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症候群-追放王子ト亡国王女-
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21:33――――

自室で1人、デスクに書類を広げ頬杖を着いているダミアン。ふっ…、と嘲笑うように声を漏らす。誰に対しての笑いなのかは分からない。


コンコン、

夜分遅くに訪ね人など珍しい。顔は上げず書類にだけ目を向けて、入室を許可する返事をした。鬱陶しそうに。
すると、
「失礼します」
とルーベラの高い声がしてすぐ扉が開かれた。それでもダミアンは彼女に一切目を向けない。
「国王様…ルネとの戦争をお考えなのですか」
「そうだ」
「しかしつい先日カイドマルドは日本と、」
「不満か」
「そうではありません。私はただ…」
そう言い欠けてルーベラはゆっくりゆっくりダミアンに近付いていく。見ていた書類にルーベラの人影が映り、ようやく顔を上げたダミアン。
其処には可愛らしいルーベラの顔。普通の男なら一瞬で虜となってしまうであろう彼女の容姿にも全く無反応のダミアン。


トン…、

一方のルーベラは、デスクに両手を静かに置く。彼女のその行動にイラ立ったダミアンが彼女を凝視した。彼に表情は無いけれど。























「私はただ、ここのところ他国との戦争をはじめ、自国の宗教対立で御忙しい国王様の御身体が心配で」
「そんな虚偽を述べたところで優遇するつもりはない」
「違います!私はそんな事が言いたいのではありません!私は…!」
擦れた声でそこまで言うとルーベラは、デスクの上に置いた両手に自分の体重をかけて身を乗り出す。それと同時に彼女の顔はダミアンの目の前まで迫る。ほんの数センチたらずの所にあるルーベラの顔。彼女の瞳は、美しい金色の髪をした寂しい瞳の無表情な国王の姿だけを映していた。まだ少年の国王の姿だけを。


ぐっ、

更に体重をかけて更に距離を縮めると、ルーベラは小さな両手をダミアンの頬に添える。艶やかなピンク色の彼女の唇が、血色の良くない唇に触れそうになったところでダミアンは目を見開き、咄嗟に自分の細い右腕を振り上げた。
「やめろ!!」


ドンッ!

裏返ったダミアンの怒鳴り声がしたと同時に、ルーベラは突き飛ばされてしまう。床に尻餅を着いてしまったルーベラは、
「きゃ!」
と声を上げた。























ルーベラがすぐに顔を上げて立ち上がろうとするのだが、無理だ。体が動かない。今突き飛ばされた衝撃で打撲をしたという肉体的な原因ではない。目の前に居るダミアンの恐ろしくて冷たい青い瞳に生殺し状態なのだ。それはまるで、身体の動きを停止させる呪いにも似ている。


ガタガタ…、

自然と震え出すルーベラの小さな体。
「こ、国王さ、」
「私に干渉するな…」
低く威圧感ある声でそう言うダミアンは座っていた椅子をガタ、と音をたててその場に立ち上がった。
「私に干渉するな!私の中へ入ってくるな!!」
声を張り上げられた。
顔にも声にもまるで感情が無いから、ルーベラは初めての異質な恐ろしさに脅えるだけ。
「私が…私が築き上げたのだ。だから、これ以上私の中へ…私の国へ入るな!干渉…、う"っ!」
「国王様!?」
言い欠けて、ダミアンは苦し気に目を大きく見開くと白い手袋をはめた両手で口を押さえながら大きな音をたててその場に崩れ落ちてしまった。


ガタン!

そんな彼の姿を目の当たりにしたルーベラは、やっと彼からの呪いが解けたかのように体を動かして駆け寄る。




















「国王様!国王様!大丈夫ですか国王様!?」
何度も何度も声を掛けて背中を擦ってやるのだが、彼はデスクの下で蹲り下を向いたままで応答が無い。
彼と唯一触れ合っているルーベラの右手。その手に感じていた彼からの熱が徐々に消え失せていくから、それに比例して彼女の心臓も速度を増していく。
「ハーバートンを、ハーバートンを呼んできます!すぐに来ますから!私が国王様もこの国も救いますから!」
力強い彼女の声は扉の向こうに消えていった。


バタン!

ハーバートンを呼びに行ったルーベラが去り、1人となった自室で、顔を真っ青にしたダミアンは肩で呼吸をしながらもゆっくり立ち上がる。付近にある椅子に掴まりながら。
「はあっ、はあ…何故だ…何故貴様は…身が果てても今尚私に干渉してくる…!何故だ…私は貴様なんかより…」









































優しい朝の陽射しのような金色の髪をした女性がこちらに背を向けて立っているのが見える。遠く遠くに。真っ黒な世界にたった1人で。辺りに音は無い。貴女目掛けて、白く細い腕を伸ばす。辺りを掻き分けるように両腕を精一杯振りながら走る。貴女の元へ。
だんだんと貴女と私との距離が近付いていく。その度に焦りだけが増す。
――早く、早くしないと貴女はまた奪われてしまう――
貴女との距離が最も近付いた時。真っ黒だった世界は白ペンキを零したかのように一瞬にして真っ白な世界へと姿を変えた。
腕を伸ばせば、貴女は優しい笑みを浮かべながらこちらを向いてくれる。女神のように優しく微笑む貴女が私のこの両手を包み込もうとしてくれた。
「ハハハハハ!」
「…!!貴様は…!」
けれど、突如貴女と私との間に大柄の男が現れて高笑いをすると、貴女と私とを引き離していく。真っ黒い影で顔が見えない大柄の男…貴女と私を隔てたこの男はまさしく、アイツ…。























