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症候群-追放王子ト亡国王女-
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闇の様に真っ暗な森の中。渡された大きな布袋を肩に担ぎ、ヴィヴィアンは一歩一歩しっかり歩いて行く。
夜の為暗いのだろうか。この森へは近近付た事は愚か、見た事も無かったのでよく分からないが、この分だとこの森はきっと昼間でも真っ暗なのだろう。例え、眩しく強い太陽の日差しが射しても背が高く鬱蒼とした大木達が森の中へ光を差し込ませないのだろう。
荒れ果てた森の大木の葉は枯れた茶色をしている。太い幹も腐っているものが多く、赤茶色に変色していたり、中へ進んで行けば腐って立っている事に耐え切れなくなった大木は道を塞ぐ様、地面の上に倒れている。
道という道も無い獣道の中、自分で道を作るかの様に倒れた大木を乗り越えたりして進んで行くヴィヴィアン。昔から訓練をしてきて戦場へ出ていただけあって荒れ果てた森にも負けず、涼しい顔をしてどんどん進んで行く。
































しばらく歩いて後方を振り向くと、木々が生い茂っている暗い森があるだけで、街は見えなくなっていた。これは奥まできた証拠だろう。
大きな溜め息を吐き、空を見上げる。月は真っ黒い雲に隠れていき終いには全て覆われてしまった。その為、ほんの少しの月明かりさえもなくなってしまったこの森は本当に真っ暗になってしまう。
今まで月明かりのお陰で辺りが見えていたというのに、元となるものが雲に覆われてしまってこんな真っ暗な森を進んで行くのは困難過ぎる。
ヴィヴィアンは近くに倒れている大木の幹の上に腰を掛け、下を向いて溜め息を吐き肩を落とす。渡された布袋の中を探っていくと、食料だけでなく、ワイシャツと黒いズボンが1着ずつ入れられていた。
着替え用の服まで入れてあった事に驚き、ユスティーヌ王国の人間達の優しさに改めて感謝する。食事は既に晩餐会で済ませてあったので腹が減る事は無かった。紐を引っ張って布袋の口を絞って絞める。


ガサガサ、

草が茂る音が背後から聞こえ、ゆっくり後ろを向くと…。
「ワンッ!」
犬の大きな鳴き声と共に茂みから5匹の野犬が飛び出してきた。犬は皆黄土色の毛に、尖った耳。体は痩せ細ってはいるが動けるし、こんな大きな声で吠える事ができるのだからまだ力はあるとみえる。
突然飛び出してきた野犬達に襲われるが、ヴィヴィアンは足を大きく振り上げて野犬2匹の背に勢い良く踵を落とした。
その野犬達は怯んだが、まだ3匹残っている。大きな声で吠え、ヴィヴィアンに襲い掛かってくるのだった。


































同時刻―――

この森の奥の深くにある廃墟となった1軒の小さな病院。小さなビルの様に5階建てで横幅があまりなく、縦に長いこの病院の壁には蔦が張ってある。窓は所々ガラスが割れていたりで、見るからに幽霊屋敷。
廃墟病院の5階の窓に両手の平を付けて森を見下ろすパーマがかかったふわふわした栗色の髪で、海のような水色の瞳をした1人の少女。静かな森に響き渡る野犬の遠吠えは、少女の耳にしっかり届いていた。
視界に入ってきたのは、3匹の野犬が1人の黒髪の少年を追っている光景。
「…誰」










































一方、その頃のヴィヴィアン。
「っ…、」
飛び付いてきた野犬をかわし切れず、鋭い爪がヴィヴィアンの左目の下を引っ掻き、血が出る。顔の傷は少しの傷でも出血が酷い為大した事はない傷なのだが、血は止まる事無く頬を伝って流れ続けて頬を赤く染めていく。
3匹から同時に襲われてはさすがに対処しきれなくなってしまい、ヴィヴィアンは森の奥へと走って逃げてきたのだ。
服に噛み付いた野犬の鋭い犬歯はヴィヴィアンの赤いマントを裂き、もう1匹の野犬の犬歯は紫色の服に噛み付いてきた。力強く蹴り付けても、野犬は放すまいとずっと服に噛み付いている。
「くそっ!」
体を大きく捻りわざと服を切らせる事で、噛み付いたまま放れようとしない野犬から放れる事ができる。
野犬はヴィヴィアンの紫色の服の布を吐き出すと3匹揃って再び、とても速い速度で追ってきた。後ろを振り向いて野犬との距離を確認しながら走って逃げ続けるヴィヴィアンの目に入ったのは、廃墟となった小さな病院。身を隠す事ができる建物をこの森に来て初めて見付けた喜びで笑みが浮かぶ。
ぐんと走る速度を上げると、病院の入り口の扉を勢い良く蹴り開ける。


バンッ!!

