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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ルネ王国空港ロビー―――

「では父さん。くれぐれも厳重警戒を怠らぬようお願いします」
「ははは!お前は本当硬いなアントワーヌ。大丈夫だ任せろ。私はこの国ルネに共和制を打ち建てる人間だぞ?」
グレーのスーツ姿で丸々と太った風船のような自分の腹を音をたてて叩く豪快な笑い声の男は、ルネ王国議会議長ビスマルク。世がこんな事態であっても余裕綽々の彼に、黒スーツに薄ピンクのワイシャツで正装したアントワーヌは溜息を吐きながら額を押さえる。父親の楽天ぷりには呆れ返っているようだ。その隣でクスクス笑う紺のスーツ姿の小柄な中年男性は、ミバラの父親であり議会の書記ピエール。
本当は彼ら3人、同時刻発イタリア行きの飛行機で移動しその後鉄道でカイドマルドへ移動しようとしたのだが、ビスマルクが酒樽を飲み明かした翌朝に得た航空券は2枚が最終便で、1枚がその二つ前の便のチケットだったのだ。アントワーヌに怒られたからか、
「自分のミスだから」
と言い、先の便で出発するビスマルクを見送る為にやって来ていたのだ。
明朝には開戦されるというのに営業しているルネ空港だが、人の数は数えられる程しか居ない。大国のこんなにも大きな空港だというのに。

























「間もなく19時35分発イタリア行きΑ75が出航致します」
静かな夜の空港に響いた女性の声に反応し、キャリーバッグのキャスターを引きずり、太い腕をこちらにぶんぶん振りながら去るビスマルクの遠くなっていく姿に手を振り返すピエールと、呆れ返って腕を組んだままのアントワーヌ。
彼の姿が見えなくなったのを確認すると、自分達が搭乗する便まで時間がたっぷりあるが、何処かバーで暇を潰すのも不謹慎だし、何より開戦中1人で家に残す事になるアントワーヌの母親の笑顔が脳裏にチラつく為、紺色の愛車の運転席に乗るアントワーヌ。助手席にはピエール。
ルームミラーを直しているアントワーヌに、シートベルトがなかなかはまらないピエールが話し掛ける。
「アントワーヌ君。宜しかったのですか」
「何がですか」
「私達がイタリアに到着するまでの間、バーで酒を飲み過ぎないようビスマルク議長に注意をしなくて」
アントワーヌは溜息を吐きながら、なかなかはまらずにいたピエールのシートベルトをはめてやる。カチッと、音がした。
ピエールは会釈する。
「言ったって聞きませんよ」
「見放しましたね」
「そんなところです」
はは、と軽い笑い声の後、エンジン音共に車が走り出した。

































光々とした街灯の数が減り、オレンジ色の街灯がぽつぽつとだけある道。城周辺所謂セントラルから少し外れた住宅街にはアントワーヌの車しか走行していない。
――議会以外の男性国民は皆出兵…か――
だからなのか、明日への緊張感の為、庶民達の集う住宅街は閑散としている。彼らは今一体どんな心境なのだろうか。出兵する庶民だけではない。その家族はどのような心境なのだろうか。アントワーヌはハンドルを握る手に力を込める。
――私達は民衆の代表としてこのような支配体制を打ち破ってみせる――
その時だった。
「ア、アントワーヌ君!」
ピエールの焦り震えた声に我に返れば、前方遠くでオレンジ色の炎が上がっているではないか。密集した屋根と屋根との間から上がる炎の方面は、バベット家つまりアントワーヌの実家がある。つまり、実家には今母親が1人で居て…。


キキィー!

暴走車と化したアントワーヌの車の走行の乱れと高速度には、彼の心情がダイレクトに表れていた。





























物静かな車内は、実に居心地が悪い。
信号機が設置されていたって今のアントワーヌには意味の無いもの。左方直進車の対面する信号機は青、アントワーヌの対面する信号機は赤だというのに、構わず右に避けながらアクセルを思い切り踏み込み突っ走ったが、左直進車が彼の車の左側を少し擦る程度で済んだ。しかし、速度が速度だ。衝撃が無いはずがない。


ガタン!

