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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ジュリアンヌ城内―――

「本日は午後2時より同盟国聖マリア王国他3国の国王陛下と軍事会社フェルディナンド社社長との会合が予定されております」
いつこの場が戦場と化するのか?というくらいまだ平穏な時が流れるとある日の午前。ルネはルネで王党派と議会派とで揉めていてそれどころではないのかもしれない。
王室御用達の店から取り寄せた紅色の絨毯の廊下を進む、新たに購入した電動車椅子に座り、膝の上に今朝の新聞を乗せたダミアンにエドモンドが会合の資料を手渡す。手渡された資料を彼は目を細めて見る。
「国王様。フェルディナンド社を招いたという事は本当にあの計画を実行なさるおつもりですか」
「その時期が来ればの話だが」
「しかし、些か危険な気がしないでもありません」
「私はやると言ったらやる」
エドモンドとダミアンの会話の内容がさっぱり分からないヴィヴィアンは、2人の後ろを歩きながら首を傾げる。
――そういえばここ最近フェルディナンド社の人間が軍に出入りしていたな――
その場面を思い出すと、フェルディナンド社の整備士達がカイドマルド軍全ての戦闘機にルネとの対戦へ向けた装備を増強していた気がする。その事か、と自分の中で簡単に済ませた。
「聖マリアの軍備はなかなか期待できるが他がな…」
資料を2枚捲って溜め息を吐くダミアンに対し、
「此処にルネ軍を知り尽くした助っ人が居りますよ!」
と明るく言い、ヴィヴィアンを指差すエドモンドだが、ダミアンは無視をして資料に目を向けながら先へ進んで行ってしまう。その後ろで呆れた笑みを浮かべるエドモンドとヴィヴィアン。
























「あ、そういえば」
ポン!と手を叩いたエドモンドがニヤニヤし出したから、彼が何を言いたいのかを嫌でも察したヴィヴィアンは溜め息を吐く。
――あの話題を出したら殺されるだろ。こんなのが将軍で本当に大丈夫なのか…――
「国王様上手くいっていますか?」
「何がだ。軍備増強なら私の計画に狂いなど無い」
「そんな堅苦しい事じゃないよねぇ〜ルネ君?」
肩を組んでくるエドモンドに、
「ははは」
と苦笑いで応対。
そんな2人を首だけを後ろに向けて睨んでくるダミアンの目が恐い。
ヴィヴィアンはエドモンドにポンポンと背中を2回叩かれて、言うように催促される。
――仕方ないな…――
心の中で呟いて口を開くヴィヴィアン。
「先日たまたまエドモンド将軍が知ったようですよ」
「…何をだ」
ここで、ホルムアルデヒドに漬けられたヘンリーとキャメロンが居る部屋の事を指しているのかと思ったダミアンは眉間に皺を寄せるが、その予測は大きく外れた。エドモンドが満面の笑みで楽し気に話し出す。
「国王様の初恋人!うん!若いって素晴らしい!」
1人だけやたら楽し気な彼を感情の無い瞳で見つめるダミアンから殺気立っているのをすぐに感じ取ったヴィヴィアンが慌てフォローに入ろうとするのだが、お喋りなエドモンドに先を越されてしまう。





















「いやでもさぁルネ君?人間が人間を恨み殺し合うこんな時代に、人間が人間を愛しただなんて素晴らしい事じゃないかな?平和への第一歩だと私は感じたけど。ルネ君は?」
「臭いですね」
「だからルネ君は、」
「はいはい。取り敢えず国王様はもっとお優しくなられた方が宜しいですよ。女の子は特に扱いにくい生き物ですから」
能弁になったヴィヴィアンはベラベラ喋ると、ダミアンの機嫌が更に悪くならない内に…と話を切り上げようとする。
最後の4枚目の資料に目を通しながらイラ立った雰囲気が漂うダミアンが口を開く。
「貴様らのふざけた妄想を口にするな。私とルーベラ皇女殿下は何もない」


