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症候群-追放王子ト亡国王女-
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1機目、2機目、3機目…。どれもパイロットはヴィヴィアンではなかったから、すぐチャンネルを閉じて戦闘に集中する軍人達。城へ寄せ付けないようにと構成されたフォーメーションを崩されず、順調に迎撃するルネ軍。
「9、10…」
おかしい。10機目とオープンチャンネルを繋げたのだが全パイロット、ヴィヴィアンではなかったのだ。
「いや、おかしいと考える方が間違っているのか。何も、奴が、国王様が招待した夜会に必ず来るとは限らんのだからな」
これで気を遣わず全機容赦なく攻撃できる…と安心した途端、ダイラーは砲撃を繰り返した。


ドン!ドンッ!

上空を渦巻いていた紫色の毒ガスよりも、いつしか戦闘機から噴射するミサイルや砲撃の灰色の煙の方が勝っていた。






































ルネ城内――――

「っ…!」
先程のルネ軍軍人3人に連れ拐われたマリーの両手を後ろで一つに束ねて連行する者と、エミリーを乱雑に抱える者。
久し振りにやって来たルネ城は以前にも増して人間の憎悪が渦巻いていて、吐き気がした。
「しっかり歩け!」
「しっかしまぁ、国王様は何処へ向かわれたのだ?自室には居らっしゃらなかったし、アマドールも居ないようだしな…」
「取り敢えずこいつらを何処か空き部屋へ隔離しておくか」
「了解」
軍人達は不気味な程静まり返ったルネ城内3階廊下を歩きながら、会話を完結させる。
「うわああん!うわああん!」
そんな中でも、構わず泣き喚くエミリーに腹を起たせた1人の軍人。
「おい。そのガキを黙らせろ」
「了解」
そう承知したのは、エミリーを乱雑に抱えている大柄な軍人。何とその軍人は、エミリーを平手で打とうと右手を振り上げたのだ。マリーは目を見開き顔を真っ青にし、叫ぶ。
「やめて下さい!その子には何もしな、」
「う、うわああああ!!」
「!?」
軍人がエミリーを打つ直前で手を止めた。何故なら、先頭を歩いていた軍人の1人が角を曲がったところで大きな悲鳴を上げ、尻餅を着いたからだ。






















「ははは、尻餅を着くなど超大国の軍人として情けないだろう。何だ何だ?幽霊でも見、」
マリーを連行していた軍人も角を曲がった途端、言葉を失う。マリーは吐き気に襲われる。
視線を下へ落とせば、廊下に敷かれた絨毯の紅色に似てはいるが、どこか生々しくて微妙に色が異なる紅が飛び散っている。もう少し視線をずらしてみると其処には、仰向けで目を見開いたまま腹部と口から血を流している、先代ダビド国王の王妃デイジーの遺体がある。
「うわああああ!」
「デイジー様!!」
うっかりマリーの手を放してしまい、デイジーに駆け寄る軍人。エミリーを抱えていた軍人は、身動きがとれるようになったマリーが逃げ出そうとしているのを見逃さなかった。しかし、彼女を見失ってしまう。
「何処へ行った!」


ドンッ!

「くっ…!?」
辺りを見回しているその時、背後から体当たりされてしまい、抱えていたエミリーを思わず落としてしまいそうになるが、エミリーをキャッチするマリー。
大柄な軍人の背後にまわっていた為、小柄なマリーは大柄な軍人に隠れてしまっていたのだ。だから軍人は一瞬マリーを見失ったというわけだ。























「待ちやがれ!」
鬼の形相で追い掛けてくる軍人の方をチラチラ見ながらも、必死に必死に自分が出せる最高速度で廊下を駆けるマリー。だが、相手は超大国の軍人である以前に男だ。マリーとの距離がぐんぐん近付いていけば、マリーの目からは恐怖による涙が大量に溢れる。
一方の軍人の顔には勝利を目前とした笑みが浮かぶ。
「はぁ、はぁ…!」
思い切って駆け込んだエレベーター。しかし、扉が閉まる前に軍人がエレベーター内へ入ってくる可能性の方が大。
考えも無しに2階のボタンを押し、SHUTのボタンをすぐ押す。
「貴様!待て!!」
後少しで閉じるエレベーターの扉。しかし比例して、後少しでエレベーターへ辿り着く軍人。ゆっくり閉じていくエレベーターの扉の向こうに見える軍人の笑顔が恐ろしくて、マリーは恐怖に勝てず、ぎゅっ…!と目を瞑る。同時に、エミリーを力強く抱き締める。


ガッ!

