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症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:3



同時刻、
カイドマルド城外―――

下から徐々に炎に包まれていく城を戦闘機内から見上げ、歓声を上げ喜ぶマラ教徒達は各自無線で仲間達と通信を取り合いながら喜びを分かち合っている。
「やったぜ!あの裏切り王子の言う通りにしただけであの憎きルーシー家の城もカイドマルド軍も炎の渦の中だぜ!」
「でもマラ様は大丈夫かしら。彼だけはダミアンと共に城内に居るのでしょう…」
「平気さ!裏切り王子の事だ。何か脱出策くらい考えての行動だろ?」
「そうだと良いのだけ、きゃあああ!」
「!?どうした!おい、何があっ、」
「やあ、愚かなマラ教徒の諸君。随分と派手にやらかしてくれたね」
「なっ…!?」
仲間同士の通信を遮ってオープンチャンネルでマラ教徒が搭乗した戦闘機に通信を繋げてきたのは、気味が悪い程笑顔のエドモンド大佐。
その映像を前に、マラ教徒の男の顔は真っ青になるが、威勢だけは良いこの男は怯えながらも逆らう。
「て、てめぇ!カイドマルド軍!てめぇらのせいで俺らの仲間は毎日毎日殺されていってるんだよ!分かって、ぐああああ!」
悲鳴も最後には爆発音に掻き消されてしまう無慈悲。エドモンドは彼と通信を繋げながら背後にまわり、一撃必殺。エドモンドが搭乗した戦闘機の周囲には、マラ教徒達が勝手に持ち出した戦闘機の残骸。
皆、素早く対応したエドモンド1人の手によって殺害したのだ。しかし喜んでなどいられない。


タンッ!

彼は戦闘機から飛び降りると、火の手が上がる炎に包まれたカイドマルド城へ駆けて行こうとするが、その勇敢な行動は部下達によって阻止されてしまう。
「離せ!中にはヘンリー様が、キャメロン様が、ウィリアム様が、ダミアン様が…ジュリアンヌちゃんが居るんだ!」
「あの城へ飛び込むなど自殺行為です!」
「我々カイドマルド軍は王室にこの命を捧げたのではないのか…!」
がっくりと力無くその場に崩れ落ちるエドモンドを余所に、カイドマルド城を包む炎は勢いを増していった。


































同時刻、ダミアン―――

「ジュリアンヌ…」
城脇に設立されて在る罪人が収容された大きな大きな牢屋を前に、歩兵型戦闘機に搭乗したダミアンは砲撃用のレバーに手を触れるが、それを引けずにいた。
辺りは城が燃える音や爆発音や悲鳴で騒がしく、耳も精神もどうにかなってしまいそうなはずなのに、ダミアンにだけは今それらの音が一切聞こえていない。彼の脳内に響き渡るのは、自分の名を呼ぶジュリアンヌの優しくて可愛い声だけだ。


ガタガタ…、

レバーを握る手が小刻みに震えるが、その時調度5年前のあの事件の光景が生々しく鮮明に蘇る。途端ダミアンは目を瞑り、砲撃用のレバーを力強く思い切り引いた。ジュリアンヌも収容されている牢屋に向かって。


ドン!ドンッ!!

何発も何発も爆発音がして目を瞑っていても明るい。目を開けば目の前には、オレンジ色の炎が牢屋を包んでいた。炎の勢いが強過ぎて、牢屋はもう見えない。
自分が放った砲撃によってジュリアンヌは死んだ。震え出す全身を自分で抱き締め、俯く。まだ震えが止まらない。
「ジュリアンヌ、ジュリアンヌ…!大好きだから殺したんだ。僕が殺さなきゃ意味が無いんだ。ジュリアンヌなら分かってくれるよねジュリアンヌなら…」
表情は無いが、彼の頬を伝った一筋の光るモノはすぐ跡となり、消えた。同時に彼は戦闘機から降りると、燃え盛る城へと駆けて行った。自ら。
































