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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「都心部にカイドマルド軍が押し寄せる前に応対しろ!」
ルヴィシアンは軍本部のダイラーに怒鳴ると、ガチャン!と耳障りな音をたて、金色に輝く電話の受話器を置いた。イラ立っているのだろう。足を組み、頬杖を着いた手とは反対の手でガラス製のテーブルをトントン、何度も叩いている。近くにあった王室御用達ブランドの純白のハンカチに歯を立てる。
「毒ガスをこちらにも撒かれてはたまったものではない!毒ガスごときで私の時代を終わらせてたまるものか!」


ガシャン!

真っ赤な薔薇が飾られた花瓶を床に投げ付ければ、紅色の絨毯に水が染み、硝子の破片が飛び散る。ルヴィシアンは真っ赤な薔薇の花の部分だけを狂者の如く引き契るから、辺りは薔薇の花弁が散乱。
「…ハッ!」
しばらく床に膝立ちしたまま呆然としていたルヴィシアンは、ハッと真っ赤な目を見開く。
「まさかヴィヴィアンが私を殺しに毒ガスなどという姑息な真似を…!?」
呟いた直後突然立ち上がると、再びダイラーに連絡をとる。
「こちらルネ軍本部ダイラー将軍にございます」
「ダイラー!全軍人に通達しろ!カイドマルドの戦闘機と交戦する際必ず敵機とオープンチャンネルを繋げろ!奴が居たら即捕虜としろ!奴を殺して良いのは私だけだ!」
「充分承知致しております」
半ば呆れたダイラーの返事の後、通話は切断される。
ルヴィシアンは立ち上がりカーテンを開けて、窓越しに闇夜に浮かぶ半月を見つめて微笑んだ。
「最高の舞踏会にしようではないか哀れな弟よ!」


































同時刻―――――

ルネ城内の一室でキングサイズのベッドに腰掛けた寂しい背中のヴィクトリアン。彼の右手には、数年前にこの城の中庭で撮影された写真が1枚。噴水を背に写るのは底抜けに明るい笑顔のヴィクトリアン、半ば呆れながらも微笑むヴィヴィアン、天使のように優しく微笑むマリー、照れながら笑顔を見せるフランソワの4人だ。
ヴィクトリアンは顔を上げる。窓の向こうから戦闘機の飛び立つ音が聞こえた。
「僕は軍人でもないし政治も分からないただの馬鹿王子…。けど、一つだけ分かる事があるんだ」
立ち上がり、写真をもう一度見つめる。
「立ち向かってみようと思うんだ現実に。お前が自分の命をかけて救ってくれたこの命をかけて。…フランソワ」
ヴィクトリアンの真っ赤な瞳に力が宿っていた。













































ピエモンテ地方上空―――

「殉職故二階級昇進フランソワ少佐が居ないが、私にしっかりついてこい」
「了解」
正規軍は都市部で待機させ、傭兵部隊を率いてピエモンテ地方にやって来たダイラー部隊。
殉職した為少佐となった今は亡きフランソワが率いていた部隊という事もあってか、隊長に似て生真面目な隊員ばかりだから作戦は順調に進む。
オレンジの炎が上がり、毒ガスの充満するピエモンテの上空で、黒と深緑の戦闘機が激しく交戦している。
「傭兵部隊に通達する。各自敵機と交戦する際、オープンチャンネルを接続する事を怠るな」
「了解」
「…まったく。無布告に条令違反…そこまでしないと我々に勝てる余地が無いのなら端からおとなしく我々ルネの支配下にいれば良いものを!」
そう叫び、レバーをぐっ、と前に押し倒し、前方に見える2機のカイドマルド軍戦闘機の脇を通り過ぎる。ダイラーの搭乗した機体が2機の脇を通り過ぎた直後。


ドン!ドンッ!!

その2機は赤い炎を上げて夜空に散った。






















「ふっ」
その光景を機内のミラーで見つめて鼻で笑うも、ダイラーは決して気を弛めたりはしない。
「己を恥ずかしまないところが負け犬らしいな」


ビー!ビー!

