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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「お待ち下さい。マラ教徒の暴動など、将軍貴方のような御方が出る場面ではございません」
中佐の止めも無視して歩兵型の戦闘機に乗り込むエドモンドは、片手で起動させ、空いている方の片手で中佐と通信をとる。
「そう言ってもらえて実に嬉しいよ。けどね。クリス少尉と話したい事があるしマラ教徒にも、ね」


ブツッ!

一方的に通信を切断する。青味掛かったゴーグルを装着した彼の垂れた目がつり上がる。精神を集中させる為一度静かに目を瞑って蘇る映像は、軍学校時代のジュリアンヌや、王妃となってからもマラ教鎮圧の為共に軍隊で前線に出ていたジュリアンヌ。彼女の底抜けとも呼べる明るい笑顔が蘇る。最後彼の脳裏に広がった映像は、今から7年前のルーシー家襲撃事件。





















7年前――――

近寄る事も困難なくらい熱く真っ赤な炎に包まれた現ジュリアンヌ城当時の名はカイドマルド城。
「お待ち下さいエドモンド将軍!今城内へ入るなど自殺行為で、」
「煩い!止めるな!城の中には国王様がキャメロン様がウィリアム様がダミアン様がそして、私の教え子ジュリアンヌちゃんが居るんだ!」
「しかし!」
止めに入った少佐を振り解いてみせるが、次に別の部下3人に身を押さえられてはさすがのエドモンドも身動きとれず。
真っ赤に燃え続ける城が彼の紺色の瞳に映る。その場に崩れ落ち、地面を力強く叩きつけ、声を裏返らせた。
「我々軍人はカイドマルド王室に命を捧げたのではないのか…!」






















そして現在――――

忌まわしき記憶が蘇ってからすぐ目を見開き、つり上げる。
「教え子の仇はしっかりとらせてもらうよマラ教」


ドドドド!

鼓膜が破れてしまうのではないかと思う程の機械音をたてて軍を出ていったエドモンドの機体。その後を追うように軍人達は各々でライフルを担ぎ、足早に外へと駆け出した。

























一方。その様子を遠くから警戒し見ていたジャンヌ達。
「どう?ヴィヴィアンの姿は確認できた?」
急かすミバラに内心イラ立ちながらも、目を凝らして本部を出て行く軍人達の姿を1人1人要チェックするが人間の目だから限度というものがある。
「分からないわ。もう外へ出て行ったかもしれない」
「チッ。いいわ、私もう我慢できない」
舌打ちして突然立ち上がったミバラは安っぽい白のワンピースの裾を持ち上げながら軍本部の方へと草村から飛び出して行ってしまったのだ。これにはさすがのジャック達傭兵も目を見開き、ばつが悪そうに彼女の後を追った。
今は心が離れているとはいえ、国王の妾のミバラに何かあってからでは、共に行動をとっていた自分達がルヴィシアンに殺されるかもしれないからだ。ミバラの為なんかではない。全ては、一番可愛い自分の為。
「くっそが!あの女勝手に!」
後先考えず飛び出して行ったミバラやジャック達の後には続かず、ジャンヌは草村からジッ…と機会を待つ。元からつり上がった彼女の水色の瞳に殺意が感じられた。


ドン!ドン!


パァン!パァン!

城周辺から聞こえる発砲音、無機質な機械音、爆発音が彼女の脳裏であの日と重なる。母国が名を奪われたあの日と。







































その頃――――

ジュリアンヌ城へと続く真っ白な壁で覆われた螺旋状に近い坂道を武装したマラ教徒達が声を上げて駆け上がっていくが、その声も一発の砲撃によって永遠に掻き消される。


ドォンッ!!


ビチャ!ビチャッ!

真っ白い壁のあちこちに派手に付着するマラ教徒達から噴き出した血痕。
足下で血に染まり、息絶えたマラ教徒達を戦闘機内から見下ろすエドモンドの瞳からは人間らしさなどこれっぽっちも感じられない。例えるなら、人間を殺傷する命令を与えられ、任務を遂行する事しかできないロボットのよう。
城へ城へと坂道を駆け上がってくる新たなマラ教徒達がエドモンドの視界に飛び込んだ瞬間、彼等に走馬灯を見せる時間も与えず一撃で始末する。


ドドドド!!