カイドマルド城内―――

その頃カイドマルド城では、何処もかしこも炎で逃げ道が塞がれている上、孤立してしまったキャメロンは紫の薄い肩掛けで何とか炎の熱を凌ごうとするが、時間の問題だろう。熱さで視界が揺らいだその時。
「…!」
背後から人の気配がして、助けを待ちわびた彼女がすぐ様振り向けば、其処には小さな身長でヘルメットをかぶった少年が1人立っていた。銃口をこちらに向けて。


カチャッ…、

彼が着ている青を基調とした服で、彼が誰なのか一瞬にして気付いたキャメロンは嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「…ダミアン様でしょう?何の真似ですか。まさか貴方。この襲撃をわたくしが指導したと勘違いされているのではありませんこと?これだからジュリアンヌ様の血を引いた貴方は駄目なので、」


パァン!

「きゃあ!?」
1発の銃声に怯え、両手で頭を覆いその場にしゃがみこむキャメロンだが、ダミアンが放った銃弾は自分の何処にも命中していない事に気が付くと安堵。
「なっ、何をなさるおつもりですの!わたくしに当たったらどういう事になる、かっ…」
その時。自分の足下が影った事に気付き咄嗟に上を振り向けば、ただでさえ焼けて落下しそうであったのだが、先程ダミアンが発砲したせいで焼け落ちた炎に包まれる天井の一部が、キャメロンに向かって勢い良く落下していく。
「きゃあああ!」


ドスン!

重たい音と共に焼け落ちた天井の下敷きとなったキャメロンの上半身だけが少し見える。
ゆっくりゆっくり近付けば、奇跡的に一命を取り留めたキャメロンは虚ろな瞳ながらもダミアンを捉え、睨み付ける。
「このっ…わたく、しを…」


パァン!パァン!

最期の言葉さえ満足に言わせず、彼女の頭部を何発も乱射すれば噴き出す血。
十数発放ち、やっと気がおさまったのかダミアンはこの場から立ち去り、エレベータを使い最上階へと登って行った。







































同時刻――――

「貴様!私の側近だろう!今すぐ助けに来い!」
ヘンリーは自室で顔を真っ青にし、突然の襲撃に混乱しきっていた。
「只今向かっております!しかし火の手が強過ぎる故階段は焼け落ち、」
「ヘリを屋上へ呼べ!そこから私を救出すれば良いだろう!」
ガシャン!と、側近への通話を切断するヘンリー。ヘンリーが休暇時間という事もあり、側近をはじめとするSP達は軍宿舎等に居た為、こちらも孤立してしまったヘンリー。
「くそっ!!」
彼は椅子に腰掛けると、側近達の腑甲斐なさをブツブツ呟くが、内心、迫り来る恐怖に怯え、ドクドクと鼓動の速さも尋常ではない。
徐々に上へ上へと上がる火の手。未だヘンリーの自室がある最上階は幸い火の手が上がってはいないのだが、時間の問題だろう。
「側近が助けに来るのが早いか、火の手が上がるのが早いか…くそ!私のような優秀な人間がここで死ぬはずがない!ないのだ!」


キィ…、

突然扉が開く音がすれば、早くも助けが来たのだ!と期待に胸を膨らませたヘンリーがすぐ様立ち上がる。だが、その笑みは一瞬にして消え去る。
「…何者だ貴様!」
部屋へやって来たのは、ヘルメットをかぶった身長の低い少年1人。




















彼はすぐにヘルメットを床に放り投げる。


カラン!

