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症候群-追放王子ト亡国王女-
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7年前、
3月25日―――――

3日も食事をしていないよりも3日も飲水していないというのにまだ動けるこの身体を尊敬しつつも、もう時間は残されていないのだと日々危機感を背負って生きている。
「はぁ、はぁ…」
ゼーゼー荒い呼吸音をたてながら、森林の中を大木に寄り掛かり、ヨタヨタと歩く7年前のウィリアム。
こんな時ばかりは、重たくて着心地の悪い王子服が役に立つ。何故なら、雪降る外の凍える寒さを着込んだスーツやジャケットがカバーして身体を温めてくれるかだ。しかしそれも時間の問題。
王室の人間であり温室育ちの王子様にとって3日の野宿は身体的にとても堪えるのだが、ウィリアム自身が顔を青ざめさせてまで堪えているのは身体的なモノではないようだ。
疲れ果ててしまい、俯き、立ち止まる。
「っはぁ、はぁ…くっ…ダミアン何でだよ…!」
立ち止まったウィリアムの脳裏で今も尚鮮明に蘇る3日前のルーシー家襲撃場面。人々の命を乞う悲鳴と共に、先代国王ヘンリーを無慈悲なまでに切り裂く弟ダミアンの姿を思い出した途端、ウィリアムは吐き気に襲われ目を見開き、右手で口を覆う。
「う"っ…!…はぁ、はぁ…俺の…はぁ、俺のせい、だ…。だけどカイドマルドに戻ったところで何もできない…はは、俺は本当に思っているだけで実行できない偽善者だ…」
「そうやって一言を呟く毎に君の寿命が縮まっているって事、気付いてる?」
「!!」
背後からした女性の高い声。ウィリアムは慌て、咄嗟に後ろを振り向く。
其処には、腰に左手をあてて朱色の長い髪が美しい女性が立っていた。マリソンだ。





















しかしウィリアムは彼女の姿を一目見てすぐ、一歩後ろへ身を退いてしまう。何故なら、彼女マリソンの着用している黒を基調とした服がカイドマルドの敵国ルネ軍のモノだったからだ。
自分の事を血相変えて見つめてくる目の前の青年に首を傾げるマリソンだが、一歩、彼に近付く。
「何?あたしの顔に何かついてる?」
ウィリアムはぶんぶんと首を横に振って否定する。言葉が出ないのは、あの超大国ルネ王国軍の軍人を前にしての恐怖によるもの。
――カイドマルド王族だと気付かれたら…いや、その前にカイドマルドの人間である時点で俺は……!――


カチャ…、

「!!」
ウィリアムが脳内でパニックを起こしている最中だった。何と、マリソンは険しい顔付きをしてウィリアムに銃口を向けたのだ。
「…っ!」


バッ!

ウィリアムは咄嗟に両手を挙げてしまう。しかしマリソンは黙ったままで、銃口も向けたまま。
木々が風に揺れる音しかしないこの妙な空気に耐え切れず、そして覚悟を決め…いや、諦めがついてしまい、ウィリアムはぎゅっ…と目を瞑った。
「よーし。今日から君はあたしの弟子!」
「え…?わ!ちょ、」
目を瞑っていたから彼女からの声だけを頼りにしていたのだが、突然腕を引かれる感覚がして目を開けば、マリソンは懐に拳銃をしまいながらウィリアムの手を引いて歩いているではないか。




















「ちょ、ちょっと待って下さい!俺は、」
「カイドマルドの人間」
「っ…!」
背筋が凍る。しかし、
「でも君、見た目イギリス人っぽいからそれで誤魔化しちゃおっか」
「え?」
くるっとこちらを向いたマリソンの笑顔には裏があるようには到底見えないのだが、緊張の糸が解けないウィリアム。そんな硬直したままのウィリアムと向き合い、見上げるマリソンは笑顔だ。
「外国人部隊はまだ設立されていないけど、あたしがフォローするわ!」
「な、何を…ですか」
「お礼はカイドマルド軍や王室の機密事項を吐いてくれるだけでイイからね」
「あの、」
「ヴィルードン・スカー・ドル。君をルネ軍軍人として任命する!」
訳の分からない名前で呼ばれ、訳の分からない事を言われ、頭の中で整理がつかないウィリアムにマリソンはクスクス笑いながら話す。
「君の名前は聞かない。どうせその名前はルネでは使えないし。いくら英国文化の国カイドマルドって言っても、名前はその国特有じゃない?だから、あたしが君にルネの名前をつけてあげたの!大学院の時片想いしてた先輩の名前なんだけどね、ってこれは軍の皆に秘密よ!」
勝手に話を進めるマリソンにやはりまだ思考が追い付けずにいるウィリアムだったが、敵国の軍人である彼女の偽り無い明るくて優しい笑顔を信じてみる事にした。











































