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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「ジュリアンヌ!」
「痛っ」
カイドマルド王国カイドマルド城付近に位置する軍学校内。まだ階級は【一般兵】という部下を持たない人間が下士官へ昇進する為の授業中。
二重顎で真ん丸と肥えた金髪の男性教師が、1人の居眠りをしていた女生徒の頭を分厚い教科書で思い切り叩く。叩かれた生徒はこのクラスいや学校内で最年少生徒2人の内の1人で、美しい金色の長い髪を後ろで一つに束ねていて眉毛が隠れるくらいに切り揃えられた前髪の下から覗く青の綺麗な瞳。
かけている赤渕の眼鏡をかけ直すと寝呆け眼のままむくっと顔を上げるが、まだ夢の中のような顔で教師を見つめるから、教師は容赦なくまた一発教科書で少女の頭を叩く。


ゴツン!

「痛っ!」
「あははは!」
教室中に響き渡る生徒達の笑い声。
「まったくジュリアンヌお前は!最年少で尚且つ女だというのに!優れた身体能力で下士官昇進もそう遠い話ではない期待の星だというのにこうも居眠りばかりしていては…言ってる傍から寝るな馬鹿者!」


ゴン!

教科書で叩いたとは思えない程の鈍い音がした。
これは今から19年前の話――


























「ジュリアンヌあんたまーだ懲りないのね。クラス中の笑い者よ?」
「皆に笑いを届けてあげてるの」
「それ屁理屈〜」
茶髪のボブへアーで頬にそばかすのあるつりがちな目の少女ベティ。
ベティと並んで歩いている眼鏡の少女がジュリアンヌだ。軍学校で最年少の14歳の少女2人は学校中のある意味有名人だ。


キーンコーン
カーンコーン

昼休み。生徒達で賑わう食堂で、親の手作り弁当を一緒に食べているジュリアンヌとベティ。
「てゆーかジュリアンヌ。あんた貴族のくせに何でこんな血で手を汚す場所に来てんのよ?貴族様ってのは自らの手を汚さずにいるもんなんでしょ?あたしなんてただのペットショップの娘よ?」
あむっ、とフレンチトーストを頬張り次はミルクに手を出すベティが口をモゴモゴさせて喋る。その向かいの席では、父親お手製のハムサンドを頬張るジュリアンヌ。
「ままもお兄ちゃんも早くに死んじゃって家には身体の悪いぱぱと私だけだから」
「身体が悪いって言っても目でしょ?網膜剥離だったっけ?超金持ちじゃないあんたの家」
「いつまで続くか分からないでしょ。ぱぱの目がいつ見えなくなるかなんて分からない。そうなる前に今一番稼げる軍人になったの。私が」
いつもポケーッとしているジュリアンヌの青い瞳が真剣で力強かったから、ベティはフレンチトーストを丸呑みしてしまう。
「あんたみたいに可愛けりゃ自分が稼がなくたってもっと金持ちの家に楽に嫁げるじゃない。あたしなんて…」
「え?何ベティ?聞こえなかっ、」
「聞こえなくていーのっ!とりあえず見直した!さっすがあたしの親友!」
ベティの白い歯が覗いた。



























食堂を出てジュリアンヌはハムサンドを頬張ったままベティに腕を引かれ校門へと連れて行かれる。ここ1週間お決まりなのだ。何故かというと…。
校門へやって来ると、其処は生徒達や教師達で人集りとなっていて、あちこちに黒スーツに黒サングラスの体格の良いいかにも恐そうなSP達がズラリと整列している。サングラス越しからジュリアンヌ達を睨んでいるようにも見える程鋭い目付き。
「ほら行くよジュリアンヌ!」
「また行くの?」
ぐいぐい引っ張られながらハムサンドの最後の欠片をゴクリと音をたてて飲み込む。
ベティに腕を引っ張られながら生徒達の間を無理矢理潜り抜けて人集りの最前列へ出ると、SP達がズラリと横一列に整列していてその向こうにはカイドマルド王国第一王子ウィリアムが居た。ヴィルードンの本当の姿と名前だ。






