次々ときりが無い程やって来ては彼等の前に立ち塞がるエドモンドが搭乗した戦闘機に向かってライフル等で攻撃してくるが、戦闘機に搭乗しているエドモンドにとって彼等のちっぽけな抵抗など痛くも痒くも無いのだ。エドモンドの据わった瞳が彼らを捉えると、砲撃の為のレバーを片手で静かに手前へ引く。


ドンッ!

1秒と経たずに目の前には真っ赤な炎と黒煙が立ちこめた。






















「ぎゃあああ!」
「熱い熱い!死にたくない死にたくない!!」
彼等の悲鳴が耳に入ると、普段は見る事のできないエドモンドの悪魔の笑みが浮かぶ。声もたてず静かにニヤリと。
「自分の敵は容赦無く早急に始末する…祖父の言葉通り私は実行したまでだよ」
しかしここで気掛かりなのが、旧式の歩兵型戦闘機3台が未だに姿を現さない。ハッと我に返り人間らしい瞳を取り戻したエドモンドは機体ごと坂下に見える軍本部へ身体を向けると、ばつが悪そうに舌打ちをして、同時に自分を罵倒する。
「チッ…。敵が礼儀正しく正面から城内へ侵入してくるはずがないというのに私とした事が…!」
慌てた様子で機体を走らせ急な坂道を駆け降り、城から然程離れてはいない場所に位置する軍本部へと向かった。勿論その道中生身のマラ教徒達と鉢合わせたが、エドモンドはまるで蟻を踏み潰すかのような対処法をとり、目的地だけをただただ無心で目指した。









































同時刻、
カイドマルド軍本部―――

裳抜けの殻となった本部の格納庫へやって来たミバラとジャックと傭兵達。
ジャックを先頭に、常に拳銃を構えて柱の影に隠れながら辺りの様子を伺いながら慎重に手際良く本部内を進んで行く。


カツン…コツン…、

戦闘機だけが綺麗に整列し静まり返った気味の悪い格納庫を歩く4人分の足音が響く。今の今まで聞こえていた爆発音がピタリと止んだ為、マラ教徒達はこんなにも呆気なく片付けられてしまったのだろうか?だとすれば、次期にカイドマルド軍隊が此処へ戻ってくる。
「どうせヴィヴィアンはマラ教徒鎮圧に出ているようだし、これ以上此処に居たって無駄のようね」
「じゃあどうすんだよミバラさんよぉ。あのくそガキとっ捕まえて王様に献上すんじゃなかったのかよ!」
「煩いわね。その為に此処へやって来たんじゃない。けど、あんなに大勢居る軍隊の中からあいつだけを見つけて連れ出すなんて無理に等しいわ」
「ったく、これだから貴族の女は考え無しに行動するんだよなぁ」
髪を掻き毟りガタガタの歯を見せて息を吐くジャックをギロリと睨み付けたミバラは、ヒールをコツコツ鳴らしてジャックに近付くと背伸びをしておもむろに彼の胸倉を掴みあげる。
そんな事をされ、喧嘩早いジャックが逆上しないはずがないと悟った傭兵達が左右からすかさずジャックの両手を押さえ付ける。これで感情的になった彼がミバラを殴る事はまず無いだろう。























暴れ出すジャックはミバラを睨み付ける。そんな彼をミバラも睨み付ける。
「貴方軍人でしょう?こんな敗戦国の軍隊なんて今すぐ潰して、ヴィヴィアンを連れてきてちょうだい」
「無茶言い過ぎだろ女!大体てめぇは出航時から偉そうだったり態度悪りぃんだよ!だから王に愛想尽かされたんじゃねぇのか?」
「っ…!なんですって!」
ギリッ、と歯を強く噛み締めたミバラの細い手が更にジャックの胸倉を掴み上げた時。
「僕をお探しのようですねミバラ嬢」
「!!」
男としても年齢的にも声変わりをしたとしては高い声が格納庫に響く。
ピタリ…、と言い争いを止めた2人が声のした方を咄嗟に振り向くが、人の姿は何処にも無い。しかし聞き覚えあるその声に、ミバラとジャックの目はつり上がる。
「ヴィヴィアン・デオール・ルネ!!」
こんな時ばかり綺麗に揃った2人の声。


パァン!パァン!