しん…

その一言に突然静まった2人。やっと煩い虫2匹を追い払えた事を嬉しく思い、資料4枚目の新型戦闘機の装備一覧表に目を通していたら…。
「ぷっ…!」
「くっ…クスクス…」
背後から笑いを必死に堪えているような口の端から漏れた笑い声が耳に入ってきたので、首を後ろへ向けてダミアンはギロリと一睨み。
「何を笑っている」
2人は顔を見合わせると、堪えきれなくなったヴィヴィアンが思わず吹き出してしまい、ダミアンから顔を反らして腹を抱えて笑い出す。つられたエドモンドも同様に。
「あははは!」
「笑っちゃ失礼じゃないかルネく、ぷっ…!あっはっは!」
2人のその態度にダミアンが怒りを覚えないはずが無くて。






















「笑っている暇があったら対ルネ戦に備えた訓練に、」
「国王様。僕とエドモンド将軍は一言も出しておりませんが?」
「だから何の事で笑っている」
「ルーベラ皇女のお名前なんて出しておりませんよ」
2人綺麗に声を揃えて言うものだから、さっきの会話を全て思い出す。2人がルーベラの名前を一切出していないにも関わらず、自分から彼女の名前をうっかり出してしまっていたさっきの自分を思い出したダミアンは、懐に入っている物に触れた。


カチャッ…、

車椅子ごと2人の方に向けると、キョトンとした2人と目が合い、それを合図に懐から素早く1丁の拳銃を取り出した。


パァン!


パリン!

廊下のガラス張りの大きな窓が割れる音と共に、何発もの銃声。足元にはガラスの破片があちこちに飛び散っている。
瞬時に白い円柱の影に隠れたヴィヴィアンとエドモンドは顔を真っ青にして、未だに速い自分の鼓動を嫌でも聞いていた。
一方のダミアンは勝ち誇ったようにふん、と鼻で笑い、拳銃を懐へしまった。




















「おやおや。今日もご機嫌斜めかなルーシー殿」
曲がり角からひょっこり顔を出したシルクハットに黒のトレンチコートを着た白髪の老人こそ、フェルディナンド社社長『ロバート伯爵』だ。伯爵はシルクハットを一度頭上に上げて礼をする。すると、彼の背後からひょっこり顔を出した目付きの悪い小柄な少女『ドロシー』オレンジに近い金髪に、黒レースやフリルいっぱいの服を着ている。
「伯爵そちらは」
「この子は私の孫で22歳なのだけどそうは見えない小柄でしょう。けど彼女の天才的な技術を買って、今はほとんど彼女に会社を任せていましてね」
挨拶をしなさい、と催促されロバートの前に出てきて礼をするのだが、無愛想だしとても22歳には見えない童顔で小柄。小学生に見える。
「伯爵の後継者か」
「次期、ね。しかしまだ私も現役ですぞ」
ムンッ!と両腕に力瘤を出して見せるロバート。ダミアンは金色に輝く腕時計に目を向けるが、まだ午前11時30分をまわったところだ。会合まで3時間はある。
「だいぶ早いようだが」
「これは失敬。張り切り過ぎましたかな」
「構わん。サロンへ案内させる。昼食でもとっていけ」
そう言われ、シルクハットを取って礼をするロバート。ダミアンはエドモンドを呼ぶと、ロバート達をサロンへ案内させた。


