露になった少年の顔。
ヘンリーは眉間に幾重もの皺を寄せ、瞳は狂気に満ち満ちている。
「ダミアン貴様!」


カチャッ…、

無表情で銃口を向けたダミアンを前にしながらも、怒り狂ったヘンリーは嗤う。腹を抱えて。
「ははは!マラ教徒の襲撃かと思えば、ダミアン貴様か?襲撃したのは貴様なのか?」
「……」
「どうやら図星のようだな!あれか、お前の大切なジュリアンヌをあんな目に合わせた私への復讐とでもいうのか?ガキの貴様に何ができる!粗方マラ教にでも入って奴等を利用でもしたのだろう?」
「……」
ただひたすら沈黙を続けるダミアンを、ただひたすら嘲笑い続けるヘンリー。
「光を失ったその瞳はジュリアンヌと同じだな!どうした?ジュリアンヌはもう助けたのか?」
「ジュリアンヌは殺したよ。僕が」
「殺し…ははは!大切ではなかったのか?貴様はいつもジュリアンヌジュリアンヌ依存していたくせに殺しただと?なら、何の為に襲撃した!」
「僕とジュリアンヌの為だよ。一番大切だからジュリアンヌを殺したんだ。僕の手で」
ダミアンのその一言に一瞬目を丸めるヘンリーだが、すぐまた腹を抱えて嗤う。




















「ははは!気でも狂っているのか!?」
「お父様よりは狂っていないよ」
「はっ、貴様はやはりあの時貴族達が言ったように中絶させてしまえば良かったのだ。そうだ、貴様は産まれてこなければ良かったのだ。何だ、その表情の無い気味の悪い顔は。生意気な事を口にするな。気味が悪い!さすがは私も私の息子も唆した魔女…いや、悪魔の子供なだけあるな!」
"悪魔"これは恐らくいや、確実にジュリアンヌの事を指す。その単語に反応したダミアンは目を見開き、両手で拳銃を構える。ヘンリーに向かって。
「悪魔は貴様だ!!」
怒りでガタガタ震える身体だが、ダミアンは引き金を引く手をかける。しかし、それはヘンリーによって阻止される。


カラン!

持っていた拳銃をあっさりと振り払われてしまい、拳銃は音をたてて床上に転がる。それを取りに行こうとするダミアンが背を向けた隙を見てヘンリーは彼の細い右腕を力強く掴むと、自分の方に引き寄せ、左腕で首を締め付ける。
「あ"ぐっ…!」
空いている右腕で、懐の中に護身用に持っていたナイフをダミアンの首に突き付ける。鋭く尖った刃先がダミアンの首に少し触れればツウッ…、と伝う真っ赤な血。身動きとれぬダミアンは目を見開き、ガタガタ震え出す。





















「さっきまでの威勢はどうしたダミアン?私を殺そうとしていたのだろう?ほら、どうした?ほら、殺してみろ。ほら、ほら!ほら!!憎き父親の私を!ははははは!」
「う…あっ…」
ガタガタ震えが増すし、泣きたくなんかないのに溢れ出す涙がボロボロと頬を伝えば、ヘンリーはまた嗤う。
「どうしたダミアン?お前が私を殺さないのであれば私が先に殺してしまっても良いんだぞぉ?」
ツッ…、と刃先が先程よりも首にめり込めば、同時に伝う血量も先程より増す。
「ははははは!!」
ヘンリーの嘲笑い声が頭上から降り注がれるから、目を強く瞑って、止まらない涙を懸命に堪える。
――嫌だ嫌だ。こんな所で、こんな奴に殺されたくなんかない!僕はぼく、――


ブスッ!

「あ"あ"あ"あ"!」
「ははは!一瞬で殺るよりも、どうせならじわじわ苦しませながら殺るほうが実に楽しい。そう思わないか我が息子ダミアンよ!?」
いつの間に。ヘンリーは普段投薬する際使用している注射器を持ち出し、ダミアンの首筋に太い針を打つ。
案の定、痛みと共に激しい痺れがダミアンを襲えば、彼はヘンリーの腕を擦り抜け、その場に俯せに崩れ落ちる。人為的にではあるが薬物依存症状態のダミアンは口の端から唾液を垂らし視界は霞み、右手が時折ピクピクと痙攣する。




