「くっ…!」
「うわああ!?」
調度アントワーヌ側を擦った為車内で前のめりに身体が揺れたアントワーヌ。しかしそんな事よりも優先すべき事がある彼には、ハンドルにぶつけた身体の痛みなど無いに等しい。どうかどうか、民家が1軒も焼けていませんように。どうかどうか、被害者が1人もいませんように。…どうか母さんが無事でいますように。
その祈りを、居るはずの無い神に祈ったところで無駄だった。


バタン、

運転席から外に出たアントワーヌは呆然と見上げる。オレンジ色の炎が上がる実家を間近で。
バチバチ音をたてて勢いを増す炎。辺りには野次馬さえ居ない。明日開戦となる。だから、そんな余裕は無い。密集した住宅街の為、両隣真後ろの民家に移る炎が2階から焼いていく。
「母…さん…」
国王を前にしてもいつでも冷静沈着且つ顔色一つ変えた事の無いアントワーヌのブラウンの瞳が見開いて動揺している。我に返り、炎に包まれた実家へ飛び込もうとしたその瞬間。


パァン!

「!?」
背後からした銃声に振り返ってみれば、自分の車の助手席側の窓ガラスが割れており、フロントガラスには中から生々しい真っ赤な血がべっとり付着している。ピエールの姿がこちらから見えないし、助手席の背もたれが真っ赤だ。この血は恐らく…。
























助手席側に外から銃口を向けている黒サングラスに黒スーツの中年男性はこちらにゆっくり顔を向け、銃口を向ける。
「きゃあああ!」
アントワーヌの実家の両隣の家から逃げ出してきた女性はその光景に悲鳴を上げる。それを合図に、黒ずくめの男が女性に向かって2発発砲。


パァン!パァン!

そして気付けばアントワーヌは、黒光りしたリムジン2台に取り囲まれていた。車内から続々と姿を現す計6人の黒ずくめの人間。男4人女2人。皆、銃口を向けている。その内の1人の女が出してきた1枚の紙には、アントワーヌの写真と経歴が記載された書類。
「アントワーヌ・ベルナ・バベット。2242年生誕27歳。ルネ議会議長補佐兼副議長。王政廃止を目論み、共和制を打ち建てる計画。何とも庶民らしい哀れな考えだな」
「……」
「どうした。何か違点でも、」
女が言い欠けている最中に駆け出し、自分の車に乗り込む。


パァン!パァン!

その際6人の人間が一斉に彼目がけて発砲した銃弾中2発がアントワーヌの左腕と右脚に命中するが歯をギリッ…、と鳴らし、エンジンをかける。
























助手席に目を向ければ、ぐったりと俯いた血塗れのピエール。アントワーヌの眉間に皺が寄り怒る。


バァン!

「!」
アクセルを思い切り踏み込もうとした時、助手席のドアを乱暴に蹴り開けた黒ずくめの女がピエールを外へ放り出し、自分が助手席へ乗り込んできたのだ。アントワーヌは目を見開く。
「先の会合時、議長ビスマルクのジャケット内に忍び込ませておいた盗聴器で貴様らの目論みと搭乗する航空便を把握できたのだが、予定では貴様は19時35分の便に、ぐあっ!」


ドスッ!

負傷している右脚でアントワーヌが女の腹部を蹴り飛ばせば、割られた助手席の窓ガラスから外へ派手に放り出された女。
しかし一安心する余裕は無い。ルームミラーとサイドミラーで見えたのは、残りの5人が車内へ乗り込もうとしている姿。相手は皆、拳銃を所持しているのだ。密室に入り込まれたら…自分に未来は無い。


キキィー!