「何処に隠れていやがる!出てきやがれ殺人王子!」
ジャックは所構わず歩きながら拳銃であちこち発砲する。それに続き、傭兵2人が四方を忙しなく探しながら銃を構える。























傭兵2人の後ろに隠れるように銃を構えて警戒しながら歩くミバラが突然背後に感じた人間の気配のような悪寒のような…。身体がブルッ!と大きく震え、心臓が張り裂けそうな程鳴る。


ドクンドクンドクン!

ガタガタ震え出す身体。カチチカチ音をたてる歯。
――何…!?何なのこの悪寒は…!私の後ろに一体誰が居るの…!?――
前へ前へと進み、ヴィヴィアンを探すのに夢中な傭兵達に助けを求めたくとも、恐怖のあまり声が出ない。
ミバラが恐る恐る後ろを振り向くと其処には、黒光りした戦闘機が綺麗に並んでいるだけだ。人影は無い。
「ホッ…。考え過ぎね…」
一安心し、やっと声を発せたミバラが戦闘機に背を向けてジャックと傭兵と共にヴィヴィアンを探そうと一歩前へ足を踏み込んだその瞬間。


ガッ!

「きゃ…!」
背後から伸びてきた白の手袋をはめた大きな両手に口を塞がれ、体は痛む程の力で引き寄せられた。しかしそれに気付いていないジャックと傭兵達は、
「ヴィヴィアン・デオール・ルネ出てこい!」
そう乱暴に叫びながら彼を探していた。静まり返った格納庫で。




























ミバラがさっき振り返って見た戦闘機の中。
「ンー!ンー!!」
真っ暗な機内に無理矢理押し込まれ、口を両手で塞がれた彼女の黄色の大きな瞳には、真っ赤な瞳をした少年の姿が映るが次第に涙でその姿が二重三重に歪んでいく。コックピットの座席に押し倒されたミバラは恐怖のあまり、手も足も機能しない。身体は小動物のように小刻みに震える事しかできない。
ミバラが先程感じた人の気配は正しかったのだ。歩兵型戦闘機の脚部後ろに身を隠していたヴィヴィアンは、ミバラが一安心して自分に背を向けたその隙を見逃さず、彼女をその戦闘機内へ連れ込んだのだ。
自分の下で涙をボロボロ流して化粧の崩れたミバラを見て、いつものように鼻で笑うヴィヴィアン。
「お久しぶりです、ミバラ嬢。しばらく見ない間に容姿が随分と劣化されましたね」
容姿第一のミバラがこれ程まで侮辱されて黙っているはずがないというのに、今日は違う。何ていったって自分は今、生と死の境目に立たされているのだから。
























抵抗してくる気配の見られないミバラを目を細めて見つめてからヴィヴィアンは一度、機内から見える格納庫で自分を探すジャックと傭兵達の様子を眺める。ミバラが居なくなった事に気付いていない事を確認する為だ。
「何故貴方が此処に居らっしゃるのかは存じ上げませんが、調度良い。本来僕が此処に残った事には別の理由があるのですが、この好機を逃さない事にしましょう。ミバラ嬢。僕の問にだけお答え下さい」
その一言の後にっこりと微笑み、軍服の内ポケットに用意しておいた拳銃を取り出して銃口を彼女の額につきあてる。