カツン…コツン…、

そんな彼に歩み寄ったヘンリーの右手に見えた先程のナイフの刃先がこちらに向いているのを、意識朦朧としているダミアンの揺らぐ視界が捉える。ヘンリーの悪魔の笑みも一緒に。
「お父様が最期の言葉くらい聞いてやろうか?」
抵抗する力すら無くて、ただ口を陸に揚げられた魚のようにパクパク開閉する事しかできずにいる。
「いや、やはりこのままじわじわと苦しませながら死に追いやった方が娯楽になるな。ほら、分かるかダミアン?戦争戦争戦争ばかりのこの時代じゃあ、舞踏会を開いたって生真面目な貴族や軍隊から反感を買うだけだろう?だから私は娯楽に飢えているのだ。だからダミアン。お前が私の娯楽となれば済む。それだけの話だろう。良かったなぁ。今すぐ消えるはずのお前のその命。少しは私が長らえてやるんだ、感謝しろ?」



ゲシッ!

頭を踏まれるが、痛みはあまり感じない程薬のせいで意識朦朧としているのだろう。
――僕はもう死んじゃうのかな…僕はもう…。いや、駄目だ。生死までこんな奴の言いなりになっちゃ駄目だ。…そうだ、僕は僕を捨てると決めたんだ。だから…――
「どうした?ダミア、」
「…僕は、」
ダミアンの擦れた声。しかし聞き逃さなかったヘンリーは、其処で倒れているダミアンに顔を近付ける。睨み付けながら。
「何だ貴様?まだ生きて、ぐあっ!」
人が変わったかのように突然立ち上がったダミアンはヘンリーからナイフを奪うと彼にそれを振り上げるが、スレスレのところで後ろへ下がり避けたヘンリー。
「ぐあっ!」


ドスン!

だが、勢い余って尻餅を着いてしまう。その間にもダミアンは歩み寄る。感情の無い瞳がただジッ…、とヘンリーを睨み付けているのだ。




















形勢逆転。ヘンリーは再び迫り来る死への恐怖故、何とか必死に自分の命を守ろうとする。
「ままま、待てダミアン!冗談だ!さっきのは全て冗談だ!そうだろう?私はお前もジュリアンヌも愛していたではないか!そんな父親の事をお前は自らの手を掛けようというのか?」
「……」
「ま、待て!ま、」


ザクッ!ザクッ!ザクッ!

「ぐああああ!!」
勢い良く振り上げたナイフは何度も何度もヘンリーを切り裂く。
それまで切り裂く度に上がっていた断末魔も今では聞こえなくなる。それでも尚、ダミアンは狂ったように何度も何度もヘンリーを切り裂く。無表情でやるその様は人間らしかぬ姿。まるで機械。返り血はダミアンを真っ赤に染めてゆく。
最後にもう一度腕を大きく振り上げるが、振り下ろせない。背後から何者かに動きを封じられているからだ。
「……」
ダミアンはゆっくりと後ろを向く。視線が合った其処には、振り上げたダミアンの腕を掴み、顔を真っ青にしたウィリアムの姿。





















ウィリアムはダミアンからナイフを奪い、すぐ様床に放り投げる。


カラン!

ナイフが転がる音と同時にウィリアムはダミアンの両肩を掴み、何度も何度も揺さ振った。彼の手にもヘンリーの血がべっとり付着する。
「ダミ…、アン…、ダミアン…ダミアン!どうしたんだよ!ダミアン!!お前何をしたんだよ!なぁ、ダミアン!黙っていないで何か言ってくれ、ダミアン!!」
必死に言葉を求めて揺さ振ってくるウィリアムを見つめる感情の無い青は絶対揺らがない。ただ、口を閉ざしている。
ウィリアムはそんな彼にべっとり付着した返り血を手で拭ってやる。視界に入ってくる、ダミアンの背後で横たわるヘンリーは血塗れで姿がはっきりと分からない程。ウィリアムはダミアンの背丈に合わせて屈む。
「どうした…?マラ教徒の人間に何か吹き込まれたのか…?そうだろう…そうだよな、そうだよ。優しいお前がこんな事するはずかないよな?な?」
しかしダミアンは至って無表情。至って沈黙を貫き通すから、逆に恐怖を覚えるウィリアムだが、歯を食い縛り、しっかり向き合う。キッ!とウィリアムの目付きが変わる。




















