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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ジュリアンヌが辿り着いたのはウィリアムの部屋だ。年が近いという事で何かと相談してくるジュリアンヌが今日は珍しく…いや、初めてだった。綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにしてやって来たのだから。
英語の勉強中だったウィリアムも教科書を床の上に放り投げて彼女をソファーに座らせ、クリーム色の肩掛けを掛けてやる。
「うっ…、ひっく…」
俯いていて、ヒクヒク体を上下させるこんな弱々しい彼女を見たのは初めてだ。国王にまで平気で逆らうジュリアンヌとは思えない。ここで優しく甘い言葉でもかけてやれば良いのだろうけど、生憎恋愛にウブなウィリアムにそんな事ができるはずがなくて、室内にはただただジュリアンヌの小さな泣き声がするだけだ。






















何か声を掛けなくては…そう思ってチラッ…、とジュリアンヌに目を向けた時、逆に彼女の方から話し掛けてきたのだ。相変わらず俯いたままだけれど。
「みんな…みんなの言いたい事は分かるの。けど…私は見殺しになんてできない」
「見殺し…?それは一体どういう事ですか」
「赤ちゃんの事。まだ私は15だしヘンリーの評判も考えてお腹の中の赤ちゃんは中絶したほうが良いって…ヘンリーも貴族もそう言ったの。でもそれってみんなの自己中心的な発言だよね?お腹の中の何も知らない赤ちゃんはヘンリーや私の評判の為だけに殺されちゃうんだよ?そんな事をするくらいなら私が死んだって構わない」
「そんな事…!」
バッ!と顔を上げたジュリアンヌのいつもは優しい青の瞳が力強くて恐かったから、ウィリアムは思わず目を反らしてしまう。何も言ってあげられない。
「私ね。本当はもっと田舎の家に住んでいたの。ぱぱとままとお兄ちゃんと私の4人で。でもね、ぱぱの興している軍事会社と敵対関係にあったライバル会社の人にままとお兄ちゃんは殺されたの。ライバル会社の人の都合の為だけに」
「え…」
「それからその会社の人達はヤードに捕まってぱぱと私は城下町まで引っ越してきたんだけどね。…だからね。他人の勝手な都合で殺される犠牲者が出るなんてもう懲り懲り。もう嫌だ…」
























しん…

「ジュリアンヌ!何処に居るんだジュリアンヌ!?」
「ジュリアンヌ様!?」
沈黙が起きてしばらくしてから、部屋の外からジュリアンヌを探すヘンリーの側近や貴族達の声が聞こえてきてジュリアンヌではなく何故かウィリアムが体をビクッ!と震わせる。
未だ目を赤く腫れさせて、膨らんだ自分の腹を優しく撫でているジュリアンヌを横目でチラッ…、と見ると歯を食い縛り立ち上がる。


ガタッ、

「ウィリアム君?」
恥ずかしいけど未だ慣れないけど、彼女の綺麗な青の瞳をしっかり見つめて口を開いた。
「俺、兄になりたいです」
「それって…」
「ジュリアンヌさんのお腹の中の子を産む事に世界中の人間が反対しても俺だけは貴女の味方です。誰に何と言われようと、俺だけはその子の兄になりますから」
涙で濡れた彼女の青の瞳に今だけは自分が映っていた。
"愛する人が幸せならそれで良い"フラれた又は別れた恋人が言うそんな偽善の言葉があるけれど、今はその言葉を残した人の気持ちがよく分かったんだ。この人が泣くなら悲しむなら、自分の感情を押し殺した方が自分も幸せなんだ。






















































4年後――――

「兄様!」
幼児特有の甲高い声がした方を振り向いたと同時にウィリアムの左頬はぎゅっ〜とつねられた。
つねってきた幼児に対し怒りもせず困ったように笑って幼児の綺麗な金色の髪を撫でてやっていたら、幼児の体が突然浮き上がった…と思えば、後ろに幼児を抱き上げたジュリアンヌの姿を捉える。抱き上げられて嫌だ嫌だと暴れる幼児。
「ダミアン!」
ジュリアンヌに名を怒鳴られると機嫌が悪くなったのか、口を尖らせて外方を向いてしまった幼児はまだ4歳のダミアンだ。
「駄目でしょ。お兄ちゃんは今お勉強中なの」
「でも兄様は昨日遊んでくれるって言ってたよ。ね、兄様?」
「あ、うんそうだよな。じゃあ何して遊ぼうか」
「お兄ちゃんは優しいからそう言ってくれるけど本当はお勉強でとっても忙しいの。だからダミアンはママと遊ぼう!」

