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症候群-追放王子ト亡国王女-
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時遡る事、
12年前―――――

国教に対立するマラ教鎮圧の為カイドマルド王室から出動命令を受けた軍隊は、同じ国の人間を殺る為今日も戦闘機に搭乗する。



























14:02―――

カイドマルド城内サロンにてティータイム中の貴婦人とその子供達。皆、王室御用達の花柄食器を片手に、シェフ自慢の茶菓子に手を伸ばす。今日は苺がたっぷり挟まったミルフィーユだ。
貴婦人達は、自分の自慢の息子や娘の口元まで小さくカットしたミルフィーユを運んで食べさせる。
そんな貴族の親子の中でも一際豪勢な装飾品が目立つジュリアンヌとダミアン。
「ダミアンお口開けてごらん」
ジュリアンヌはフォークの下に零れないよう手を添えて、ダミアンにミルフィーユを食べさせている。そんな平和で幸せな午後。
「美味しい?」
「うん!」
「かわいーっ!」
モグモグ頬を膨らますダミアンの頬を楽しそうにつつきながら抱き締めるジュリアンヌ。母子共にこの上ない幸せの笑顔を浮かべる。


コンコン、

サロンの扉をノックする音はこの平和で幸せな時間の終わりを意味する。
少し開かれた扉の隙間から覗くウィリアムの顔を一目見れば、貴婦人達は深々頭を下げると同時に我が子達にも頭を下げさせる。ウィリアムは王子らしかぬ低姿勢で頭を下げる。





















ウィリアムの登場に、今の今までダミアンにミルフィーユを食べさせてあげていたジュリアンヌはすぐ様立ち上がるが、同時にダミアンは、ジュリアンヌの白く細い脚にしがみつく。"行かないで"という心情の表れなのだ。
いつもこの時間帯になると正装したウィリアムがジュリアンヌを呼びに来る。マラ教鎮圧の為、軍隊出動の時間なのだ。イコール、ジュリアンヌは軍人として出動してしまう。それを分かっているウィリアムは、眉毛を垂れ下げて切なそうにする。
「ジュリアンヌ行かないで。おやつまだ食べ終わってないよ?」
見上げてくる純粋な青の瞳に胸が痛むけれど、頭を優しく撫でながらダミアンに背丈を合わせる為屈んで目を合わせ、額と額を合わせるジュリアンヌ。
「残りはダミアンに全部あげる。良い子にして待っててね」
「お父様から聞いたよ。ジュリアンヌはせんそうしてるんだって。危ないことなんだって」
「平気だよ。危なくなんかないよ」
笑顔で且つ優しい声色で説得させたって、ダミアンは聞かない。首を横に振る彼の大きな目にキラリと光ったモノが今にも溢れそう。
「嘘だ!せんそうって恐いんだって。ジュリアンヌ死んじゃうかもしれないんだって」
最後の言葉が泣き声で聞き取り辛くなるから、ジュリアンヌは頭から包み込むよう、ヒクヒク肩を上下させるダミアンを抱き締めて目を瞑る。





















「ままは強いから大丈夫だよ」
「帰ってくる?」
「うん!」
もう一撫でして頬にキスを落として自分からダミアンを離せば、笑顔で手を振って扉を閉め、行ってしまった。


カツン、コツン、

ウィリアムとジュリアンヌの遠ざかっていく足音が微かに聞こえる。
残されたダミアンはソファーに腰を掛けるとメリーを膝の上に乗せ、寂しそうに体育座りをするから、貴婦人や子供達が気遣ってやるが無視。返事もせず、メリーを抱き抱えたままサロンを後にしてしまった。
彼のこんな態度はいつもの事だから慣れているとはいえ、貴婦人や子供達が良い顔をするはずがなかった。しかし相手は国王の子供だ。逆らえるはずがなかったのだ。今は。













































15:40――――


ドン!ドン!
ドドドド!!

午後の静かな廊下をトボトボ歩いていたら、窓の外から聞こえてきたいつもの嫌な音。城隣に位置するカイドマルド軍本部から聞こえてくる歩兵型戦闘機が次々と出動していく機械音が嫌いで、ダミアンは目を瞑って自室へと駆け出す。角を曲がった。その時だった。


ドン!