敵機が接近している事を表すレーダーが感知した不吉なサイレンが機内に響けば、右下にある小型モニターには背後からと前方から敵機が接近してくる様子が表示される。挟み撃ちというやつだ。
しかし、ダイラーは至って冷静沈着。モニター下に設置されているキーボードを素早く打ち込めば、戦闘機の上部から小型ミサイルが前方後方同時に飛び、接近してきたカイドマルド軍戦闘機を直撃。


ドンッ!!

「容易い」
ふっ、と不敵に微笑んだのだが、ミサイルの爆発の灰色の煙の向こうからキラリと光るモノが目に入り、咄嗟に左に避ける為レバーを左へ押し倒した。


ドドドド!!

「ぐっ…!」
油断したのだ。倒したと思い込んでいたカイドマルド機の前方後方の2機どちらも生き残っていた。しかも、2機同時に挟み撃ちで再度攻撃を仕掛けてくる。その攻撃に、冷静沈着なダイラーも思わず目を見開く。























「なっ…!?」
何と敵機の上部からは、たった今ダイラー機が発射した小型ミサイルと類似のミサイルが発射されたのだ。しかも多少こちらより速度が速い。


ドドドド!!
ドン!ドン!

ぐっ…!」
敵機の新装備には何とか直撃は免れたものの機体右半分を掠めてしまったダイラー機は、攻撃を食らった箇所から火花を散らし、左に傾いて逃げるように旋回するが、逃すまいと追ってくる2機。
「速度も速い上、あの新装備…従来のカイドマルド機とは違う…!」
敵機の性能が上がった事に若い軍人ならばここで不安に駆られるのだろうけれど、ダイラーは違っていた。珍しく、白い歯を覗かせて微笑んだのだ。
「少しは楽しませてくれるようだな!」
追われる身であったダイラー機は突如方向転換し、2機のカイドマルド機とぶつかり合う。


ドォンッ!!

1機は機体から灰色の煙を上げて火の海と化したピエモンテの街へと墜落していったが、もう1機が生き残っている。
ダイラーが戦闘機に装備された短剣を引き抜けば、同じタイミングで生き残りの1機も短剣を引き抜いたから、剣と剣がぶつかり合い青い火花が散る。


キィン!!

オープンチャンネルを繋げてみるダイラーだが、画面に映ったのは中年の男性軍人だった為すぐ様切断し、本領発揮の合図で短剣を振り上げる。
「くたばれ負け犬風情が!」


ドォンッ!!

振り下ろされた短剣を避け切れず真っ二つに裂かれた敵機は、爆音をたてて上空で塵となる。
その脇を高速度で通り過ぎ、帰還体勢に入るダイラーは余裕綽々だ。しかし、眉間に皺を寄せる。
「先のミサイルに今のサーベル。そして、こちらの機体速度を知っての上回り…やはりカイドマルド軍には先代ルネ国王殺しが在籍しているようだな」
敵機全てを殱滅させたダイラー部隊は燃え続けるピエモンテを背に、都市部へと飛び去って行った。













































同時刻、
カイドマルド王国―――

マラ教徒虐殺後の静まり返った格納庫にて。新装備も追加され、大幅に改良された戦闘機を見上げるエドモンド。
「ルネの戦闘機を知り尽くしたルネ君の提案により、私達も遂にルネと対等の戦闘機で対戦に臨む事ができるのか…」
改良後、まだ搭乗していないエドモンドにとってうずうずするのだ。身体が疼き顔にも笑みが浮かぶが、やはり気掛かりなのは海へ転落したヴィヴィアンの事。部下思いのエドモンドらしいだろう。エドモンドの表情に雲がかかった。







































その頃、ジュリアンヌ城崖下洞窟内――――

「くっ…!」
「やっぱりね。何か怪しいと思ったんだ」
その頃ジュリアンヌ城崖下の洞穴では。眠りに就いたヴィヴィアンを、洞穴内にあった大きな岩で背後から殴り殺そうと振り上げたジャンヌの細い腕を素早く取り押さえたヴィヴィアン。
余裕の笑みすら浮かべるヴィヴィアンとは対照的に、押さえられた腕をプルプル震わせ、悔しそうに睨み付けながらもボロボロと頬に涙を伝わせるジャンヌ。