カチャッ…、

口を塞がれたまま、
「嫌…!嫌…!」
と首を横に振り涙を流す彼女を落ち着かせようと、抱き寄せる。
「大丈夫。僕の問に答えられなくてもご安心下さい」
耳元で妖しく囁く。
「貴女の父上ピエール公についてお聞きしたい。ピエール公が所属するルネ議会と王室とが対立関係にあるとの情報は定かですか」
彼女の口から静かに手の平を離す。恐怖のあまり声を出せないミバラは、鯉のように口をパクパクさせる事しかできない。
そんな彼女の事を内心では腹を抱え大笑いしながらも、表面では、
「御安心下さい」
そう囁いて優しく抱き締めてやる。わざと。
それだけで少し気を許したのかミバラはヴィヴィアンの肩に顔を埋め、途切れ途切れに答える。
「ええ…ええ、そうよ。お父様や議会は、ルヴィシアン様が国民に課税した事やルネ王室に反発する低能な民を処刑したらルヴィシアン様を暴君呼ばわりするの。国民は何一つ分かっちゃいないわ…。ルネが今以上に大きくなる為にはもっと…そう、莫大な軍事費が必要だもの。課税くらい当然の事。国を納めるルヴィシアン様に反発する人間なんてルネの人間ではないわ。なのにお父様や議会は…」
「対立した、と」
「ええそうよ…」
ヒクヒク…肩を上下させて泣くミバラの髪を何も考えず形だけ撫でているヴィヴィアンの赤い瞳は何処を見ているのだろうか。据わっていて、何を考えているのか全く分からない。
「お父様が…対立後、私にお会いして下さったの。その時こんな事を言ってきたわ。"ミバラお前はこんな場所に居てはいけない。私と共に議会へ入るんだお前を暴君の居るルネ王室に置いてはおけない"って…」
「ピエール公は正しい」
「え…」
顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃのミバラがヴィヴィアンの顔を見上げる。彼はまた作った優しい笑みを浮かべていた。






















「嘘よ!お父様は間違っているわ!だってルヴィシアン様の権力は王権神授説…そう、彼の権力は神からの授かりもの。即ち彼は神同等の存在なのよ!」
「ははは、ごもっともです。あいつは神だ。そう、悪神の方のね」
「ヴィヴィアン貴方…!」


カチャッ…、

「ヒッ…!」
首に突き付けられた拳銃の微かな音に、ミバラは声にもならない悲鳴にもならない声を上げる。
「さっき言いましたよね。貴女は僕の問に答えるだけで良い、と。はぁ。本当に目障りな女だ。寝ても覚めてもルヴィシアン様ルヴィシアン様。低能な兄上を好む女共も低能ばかりだから兄上とは釣り合うと思うけ、」


パリン!

「なっ…!?」
コックピットの正面ガラスが割れる音より先に気付いたのに、咄嗟の行動過ぎてヴィヴィアンは対応しきれなかった。そう。後が無いと思ったミバラは、コックピットの正面ガラスを突き破ってヴィヴィアンから逃れたのだ。





















しかし歩兵型のこの機体は全長5メートルは楽にある。


ドサッ、

ガラスの割れる音の直後に聞こえてきた鈍い音は何を意味するか脳がやっと理解してから、辺りの音がはっきり聞こえてきた。
コックピットに座り直して割れた正面ガラス越しから格納庫内を見渡せば、案の定、灰色の床に血塗れになってうつ伏せで倒れているミバラが見える。彼女に駆け寄るジャックと他の傭兵達。
「お、おい!何やってんだお前!」
ミバラは額に大量の血を流しながら、ヴィヴィアンが搭乗している戦闘機を指さした。
「あの機体にヴィヴィアン・デオール・ルネが居るわ!早く捕らえなさい!」
――重体の割りにはよくもまあそんな大きな声を張り上げられたな――
なんて余裕綽々のヴィヴィアンが搭乗した戦闘機に向かって発砲しながら駆け寄ってくるジャック達。


パァン!パァン!

けれどヴィヴィアンは上から彼らを見下し、嘲笑う。
「どっちが不利かも判断できない低能の分際で、よくルネ軍に所属できているよね」
正面ガラスが破損しているものの機体に搭乗しているこちらの方が圧倒的に有利な為、ヴィヴィアンは素早く機体を機動させる。






















「くそっ…!いくら何でも相手が戦闘機じゃあ生身の俺らは即あの世逝きだぜ…!」
低い機械音をたてて動き出した戦闘機に、ジャックと傭兵達が柱に身を隠した時。


ドン!!