「ぐあぁ!」
乗り込もうとしている黒ずくめの人間達を振り払うかの如く、逃げるように最高速度でこの場を去って行ったアントワーヌの車。




















夜の暗闇に溶け込んだ彼の車を見送る黒ずくめの人間達。
「ルネ議会はもう奴しか残らない。奴の実家を焼き払った上、奴の母親も射殺した。勝利は我が手に」
「何故ですか。まだ議長ビスマルクを殺害しておりません」
「軍曹から通信が入った。19時35分発Α75便のハイジャックに成功した、と。その機内に哀れな議長が居たと」
黒ずくめの人間達はビシッ!と敬礼をする。
「ハマンド軍曹、リチャード曹長の任務遂行に敬礼!」



































「とんだ時間潰しだったな」
腕時計や車内時計に気をとられながらも、空港へと車を走らせるアントワーヌ。時折脳内に響く、母親がピエールが自分を呼ぶ優しい声にハンドル操作が荒くなる。先程の女が口にした話の内容も鮮明に脳内でこだまする。

『「先の会合時、議長ビスマルクのジャケット内に忍び込ませておいた盗聴器で貴様らの目論みと搭乗する航空便を把握できたのだが、予定では貴様は19時35分の便、』

「くっ…!奴らは王党派の人間という事か。盗聴器など姑息な真似を!」
光々とした広く大きな空港へ再びやって来る。車内でワイシャツの裾を裂き、その布で負傷した箇所を止血の為巻き付けると、ブラウンのコートを羽織り脚を引きずりながら駐車場から空港へと1人で向かった。






































同時刻、
ラセン共和国上空を飛行中のΑ75便機内――

「いやあああ!」
「お父さん!お母さん!」
機内はまるで戦場。床や座席にべっとり付着する真新しい血。床のあちこちに至っては遺体の下が血溜まりとなっている。
1人、また1人と殺害されていく機内のルネ国民達。一番に殺害された機長の操縦席には、ルネ軍リチャード曹長が操縦している。
一方ショットガンを持ち、機内の客に後ろを向かせ両手を頭上にあげさせて1人、また1人射殺していくのはルネ軍ハマンド軍曹。乗務員は一番先に殺害されたがスチュワーデスの1人が死の間際、空港にΑ75便がハイジャックされたとの連絡を空港に入れた。これは軍曹のミスだろう。
「何故私共が…私は王党派…!」
脚に縋りついてくる老婆を、人間の欠片も無い冷たい眼差しで見下ろす軍曹。
「目撃者は全員消さねば後々私達が不利な状況に追いやられるだろう?」


パァン!

こんな密室の機内だからこそ余計ショットガンの音が響く。ドサッ…、と鈍い音をたてて倒れた老婆を踏みつけ、他の乗客の元へ歩み寄る。
身体を小刻みに震わせ、迫りくる恐怖と戦っている最中の乗客の内、1人だけは顔付きが異なっていた。ビスマルク議長だ。他の乗客同様後ろを向かされ頭上で腕を束ねられてはいるが、脳内では隙を見てハイジャック犯のルネ軍2人を黙らせようと、考え中だ。

























カツン…、コツン…、

一歩また一歩と近付いてくる軍曹の足音と気配。ピタリ…、と目の前で止まった足音。ビスマルクはカウントダウンを開始する。
「残りはお前らだけだ。全ての国を支配下に置いたルネの未来を見れず先逝く事、惜しみながら静かに逝け」
カチャリ…、と1人の乗客に銃口を突き付けた音が聞こえた。
「王党派の犬が!」
「なっ…!」
隙をついたビスマルクは後ろを振り返り、其処に居た軍曹に襲い掛かり、取り押さえる。


ドサッ!

重たい音をたてて転がるショットガン。喜びこの場から搭乗口へと駆けて行く乗客達。


パァン!

しかし無慈悲にも、鳴り響いた銃声と共に発射された銃弾は、母親の手を握り締め泣きじゃくりながら逃げていた幼い男児の頭部を貫通した。男児が音も無く倒れた直後、機内は銃声の荒らし。


パァン!パァン!パァン!