ガタン、

彼女から岩を奪い投げ捨てれば、ジャンヌはヴィヴィアンには背を向け、乱暴に涙を拭った。鼻を啜る音が聞こえる。
「僕が眠った隙に殺そうたって君には無理だよ」
「っ…、」
「おかしいと思ったんだ。僕の身分を知ってから僕を憎んでいた君が、急に態度を変えてわざとらしいくらい僕と行動を共にしている。見え見えだよ」
「見え見えで悪い!?あんたさえ…あんたさえいなければベルディネは滅ばなかった!滅ばなかったのよ!」
キッ!とこちらに顔だけを向けてきたジャンヌの目は睨んでいるのだが、伝う涙のせいで恐くもなんともない。寧ろ、哀れにすら思えてきたヴィヴィアン。






















しかし、一方のジャンヌは未だに辺りの大きめの石を持ち上げてはヴィヴィアンに投げ付けてこようとするから、ヴィヴィアンは彼女の両手を後ろで一つにまとめ、彼女の
「痛い痛い」
の言葉さえ無視し、強引に洞穴の外へ引き摺りだせば、目の前の大海に放り投げる真似をしてみせる。
ジャンヌが睨み付けながら背後のヴィヴィアンの方を振り向くが、彼は白い歯を覗かせ、嗤った。
「君は夢を見過ぎなんだよ。一度滅んだ国を、君1人が再建できるはずもない。母国を滅ぼした敵国を君1人が滅ぼす事ができるはずもない。低能もここまでいくと哀れに思えてくるね」
「っ…!私はあんたみたいに親や兄弟の犬になるような弱虫じゃないわ!」
その一言に、ヴィヴィアンの中で何かが切れる音がした。それは同時に、ジャンヌの言っている事が正しいとヴィヴィアンの心の何処かで分かっているからなのだろう。
彼女を見下ろす赤の瞳に静かな怒りの炎が灯ると同時に彼女の頭を上から砂浜に押しつければ、馬乗りになり、両手で彼女の細い首を掴む。赤の瞳に狂喜が渦巻く。


ドスッ!

「ぐっ…!」
「君みたいな世間知らずはあの日遠慮無く連れていってあげれば良かったんだ…」
あの日…それは、ルネベル戦争時、鎧兜越しではあったもののヴィヴィアンとジャンヌが初めて出会った日。
あの日森で出会ったルネの軍人ヴィヴィアンが右腕を天に向かって伸ばしたそれと同じ動作をとるヴィヴィアン。天に向かって伸ばされた彼の右手人差し指と闇夜に浮かぶ半月が重なる。それは、呼吸のままならないジャンヌの水色の瞳にもしっかり映し出されていた。
「連れていって差し上げましょう…天国へ」


ギチッ…!

「う"ぁ"…!」
首を締め付ける両手に力が込められ、同時にジャンヌの顔が青ざめる。
「ヴィヴィアン・デオール・ルネ」
「!?」
聞いた事があるような無いような…少年の高い声に反応して顔を上げた瞬間、


パァン!

と銃声がして、ヴィヴィアンとジャンヌのすぐ脇の砂浜の砂が飛び散る。


ゲシッ!

隙を見たジャンヌはヴィヴィアンを足蹴りして何とか彼から離れると、首を押さえ、咳き込む。
「ゲホッ!ゴホッ!」
一方ヴィヴィアンは、たった今の声の主に釘づけだ。声の主は、崖の上からこちらを静かに見下ろしている3人。1人はアダムス。1人はアンネ。そして、彼を呼び、発砲してき声の主マラ17世。
「お姉ちゃん!」
アンネの声に目を見開いたジャンヌは咄嗟に顔を上げる。彼女の青ざめていた顔に笑みが浮かんだ。
「アンネ!アダムス!」

