まだ9歳のウィリアムだが、垂れた黄緑色の目とつり上がった眉毛に高い鼻等端正な顔立ちと年相応ではない長身の為か、大人びている。
そんなウィリアムを、目をハートにして手を組みうっとりしているベティをはじめとするジュリアンヌ以外の女生徒や女教師達。
「やーんウィリアム様超イケメン!」
「9歳だよ?私達と5歳も差が、」
「分かってないわねジュリアンヌ!愛に年の差なんて関係無いのよ!それに今からあんなにイケメンだと将来カイドマルド一…いえ!世界一のイケメン王子になるわ!あたしの目に間違いはない!」
「そういうもんなの?」
「ジュリアンヌは本っ当女らしさの欠片も無いわねぇ!きゃー!ウィリアム様素敵ー!」
まるでアイドルなウィリアムに腕をぶんぶん振っては黄色い声を上げるベティ。
はしゃぐ生徒達に丁寧に手を振って控えめな挨拶をする王子とは思えない低姿勢なウィリアムは、ここ最近軍学校が昼休みになるとSP達を連れてこうしていつも訪れるのだ。まるで誰かお目当ての人が居るかのように。





















「ん?」
ふと、ウィリアムと目が合ったジュリアンヌ。ジュリアンヌはどうも思っていなかったがウィリアムは頬を真っ赤にするとパッ!とすぐ顔を反らしてしまう。それを見た勘違いベティは大興奮。
「きゃー!ちょっと見た見たジュリアンヌ!?今ウィリアム様が私の方見て照れてた!ね、ねっ!」
「うんそうだね」
「もーっあたし死んでもイイかもー!」
いくら兵士とはいえまだ14歳の少女らしいベティの反応に、隣に立っているジュリアンヌは深々溜め息を吐いた。
「いらっしゃったぞ!」
その時。生徒達果ては教師達からも歓声が上がると、黒光りしたリムジンからカイドマルド王国『ヘンリー・ルーシー・カイドマルド』国王と、その王妃『キャメロン・ルーシー・カイドマルド』が姿を現す。


パシャッ!パシャッ!

カメラのフラッシュの光が眩しい中、2人はウィリアムの元へ歩み寄る。途端SPの数がウィリアムの時の倍…いや、それ以上に増えた。煌びやかな衣裳を身にまとった眩しい程の王室の人間を前にしてもキャー!だとか普通の人間が見せる反応を一切見せないジュリアンヌ。























集まった生徒達を一通り見渡した後ヘンリーはウィリアムの肩に手を置き、鼻で笑った。
「はっ。ウィリアムお前がここ最近毎日のように此処へ行きたがるからどれだけ素晴らしい女が居るのかと思い期待して今日ついて来たが。どいつもこいつも庶民的な面の女しか居ないではないか」
「え、いや…父上、俺…あっ僕はそんなんじゃ…」
チラチラとジュリアンヌの方を見ながらも必死に何かを言おうとするウィリアムの事など無視して、つまらなそうな顔をしたヘンリーがまた生徒達を見て笑う。
「はっはっは!」
国王の性格…いや、身分の高い人間の性格がどんなものであるか、自分達は庶民である事など分かりきってはいるが皆人間だから不愉快な気分にならない者はいない。さっきまでの歓声は何処へ。たちまち静まり返る。
「国王様。間もなく御公務のお時間ですわ」
「うむ。そうだな」
キャメロンに言われ、名残惜しそうにするウィリアムを連れてリムジンに乗り込もうとした時。
「やめないか君!」
「この御方をどなたと心得る!」
「王だろうと何だろうと貴方のその一言で今この場に居るどれだけの人が傷ついたと思っているの!」
SPの怒鳴り声に混じって少女の高くか細い…しかし力強い声が聞こえてヘンリーがそちらを振り向くと、其処には体格の良いSP達に取り押さえられているジュリアンヌがヘンリーを指差して睨み付けていた。