あちこちに飛び交う銃弾。窓や座席に飛び散る生々しい赤、赤、赤。自分を除く最後の1人の乗客が倒れる。


ドサッ…、


























「くっ…!」
ビスマルクは自分の下に組み敷いた軍曹とその傍で転がるショットガンを目を見開いて交互に見つめる。その時ぐん、と航空機が下がる感覚がした。
「へっ…俺以外のハイジャック犯をすっかり忘れていたようだな」
自分の下で苦しそうに声を途切れさせながらも悪魔の笑みを浮かべて笑いながらそう口にする軍曹。ビスマルクは背後から悪寒がした。振り向く気にもなれない。夢中でもう1人の存在をすっかり忘れていたのだ。この航空機を操縦しているもう1人のハイジャック犯且つ、王党派の曹長を。


カチャリ…、

ビスマルクの後頭部に突き付けられた銃口。
「王党派を敵にまわし、王室崩壊と共和制を目論み、水面下で活動を続けていた哀れなルネ国民よ」
「ぐっ…!」
「何故知っているのかと問いたいようだな。先日の会合時、迂濶な貴様のジャケットに忍び込ませた盗聴器で全ては筒抜けだ。貴様ら議会の搭乗する便も貴様らの目論みも。ただ不可思議なのは、この便に貴様しか搭乗していない事だ。ミバラ嬢の父親と貴様の馬鹿息子は既にくたばったのか?」
「私利私欲に生きる国王と貴様共そして、貴様ら王党派の考える未来ではルネは全世界から孤立する!貴族以外の民は飢餓に苦しむ事になるだろう!」
「生意気な事を。貴様ら議会と私達王党派即ち軍隊の規模を考えてみろ」
「私達は国民をバックにつけている!貴様ら悪党共など恐くない!」
「…少々言葉遊びをし過ぎたようだな」
曹長は腕時計に目を向ける。

























ビスマルクが抵抗の言葉に夢中になっている隙に彼を払い除けて立ち上がった軍曹。軍曹と曹長の2人が銃の引き金に手を掛けた時、ビスマルクは歯を食い縛り2人の間を走り抜け、操縦室へと直行。
「貴様まさか!」
ビスマルクの思考を察したのか、軍曹と曹長が咄嗟に振り向くと、操縦席に座ったビスマルクがレバーをぐっ、と前へ押し倒す。


ゴゴゴゴ!

同時に機体は急降下していく。雲を切り抜け前方に広がったのは、闇夜に浮かぶ海面。即ち大海だ。
「無関係の民を殺害し、貴様ら王党派だけが救われると思うな!」
「貴様ぁぁぁ!」
迫りくる海面。
「全世界王政廃止を!そして全世界民衆に平和を!」
太い右腕を頭上に高く上げてレバーを限界まで押し倒したビスマルク。
直後軍曹と曹長が構えた銃から銃弾が放たれたが、その音を聞き取るよりも早く、航空機Α75便はルネとカイドマルドを結ぶ大海へ真っ赤な炎を上げて墜落した。

















































同時刻、
ルネ王国空港ロビー―――

「最終便が欠航?何故ですか!」
先程撃たれた箇所を手で押さえながら、窓口の従業員の女性に問うアントワーヌ。女性は無言で、左手をロビー中央の大きな電光掲示板に向ける。
右から左へゆったりとした速度で流れる電光掲示板の文字を繋げて一つの文章が出来上がった時、アントワーヌは左手に持っていた鞄を落としてしまった。


ドサッ…、

常に冷静沈着な彼が、今日二度目の表情の変化を見せる。目は見開き、口はだらしなく開いたまま。
「19時35分発航空機Α75便が何者かにハイジャックされ海へ墜落した…?」
「お客様がお持ちのチケット代金の払い戻しを致しますね。…お客様?お客様?」
女性に背を向け、電光掲示板に身体を向けたまま呆然と立ち尽くしているアントワーヌの耳には、誰の声も音も入ってこなかった。





