「ひっ…!」
何か大きな物音がした。すぐ目の前で。
ビクッ!と挙動不審になりながら薄ら目を開けば、言葉を失ってしまうマリーの全身の血の気が引いた。
何故なら今の物音は、ほぼ閉じたエレベーターの隙間に挟めた腕がエレベーターの扉を抉じ開けようとしている物音だったからだ。






















ガタン!ガコン!

ほぼ閉じたエレベーターの扉に挟めた腕で扉を無理矢理抉じ開けようとしてくる光景がすぐ其処に見える。扉は腕1本が入る程度しか開かれていない為、扉を抉じ開けようとしてくる相手の顔も姿も見えないが、その腕は着実に扉を抉じ開けようとしている。
「嫌!嫌!嫌!神様お願いです!エミリーだけは助けて下さい!」


ガッ!

マリーの泣き叫ぶ声も無視して、今度はもう1本腕が入る。より一層抉じ開けられていく扉。マリーは目を見開き、顔は真っ青。
「イヤ…イヤ…」
首を左右に振るマリーの視線は、抉じ開けようとしてくる2本の腕にしか向いていない。見たくもないのに。


ガコン!

また大きな物音がして扉が勢い良く抉じ開けられたから、目を瞑ったマリーは思わず叫んでいた。
「イヤ!イヤ!ヴィヴィ様助けて下さい!!」
「お姫様のお望み通り助けに参りました」
「…え?」
大好きな声がして、顔を咄嗟に上げて目を見開いたマリー。彼女の目の前には、今エレベーターを抉じ開けてきた人物が優しく微笑みかけていた。
「ヴィヴィ様…?」
目に涙を浮かべながら問い掛ければ、目の前の人物ヴィヴィアンはにっこり微笑みかける。深緑色のカイドマルド軍の軍服を着用した彼ヴィヴィアンの登場に、呆然としているマリー。























そんな時。ヴィヴィアンの背後にユラリ…と一つの大きな人影が見えた。先程マリーを追っていた大柄なルネ軍人が額から血を流しふらつきながらも、両手に拳銃を構えているのだ。銃口が向くその先には、ルネ軍人には背を向けている無防備状態のヴィヴィアン。マリーは目を見開き、叫ぶ。
「ヴィヴィ様危ない!!」
「大丈夫」
「え、」


カチャッ、カチャッ、

ヴィヴィアンの笑みと言葉通り。引き金を引いたルネ軍人だったが拳銃からは弾が放たれず、カチャ、カチャと情けない音しかしない。ルネ軍人は何度も何度も引き金を引くが、無駄。
ヴィヴィアンは口を手で押さえクスッ、と笑うと、ルネ軍人の方を向いた。エレベーターの扉を両手で押さえながら。それはマリーを庇うようにも見える体勢。
「さっき君を背後から殴った時に、銃弾満単の君の拳銃と銃弾ゼロの僕の拳銃を取り替えたんだ。ごめんね」
ニコニコと笑みながらの明らかに見下した謝罪の言葉に、ルネ軍人の中で何かが切れる音がした。
「貴ッ様ァア!!」
途端彼の目はつり上がり、まるで悪魔の形相。


バキッ!

ルネ軍人は、すり替えられた拳銃を何と圧し折ってしまった。これにはさすがのヴィヴィアンも目を見開いたが、
「すごいすごーい」
と茶化す。
敵を挑発ばかりする彼にマリーは気が気でなく、ヴィヴィアンが来た事により余計具合が悪くなってしまいそうだ。























「貴様が…貴様が先代ダビド国王様を!!」
「を?僕がどうしたって?」
「貴様ぁぁぁあ!!」


パァン!パン!

「残念でした。出直してきてね、来世で」
あははは、と甲高い笑い声を上げながら、向かってきたルネ軍人に数発発砲すれば、ルネ軍人は額と左胸と首から血を噴き出しそのまま倒れてしまった。呆気ない。


ドサッ、

そんなルネ軍人をエレベーター内から見下ろして鼻で笑うヴィヴィアンの今の表情の方が、このルネ軍人よりも余程悪魔の形相をしているかもしれない。


グリグリッ!