「マラ教の教皇様が僕を勧誘かな?」
マラが崖の上から伸ばしたロープで何とか登り、助かったヴィヴィアンとジャンヌ。だが、2人はさっきの事があったからか、マラがわざと2人の間に立っていてまるで無言の仲介。
ヴィヴィアンは軍服に付いた砂を払いながらマラに話し掛けるが、彼はいつもの頼りなさそうな表情のまま、聳え建つジュリアンヌ城を見上げた。
一方で、心なしかアダムスの顔色は悪い。
「できればヴィヴィアン君。君も我が宗教の一員として迎え入れたいのですが、そう言っていられる状況ではありません」
「それは一体どういう意味で?」
音も無くマラは後ろを向いて城の方へと歩き出したからアダムスは元気の無い声で、
「どうぞ」
とだけ呟くとマラの後に続いた。これは"ついて来い"という意味なのだろう。
ジャンヌはアンネと手を繋ぐと、逃げるようにマラ達の後をついて行き、その後をヴィヴィアンは仕方なくついて行った。






























ジュリアンヌ城前―――

「…やっぱりね」
城へと続く真っ白な螺旋の壁を歩いていき、城が近付いてきたところで呟いたヴィヴィアン。城へと続く真っ白な壁も血塗れだったり所々銃弾がめり込んでいたが、城前はそれ以上の光景が広がっていた。
真っ白だった5つの処刑台や地面など辺り一面には、真っ赤な血がべっとり飛び散っている。見るからに真新しい血。そして、大量に処刑されたマラ教徒達の遺体。この場にもう人の気配は無い。静まり返ったこの場に吹く冷たい夜風が不気味だ。
「アンネは見ちゃダメ!」
ジャンヌはすぐ様アンネの目を自分の両手で覆うが、ある1人の遺体が目に入るとアンネをアダムスに預けて一目散にその死体へと駆け寄った。
「お母さん!」
そう叫ぶジャンヌが駆け寄った遺体それは、ジャンヌの実の母親クリスの亡骸だ。自分のものなのか同教徒のものなのか分からない血で濡れたクリスの身体を何度も何度も揺さぶり、涙を流した。いつもの怒りに満ち溢れて流す涙ではなく、悲しみに満ち溢れて流す涙。
短い付き合いではあるが、こんなにも弱気な表情のジャンヌは初めて見たヴィヴィアンは目が点だ。























「お母さん!お母さん!何よ…ベルディネを裏切ってお父さんを裏切って私を裏切って…。自分勝手な事ばかりして最期も自分勝手だったじゃない!ふざけんじゃないわよ!」
アダムスの両手が、惨状を見せないようアンネの両目を塞いではいるが、耳から聞こえてくるジャンヌの裏返る泣き声に、アンネも分かっていた。ルネで格差社会を充分に味わったアンネだからこそ、幼いながらに分かるのだろう。
「ふざけんじゃ…ないわよっ…」
一方のアダムスだって、今まで行動を共にしてきたマラ教徒達や、母国の輸出道具であった奴隷達の惨たらしい遺体には堪えられない。しかも、父クリストフェルや兄姉の死体も見つけては、幾ら父の政治のやり方が気に入らなかったアダムスでも涙を流す。まだ、優しい人間の心を持ち合わせているから涙を流せるのだ。
























「ヴィヴィアン君。私と手を組みませんか」
「新手の勧誘ですか?」
「まさか。貴方のような非平和主義者は我が宗教の方針には相反します」
口調はおっとりしているが言う事は直球なマラにイラ立ち目元をピクリと痙攣させるが、ここは大人になり、抑えるヴィヴィアン。
「じゃあどういう風の吹き回しで?」
マラはヴィヴィアンと向き合う。
「勿論マラ教復活の為でもありますが、行き場の無い君にも好都合な話です」
マラはヴィヴィアンの隣に立ち、身の丈ほどの真っ赤な十字架の先端をジュリアンヌ城に向ける。その動作の意味を、この時のヴィヴィアンはまだ知らない。






















