現在――――

カイドマルドの外れの西の海上空を飛ぶルネ軍戦闘機内。コックピットから見える前方のマリソン機の後をただついて行くヴィルードン。
――あの日たまたまカイドマルドの隣国を偵察にやって来ていたマリソンさんに拾われて、俺はイギリス人としてルネ軍に入軍させてもらって生かしてもらったんだっけ。…カイドマルドの機密事項を吐く代わりに――
当時は外国人部隊はまだ設立されていなかった為軍人達からは相手にもされなかったが、マリソンとダイラーのお陰でいつしか溶け込めていた事を思い出す。
――拾われたあの時は確かこの辺りだったかな――
西の海端に見える森林をコックピットから見下ろす。あの日マリソンに拾われた光景を思い出しながら。


ガー、ガガッ、

「ねぇ、ヴィル君」
ノイズがして、音声のみでマリソンからの通信が繋がる。耳に装着している通信機を右手でおさえる。
「はい」
「ヴィル君は裏切らないわよね」
「?マリソンさ、」
「あたしはヴィル君に何も聞かずにいたからあの日ヴィル君に何があったのかは分からないし正直、ヴィル君が王子だったって事は今でも驚いているわ」
「……」
「…こんな事を口にするのはあたしらしくないし、こんな状況下でこんな事口にするのは軍人失格なんだけどね。ほら、いつ何が起きるか分からないじゃない。だから今の内に、って!」
「マリソンさ、」
「許婚のダイラー将軍といつまでもあたしが婚姻を結ばない理由。この戦争が終わったらあたしに答えてみて」
「!」
「なーんてね!じゃあD地点で中佐の部隊と合流するから、撃墜されないよーにっ!以上!」


ブツッ!

一方的に繋がれ、一方的に切断された通信。























機内でヴィルードンは、操縦レバーを力強く握り締めていた。そんな悠長な時間も束の間の出来事。


ビービー!

嫌なサイレンがマリソンとヴィルードンの機内に鳴り響く。レーダー観測の画面を見れば、敵機を意味する赤い点5つが猛スピードでこちらへ向かってくるではないか。通信は取り合わず、暗黙の了解と呼べるだろうかマリソンとヴィルードンの2機は左右二手に分かれる。
接近してくる敵機カイドマルド機の速度がモニターに表示される。過去のカイドマルド機とは比べものにならぬくらい高速度だ。ルネ機に劣らず、同等の速度と言える。


ドン!ドン!

マリソンはミサイルで迎撃するが、敵機2機はマリソン機の頭上を通り抜けていってしまうから、すぐに後方を向く。
「ヴィル君そっちへ、」
サイレンにハッ!と気付き慌てて再び向きを変えれば、先程の2機よりは遥かに速度の遅い機体が1機、真正面から突っ込んでくるではないか。
「速度が遅い…爆撃機が特攻?」
特攻を仕掛けてくる爆撃機の愚かさを鼻で笑い、軽く避けて直後ミサイルで応戦すれば、爆撃機は火を上げて空中で塵となる。


ドンッ!!

「2機相手にパニック状態となり特攻を仕掛けてくるなんて、命を溝に捨てたようなもの!」
次なる敵をレーダーが観測すれば、マリソンは目をつり上げて応戦する。

























一方のヴィルードンはというと、自分を取り囲む敵2機の内1機を見事撃墜。しかし、あとの1機がなかなかしつこい。
ミサイルも旋回して尽く避けてしまうから埒があかないと判断したヴィルードンは、飛行型から人型へと機体を変型させサーベルを構える。そうすれば、敵機も同じく人型へ変型させサーベルを構える。


キィン!キィン!