何を思ったのかヴィヴィアンは、其処に倒れているルネ軍人の頭部を自分のヒールの高いブーツでグリグリと何度も踏み付ける。そんな彼の後ろ姿しか見えないのだが、マリーはすぐエミリーの目を手で覆い隠す。
「あははは!武器が無い生身のまま僕に立ち向かってきたところで、目の前にあるのは死だけじゃないか!最期くらい敵に抵抗すれば勇敢でかっこ良い?大間違いなんだよ!死んだら元も仔も無いだろ?ちゃんとココ使って行動しろよ、ばーか」
ココ、と言いながら自分の頭を右手人差し指で叩くヴィヴィアン。ココ、とは頭の意。






















「マリー、エレベーターの扉を閉めてくれるかな」
首だけを、後ろでガタガタ震えているマリーに向けて指示を出せば、彼女は顔を強張らせながらも、ただコクン、と頷く。言われた通りエレベーター内のSHUTのボタンに指を伸ばすマリー。
ヴィヴィアンはルネ軍人の頭を未だ踏み付ける傍ら、彼女の事を笑みながら見ている。
「ルネ王国の恥曝しがぁぁあ!」
「なっ…!?」
死んだ又は意識朦朧末期だと思っていたルネ軍人が、突然息を吹き返した。


ガシッ!

叫びながらヴィヴィアンの左足首を掴むルネ軍人は額から血をダラダラ流し、目は開き切っていて白目を向いているにも関わらず、ヴィヴィアンをエレベーターの外へ引き摺り出そうとする。最期の力だろうか。
そんな光景を目の当たりにし、マリーは腰が抜けてしまう。そんな間にも、マリーが押したSHUTボタンの通りエレベーターの扉は閉まっていく。


ズルッ!

「くっ…!!」
同時にヴィヴィアンは外へ引き摺り出されていくから、扉を両手で力付くで閉じさせまいと押さえるが、そんな彼にエレベーターの扉は抵抗して閉まろうとするからヴィヴィアンはもう一度マリーに顔を向け、声を張り上げる。
「マリー!扉を開くボタンを押すんだ!」
しかし目の前の異様な光景にマリーは腰が抜けたまま立ち上がれず、ガクガク震えている。





















「チッ…!」
ヴィヴィアンは舌打ちをすると、ルネ軍人に向かってまた何発も発砲。


パァン!パァン!

本当はこの後の事も考えて弾を温存しておきたかったというのに。
「くそっ!放せ!薄汚いルネの軍人が僕に触るな!」
「ルネ王国の恥曝しがぁあああ!!」
何発も何発も発砲するのに、ルネ軍人は未だ叫び声を上げながらヴィヴィアンを引き摺り出す事を諦めない。ヴィヴィアンの中で何かが切れる。
「おとなしく死ねよ!!」
「ぐあああああ!」


ガタン!

罵声も虚しく、最期の力を振り絞ったルネ軍人は叫び声を上げながら、見事ヴィヴィアンをエレベーター内から引き摺り出す事に成功。
「くそっ…!」
引き摺り出されたヴィヴィアンは咄嗟に後ろを振り向き、マリーに向かって左手を伸ばす。
「マリー!」


バタン!

扉は音をたてて閉じ、エレベーターが1階へと降下していく機械音だけが静かな城内に虚しく響いた。



























「…へへっ」
足元から聞こえた擦れた笑い声に、ヴィヴィアン赤い瞳はこれでもかという程つり上がり、足元で勝ち誇ったように笑む瀕死のルネ軍人をギロッ!と睨み付け、静かに銃口を向ける。
引き金に手をかけようとしたその時。違和感を抱いたのか、ハッ!と顔を咄嗟に上げ、ルネ軍人から離れた。


パァン!パァン!

銃声。
ヴィヴィアンの抱いた違和感に間違いは無かった。2本の白い円柱の陰から姿を現した2人のルネ軍人が発砲してきたのだ。彼ら2人は、先程デイジーの死体を目の当たりにして動揺していた者達だ。ヴィヴィアン達の騒ぎや銃声を聞きつけやって来たのだろう。
「チッ…」
ジリッ…、と後ろへ下がるヴィヴィアンだが、後ろには閉じられたエレベーターがあってこれ以上後ろへは下がれない。追い詰められた。
「騒がしいから駆け付けてみればラッキー」
「本日の夜会の主役のお出ましだな」
軍人2人が茶化している間に、先程のルネ軍人は倒れたまま息を引き取っていた。これで2VS1。
先程までの余裕の表情は何処へ。今のヴィヴィアンは眉間に皺が寄っていて、額からは頬を伝う冷や汗。睨み付ける赤い瞳に映るルネ軍人2人はにんまり微笑んでくる。
「よくもまあ、センサーを掻い潜って城内へ侵入できたな」
「城内のセキュリティシステムなんて分かり切っているはずだろ?だからそれを上手く利用して侵入したんじゃないか?」
「ははは、そうかそうか。貴様はこのルネ城の事なら隅から隅まで把握済みか。そうだろう元王子様?」
「…はっ」
ヴィヴィアンは下を向きながら、2人を鼻で笑う。
2人は頭上にクエスチョンマークを浮かべるが、内1人は無線機を胸ポケットから取り出す。





