「謝りなさいよ!貴族だろうと庶民だろうと、皆貴方と同じ人間でしょ!心があるの!」
「貴様…!」
SPの構えた拳銃の銃口がジュリアンヌの頭部に触れると同時に生徒や教師達は悲鳴を上げながら、一斉にこの場から離れていく。
「きゃあ…!」
「ジュリアンヌ!」
人込みに埋もれながらも必死に親友の名を呼ぶベティの声は悲鳴に掻き消される。SPの手が拳銃の引き金に触れるが…
「止せ」
「し、しかしヘンリー様…」
ヘンリーはSPの拳銃を持つ手にそっ…と触れると、ジュリアンヌの前に立ち、小さい彼女を見下ろす。その様子をリムジンの車内から見つめるウィリアムの黄緑色の瞳が揺れる。
キャメロンから、早く車を走らせルーシー城に戻るよう言われた運転手が車を走らせたので遠ざかっていくジュリアンとの距離。いつの間にか彼女も軍学校も見えなくなってしまった。
































一方ヘンリーは、SPに取り押さえられているジュリアンヌの事をまじまじと見つめる。そんな国王相手にも挑発的な眼差しを向けているジュリアンヌ。
彼女の垂れた青い瞳を見つめるとヘンリーはうむ、と呟き、自分の背後に静かに立っていた側近を振り向いて微笑む。
「この女を私の妾に迎え入れてやろう」
「なっ…!」
ヘンリーのその一言により、さっきの件で逃げていた生徒と教師そしてSPとジュリアンヌの目が点になった。
「何を仰るのですヘンリー様…こんな小娘に…。しかも軍隊の女などよりヘンリー様には貴族の娘のマリン嬢やセイラ嬢のほうがお似合いで、」
「私が気に入ったと言っている!それ以上言うとお前は私に!国王に歯向かった事になるぞ!」
「…申し訳ございません」
「よし。それで良い」
「私は良くない」
背後からしたジュリアンヌのムスッとした声に振り向くとヘンリーは鼻をふふんと鳴らして微笑み、彼女の顎を持ち上げる。が、ヘンリーの肉厚な手を振り払うジュリアンヌ。





















パシッ!

「ほう。その挑発的な態度。なかなか珍しい女だ」
笑うヘンリーをジュリアンヌはただただ黙って睨み付けている。国王に対する彼女の態度にピリピリしっ放しの側近やSP達だが、ここで彼女を殺しでもすれば国王に歯向かった事になるから何も手を出せないもどかしさ。
そんな時。ジュリアンヌの隣に背が高くまだ20代前半だというのに、その残した戦果により大尉となったエドモンド(当時22歳)が立っていた。
「これはこれは。私の部下が国王様の御目に留まるとは何と光栄な事でしょう」
「誰だお前は」
「申し遅れました。私カイドマルド軍エドモンド大尉にございます」
「話の分かる大尉のようだな」
「光栄でございます」
にっこり微笑むエドモンドとは対照的に、未だムスッとしたままのジュリアンヌの肩に手を置いたエドモンドが口を開く。
「さすが国王様、御目が高い!この娘は軍学校生ではありますが身分は貴族。ハーバートン伯爵の愛娘でございます」
「何と!あの軍事会社社長のだと?そうか。だからこの女だけ端正な顔立ちで尚且つ高貴な雰囲気が漂っていたのか」
ご機嫌なヘンリーはジュリアンヌの父ハーバートンには後々報告すると言い、ジュリアンヌの意志は無視して彼女を城へ連れて行った。

