光々とした明かりが照る空港前に広がる広々とした駐車場に、ポツン…と1台だけ停まっているアントワーヌの車。
真っ暗な車内では、ハンドルに顔を伏せ、ラジオを鳴らしたままのアントワーヌただ1人。泣き言でも呟くのかと思えば決して呟かず、今の今までただただ黙っていた。その時。


ガー、ガガッ、

今までルヴィシアンの私利私欲の演説が延々と流れていたラジオから突然ノイズが聞こえて番組が切り替わり、緊迫した声色の女性キャスターの声が流れ出す。
「緊急速報、緊急速報。20時57分ピエモンテ地方がカイドマルド軍と思われる戦闘機から空襲を受けた模様です。繰り返します」
「何…!?」
顔を上げたアントワーヌはラジオの音量を上げる。しかし詳細は分かっていないのか、布告無しに突然敵国から攻撃されたのでさすがのルネも慌てているのか、女性キャスターは同じ言葉だけを繰り返す。
ピエモンテ地方とはル、ネ王国城周辺の首都を除く五大都市の内の一つだ。此処からはそう遠くはない。アントワーヌは車内から真っ暗な空を見上げる。
「私は立ち止まれない。ルネ国民の為にも。全世界の戦争に無関係なシビリアンの為にも。この狂ったヒエラルキーを崩壊してみせる。共和制を打ち建ててみせる」
車のエンジンのかかる音がした。






























































同時刻、
ピエモンテ地方―――

空襲に紛れ、上空を飛び交う深緑色基調のカイドマルド軍戦闘機の内、他とは多少型の異なる爆撃機から地上へ降り注がれるモノは、毒ガスだったのだ。
対NBS兵器用のマスクを着用した軍人には効果は薄いが、一般の民衆には効果が有る。炎で家を焼かれ、尚且つ毒ガスにより身体の身動きが不自由になるルネ国民達。
布告無しに且つ、毒ガスという規約違反兵器導入を聞き付けたルネ軍本部では、将軍のダイラーはデスクを右拳で力強く叩きつけた。


ダンッ!

その隣でマリソンはただ、ダイラーの背を見つめるだけだ。
「布告無しなど負け犬のカイドマルドらしいやり方ではありませんか。布告してからでは勝ち目が無いと知っているからこその行動。良いではありませんか将軍。これで我々ルネにハンデがあり、カイドマルドも対等の戦闘を楽しませてくれる事でしょう…」





































同時刻、
ルネ軍宿舎―――

「毒ガス…?」
慌ただしい宿舎内で走り交う軍人達の内、1人のまだ若い軍人に声を掛けたヴィルードンは、彼が口にしたカイドマルドの戦法に目を見開く。隣に居るジュリアンヌも同様に。
「はい。私のこの情報もラジオからのものなので定かではありませんが、布告無しにピエモンテ地方に空襲を起こしたカイドマルド軍は毒ガスも導入しているとの事です」
「…ありがとう」
「いえ。失礼します」
まだ初々しい敬礼をして駆け足でこの場を去って行く若い軍人。
一方。俯いたヴィルードンは握り締めた拳で、壁を力強く殴った。


ドンッ!

「毒ガスは過去の戦闘時ジュネーブ議定書で禁止されている兵器じゃないっすか…!」
ジュリアンヌは、怒りで小刻みに身体を震わすヴィルードンを眉間に皺を寄せながら見つめてから、窓から空を見上げた。険しい顔付きだ。
「あの子はルールを破る事なんて平気なの。7年前と同じなんだよ、ウィリアム君。だから私には…」
ジュリアンヌとヴィルードンが向き合う。
「私にはあの子を裁く義務がある」
「他国の私情で前線へ出ないでくれないかしらカイドマルドの元王妃様?」
「!」
黒ブーツのヒールを鳴らして暗い廊下から姿を現したのは、夕焼けにも似た朱色の長い髪をなびかせるマリソン。




