青い火花を散らしながら互いに何度も何度もぶつかり合う内に、敵機から繋がるオープンチャンネルを開けば、モニターに映る敵パイロットの姿に互いは驚き、目を見開くのだった。
「エドモンドさん!?」
「ウィリアム君!?」
何故?そう言いたいのはエドモンドの方だろう。
何故生きていたんだい、何故ルネ軍にいるんだい…エドモンドの募る思い。しかし、後が残されていないカイドマルド軍の将軍としてエドモンドは歯を食い縛り目をつり上げ、爆撃する。


ドンッ!!

「ぐっ…!」
「ウィリアム君、君にどんな事情があったかは分からないが、今はそれを問う時間は無いんだ!」
爆撃をスレスレで避けられたものの、怯んだその隙をつかれ、サーベルでの攻撃を何度も何度も食らいやられるがままのヴィルードンは、大きく揺れる機内で何もできずにいる。それは振り払われたサーベルを海へと放り投げられてしまったからでもあるし、相手がエドモンドだからでもある。




















ドン!ドン!

サーベルが無い状態で接近戦を強いられ、やられるがままのヴィルードンにも容赦なくエドモンド機のサーベル攻撃が降り注げば、ヴィルードン機は悲鳴を上げていく。
ミサイル発射ボタンを何度も押すヴィルードンだが、積載したミサイルは既に全て発射してしまったようだ。イコール弾切れ。モニターに表示されるENPTYの文字。モニターを力強く叩く。


ダンッ!

「くそっ!」
これはもう駐屯地へ一度着陸し補給するしかないと冷静に判断し、不本意ではあるが飛行型に変型し、エドモンドから逃げて行く。


ガー、ガガッ、

しかし、まだ辛うじて繋がるエドモンドからの通信。
「ウィリアム君!これだけは教えてくれ!君か、君なのか!国王様を…ダミアン様を撃墜させたのは君なのか!」
答える必要なんて無い。なのに…。
「…君なんだな。なら7年前、マラ教徒達が我が軍の戦闘機を起動できた意味も理解できる。君か…君がマラ教を利用し、カイドマルド王室を崩壊へと導いた反逆者か!!」
「!!」
違う、その言葉が口から吐き出されるよりも早く、ヴィルードンは再びエドモンド機と対峙していた。


ドン!ドンッ!

燃料は辛うじて残っているから砲撃を何度も何度も繰り返す。闇雲に。





















今の今まで離脱しようとしていたヴィルードン機が突然再び攻撃してきたので、最初の1発は砲撃を食らってしまったエドモンドだが、次からはこちらも飛行型に変型し、ミサイルで対峙する。海上スレスレを飛び交うの黒と深緑の戦闘機。
「貴方は騙されている!国民は騙されているんだ!」
「ぐっ…何を言うんだウィリアム君!君は、」
「今は私情で動く場面ではない!だから俺は、ルネの敵としてエドモンドさん貴方を、撃つ!」
最後の力を…と、砲撃レバーを前へ押し倒しかけている最中でエドモンド機から噴き出た灰色の煙幕。
「くっ…!逃げるだなんて貴方らしくない!」
追おうと決めたその時。
「私情で動くなヴィルードン・スカー・ドル!!」
「っ…!」
機内いっぱいに響き渡ったマリソンの怒鳴り声。初めてだった。彼女のこんなにも恐ろしさ漂う低い声を聞いたのは。

ピタリ、と動きを止めざるを得ない状態のヴィルードン。
「相手がヴィル君にとってどんな人かは分からない。けどね、今は貴方はルネの人間なの。そう、これから一生。死ぬまで。貴方一人の私情で作戦を乱されたら堪らないわ。了解?」
「…了解っす」
カイドマルド王国を背に、2機のルネ軍戦闘機は、空中で炎を上げて大破したカイドマルド軍戦闘機の間を高速度で擦り抜けて行った。海の向こうに広がる母国超大国へ向かって。





