「っ!」
誰かと衝突。その拍子にメリーから手を離してしまったが、衝突した相手がダミアンにメリーを差し出してくれた。
ゆっくり顔を上げていけば、其処には細身の男性がにやりと微笑みながら立っていた。ブラウンのよれたシャツに黒のスラックス。ついでに、ブラウンの帽子を目が隠れるくらい深々かぶっている。この男性は薬剤師だ。
彼は最近、巷での評判を聞き付けたヘンリーお抱えの薬剤師の為、ここ最近ダミアンも彼の事をよく城内で見かけた事がある。ダミアンにとって顔の知れたおじさん。
「はい、坊っちゃまの猫ちゃん」
「ありがとう!」
純粋無垢な青の瞳は薬剤師を映し、にっこり微笑む。メリーを受け取ったダミアンだがすぐに、しゅん…と寂しそうにしたから、彼を見下ろす薬剤師は彼の背丈に合わせて屈んで尋ねる。
「坊っちゃまどうしたんだい?元気が無いようだね。ケケケ!」
「ジュリアンヌがね、せんそう行っちゃったの…」
「戦争…」
薬剤師は自分がマラ教徒である事を勿論隠しているしジュリアンヌがマラ教鎮圧の為軍隊として出動している事は知っているから、あまり良い顔はしない。




















しかしここで良い事を思い付く。子供のダミアンに対してのみ使える良い事を。
「そっか。坊っちゃまは寂しいんだね。でもね、坊っちゃまのお母さんは間違っているよ」
「え?」
咄嗟に顔を上げたダミアンを"かかった!"と、まるで釣竿の先につけた餌に魚がかかったかのように内心ガッツポーズの薬剤師。
「お母さんだけじゃない。お父さんもお兄さんもそのお母さんもだ。お母さん達が戦っているマラ教っていう宗教は、なーんにも悪い事をしていないのに、坊っちゃまのお母さん達はマラ教の人達を殺しているんだよ」
「違う!ジュリアンヌは悪い事なんてしてないよ!」
「へぇ、そっか」
薬剤師は立ち上がり頭の後ろで手を組むと、わざと寂し気な表情をして窓の外に目を向ける。
「僕のお父さんもお母さんも、坊っちゃまのお母さん達に殺されたのになぁ…」
「えっ…」
幼く無垢なダミアンには、ズキッ…と胸が痛んだ瞬間だった。
しかし一方の薬剤師は内心楽しんでいるのだ。彼の両親は確かにもう他界してはいるが、そうさせたのは薬剤師本人だ。マラ教を反対する両親をマラ教徒の薬剤師は殺害したのだ。
それなのに引っ掛かったダミアンは下を向いてしまうから、薬剤師は懐から木で作り赤の絵の具で彩色された小さな小さな十字架を取り出すと、ダミアンの小さな手の中に包み込ませる。案の定、不思議そうに顔を上げて首を傾げるダミアン。
「これ、なぁに?」
「これはお守りだよ。坊っちゃまのお父さんやお母さん達のしている悪い事に気付いた時は、これを持って城下町2番街の青い屋根のお家に来てごらん。僕や、僕のお友達が坊っちゃまを守ってあげるよ」
「……」
「じゃあ待ってるからね。ずっとずっと…ケケケ!」
気味の悪い笑い声を上げて去って行く薬剤師。廊下にポツン…と残されたダミアンは手渡された十字架を見つめた。


















































その日の晩―――

「ダミアンただいま!」
軍務が終了し帰宅したジュリアンヌは、ダミアンを抱き上げてキスをし、ぎゅっ!と力強く抱き締める。
しかしダミアンは複雑だ。昼間薬剤師に言われた事が頭の中でぐるぐると呪いのように駆け巡るから、無口になる。
そんな息子のいつもとは異なる態度にすぐ気付いたジュリアンヌは、顔色を伺う。
「どうしたのダミアン。元気無いね。ままが帰ってきたんだよ?」
「…うん」
「ダミアン?」
「ジュリアンヌさん!」
開かれたままの部屋にやって来たウィリアムの顔色が青ざめている。それに、どこか息も荒い。何か良くない事が起きた事を勘付かせる彼の様子に、ジュリアンヌの顔付きが母親から王妃の顔付きへと変わる。
「どうしたの、ウィリアム君」
「父さん…いえ、国王様が…!」
ウィリアムが青ざめる程の出来事。それは、フランスへ外交し帰国したヘンリーが、空港で男女数人に襲われかけたのだ。側近をはじめとする大勢のSP達と共に移動していた為幸い命に別状は無かったが、犯人の内の1人が投げた果物ナイフがヘンリーの右腕を掠った。
血も然程流れない程の掠り傷ではあったし、犯人達をすぐ様その場で射殺した側近とSP達のお陰で傷はその一ヶ所で済んだというのに、ヘンリーは初めて間近に迫った自分の死を酷く恐れた。あの暴君ヘンリーは情緒不安定になってしまい、まるで人が変わったかのように帰国後は自室に籠もってしまい、面会は家族や側近そして薬剤師しか受け入れない程だ。
因みに犯人達の持ち物からは、木製で真っ赤に塗られた十字架が見つかったらしい。つまりヘンリーを襲ったのは、王室と対立関係にあるマラ教徒達。これにより王室をはじめ、カイドマルド軍のマラ教に対する怒りは増したのだ。




























国王の部屋――――

「国王様ご安心下さいな。カイドマルド城の中ならマラ教徒達はやっては来れませんわ」
ベッドで横になっている顔が真っ青のヘンリーを前に並ぶ、キャメロン、ウィリアム、ジュリアンヌ、ダミアン。キャメロンの優しい言葉にも返答しないヘンリーの頭をキャメロンが、そっ…と撫でた時、その手は乱暴に振り払われる。


バシッ!

