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症候群-追放王子ト亡国王女-
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同時刻、
ジュリアンヌ城裏―――

戦闘機から降りたエドモンドが、蹲るクリスに銃口を向けていた。2人のすぐ傍には赤い炎を上げて燃えるクリスが乗っていた旧式戦闘機。
「くっ…!エドモンドあんたって奴はいつもいつも私の邪魔ばかりするわね…」
「マダム…いや、クリス少尉。君はベルディネ王室を裏切り私達を裏切り…本当の君はマラ教徒のクリスなのかい?」
「知ったところでどうなるのよ」
「分からない」
「はっ!あんた頭大丈夫?あんたと話しているとイライラするのよね!いつもニコニコして気ままに生きてるその態度が気に入らないわ。ベルディネ国王に似てるもの!」
「そっか。ベルディネ王国は平和を愛す故、天界に最も近いとまで呼ばれる程非戦闘体勢をとる国だったんだよね」
「そうね。そういう平和ボケしたあの国も王も大嫌いだわ。戦争をして植民地を作って国を拡大していけばあの国はもっと大きくなれたのに、王には欲が無さ過ぎたのよ。大切な家族や国民がいればそれで良い…はっ!だからベルディネはいつまで経っても小国なのよ!」
クリスの後ろは崖のようになっていて、その真下でさざ波をうつ大海は今日も静かに波をうつだけ。




















「だからこの国の先代国王とも関係をもとうとしたけれど現国王のガキに邪魔されたし、金欲しさにベルディネをルネに売ったけど、ルネにはまんまと騙されて何も得られなかったし」
「あんたの私利私欲の為にベルディネは地図から消えたの…?」
少女の高い声に、エドモンドとクリスは声のした方を向く。其処には、薄汚れた白いワンピースを着たジャンヌが立っていた。
彼女を見てクリスは、ニヤリ…不気味に笑む。
「人間は私利私欲の為に生きて死ぬ生き物よジャンヌ?」
「気安く呼ばないでよ!」
ワンピースのポケットの中から取り出した果物ナイフをクリスに向けるが、その右手は明らかに震えている。
そんな2人を、目を丸めて見つめるエドモンドの様子に気付いたクリスは口を開く。
「紹介するわ。この子は私の出来損ないの子供ジャンヌ・ベルディネ・ロビンソン」
「あんたの子供だと思った事は一度も無い!」


キラッ…、

その時、彼女の左手薬指に光ったエメラルドグリーンの宝石の付いた指輪を捉えたクリスの瞳。
「まだあったの、その安っぽい指輪」
「!」
ジャンヌの目はつり上がり、これでもかという程見開かれる。
「そんなちっぽけな指輪が結婚指輪だなんてがっかりだったわ。小国ベルディネ王国の王妃になんてならなきゃよかった。あーあ、私の人生後悔の海よ」
「ふざけんじゃないわよ!!」
ナイフの刃先を向け、クリス目掛けて一直線に駆けてくるジャンヌを前にしたクリスは懐から1丁の拳銃を取出し、銃口を向けた。実の娘に。






















カチャッ…、

「貴女目障り。死んでよジャンヌ?」
「そんな…お母さ、」


パァン!

銃声。同時にクリスの肩からジャンヌの肩から真っ赤な血が噴き出す。
クリスに発砲したエドモンドは、よろめいて隙を見せたクリスに駆け寄り彼女の両手を後ろで拘束して捕らえる事に成功した。
だが一方の、クリスに撃たれたジャンヌは果物ナイフを地に落とし、初めて撃たれた衝撃と実の母親に撃たれたショックで放心状態のまま肩を撃たれた痛みでよろめいた。そんなジャンヌの身体は崖の下に広がる大海へと放り出され…
「危ない!!」






















「死ぬなら機体修理費を支払ってからだよ」


ガシッ!

崖から身体を放り出されたジャンヌの左腕を掴んだのは、今さっきこの場に到着したヴィヴィアン。ジャンヌの腕を掴む彼の右手は軍服が焼けてその下に見える皮膚は爛れ真っ赤に火傷している。さっきの火傷だ。
「ヴィヴィ…アン…」
それとヴィヴィアンの顔を交互に見るジャンヌの表情が珍しく女らしくて申し訳なさそうだったから、ヴィヴィアンは思わず鼻で笑う。
「はっ。そういう女の子っぽい顔できるんだね」
「なっ…!煩いわね!」
揉めつつもジャンヌが落ちずに済んだ事に安堵の息を吐いたエドモンドがクリスを押さえる手の力を弛めてしまったのが、彼の隙だろう。
「甘いのよエドモンド」
「なっ…!?」
左腕でエドモンドの両手を振りほどき、目の前に転がっていた自分の拳銃でクリスが素早く発砲した弾はヴィヴィアンの右腕に命中。


パァン!