「こちらデルタ少尉。奴を城内にて発見。場所は、」
「王子なんて低地位僕には似合っていなかったんだよね」
「黙っていろ。次期にアマドールが貴様を国王様の元へ案内するだろう。それまで一切無駄口を叩くな」
「はい、場所は3階西廊下で」
「無駄口?…はは。無駄口を叩いているのはどっちだよ」
「はい。ですから私達が奴を捕か、ぐあああああ!」


ザクッ!

「う、撃て!撃て!撃、うわあああ!」


ザクッ!ザクッ!

無線で通信中の1人に続き、もう1人からの悲鳴は通信相手のアマドールに筒抜けだった。


ガシャン、

「おい!どうした!何があった!返事をしろ!デルタ少尉!」
音をたてて床に転がった無線機からはアマドールが軍人2人へ呼び掛ける上ずった声がする。それをガシャン!と踏み壊したヴィヴィアンの髪や顔や軍服には、べっとりとした真新しい返り血。
それもそのはず。ヴィヴィアンは懐に隠し持っていたダガーナイフを取り出すと、目にも止まらぬ速さで2人の急所という急所を斬り付けていったからだ。






















流血して身体がピクピク痙攣するがまだ息のある2人を見下ろすヴィヴィアンの表情はまさに悪魔。浴びた返り血の効果もあってか、余計恐ろしく見える。
「ぐっ…あっ、貴様…貴様ごときに…こ、の…ルネ軍が…」
「……」


ドッ、

刃物が肉に食い込む音。ヴィヴィアンは悪魔の表情で何の躊躇いも無く、ルネ軍人2人の頭部にダガーナイフを落とす。
これで2人の息の根を完璧に止める事に成功。


ブシュウ!

「ははっ…」
頭部に食い込むナイフを思い切り引き抜けばまた返り血が飛び散ってきたが、ヴィヴィアンは口が裂けんとばかりに笑んでから、エレベーターでは無く奥にある階段を駆け降りて行った。

















































同時刻、
ルネ城内1階廊下――――

「奴が…やはり奴は来たというのか。通りで、城内全ての監視カメラが破壊され、セキュリティシステムロックが解除されていたわけだ」
1階廊下を1人足早に歩くアマドールは紺色のマントを靡かせながら顎に手を添え、何かを考えているようだ。
「奴はまだこの城内に居るはず。その事に国王様はまだ気付いていない。私が奴を捕え、国王様に献上すれば…完璧だな」
ニタリ…と笑んだアマドールの白い歯が輝いた。全ては国王ルヴィシアンの中での自分の株価上昇の為。


タン、タン、タン…、

その時ふと立ち止まり、耳を澄ませる。アマドールはまたニタリと笑う。遠くから人1人分の足音が聞こえてくるのだ。しかも、だんだんとこちらへ近付いているではないか。
アマドールは廊下に一定感覚に立っている腰に剣を身につけた鎧兵像の陰に身を隠す。外から射し込む月明かりで影が映らない角度にわざと立って。息を殺し、腰に付けた鞘に静かに手を触れる。


タン、タン、タン…、

「っはぁ、はぁ…エミリーお願い、しばらく泣くのは我慢していて下さいね。はぁ、はぁ…」
足音と共に聞こえてきた声それが奴のモノでは無い事に驚愕しつつも、フッ…、と鼻で笑う。作戦変更だ。
「これはこれは。お久しぶりです、マリー王妃」
「…!」
"王妃"をわざと強調して言いながら、鎧兵像の影から姿を現したアマドールは近年稀に…いや、恐らく初めてという程珍しく満面の笑みを浮かべて、マリーの前に現われたのだ。






