格納庫入口の重たい鉄の扉を突き破ってきた3機の歩兵型戦闘機。突き破ってきた衝撃で発生した土煙から覗いた機体の頭部は、旧式のカイドマルド戦闘機。
「やっと来てくれましたかクリス少尉。いや、クリス王妃と呼ぶべきかな?」
「その呼び方をされると吐き気がするわ」
オープンチャンネルで互いに機体越しで映像とサウンドでの通信やり取りを行うヴィヴィアンとクリス。すっかり自分達の事を相手にしていないヴィヴィアンに対し、ジャックが怒鳴っても彼の耳には届かない。
「ヴィヴィアンてめぇ俺を無視してんじゃねぇ!俺はなぁ!てめぇのいつでもふんぞり返ってるその態度が気に食わ、」
「ジャック!ここは一先ずミバラ様をお連れして安全な場所へ避難するぞ!」
「待てよ!今まさに目の前に獲物がいるってのに引き返すライオンが何処に…ってお前ら!」
2人掛かりでジャックを引き摺り、血塗れのミバラを連れて格納庫を後にした傭兵達。



























一方のヴィヴィアン。
彼にとって3対1という不利な状況。城の方からの爆発音も些か止んだようだ。それはマラ教徒の敗北を意味するのだろう。
「其処を退きなさい。私は軍に用があるんじゃないわ。カイドマルド王室に用があるの」
「でも退かないようなら君も瞬殺しちゃうけどねー!ケケケ!」
「そんな在り来たりな台詞ばかり並べないで下さい。娯楽にもならない」
「じゃあお望み通り余興を始めようかケケケ!」
一早く突っ込んできた薬剤師の乗った戦闘機が接近してくると、ヴィヴィアンは溜め息を吐いて間合いをとろうと後ろへ下がるが…
「そうね、貴方は接近戦が苦手だからそうやって間合いをとっていつも接近戦を避ける」
「…っ!」
薬剤師に気をとられていたからか、ダリアが乗った戦闘機が背後にまわってきた為慌てて右へ避けるヴィヴィアン。だが其処には待ってましたとばかりにクリスの戦闘機があって砲撃され、機体が大きく揺れる。


ドン!ドン!

「ぐっ…!」
「短期間と言えど、貴方と共に戦ったもの。戦闘での貴方の癖くらい見抜けちゃうわ。それが軍人ってものでしょ?」
「はっ…!という事は、僕だって貴女の癖くらい熟知していますよ」
「不利な状況にも関わらず強がるんじゃないわよガキの分際で」





















クリスとのオープンチャンネルが途絶え画面が灰色の砂嵐に切り替わると、背後から体当たりをされる。


ドスン!

すぐ様振り向いて反撃したくとも前方から2機に発砲されている為、そちらも相手しなくてはならない。


ドン!ドンッ!

「くそっ…!」
前からも後ろからも攻撃を食らい、ヴィヴィアンはイラ立つ。
舌打ちしながら右手付近にある赤のボタンを押すと機体から灰色の煙幕が吹き出す。煙幕で姿を隠すなど逃げるみたいだし弱者のやり方だから不本意なのだが、なにぶん正面スクリーンが破損している為不利だから迂濶には戦えないから、今の内にこの機体から降りて別の機体に乗り換える事にしたのだ。
























「あれで良いかな」
近くにあった同じ型の戦闘機に乗り込もうと、上から垂れ下がるロープを引っ張った時。


スッ…、

「!!」
自分のその手を覆うように重なった白く細い手がクリスのものかと思い、柄にもなく心臓が飛び出してしまいそうな程一度大きく鳴りビクッ!としてしまった。だが、その重なった手の人物の方に顔を向けた時、別の意味で驚いた。
自然と目が見開かれる。ヴィヴィアンの後ろに居たのは、白の薄汚いフードをかぶり、白の薄手のワンピースを着た…
「ベルディネ…?」
「その呼び方、気に入らないわね」
ジャンヌだ。
彼女がこの国に居る事は知っていた。何故なら先日ダミアンとルーベラがマラ教徒に捕らえられた時彼女の姿をチラ…、とだが見かけたから。それに彼女の実の母親であるクリスもこの地に居るのだから、2人を何とか巡り合わせて殺し合いでもさせたら少しは娯楽になるかなぁ…なんて人間らしかぬ事を考えていたヴィヴィアンだったが、まさかジャンヌから出向いてくれるとは。