「大将…」
ヴィルードンが庇うようにジュリアンヌの前に出る。
「マリソンさん!いえ、マリソン大将!ジュリアンヌ准尉は、そして俺はルネの人間ではないっす!けど、ルネを裏切るなんて行為は死んでも行わない!寧ろ、カイドマルドに恨みがあるからこそ発揮できる力があると思うんす!」
マリソンは腕組みし、ニヤリと笑む。
「何をそんなにムキになっているのよヴィル君?別に私は、貴方達2人が裏切るんじゃないかなんて思ってもいないし口にもしていないでしょ?」
彼女の笑みが恐い。味方なのに。
「…っ、」
口籠もったヴィルードンを余所に、マリソンはダイラーに無線で通信を繋げる。
「将軍。ピエモンテへ援護に向かった直後敵国へ向かいます。ええ、勿論ヴィル君とジュリアンヌ准尉の監視は私にお任せ下さい」
わざと2人に聞こえるよう話して通信を切ると同時にマリソンは2人に背を向けて、真っ暗な廊下を歩いて行く。
「2人共。出撃の準備よ。今すぐ本部へ集まりなさい」
「マリソンさん…」































同時刻、
カイドマルド王国地下牢――――

「この鎖を解けよ!」
「お前ら軍人は王に騙されているんだ!7年前王室崩壊を計画し実行した首謀者は俺らマラ教徒じゃない!今の王なんだぞ!」
「王を信じたが故に軍人達あんた達はカイドマルドの国民を敵に回したのよ!」
ジュリアンヌ城の地下にある地下牢では、牢屋に詰め込まれたマラ教徒達が双方から叫ぶ必死の声が聞こえてくる。けれどエドモンドは彼らに返事を返す事無く、無言で階段を登り、この場から去って行った。






























ジメジメしていて黴臭い真っ暗な地下から城1階を通り外に出ると、軍本部へ向かって車を走らせた。途中、ピエモンテへ出撃した中佐から通信が入る。左耳から頬にかけて張りついたような形の小型通信機から洩れる声の後ろから聞こえてくるのは、戦争の音。
「ヴィヴィアン曹長はまだですか!」
「いや、それが…ね」
「母国との対戦に怖じけずいて逃げ出したのでしょう。構いません。私がやらせてもらいます」
半ば強引に切断された中佐からの通信。


ブツッ、

切断された音が、今のエドモンドには酷く突き刺さるものがあった。中佐はヴィヴィアンが海へ転落した事情を知らないのだ。
ジュリアンヌを、クリスを、そしてヴィヴィアンを。全員理由は異なるにしろ、自分の部下を失った事により、あのエドモンドが酷く沈み、自分を責めた。けれど軍人の血だからなのか、軍本部へ向かう為ハンドルを右にきる手は止まらない。
それに何より、時折過るマラ教徒達からの7年前の事件の真相と今回の布告無し且つ、ジュネーブ議定書の禁止条令を破った毒ガス導入。現国王の身勝手極まりない行為と重なる条令違反。マラ教徒達の言っている事はもしかして…なんて考えが過ってしまうのは人間だし、当然の事。
「いや。国王様はマラ教の被害者だ。何を馬鹿な事を考えているんだ私は」
しかしエドモンドは首を左右に大きく振り、ハンドルを力強く握り直した。










































一方。同時刻、
ジュリアンヌ城内―――

「せんそーがはじまったの?」
「そうだ」
国王の自室でダミアンの膝の上に腰掛け、デスクで暢気にお絵描きをしているオレンジに近い金髪の男児はフェルディナンド社社長の孫娘ドロシーの愛息子ケイティ。
宣戦布告も無しにルネと開戦したのだが、まだ1機だけ調整の済んでいない戦闘機がある為、至急調整している最中のドロシー達。その間、子供のケイティを預かっているのだ。
「王さま。お空の色って、なに色?」
顔を後ろに向けてきたケイティの右手の中に赤や緑や青や黄色のクレヨンを持たせれば、案の定ケイティは首を傾げる。
「お前が決めろ」
「ぼくが決めていいの?お空の色は青か水色じゃないの?」
「空の色は決まっていない」
「ふーん」
ケイティが空の色を後に塗る事にして、他の海を塗りだした時足元から猫2匹分の鳴き声が聞こえてきた。
「にゃあ」
「にゃあ」
目線を落してみれば、足元でケイティの愛猫ペルシャがメリーと仲睦まじく戯れているではないか。2匹からの鳴き声も人間に例えれば恋人同士が戯れあっているかのようにも聞こえる。






















