症候群-追放王子ト亡国王女- ページ:1 イギリスロンドン、 ブルームズ宮殿――― 「女王陛下!この先は僕にお任せ下さい!」 「はあ、はあ、でも…」 淡い紫のドレスを持ち上げて息を切らし宮殿内の紅絨毯を駆けてきた細身の少年は、女王の前に両手を広げて道を阻む。その時。 ドン!ドン! 「っ!」 「くっ!もう来たというのか聖マリア軍…!」 遠方からではあるがロケット弾や爆弾が投下されたのだろう。被災地からは距離のあるこのブルームズ宮殿まで爆風が届いた為、廊下の窓ガラスが大きく揺れた。 「陛下!」 思わずその場に屈んでしまった女王に少年が歩み寄った時。 ガー、ガガッ、 ズボンのポケットに入っている無線機からノイズがして、すぐ手に取る。 「はい。こちらイギリス王室ブルームズ宮殿エリザベス女王陛下護衛部た、」 「まだそんな所に居ったのか早く来い馬鹿者」 「あ、貴女は…!」 「ロゼッタちゃん!?」 無線機から洩れた通信相手の低い声に、女王は顔を上げ笑みを浮かべる。少年の了承を得て無線機を拝借すると、それを両手で持つ女王の表情は嬉しそうだ。 「ロゼッタちゃん?ロゼッタちゃん?」 「ほう。これはこれは女王陛下お元気そうで何よりじゃ」 「良かったぁ…ロゼッタちゃんが来てくれれば安心してイーデンを出兵できますわ」 ホッ…、と肩を落として安堵した女王の表情は女王というより普通の可愛らしい女性。 「ではイーデンの奴に10秒以内で合流できなければお前を二度と前線へ出してやらないと伝えておいてほしい」 「つ、筒抜けです!」 "イーデン"そう呼ばれた少年への伝言は無線機から洩れており筒抜けなので少年は顔を真っ赤にしている。その隣で女王は手を口に当ててクスクス優しく微笑む。 通信が終了し、ほぼ出はからっている為静かな宮殿内。遠くからではあるが、戦争の音が聞こえてくる。さっきまでの笑顔の女王は何処。今は眉尻を垂らして心配そうに少年を見つめている。一方の少年も眉尻を垂らし、どこか気弱そうな表情。 「…イーデンちゃん。ロゼッタちゃんの後ろにちゃんとついて戦うのですよ。絶対はぐれちゃいけませんわ」 「…了解致しました陛下。1週間と経たぬ内にこの戦終わらせてみせます」 そこで少年イーデンは女王の前で深々頭を下げ、跪く。 「全てはエリザベス女王陛下の為」 イギリス軍御決まりのこの台詞に、女王は申し訳なさそうに顔を歪めていた。 国際連盟軍 イギリス軍本部――― 次々と青基調の戦闘機が滑走路から飛び立って行く爆音や、機体が滑走路へ移動する音が充満する本部。 その中で、国際連盟軍の黒を基調とした長い羽織りを着たロゼッタが羽織りを部下に手渡し、シルバーのヘルメットをかぶる。 「お久しぶりですロゼッタ様。アメリカの状況は如何でしたでしょうか」 「駄目じゃな。ルネは圧倒的じゃ。まず奴等の機体のミサイル積載量が異常じゃ。開戦当初は連盟の新型ミサイルにてこずったようじゃが」 部下を後ろに歩かせながらペラペラと喋るロゼッタは格納庫から滑走路へ移動されるとある機体を、腕組みして待つ。 そんな時だった。背後から自分を呼ぶ声がした。 「ロゼッタ少将!」 部下と共に振り向けば、こちらに手を大きく振りながら声を張り上げ、息を切らして駆け寄ってくる少年イーデンの姿。ロゼッタとは違い、部下と同じ白基調の軍服を着ている。これは下官の着る軍服なのだ。簡単に言えば上官は黒服、下官は白服というのが国際連盟軍加盟国の決まり。 「む。しばらく見ない間に随分でかくなったなイーデン」 「はぁ、はぁ、お久しぶりですロゼッタ少将…!長旅お疲れ様で、」 「土産話は戦闘終了後じゃ」 イーデンが話途中にも関わらず背を向けたロゼッタのピンク色の瞳に映った機体。赤に光る棒で軍人が誘導しながら格納庫から移送されてきた青基調のイギリス軍戦闘機なのだが、普通より一回り小型且つ、羽の部分が長く鋭い。それを見上げるロゼッタの瞳が子供のようにキラキラ輝くと、すぐ機体に手を触れて微笑む。 「久しぶりの空じゃなAN22」 自分専用の機体に話し掛ける彼女を、イーデンをはじめとする部下達は不思議にも思わないところからして、いつもの事なのだろう。 