「きゃっ!」
「ジュリアンヌは何処だ!ジュリアンヌ!」
上半身を起こしたヘンリーは狂者の如くジュリアンヌの名を連呼するから、ジュリアンヌは彼に近寄り、きゅっ…と手を握ってやる。たちまち落ち着きを取り戻すヘンリー。
「ヘンリー。私は此処に居るよ」
「おお…ジュリアンヌ、ジュリアンヌ。良かったジュリアンヌ…」
ジュリアンヌ、という名前しか言えないかのように彼女の名前を愛しげに呼ぶヘンリーを前に、キャメロンは眉間に皺を寄せていた。そんな哀れな母にウィリアムは何と声をかけてやれば良いのか分からないまま、キャメロンとダミアンと共に部屋を後にした。


パタン…、


























ヘンリーとジュリアンヌだけとなった部屋では、ベッドに上半身を起こしたヘンリーの膝の上に向かい合う形で座るジュリアンヌ。彼女の髪を手で梳いてやるヘンリーの顔はまだ青ざめている。余程恐しかったのだろう、命を狙われた事が。
「良かった、良かった。生きていて良かった。こうしてジュリアンヌお前とまた会う事がてきた」
「ヘンリーは大袈裟だよ。側近もSPも居るから大丈夫だってば」
「しかし低能な側近共のせいで、私はここに傷を負ってしまったんだぞ!」
傷を負い、包帯を何重にも巻いた右腕を見せてくるヘンリーの大袈裟っぷりには呆れてしまうジュリアンヌだが、今回ばかりは可哀想だったので、彼の首の後ろに腕を伸ばして抱き締める。
「大丈夫だよ。私が王妃となった今も軍隊に居るのには意味があるから」
「軍事が好きだからじゃないのか?」
「それもそうだったけど、今は違うんだ」
「?」
「今はね、ヘンリーとダミアンが平和に暮らせるようにマラ教徒達を鎮圧させる為に戦っているんだよ。だから心配しないでヘンリー」
ぎゅっ、と手を包み込むように握ってやれば、彼からのお返しは優しい抱擁。
「ジュリアンヌお前だけだ。今までの女でこんなにも私の事を大切に想ってくれたのは、ジュリアンヌお前だけだ。ジュリアンヌお前だけだ。私が心から愛しているのは…」
この、度を超えた偏愛が後に悲劇をもたらす事になるなど知りもしないヘンリーとジュリアンヌは、其処に互いが確かに居る事を確かめるかのように、キスを繰り返した。































それから数日が経った、とある日の午後。
ジュリアンヌと手を繋ぎ廊下を歩いているダミアンは顔を見上げ、ジュリアンヌに話し掛ける。
「ジュリアンヌ。お父様の具合良くなった?」
「うん!完璧じゃないけど毎日少しずつ良くなっているよ!」
「よかった!」
「お母様を呼び捨てにするなんて、どのような教育をなさっているのです?」
ジュリアンヌとダミアンの微笑ましい会話に水を差した中年女性の刺のある一言に顔を上げてみれば、前方には、サロンで仲良くしていた貴婦人達が4人居るではないか。しかも皆、眉間に皺を寄せていかにもこちらを睨み付けているから、ジュリアンヌは隠すようにダミアンを自分の後ろへやった。ジュリアンヌの顔付きが真剣になる。
「こんにちは。シェリーさん、マーガレットさん、イザベラさん、キャシーさん。私の子育てのやり方に何かご不満でも?」
「まあ!随分と偉そう!」
「こんな大きな態度の方がよく国王様の妾でいられるわ」
仲良くしていた彼女達のいつもの態度が一変していて敵視してくるので内心戸惑いつつも、何か裏がある事を確信しながら、表情に動揺を表さず、平常心且つ笑顔で応対。
「ええ。不満だらけですわ。ダミアン様は何故お母様を名前で呼び捨てにしていらっしゃるのです?親に対する敬意の欠片も無い方が何れこの国を担う事になると思うと、心配で心配で夜も眠れませんわ」
甲高い声で嫌味たらしい言い方だ。自分が話題にされている事は6歳のダミアンでも充分理解できるから、後ろでジュリアンヌの脚にしがみつきながらガタガタ震えて、目には涙を浮かべている。
しかし、一方のジュリアンヌは依然として平常心。
「マラ教の問題もあり、王室の人間であるダミアンは皆と一緒に学校へは行けずお城で家庭教師とお勉強の毎日でお友達もできないから、私の事をお友達と思って接しても良いと、私がこの子に言いました」
「まあ!ジュリアンヌ様貴女自らダミアン様に呼び捨てさせるよう御指導なさったのですか?」
「信じられませんわ。本当貴女様は庶民と同等に生活する事ばかりをお望みですわね。確か以前も、国王様とジュリアンヌ様とダミアン様で、庶民が通うような小汚い店ばかりをまわられたとか」
「国王様に何かあったらどう責任をとるおつもりなのかしら」
4人は見下すようにジュリアンヌを見つめながら手で口元を隠して嗤う。ジュリアンヌはギリッ…、と歯を鳴らすが、唇を強く噛み締めて怒りを堪える。




