「父さんや母さんがお前やジュリアンヌさんにした事は犯罪だ。人間のする事じゃない。お前が恨んでいるのだって充分分かる。…けどな、幾らマラ教徒に吹き込まれたからって、こんな事をしたらダミアンお前のほうが父さん達より罪人なんだぞ?ダミア、」
「親の言いなりになる事しか能の無い犬に言われたくはない」
「ダミア…!」
一瞬の隙だった。


バシッ!

ダミアンはウィリアムを振り払うと床に転がったナイフを素早く取り、ウィリアムに向けて振りかざした。だが、軍隊で鍛えているだけあり反射神経に富んだウィリアムは上手く避ける。
しかしダミアンは何度も何度も闇雲にウィリアムに向かってナイフを振りかざしてくるから、避けて避けて避け続けるウィリアムも後ろへ下がった時、部屋の微かな段差に躓き、よろめいてしまう。
「あっ!」
その隙を好機に思ったダミアンはここぞとばかりに思い切りナイフを振り上げ、ウィリアムの口元を切り裂いた。


ザクッ!

「ぐあっ…!」
痛みに一瞬目を瞑るが、尚自分へ向かってナイフを振り上げてくるダミアンを避ける事で必死。
一刻も早くこの部屋から脱出すれば楽なのだが、ウィリアムは何としてでも彼を説得したいのだ。兄として。しかし、それは偽善に過ぎないのかもしれない。実際、何もできていないのだから。





















普段はジュリアンヌに似た甲高い可愛らしい声だったダミアンの声が今は低い声に変わり、口調の変化にも戸惑いつつも、何とかしたい一心のウィリアムの気持ちは、弟には届かない。
「あいつらだけではないだろう、ウィリアム貴様も同類だろう!口ばかりの偽善者が!犬の分際で!」
「ダミアン!話を聞いてくれ!王位継承権が欲しいのか?そうだよな、それなら兄の俺が邪魔だろうな、それならそんな権利ダミアンにくれてやる!だからもうこんな事はやめ、」


ピタッ…、

壁際に追い詰められたウィリアムの目スレスレのところで、ダミアンが手にしたナイフの先端がピタリと止まる。今にも吸い込まれそうな狂気に満ち満ちたダミアンの瞳。
「貴様から許可を得ずとも可能だ。貴様のような犬が王位に就けると思っているのか?」
「っ…!ダミアン!!」
床に転がっていた先程ダミアンが所持していた拳銃を素早く拾い上げ銃口をダミアンに向ける。引き金を引いた。


パァン!
























「…っはぁ、はぁ…」
銃弾は窓ガラスを貫いただけだ。ウィリアムは灰色の煙が吹き出す拳銃を投げ捨てる。


カラン!

相変わらずダミアンは彼にナイフの刃先を向けたまま。
やはり、ウィリアムはダミアンを撃てなかった。殺せなかった。わざと外したのだから。視線が泳ぐ動揺しきった彼を見る青の瞳は、深海のように酷く冷たい。
「私が邪魔だろう」
「違う…そんな事あるもんか!お前は俺の弟だろ!」
「しかしお前は私を殺せなかった。お前が愛した女の影がちらつくからだろう?」
不気味だった。血の気が引いた。無表情なダミアンの口だけが、裂けそうな程ニヤリと笑ったのだ。
初めて体感した恐怖に冷や汗をかくウィリアム。
「残念ながらその女はもう何処にも居ない」
「!?どういう意味だダミアン!」
「私が殺した。つい先程」
「…!!」




