上からぶらさがったロープに掴まり、機体へ搭乗しながらイーデンを見るロゼッタ。 「先程ルーベラから通信があったがあいつが先攻部隊か」 「は、はい!ロイヤル少尉が先攻部隊として只今戦闘しております!」 「そうか。ではイーデン。私の後について来い。死ぬなよ」 ニヤリ。白い歯を見せて意地悪気に言うロゼッタに、キョトンとするイーデンだがすぐに戦士の眼差しに切り替わる。 「了解!」 力強い敬礼だった。 「AN22出撃。続いてAN10が12機出撃」 本部の軍人がマイクでアナウンスしてすぐ、前後輪からオレンジの火花を散らして既に高速度で射出して行ったロゼッタ機AN22。その後を、イーデンをはじめとする部下達が搭乗した機体AN10が12機、ロンドンの空へと飛び立って行った。 ブルームズ宮殿――― 「ロゼッタちゃん…イーデンちゃん…」 廊下ガラス張りの窓から、飛び立って行く戦闘機13機を胸の前に両手を握り締め不安気に見送る。すると、何かを思い立ったようでくるりと背を向け重たいドレスを持ち上げるとパタパタと廊下を1人駆けて行ったエリザベス女王だった。 イギリスロンドン上空―― 敵は聖マリアを主体とした小国の集まりの為、各々の軍の色をした戦闘機が四方八方より攻めてくる。 敵のミサイル攻撃により街の被害拡大。国内が戦場となってしまった以上、何としてでも街への被害は最小限に抑えたい。だからイギリス軍は敵機に接近し、なるべくサーベルでの接近戦に持ち込むのだが、そんなイギリス軍の気持ちなど知らない敵機は接近戦でも容赦なくミサイルや砲撃を繰り返し、果ては街にロケット弾を投下していくので、イギリス軍パイロットの面々の怒りは尋常ではない。 「敗戦国が調子のってんじゃねぇ!!」 イギリス軍男性パイロットは叫び声を上げながら素早く的確な剣捌きで敵機を次々と倒していく。敵機が数機集まっていようが、其処へ加速し突っ込んでサーベルで滅多斬りしていくので、多勢といえど旧式の戦闘機では歯が立たない敵は呆然。 ビー!ビー! 「イギリス軍か!まずい…!」 そうこうしている間に機内に敵イギリス軍が接近してきた事を知らせる嫌なサイレンが鳴り響く。血の気の引いた顔で後方を振り向けば… ドン! 攻撃は勿論、悲鳴すら上げさせる時間を与えてはくれなかったイギリス軍の青の戦闘機1機。 「ふう…」 機内でパイロットは息を吐くと、モニターで敵の位置を確認。 「前方から8機。後方から5機。前方は他の人に任せて…」 後方を振り向けば、まだ接近のサイレンも鳴らない程の遠方だが、確かに敵機が5機確認できる。 パイロットの緑色の瞳に敵機が映ればニヤリと笑む。静かに顔を上げたショートボブのパイロットの少女ルーベラの緑色の瞳が据わっていた。 「AN11、敵機を迎撃する!」 掛け声と同時に操縦桿を力強く前へ押し倒せば、ルーベラの機体速度はぐんぐん加速。接近してきたルーベラ機の異常なまでの高速度に、敵パイロットは目が点。 「な、何をしている!新型といえどたかが1機!我々に分がある!撃て!」 5機の敵機の内、1機の50歳代の男性パイロットの指示によりしどろもどろしながらも、敵機一斉に機体下部からミサイルを射出。 ドン!ドンッ! 「…っ!だからそういう攻撃やめなさいって言ってるでしょ!!」 またしてもミサイル攻撃により街への被害が拡大してしまう事を恐れたルーベラは目をつり上げると、射出された敵ミサイルを素早く回避し、敵機の真ん前に到達。サーベルを振り上げる。 キィン! 一方の敵機パイロットは、コックピットの向こうに見えるルーベラ機に顔から血の気が引き、目が泳いでいる。 「うあ…嫌だ…嫌だ!俺には家族が…家族が居るんだ!」 「…そんなの知った事?私は両親の事も兄弟の事も分からない。…私自身の事も。あんたばっかり被害者面しているんじゃないわよ!!」 「うわああああ!!」 ドン! 振り下ろしてもまだ尚何度も何度も…機体が破片となるまで斬るルーベラのその戦い方を、少し距離をとった位置からただ呆然と眺めている事しかできずにいる敵機。 