一方のマリーは足を止め、息も心臓も止まりそうだ。エミリーをきつく抱き締めながら一歩また一歩と後ろへ下がる。しかし…
「きゃっ、きゃ!」
何とエミリーはアマドールを見て、楽し気に笑い出したのだ。純粋無垢な赤ん坊のエミリーには、アマドールの人間臭い裏のある笑顔が優しい笑顔に映ってしまったのだろう。それをアマドールは心中では腹を抱えて笑うが、表では嘘の優しい笑みを浮かべる。
「おやおや。赤子様に気に入って頂けたようで…光栄でございます」
「や、やめて下さい!エミリー!この人は悪い人なんですの!ね!ね!?」
「嫌ですよマリー王妃。ご冗談はお止め下さい?私のどこが悪い人なのでしょう?」
暖色の光を放つ大きなシャンデリアが一つ飾られている静かな廊下に響き渡るエミリーの楽しげな笑い声に混じって聞こえるのは、アマドールが一歩また一歩、マリー達に近付いてくる足音。


カツン…、コツン…、

「イヤ…」
「一つお尋ねします。貴女様の旦那様が城内にいらっしゃるようですが、どちらへお散歩に向かわれたかご存知ですか?」
「イヤ、イヤ…」
首を左右に何度も何度も振るだけで質問に答える気配の無いマリーに、アマドールはにっこり微笑みかける。直後、本心が表情にダイレクトに表れた鬼の形相に切り替わる。
「使えねぇ女だ」


ガッ!

マリーの右腕を掴み壁に追い詰めれば、アマドールを見上げてくるガタガタ怯えるマリーはまるでライオンに追い詰められたシマウマ。





















「うっ…うわああん!」
さすがにアマドールの豹変振りにはエミリーも何かを感じ取ったのだろう。大声で泣き出してしまったから、マリーの脳内で悪夢が蘇る。先程ルネ軍人達に連行されていた時エミリーが泣き喚いた為、軍人がエミリーを黙らせようとしていた場面を思い出したのだ。
今回は身動きを封じられていて尚且つ、こんな近距離だ。必ずと言って良い程エミリーは黙らせられてしまうイコール、エミリーは打たれるだろう。
案の定、アマドールの顔色は見て分かる程イラ立っている。
「ギャーギャー泣き喚くだけでも煩いというのに、奴の血を引いている時点で永久に黙らせたくなるな」


キィン…!

腰に付けた鞘から剣を静かに取出すと、マリーとエミリーに向けて振り上げる。銀色に輝く剣の刃に映るマリーとエミリーの恐怖に満ち満ちた顔を見るのが、アマドールにとって最高の至福。


キィン!!

剣と剣がぶつかり合う音が静かなこの廊下に響く。アマドールの据わった瞳が見下ろすその先には…
「ヴィヴィ様…!」
「白馬の王子気取りか」
「白馬だなんて今時古いです、よ!」
よ!の声と同時に、アマドールが振り下ろした剣を自分が持つ剣で振り払ったのは、返り血塗れのヴィヴィアン。
マリー達にアマドールの剣が振り落とされるところでタイミング良く間に入り、振り落とされるはずだった剣を自分が持つ剣で何とか受けとめたヴィヴィアン。
アマドールとヴィヴィアンの、剣と剣でのぶつかり合いが始まった。
























キィン、キン!

刃と刃がぶつかり合う。
アマドールをマリー達に近付かせまいと、圧して圧して圧倒して攻めて攻めていく事により、マリー達からアマドールを遠ざけられる。アマドールとヴィヴィアンの剣で戦う光景は、中世の騎士を連想させる。
「フルーレしかやった事ありませんけど」
ぐっ、とアマドールの腹脇に押し込むが、さすがは国王の側近だ。軽々避けるとすぐ様ヴィヴィアンに向かって刃先を向けてきた。しかも頭部目がけて。


キィン!

すぐ様屈んで避ければ、瞬時にアマドールの背後へ回ったヴィヴィアンは勝ち誇った笑みを浮かべる。白い歯が光る。
「しまった…!」
アマドールが焦りながら背後を振り向くそれを狙い、刃先を向けた。
「これで!」
「終わりだと思ったか追放者?」


パァン!

「…!!」
刃と刃のぶつかり合う音は止んだが、代わりに1発の銃声。
「ヴィヴィ様!!」
アマドールは、剣を持った右手とは逆の左手に拳銃を構えていたのだ。ヴィヴィアンがアマドールの頭部を狙ってそこにしか視線を向けていないのを良い事に、アマドールは隠していた左手に持った拳銃で、飛び掛かってきたヴィヴィアンの左脇腹に発砲。案の定ヴィヴィアンは目を見開き、背中から床に転げ落ちる。


ドサッ!


カランカラン…!

同時に、手放してしまった剣をアマドールに奪われる。
























「成程な。鎧兵像の剣を使っていたのか。通りで錆びていて戦い甲斐の無い剣だと思っ、た!」
「うああああ!」


ブスッ!!