ジュリアンヌ城内―――

「ヴィヴィアン曹長、只今戻りました」
「ルネ君!」
マラ教徒大量虐殺後の静まり返ったジュリアンヌ城内入口に響いた威勢の良い声に、調度戦略内容を話し合っていたダミアンとエドモンドとヨーゼフ大佐の3人は一斉にそちらに顔を向ける。
敬礼をしてにこやかなヴィヴィアンにエドモンドは鼻を啜りながら抱きつくから、ヴィヴィアンは嫌そうに顔を歪めて、彼を押し退けようと必死。
「遅刻とは良い度胸だな追放者」
「申し訳ございません」
その時エドモンドはハッ!とする。ヴィヴィアンと共に海へ落下したジャンヌの姿が見当たらない。彼女の行方を聞きたいが、ダミアンにはジャンヌの事を"ヴィヴィアンがカイドマルドで見つけた彼女"という何ともテキトーな設定で伝えていた為、聞くに聞けない。
ダミアンに、軍を裏切ったクリスの娘とヴィヴィアンが一緒に居た事を知られればヴィヴィアンが危ないからだ。彼ヴィヴィアンからはもうルネの戦闘機の事を聞き出したし戦略も立ててもらったから、暴君へと変貌しつつある今のダミアンなら用済みの彼をあっさり殺してしまいそうだから。
























しかし、一緒に落下した女の事をヴィヴィアン自ら話し出したのだ。手振り付きに笑顔で。名前は伏せてあるが。
「彼女、流されたみたいで。僕、運が良いんでしょうか」
その言葉を信じるエドモンドは顔には表さないが、根の優しいエドモンドは内心切ない気持ちでいっぱいだ。
一方ダミアンはただ黙ってヴィヴィアンをジッ…と見つめる。
「国王様。僕は今からルネへ出撃、」
「何か楽しい事でもあったのか」
「え?」
ダミアンの不可思議な問いに、一同目が点。
「貴様…」
「はい?」
「…何でもない。早く出撃体制に入れ。戦争は始まっている」
「了解」
「それと。これはお前宛だ」
ダミアンに渡された豪勢な朱色の封筒の宛名には、母国語であるフランス語でヴィヴィアンの名が明記されている。差出人の名は封筒には書かれておらず、首を傾げながらもヴィヴィアンが身を取り出せば、ヴィヴィアンは一瞬目を大きく見開く。
「…!!」
手紙を持つ手が震えた。だがすぐに震えが止み、同時に、ヴィヴィアンの顔には不気味な笑みが浮かぶ。
そんな彼をただ黙って見たら、車椅子ごと背を向けてエレベーターを使い、自室へ戻って行ったダミアン。

























「…?国王様一体どうしたんだろうね。まあ良いや。ルネ君不在の間に色々あったんだよ。それとルネ君。それは誰からのラブレターだったんだい?」
「エドモンド将軍。時間が…」
「ああそうだったね、今は戦争中だ!」
ヨーゼフに腕時計を指差されポン!と手を叩くエドモンドのヘラヘラした調子には、本当に彼が将軍なのか?と目を疑う。
ヨーゼフと共にエドモンドに敬礼をしたヴィヴィアンは、ヨーゼフに連れられ、軍本部へと足を運んだ。




















































カイドマルド軍本部―――


カタカタカタ、

飛行型機内でコンピュータシステムにパスワードを打ち込めばモニターが作動し、機体全体の明かりが点灯。


ガー、ガガッ、

キーボードを手早く打ち込むヴィヴィアンにオープンチャンネルを繋げたヨーゼフの姿が正面上のモニターに砂嵐の後、映し出される。
「先攻部隊は既に毒ガスを使用済みだ。後攻部隊の私達は使用許可が降りた時だけ使用可能」
「了解」
「母国には多大なる恨みがあるとは思うが、感情的になり過ぎず、カイドマルドの為に尽くすようにな」
「はは、分かってますよ」
「それは安心した。ではまた会おう」