そんな間にも人型へ変形したルーベラ機が、煙の中から残り4機目がけ高速度で特攻してきたではないか。 「なっ…!?」 「み、右旋回で避けろ!」 「間に合いません!速度が間に合いません!!」 ドンッ!! 「ぐあああ!」 「軍曹!うあああ!」 「嫌イヤ!私には恋人が…!いやああああ!」 ドン!ドンッ! 爆音をたてて4機まとめて滅多斬りだ。何とか迎撃しようとする敵機だが全く歯が立たない。皆コックピットを滅多刺しにされ、機体は勿論パイロットまで破片とさせてしまうルーベラは機内で気が狂ったかのように高笑い。緑色の瞳は感情を失いつつあるのに、表情は狂喜に満ち溢れている。 「あはははは!家族?恋人?良いじゃない。大切な人達を覚えていられて!大切な人達との思い出があって!それだけで満足して死ねるでしょ?私にはそんな大切な人達の事も思い出もぜーんぶ無くなったんだから!ましてや自分自身が何者なのかも分からない私は最期、誰の名を呼べば良いの!?」 高笑いしながらではあるがそう叫ぶルーベラの身体は小刻みに震えていた。すると落ち着いたのか、俯いたままのルーベラ。 「…私は…」 ビー!ビー! 「敵機!っぐあああ!」 敵機接近のサイレンがしてすぐに顔を上げたルーベラだったが突如頭に激しい痛みが走り、両手でヘルメット越しに頭を押さえ、目を力強く瞑って悲痛な声を上げる。 「あああああ!」 前後左右に大きく頭を振っても痛みは引くどころか増す一方。顔が青ざめていき冷や汗が身体中から吹き出し、前のめりで顔を伏せたルーベラの目はこれでもかという程見開かれる。頭を支える両手や両足は痙攣を起こし、止まらない。 「うあ、あああ…!」 ビー!ビー! それでも敵は接近してくるから、機内に鳴り響くサイレンが敵機急接近の危険音に変わる。 痛みも痙攣も止まらないが、何とか力を振り絞りゆっくり顔を上げ、眉間に皺を寄せて霞む視界で目を細めてコックピットのフロントガラス越しで、迫り来る敵機2機を捉える。 「…っああ…ぐっ…!」 震えの止まらぬ右手で半ば強引に操縦桿を前へ押し倒し、接近する敵機目掛けてこちらから接近する。 「来る!イギリス軍!」 「1機で向かってくるなんざとんだド素人を使っているんだなぁイギリスさんよぉ!」 向こうから出向いたので大興奮の敵機2機は二手にわかれると、ルーベラ機を挟み撃ち。 「ぐっ…!」 開ききった瞳で素早く二手にわかれた敵機を睨み付け、すぐミサイルで迎撃するルーベラ。 ドン!ドンッ! しかし敵2機はそれを回避してしまう。すぐさま2機は左右からルーベラ機をこれでもかという程爆撃するのだ。 ドドド!ドン! 「ぐあああ!」 集中攻撃を受けては最新型の戦闘機のルーベラ機でも手も脚も出ない。 「ヒャハハハ!綺麗だぜ!真っ赤に燃えるその様とっても綺麗だぜイギリス軍さんよぉ!」 黒の煙が立ち込め、ルーベラ機は煙により見えなくなってしまう。 「…そろそろ良いだろう。次の段階へ移行する」 「はぁ?つまんねぇの!」 敵パイロットの1人が部下に冷静な通信を繋げれば、部下は口を尖らせ渋々従い、上官の後ろを飛行。物足りないといった様子で、後方に見える黒の煙に包まれたルーベラ機を名残惜しそうに見ながら。…見ながら部下は突然目を見開く。 「たた、大尉!大尉ぃ!」 「…?何だ。お前ともあろう者がそこまで怯えた声を出すなど」 「まま、まずいです!さっきの奴がまだ生きてる!」 「馬鹿を言うな。あれだけの攻撃を食らっては新型と言えど機体は良くともパイロットは、」 「生きてるのよねぇ?」 「…!!何…!」 ドン!ドン! 「あはははは!油断大敵って言葉知らないの?」 戦闘不能と思われていたルーベラ機は高速度で敵機2機に追い付いてすぐ、素早い剣捌きで2機のコックピットを集中攻撃。 ドスッ!ドスッ!! 機内で狂者の如く目を見開き、まだ2機を斬り裂き続けるルーベラ。額から頬を伝う自分の血を舌で舐めて嗤う。 「そんな基本も分からないあんたらなんて…軍人の資格無いのよ!!」 ドン! 今まで一番大きな爆音。そして真っ赤な炎が上がったその様はまるで花火が打ち上がったかの様。辺り一帯が明るく照らされる。