カイドマルド都市上空―――

「何だ…これは!」
カイドマルドへと戻ったエドモンドが都市部上空からコックピットを通して見下ろした光景。炎も上がらず至っていつもの夜のカイドマルドなのだが、下に広がる光景はあまりにも生々しく残虐なものであった。
「うあ"ぁ"ぁ"…」
「痛い、痛いよぉ…」
街のシビリアン達が皆、路上のあちこちで流血しながら悲鳴を上げて横たわっているではないか。何人かの人間は脚から大量の血を流しながらも、ズルズルと地を這って助けを求めている。
一体何が起きたのか?ルネ軍が何をしたのか?…分からず、着陸をしたエドモンドはヘルメットのまま機体からロープを吊し、地上に足を付ける。
「何があったのですか!ルネが貴方達、を、」


ドンッ!

血塗れの国民達へ駆け寄り足を一歩前へ踏み出した瞬間、エドモンドは爆発に巻き込まれる。灰色の煙に包まれたエドモンド。
「ぐああああ!」
悲痛な悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちたエドモンドの左腕から血飛沫が上がる。それが辺りで倒れている国民達に真っ赤な雨として降り注がれるのだ。




















「っああ、腕、が…腕が!」
激痛により真っ白くなりつつある脳内でやっと理解した。自分は地雷を踏んでしまったのだと。それ故に、左腕を失ったのだと。
だからだったのだ。血塗れで横たわる国民達が息はしているのに苦しんでいるのは。地雷により脚または腕を失った故。
そう、ルネ軍外国人部隊が先程カイドマルドの空からばら撒いたモノ即ちそれは、地雷の雨。
「死を味わわせるよりも永久に苦痛を味わわせ、兵として使い物にならなくさせる…ぐっ、ルネは姑息な手を使う!」
痛みを堪えながら胸ポケットから無線機を取り出す。右手で。
「医療班、医療班!機体に搭乗したまま城下町へ救援願う!必ず機体から降りるな!」
必ず、を強調して。


































森――――

上がる炎の勢いは弱まりつつあるが、未だ消えない。カイドマルド内の森林で、炎と灰色の煙を上げるルネ軍戦闘機とカイドマルド軍戦闘機。
「んっ…ゴホッ、ゴホ!」
静かに目を開くジュリアンヌ。ハッ!と我に返った時割れたコックピット越しから見えたのは、目の前で大破したカイドマルド軍戦闘機からたった今飛び降りた深緑基調の軍服を着用した1人の小柄なパイロットの姿。
脚を引きずり、地を這いながらこちらへ近付いているではないか。
「ダミアン!」


ガン!ガンッ!

大破したせいで開かないコックピットハッチを足で何度も蹴るジュリアンヌ。すると、ガン!と音をたててハッチの扉を蹴り壊す事に成功。そのままロープを吊し、それに掴まり地上へ降りる。
「ダミアン!」


カチャ…、

駆け寄ろうと声を裏返らせたジュリアンヌの脚が止まる。機能しない足で這いながらやって来た目の前の人間ダミアンは、見て分かる程痙攣する自分の右手を左手で押さえながら、右手に持つ拳銃の銃口を彼女に向けてきた。"それ以上近付くな。動くな"の意だろう。





















ヒビの入った彼のヘルメットにべっとりと付着している生々しい血痕。
「はぁ"…はぁ"…」
肩で乱れた呼吸を繰り返し、ただ黙って銃口を向けてくる彼を、ジュリアンヌは眉尻を下げて哀れむように見つめる。一歩近寄ろうと足を上げるが…


パァン!

ダミアンは空へ向かって1発放つ。威嚇の為だろうか。一瞬目を瞑るジュリアンヌだが、それだけでは怯まない。彼女は構わず、彼に歩み寄る。
「ダミアン…」
「察する事もできないのか!物事を後先考えないところは昔と何一つ変わらないな!だから貴様は道を踏み違える!」
「そうかもね。後先なんて考えた事無いよ。何年も一緒に居ない間に随分と口が達者になったね。ふふ、昔の私みたい」
「調子に乗るな!!」


パァン!