その様子を遠くから唖然として見つめていたベティの肩に手を置くエドモンド。


ポン、

「大丈夫。また会えるさジュリアンヌちゃんに」
「…やっぱりそうだわ。ジュリアンヌとあたしとじゃ住む世界が違う…」
「え?」
ポツリ…と寂し気に呟きエドモンドの手を振り払い教科書を抱えて逃げるように校内へと駆けて行った。




































カイドマルド城内――――

「国王様がまだ14の少女を妾に?」
「年の差は軽く40はあるな」
「軍学校の娘らしいが、一応身分は貴族らしい」
「国一妖艶なキャメロン様を正妻に迎え入れておきながら…強欲者だ」
ヒソヒソ話をする貴族達の間をわざと歩くキャメロンの眉間には幾つもの皺が寄っている。そんなイラ立った彼女に手を引かれて歩くウィリアムは俯いたままだ。
それもそうだろう。一目惚れをした初恋相手が実の父親の妾となったのだ。まだ誰にも打ち明けていなかった初恋がこんな呆気なくこんな形で幕を閉じるなんて…。































一方、国王の自室では。
「ぱぱが了承したって私は嫌!せっかく優秀な軍人になれるってエドモンド大尉に誉めてもらえたのに!」
「そう我儘ばかり言うなジュリアンヌ。なんなら妾でいながら軍人として軍事に参加させてやろう。大丈夫だ。私がお前を幸せに、」
「私は職業軍人になりたかったの!」
眼鏡をコンタクトレンズに変えられ、ピンク基調の化粧をさせられ、煌びやかな青のドレスを着せられ、髪を全て下ろさせられたジュリアンヌはご立腹だ。そんな彼女の我儘に怒る事無く寧ろ我儘を聞いてやるヘンリー。こんな光景がここ1ヶ月近く続いている。
反抗的なジュリアンヌだというのにヘンリーが何故こんなにも溺愛しているのかというと、彼曰くキャメロンをはじめとする貴族の女達は皆、
「国王様は世界一素晴らしい」
「国王様は世界一美しい」
同じような言葉ばかりを並べる。型にはまった言葉しか掛けてきてくれない。
けどジュリアンヌだけは違った。反抗的だろうと自分としっかり向き合ってくれる彼女が珍しかったのだろう。ヘンリーは今までの強欲者な態度から一転、ジュリアンヌの我儘にとことん付き合っていた。そんな彼を側近やキャメロンそして貴族達は不快に思っていたが、歯向かう事は一切できなかった。相手は一国の王だ。
































2ヶ月後――――

ジュリアンヌの意志を無視して彼女が若くしてヘンリーの妾となって2ヶ月が経ったとある日。
「ジュリアンヌ待ってくれ!」
「イヤ!ついて来ないで!」
真っ赤なドレスを引き摺って逃げるジュリアンヌを追うヘンリー。彼女が曲がり角を曲がって行ったのでその後を追ったヘンリーは、鉢合わせた侍女と正面衝突してしまった。


ドンッ!

「きゃっ!?」
その際侍女が運んでいたキャメロン達の食事が派手に零れ、果てにはヘンリーの一張羅に染みをつくってしまったのだ。
「貴様何処を見て歩いている!」
ヘンリーの怒鳴り声が聞こえたから、逃げていたジュリアンヌが足を止めて白い円柱の陰からひょっこり顔を出して覗くと、其処には必死に謝罪をしている侍女を怒鳴りつけているヘンリーの姿。ヘンリーの服に染み付いたスープやソース、床に散らばった食器の破片やサラダを見て、一体何が起こったのかを把握したジュリアンヌ。






















「申し訳ございません!!只今早急にお洗濯させて頂きま、」
「触るな汚らわしい女め!」
「きゃ!」
汚れたヘンリーの服を、エプロンのポケットの中から取り出した布巾で拭こうとした侍女を振り払ったと同時に侍女は床の上に派手に転んだ。


ドサッ!