事が予定通り運んでくれるから笑みが堪えきれないヴィヴィアンを、気味悪そうに顔を歪めるジャンヌ。
「相変わらずその笑顔気味悪いわね。取り敢えず私をこれに乗せて!」
これ、と言って彼女が指差す物はヴィヴィアンが今まさに乗り込もうとしている戦闘機。
「君シビリアンだから戦闘機に乗った事無いでしょ?」
「無いわよ」
「甘くみないほうが…ってちょっと、おい!」
ロープがコックピットへと自動的に上がっていくボタンをジャンヌが押した為、ロープを掴んだヴィヴィアンを掴んだジャンヌ…という形で2人して上へ上がっていき、終いには2人一緒にコックピット内へ。
「ちょっと失礼するわよ!」
「ちょ…!君ねぇ…!」


ドスッ!

しかもヴィヴィアンの上に強引に座ったジャンヌが手当たり次第に機内のスイッチやレバーを操作し出す。だがエンジンをかけていないから作動しないのが唯一の幸い。
戦争嫌いな彼女がこんなにも戦おうとしている理由は分かる。今この場に居るマラ教徒クリス・イネス・シャンドレはジャンヌの実の母親にしてベルディネ王国王妃であった『クリス・ベルディネ・ロビンソン』なのだから。























カタカタカタ!

ジャンヌの腰の脇に腕を伸ばし、機体が機動するパスワードをヴィヴィアンがキーボードに手早く打ち込めば、機体がエンジン音をたて振動が伝わってくる。


ドドドド!

「何よこの振動!?」
初めてのその感覚に驚いて目を丸めているジャンヌを余所に、ヴィヴィアンは彼女の後ろから腕を伸ばして機体に備え付けられたボタンやキーボードを押して機体調整中。正面スクリーンに“機体正常化”の文字が英語で表示されると、スクリーンの向こう側が見えるようになる。
まだ煙幕が残ってはいるが先程より辺りが見渡せるようになった為、今の内に敵機を壊滅させなければいけない。
























「僕を殺したくて仕方なかった君が今更共闘するだなんてどういう風の吹き回し?」
機体に備え付けられたキーボードに様々な文字を打ち込みながら話すヴィヴィアンの方に顔だけを向けるジャンヌはツン、と口を尖らせている。
「分かった」
「何がよ」
「僕の事好きで追い掛けてきたんでしょ」
「違うわよ!バーカ!!」
「そう?だって新生ライドル王国で僕に、」
「あんたが教えてくれたじゃない」
「…?何を」
「この戦が終焉した時、分かるわ」
「はぁ?」
彼女が何を言いたいのかさっぱり分からず、首を傾げる。からかってやったのに真面目に返されてしまったから面白くないヴィヴィアン。
「そんな事より!私にコレを操縦させて!」
今すぐにでも機体を動かしたくてたまらないといった感じのジャンヌは危なっかしいから、レバーに手を乗せたジャンヌの手の上に自分の手をかぶせて操縦する。こうすればジャンヌが機体を操縦しているように見えるから。実際、ヴィヴィアンが操縦しているのだけど。






















「空いてる手でしっかり掴まっていた方が良いよ。君が思っている以上の衝撃だからね」
「煩いわね!いいから早くあの女と戦、きゃ!」
「っ…!」


ドンッ!!

煙幕の向こうに微かに見えた旧式の機体がこちらを向いていると判断した時既に砲撃された。ジャンヌの手を退かしてレバーを操作して、急いで左後方へ避けつつ敵機に向かって砲撃するヴィヴィアン。


ドン!ドンッ!!