廊下に残ったダミアンとヴィヴィアン。
「おい」
ヴィヴィアンを呼ぶと、さっきから膝の上に乗せていた今朝の新聞を背を向けたまま無言で彼に手渡す。
「…!!」
開かれていた記事に目を向けた途端ヴィヴィアンの真っ赤な瞳が限界まで見開かれ、新聞を持った両手が小刻みに震え出す。記事には、もう2ヶ月近く前になるルネでのマリー・ユスティー処刑の件が記載されていた。記事に添えられた写真には垂れた紫の瞳をした優しいマリーの姿。
「先代ダビド国王を殺害し逃亡中のヴィヴィアン・デオール・ルネとの子を身籠ったマリー・ユスティーを処刑しようと試みたルヴィシアン国王。しかし何者かの邪魔が入り、マリー・ユスティーを処刑は疎か彼女を連れさらわれた。居合わせた側近達の証言によれば、処刑に水を差した人間は異端なマラ教徒と服装がそっくりだったらしい。カイドマルドとの対戦を控えているルネ王国にとってどちらをも潰す調度良い機会だとルヴィシアン国王は述べている」
記事の中で最も重要な部分を何も見ず読み上げたダミアン。一方のヴィヴィアンは黙ったままだ。




















「良かったな。まだ王室での名は残っているようだぞ。しかし何故マラ教徒が貴様の女を助ける行為を行ったのかは謎だが、どちらにせよルネの暴君に喧嘩を売ってしまったようだ」
「この記事を見せて僕にどうしろと言うのですか…」
低く、さっきまでのちゃらけた様子が消え去ったヴィヴィアンの声。
「自分で考えろ」
それだけ言い残して車椅子を動かしてエレベーターの扉を開き、中に入ったダミアンの背をキッ!と睨み、新聞を丸めたヴィヴィアンは閉じ欠けたエレベーターの扉を無理矢理抉じ開ける。


ガンッ!

「扉が壊れる」
「カイドマルドの為だけに戦えと言ったのは国王様貴方でしょう!なのに何故こんな…こんないかにも復讐しろだなんて事を…マリーを助けろなんて事を…うぅっ…、マリー…」


パサッ…、

俯き、握り締めていた新聞を床の上に落とす情けないヴィヴィアンを、ダミアンは睨み付けながら見上げる。






















「勘違いするな。貴様の女子供などどうなろうが知らん。その復讐心をカイドマルドの為に活かして戦えと言っているだけだ」


バタン、

エレベーターの扉が閉じてぐんと上へ上がっていく機械音が消えると、小鳥の囀りだけが聞こえる静かな廊下。壁に頭を付けてドン!と柱を力強く叩いたヴィヴィアン。
「私情を持ち込んだせいで負け続けたのに、ここでまた私情に流されたら僕は…!」
脳内で蘇る新生ライドル王国や日本での戦場。
彼の目線は、足元に広がった新聞に向く。調度視界に入った記事に、ルネ王国は現在ルヴィシアンの暴君振りに痺れを切らした議会や国民から成る議会派と王党派とに分かれている…という記事を見つける。すぐ屈んで新聞を拾い、その記事に素早く目を通す。
「王党派と議会派…。議長はマルクスか?よくやるな。…そうか。そのやり方で戦争を止める方法が…!けどルネ軍をバックにつけている王党派に立ち向かえる術が議会派には何一つ無い…」


































午後2時をまわった頃。3階の広々とした応接室で予定通り少人数での会合が開かれていた。
「我が軍はフェルディナンド社の新装備導入により、軍備は万全を来しております」
「我が聖マリア王国も同様です」
「我が国も」
皆同じ言葉を並べるが、ダミアンは返事もせず何か一つの事をジッ…、と考えているようだ。
静まり返り、各国の王がダミアンに視線を向けても彼は一向に口を開こうとはしないので、場の雰囲気を取り持とうとロバートが新たな話題を挙げた。
「そ、そういえば先日からルーシー殿の御命令によりジュリアンヌ専用機に我が社が特別装備を加えまして」
「ほう。あのジュリアンヌ様の機体にですか」
「どのような装備か気になるところだ。優れた物であれば我が国の機体全てに導入してもらいたい」
たちまち盛り上がりだしたのでホッ…、と一安心するロバートが横目でチラッ…とダミアンを見るが、彼は相変わらず口元に手をあてて考え中。

