敵機2機のパイロットは既に死亡しているにも関わらず、ルーベラはとどめとして2機をコックピットから横に真っ二つにしたのだ。 街への被害を恐れていたにも関わらず、街へと落下していく敵機の破片を見て高笑い。満面の笑み。 「あはははは!私が死んだと思っていたら大間違い!ざーんねん!だってね?私不老不死の薬を飲んだんだもの!死ぬわけないでしょう!?あはははは!」 「ロ、ロゼッタ少将…」 「…うむ」 ルーベラ機を遠くから眺めていたイーデン機とロゼッタ機。 ルーベラが機内で高笑いするその狂気の様を映像と音声で見つめる2人。イーデンは唖然。そのあまりの狂気振りに思わず口を手の平で押さえている。一方のロゼッタはというと相変わらず平常心を保ってはいるが、その表情はどこか切な気にも見える。 「イーデン」 「は、はい…」 「悪いがルーベラ少尉を機体ごと軍本部へ移送してはくれぬか。ああなってしまってはあいつはこれ以上戦えんからな」 「り、了解!」 「久しぶりの前線のところ悪いな」 「い、いえ僕は…!」 通信の向こうのロゼッタの優し気でどこか切な気な笑みにイーデンは一瞬目を丸めてしまうが、すぐルーベラ機に近付く。 「ロ、ロイヤル少尉…?」 ルーベラからの応答は無い。映像付きで通信を繋げてみれば案の定。ロゼッタが言った通り、機内では目を瞑り気を失ったルーベラが居た。 イーデンは切な気に顔を歪めながらもルーベラ機を連れ、今来た道をそのまま戻って行くのだった。その後ろ姿をモニターで目を細めて見るロゼッタ。 「彼女も戦争の加害者であり被害者か…。神は平穏を与えてはくれんだろうな…。私達にも…」 呟いてすぐ顔を上げれば、既に戦士の顔付きをしていた。 「AN10機総員に告げる。私が敵機に特攻する。お前達は私の後に続くのじゃ。良いな?」 「了解!」 「ふっ…こんな茶番劇3日と経たぬ内に終わらせてくれよう」 その不敵な笑みを合図に、ロゼッタ率いるイギリス軍は自分達の倍はいる敵機へ立ち向かって行った。 4日後。 イギリス、 ブルームズカレッジ――― 教会造りの大きな大学から出てくる生徒達。この近辺はまだ戦災を被ってはいないが、案外長引く聖マリア王国・諸国との戦闘に民衆は不安を隠しきれない。 「知ってる?サリーのお父さんブルームズ宮殿近くの工場で働いている時に爆弾が投下されて亡くなったんだって…」 「え!だからサリーずっと休んでいるんだ…」 「怖いねぇ…」 生徒達の会話を聞きながらもその脇を、分厚い歴史の教科書を抱えながら他人事のように通り過ぎていく1人の青年生徒。深緑色のブレザーを羽織り、下に黄色のセーター。深緑色の縁をした楕円形の眼鏡を右手でくいっと上げて、大学前の駐車場に辿り着けば、白い車の鍵をズボンのポケットから出して鍵をあける。 バサッ、 後部座席に教科書を放り投げてドアを閉めてから一度空を見上げれば、戦闘区域ではなかった此処の空を飛行するイギリス軍戦闘機を2機見つけた。戦闘機はブルームズ宮殿の在る方角へと飛行していく。 「あれ!戦闘機だよ!」 「戦争って本当にやっているんだね〜」 それを見た大学生達の方からは悲鳴が聞こえるが、一方の青年はつまらなそうに溜め息を吐くだけ。 運転席に乗ると、助手席に放り投げてある新聞を手に取り眺める。記事には一面ヴィヴィアンが捕らえられたあの記事。それを見てまたつまらなそうに溜め息。助手席にまた新聞を放り投げ、エンジンをかける。 「どこもかしこも皆で悪役ルネを目の敵か。…つまらん世界だ」 エンジンが温まってきた事を確認し、ハンドルを握った時だった。 コンコン、 「?」 運転席側の窓を叩く音がして顔を向ければ、其処には茶色の大きなサングラスをかけた銀色の長髪の細身の女性が居た。女性はレースのついたブラウスと薄ピンクのロングスカートに、ピンクのハイヒール。 青年は眉間に皺を寄せ、機嫌悪そうに目を細めながらも窓を開ける。 「誰だ」 「お久しぶりです!先日…と言いましても3ヶ月前こちらのカレッジへお忍びで参りましたところ、貴方様を御見かけしまして!初めは不思議に思いましたけれど、ご年齢的にも大学生でおかしくはありませんからもしかしたらと思いましたらやっぱり!」 