「っ…!」
放った弾はジュリアンの左肩を擦る。こうでもしないとこいつは絶対歩みを止めないと判断したダミアンだったが、ジュリアンヌに弾が命中してしまった事に目を見開き、呼吸を荒くしている。命中させようとしたのに、命中したらしたで動揺してしまう自分。





















さすがに肩を押さえ、顔を痛みに歪めたジュリアンヌは歩みを止めた。しかし彼女は微笑む。優しく。明るく。
「うっ…、はぁ…はぁ…ダミアン…良かった、生きてて…」
「…私の首でも狩りに来たか裏切り者」
「そのつもりだったけどね…」
ジュリアンヌは肩を押さえたまま下を向くと、一度肩をヒク、と上下させる。ゆっくり静かに上げたジュリアンヌの光を失った青の瞳からは、大粒の涙が頬を伝っていた。けれど、彼女は笑顔だった。
「貴方を前にしたらそんな事どうでも良くなっちゃった…」
一度目を見開くダミアンだったが、すぐに目を反らし鼻で笑った。再び銃口を向ける残酷さを見せ付ける。
「そうやって人間を信じる甘さ故にヘンリーに裏切られ、そして私にも裏切られるのだ」


バチバチ…

沈黙が起きる。
バチバチと互いの大破した戦闘機から火花が散る音しかしないから、ルネ軍はもうこの国を去ったのだろうか。そんな悠長な事を考えてはいられなくて、ジュリアンヌの瞳には、銃口を向けてくるダミアンの人形のような無表情な顔がヘルメットの向こうに映る。





















「貴様が何故生きていたのかは不可思議だが、貴様を殺すのは私だけであるし、私でないと意味が無い」
「ふふ…そっかそっか。せっかく再会できたんだから戦争に一切関わらない人里離れた場所で一緒に暮らしたいなぁって思っていたんだけど」
「夢物語を語るな」
「どうせ薬のせいでこれから先長くは保たないんだよ?だから最後くらい、私に母親をさせてよ」
「だからそうやって死なれては困ると言っているだろう」
「…でもダミアンに殺されるなら本望かもね」
何か吹っ切れたかのように静かに目を瞑るジュリアンヌは優しく微笑んでいた。
そんな彼女を、無表情な青の瞳がヘルメット越しに見つめる。こちらも覚悟を決め、唾をゴクリ…と飲み込み銃口を向けたまま、機能しない脚を引き摺り、ダミアンは一歩前へ踏み出した。


ドン!

「!?」
突如吹き荒れた爆風に、ジュリアンヌは驚き、目を見開く。少しの灰色の煙が薄くなりその向こうに見えた光景は…
「ぐああああ!」
「ダミアン!?」
叫びにも似た悲痛な声を上げ其処で横たわるダミアン。駆け寄ったが、ジュリアンヌは足を止めてしまう。血の気が引く。
ダミアンの両脚から流れる大量の血は、黄土色の地を真っ赤な血溜まりへと変えてゆくのだ。
その血に紛れてジュリアンヌの瞳に映った小型の機械装置それはまさに、ジュリアンヌの所属するルネ軍外国人部隊が投下した地雷。それを踏んだのだろう。それ故、両脚を失ったダミアンは地に顔を伏せ、堪えきれない叫ばずにはいられない痛みに、藻掻き苦しむ。






















ジュリアンヌが彼のヘルメットを外せば、ダミアンは目を見開き、顔を真っ青にさせている。
「あ"あ"あ"あ"!」
「ダミ、アン…!嫌、私…また私のせいで…!」
抱き寄せるだけで精一杯でどうすれば良いのか分からないジュリアンヌを、この状態でも睨み付ける感情の無い青の瞳に、ジュリアンヌの背筋が凍り付く。
「っぐ…!貴様っ…貴様らルネが…ばら撒いた物は、地雷…、ゴホッ!」


ビチャッ!ビチャッ!