そう言われても返事もせず外方を向いたままのダミアンを見ていたウィリアムは思わずクスッ、と笑ってしまう。






















「どうかした?」
「王室に来たばかりのジュリアンヌさんに似てるなって思って」
「どの辺りが?」
「反抗的なところですよ」
笑いながらそう言ったらジュリアンヌはプンプン怒り出して終いにはべっ!と舌を出し、ダミアンを抱き抱えながらウィリアムの部屋を出て行った。


バタン、

2人が去った自室でウィリアムは、化学の教科書を開きながらも内容はこれっぽっちも頭の中に入ってこない。
長年続いてきたルーシー家の乳母制度をも廃止させ、ダミアンを自らの手で育てて教育したジュリアンヌの姿が脳裏に浮かぶ。
「俺は母さんじゃなくて乳母に育てられたからな…」
パタン…。結局やる気が出なくて教科書を閉じると、椅子の背凭れに背を預けて天井を見上げる。
「本当ジュリアンヌさんはすごいよ。ルーシー家に革命を起し過ぎだね、ははは」





































3月22日、朝――――

「私も一緒にか?」
突然、家族3人で外出がしたいとまた我儘を言い出したジュリアンヌに問い掛けるヘンリー。
ジュリアンヌは白と黒の千鳥柄のコートを着ると楽しそうに微笑んでヘンリーにヒソヒソと耳打をちする。するとヘンリーは、
「全くお前は本当に」
溜め息を吐きながらも彼もどこか楽しそうだ。
「?」
そんな2人の考えている事が全く分からないダミアンは、目を丸めて首を傾げながら玩具の汽車を手で押して走らせている。そんなダミアンを後ろからひょい、と抱き抱えたジュリアンヌは片方の手でヘンリーの肉厚な左手を握り1台のリムジンに乗り込んだ。



























それからというとやはり、ジュリアンヌの我儘であちこちの店をまわらせられたのだが、ふとした事に気付いたヘンリーがジュリアンヌに尋ねてみる。
「お前は庶民が行くような店ばかりを回っているがそれで良いのか?もっと…そうだな。各国の王室御用達の店や、」
「いいの。こういう店のほうが普通の人達皆と一緒って感じで。王室だからとか貴族だからとかじゃなくてね。ほら。ダミアンも伸び伸びしてるでしょ」
幼児用のコートを手に取りながら微笑み掛けてくるジュリアンヌにはヘンリーも負けた、というように頭を掻く。
確かにジュリアンヌが行きたいと言う店は何処も庶民向けの価格設定がされた店ばかりなのだ。だから余計SP達の気が張ってしまうという事など知りもしないジュリアンヌは、無意識な悪人かもしれない。
「庶民くさいな」
ブツブツ文句を言うヘンリーの目の前に青基調の幼児用コートを差し出すジュリアンヌと、コートを交互に見るヘンリー。
「ねぇヘンリー。ダミアンには青が似合うと思わない?」
「そうか?私は深緑色の方が良いと思うぞ」
「もーっ!それはヘンリー貴方が好きな色でしょ!だから配色センスが無いの貴方は」


バシン!

そんな事を言われ、ましてや背中まで叩かれても怒りもしないどころか、
「私はセンスが無いのか?」
なんて深刻そうな表情を浮かべるヘンリーに、昔からヘンリーの護衛にあたっているSP達は彼の変わり様に驚きながら、ヘンリーとジュリアンヌのやり取りを少し離れた場所から眺めていた。
国王というよりも1人の父親…そんな雰囲気が漂うヘンリーに、SP達のいつも緊張した心が自然と癒されていたのは事実。




























