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症候群-追放王子ト亡国王女-
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その頃、
ジュリアンヌ城内―――

ルーベラが自室から出て、静まり返った廊下を1人俯いてトボトボ歩いていた。
――静かだわ。マラ教徒の暴動はおさまったみたいね――
「ぱぱと兄様や姉様達、大丈夫かしら」
しかし首を左右に大きく振り自分の考えを自分で否定し、顔を上げる。
「駄目よルーベラ!ぱぱや兄様や姉様は気にしちゃ駄目!だから国王様と仲直りしなくちゃ。いつ死んじゃうか分からないんだし…」
その時。ふと窓の外に目を向けたら、城の入口辺りの灯りが光々としていて眩しいし、やけに騒がしい。
「何かしら。国王様も皆もあそこに居るのかしら。調度良いわお薬のお時間だし、仲直りのチャンスだもの」
エレベーターを使い下の階へ降りて行ったルーベラのその好奇心が、仇となるのだ。
































同時刻、
ジュリアンヌ城地下地下牢――――

エドモンドを始めとする、国に残った上流階級の軍人5人に護衛されながらマラ教徒達の前に自ら現れたダミアン。
両手を手錠で拘束されたマラ教徒達を、軍人達がわざと牢屋から出し連行していく。その1人1人を感情の無い青の瞳がチェックしている。
「お前のせいだぁ!裏切り国王めぇえ!!」
「国王様に対し無礼だぞ!」


ドスッ!

「あ"ぐっ!」
教徒達からの罵声も軍人が抵抗してきた教徒達の腹部に一発拳を入れればすぐ静かになる。
――皇女殿下の姉が1人居ないな。しかしあの女1人逃したところでどうって事はない――
確かに、ルーベラの他の兄や姉は捕まり連行されていたが、アダムスの姿だけ見えない。それもそのはず。彼女だけアンネと一緒に未だ隠れ家に居るのだから。
――しかし教皇の姿も見えないのは多少なりとも気掛かりだが――























一方クリスは、エドモンドから向けられた優しい視線に嫌悪感を抱き、わざとらしく外方を向く。そして薬剤師が連行される時。
「いつか坊っちゃまは神から天罰を下されるよ。過去に例の無いくらい惨たらしい天罰をね!マラ教を裏切りルーシー家を崩壊させ、国民までも裏切、う"ぐっ!」


ドスッ!

「黙れ!貴様、国王様に何という無礼を!」
腹部に拳を入れられ苦しそうにしながらも、ダミアンを睨みながら口をパクパク開閉し何か言いたげな薬剤師も連行され、この場を去って行った。
薬剤師の今の言葉にさっきやっと確信したはずのモノが再び揺らぎ出してしまったエドモンドは、自分の隣に居るダミアンを横目でチラッ…、と見下ろすのだが、彼は至って無表情で、連行されていく教徒達をただジッ…と黙って見送るだけだ。























――教徒共に表情が無い…。あいつの馬鹿げた不老不死の薬を投薬したのか。くだらん――
その時。
「何処だ何処だぁああ!会わせろぉおお!」
「黙れ!異端教徒め!」
牢屋の奥から、気の狂った男の暴れる声とそれを必死に静めようとする軍人の怒鳴り声が耳に入り、ダミアンとエドモンドがそちらを向く。
其処には他の教徒達のように瞳に感情が無いが、表情はまだある黒髪の男クリストフェルが居た。頬は痩け、目の下には真っ黒い隈。目はあちらこちらを向いていて、ジタバタ暴れ、表情から何から何まで狂気に満ちている。
「ルーベラは何処だ!私の娘だ!ルーベラの犯した罪を私と共に償うんだ!」
その際、定まらない視界ながらにクリストフェルの目はしっかりとダミアンを捉えた。途端クリストフェルは目を大きく見開き、軍人を振り払い、ダミアン目掛けて猛進してきたものだから慌ててエドモンドが彼を床に押し付け取り押さえるが、それでも尚クリストフェルはダミアンを睨みつける。血走った狂気の眼で。
一方のダミアンは、至って冷静。彼を見下ろすだけだ。
「貴様!ルーベラを何処へやった!ルーベラに何を吹き込んだ!あの子は昔から私の言い付けは守るし他の息子や娘達と違って国の為に軍事に熱心、ぐあっ!」


ゴツッ!