ブシュウウウ!

アマドールは自分の剣をヴィヴィアンの左太股に勢い良く差し込み、勢い良く引き抜く。噴き出す赤が血飛沫となって辺りに飛び散る。
お次は右脚、とばかりに再び振り上げられた剣。しかしそれは床に突き刺さる。


ドスッ!

「ほう。なかなか戦い甲斐のある奴かもしれないな」
「っぐ…!」
アマドールからの次の攻撃を何とか避けてふらつきながらも立ち上がるが、左太股から流れる血の量は半端なものではない。


パァン!パァン!

ドクドク血を流しながら、アマドールに向かって数発発砲するとマリーとエミリーに駆け寄り、慌てふためくマリーの背を押しながら細い通路へと走り出す。
「逃がすものか」
案の定ヴィヴィアン達を追いかけてくるアマドールは絶対に援護を要請しない。手柄を独り占めとしたいから故。

































「はぁ、はぁ…」
「ヴィヴィ様…?ヴィヴィさ、」
「マリー、こっちだ」
「あっ!」
ずっと細い通路を駆けていたが、ヴィヴィアンはマリーの手を引いて、吹き抜けとなっている中庭へと駆け出す。足元に咲くピンクや白の小さな花々を踏み潰してでも駆け抜けるヴィヴィアンとマリー。
チラチラと後ろを確認しながら走るヴィヴィアンの赤い瞳に映るアマドールはまだ追い付く距離ではないが、確実に近付いてきている。
「チッ!」
ばつが悪そうに舌打ちをするヴィヴィアン。


ゴオォッ…!

そんな時。頭上から地鳴りのような耳の鼓膜が破れてしまいそうな低く大きい音がして、同時に、走る事ができなくなるくらいの強風が一瞬吹き荒れた。
「ルネ軍…!」
頭上を見上げれば、空は対空砲火の閃光により真っ赤に染まっていて、その中をルネ軍戦闘機が高速度で飛び立って行った。
遠くで灰色の煙を上げ、爆発した機体はカイドマルドの機体だろうか。ヴィヴィアンの顔にも焦りが見え隠れし始める。


ぐっ、

「あぁっ!」
少々手荒にマリーの手を引きながら中庭を抜け再び城内へ戻ると、再び廊下を駆けて行く。






















やはりまだアマドールは追ってくるから、走りながら時折アマドールを撃つ。


パァン!

だが避けられてしまうし、挑発させてしまったのだろうか、アマドールもこちらを追いながら発砲し出した為、自分は軍人であるから避けられるが、マリーが危ない。ヴィヴィアンはマリーの腕を強引に引き、とある一室へ飛び込む。


バタン!

ガチャ、ガチャッ

すぐ様扉を閉め、部屋のロック番号を素早く打ち込む。これでこの部屋をロックする事に成功。


ドンドンドン!

アマドールが外からこの部屋の扉をドンドン叩いてくる音が聞こえる。アマドールはこの部屋のロック解除番号を知らない。何故なら此処は、先代国王でありヴィヴィアンの父親でもあるダヴィドがヴィヴィアンだけに残してくれた小さな小さな書斎だからだ。
真っ暗く、古くさい書物が床一帯に散らかっているこの部屋は、ヴィヴィアンが追放されてから一度も掃除されていないのだろう。ガラス張りの大きな窓には雲の巣が張っていて、まるでお化け屋敷だ。


タタタタ!

アマドールが部屋の扉を叩く音も消え、彼が何処かへ駆けて行く足音が遠ざかっていくのが聞こえると、ヴィヴィアンは肩をがっくり落として大きく息を吐き、ソファーに腰を掛けた。






















「ふぅ…」
すぐ様軍服の上着を脱ぎ、それを左太股の止血に役立てようと上着を太股に巻き付けようとしたら、それより早くにマリーが自分の薄ピンク色のハンカチを太股に巻き付けようとしていたのだ。こんな薄いハンカチではすぐに真っ赤になってしまうし、止血の役にはたたないだろう。
「マリー、いいよ。大丈夫だから」
「……」
マリーはただ黙ったまま傷口にハンカチを巻き付けてくれる。案の定すぐにハンカチは真っ赤に染まってしまうから、マリーはあわあわと慌てている。
ヴィヴィアンはふぅ…と息を吐き、やはり自分の軍服をハンカチの上から巻き付けて止血させる事にした。


ペタ、ペタ、

そんな時。床を這いながらエミリーがヴィヴィアンの元へ歩み寄ってきたのだ。不思議そうに彼を見上げながら。
「女の子だったんだね。ごめんね。僕が居ないばかりに、マリーにもこの子にも怖い思いさせ、」


パシン!