カツン、コツン、

そんな時だった。貴婦人達の後ろから1人分のヒールの音が聞こえてくれば、貴婦人達はそちらを向き、歓声を上げて深々一礼する。
やって来た人物それは紫のドレスが映えるキャメロン王妃。心なしかいつもよりご機嫌な気がするのは気のせいなのだろうか、それとも…。
「皆さん、ご機嫌よう」
「キャメロン様!お久しぶりですわ!」
「キャメロン様!今日もより一層お美しいですわ!」
あからさまな貴婦人達のその態度の変わり様に、ジュリアンヌはすっかり勘付いている。内心呆れて大きな溜息まで吐いている始末。
――はぁ。なるほど、そういう事ね――
「皆さん、ジュリアンヌ様にはジュリアンヌ様の教育方針がございますのよ。それに水を差すような事を申すなんて淑女として恥ずかしいと思いませんこと?」
キャメロンの丁寧なその言い方が余計腹立つジュリアンヌは徐々に眉間に皺が寄り始めるが、必死に自分で自分を抑える。
――堪えなきゃ。ダミアンの為にも私が堪えなきゃ!――
「さすがキャメロン様お優しいです!」
キャメロンを讃える媚びた声が貴婦人達の輪から飛び交う。
「それでは失礼致しますわ」
ドレスを持ち上げ優雅に一礼し、ヒールを鳴らして去って行くキャメロンを足早に追う貴婦人達。




















彼女達がエレベーターに乗り込み、姿が見えなくなった途端ジュリアンヌの怒りが噴火…するかと思えば、それよりも先にダミアンが泣き出してしまったから噴火どころではなくなったジュリアンヌは、慌ててダミアンを抱き上げてあやす。ジュリアンヌの足元では、抱き上げられたダミアンを心配そうに見上げるメリーの姿も見られる。
「うわああん!」
「よしよし、どうしたのダミアン?」
「ひっく…、ジュリアンヌのことっ…今度からちゃんとお母様って呼ぶからっ…ひっく」
「やだなダミアン。あの人達の意地悪なんて気にしちゃ駄目だよ?ままがそう呼んで良いって言ってるんだから、ダミアンは今のままで良いんだよ」
「でもそうしたらジュリアンヌまた意地悪言われちゃうよ…」
まだ6歳にして親である自分の事を気遣ってくれたダミアンに、ジュリアンヌの目頭が熱くなり、胸が痛む。身体が勝手にダミアンをきつく抱き締めていた。
「ごめんね心配させちゃったんだね。ごめんね、駄目なままで…ごめんね」


カツン、コツン、

ジュリアンヌのごめんね、の擦れた声が響く廊下に、1人分の足音がした。そちらに振り向く事もせず強く抱き締めていたら、肩にそっ…、と乗った手。
やっと顔を上げたジュリアンヌが後ろを振り向けば、其処には眉毛を垂れ下げて酷く申し訳なさそうにしたウィリアムが立っていた。


