それから格安ランチをやっている庶民向けのレストランで昼食中の事。
「ダミアンの青の瞳は私と同じ色だから、私似なの」
「いやそれは違うぞジュリアンヌ。お前よりも、総合的に見れば私に似ているところの方が多い」
「だからダミアンは私似だって言ってるでしょ!」
こんなくだらない夫婦喧嘩をしながら食事をしている。そんな光景さえSP達が昔持っていた純粋な心を取り戻してくれたのだ。
いつも国王に嫌われないよう自分の為にマニュアル通りに接していた女達よりも、たとえ反抗的だろうとマニュアルには決して載っていないありのままで向き合ってくれるジュリアンヌをヘンリーが溺愛する理由がSPを始めとする貴族達にも少しずつ理解できてきた。
ジュリアンヌが国王であるヘンリーに対してでも容赦無く怒鳴るのは、本当にヘンリーを愛しているからこそ。悪いところを直してほしいからこそ怒鳴るのだ。心底愛しておらず自分の地位だけを気にする女は、国王の悪いところを指摘せず、ただマニュアルに従うだけなのだから。





























あれからも何軒か店をまわった為、ジュリアンヌより40近く年上のヘンリーが疲れて白旗を上げるとジュリアンヌは、
「仕方ないなぁ」
と腰に両手をあてて呟き、今度こそ最後の一軒の店に立ち寄った。
その店は看板の電灯が点滅しているから、そろそろ電球を取り替えた方が良さそうな…そんな一軒のペットショップだ。いかにも庶民的なこの店を嫌悪し、入りたがらないヘンリーの腕を掴み、半ば強引に店内へ連れ込むジュリアンヌ。
「わあ!たくさんだ!」
「ワン!ワン!」
「にゃあにゃあ」
店内には小型犬や猫達の鳴き声でいっぱいだ。早速はしゃいで、檻の向こうに居る犬や猫と戯れ合っている息子をジュリアンヌが微笑ましそうに見つめている時だった。
「貴女まさか…ジュリアンヌ?」
背後からした若い女性店員の声にジュリアンヌが振り向こうとしたが、ヘンリーが守るようにジュリアンヌの前に立って視界を塞いだ。
「貴様無礼だぞ!この女は私の妾であり王室ルーシー家の、」
「やめてヘンリー。この店員は軍学校時代の私の親友なの」
「親友だと?ジュリアンヌお前の親友なのか」
「うん。勿論!」
ヘンリーの前に出てきたジュリアンヌ。実家がペットショップだと言っていた軍学校時代の親友ベティのペットショップをこの日までに探し当てて、わざわざ訪れたのだ。






















ジュリアンヌがヘンリーの妾となってから早くも5年が経つ。身長こそ伸びてはいるものの、髪型も顔立ちも面影がそのまま残るベティ。
「軍学校は下士官まで昇進したところで辞めて、今は父親が経営するこの店を手伝っているの」
緑色のエプロンを着けたベティはそう手短に自分の事をジュリアンヌに話している最中も今も、何故か目を合わせてはくれないし、あの頃の明るくて煩い程元気だった彼女の姿が見当たらない。目の前に居るのは正真正銘親友ベティだというのに。
「ベティ、」
「お母様!」
パタパタ足音をたてて木の籠を持って走ってきたダミアンの頭を撫でながら背丈に合わせて屈むと、籠の中にはピンク地に花柄のタオルに包まれた恐らくまだ産まれたばかりの白い子猫が1匹身体を震わせていた。ジュリアンヌの後ろから子猫を覗くヘンリー。
「まだ産まれたばかりか?そんな猫よりもっと品のある価格の高い猫を選びなさい」
父親であるヘンリーにそう言われてダミアンはすぐ不機嫌になってしまい、子猫の入った籠をぐいぐいとジュリアンヌに押し付けてくるから、この子猫でないとどうしても嫌なのだろう。
「あらあら。ダミアンの我儘には困ったなぁ」
「この子は今朝産まれたのよ」
ダミアンの背丈に合わせて屈んだベティがダミアンに話し掛ける。つりがちな目が糸のように細く微笑んでいる。
「だからまだ売り物にはならないのよ。ごめんなさいね王子様」
言いながらダミアンが持つ子猫の入った籠ごと取ろうと手を伸ばすベティに対し、ダミアンは籠を自分の方に抱き寄せて渡そうとしないから"この子猫が良い!"そういう心情の表れなのだ。






