「あ"っ…!」
「ヴィヴィアン!」
同時にヴィヴィアンとジャンヌは目を大きく見開く。体勢を崩した2人は崖から足を踏み外して大海へまっ逆さま。


バシャン!!



























ドスッ!

「うぐっ…!」
「クリス!君はどこまですれば気が済むんだ!」
再度彼女の両手を拘束して顔を地面に力強く押し付け彼女から武器全てを奪い取ると、エドモンドは崖の下に広がる大海を見下ろす。だが其処に2人の姿はあるはずもなく、ただただ静かに波が揺れているだけだ。
エドモンドはその場に屈み、地面を力強く叩きつける。


ドン!

「私はまた部下を失った…!私は…!!」
彼の脳裏に浮かんだジュリアンヌの顔とヴィヴィアンの顔が重なった。













































同時刻、

カイドマルド軍本部
付近の草村――――――

「おい!しっかりしやがれ!いつもみたいにでかい態度とれよミバラさんよぉ!!」
虚ろで光の無いミバラの黄色の瞳は霞み、自分に声をかけてくるジャックの顔ももうはっきり見えない。
呼吸もままならない彼女を有り合わせの包帯で止血してやるのだが、なにぶん頭からの出血が大量だ。これ以上どう治療を施したところで…。
「ふふ…」
「何笑ってんだよ、気味悪い女だなァ!てめぇがぽっくり逝っちまったら俺らは王様に殺されちまうんだ!だから生きろ!俺ら傭兵の為にも!」
「大丈夫よ…」
「はぁ?何言って、」
「ルヴィシアン様はもう私に…興味など無いもの…。だから私が死んだって…涙も見せないわ…ふふ…」
「……」
ミバラはただ笑む。虚ろな視線は、遠く遠く海を越えた超大国を見つめているのだろうか。
「ルネに帰ったら…ルヴィシアン様にお伝えして…。ミバラ・ルイ・ジェリーは誰よりも貴方を愛していました、と…。伝え…なかったら…ただじゃ済まな…」
静かに目を瞑った彼女は微笑んでいたが、頬に光るモノが伝っていた。





































「ミバラ…!」
「どうかなさいましたかルヴィシアン様?」
同時刻、ルネ王国城内。
アマドールとテーブルを挟んで向き合い戦略内容を話していた途中、突然立ち上がったルヴィシアンをアマドールは不思議そうに見上げる。
だが一方のルヴィシアンはというと、何故自分が突然立ち上がったのか、自分は今何と言葉を発したのかも分かっていないようだ。
「どうされました?ミバラ様のお名前を突然お呼びになるだなんて」
「ミバラの名を?私が?いや…何だろうか…身体が勝手に…。私にも分からないのだが…」
アマドールは戦略の書かれた紙をテーブルの上で整えると立ち上がり、静かにルヴィシアンをソファーに座らせる。
「お疲れなのでしょう。明朝にはカイドマルドとの開戦を控えております。後は私アマドールにお任せ下さい」
「ああ…」
ルヴィシアンはテーブルの上に手を置き、額を押さえて俯く。
「ルヴィシアン様?御気分が優れないようでしたら、」
「すまないアマドール。少し1人にさせてはくれないか」
「御意」
胸元に手を添え一礼して、静かに部屋を後にしたアマドール。


パタン…、

物音一つしない蝋燭のぼやけた明かりの室内。
ルヴィシアンの脳裏では、呪文のように自分を呼ぶミバラの声がこだまする。
「疲れているのだな、私は…」
立ち上がろうとした時。
「…!」
誰かが優しく愛し気に自分の肩に手を添えてくれた気がしたから咄嗟に後ろを振り向いたが、其処にはルネの夜景が見えるガラス張りの大きな窓があるだけだった。















