ブツッ、

ヨーゼフの笑顔直後、切断される通信。同時に、右下の小型モニターには"機体正常化"のデジタルな文字が表示される。
顔を上げ、飛び立つヨーゼフの機体の後ろをついて行くように飛び立ったヴィヴィアンは今まで堪えていた笑いを口の端から洩らして、終いには高笑い。
「ふっ…、はは…ははは!そうか、その手があったか!マラ教も信じてみるもんだな!そうだよ…そうだよ!僕みたいな優れた人間が庶民同等の人生を歩んで良いはずがない。神だってきっとそう望んでいるはずだ」
ゆっくり開かれた真っ赤な瞳は狂喜。
「僕と共に築き上げるんだ新たな神話を。だからマリー、今迎えに行くよ。待っていてね」
口が裂けそうな程笑んだヴィヴィアンの口から覗いた白い歯。直後、彼の機内には実の兄とそっくりな高笑いだけが響いていた。
























ヴィヴィアンがダミアンから受け取った手紙の内容はこうだ。
【ルネ王国標準時間3月23日の晩21時より、ルネ王国城内大広間にて舞踏会を開催予定。是非、貴公にも参加してほしい。親愛なる弟との再会を楽しみにしている。
From ルヴィシアン・デオール・ルネ】
「最高の舞踏会にして差し上げますよ兄上…!!」





































カイドマルド軍本部―――


ウー!ウー!

ヨーゼフ大佐率いる後攻部隊が出撃後カイドマルド軍本部では赤いランプがくるくる周り、嫌なサイレンが鳴り響く。軍本部のセンサーと繋がっているジュリアンヌ城も同様の状態だ。
格納庫で最後の1機の調整がまだ済まずにいるフェルディナンド社社長ロバートとドロシーの顔に焦りが浮かぶ。
しかしエドモンドやダミアンはただ冷静で、静かに顔を上げる。エドモンドはヘルメットをかぶり、首元でヘルメットの黒い紐をキュッ!ときつく結ぶと、深緑色の戦闘機にそっ…、と触れた。憂いの表情だ。
「ジュリアンヌちゃん…君の分まで守ってみせるよ。君が愛したこの国。そして君の息子を」
上から吊されているロープを掴めば、自動で上へ昇っていく。
「エドモンド部隊に告げる!各自ヴェネツィア海上空でフォーメーション通り待機。絶対にルネ軍を我が国へ侵入させるな!」
「了解!」
コックピットに着き、ルネとカイドマルドの間に位置する大海ヴェネツィア海上空へと次々と飛び立って行くカイドマルド軍戦闘機の明かりを、格納庫の窓から物珍しそうに眺めるケイティは楽しげだ。
「すごいすごい!お星さまがたーくさんだよ!」
そんなまだ幼い息子ケイティを抱き上げ、無言で抱き締めたドロシー。
「あれが本当にお星さまならどれだけ幸せな事でしょう…」












































同時刻、
ルネ王国――――

「カイドマルド軍による毒ガスの使用…!?ふざけんな!」


ガン!

力強い音がし、ニュース速報を映すテレビの映像が一瞬乱れる。アントワーヌの母親の友人の家に身を潜めているラヴェンナは、カイドマルドの卑劣な行動に頭に血が昇り、テレビを思い切り叩いたのだ。
一方。産まれたばかりのスヤスヤ眠るエミリーを抱き抱えたマリーが2階から降りてきたからハッ!とし、すぐ様テレビの電源を切るラヴェンナ。
マリーは知らないだろう。ヴィヴィアンが在籍するカイドマルド軍がジュネーブ議定書で禁止されている卑劣な手を使用した事など。情緒不安定な時期でもある彼女がこの事実を知った時の事を想像したくもないラヴェンナは笑顔で振る舞うが、彼女が気付くのも時間の問題だろう。


ゴオォッ…!