その様子を眺めていたヘンリーはSPから自分の金色の財布を受け取ると、中からカードを取り出す。
「幾らでも払う。その子猫を譲ってくれないか」
カードをベティに差し出したヘンリーの手の上に日本円で約70万はあるだろうか。札束が乗る。ヘンリーが顔を上げると、ジュリアンヌが彼の横から札束を出していたのだ。
「出掛ける前に言ったでしょ。私とヘンリーで半分ずつ支払わなきゃプレゼントの意味が無いんだって」
そう言われて外出前ジュリアンヌが耳打ちした話の内容を思い出すとカードを財布の中に戻し、代わりに30万はある札束を出した。2人の札束を合わせて約100万はあるだろう。
一方のベティは、手渡された札束を見て目を丸めながら半ば呆れる。売り物ではないと言ったが、たかが子猫で100万円もするはずないだろう…という事は心の中に閉まっておくとして。
すぐ精算を済ませると余った98万円を返し、
「ありがとうございました」
と店員という型にはまった礼を言ってすぐ、逃げるように店の奥へと行ってしまうから、慌てたジュリアンヌが彼女の腕を掴み、引き留める。けれどベティはこっちを向いてはくれない。
「ベティありがとう。売り物じゃない子猫を売ってくれて。これで息子も大喜びだよ」
「……」
「ベティ?ベ、」


パシッ!

やっとこっちを振り向いてくれたかと思えば、ベティはジュリアンヌの腕を振り払う。やはりまだ目を合わせてはくれない。























彼女らしくないその態度に驚いてしまいもう一度声を掛けようとするが、彼女に先を越されてしまう。
「貴族の貴女と庶民のあたしじゃ住む世界が違う。そんな事くらい、貴女と出会った時から分かっていたのに…。いつか友達じゃいられなくなる事くらい分かっていたのに…。馬鹿ね、あたしは」
自嘲するとジュリアンヌに背を向け、トボトボ店の奥へ歩いて行く。その背中が、ジュリアンヌの大好きで憧れていたあのベティらしくないから恐ろしくなってしまったが、意を決す。
「ベティ!」
呼ばれ、ピタリと止まるベティ。
「そうだよね。私とベティじゃ住む世界が違う」
「…何よジュリアンヌ。貴女も分かっていたんじゃない。だったら、」
「女らしい色気のあるモテモテなベティと、女らしさも色気も無いモテた試しの無い私とじゃ住む世界が違うんだって軍学校時代ずっと思ってたよ」
「何言って、」
振り向いたベティの両手を握ったジュリアンヌ。2人は6年振りにしっかりと向き合う。
「だからまた教えてね。ベティ流乙女の秘訣!」
にっこり微笑んだジュリアンヌの笑顔に軍学校時代の彼女の面影がはっきりと残っていた。ベティは目を見開いてからふっ…、と鼻で笑うと、ジュリアンヌの髪がぐしゃぐしゃに乱れるまで頭を撫でて豪快に笑った。
「やっぱりあんたは何も変わってないわジュリアンヌ!」
「そうかな?」
「ずっとそのままでいなさいよ。ベティ様からの命令」
ポン、と頭を1回叩かれ、やっと2人で笑顔の再会が果たされた。
「また来るからね」
「待ってるわ」
遠ざかっていく2人の距離がこれ以上遠く遠く離れていくだなんて、この時の2人が知るはずもない。



