ウィリアムの部屋―――

「本当…申し訳ないです。僕が母さんを止めていれば…」
ウィリアムの自室でソファーに腰掛け、テーブルを挟む形で向かい合うウィリアムとジュリアンヌ。ダミアンは泣き疲れたのか眠ってしまったので、子供部屋でメリーと一緒に寝かせた。
やはりキャメロンが、ジュリアンヌと仲の良かった貴婦人達を利用して自分の味方につけていたのだ。ジュリアンヌばかりを可愛がるヘンリーの偏愛が面白くないが、国王であるヘンリーには逆らえないから、刃先をジュリアンヌに向けたキャメロン。
その事を知りつつ、母親であるキャメロンを止められずジュリアンヌ達を傷付けてしまった事を申し訳なく思い、目も合わせられずひたすら謝罪するウィリアム。そんな彼を前に、ジュリアンヌは笑顔を保ちながら、
「顔を上げて」
と言い続けるが、責任感の強いウィリアムは一向に上げてはくれない。
「母さんだって本当は、ジュリアンヌさんの事もダミアンの事も家族として大切に想ってます。でも…母さんはただ嫉妬深くてその…」
言葉を詰まらせるウィリアム。彼が自分を傷付けないよう嘘を吐いてくれている事くらい分かっている。王室に入った当初からキャメロンの自分に対する風当たりが強い事だって理解していたし、王室に入る前から幸せな家族関係が築けるはずもない事くらい理解していたから別にどうって事ない気の強いジュリアンヌだが、自分はウィリアムには、か弱い女性に見られているのかな、と思ってしまう。





















「私はキャメロンさんとも仲良くしたいよ。皆家族だもん。でもそう上手くいくはずがない事くらい分かってるから大丈夫。大丈夫なんだけど、それは私が大丈夫ってだけで、本当に辛い思いをしているのはキャメロンさんなんだよね。私がルーシー家の人間にならなければこんな事にならなかったんだよね。ごめんね」
「そんな事言わないで下さい!」
今まで弱々しい声色だったウィリアムの力のこもった一言に、ジュリアンヌもビクッ!と驚いてしまう。
ウィリアムは俯いたまま、膝の上に置いた拳をぷるぷる震わせている。
「そんな事言わないで下さい…ジュリアンヌさんが来てくれたお陰で、暴君だった父さんが丸くなったし、何より、カイドマルドが他国との戦争をしなくなったのはジュリアンヌさん貴女が父さんを説得させてくれたからです!母さんだってあんな態度をとっているけど、ダミアンが産まれた時喜んでました。久しぶりだったんです。母さんがあんなに笑顔を見せたのは。だから、母さんだって心の何処かではジュリアンヌさんと仲良くしたいはずなんです。だからもう二度とそんな事を言わないで下さい…」
相変わらず俯いたままのウィリアムの両手を包み込むように握って微笑み、
「ありがとう」
と礼を述べるジュリアンヌ。その時。


コン、コン、

ノック音がし、返事も待たずに開かれた扉の向こうに立っていたのはやつれた表情のヘンリー。





















すぐ様ウィリアムから手を離して立ち上がったジュリアンヌを見つけると、不思議そうに目をぱちくりさせる。
「ジュリアンヌ探したぞ。ウィリアムの所に居たのか?」
何故だ?と問うかのように疑問形なヘンリーだが、ジュリアンヌはすぐ様ウィリアムに礼を言うと、やつれたヘンリーの背を擦りながら部屋を後にした。


パタン…、

残された自室で1人ウィリアムはテーブルに顔を伏せた。時計の秒針の刻む音だけが虚しく響く。






































応接間―――――

半月の月明かりだけが射し込む、応接間に聞こえてくる男性2人分の微かな話し声。
「不老不死の薬…ですか」
硝子製のテーブルを挟み向かい合い、神妙な面持ちのヘンリーの一言に薬剤師は内心彼を嘲笑っていた。それは、今晩、薬剤師を呼んだ彼がたった今口にした一言がとても馬鹿げていたからだ。
「私だけに不老不死の薬を作ってはくれないか」
それは先日マラ教徒に命を狙われて以降、情緒不安定なヘンリーらしい一言ではあるが、薬剤師も彼の命を狙う為、素性を隠してヘンリーに近付いている王室お抱えの薬剤師となっているマラ教徒である。
薬剤師の素性を知らないヘンリー。不老不死の薬が作れると信じているヘンリー。そんな彼の事を心中では腹を抱えて笑う薬剤師だが、表上は神妙な面持ちで引き受ける。
「分かりました。王様の御要望にお応えしてみせましょう」
「本当か!?」
途端、青ざめていたヘンリーの顔が、ぱぁっと明るくなる。それがより一層、薬剤師の笑いを誘うだけとも知らず。
「頼んだぞ。またいつ異端児共に狙われるか分からん。早急にだ!」
「承知致しました」

















