そんな中ジャンヌはスクリーン越しに見えるオレンジ色の炎に唖然。
「君が僕の前に居るから前が見えないんだけど」
「邪魔って言いたいの!?」
「分かってるんだね」
「むっかつく!」
カチン、ときたのかジャンヌはレバーを操縦するヴィヴィアンの右手を払い除けて勝手に操縦し出したから、機体は不安定に揺れながらも前へ前へと突き進んで行き、危なっかしいなんてものではない。
「ちょ…、何勝手に操縦してるんだよ!君みたいな初心者が操作したら僕も巻き添え、」


ピタッ…、

ジャンヌの手が止まった。嫌な予感がしたヴィヴィアンが顔を上げれば…1機の敵機が、装備された大砲の発射口をこちらへ向けているではないか。煙幕に隠れて気付かなかった。機体は笑わないのに、この時ばかりは敵機が自分達をほくそ笑んでいるように見えた。





















ジャンヌの水色の瞳に映る敵機。彼女の身体が小刻みに震え出す。敵機が砲撃体勢に入る。
「これだからおてんば王女は!」


ドン!ドンッ!!

「くっ…!」
「きゃあ!!」
ジャンヌを押し退けてヴィヴィアンがレバーを操作した為直撃コースは回避できたが、さすがに近距離で直前だったせいで機体の右半分を擦った為、敵機の砲撃の炎が機体を焼く。その炎は機内にまで伝わり、ヴィヴィアンの右腕に負った火傷。
「え…」
炎の熱さにか砲撃の爆音にか我に返ったジャンヌの右腕に重なるヴィヴィアンの右腕が負っている火傷に目を見開いたジャンヌ。顔を、後ろに居る彼の方に向けるが、彼はただただ前だけを見て機体を操縦して戦っていた。けれどいつも余裕綽々の彼の顔が歪んでいるのをジャンヌはしっかり見ていた。
「この戦闘機は2人乗りじゃないから早急に降りてほしいんだけど」
「……」
「怖じけずいたの?でしょ、ベルディネが思っている程戦場ってのは甘くないんだよ」
「…ごめん」
「何?何て言ったの?」
問い掛けてもジャンヌからの返事は無く彼女はただ俯くだけだったからヴィヴィアンは溜め息を吐くと、ジャンヌの後ろから機体を操縦する…という何ともやり辛い状況ながらも戦闘を続けた。



























いつしか煙幕が晴れていき、敵機を相手している最中に気付いた。1機、居ない。
「!」


ガー、ガガッ、

その時。彼の心情を読んだのかと思う程タイミング良くオープンチャンネルでクリスの映像がノイズと共に機内に映し出された。ジャンヌが咄嗟に顔を上げたのは言うまでもない。
「久しぶりねルネ君。あら?こんな所で何やっているのかしらジャンヌちゃん?」
「クリス・ベルディネ・ロビンソン…!!」
モニター越しに機内に居るジャンヌを見つけた時のクリスの笑顔は人間とは思えなかった。例えるならばそう、悪魔。
そんな彼女をモニター越しに睨み付けるジャンヌの水色の瞳は怒りに満ち溢れている。
「あんたが…あんたがベルディネ王国をルネに売ったせいでベルディネは!父上は!国民は…!!」
「そうやって過去に縋る子に育てた覚えは無いわよ、お母さん」
「今更母親面するな!このっ、人殺し!!」


ドン!

声を裏返らせて機内を力強く叩いたジャンヌを、モニター越しのクリスは口に手をあてて嗤う。その後ヴィヴィアンに目を向けてまた嗤う。
「私が今もう格納庫に居ないのは、」
「承知してますよ」
「あら。じゃあお城と王様がどうなっても良いってこと?」
「城も王も、この国自体どうなったって僕は構いませんよ」
「命の恩人にも冷酷非道なのね、ルネって人間は」
「それがルネですから」


ブツッ!

ニィッ…と白い歯を覗かせてヴィヴィアンの方から一方的にクリスとの通信を切ると、ヴィヴィアンは目をつり上げる。さっきまでとは雰囲気の異なる戦場の軍人の目付きをする彼に、ジャンヌは唖然。























ビー!ビー!