「ロバート伯爵。装備の詳細を」
「しかし何故ジュリアンヌ機にだけ?」
「そ、それはですね…」
これは言って良いものか悪いものか分からず、ダミアンの顔色をチラチラ伺っていた時。
「ルネ王国議会と連絡をとれる者は居ないか」
やっと言葉を発したかと思えば何を言っているんだこいつ…、そんな各国王の眼差しが注がれても動じないダミアンにオロオロロバート。沈黙の後、各国王からはどっ、と笑いが起きた。
はっはっは!これはこれはルーシー殿。ご冗談が上級ものだ」
「怖じけずいて戦前にルネに白旗を挙げるなどルーシー殿らしくないですな」
「違う。そうではない。貴公達は知らないのか。ルネは今内部分裂が起きていてだな、」
「ではそろそろ我が自慢の側近がプライベートジェットで迎えに来る時間だ」
「おお!偶然ですな。私もですぞ」
次々に勝手に立ち上がり出した太身で中年の国王達。




















「待て!私の話がまだ終わっとらんだろう!」
応接室から退室していく国王達を追い掛けるが、なにぶんこちらは車椅子な為、自分の脚で歩ける国王達より進む速度が遅い。
最後に聖マリア王国国王が部屋を出ようとしたところにやっと追い付くと、国王が振り向く。聖マリアは同盟国の中でも最も軍備が整っていて期待できる国だ。
「貴公なら、ルネが王党派と議会派に分かれた事を好機だと思うだろう?」
必死の問い掛けに聖マリア国王はにっこり笑みを浮かべたので、ダミアンの肩の荷が一瞬降りたのだが…
「敗戦続きの国に従ってばかりはいられなくなったのですよ」
「なっ…!」
"敗戦続きの国"
それは勿論カイドマルド王国の事を指している。
先代ヘンリー国王の時よりダミアン即位後の方が戦禍が激しくなってはいるが、ヘンリーが国王の時の方が断然に勝利を納めていた。
今はどうだろう。ダミアン即位後の方が戦禍が激しくなっているとはいえ、勝利を納めた回数など片手の指で数えきれる程しかない。それは逆に、そのくらい敗戦しているという事の表れ。
























「今まではカイドマルドを筆頭に同盟内で活動してきましたが、これからは我が聖マリア王国に従ってもらいますよ。今日の会合はカイドマルドの無力さに気付く為の会合だったのでしょう?これ以上我々同盟国の足を引っ張らないようバックアップをよろしく頼みますよ、カイドマルド王国?」
ふっ、と鼻で笑った聖マリア王国国王は側近に連れられ、エレベーターに乗り1階へ降りていった。


ドン!

応接室廊下の壁を右手で力強く叩き、長い長い廊下を1人で進んで行ったダミアン。
「国王さ、」
メリーを抱えたルーベラが彼の後を追おうとするが、廊下に立っていたエドモンドに顔の前に手の平を差し出されて止められたから彼を見上げて、
「何故止めるの?」
と表情だけで問うが、どこか切な気なエドモンドの表情が返事だった。


































その頃――――

ジュリアンヌ城を後にした各国の王達は自慢のプライベートジェットを前に、別れの言葉を述べ合っていた。
「いやはやしかし次は何を言い出すかと思えば。ルネの議会に目を付けたときましたか」
「まったく。7年前の事件で後継者が彼以外残っていないからと言って、まだ未成年の小僧に一国を託したのがカイドマルド一生の汚点ですな」
「その7年前の事件はダミアン殿が指揮したという噂もありますが」
「それ程王位に就きたかったのですか。怖い怖い。そんな国の我が儘にこれ以上付き合っていられませんな。ルネを滅ぼし英雄となる瞬間をカイドマルドに横取りされないようにしましょう」
「この国は駒として援護にまわしましょう」
ジェット機の飛び立つ大きな音がした。







