2日後―――

「ジュリアンヌさん、それは誰宛ての手紙ですか?」
ウィリアムの自室で手紙を書くジュリアンヌ。キャメロンの事があって元気の無いウィリアムを励ます為、ここ最近ウィリアムの部屋に来ては他愛ない会話を楽しんでいるのだ。
薄ピンク色の便箋と封筒が並べられているテーブル。手紙を書き終えたジュリアンヌは便箋と一緒に、ダミアンとメリーが写った写真1枚も同封する。
「これはね、私のぱぱに送るんだよ。毎月ダミアンの写真も入れて手紙を送ってるの。ダミアンはこんなに大きくなりましたよー、って!」
「喜んでいる事でしょうねジュリアンヌさんのお父さん」
「いつか会わせたいなぁ。ぱぱの為にもダミアンの為にも」
「僕も良いですか?」
ウィリアムの思い切った意外な一言に目をぱちくりさせるジュリアンヌ。そんな彼女を見て、調子に乗りすぎたかな…と顔を赤くするウィリアムだが、ジュリアンヌは満面の笑みで答えてくれた。
「うん是非!ダミアンのお兄ちゃんだよ、ってぱぱに紹介したいよ!」


コンコン、

他愛ない会話の最中、ノック音がしたかと思えば、またヘンリーがやって来た。それはジュリアンヌがこの部屋を去ってしまう合図。ウィリアムを励ます為、彼の部屋で他愛ない会話をするジュリアンヌを迎えに来るヘンリー。彼は薄々怪しみ始めていた。
























しばらくこの調子が続いたとある日。
最近気が晴れてきて自室から出て気晴らしにと廊下を歩いていたヘンリーが見たのは、キャメロン側についた貴婦人達にいびられているジュリアンヌ。その場では姿を現さず柱の陰に隠れて様子を伺っていたヘンリーだが、その日の晩。貴婦人4人を応接間に呼び出した彼の眉間には幾重もの皺が寄っていた。それは怒りの象徴。
「貴様ら、貴族というだけで調子に乗り過ぎてはいないか!私の可愛いジュリアンヌをこれ以上侮辱するようならば貴様らは死、」
「お、お待ち下さい国王様!私達はジュリアンヌ様の茶飲み仲間でございます!」
「さようでございます!お助け下さい国王様!私共は脅かされているのです!」
貴婦人達の言葉を渋々ながら腕と脚を組み聞くヘンリー。
「ジュリアンヌ様を嫌悪するキャメロン様に金貨を渡されました。その代わり、ジュリアンヌ様を侮辱しろと言われたのです。私共はキャメロン様が恐ろしくて恐ろしくて…」
貴婦人達の言う事は間違ってはいない。実際、キャメロンが貴婦人達にジュリアンヌを侮辱するよう指示したのだ。彼女がこの城に居たくなくなるよう仕向ける為、わざと彼女と仲の良い貴婦人達にこの話題を持ちかけた。
報酬を与えた事だって一切間違ってはいない。しかしながら、貴婦人達は報酬に目が無く、楽しんで指示された通り行動していたというのに、自分達の身が危うくなった今、裏切ったのだキャメロンを。





















貴婦人達の言う事や、最近ウィリアムの部屋によく居るジュリアンヌ。
情緒不安定であるしジュリアンヌに偏愛のヘンリーが癇癪を起こすまで後少し。そんな時だった。
「何!?薬剤師がマラ教徒だと!?」
晩に側近に告げられた衝撃的な話それは、マラ教徒鎮圧に出向いた側近が見つけたそうだ。マラ教徒の中にヘンリーお抱えの薬剤師の姿を。
不老不死の薬を薬剤師から受け取った昨日以降彼とは連絡が取れていなかったのはこの為なのかと思い、自室で1人、ワインボトル程の大きさの瓶に並々入った不老不死の薬を見つめるヘンリー。瓶に映る自分の顔。
「まさかこの薬は不老不死の薬ではなく、マラ教徒である薬剤師が私を毒殺させる為に作った薬か…?」
途端全身が震え出したヘンリーだが、ハッ!と浮かんだのは、キャメロンとウィリアムの顔。"悪"という言葉が相応しい今のヘンリーの顔。
彼はユラリ…と立ち上がり、瓶の中から液体状の薬を太い注射器の中に注ぎ込んだ。それを片手に、自室を後にする。
窓の外から射し込む満月が怪しく輝いていたそんな晩。





































ウィリアムの部屋―――

「ウィリアム!貴方はどうしていつもあの人を庇うのです!」
「僕はただ、家族皆で仲良く暮らせたら、って…」


ガシャン!