「貴様は牢獄行きだ!」
「お、お許し下さい…!私が職を失えば幼い子供達が…!」
「悲劇のヒロインを気取ったつもりか?はっ、貴様の子供など餓死しようがどうなろうが私に一切関係無い!」
「そういう所が大嫌いなの」
「なっ…!?」
円柱の陰からドレスを持ち上げながら姿を現したジュリアンヌをヘンリーの黄緑色の瞳が捉えると、たったさっきまでの怒り狂った鬼の形相は一変する。
「おお!ジュリアンヌ其処に隠れていたのか。ほら。早くこっちへおいで」
「貴方がその暴君な性格を直してくれたら私も貴方を愛してあげる」
「ジュリアンヌそれは本気で言って、」
「いいから今すぐその侍女さんに謝って」
「何故だジュリアンヌ?こいつが私にぶつかってきたせいで、」
「誰だって失敗はするよ。人間だもの」
ジュリアンヌのその言葉にヘンリーはチラッ…、と侍女の事を見てからすぐ目を反らすと、
「…悪かったな」
蚊の鳴くような声で呟き、すぐジュリアンヌの元へ駆けて行く。するとジュリアンヌはにっこり満面の笑みを浮かべてくれた。初めてだった。こんな笑みを見せてくれたのは。
それからヘンリーは、まるで別人になったかのように良い方へ良い方へと変わった…いや、変えられたのだった。1人の少女によって。




























「今まで少しでも国王様の気に障るような事をした人間は牢獄…運が悪ければ公開処刑だったというのに」
「それに戦争狂でもあった国王がここ数年一切戦争に関わっていない」
「それもこれも、平和を愛するジュリアンヌ様が王室へ来てくださったお陰だ」
貴族達の会話を円柱の陰から聞いて拳を力強く握り締め、イラ立った表情を浮かべるキャメロンだった

















































半年後――――

ジュリアンヌがカイドマルド王室に入ってから半年が経ったとある日。
美しい満天の星空の下。舞踏会の人混みに酔ってしまい気分が悪くなったウィリアムを気晴らしに、とベランダへ連れて来てくれたジュリアンヌ。今日の彼女は長い髪を頭の上に盛り上げていて、水色のドレスが美しい。
「気分はどうかな?少しは楽?」
「あ、ありがとうございますジュリアンヌ様」
「やだなその言い方。何かすごく遠く感じるよ。血は繋がっていないけど家族なんだから様付けはやめよう。ね?」
「はは…そうですね」
なかなか彼女と目を合わせられず手摺りにうなだれながらカイドマルドの城下町の美しい夜景に目を向けていたら、ふと、物寂しくなった。
今自分の隣に居るジュリアンヌは一生自分のモノにはならない。だけど、友人より恋人より近い存在でずっとずっと同じ場所で暮らす女性なのだと改めて感じた。美し過ぎるこの夜景が胸に染みてしまい、腕で目を擦る。情けない。























「大丈夫?やっぱりまだ具合悪いんでしょ?」
顔を覗き込まれたから危うく情けないところを見られてしまうところだった。
「いえ。何でもありません」
両手を横に振って作った笑顔で否定すればジュリアンヌは、
「良かった」
と笑顔を向けてくれる。その優しい笑顔が逆に辛いんですよ!なんて言えないし、言っちゃいけない。


