品が見付かりませんでしたか?それならば次回のショーの日時を御教え致し、」
「黙れ!この下衆が!」
ダミアンは地下から階段を駆け上がり、屋敷入口の使用人の女に声を掛けられるが、呼吸を乱しながら怒鳴ると屋敷の扉を乱暴に開けたまま外へと飛び出して行った。

























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あきゅろす。
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