ウィリアムの自室の花瓶を飾られた真っ白な薔薇ごと床に叩きつけたキャメロンは鬼の形相だ。
味方につけていた貴婦人達が自分を裏切った事をウィリアムに相談しに来たのだが、ウィリアムときたら自分の肩を持たず、
「母さんが悪い」
と震える声で…しかしはっきりとそう言うから、癇癪を起こしたキャメロン。彼女は、俯いたまま…しかし拳を震わせている息子ウィリアムを見てハッ、と鼻で笑う。腕を組んだ。
「…ウィリアム貴方もしかしてジュリアンヌ様に好意を抱いているんじゃないこと?」
ギクッ。まさにこの効果音がぴったりなウィリアムは全身を大きく震わせてしまったから、キャメロンは大きな溜息を吐く。
「はぁ。呆れました。ウィリアム貴方だけは信じていたのに。貴方も国王様と一緒ね。あの魔女に唆されていますよ」
「魔女なんかじゃない!唆されてなんかいない!ジュリアンヌさんはっ…」
「そうだね、私は魔女かもしれない」
「!」
突然聞こえた2人以外の声。高くて可愛らしいその声にキャメロンは睨み付けながら、ウィリアムは目を大きく見開きながら、声がした方を向く。
其処には、ウィリアムの自室入口で立っていたジュリアンヌ。どこか申し訳なさそうだ。


























そんな彼女を前に、ふん!と鼻を鳴らすのはキャメロン。
「ノックもせず勝手に入ってくる上、立ち聞き。品の無い妾様ですわね」
「母さんやめて下さい…!」
ウィリアムがキャメロンとジュリアンヌの間に立ってこの険悪ムードをどうにかしようと思うのだが、思うだけで行動に移せずにいる。オドオドしている間にも、キャメロンがジュリアンヌを侮辱する言葉は雨のように彼女にだけ降り注ぐ。
「第一、戦争をしない事が平和と勘違いしている貴女のお考えは間違っていますわ。戦争で勝利をおさめ、領土を増やしていけば、カイドマルドは今以上に豊かになる。つまり、平和に繋がるのではなくて?ジュリアンヌ准尉?」
「その間に何万の人が戦禍に巻き込まれるか考えた事はありますか、キャメロンさん」
「生意気な小娘だこと。国王様はこんな魔女のどこに惹かれたのかし、ぐっ…!」


ギチッ…!

突然苦しんだキャメロンの首は何者かの太い腕で締め付けられている。突然の事に唖然とするが、すぐ正気に戻ったウィリアムとジュリアンヌの瞳は、キャメロンの背後に立って彼女の首を締め付けているヘンリーを捉えた。





















「ヘンリー!?」
「父さん!一体何を…!」
「キャメロン!貴様が、私の可愛いジュリアンヌを疎外させようと貴婦人達に指示したのだろう!そうだろう!」
「ぐっ、あああ…!」
締め付けていく手に力が込められていくのと比例してキャメロンは目が開ききり、顔は真っ青。
「やめてヘンリー!私は何を言われたって平気!ねぇ、ヘンリー何してるの!キャメロンさんは家族でしょ!貴方の大切な人でしょ!?」
必死にヘンリーの太い腕をキャメロンから放させようと引っ張るが、ジュリアンヌの細い腕ではどうにもならない。
ヘンリーはジュリアンヌに向けて微笑む。優しいその笑みが、今ばかりは気味が悪かった。
「安心しろジュリアンヌ。お前を疎外する人間は私が皆始末する。そう…ウィリアムお前もだ」
ユラリと動いたヘンリーの殺気漂う黄緑色の瞳には、ウィリアムが映っていた。
キャメロンから腕を離すと一歩一歩ゆっくりウィリアムへ歩み寄るヘンリー。
「ゲホッ!ゴホッ!」
「キャメロンさん!!」
一方その場に崩れ落ち、苦しそうに首を押さえながら咳き込むキャメロンの背を擦るジュリアンヌ。






















ヘンリーはウィリアムを壁まで追い詰めると、懐から注射器を取り出した。針の先端が銀色に輝く。それが映るウィリアムの瞳は揺れている。
「おかしいだろう…ここ最近ジュリアンヌがウィリアムの部屋に頻繁に出入りしている。ウィリアム貴様がジュリアンヌを唆したのだろう。貴様が、私のジュリアンヌを!」
振り上げた注射器。しかしヘンリーを背後から押さえるジュリアンヌのお陰で注射器の針の先端は、ウィリアムの首擦れ擦れのところで止まる。
「どうしたのヘンリー!ねぇヘンリーってば!」
「これは私を裏切ったマラ教徒の薬剤師が私に渡した不老不死の薬…。これが私を毒殺する為の薬か否かの実験台に調度良いだろうウィリアム」
「馬鹿言わないでヘンリー!」
「…だ」
その時微かに聞こえてきたウィリアムからの声。ヘンリーやジュリアンヌ、キャメロンの3人は耳を澄ませた。同時にウィリアムはゆっくり顔を上げる。黄緑色の瞳が珍しく力強かった。
「そうだよ。僕は…いや、俺はジュリアンヌさんが好きだ」
