古く錆びた扉は吹き飛んでしまいそうだったが、外れ欠けただけで済んだ。
野犬達は病院の中へ入って来ようと速度を上げてくる。ヴィヴィアンは扉を強く勢い良く閉め、鍵も閉めた。


バタン!!

野犬達が何度も扉にぶつかってくる為、大きな衝撃で扉が外れてしまいそうになる。その衝撃で扉が壊れてしまわないよう中から背中で強く押さえ付けていた。
「帰れ、帰れ…!」
扉をしばらく力強く押さえ続けていたらぶつかってくる衝撃が無くなった。野犬達はやっと諦めてくれたのだろう、鳴き声がどんどん遠くなっていくし、気配が感じられなくなっていく。
「はあ…」
大きく息を吐くと全身の力が抜けた。






















ズキッ!

「痛っ…!」
今まで逃げる事に必死で噛まれた為負った傷の痛みを感じなかったが、安心した途端、負ったたくさんの傷から痛みを感じた。マントも服も切られ白のブラウスとズボンだけとなってしまったが、残った服のどちらも所々切れているし、白のブラウスは血で赤く染まっている箇所も少なくはない。
「銃があればあんな痩せ細った犬達、簡単に殺められたのに」
溜め息を吐いて呟く。
とりあえず休む事にして病院の奥へ進もうと、後ろを振り向く。
「あんた誰!?」
「!?」
何時の間に居たのだろう。気配も感じなかった。
振り向くと其処には、30cmたらずの距離に、パーマがかかった栗色の髪をして水色の瞳、裾にレースが付いただけの至ってシンプルな白いワンピースを着ていて顔や腕、足に傷を負った少女が居た。
少女は元からつりがちな目を更につり上げて、右手に持った小さなナイフをヴィヴィアンの鼻の頭擦れ擦れに突き付けている。髪は乱れ、服も貧しい一般庶民の様に安っぽい。しかしそんな格好でも少女から漂う高貴さ。見た事のある髪色、瞳の色、姿。
「…!」
ヴィヴィアンの脳裏では、先日ルネ王国が勝利したルネベル戦争の光景が思い出される。その時会ったベルディネ王国王女と同じ姿のこの少女は今や亡国となったベルディネ王国王女『ジャンヌ・ベルディネ・ロビンソン』























彼女の素性にすぐ気付いたヴィヴィアンは自分の正体もバレてしまう事を恐れ、咄嗟に身構えて睨み付ける。
しかしその考えとは逆にジャンヌは眉間に皺を寄せ、目を細めてヴィヴィアンを頭の天辺から足の先までジッ…と見ると、突き出したナイフを下ろした。その行動に驚いたヴィヴィアンは、目を丸めてジャンヌを見る。
「あんた1人で何でこんな所に居るのよ」
「え?」
「血、出てるわよ」
未だに目の下から止まる事無く流れ続けている血をジッと見ている。
ヴィヴィアンは警戒をしてはいるが、ジャンヌが自分の素性に気付いていない様子を察すると、身構えていた両手を下ろす。
――そうか。あの時僕は兜をかぶっていて顔も隠れていたし、軍服も着ていたし…まあ気付かれたところでこんな細い女1人に負ける事は無いだろうし――
しかし大国ルネ王国の王子の姿を知らないはずはないという考えも過る。
頭の中にある事を一つ一つ整理していくと、自分は公の場に姿を現した事は片手の指でおさまる数しかないし、兄のルヴィシアンが目立っている為自分の姿を知らない者がいても可笑しくない事に気付く。同時に兄への怒りと、自分への虚しさを感じた。


グラッ、

「うわっ?!」
その時突然体が傾いたかと思えば、ジャンヌが腕を力強く引っ張っていたのだ。その女性らしくないとても乱暴でがさつな行動に驚く。
ヴィヴィアンが今まで関わってきたルネの女性は兵士を除いて、皆気品があり、おとなしかったのでジャンヌの行動や態度は信じられず、目を丸めて何度も瞬きしてしまう。
――さすが先の戦争で大国ルネの兵士を前にしても引き金を引いただけの事はある度胸だな…――
腕が千切れるかと思う程力強く引っ張られて連れられるまま、コンクリートで造られたボロボロの階段を登って行く。
角を曲がる時もジャンヌはヴィヴィアンの事を気にもせず1人で進んで行くので、ヴィヴィアンは何度か角の壁に体をぶつけてしまったそうな。



