外からは戦闘機が上空を飛び立って行く嫌な音が止まない。それでもマリーはその音が聞こえていないかのように、エミリーに優しく微笑む。
「エミリー元気みたいだな」
「はい!今は泣き疲れてしまったみたいで眠っていますわ」
「何だよー!あたしが見るといっつも寝てないか?」
「ふふ」
「おいマリー、お前笑ったな!?」
自分は上手く会話をできているだろうか。顔に表れていないだろうか。不安を抱えながらも、マリーとの会話を繋げるラヴェンナの努力も虚しく、家の呼び鈴が響く。























リンゴーン、

アントワーヌの母親の友人の女性が扉を開けば其処には何と、コートの肩の部分を血で滲ませ、顔色は決して良いとは言えないアントワーヌが立っていた。駆け付けたラヴェンナは目が点だ。
「お前!議長と一緒にカイドマルドへ向かったんじゃなかったのか!?」
「話は後でお願いします」
肩の痛みに片目を瞑りながら無理矢理家の中に入ると、家の明かりを消し、カーテンを全て閉めた。


カチッ、
シャッ!

突然の事にマリーも目が点。
「アントワーヌ君?」
友人の女性が話し掛ければアントワーヌは自分の口の前に人差し指をたてる。静かにしろ、の意。
カーテンの隙間から外の様子を心配して伺っている彼に、ラヴェンナが小声で問う。
「アントワーヌ。一体これはどういう意味だ?」
「王党派には全てが筒抜けです」
「何がだ」
その時。カーテンを即座に閉めたアントワーヌはラヴェンナの問には答えず立ち上がると、玄関へと駆けて行く。
「おい!アントワー、」


バァンッ!


パァン!パン!

アントワーヌが玄関の扉を蹴り開けて外へ飛び出した直後外からは銃声。眠っていたエミリーも目を覚ましてしまい泣き喚くから、マリーはエミリーの耳を塞いであげる。
「アントワーヌ君!?」
友人の女性が心配して外へ飛び出そうとしたら、入口前に彼の紺色の車が急停車し、車内から現れたアントワーヌ。彼の右手には灰色の煙を吹く拳銃が1丁。
「皆さん今すぐ車内へ!」
混乱中の女性とラヴェンナはすぐ車内へ。そしてアントワーヌが肩を支えてやりながらエミリーを抱くマリーを後部座席へ着かせると、アクセルを踏み込み、暴走車の如く住宅街を駆け抜けて行った。































車内―――――

「おい、アントワーヌ!事情を説明しろ!」
「うわああん!うわああん!」
後部座席から運転席に身を乗り出すラヴェンナの大声と、エミリーの泣き声で騒がしい車内。アントワーヌはラジオの音量を右手で上げながら左手で運転をする。
「父も母もピエール氏も殺されました」
「なっ…!?」
助手席のアントワーヌの母親の女性とラヴェンナとマリーは声を失う。
「いつかは分かりませんが王党派との会合時、父…いえ、ビスマルク議長のコートに王党派の人間が忍び込ませた盗聴器のせいで我々議会の目論見は筒抜け。自宅は放火され母親は死に、ピエール氏も射殺され、予定していた便に搭乗した議長の航空機はハイジャック後、海に墜落。そして、この場所も知られてる恐れがあると思い駆け付けてみれば、案の定でした」
「さっきの銃声は…」
「王党派です。全員始末したので追っ手はもう居ません。しかし…」


ゴゴゴゴ…!

「な、何だこの音は…!?」
その時。上空から地鳴りのような爆音がして辺りの木々は左右に大きく揺れ、走行しているこの車も煽られる。地震かと思ってしまうがプレートの境ではないルネに地震は縁の無い天災。とすればこの音、揺れは…。
「っ…!」
嫌な予感がしたアントワーヌの眉間に皺が寄る。ラジオも繋がらなくなる。フロントガラス越しから上空を見上げた途端アントワーヌの顔色が変わり、すぐ様車内の窓という窓全てを閉めきるアントワーヌ。
彼のブラウンの瞳に映る深緑色の戦闘機の下部が開かれた。アントワーヌは、これでもかというくらい目を見開く。
「毒ガス…!」


ドンッ!!