ウィリアムは声を失う。視線がまた泳ぐ。
「そんな…そんな…どうしてだよダミアン!ジュリアンヌさんの為なんだろ!?こんな事をしたのはジュリアンヌさんの為なんじゃないのか!?なら何故彼女を殺める必要があるんだ!」
声を裏返らせるウィリアムの悲痛な叫びを、彼はただただ黙って聞く。間が空けば、静かに口を開く。
「…お前もヘンリーと同じだな。ジュリアンヌの為だから、あいつが私の母親だから殺したんだ。何故分からんのだ」
「分からない…分からないよダミアン…」
擦れた声で目を強く瞑り首を左右に振ったウィリアムは力無く俯く。
そんな彼を内心無様だと思いながら見下ろすダミアンの耳には軍隊のヘリコプターらしきプロペラ音が微かに聞こえてきたから、ウィリアムを殺める事に専念する事を決意。
「それにその口調…一人称…。それも…マラ教徒の奴らに…何か吹き込まれたのか…?」
「違う。襲撃も口調も何もかも私自身が決断を下した事だ」
「もう…もうやめてくれ…昔のお前に戻ってくれダミアン…」
「カイドマルド王国第23代目国王に向かって生意気な口を叩くな」


ザッ…、

ナイフを振り上げた。止めをさす為。
しかし、そこはやはり軍人のウィリアム。避けてしまうから、ダミアンは舌打ちし、すかさずウィリアムを狙うのだが…
「ダミアン君。軍隊が到着しました。此処に居るのはもう危険です」
部屋に響いたのはマラの声。そちらに気をとられている隙に、ウィリアムはマラの脇を駆けて逃げて行ってしまった。





















ガシャン!

ダミアンは手にしたナイフを力強く床上に放り投げる。無表情だが、彼が今酷くイラ立っている事はマラにだって分かる。
マラは室内に転がるヘンリーの生々しい遺体を見た後、ダミアンに視線を移す。
「ダミアン君…君はまだ11歳だというのに実に優秀です。自分が決めた事は何が何でもやり抜く…。正直私は君を半信半疑でした。しかしこの惨状を目の当たりにし、確信しました。君こそこれからのマラ教復活の為必要不可欠な人材なのだと。君がルーシー家を滅ぼした事は、後世のマラ教徒達に伝説として受け継がれる事でしょう。…共に歩みましょう。これからのマラ教繁栄の為」
マラはいつものゆっくりした調子で話すと、静かに手を差し出した。"友達"そう言ったあの日と同じ光景。
しかしダミアンは、差し出されたその手を遠くから睨み付けているだけだ。
「…?ダミアン君どうしましたか」
不思議に思ったマラは首を傾げながらダミアンに近付こうと一歩踏み込むが…
「エドモンド大佐、こいつらマラ教徒だよ。こいつらマラ教徒が、僕の家族をルーシー家を襲撃し、王室崩壊へと導いた真犯人だよ」
「なっ…!?」
ダミアンのその一言に目を見開くマラ。背後から人の気配を感じ取れば、振り向き様に身の丈程の十字架で、いつの間にか背後に居たヘリコプターで此処へやって来たエドモンドの腹部を殴り、隙を見て逃げ出した。燃え盛るカイドマルド城から。
「待て!マラ教皇!!」
「くっ…!」
ダミアンはマラ教を端から裏切っていたのだ。全て、マラ教徒を利用しただけの事。自分とジュリアンヌの復讐そして、これからの自分の為に。





















「ダミアン様!」
彼の謀略など知りもしないエドモンドはすぐ様ダミアンに駆け寄るが、其処に血塗れで残虐に殺されたヘンリーの姿を前に、立ち止まってしまう。
「っ…!」
しかしすぐに正気を取り戻してダミアンの背丈に合わせて屈めば、血塗れのダミアンの顔を自分の軍服の上着で拭ってやる。
「ダミアン様、申し訳ございませんでした。貴方を1人残し…国王様いえ、お父上も母上も皆…」
「死んじゃったの?」
「…え」
「お父様もお母様もキャメロン様もお兄様も皆…死んじゃったの?」
彼に表情が無い事や瞳に光が無い事は二の次で、今はただ目の前で涙を流すまだ幼い王子を実の子供のように抱き締め、謝罪した。それが偽りの涙とも知らず。
「申し訳ございませんでした…申し訳ございませんでした。ダミアン様のご家族を、私エドモンドはお守りする事ができませんでした。申し訳ございませんでした…」
何度も謝罪するエドモンドに抱き締められたダミアンが一瞬だけ、満面の笑みで嗤っていた。

