黙らせる為、エドモンドがクリストフェルの頬を殴るが、ダミアンはクリストフェルに話を続けさせるようエドモンドをはじめとする他の軍人達に指示を出した。
「熱心で!自分の我が儘など一切言わず!なのにだ!貴様の国へ行ってから娘はおかしくなった!私の話も聞かないし不老不死の薬も受け入れない!…そうだ、ルーベラが悪いのではない。ルーベラが貴様と居たそのせいで私の国がルネの植民地にされたのだ!貴様!今すぐルーベラを!私の娘を返せ!返せ!」
返せ!と叫び続けるクリストフェル。ダミアンは手だけの合図で軍人達にクリストフェルを連行するよう指示を出した。
「返せ返せ返せぇえ!貴様の!貴様のせいだぁあああ!!」
地下牢を去っても尚、遠くから微かに聞こえ続けるクリストフェルの声だった。





















しん…

捕えた教徒全員を外へ連行すれば、地下牢にはダミアンとエドモンドの2人だけとなった。一気に静まり返った地下。
「エドモンド」
「はい」
「余興が終わり次第即、先日話した通り行え」
「承知致しました」
その時ダミアンは首元に常に身につけていた古びた水色の宝石を取り外すと、無言でエドモンドに手渡す。見覚えあるその宝石に、エドモンドは口を開く。
「これはジュリアンヌちゃんが身につけていた物と同じ物ですか?」
「そうだ」
「これを一体どうすれば…」
「渡しておけ」
誰に…かはすぐ分かったエドモンドはにっこり満面の笑みを浮かべ、ダミアンの車椅子の後をついて行く。
「御自分でお渡しになられた方が喜んで下さりますよ」
返事は返ってこなかった。























































「何なのこれ…」
その頃。
城前の広場に突如現れた5つの処刑台の前には、捕えられ、地下牢から連行されたマラ教徒達が各台の前に軍人達の手によって一列に整列させられていた。
まず始めの5人が処刑台に括り付けられており、身動きのとれない彼ら目がけて5人の軍人がショットガンの銃口を向けている。少し離れた場所からではあるが、その光景を前に、唖然としたルーベラ。


パァン!パァン!パァン!

無慈悲な発砲音が数十発聞こえると、綺麗だった白い処刑台に飛び散る真っ赤な血。上がる悲鳴。その場に倒れこむ教徒も少なくはない。























処刑された5人を運び、また新たな5人を張り付ける軍人達。その新たな5人の中には、ジャンヌの婚約者であるポールやクリス、薬剤師の姿も見受けられる。彼らからの最期の言葉も残させず、軍人達はまるで機械のように次へ次へと張り付けていくから恐ろしい。
繰り返される処刑。ダリアとコーテルの番がやってきた。二人は顔を見合わせるが、笑っていた。
「良かったよな」
「ええ。そうね」
「マラ様が捕まっていないって事は、俺らが死んでもマラ教は復活できる可能性が残っているってわけだ」
「ちょっと。アダムスもまだ捕まってないわよオヤジ」
「最期までオヤジオヤジ言うなデカ女!」
「言ったわね!」
「黙れ異端児共!」
軍人からの怒鳴り声にも2人は余裕たっぷりの様子だ。それが逆に、2人の不安定な精神状態を物語っているのかもしれない。
磔られたダリアとコーテルの瞳に映るのは、軍人達が自分に向けている銃口。その筒の暗い奥底から放たれる弾が身体に当たるだけで朽ちてしまうなんて脆いな人間は…など考えていたら、1人の威厳ある軍人が右手を挙げた。発射の合図。
「マラ17世万歳!」
弾が2人の身体を貫通する直前、ダリアとコーテルは顔を見合わせ、息ぴったりに声高らかにそう叫んだ。2人明るい笑顔だったが、頬に伝うモノがあった。


パァン!!























それからもう、2人から現教皇を讃える声が聞かれる事は無くなった。
しかし2人が叫んでから、処刑を待つ教徒達の列からは2人が叫んだ言葉と同じ「マラ17世万歳!」この言葉が繰り返され続ける。
「騒がしいぞ異端教徒共の分際で!」
「黙れ異端教徒!!」
一気に騒がしくなった教徒達を怒鳴ったり空を撃ったりと、黙らせる事に必死な軍人もお手上げだ。
その頃調度、地下から外へ戻ってきたダミアンとエドモンド。
「国王様…!」
2人に気が付いたルーベラが駆け寄る為走り出す。一方のダミアン達はルーベラの存在に気が付いていないようだ。
「騒がしいな」
「最期の足掻きでしょうか」
「くだらん」
その時調度、次の処刑の人間がルーベラの兄2人姉2人父親のクリストフェルの計5人だった。クリストフェルの瞳に映ったのは、こちらをただ無表情なダミアンが見つめている姿。そして彼の背後からダミアンに駆け寄るルーベラに気付き、目を見開いて娘の名を叫ぼうと口を開くが、発射の合図を表す軍人の手が挙がった。


パァン!パァン!