表情が無いながらも目を見開いたダミアンはケイティを椅子に座らせ、自分は車椅子でメリーとペルシャの元へ寄り、メリーを半ば強引に抱き上げる。
「にゃあ!」
案の定、ダミアンの腕の中のメリーは、ペルシャの方へ行きたくて仕方ないようだし、ペルシャはダミアンの脚に噛み付いてくるが、もう感覚の無い脚に噛み付かれたところで痛くも痒くも無い事は嬉しい事なのか、それとも…。
「なにやってるの王さま!ペルシャとメリーはラブラブなんだよ邪魔しちゃ、めっ!」
「フェルディナンド社を迎える度にメリーが行方不明になるのはその為だったのか」
椅子から飛び降りたケイティがペルシャを抱き上げる。
「ペルシャとメリーはラブラブなんだよねー」
ケイティがペルシャをメリーに近付けると、瞬時に引き離すダミアン。
「メリーは私だけのものだ!」
「王さま分かってないなぁ」
「黙れガキ!」
「うぅっ…、うわあああん!」
無表情で怒鳴ったからか、目に涙を溜めて泣き出してしまったケイティ。





















その時。


トゥルルル、

タイミングが良いのか悪いのか軍本部から通信が入り、子機を手に取れば通信相手はエドモンドだった。
「何だ」
「おや。後ろからケイティ君の泣き声が、」
「関係無い。本題に入れ」
「失礼致しました。先も申しました通りルネく…いえ、ヴィヴィアン曹長の行方は途絶えたままですが、計画通り事を進めて宜しいでしょうか」
「当たり前だ。女と海へランデブーするガキなど居ない方が計画が進む。あいつの戦略はこちらにあるのだからあいつはもう用無しという事だ」
他に用が無いなら切る、そう言われ、素直に"はい"と答えられず、喉の奥に引っ掛かっているモノを口にしたエドモンド。
「国王様。ジュネーブ議定書の件はご存知ですよね」
「毒ガスの事を言いたいようだな」
「そ、」
「ルールは破るものだ」
沈黙が起こる。しかしそれはダミアンによって打ち破られる。
「ルネへ先制攻撃を仕掛けた。という事は、奴らがこちらへの攻撃体制に入るまで余興を楽しむ時間が多少ある」
「先日仰っていたアレの準備は整っておりますよ」
「上出来だな。これで我が家を侮辱したマラ教共を始末できるというわけだ。喜べ」
"マラ教徒"その単語にエドモンドの脳内で繰り返されるのは、マラ教徒達が口々に繰り返す7年前のルーシー家襲撃の真相。彼らの言う事が定かなら…
「国王様。そういえば、先程地下牢へ行きましたらマラ教徒達が口々に7年前の事件の首謀者は国王様だ、なんて言うものですから、王室に仕える私として腹立たしい事この上ありませんでした」
「他人に罪を擦り付けようとするところがマラ教徒らしいな」
「首謀者は勿論、愚かなマラ教徒でございますよね?」
「我が家の為にも貴様の教え子…ジュリアンヌの為にもこの戦、勝て」
「承知しております」
通信切断後エドモンドの喉に引っ掛かっていたモノが取れた気がした。




















胸を撫で下ろすエドモンドの顔にも笑みが浮かぶ。
「私は人間失格だな…何故国王様を…ダミアン様を疑ってしまったのだ。しかし今の会話で確信した。国王様はカイドマルドの未来の為そして、命を落としたヘンリー様、キャメロン様、ウィリアム様、ジュリアンヌちゃんの仇の為に生きているのだと」
























一方のダミアンは、切断された子機を見つめたまま呟いた。
「首謀者…か」


































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あきゅろす。
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