森―――――

「死者数万…」
「マラ様…!」
何とか免れた一部のマラ教徒達はもう城下町には居られなくなってしまい、町外れの森奥へと逃げた。
遠くに見える、灰色の煙を上げる焼け焦げたカイドマルド城がマラの真っ赤な瞳に映っている。脳内では"友達"と言葉を交わしたあの時のダミアンの笑顔が浮かぶ。
「まんまと騙されましたね…まだ11歳だと侮った私の失態です」
焼け焦げたカイドマルド城を…いや、その中に居る1人の新国王を睨み付けた。初めてだった。マラが他人をこんなにも心底恨んだ事は。
「必ず同じ目に合わせましょう。それが同志の方々への最高の仇討ちとなる事と思いますから…」






























カイドマルド城改めジュリアンヌ城再建後、即位したまだ11歳の少年への国民からの同情の声は多かった。
"異端教徒達に家族を殺された悲劇の少年王"



































マラ教徒事件でヘンリーとキャメロン派であり、ジュリアンとダミアンへの薬の投薬など内部事情に詳しかった将軍やヘンリーの側近やSPは全員計画的に殺害したダミアン。
意図的に残したのは、ジュリアンヌ派であり、内部事情を知らないエドモンドをはじめとする人間達。何故なら、自分が即位後、内部事情を知っている者は自分に不利だ。勘付かれるに決まっているのだ、自分がルーシー家襲撃の指導者であると。


























1ヶ月後―――――

そんな少年王が即位して間もない今日。訪ね人がやって来た。
上官達を意図的にダミアンが殺した故、将軍へと昇進したエドモンドがダミアンの元に連れてきた1人の訪ね人は、黒のスーツをきっちり着こなした白髪の老人。名をハーバートンと名乗った彼は、この城の使用人として雇ってほしいのだと言う。
しかしダミアン即位後すぐ訪れた名も顔も知らない人物だ。ダミアンはハーバートンを"スパイ"と疑いの眼差しを向けながら、ハーバートンが渡した書類に目を通す。
「私は昔に妻と息子を亡くし、先日最愛の娘を亡くしました。そんなしがない爺ではありますが、国を立て直す為、少しでも国王様のお役にたちたいと存じております」
「……」
疑いの眼差しは未だ続く。しかし、ハーバートンはダミアンのそんな眼差しを気にする素振り一つ見せない。見たところ人の良さそうな老人だが、そういう人間に限ってにおうものだ。



















ダミアンが採用に迷っているそんな時。
「にゃあ!」
寝室からやって来たメリーはハーバートンを見た瞬間彼に飛び付き、膝の上でゴロゴロ甘え出したのだ。これにはハーバートンよりもダミアンの方が驚く。


ガタッ、

椅子から立ち上がるダミアン。そんな彼の動揺っぷりに首を傾げるハーバートン。
「メリーお前、そいつを知っているのか」
するとメリーは、にゃあにゃあ、とダミアンに向かって話しているかのように鳴き声を上げる。それを解釈しようとするダミアンの真剣な表情が内心微笑ましかったハーバートン。
「ジュリアンヌに似ている…だと?何を言っているメリー。そいつのどこがあいつに似ているというのだ。まず性別も年齢も全く違うだろう」
本当か嘘かは分からないが、メリーの…つまり猫の言葉を解釈したかのようなダミアンにはポカーンとしてしまうハーバートン。
ハーバートンに甘えるメリーを前にダミアンは少し戸惑いながらも椅子に座り直すと、ハーバートンが持ってきた書類に大きな判を押した。書類をハーバートンに差し出す。
「採用してやろう」
「光栄でございます」
「私ではない。メリーに礼を言え」
「メリー様、光栄でございます」
「にゃあ」
猫特有の可愛らしい鳴き声が返事だった。





