数十発の銃声は、マラ17世を讃える教徒達の叫び声に勝っていた。



























「ぱぱ…?」
背後から聞こえた声にダミアンが咄嗟に後ろを振り返れば、唖然としたルーベラが其処に立ち尽くしていた。彼女の緑の瞳に映るのは、処刑台に磔られ自分の真っ赤な血で濡れたクリストフェルや兄や姉の姿。
ダミアンは車椅子の向きを変えて、ルーベラの元に寄る。
「不老不死の薬など馬鹿げたものを信じ込んだ愚かな人間の末路だ」
しかしルーベラは返事もせず、未だ張り付けられ血まみれになって息絶えている父や兄や姉達を見つめている。その瞳は空虚そのもの。
「皇女殿下。余興は終わりだ。エドモンドの指示に従い、」


パリン!

ガラス特有の割れる音。足元に広がる液体。
見覚えあるガラス製の割れた小瓶と液体はルーベラがハーバートンから渡された、ダミアンに投薬すべき薬の入った小瓶とその薬だ。しかし処刑場のこの場ではマラ教徒達の教皇を讃える声が煩くて、小瓶が割れた小さな音など音にも入らない。
徐々に視線を上げていったダミアンの青の瞳に映ったルーベラの頬には、引っきりなしに流れる涙が伝う。
「大嫌い!人殺し!!私の家族なのにっ…。何も…何も殺す事ないじゃない…殺す事ないじゃない!!自分の家族も殺したんですものね、他人の家族なんて簡単に殺せますよね貴方なら!!」
「……」
ただ黙って表情一つ変えない…いや、変えられないダミアンがルーベラをジッ…と見つめていたら、それが逆に彼女を憤慨させたのだろう。
「何とか言ったらどうなのよ!怒ったりしたらどうなのよ!何でいつも無表情なのよ!貴方本当に人間なの!?何でこんな事ができるのよ!!」
自分が日本で戦場に出て人を殺した事も、ダミアンは表情を変える事ができない事も分かってはいるが、家族を目の前で処刑され、思考よりも口の回転が先へ先へと進むルーベラ。
「国王様…!」
騒ぎを聞き付けたエドモンドが二人の元へ駆け寄り止めに入ろうとするが、顔の前にダミアンの左手の平をかざされた。"止めるな"の意だ。エドモンドは渋々一歩後ろへ下がる。
「…えば良いのよ」
「……」
「貴方なんて死んじゃえば良いのよ…人間を人間と思ってないダミアンなんて死んじゃえば良いんだわ!」
声を裏返らせ涙をボロボロ流し、背を向けて城へ戻ろうとしたルーベラだが情緒不安定なのだろう。


ガクン!

その場に崩れ落ちてしまったから、エドモンドが慌てて駆け寄る。その際エドモンドはダミアンの方をチラッ…、と見れば、彼はただ頷き、背を向けて教徒達の処刑の続きを少し離れた場所から1人で見物した。
「お姫様、こちらに…」
エドモンドに抱き抱えられ城へと連れ戻される途中、ルーベラの涙で霞む視界が捉えたものはもう何百人もの人間の血で染まった処刑台と、地面に散らばった割れた小瓶の破片、そして、もう地面に染み込んでしまった液体状の薬。
最後に、遠くに見えた1人の車椅子の少年の後ろ姿を捉えた途端、彼を見ないように目を強く瞑り、城内へ戻って行った。

































城内――――

「うぅ…死んじゃえば良いのに…あんな奴人間じゃないわ…あんな…」
手の平で顔を覆い泣きじゃくるルーベラの背を優しく擦るエドモンド。城内は静かだが、外からのマラ教徒処刑の声が騒がしくてこちらにまで筒抜けだ。
その内にまだ若い男性大尉がやって来るが、エドモンドは口の前に人差し指をたてて静かにするよう指示する。
「シーッ…」
ルーベラの背を擦ってやりながらエドモンドは懐から、先程渡された一つの美しい宝石を取り出すとルーベラの両手の平を優しく取り、乗せる。
真っ赤に腫れた目で見た手の平に乗ったそれに見覚えがあるルーベラの緑の瞳が徐々に見開き、バッ!とエドモンドの顔を見る。エドモンドは優しく微笑んでくれた。
「これ…!」
「今はもう亡くなった彼の母親が大切にしていた宝石を彼はずっと身につけていてね。けれどそんな大切な物をお姫様に渡しておいてくれ、って頼まれたんだ」
途端、それの持ち主の顔や声が鮮明に繰り返され、平常心を取り戻したルーベラは先程とは別の意味でボロボロ涙を流した。