ジュリアンヌの軍服を染めた真っ赤な血は、吐血したダミアンのモノ。
顔を左右に振り、どうして良いか分からないジュリアンヌの目は泳いでいる。
そんな彼女の軍服が引き千切れんとばかりに引っ張り爪を立てるダミアンの目を見開き、睨み付けた。
「ゴホッ!貴様、は…私が殺らなければ、意味が無…、」
引っ張っていた軍服から手が力無く離れると同時に血を吐き目を見開いたままのダミアンは、もう言葉を発する事ができない。ジュリアンヌの背筋が凍り付く。
「嫌…嫌!ダミアンお願い返事をして!私謝らなくちゃいけないの。貴方にたくさん謝らなくちゃいけないの!」
手首に触れればトクン、トクン…と微かに…だが今にも消え入りそうな脈をはかれた。
傍から見たら、目を見開き頭や口から血を流したダミアンは死者に見えるが、まだ彼に脈がある事を知ったジュリアンヌは頬を伝う涙を乱暴に拭う。拭った後と前では、ジュリアンヌの顔付きが異なっていた。今は意を決した力強い顔付き。
だらん…と力無いダミアンを抱き抱えたまま立ち上がったジュリアンヌは、大破して火花まで散る自分のルネ軍戦闘機に彼を抱き抱えたまま搭乗するのだった。




























































同時刻、ルネ王国――

カイドマルド軍が投下した毒ガスのせいで、待機中の軍人よりもシビリアン達の被害の方が圧倒的に多いし、今も尚増大し続けている。


ドン!ドンッ!

そんなルネ上空で戦いの火花を散らすルネ軍人の内の1人ダイラー。
国王ルヴィシアンの安否を確かめに帰投しようとしたのだが、城下町にてカイドマルド軍と出くわしてしまった為戦闘せざるを得ない状況なのだ。早く、早く城へ戻らなければ。それなのに、目の前に居る敵が行く手を拒む。
常に冷静沈着なダイラーもイラ立ちを隠せない。その表れが戦闘に影響するから、随分と手荒で闇雲な攻撃だ。
「私の行く手を阻むな、負け犬風情が!」
相手は人型に変型しサーベルを構えているというのに、ダイラーは飛行型のまま特攻にも似た攻撃を仕掛ける。


ドン!ドンッ!!

ミサイル攻撃を繰り返せば、太刀打ちできなくなったカイドマルド戦闘機は空中で藻屑となる。
「やっと邪魔者を排除できたか。てこずらせやがって」
チッ、と舌打ちをしながら最高速度で城裏に位置する軍本部へと飛び立って行った。




























同時刻、
アントワーヌ達――――

その頃調度、ルネ軍本部の方へと車を走らせていたアントワーヌ。車内では、相変わらずエミリーの泣き声が騒がしい。ラジオは未だ繋がらない。
「車内の窓は閉めきった為、外から車内へ毒ガスが入る事は無いな」
「いいえ。微かな隙間から入ってくる場合があります」
「何だと!じゃあどうすれば良いって言うんだ!」
助手席で車内のドアを思い切り叩くラヴェンナ。ギャーギャーと煩いラヴェンナに対してもイラ立ち一つせず、アントワーヌはただただ前を見て車を走らせている。紫色のガスが充満する車道を。
「ですから皆さん。何かハンカチ等で口と鼻を塞いでおいて下さい。それでも安心はできません。毒ガスは失明もしますし」
「だから、早く安全地帯へ行け!エミリーはまだ赤ん坊なんだぞ!」
「分かっておりますよラヴェンナ嬢。しかし、何処まで車を走らせてもガスの霧が晴れないのです」
「くっそ!」


ダンッ!

また車内のドアを叩くラヴェンナの目元はイラ立ちにより痙攣している。
そんな中、車内の後部座席でエミリーをあやすマリーだが、彼女の脳裏で再生されるのは、日本とカイドマルド戦の時会話したヴィヴィアンの声。
――ヴィヴィ様は今カイドマルド軍に居るのでしょうか…。ヴィヴィ様がルネを憎むのは痛い程分かりますわ。でも、でもこんなのは間違っていますわ。議定書違反だなんてそんな事をしては、ただでさえ愚かな戦争を更に愚かにしていますもの。だから、だからわたくしが…――




















キキィー!