車内――――

帰りの車内では後部座席にヘンリー、ダミアン、ジュリアンヌが横一列に並んで座っている。
ダミアンは両親から買ってもらった子猫に夢中のようで、先程から目がキラキラ輝きっ放しだ。そんな彼をジュリアンヌが自分の膝の上に座らせて頬と頬を擦り寄せながらぎゅっ、と力強く抱き締める。
「その子猫。今朝産まれたらしいじゃないか」
「うん。ベティがそう言ってた。って事は誰かさんとお誕生日が同じって事だねー?」
ダミアンをニヤニヤ見つめてくるヘンリーとジュリアンヌの2人を忙しそうに交互に見つめるダミアンを見て、クスッと笑ったジュリアンヌが頬にキスを落とす。
「忘れちゃったの?今日はダミアンのお誕生日でしょ!」
「僕の?」
ヘンリーの方に顔を向ければ、其処には国王ヘンリーでは無く父親ヘンリーの優しい笑顔が自分を見つめていた。肉厚の彼の手がダミアンの頭を何度も行ったり来たり。
ジュリアンヌはまたダミアンを愛情込めてぎゅっ!と抱き締める。
「HAPPY BIRTHDAYダミアン!」
険しい顔付きをしていたSPも運転手も顔が綻び、祝福の言葉をプレゼントしてくれた。
後に"メリー"と名付けられる誕生日プレゼントの子猫を抱き締めるダミアンをジュリアンヌが抱き締めて、満面の笑みを浮かべる。
「産まれてきてくれてありがとうダミアン!」












































その晩――――

カイドマルド城へ帰宅し、隣の子供部屋でダミアンが子猫と一緒に眠ってから、隣の寝室でソファーに腰掛けて赤ワインを味わっているヘンリーの隣に腰掛けて寄り添うジュリアンヌ。
「珍しいな。ジュリアンヌお前から来るなんて」
ジュリアンヌはクスクス笑ってヘンリーの左手薬指に光る金色の指輪に、同じ指輪がはめてある自分の左手薬指で触れる。
「ね、良かったでしょ」
「何がだ」
「ダミアンを産んで」
「そうかもな」
「かもな、じゃなくてそうなの!だってダミアンが産まれてからヘンリーは前よりももっと笑うようになったでしょ。…気付いてないの?」
「自分の事は自分では気付きにくいものだ」
「はいはいそーですねっ」
ツン、と拗ねたジュリアンヌを見つめてふっ、と鼻で笑うと、彼女の細い身体を抱き寄せる。パーマがかかったふわふわの金色の髪を指で梳きながら頭を撫でていたら心地良くなったのか、うとうとしてきたジュリアンヌは眠たそうにしながらも途切れ途切れに話す。
「ねぇ…ヘン、リー…」
「何だ?眠たいのなら寝て良いんだぞ」
「ダミアンを産んで良かったと思える事が…もう一つある…の」
「何だ?」
「これから…いつかダミアンを愛してくれる人の為に…って」
「そうだな。今は若いお前もその時は顔のあちこちに皺が寄っているかもしれない」
「…酷い」
「悪かった悪かった」
「ねぇ…ヘン、リー?」
「いい加減寝た方が良いんじゃないか」
「昔の貴方より…今の貴方のほうがずっと…」
肝心なところを言い終えぬ内に首を前にカクン、とさせて寝息までたてて眠ってしまったジュリアンヌ。
「ははっ」
思わず笑ってしまったヘンリーは、彼女の細い身体を軽々持ち上げてベッドに寝かせると額にキスを落とす。




















一方自分はというと、ブラウンの淵の眼鏡をかけてデスクに向かう。
ジュリアンヌが王室へやって来るまでは側近に任せっきりだった公務を、今は自ら進んで深夜までやるようになった。これも全てジュリアンヌから、だらけていたところを叱られたからなのだ。
「ジュリアンヌ。お前のお陰で私は産まれて初めてこんなにも清々しい気持ちになった…」
眠っているジュリアンヌを見て呟くと、公務を再開した。
こんなにも幸せで満たされているヘンリーとジュリアンヌとダミアンがいるという事は、その幸せは誰かの幸せを踏み躙ったその上に成り立っている幸せという事だ。


キィッ…、

公務を熱心に取り組んでいるヘンリーと、ベッドで幸せそうに微笑みながらすやすや眠っているジュリアンヌの姿を、紫色の瞳が扉の隙間から捉えている。
ほんの少しだけ開かれた部屋の扉が音も無く閉じる。紫色の瞳をしたキャメロンは眉間に皺を寄せ怒りに身体を小刻みに震わせ、ヘンリー達3人が居るこの部屋の扉越しから、室内に居る3人を睨み付ける。


コツ、コツ…

ハイヒールを鳴らして深夜の廊下の暗闇へ溶け込むように、この場から去って行くのだった。






















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