同時刻、
ルネ軍宿舎―――

『カイドマルドへ向かう部隊は私が率いるわ。勿論ヴィル君も一緒よ。外国人部隊も、ね…』
『大将から事情は聞いた。だがヴィルードン。分かっているだろうな』


「私情は持ち込まない。ルネの為だけに命を散らせ…か」
ホテルと見間違えてしまう程立派な高層ビル状の宿舎内廊下で窓から、美しいルネの夜景を見下ろしながら1人呟くヴィルードン。
先程ダイラーとマリソンと自分の3人だけで集まった軍本部での会話を思い出して思わず洩れた独り言。口にしたら余計、自分の心が天秤にかけられた。
――ジュリアンヌさんの為に戦ってきたけど、彼女が生きていた今、俺は父さんと母さんの敵討ちをすれば良いのか?でも俺に弟を殺る事なんて…――
「元気無いね」
「ジュリアンヌさん…」
ポン、と肩に乗った小さくて細い手。振り向けば其処には、月明かりに照らされたジュリアンヌが居た。長い髪をおろしていて訓練着の白いシャツと黒のズボン姿の彼女だけど、どこか高貴さが漂う。けれど彼女の青の瞳は感情が無くて、表情も薄い。
――これがもし父さんが投薬したあの薬のせいなら、俺にはもう、弟と戦う意味なんて…軍に居る意味なんて…――





















「ジュリアンヌさん」
「ん?」
「貴女はどうして戦うのですか」
「私は母親だから」
ジュリアンヌはヴィルードンの隣に立ち、夜空を光々と照らす月を見上げる。
「大量虐殺を犯したダミアンに身を持って反省させ、」
「やめて下さい」
ヴィルードンの力強い一言がジュリアンヌの言葉を遮る。
「え?」
呟いてヴィルードンを見上げたジュリアンヌには目を向けず、彼はただただ月を睨み付けていた。
「もう、親が子を殺そうとするところなんて見たくないんです。ましてや、我が子を誰よりも愛していた貴女がそんな事をするところなんて見たくないんです」
「ウィリアム君違うの。間違っているよ。私は母親としてあの子を、」


ぎゅっ…!

小さくて細い彼女の身体をきつく抱き締めた。案の定彼女は目を見開いたまま唖然。
彼女を抱き締めたのは恋愛とか、そんな醜い感情じゃない。そんな感情は当の昔に捨てたはずだから。…多分。
「貴女がダミアンを殺めるというのなら、その役は俺が引き受けます」
だから貴女はもう誰も殺めないでほしい。昔のように笑って泣いて怒って…1人の優しい母親でいて下さい。…だなんて、貴女の為というよりも、自分が辛くなりたくない為だけの自己満足だという事くらい分かり切っていたけど。
「私は…私はもう戻れないの…ダミアンももう戻れないの。だから私は…」
2人を付近の柱の陰から見つめていたマリソンの紫の瞳は据わっていた。














































同時刻、
日本―――――

「我ら日本の力強い同盟国ルネから明朝、カイドマルド南部に攻撃を仕掛けるとの通達が入った。相手は負け犬だが、先の対戦では咲唖様と信之様を失った。御二人の命を奪ったカイドマルドの罪は重罪だ。御二人の為にもこれからの日本の為にも、邪魔なカイドマルドを殱滅させる!」
将軍武藤の力強い掛け声に続く軍人や国民の、
「日本!日本!」
の声は止む事を知らない。




























本妻方離宮―――

咲唖の儚く優しい笑顔の遺影の前に灯る線香。
その隣で鏡を前に、長い黒髪を後ろの高い位置で束ねてから深紅の額当てをきゅっ…、と力強く後ろで結んだ少年慶司は、この時代に似合わぬ薄汚れた日本刀を腰の鞘に収めて静かに立ち上がると、咲唖の仏前に手を合わせる。
ゆっくり開かれた黄色の瞳は、人間からは掛け離れた瞳へと変貌していた。


























キシ、キシ…

軋む木造の階段を降りて玄関の引き戸に手を掛けた時。背後に感じた人の気配。しかし振り向かない。
「慶司…」
本妻であり慶司の母親のか細い声から、彼女の不安感がひしひしと伝わる。
「貴方は宮野純慶司ですか貴方は宮野純慶吾ですか」
「今の僕は宮野純慶吾です」


カタン、

迷いの無い返答の直後、引き戸が閉まった。
本妻1人取り残された離宮に香る線香の香りが、ただただ虚しさを痛感させた。








































上流階級の人間達の私利私欲の為に狩り出され翻弄される国民達の悲鳴は聞き入れられず、最後の血深泥ゼロサムゲームは皮肉にも、優しい朝日が昇った瞬間幕を上げるのだろう。




















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