城内中庭――――

吹き抜けの1階中庭。たくさんの花々が咲いていて、ヨーロッパ地方以外の珍しい花も見られる。
オレンジ色の夕焼けが射し込む中庭で、ルーベラがメリーと一緒に芝の上に腰を掛けて熱心に白い小花で花輪を作っているようだがだいぶ苦戦しているようで、萎れた花々が彼女の周辺に散らかっている。
そんな彼女の隣に居たメリーが突然中庭入口へと駆けて行ったからそっちを振り向いた途端、ルーベラの表情がぱあっ!と明るくなる。
「国王様!お仕事は終わりましたか」
「言っただろう。私が死ぬまで私の仕事は終わらないと」
感情の一切籠もっていない一言にムスッとするルーベラだが、今日は珍しくダミアンからルーベラの元へやって来てくれたので思わず笑みが浮かんでしまう。






















一方のダミアンは、茎の萎れた白い花々が芝の上に散らかっている様子と、ルーベラの手の中にある歪な花輪を見る。その視線に気付いたルーベラは頬を赤らめ頭を掻いた。
「ハーバートンのお墓に花輪を掛けようと思ったんですけど、なかなか輪にならなくて」
「それだけのせいで花をこんなに無駄にしたのか」
辺りに散らばった無惨な花々を見る目に感情が無いから、怒っているのかいないのか分からず内心ヒヤヒヤなルーベラ。
「あっ!」
ルーベラの手の中にある歪な花輪を奪うダミアン。無言でルーベラに手を差し出してきたから、彼の意図が分からないルーベラが首を傾げたら…
「私に花を渡せ」
――あれ?もしかして作ってやる!って意味かな――
淡い期待を抱き、自然とにやけたルーベラは同じ種類の白い小花を1本1本抜き取り手渡していく。
並行して、いとも簡単に花輪を作っていく彼の車椅子の腕置きに手を置いて感心しながら過程を見る。ルーベラの緑の目が真ん丸くぱちくりしている間に完成。
「すごい。作れるんですね」
「母親に作らされていただけだ」
出来上がった花輪をルーベラの頭の上にポン…、と乗せるとすぐ背を向けて城内へ入っていこうとするから、ルーベラはさっき見つけた中庭の片隅に咲くピンクの可愛らしい花を慌てて2本抜き取ると、ダミアンの顔の前に差し出す。
























そんなルーベラと花を交互に見る無表情な青の瞳。
「みせばや、って言うんですこの花。貰ってくれませんか」
「中庭に来れば見れる」
「そうじゃなくて。この花言葉に意味があるから国王様に渡したいんです。みせばやの花言葉知ってますか?」
「知らん」
「なら今度教えます!」
強引…そんな言葉がぴったりなルーベラの手渡し方に顔を歪めながらも、渋々といった様子でみせばやを膝の上に乗せ、今度こそ城内へ入っていった。
ルーベラは空を見上げる。吹き抜けの空にはオレンジ色の美しい夕焼けが広がっていた。
「明日も見れるといいね、メリー」
「にゃあ」
猫特有の可愛らしい鳴き声が返事として返ってきた。




































カイドマルド軍本部―――

格納庫にて。対ルネ戦に向けた新装備が追加された戦闘機を見上げるが、不安な表情が取れない軍人達。
そんな中、午前中見かけたフェルディナンド社のドロシーがこんな夜遅くになっても今尚1人で手掛けている機体があった。これが過去に使用されていたジュリアンヌ専用機。他の戦闘機とは色が異なり水色で若干形も異なるそれを見上げるヴィヴィヴィアン。
――こんなのあったんだ。新しくはないから新型ではないみたいだけど――
その時ふと視線を感じて目線を落としてみると、スパナを持ったドロシーが顔だけをこちらへ向けてジッ…、と見つめていた。その目付きの悪さには驚いてしまう程。




