最上階の5階まで登ると、扉が開いたままの部屋へ入る。室内は病室らしいパイプのベッドと古びた茶色い小さな棚が置いてあるだけで、他の家具は無い。
窓に付いている白いカーテンは真ん中から下がビリビリに切れて黒澄んでいる。ベッドの布団だって切れて中から綿が出ていたりでいかにも廃墟の病院。
こんなに汚らしくて古く良い所が一つも見当たらなさそうにみえるこの室内で一つだけある良い所。それは、窓から見下ろせて調度木々が重なっていない所から見えるルネ王国の夜景。小さくではあるが、遠くにはルネ城も見える。
「座ってて」
ジャンヌは掴んでいた腕を放すと、棚の引き出しを全て出して乱暴に中を漁りだす。その行動にも呆れてジャンヌを見たまま唖然と立っているヴィヴィアン。
「ちょっと!ベッドの上に座ってなさいよ!あんた出血多量で死ぬわよ!?」
こちらを見たジャンヌの表情や声は怒っていた。再び引き出しの中を漁りだしたジャンヌを見てからヴィヴィアンは小さな溜め息を吐くと、仕方なく思いながらも言う事に従ってベッドの上に座る。
「このくらいじゃ死なないと思うけどなぁ」
「何か言った!?」
「いえ、何も…」
言い返したら新たに傷を加えられる気がしたので引き下がった。


























雲に覆われていた月は少しずつ姿を現わす。再び月明かりが森に射し込み、窓から部屋へも射し込んできた。
「良かった。月明かりであんたの傷が見えて、少しは手当てしやすいわ」
そう言いながら傷テープを手で切り、ヴィヴィアンの傷口に貼っていく。無造作に切られたテープの大きさは統一されていなくて大中小バラバラの大きさなのでヴィヴィアンは思わず笑ってしまった。
「何よ!」
「別に」
「手当てしてもらっているんだから黙ってジッとしてなさいよ。ほら、動くな!」
「痛っ」
一番痛む目の下に傷テープを強く貼り付けられたので逆に痛みは増した。
































「よしっ!」
手当てを終えたジャンヌは腰に両手を充て、満足そう。散らかった引き出しの中の物をブツブツ言いながらも整頓し始めるジャンヌを、瞬きをして不思議そうに見ている。
――やっぱり僕には気付いていないんだな――
安心して息を吐く。しかし自分の知名度の低さに少し寂しさを感じたのは嘘ではない。
「あんた、ルネよね」
「え?」
背を向けて引き出しの中を整頓しながら話し掛けてきたジャンヌ。
一瞬戸惑ったヴィヴィアンだが、面と向かって話し掛けられたわけではないのでまだ少しは気が楽だった。とりあえずここは変な言動をとっては素性がバレてしまうかもしれない。そうなってしまっては残された選択肢は、せっかく見つけた身を隠す事ができるこの場所を逃すか、目の前の少女を殺めて此処に居座るかの二つ。
手当てをしてもらった恩を考えれば常人ならば後者はありえない。取り敢えず、一般庶民を装う事にしたヴィヴィアン。
「そうだけど、君は?」
「私?」
突然こちらを向いて立ち上がると、腰に両手を充てて得意な笑みを見せる。
ジャンヌの態度と表情の急変にヴィヴィアンは顔を引きつらせて苦笑いする。
「聞いて驚きなさいよ一般庶民君!私はベルディネ王国王女ジャンヌ・ベルディネ・ロビンソンよ!」
胸に手を充てて得意気に自分を紹介した。
しかしそんな事をされても既に彼女の事を知っている素直過ぎるヴィヴィアンには、いくら一般庶民の振りをする事にしたと言っても何一つ驚く事ができず、平然としてジャンヌを見ているだけだった。
自分が王女だという事を知った時のヴィヴィアンの反応を期待していたジャンヌにとって、平然として驚いた顔一つ見せないヴィヴィアンの様子は予想外。何度も瞬きをし目を丸めてヴィヴィアンを見る。
「ちょっとあんた…話聞いてた?」
「え。うん、聞いてたよ」
「そう…。どうやらあんたは耳は大丈夫だけれど、耳で聴いた事を理解する頭がおかしいみたいね」
そう言うと乱暴に歩いてヴィヴィアンの目の前に立ち片手で自分を指差してもう一方の片手は腰にあてる。
「私は王女!ベルディネ王国の王女なの!」
「そう。でもベルディネ王国はもう地図から消えたんだよ」
「…!!」
嫌味でも何でもなく、思った事をそのまま口に出してしまうヴィヴィアンの性格は自分でも気付かない間に今まで何人もの人を傷付けていただろう。兄のルヴィシアンは別として。