「此処に今、カイドマルド王国23代目国王ダミアンが君臨する」
憎き父王も本妻が始末できた。王位に就く事ができた。マラ教との内乱は終止符を打たないが、一国の軍隊相手にはマラ教も立ち向かう術が無い。
何もかも事がうまく進んでいた。そう、何もかも事がダミアンの計画通り進んでいたそんなある日だった。


ガタン!

大きな音をたててベッドから床へ転げ落ちたダミアン。駆け寄ってくれたメリーには心配させまいと真っ青な顔で彼女の頭を撫でてやるが、内心驚きを隠せずにいたのだ。
脚が、機能しない。
ここ最近脚が頻繁に痺れ、痙攣を起こしたり、時折目を覚ます程の激痛に襲われ引き摺りながら歩いていたのだが、ハーバートンから鎮痛剤を打ってもらっていたから安心しきっていた。それが、まさかこんな短期の間でこのような事になるなんて。




















「ぐっ…!」
朝、目を覚ましたら機能しなくなっていた自分の両脚を引き摺りながら床を這って洗面所へ着けば、手摺りに掴まりながら壁に寄り掛かる形で何とか立ってみせる。
「はぁ…はぁ…」
鏡に映る自分ダミアンの顔は表情が無く、瞳はまるで死んでいるかのように光が無い。それに、ワイシャツの隙間から見える首筋の点々とした赤い痕や、腕まくりをして露になる首筋と同じ点々とした赤い痕。
脳裏で蘇るのは、広い一室の中心部に用意された台に身動きが取れぬよう手足を縛られ横たわらせられた自分を見下し、嗤うヘンリーとその下部達。彼らが手にしている注射器の針が襲ってくるそれはまるで儀式のよう。


パリン!

鏡を割る。辺りに散らばる硝子の破片。
割れた鏡に未だ触れるダミアンの右手は真っ赤に染まっているが、今は身体的な痛みなど感じられずにいた。


ガタン!

その時遂に立っていられなくなり、その場に崩れ落ちたダミアンは床を何度も叩いた。血塗れの右手で。


ドンッ!

「またか…また貴様なのかヘンリー!死しても尚私に携わるな…誰も私に干渉するな!!」
無表情、光の無い瞳、機能しない脚、嘔吐…どれも全て先代国王ヘンリーが気紛れで投薬した謎の薬のせい。ヘンリーの機嫌一つでダミアンの一生は奪われたのだ。
身体無き彼ヘンリーは、これからもじわじわとダミアンを死へと導き続けるのだろう。
「はぁ…はぁ…、くっ…!」
肩を落とし、床の上で俯き震える彼の小さい背を、扉の隙間から見つめる事しかできないハーバートンは自分の無力さに右手拳を力強く握り締めた。




























晩―――――

"とってもやんちゃでとっても元気でよく笑う子なの!"
その日の晩。ハーバートンは用意された個室のベッドに入りながら、数十枚の便箋を目を凝らし、眺めていた。それらは全てジュリアンヌがヘンリーの妾であった頃、彼女の父親であるハーバートンへ送ってくれていた手紙。
月に一度送られてくる手紙の内容は自分の近況よりも自分の息子の事が大半を占めていた。おまけに、毎月同封されているのは、自分と息子が笑顔で写る写真。それらを愛しみながら見つめていたハーバートンの表情が次第に曇り出す。封筒の中へ便箋と写真をしまう紙の音。


カサッ…、

彼ハーバートンの脳裏で蘇るのは、笑う事を知らないかのように人形のように無表情なダミアンの姿。
「ジュリアンヌ…お前が教えてくれたダミアンはもう何処にも居ないみたいだよ…」
右手の平で顔を覆ったハーバートンから微かに聞こえたのは、泣き声だった。























































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