サングラスが邪魔ではっきりとは分からないが、女性は顔の前で両手を合わせニコニコ優しい笑顔で嬉しそうに話す。 だが、青年は全く彼女に心当たりが無いようで、寄せられた眉間の皺は増えるし機嫌はどんどん悪くなる。 「意味が分からん。まず貴様は名乗れ。無礼者」 「あっ!え!?申し訳ありません!そうですよね前回お会いしてからもう10年は経ちますもの。覚えていらっしゃらないのも無理はないですよね…」 青年のイラ立ちをやっと感じ取ったのか、女性は挙動不審になり俯きがちになってしまうが、青年は気に掛けてもやらず、ただ感情の無い瞳で睨むだけだ。 「何れまた、あわよくば御父上の時のように同盟を結んでいただけたら幸いだなぁと思いましたの!」 「いい加減にしろ。もう待ってられん」 そう投げ遣りに言うと、青年はサイドブレーキを倒した。発進する気満々だ。 これにはさすがの女性も慌ててしまい開いた窓から車内へ思わず身を乗り出すから、青年は驚いて目を点にするが、すぐに堪忍袋の緒が切れる。 「お願いです!貴方様のお力を拝借させてはもらえませんか!」 「黙れ!名乗りもせず用件だけ述べるとは無礼な奴だな!ヤードを呼ぶぞ!」 「わたくしです!」 カチャッ、 「…!!」 女性が咄嗟にサングラスを外せば、たった今まで怒鳴り散らしていた青年は目を見開き呆然。しばらく2人の間に沈黙が起きる。 「なっ…!?何故このような場所に1人で…」 「良かったぁ。思い出してくれましたか?」 女性は安堵した様子で肩の力が抜けた。ホッ…とした表情を浮かべてすぐ自分の左胸に手をあてて、首を傾げて優しく微笑む。まるで女神のように。 「お久しぶりです。わたくしです。イギリス王国女王エリザベス20世です」 にっこり優しく微笑んだ女性は正真正銘エリザベス女王。青年は唖然。 一方の女王は口に手を添え、辺りをキョロキョロ見ながら小声で話す。 「本当はあまり大きな声で言えないのですけれどね、わたくし実は側近に内緒で此方へお邪魔させてもらいましたの!」 「なっ…!それを早く言え!」 「あらあら?」 ドアを開け、女王の腕を力強く引っ張り助手席に乗せた青年は少し慌てている様子なのだが表情は無い。そんな青年をキョトンと目を丸めて見つめる女王は、自分が勝手に1人で出歩いた事を大事だと思ってはいない様子。 「全く…!このまま宮殿へ向かえば良いのか」 「いえいえ!送ってもらうだなんてそんな、」 「貴様は自分の身分を考えた事は無いのか!」 「あらあら?申し訳ありません。わたくし、貴方を怒らせたくて来たわけではありませんのに…」 会話にならない女王を白い目で見ながら深く溜息を吐けば、痺れがきれた青年は車を発進させる。 街はまだ戦争の被害が無く、木々が風に吹かれ揺れているがこんな平和な束の間も時間の問題。 「何故私を呼んだのかは分からんが私にはやらなければならない事がある」 「…御戻りになられるおつもりですね」 「いずれな」 しん… 車内に起きる沈黙。チラ…と青年を見るが、無表情のまま前だけを見て運転していた。 「ならばその時は是非わたくしの国と同盟を結んで下さいね。貴方様の御父上の頃のように」 「奴の猿真似だけは死んでもしたくはない」 「そんな…」 再び沈黙が起きてしまうから、車内の空気は一層重苦しくなる。 しばらく車を走らせれば、ブルームズ宮殿が見えてきた。それに比例して上空を飛び去って行く戦闘機の数は倍以上。遠方からは真っ赤な炎が炎上している様が見受けられるのは、遠方の空が真っ赤に染まっていたから。 バタン、 宮殿裏に車を駐車すれば、女王はスカートを持ち上げて一礼する。だがしかしなかなか青年が降りてはくれないので、眉尻を垂れ下げながら何とかもう一度声をかける。 「送って下さりありがとうございました!あの、先程のお話は了承してもらえましたでしょうか?」 「何度言おうが無駄だ」 「そんな…」 女王がショックを受けていようが全く気にも止めず、車内の暖房を調節したり曇ったフロントガラスを内側から拭くだけの青年。 [次へ#] [戻る] |