エミリーを抱き上げようとしたヴィヴィアンの両手を振り払ったのはマリーだ。すぐ様エミリーを抱き抱えたマリーからは"絶対にエミリーをヴィヴィアンには渡さない"という雰囲気が漂っている。


















ヴィヴィアンは唖然と目を丸めたが、ふいに、日本VSカイドマルドの戦争時言われたマリーからの言葉が脳内で、呪文のように繰り返された。

『いや!人殺し!』

ヴィヴィアンは自分の目を左手で覆いながらソファーに深く座り直すと、自嘲気味に笑う。
「はは…そうかそうか。そうだったね。マリーには本当の僕は受け入れてもらえなかったんだったね」


しん…

沈黙が起きる。
マリーは精一杯ヴィヴィアンを睨み付けているのだが内心複雑で、色々な思いが交差しあっているのだ。
「あ、貴方のような人殺しはっ…!エ、エミリーに触れないで…下さい!」
「エミリーか…。昔、マリーがまだ13歳の時だったっけ。子供が女の子だったらエミリーって名前をつけよう、って一緒に決めたよね。あんなに昔の話覚えていてくれたんだ?」
「し、知りませんわ!そんなお話…!」
嘘だ。本当は、ちゃんと覚えていたからこの名前をつけたのだ。マリーの震えるか細い声。
























ドンッ!!ドン!


外からは依然として激しい戦闘の爆撃音がし、窓ガラスがカタカタ揺れる。
自分が城内に居る事も、この部屋に居る事も気付かれているから、タイムリミットは目前。まさか城にマリーが居るとは予想外だった為、今後の事をどうすれば良いか悩むヴィヴィアン。
すると、マリーがまた震えながら口を開く。
「ヴィヴィ様は…フランソワさんの事がお嫌いだったのですか…」
「……」
「ヴィヴィ様は、な、何故カイドマルドに居られるのですか…ヴィヴィ様は、」
突然ソファーから降りて、床に正座しているマリーに歩み寄ったヴィヴィアンに対しマリーは後ろへ下がろうとするが、それよりも早くヴィヴィアンはマリーと目線を合わせる為屈む。彼女の頬に両手を添えて額と額をくっ付ける。マリーは、
「嫌、嫌…!」
と目を瞑るが。
「平和の為に僕は考えた事があるんだ。マリー、君にもついて来てほしい」
「嫌…嫌ですわ。わたくしはもう…貴方とは…」
「僕の事を受け入れてくれなくても構わない。君に嘘を吐いていた僕が悪いんだから。僕を一生憎んでくれたって良いよ。けど、」
「わた、くしはっ…」
マリーがやっと視線を合わせてくれた。涙をボロボロ流しながら。
だからヴィヴィアンは微笑んだ。昔のようにそう、幼いあの日のように微笑んで彼女にあの日と同じ言葉を贈る。
「マリー。僕と結婚して下さい」





















淡いピンク色の花々が辺り一面に咲いた中庭で伝えたあの日の思い出が2人の脳裏に蘇る。だが、すぐに近くで聞こえる爆発音という名の戦争の音によって現実へ引き戻されてしまう。
「ぁ…っ…、」
未だ迷い口をパクパク開閉していて何かを言いたそうだが目は反らしているマリーを見て、ヴィヴィアンは優しく笑むと、再び彼女の手を引き、一緒に立つ。
「マリーはエミリーをしっかり抱いていてね」
マリーからの返事は無かったが、ヴィヴィアンは部屋のロックを解除し、辺りに人が居ない事を確認してから再び城内を駆け出した。マリーの小さな手をしっかり引いて。



























カツン!コツン!

――予定通りに来てくれれば良いけど、まさかマリーが居るとは予想外だった。けど、定員オーバーにはならないから安心だ。でも計画は大きく狂う――
駆けて行くヴィヴィアン達が城入口を通り抜け、城裏へ向かおうと入口中央を通った瞬間。


カッ!

真っ暗だった城内に光々とした明かりが点いた。それはまるで、ヴィヴィアン達を待っていましたとばかりに照らすスポットライトのよう。
「…!?」
あまりの眩しさに腕で目を隠したヴィヴィアンは足を止めてしまうが、マリーを自分の後ろへ隠す。すると、入口から真正面にある大ホールの重たい扉が開かれた。


バァンッ!!