「…何か?」
「気にせずどうぞ」
これで会話は終了。のはずだったが、戦闘機に興味関心のあるヴィヴィアンは何故この機体だけ形が若干異なり、彼女がこんなにも手掛けているのかを知りたくてうずうずしていた。
近寄るとだいぶ警戒されわざとらしく距離を取られたので思わず目元がピクリと痙攣するヴィヴィアンだが、ここは堪えて無理矢理のスマイル。しかしドロシーはヴィヴィアンにスパナを向けて敵視してくる。
「私に近寄らないで下さいルネ!用件は何ですか。さっさと述べてさっさと私から離れなさい。ルネが近くに居るだけで虫酸が走ります」
なんて直球な言葉。驚きながらも渋々距離を取ってやる。
「この機体だけ何故こんなにも手掛けているのかと思っただけですよ。深い意味はありません」
「爺様からジュリアンヌ機にだけ特別装備を付け加えろと言われたので私はそれに従ったまでです」
――ジュリアンヌ…またこの名前か――
「特別装備?」
頭上にハテナマークを浮かべる。
「脚は使用しないもの。左手もできるだけ使用しないもの。声でも操作可能なもの。これが爺様から承った私の仕事です以上」
早口で述べると、その小さい体で機内へ潜り込み再び作業を開始。
「早口過ぎて何を言っているのか全く聞き取れなかった…」
ポツリ…と呟いた時、格納庫にはもうヴィヴィアン以外の軍人の姿は無かった。


















































同時刻、
ルネ王国―――

バベット家は深夜にも関わらずリビングに明かりが灯っている。
木製のテーブルの上に広がったたくさんの書類と3枚の航空券。アントワーヌはいつも以上に真剣な眼差しで、向かいに腰を掛けている父親であり議長のマルクスを見つめる。
「父さん。覚悟はできていますか」
「勿論だとも。ルネ軍にも議会派を潜ませておいたしな。我々議会が全力を尽くしこれで王政が廃止し以前のように平和なルネ王国が世界がまた訪れるのなら」
そう言い、ルネとカイドマルドとは一切交戦した事の無い中立国イタリア行きの航空券を取り出す。
「イタリアから鉄道を使ってカイドマルドへ行く事ができます」
「そこでヴィヴィアンを連れ出し彼と手を組み、ルネ王室を崩壊させ王政を廃止し、共和制をうちたてるのだろう?」
マルクスがゴクリと喉を鳴らしてビールを飲む。しかしアントワーヌは笑い、父を横目で見る。
「カイドマルドの手は借りますが、ヴィヴィアンを連れ出す意味を勘違いされておりますよ父さん」
口元が不敵に歪んだ息子の言いたい事が分からず、頭上にハテナマークを浮かべたマルクスが羽織っている褐色のコートのポケットの中に小型の盗聴器が入れられていた事にも気付かず、彼はまた大好きなビールを幸せそうに飲み干すのだった。






























一方。アントワーヌの母親の友人が住むルネの田舎町では、母の友人であり助産婦である女性が、マリーとその子供を匿っていた。


ゴオッ…!

ルネ城が在る都心部からルネ軍の戦闘機が飛び立っていく大きな音と同時に、木製の古い家がガタガタ揺れる。その音に負けじと対抗するかのように元気良く泣く赤ん坊を見つめていたら、本当に今この国や世界は戦国時代なのかと目を疑ってしまいそうになる。


ふわっ…、

柔らかなタオルに身体を包んでやりマリーが赤ん坊を優しく抱き締めると、さっきまであんなに泣き喚いていた赤ん坊はピタリと泣き止む。笑顔できゃっきゃっと声を出しながら、マリーの長い髪を引っ張るくらい元気。
「人の気も知らないで楽しそうな赤ちゃんだこと」
エプロンで手を拭きながらキッチンからリビングへやって来た黄土色のロングへアーの中年女性がアントワーヌの母親の友人である。
友人がマリーの抱えている赤ん坊を抱こうとすると赤ん坊はまた泣き喚くから、慣れない手つきながらもマリーが必死にあやせば、途端泣き止む赤ん坊。性別は女だ。
「名前は決まったかしら?」
「以前ヴィヴィ様とお話していた時に出てきた候補の中から選びましたの」
「そう。どんなお名前かしら。聞かせてちょうだい?」
真っ黒く少し癖のある髪を女性が撫でる。マリーは顔を上げた。
「こんな時代に負けない強い子に成ってほしいので…熱心な、頑張り屋なという意味がある名前にしましたの。エミリー。貴女のお名前はエミリーですわ」
















