♪〜♪〜

城内から聞こえてくる舞踏会のメロディーをバックミュージックに夜景を眺めていたらいつの間にか沈黙が起きてしまっていて、ウィリアムの額には変な汗が引っきりなしに流れる。
「ジュ、ジュリアンヌさん!」
「ん?」
「で、でもよくあの暴君な恐い父さんを変えましたよね。母さんでも無理だったのに…」
「恐くなんかなかったよ。だってヘンリーも誰でも必ず優しい心を持っているからね」
「優しい心…あ。そうだその、あの…貴女がルーシー家に来て下さったお陰で父さんも国も人間本来の優しさを取り戻してその、あのですね…」
「あはは。今日のウィリアム君何か面白いね」
「そ、そうでしょうか…」
「うん、すごく!」
国王の妾とは到底思えない豪快な笑い方の彼女も軍学校に居た頃の彼女とは少し雰囲気が変わった気がした。妾になってからまだ5ヶ月しか経っていないというのに。
それは化粧のせい?眼鏡をとったせい?ドレスのせい?…とにかく日に日に綺麗になっていく彼女は、あの頃よりも手の届かない存在になったそんな気がしていた。今自分のすぐ隣に居るのに。





















様々な事がウィリアムの脳内を駆け巡っていたら、いつの間にか城内からのメロディーが止んでいて貴族達が帰り始める姿がガラス張りの窓越しに見えた。2人きりの時間もこれで終わりだ。もしかしたら最初で最後かもしれない。
「あ、舞踏会終わっちゃったみたいだね」
「あの…ジュリアンヌさん僕…いや俺っ!」
「?」
ボソボソ呟いていて何を言っているのかうまく聞き取れないウィリアムの声に、ジュリアンヌは首を傾げる。
その時ふと、何かを思い出したかのようにポン!と手を叩くジュリアンヌ。ウィリアムの両手をとって満面の笑みを向けるからウィリアムの顔は真っ赤に染まり、全身は熱を帯びる。ジュリアンヌがやけに目をキラキラ輝かせているからつられて微笑んでしまうウィリアムだったが…
「ジュ、ジュリアンヌさんどうかしましたか?」
「あのね。ウィリアム君にだけ教えてあげる!」
「お、俺だけにですか?」
「うん。ウィリアム君ね。もうすぐお兄さんになるんだよ!」
「お兄…さん?」


ザアッ…、

冷たい風が一瞬、吹く。
「え…、母さんそんな事言ってなかったけど…な。はは、俺には秘密にしてるのかな」
「うんうん違う違う!キャメロンさんじゃなくて」
その続きを聞きたくなくて耳を塞ぎたいのに両手はジュリアンヌにしっかりと握られているから無理だ。
「あっ。ジュリアンヌさん俺急用思い出し、」
「私ね、お母さんになるの!」
城内の明かりが消えた。







































国王の部屋――――

「まだ15になったばかりの少女に子を産ませては国王様の評判が落ちてしまいますわ」
「まるで子供が子供を産むようですぞ」
「まだ15のジュリアンヌ様に母親になるなど無理だ」
貴族達の意見を聞き、顔を歪ませるヘンリー。
彼としては溺愛するジュリアンヌとの子を授かったのだから嬉しくて堪らない。その反面、貴族達が言うようにまだ15になったばかりのジュリアンヌを母親にさせるかどうかを悩んでいた。
遊びたい盛りであるだろうし、彼女がやりたいと言っていた軍事をさせる為にもやはり子供は彼女の重荷となってしまう。それに何より自分の評判も気にしたヘンリーが出した結論…それは中絶だった。それを聞いた貴族達は一斉に拍手。


パチパチ!

「その方が国王様とジュリアンヌ様の為だ」
「子などいつでも授かる事ができますよ」
口々に言う貴族達。その拍手の中には、勝ち誇った笑みを浮かべるキャメロン王妃の姿も見られた。































その晩―――

「私はそんなの絶対にイヤ!私が死んでもお腹の子は絶対生かしてほしい。それくらいこの子が大切なの!」
案の定ジュリアンヌは腹の中の子を産む気でいた。
「まだ15のお前には負担が大きい」
と言って自分や貴族達の意見に賛同させようとするのだが、聞く耳を持たないジュリアンヌは膨らんだ腹のまま走って部屋を飛び出して行った。
「ジュリアンヌ!待つんだジュリアンヌ!」
彼が自分を呼ぶ声が背中に聞こえる。






















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