「どうしよう…エドモンド将軍、どうしよう…」
「どうかしたかいお姫様」
優しく頭を撫でてやる。
「私、国王様のお薬を無駄にしちゃったわ…あれで最後なの余分は無いの!どうしよう…彼本当に死んじゃうかもしれない…どうしよう!私、私頼まれたの。ハーバートンに頼まれたの。国王様にあのお薬を投薬して、って。なのに私…どうしよう…私がお薬を無駄にしたせいで、国王様の寿命が縮まっちゃうんだわ…どうしよう…」
「お姫様…」
「私、分からないの…。嫌い嫌いと言っていても本当はぱぱもままも兄様も姉様も大好きなの。国王様も大好きなの。でも彼はぱぱを殺したの…私、もう分からないの!」
「お姫様…」
再び情緒不安定になりだした彼女を、悲しそうに見つめるエドモンド。
それもそうだろう。彼女はまだ14歳なのだ。


ポン…、

エドモンドの肩を静かに叩く大尉が腕時計を指差す。時間だ、という意だろう。本当はもっと彼女の話を聞いてやりたいし慰めてやりたいところだが、うかうかしていたらルネが攻めてくるかもしれない。その前に行わなくてはいけない事があるのだ。
エドモンドはルーベラの背を擦りながら城裏へとゆっくりゆっくり連れて行く。






























城裏―――――


ギィッ…、

裏口の鉄製の重たい扉を開けば、外から城内へ吹き込んでくる風と大きなエンジン音。真っ赤に腫れた目のルーベラがゆっくり顔を上げれば、城裏の其処には小型ジェット機が1機。エンジン音はこのジェット機からのものだろう。
「?」
状況を把握しきれていないルーベラがこの状況を問うかのようにエドモンドの方を振り向けば、大尉がエドモンドより一歩前へ出てルーベラの右腕を掴むから、余計状況が飲み込めないルーベラの頭上にはハテナマークが浮かんでいるかのよう。
そんな彼女の頭を優しく撫でるエドモンド。
「エドモンド将軍これは一体どういう事…?」
「お姫様。君とまた会えるようにこの戦、必ず勝利をおさめてみせるよ」
「え?それはどういう、」


ぐいっ、

言い欠けている途中で大尉がルーベラの腕を半ば強引に引っ張りジェット機内へ連れ込むものだから、案の定嫌だ嫌だと暴れるルーベラ。しかし相手は軍人で、しかも階級は大尉だ。14歳の少女に適う術など無い。


























「嫌!私はこの国に残るの!まだ謝っていないわ…国王様に謝っていないわ!それに私戦えるもの!戦闘機だって操縦できるわ!私がこの国に来た意味は…!」
ジェット機の扉がゆっくり自動で閉じられてゆく。エドモンドは優しく、しかしどこか哀しげな表情をして、ルーベラに手を振っていた。機内では大尉がすぐ様操縦席に着く。
「ねぇ貴方!私をどうするつもり!ねぇ!」
「これは国王様からのご命令です」
「国王…様?」
「はい。ルネが我が国へ攻撃を仕掛けてくる前に、ルーベラ様を戦争が行われていない安全な中立国へ送り届けろとのご命令なのです」
「そん…な…」
ルーベラの脳裏では、ダミアンとの様々な場面が思い出される。出会った頃からつい先程のものまで、くっきりはっきり鮮明に。
「喧嘩していたのに…私の事をちゃんと考えて下さっていたなんて…。それなのに私、あんな事を口にしちゃったわ…こんなお別れの仕方、嫌…」
バックミラー越しに映る頬に涙を伝わせるルーベラの姿に、大尉は操縦しながら話し掛ける。
「大丈夫です。きっとまた会えます」
「そうよね…そうよ、次会ったらちゃんと謝るわ…そして…」
ジェット機は静かな夜空を飛んで行く。中立国であり戦禍に加わっていないイタリアへ。













































同時刻、
ジュリアンヌ城内―――

月明かりに照らされた1機のジェット機が空を飛び立っていく姿が窓越しに、感情の無い青の瞳に映っている。


コンコン、

「入れ」


シャッ!