カイドマルド、
ジュリアンヌ城―――

「ここからは私の領域だ」
1人用にしては明らかに大きいキングサイズの真っ白なベッド中央に縦に綺麗に並べられたふかふかの枕。これを境界線とし右側がダミアン、左側がルーベラの領域とした。だが、明らかに彼のベッドの範囲の方が3分の2は占めている。この領域に入ったら即寝室から追い出すらしい。
「こんなんじゃ一緒に寝る意味が分からない…」
「部屋を与えてやっているというのにわざわざ私の部屋へ来て就寝すると言う貴様の方が意味が分からん」
イラ立った雰囲気を漂わせて早口に言うとルーベラには背を向けてすぐ毛布をかぶってしまうダミアン。
事の発端は、就寝直前に自分用の薄ピンク色の枕を抱えてダミアンの寝室へやって来たルーベラ。雷が怖くて親の寝室へやって来て一緒に寝てほしい子供のようなルーベラ。雷など鳴っていない晴れた夜だが。























カチッ、

頬を膨らませながらも部屋の明かりを消すルーベラ。カーテン越しに射し込む月明かりが眩しいのは、今宵は満月だから。
渋々毛布をかけると、目と鼻だけを出して真っ白な天井を見つめる不機嫌なルーベラ。時折ダミアンの方を見るが、此処からは距離のある所で眠る彼の背しか見えず、溜め息を吐く。
「この戦争が終わったら一緒にお出掛けして下さい」
「……」
「この戦争が終わったら、」
「無理だと最初に述べただろう。終わったとしても私には生涯公務が付き纏う」
煩わしい、そんな彼の心情が口調に表れているから、彼がこちらに背を向けているのを良い事にべっ!と舌を出した時。閃くルーベラ。
「国王様!右手をこっちに伸ばして下さい」
「早く寝ろ」
「伸ばして下さいっ」
煩わしい、そう呟き相変わらず背を向けてはいるが、境界線の枕の上にボフッ、と右腕を伸ばしたダミアンの右手を自分の左手で握るルーベラ。瞬間ビクッ!と反応したダミアンにクスッ、と笑ってしまう。





















だがダミアンは明らかにイラ立っている雰囲気を漂わせながら、やっとこちらへ顔を向けた。
「私の領域に入るなと言っただろう」
「入っていませんよ?」
そう言われて目線を落としてみると、実際ルーベラの左手はダミアンの領域には一切入っていない。
「でしょう?」
勝ち誇ったように言われると彼は握られた手をブンブン振って振りほどこうとするから、ルーベラは最大限の力を出して、放すまいと両手で彼の右手を握る。
「はぁ…」
諦めたダミアンはまた背を向けてしまった。
























それからは、ルーベラが目をキラキラ輝かせて1人で話し出した童話の中の王子様とお姫様のような願望を全否定していくダミアン。
「国王様のお父様やお母様はどんな方だったのですか?」
「忘れたな」
「そうやって…!私のお父様はですね、」
「ぱぱ、だろう?」
先日クリストフェルと再会した時思わずいつもの呼び方をしていたルーベラの呼び方を嫌味たらしく言えば、ルーベラはムッとする。
それからはルーベラが一方的に自分の過去を話すが、ダミアンは一切自分の過去は話さない。だが…、
「国王様はご自分のご両親がお嫌いなんですか?国王様が産まれてくれて皆喜んだに違いな、」
「私は本当は産まれてこないはずだった」
「え」
初めて過去を明かしてくれたかと思えばルーベラには少々衝撃的だった。それは一体何故?聞こうとしたがどうせ答えてくれなさそうだし、これだけでも過去を明かしてくれたからそれで良しとしてルーベラはぎゅっ、と手を握る。
「産まれてきてくださりありがとうございます」
「当たり前だ。私が居なければカイドマルドは今頃あいつの納めたゴミのような国になっていた」
「ふふっ。国云々じゃないですよ」