「ようこそ!ルネ城第427回目舞踏会へ!」
此処からでもはっきり見つけられた。ホールの最奥ステージ上の金色に輝く椅子に脚組みをして腰を掛けているルネ王国新国王ルヴィシアンの姿を。
「…!!」
ヴィヴィアンの全身は、ざわめく。
「久しぶりの再会を大変嬉しく思うよ。最愛の我が弟ヴィヴィアン?」





















扉の陰からスッ…、と現れたのはアマドールただ1人。アマドールはホールに手を向ける。入れ、という意味だろう。
しかしヴィヴィアンはにっこり微笑んだまま微動だにしない。
「どうした?私の招待状に応えて今日この日の舞踏会に来たのだろう?さぁ、会場も晩餐も整った。あとは今日の主役ヴィヴィアン、お前だけだ!」
「本当は喜んで出席させてもらいたかったのですけれどね」
やっと口を割ったヴィヴィアン。
「ここまで来て帰るとでも言うのか?ヴィヴィ、」
「9、8、7…」
突然カウントを始めたヴィヴィアンに、ルヴィシアンもアマドールもマリーも訳が分からず、キョトン…としている。


ダンッ!

だが、短気なルヴィシアンはステージを足で一度力強く叩いてみせた。イラ立っている。
「黙れ!いいからお前は私の指示に従い、舞踏会に参加し、」
「4、3、2、」
「お前のその耳は飾りか!早く参加、」
「1、ゼロ」


ドガァン!!

城入口左側基、軍本部側に勢い良く突っ込んできた深緑色の戦闘機が1機。カイドマルド軍のモノだ。
「なっ…、何だこの戦闘機は!?」
突っ込んできた衝撃により灰色の煙が立ちこめ、城内の壁や天井のコンクリートの破片が落下してくる。
ヴィヴィアンはマリーとエミリーにコンクリートの破片があたらないよう覆いかぶさる。隙を見ると彼女の腕を引き、此処へ今突っ込んできた戦闘機目掛けて走る。





















一方のルヴィシアンはというと…
「ゴホ、ゴホ!こ、国王様お怪我はございませ、」
アマドールは煙に目を痛めていた為静かに目を開くと何と、さっきまでホールに居たルヴィシアンは赤マントを引き摺りながら、ヴィヴィアン達の元へと1人駆け出していたのだ。
「お、お待ち下さい国王様!危険です!私が今…!」


ガラガラッ!

ルヴィシアンの後を追おうと踏み込んだアマドールだったが、調度目の前に壁のコンクリートの大きな破片が落下してきた為、行く手をソレに阻まれてしまった。























一方ヴィヴィアンは、突っ込んできた飛行型戦闘機のコックピットハッチにパスワードを手早く打ち込む。開かれたコックピットには誰もパイロットが搭乗していない。
この戦闘機は、先程ルネへやって来た10機の内の1機だ。定員人数2人のこの戦闘機に乗ってルネ城までやって来たヴィヴィアンは途中で戦闘機から降り、ヴィヴィアンと一緒に搭乗していたもう1人のパイロットはルネとの交戦後、他の戦闘機に乗り移り、この戦闘機はヴィヴィアンが帰還する為の道具として無人つまりオートで操縦させていたのだ。だからパイロットは居ない。
この、オートで操縦する策のお陰でマリーも乗せていける事に安心したヴィヴィアン。
先に操縦席に乗り込もうとしたヴィヴィアンが一瞬の隙を見せた時。
「きゃあああ!」
「マリー!?」
悲鳴がして咄嗟に後ろを振り向けば、何とルヴィシアンがエミリーを抱えたマリーの首を左腕で拘束して笑んでいた。お決まりの、"人質"というやつだろう。
「お前が出席しないと言うのなら、マリーこいつで我慢するか!」
「っうぅ…!」
「チッ…!」
苦しむマリー。ヴィヴィアンは顔を歪め舌打ちをする。迂濶だった。これなら先にマリーとエミリーを機内へ搭乗させるべきだった。時間ロスだ。何て悔いている方が余程時間ロスだが。
「はははは!やはりな!お前にはマリーこいつを人質にとるのが一番効果的だ!当初はこいつを餌に、お前を誘き寄せる案も練っていた!本当、お前は分かり易い奴だな。ではこうしたらどんな反応を示す?」


ゴツッ、

鈍い音。ルヴィシアンがマリーの右頬を打った音だ。案の定ルヴィシアンの予測通り、ヴィヴィアンは目を見開く。だが、微動だにしない。それをルヴィシアンは嗤う。





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