「まずい…!」
急ブレーキがかかり、全員前のめりになってしまう。案の定ラヴェンナは怒り、アントワーヌを怒鳴るのだが、車窓の向こうから遠くに見えた光景に言葉を失う。
軍本部にたった今帰投したダイラー機。そこからガスマスクを着用して現れたダイラーが城へと駆けて行く姿がすぐそこに見える。
アントワーヌの車は軍本部の陰に調度隠れるか隠れないかの際どい位置で急停止。エンジンの音も気付かれてはまずいのでエンジンを切ったのだが、今となってそれを悔やむ。エンジンは切らず、車を後退させれば良かったのだ。


ドクン、ドクン…

ダイラーに気付かれるか気付かれないかの緊迫した空気が漂う。マリーはエミリーの口を塞ぎ、泣き声が洩れないようにしている。
アントワーヌのブラウンの瞳がつり上がり、ジッ…、ダイラーを目で追う。あと数歩の間にダイラーがこちらの存在に気付かなければこの場を猛スピードで走り去ろう。走り去ろう…、
「きゃあああ!」
「マリー!?」
後部座席から突如聞こえたマリーの悲鳴とエミリーの泣き声にアントワーヌとラヴェンナが咄嗟に後ろを振り向けば、ガスマスクを着用した男性軍人3人がマリーとエミリーを車外へ引き摺り出しているではないか。
「迂濶だったか、くそっ!この野郎!下道なルネ共お前らは、」


ブロロロ!!

「んなっ…!?」
助手席から無理矢理後部座席へと渡ろうとしたラヴェンナだったが、アントワーヌは何と車を急発進させたのだ。それ故、ラヴェンナは体勢を崩し、助手席に転がる。
無理矢理抉じ開けられた為開きっ放しの後部座席から見える、ルネ軍人3人に連れ拐われていくマリーとエミリーの姿がどんどん遠く遠くになっていく。




















ゴツッ!

「っ…、」
「馬鹿野郎!何で発進させた!何でマリーとエミリーを助けてやらなかった!」
運転中のアントワーヌの右頬を助手席から力強く殴ったラヴェンナは怒りに満ち満ちていて顔が真っ赤だし、呼吸が荒い。
アントワーヌは打たれた右頬を真っ赤にしながらも、ただただ車を走らせる。毒ガスの被害から免れている場所を目指して。
「答えろ!女子供を助けもせず逃げるような奴だとは思わなかった!やっぱりお前も下道なルネの人間だな!見損なったぞ!」
「私はルネ王国議会の人間です」
「何を今更!」
「本来ならばマリー・ユスティーとエミリーはこの私が殺さねばならぬ人間なのです」
「…!貴様っ…!」
再び右拳を振り上げるラヴェンナだったが、それが振り下ろされるよりも早くアントワーヌが口を開いた。
「残酷、非道、どう思って頂いても構いません。私はただ議会の人間として自分の使命を全うしたい。つまり、ルネ王室や王党派の人間を皆殺さねばなりません」
「黙れ!殺すとかそんな…そんな言葉、簡単に…言うな!」
「そうしなければ世界は一生ルネを中心に戦火の海のままだという事をご理解下さい」






















ガクン…、

今までの威勢は何処へ。ラヴェンナは力無く車窓に身体を預ける。車窓に向けている瞳が空虚だ。
「…分かっている。分かっているんだ。ルネ王室に関わった人間と王党派の人間を皆始末しなければ王室を崩壊させなければ、ルネは懲りずに戦争を悪化させるだけなんだって。世界はいつまで経っても平和にはならないんだって。でもな…幾ら敵だろうと、戦争に無関係なルネのシビリアン達がこれ以上死んでいく様をあたしはもう見たくないんだ…」
ぐすっ…、鼻を啜る音と車が走る音しかしない車内に、次第に繋がり始めたラジオからノイズに混じりアナウンサーの声が聞こえてくる。同時に、今まで前方を覆っていた紫色の毒ガスも、心なしか晴れているようだ。
「…ははっ、甘いだろ?王女のあたしが甘いから、ライドル王国は二度も滅んでしまったのだろうな…」
自嘲しながら俯くラヴェンナは泣いているのだろう。アントワーヌはバックミラーにチラッ…、と目線を向けて、後ろから追っ手が来ない事を確認する。
「…いえ、そのような心は世界平和への第一歩だと思います。ですから、そのような心を常に持ち続けて頂きたいと思います」
「…はっ。クサイぞ」
車は、ルネ王国東に位置するパロマ地方へと走行していった。






















