ジャンヌは怒りが込み上げ、目をつり上げて怒りに満ちた顔をしてヴィヴィアンを睨み付けると胸倉を掴んだ。
「煩い煩い!助けてやったのに…例え敵でも、あんたも私と同じ命を授けられた世界にたった1人の人間だから助けてやったのに何よその言い方!」
高い怒鳴り声は所々裏返っている。胸倉を締め付ける手にはより一層の力が込められていく。
歯をギリッ…、と鳴らすと掴んでいた胸倉から乱暴に手を放し、一歩後ろへ下がる。
「ベルディネはルネと違って、いくら敵国の人間でも軍人以外の罪無き一般庶民は殺さないの。仕方ないわよね。ルネは冷酷な考えをせざるをえない国だものね。そんな国で育った為に血も涙もない人間になってしまった可哀想なルネの人間…」
「違う。冷酷でも可哀想でもない」
「じゃあ何だって言いたいのよ!」
ヴィヴィアンは立ち上がり、掴まれた為に皺が付いたブラウスの胸元を整える。窓から射し込んだ月明かりに照らされる。
「罪無き人を殺さずに戦争に勝てると思っているのですか?血も涙もない人間になる事は可哀想な事なんかじゃない。ルネ王国という大国の常識なんですよ、王女様?」
ジャンヌの背筋が凍り付く。母国を壊滅させられた先の大戦ルネベル戦争の光景が鮮明に思い出される。
ベルディネ城を出てすぐ、焦げ臭い森の中を1人で走っていた時、突然目の前に現われたルネの兵士と自分の目の前に居る少年の姿とが重なる。
まさか…と思い自分を落ち着かせようとするのだが、大きな恐怖がジャンヌを襲う。

























無意識の内に一歩後ろに身を引くと右腕を力強く横に出して、ヴィヴィアンを睨み付ける。
「出ていきなさい!私には理解できない…。ルネ王国の馬鹿げた常識も、ルネの人間も、全て理解できない!!」
再び声を裏返しながら怒鳴り出したジャンヌを見てヴィヴィアンは静かに立ち上がると、彼女とは目を合わせず前だけを見て扉の方へと歩く。扉の前まで来ると、一度立ち止まった。
「どうしたのよ!早く出て行き、」
「生憎僕も王女様と同じで帰る場所が無いのです。どうしたら良いのでしょう罪無き庶民を哀れむ王女様」
痛い所を突かれてしまった。わざとらしい喋り方が逆に怒りを込み上げさせる。これではこの病院から出て行け、と言う事ができない。寧ろヴィヴィアンはそれを狙って言っているのだろう。
「…なら私の視界に入らない所に居なさいよ」
「分かった」


ギィッ…、

ドアノブを回すと、錆びれた耳障りな音がして扉は開かれる。部屋を出て扉を閉め、階段を降りて行くヴィヴィアンの足音だけが室内に聞こえる。


タン、タン、タン…

部屋で1人、ジャンヌは俯いて怒りで両拳と肩を小刻みに震わせている。
「これだから嫌なのよ…。戦争で平和になるなんて考えてる野蛮な国は…!」







































ヴィヴィアンは1階まで降りると、奥の真っ暗な場所に灰色の一つの扉を見付けて、開いて部屋の中へ入る。
室内は先程の5階の部屋と全く同じ造りなのだが、ジャンヌが居た部屋よりも荒れている。今まで自分が暮らしていた部屋とは桁違いのこの部屋の醜さに溜め息を吐きながらもベッドに乗り、仰向けになる。
窓に目を向けると、2枚ある窓ガラスの内1枚は半分が割れている。窓の下を見れば割れたガラスの破片が散らばっていた。
頭の後ろで腕を組み、蜘蛛の巣が張った汚い天井を見上げる。
「ベルディネ王国…天界に最も近いと呼ばれる汚れなき世界平和を願う王国…」
小さな声で1人呟き、寝返りを打つ。
「世界平和なんて一生訪れない。戦争をしなければ平和になれるわけでもない。戦争をして勝ったからと言って平和になれるわけでもない。人間という強欲な生き物がいる限り世界の平和なんて…」
思い出してしまった城内での悲劇に目を見開くと言葉を詰まらせ、俯せになり、枕に顔を埋めた。遠くで野犬の遠吠えが聞こえた。




























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