その間にも機内では後方から近付いてくる敵機をレーダーが感知した音が鳴り響く。
迫り来る敵機。しかしヴィヴィアンは静止状態。レーダーからの音が危険音に切り替わる程、敵機が接近。敵機2機が背後で砲撃体勢をとったその瞬間ヴィヴィアンは赤い目を光らせると、息をもつかせぬ速さで機体を後方へ向け、同時に2機に向かって近距離で攻撃。


ドン!!

歩兵型戦闘機にのみ装備されている戦闘機の半分の大きさの短剣で2機の戦闘機を横に真っ二つ。しかし、コックピットはわざと避けて。


ガシャン!

無惨な音をたてて床に落ちた敵機の頭部。頭部を切断された為露になったコックピットからは、呆然としている薬剤師とダリアが正面スクリーン越しに見えたからヴィヴィアンは鼻で笑う。
「接近戦が苦手と嫌いとでは全く別の意味ですよ、クリス少尉」
さっきクリスに言われた事を根に持っていたのか、独り言を呟くヴィヴィアン。



















ガー、ガガッ、

そんな時。左耳から左頬にかけて装着している小型無線機からノイズがして、左耳に手をあてる。
「ルネ君そちらの様子はどうかな?」
「こちらはマラ教徒上層部2人を滷獲すれば任務遂行ですが、エドモンド将軍貴方は今どちらに?できれば城の方へと逃げたネズミ1匹の滷獲をお願いしたいのですが」
「うん。今そのネズミと対峙しようとしているところ」
「それは良かった。これで国王様に怒鳴られずに済みそうです」
「あはは、そうだね。でも良いのかな?このネズミを私が仕留めてしまったら、ルネ君のせっかくの昇進のチャンスを私が奪ってしまう事になるんだけど」
「今回は諦めますよ」
「あ、怒られる方が怖いんだね?ルネく、」


ブツッ、

音をたてて通信が切られた。通信を繋げてきて尚且つまだ会話途中だったエドモンドの方から。明らかに、彼が通信を切断したのではない事が明確だ。
「まさか生身で対峙しているわけじゃないよな…」
顎に手をあてて呟く。
取り敢えず機内から降りて薬剤師とダリアの滷獲に向かう為、ジャンヌにはおとなしく機内に残っているよう言い、自分だけ機内から降りた次の瞬間だった。


ガタン、

「なっ!?」
背後から機体の動く機械音がしたかと思えば、ジャンヌが乗ったままの機体が動き出したのだ。城の方へと。




















「ベルディネ何をやっているんだよ!今すぐ止まるんだ!」
機体の前へ飛び出したヴィヴィアンだが、こちらは生身で相手は鉄の鎧。無理だ。止まらない。
ヴィヴィアンを無視して、ぎこちないながらに城の方へと歩いて行った戦闘機。恐らく先程の通信がジャンヌにも聞こえていて、通信で言っていた"ネズミ"をクリスだと思ったジャンヌがクリスを仕留める為、城の方へと向かったのだろう。ネズミはクリスで間違いない。ないのだが…。
「機体を壊したら怒鳴られるのは僕だってのに!」
その時。


パタパタ!

2人分の足音をヴィヴィアンの聴覚がしっかり捉えた。ハッ!として音の方を振り向けば、半壊した機体から飛び出し今まさに逃げ出している薬剤師とダリアの背が遠くに見えた。
「チッ!どいつもこいつも手間をかけさせるなってば!」


パァン!パァン!

数発の発砲音が天井の高い格納庫に響くと、バタン!とその場に倒れこんだ薬剤師とダリア。しかし息の根は止めていない。足を撃って逃げられないようにしただけだ。
「本当は息の根を止めたいところだけどね。ほら。あの残虐国王は、君達を公開処刑にかけたいみたいだから」
「うぅ"っ…」
罵声を浴びせられても2人からは撃たれた痛みに堪える唸り声しか聞こえない。その時調度帰還したカイドマルド軍の面々。
――という事は、残るはクリス少尉だけか――
帰還した面々に、彼ら2人を地下牢へ入れるよう伝えるとヴィヴィアンは残った仕事を片付ける為、城の方へと駆けて行った。






























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