そろそろ話題が尽きてきたそんな夜11時30分をまわった頃。
「国王様。どうしても教えてほしい事があるんです」
「……」
「7年前の事。貴方が以前言っていた家族殺しの事。貴方のお身体の事」
「知ったところでどうなると何度も言わせるな。学習能力の無い奴だな」
「何かあったのでしょう家族を殺さなければいけないような悲しい事が。微力だけれど私も一緒に分かち合って生きたいんです。ぱぱとも兄姉とも離れて1人になった軍の役にもたたない私を国王様は城においてくださっているからお礼も兼ねて…」
「しつこい」
ルーベラは思わず起き上がる。みつあみを解いた緩いパーマのかかった長い髪が揺れた。
「恋人なら当然の事を言っただけです!今日の会合で同盟国の中でも権力のあったカイドマルドが敗戦続きというところを付け込まれ聖マリア王国に権力を奪われた事だって、辛かったなら私に打ち明けてくださるだけでも少しは楽に、」
「私に干渉するな!」


パシッ!

怒鳴ったと同時に、握っていた手を乱暴に振り解き起き上がったダミアンの瞳に睨まれてビクッ!と震えて後退りしそうになるが唇を噛み締めて耐えるルーベラ。
自分の過去よりも今日の会合の事を指摘されたのが癇に障ったのだろう。せっかくあのダミアンが他人に心を開き始めていたというのに。






















彼女が何故会合の内容を知っているのかという事も頭に無い程イラ立っている。実際彼女は内容をエドモンドから聞いたのだが。
「何故そうやって強が、」
「これ以上私に干渉するな!カイドマルドの事も王室の事も何も知らない他国の余所者が口を挟んで良い場面ではない」
「…っ、どうしてそんな言い方しかできないんですか!ハーバートンも失って寂しそうだったから私が代わりになれたらって…」
「私がいつ貴様に慰めてほしいと頼んだ?いつあいつの代わりになれと頼んだ?言ってみろ」
さすがにうるっときてしまい、途端ボロボロ溢れる大粒の涙がルーベラの頬を伝い、シーツに滴り落ちて染みとなる。皺ができるくらいシーツに爪をたてて堪える。
「泣けば許してもらえると思っているのか。貴様はいつもそうやってすぐ泣く」
「っ…、そんなんだから…相手の気持ちが分からないような性格だから同盟国からも馬鹿にされるんですよ!戦にも勝てないんですよ!ダミアンに国王なんて無理なんです!」





















泣き声と怒鳴り声の混じった彼女のその言葉に青の瞳が大きく見開かれた。
「貴様言わせておけば…!」
周りが見えなくなり右手を振り上げたダミアンが視界に入り恐くなり、ぎゅっ…!と目を瞑るルーベラ。

『ジュリアンヌ貴様!!』

「…ハッ!」
その光景が7年前ヘンリーがジュリアンヌを打った光景と重なり、ハッ!と我に返ったダミアンはルーベラの顔を自分の手が叩く寸前で、振り上げた右手を自分の左手で止めて彼女から顔を反らした。
一方のルーベラは恐る恐る顔を上げる。
「早く出て行け!」
「言われなくても分かっています!どうせ貴方とは…不釣合ですから!」


バタァン!!

目を真っ赤にして涙を流したままベッドから飛び降りて寝室の扉をわざと大きな音をたてて閉めたルーベラの足音がだんだん遠ざかっていき、終いには聞こえなくなった。

















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