同時刻、
ヴィヴィアン――――

「うん。そうだね。多分僕の方が君達より遅れるだろうから、じゃあ…パロマで合流しようか。あそこならルネ軍の駐屯地は無いし」
耳に付けている無線機の電源を切ると、ヴィヴィアンが搭乗しているカイドマルド戦闘機は他の戦闘機の戦闘をきって飛行して行った。空を駆け抜けて行く戦闘機達の飛ぶ音が、城下町一帯に鳴り響く。






























ルネ城―――

城入口から入って正面に見える金色のノブに紅色の扉の向こうに広がる大ホール。大きなシャンデリアが幾つも飾られた此処は舞踏会等行事の会場に使用されるのだが、こんな戦乱時代にこのホールには今にも夜会が開かれるのだろうかという程の準備が施されている。
純白のテーブルクロスが敷かれた丸テーブルがそこら中にセッティングされていて、その上にはボジョレーや、芳ばしく香るディナーが用意されている。
正面奥のステージ中央に用意された一つの派手な金の椅子。
「ふう…。予定の日だというのにあの馬鹿、全く訪れる気配が無いではないか。…まさかもう死んだか?つまらん」
溜め息を吐き、金色の椅子に頬杖を着いて腰を掛けるルヴィシアン。頭には大きな大きな王冠。彼の地位を象徴するモノだ。























ふわふわのファーが襟周りについた紺色のコートを羽織り、退屈そうに脚を組んで髪を指にクルクル巻いていた時だった。こんなにも舞踏会の準備が整っているというのに無音で、しかも気味の悪いくらい態度でやって来たアマドール。
「国王様。ルネ軍司令室からの情報によりますと、ルネ城へ向かってくる敵機が10機。恐らくその中に奴が居るかと思われます」
「ふむ。気の小さいあいつが舞踏会へやって来るとは考え難いがな。よし、全敵機と必ずオープンチャンネルを繋げるよう軍人共へ再通達しろ。もしもその中に奴が居たら、すぐ私に報告だ」
「承知致しました」
深々頭を下げると、アマドールはホールから去って居った。


パタン…、

ルヴィシアンはホールのガラス張りの大きな窓から、真っ暗な闇に浮かぶ白い月を見つめ、ほくそ笑むだけだった。



































その頃の、
ダイラー――――

「じゃあ私達は帰還しますけど、日本軍に交戦中止の司令を通達しますか?」
ルネへと帰投中のマリソンから繋がった通信を聞きながら、機体調整をしながら出撃準備にかかるダイラー。ヘルメットをかぶる。
「国王様もご無事であったしな。王が死んだカイドマルドがこれ以上私達ルネに交戦を挑む意味もなかろう。未だ降伏しないところが疑問だが。マリソン大将。貴公が日本軍へ司令を下しておいてくれるか?まあ日本軍がカイドマルドを植民地としたいのなら別だが」
「あー…その手もありましたね。ルネの領土を広げる為にも、もうひとっ走りならぬ、一戦争してきましょうか?」
「…マリソン大将。あまり無理はするなよ」
「では一度駐屯地へ向かい、燃料とミサイルを補給します。その間にカイドマルドが降伏しないのでしたら私、将軍にお土産を持って帰りますよ?」
"お土産"それは、カイドマルド王国を意味するのだろう。
通信機の向こうから聞こえてくるマリソンのゲームを楽しむ子供のような明るい調子の声に、彼女には聞こえぬよう深い溜め息を吐くダイラー。





















調度ダイラー機の調整と補給が終了した事を、機体のモニターが文字で知らせてくれた。
「楽しみにさせてもらおう」
「了解!」
通信が途切れてもまた深い溜め息。


ビー!ビー!

しかし、レーダーが敵機を観測したサイレンと、モニターに表示されている敵機を表す10の赤い点。ダイラーの顔は兵士の顔付きに一変。
「アマドール側近からの伝言だ。敵機全てとオープンチャンネルを繋げる事。その中に奴が居たのならば、まずは私に報告しろ」
「了解」
「…では行くぞ」
ぐっ、とレバーを押し倒せば、勢い良く飛び立ったダイラー機。その後ろに続く6機のルネ軍戦闘機がルネ城上空でカイドマルド機を迎え撃つ。






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