開かれた下部から撒かれた大量の毒ガスは、雲がかかったかのように都市部に充満した。
















































同時刻、
旋回中のダイラー部隊―――

「ダイラー将軍、ダイラー将軍。緊急通信です」
軍本部に滞在中の少佐からの通信。彼の声色から良くは無い事を連想してしまうが、冷静に応対するダイラー。
「どうした少佐」
「都市部に毒ガスを撒かれてしまいました!国民への被害増大!」
「何だと…!?ルヴィシアン様、デイジー様、ヴィクトリアン様はご無事か!?」
「城は対NBC兵器装備の為安否が確認されておりますが、軍への召集がかかっていた軍人以外の国民の少数が死亡、過半数が失明の被害にあっております。このままでは人員不足が懸念されます」
「くっ…!毒ガスは軍隊よりも一般庶民への被害を目的とした兵器だからな…。仕方ない。作戦変更だ。少佐と大尉の部隊もカイドマルドへ攻めろ!」
「了解」
切断された通信。直後、ダイラーは機内のモニターを拳で力強く殴る。


ダンッ!

「カイドマルド…!!」


ビー!ビー!

「!」
すると、城が見えてきたと同時にレーダーが敵機を感知。ゆっくり上がったダイラーの瞳はまるで悪魔。
「我々を猿真似した機体など恐くもない!」


ドンッ!!ドン!

ダイラー部隊の戦闘機上部から発射されたミサイルが敵機を襲来した。












































ルネ城内―――――

城上空を飛び交うミサイルはまるで流れ星のよう。その様子を城内から不安気に見つめるデイジーは、背後からした人の気配に振り向く。
「ヴィクトリアン…」
立っていたのは、いつもの明るさの欠片も無いヴィクトリアン。彼を心配したデイジーは優しい笑みを向けてあげた。
「開戦されてしまったわね…」
「……」
「大丈夫よ。腹違いと言えど、私はヴィクトリアン貴方の事を実の子として守ってみせるわ」
「デイジー様…」
「お母様で良いのよ」
「お母…様」
「なあに?」
「お母様はルネ王国の…世界の平和を望みますか」
「そうね…できれば私も争いの無い世界になってほしいわ」
デイジーは優しく微笑みかけ、ヴィクトリアンの肩にそっ…と手を置く。
「ヴィクトリアン貴方は?」
「僕も平和を望みます」
「じゃあ考えてみましょう。どうすればルネ王国が世界が平和になるか」
「…ぼ、僕は答えを、み、見つけましたよ…!」
声も身体も震わせ俯いたヴィクトリアン。彼の様子の変化に不安になったデイジーが彼の両肩をそっ…、と支えてやる。震えを止めてあげるように。俯いた彼の顔を覗き込んで。





















「ヴィクトリアン?ヴィクトリアン?どうかしたの。具合でも悪いの?」
「お母様…。お父様もお兄様も僕も、間違っていると思います」
「え?」
「平和に必要なのは戦争に勝つ事なんかじゃない…恒久和平に必要な事は、国民が身分格差無しに平等に生きられるという事なんです…きっと」

「ヴィクトリアン?貴方どうしたの」
「僕達王室は存在しちゃいけないんです…きっと」
「ヴィクトリアン貴方本当にどうし、」


キィン…!

途端デイジーは声を失う。顔を真っ青にさせ後退りするが、もう下がるに下がれない。後ろは壁だ。
デイジーの赤い瞳に映るヴィクトリアンは目を開ききり、ガタガタ異常な程身体を震わせながら、両手で銀色に輝く騎士用の剣を構えている。刃先に映るデイジーは恐怖に震える。
「ごめんなさい…!」


ドッ…、

城の外から見えたのは、1人の人影がもう1人の人影を剣で突き刺した光景。
























カラン…、

静まり返った城内の廊下に落ちた剣には真新しいべっとりとした血が付着。ヴィクトリアンは腰が抜け、その場にぺたん…、と座り込んでしまう。
自分の震える両手に付着した血痕の次に少し視線を上げてみれば、目の前には紫のドレスが真っ赤なドレスになったデイジーが俯せで横たわっている。
途端、ヴィクトリアンは首を左右に何度も振りながら座ったまま後退りする。両手で頭を抱えれば、手に付着したデイジーの返り血が彼の頬に付着した。
「ひぃ…!僕は、僕は、僕はあああ!僕の考えは正しいの?正しいの?答えてよ僕の側近なんだよね?側近なら答えてよ、フランソワ…!」































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