同時刻。
カイドマルド城内廊下――――

「メリー。ジュリアンヌは何処行ったかな?」
ダミアンの問い掛けに答えるかのようにメリーは彼の前を歩き出した。ウィリアムの自室へと。
「すごいすごーい!メリーは何でも分かっちゃうんだね!」
無邪気に愛猫の後をパタパタ足音たてて追い掛けて行くダミアン。窓から見える半月が黒く重たい雲で隠れた。






























同時刻、
ウィリアムの部屋――

ウィリアムの思わぬ告白にジュリアンヌはただ唖然。しかし、その告白はヘンリーの怒りの刃先がキャメロンにも向く事になる。癇癪を起こしたヘンリーは顔を真っ赤に、眉間には幾重もの皺を寄せる。まるで噴死しそうな程怒り狂うヘンリー。
「キャメロン貴様も貴様の子供のウィリアムも!貴様ら2人まとめてこの薬の実験台にしてくれる!」
「きゃああ!」


ドスッ!

キャメロンの首を後ろから掴み乱暴に床に叩きつけると、ウィリアムとキャメロンに向ける。注射器の刃先を。
その薬がどのような効果があるかは知らない。けれど、マラ教徒だという事を隠して王に接近していた薬剤師が作った薬だ。ろくな物ではない事だけは確か。
「…ハッ!」
ジュリアンヌはハッ!と我に返り、駆け出した。キャメロンとウィリアムの前に両手を広げて立ちはだかるジュリアンヌ。彼女を捉えたヘンリーの瞳は別人のように優しくなる。ジュリアンヌの細い肩に手を置く。
「どうしたんだいジュリアンヌ。お前を侮辱し、お前を唆す…そんな奴ら庇う必要は無いだろう?お前は優し過ぎるんだ。ジュリア、」
「ふふ…あははは!」
突然狂者のように大声で笑い出したジュリアンヌの高い笑い声が室内いっぱいに響けば、ヘンリーは勿論、キャメロンもウィリアムも目を丸めて唖然。ヘンリーは慌ててジュリアンヌの肩を揺する。



















「ど、どうしたジュリアンヌ!何がそんなに可笑しいんだジュリアンヌ!?」
「あはは。馬鹿だなぁヘンリーは」
「なっ…?」
「私が王室に来たのなんてヘンリーが無理矢理来させただけでしょ」
「ジュ、ジュリアンヌ?」
ヘンリーの両肩に手を置き、顔を上げたジュリアンヌはにっこりと微笑んだ。
「私本当は、ヘンリーの事好きじゃないの。私なの。私がウィリアム君を好きなの。だから最近ウィリアム君の部屋に通っていたの。私がウィリアム君を唆したんだよ?」


しん…

沈黙が起きた。しかしそれはすぐキャメロンの高笑いによって掻き消される。
「あははは!やっぱり貴女は魔女ですわ!ジュリアンヌ様貴女は見事なまでの魔女!」


ドスッ!

ガッ!と力強く両肩をヘンリーに掴まれ、壁に背を押しつけられ痛みに顔を歪めるがすぐ微笑むジュリアンヌ。彼女が偽りの笑みを浮かべ、偽りの言葉を発した事が分かっているキャメロンとウィリアム。




















「父さん!」
「邪魔だ」


バシッ!

ウィリアムはすぐ様立ち上がりヘンリーに立ち向かうが、太い彼の腕で振り払われてしまい、床に尻餅を着く。そんなウィリアムに駆け寄るキャメロンの甘い声は彼をイラ立たせるだけ。
「大丈夫ウィリア、」
「母さんは恥ずかしくないのか!人間として恥ずかしくないのか!父さん!ジュリアンヌさんは俺と母さんを庇う為の嘘を吐いてるんだ!俺なんだ、俺が勝手にジュリアンヌさんを好きになったんだ!だから、」
「きゃあああ!!」
「…!!」
続くはずのウィリアムの言葉は、部屋中に響いたジュリアンヌの叫びにも似た悲鳴によって掻き消される。白く細い首筋な刺さった太い注射針から滴る不老不死の薬。


ドサッ…、

ジュリアンヌはその場に崩れ落ちる。駆け寄ろうとするウィリアムを、キャメロンが引き留める。
ジュリアンヌの虚ろな瞳が、自分を見下ろしてくる悪魔の形相のヘンリーを捉える。
「何だ。毒殺用ではないのか?まあ良い。薬の効果を経過して見よう…と言いたいところだが、ジュリアンヌ貴様のような魔女を城に置いておくなど、吐き気がする。貴様は牢屋送りだ」
薬のせいなのだろうかジュリアンヌの視界は定まらないし、身体中が痺れる。優しかった彼からの罵声を浴びながらも、ウィリアムとキャメロンが助かった事に安堵の溜息を吐き、静かに目を瞑ろうとしたジュリアンヌだったが…






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