窓のカーテンを素早く閉めると、扉に車椅子ごと身体を向けるダミアン。入室者はエドモンドだった。
「国王様。お姫様…いえルーベラ様は、ジミー大尉と共に無事イタリアへ向かいました」
「報告は不要と言ったはずだ」
冷たく言い捨てると背を向けてしまうから、エドモンドはクスリ、と笑って部屋を出て行った。
「にゃあ」
鳴き声と共にダミアンの膝の上に飛び乗ったメリーの真っ白い毛を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を瞑る。
「メリー。お前も皇女殿下と共に安全地帯へ行って良かったんだぞ」
その言葉に返答するかのようにメリーはダミアンに頬摺りをする。だからぎゅっ…と強く抱き締めてやれば、可愛らしくて…しかしどこか力強い鳴き声を上げたメリー。
「お前は最後まで私について来てくれるのか」
「にゃあ」
「ありがとう。メリー愛してる」








































その頃、日本軍―――

「弐十五号機、弐十五号機現在の位置を報告せよ」
戦闘機内に設置されている無線から武藤将軍の声が聞こえると、スピーカーに向かって口を開く慶司。
「弐十五号機只今、イタリア上空を飛行中」
コックピット内から見える外の様子は灰色の雲。慶司は今、戦闘機で雲の中を飛んでいる。
「承知した。ルネ軍本部からの通達によれば、4時間後にはカイドマルド南部へ先行部隊の爆撃機が到着予定だ」
「爆撃機…ですか?戦闘機ではなく?」
「慶司君、君は分かっていないようだな。爆撃機とは何をする為の機体なのか。そして、それには何が積まれているのか」
武藤は決して嫌味を言っているわけではない。だが、爆撃機の用途もルネがその機体に何を積んでいるのかも分からない自分が悔しくて悔しくて情けなくて歯痒いのだ、慶司は。
「ルネからの通達によれば、カイドマルドはジュネーブ議定書の禁止条令を無視したそうだ」
「まさか…毒ガスを使用したというのですか!」
「そちらの方は勉強済みのようだな。その為対抗して、カイドマルド国民に影響を及ぼす兵器をルネも爆撃機に積んだそうだ」
それが何かは未だ分からないが、それよりも、カイドマルドが毒ガスを使用した事が、生真面目な慶司にとって腹立たしくて許せないのだ。戦闘機を操縦する右手が怒りで小刻みに震える。
「姉上はそんな汚い手をしか使えない奴等に殺されたのですか…!」
「落ち着きたまえ慶司君。戦場で理性を失うと次は我が身だ。では、予定通りカイドマルド北部で合流しよう」
「了解」
通信が切れ、怒りで震える身体を抑えようとイタリア上空を飛行して行った。




































同時刻――――

一方、慶司の戦闘機の進行方向と逆方向へ飛行中のルーベラが乗った小型ジェット機内。
ルーベラは小窓から下に広がる夜の海を見下ろしながら、胸元でダミアンの水色の宝石を握り締める。そんなルーベラ達と慶司達が鉢合わせるまで後、少し。


ビー!ビー!

4分後、互いの機内には敵機を感知したレーダーの気味の悪いサイレンが鳴り響いた。















































ルネ王国―――

マリソン率いる正規軍と外国人部隊が各自戦闘機に乗り込み、一部の外国人部隊の人間は爆撃機に乗り込み機内のコンピュータシステムを操作し、機体正常化させる中。
爆撃機に搭乗したジュリアンヌは俯き目を閉じ、両手で左胸を押さえて小刻みに身体を震わせ、発進の時を待っていた。


ガー、ガガッ、

「…!」
そんな時、オープンチャンネルでジュリアンヌの搭乗した機体に繋がる通信。我に返り顔を上げれば、映像と音声両方の通信。相手は戦闘機に搭乗したヴィルードンだった。
「安心して下さいジュリアンヌさん。そしてあの約束。絶対に破らない事を深くお願い致します」
「ウィリアム君…」
"絶対"の部分を強調してそう告げると、通信は一方的に切断された。約束…とは彼女が自分の子…つまりダミアンを手にかけないという事だろう。
「マリソン部隊発進します」
部隊を率いるマリソンの力強い掛け声の直後。ルネの真っ暗な夜空に、幾つもの戦闘機が流星の光のように飛び立って行った。



























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