「ジュリアンヌ!!」
裏返ったダミアンの声が室内に響き渡った。同時に、彼は目をカッ!と見開いて目を覚ます。
ダミアンは悪夢に魘されていたようだ。ここ最近になって頻繁に見るようになった同じ夢。
「はぁ"…はぁ"…」
息が荒い。細く病的に白い右腕が、汚れ無き真っ白な天井に向かって伸びている。


ボトッ…、

その汚れた右手の平をゆっくり開いたり閉じたりしてからボトッ…、と音をたてて右腕がベッドに落ちる。


ドクンドクンドクン、

自分の速い心臓の音と荒い息しか聞こえてこない、静まり返った室内。
「……」
目を覚ましたら寝室へ運ばれていてベッドに沈んでいた。少しだけ首を右へ向ければ、いつものように花柄の洗面器に入った薄ピンク色のタオルが1枚。その隣にはコップ並々注がれている水。
「ハーバートンか…」
過去になったばかりの過去を少しずつ辿っていけば、ルーベラがハーバートンを呼んでくると言って飛び出していったような記憶がある。
「ふぅ…」
息を吐くダミアン。また自分の右腕を少し持ち上げて、見た。
「この腕も何もかも未だにあいつに支配されている。結局はあいつからなんて…」
その時だった。ふと、ダミアンの視界に入った事。それは、自分以外の人間が絶対に入ってはいけないと堅く禁じていた部屋の大きな大きな茶色の扉がほんの少しだけ開いていたのだ。






















「……」
部屋からこちらへほんのり射し込んでくる薄暗い灯り。それを見た途端、ダミアンの目の色が変わった。弱り、キシキシ音をたてる身体で唸りながらもゆっくり起き上がる。
「っ…、」
歩けないから、よろめきながらも柱や棚に掴まりながら例の部屋へ足を引き摺りながら近寄る。一歩、また一歩近付くにつれて扉の向こうから人の気配を感じた。
例の部屋と寝室の境となる扉に手を触れた時。


ギィッ…、

扉の音をたててしまった。迂濶だ。


ガタッ、

その音に驚いたのか、例の部屋の中からガタッ、と物音が聞こえた。やはり、中に誰かが居る。自分の言い付けを破った人間。それは、誰よりも国王の傍に居て、そして誰よりも国王が信頼していた人間…。
「ハーバー、トン…」
「こ、国王様…!」
夜の海のようなダミアンの瞳が映すのは、例の部屋に居る1人の老人ハーバートン。それを見るダミアンの目は開ききっていた。
「国王様、その…」
何とか言い訳を考えようとするハーバートンだが、思い浮かばない。思い浮かんだところでこの人にはどんな言い訳も通用しない事は分かり切っている。けれど人間誰しも、自分が犯した罪が身に染みていても己の危機になるとすぐに言い訳を考えてしまうモノ。























しどろもどろ言い訳を考えていた時。
「ふっ…」
顔も目も笑っていないが、目の前に居るダミアンから笑い声のようなモノが聞こえてきた。扉に体を預けて息を荒くしているダミアンは、この禁じられた薄暗い室内を見上げる。
オーダーメイドの大きな二つの棚にはなんと、ホルマリン漬けの人間が2人。姿が見える透明な棺に入っているのだ。
棺の中の1人はパーマがかかった明るい金髪で60代前半の男性。煌びやかな服を着ている。もう1人は、暗めの長い金髪で紫色のドレスを着た40代後半の女性。2人は遺体だが肌の色は良いし、まるで生きているかのよう。閉じられたその目蓋が今にも開きそうだ。
「国王さ、」
「…どうだ、ハーバートン?最高傑作だろう」
途切れ途切れにそう言われたところでハーバートンが感想を述べられるはずがない。産まれて初めてこのような光景を目にしたのだ。それに、まだ子供の王がこんな人間離れした心を持ち合わせていたなんて。
恐ろしさだけでなくダミアンの憎悪がこの室内に隙間無く充満している。まるでこの部屋は、彼の憎悪で成り立っているかのよう。
























ハーバートンの年老いた身体はその憎悪に負けて、カタカタ震え始める。
「言葉にもならないか。まあ、良い。人を薬漬けにして上で足を組み笑っているような奴は同じ目に合わされるのがセオリーだろう」
「国王様その…このお2方は…」
「…その通りだ」
ダミアンはハーバートンが言いたい事を察したようでまたふっ…、と笑い声のようなモノを洩らす。
すると彼は近くの棚に収納されていた液状の薬品の入った細い瓶を手に取り、それを床の上に叩きつけた。


ガシャン!

ガラス特有の瓶が割れる音の後すぐに中の薬品が辺りに飛び散り、美しい床を一瞬にして汚す。
「すぐにこの城を出ていけ。言い付け一つ守る事のできない家令など、私と関わる資格が無い。身寄りの無いお前は天から下るであろう今回の罰を受け、野垂死ねば良い!」
ハーバートンに突き刺さるダミアンの怒りの言葉。言われてハーバートンが少しでも反論してくると思って更なる反論も考えていたダミアンだったが、予想は大きく外れた。ハーバートンはただ頭を下げながら、
「申し訳ありませんでした」
そう言って最後に
「大変お世話になりました」
そう蚊の鳴くような声で言い残す。俯き、ダミアンの脇をトボトボ歩いて行った。






















「ふぅ…」
少々予想外の展開ではあったものの、逆に面倒事にならなくて良かったと内心安心したダミアンが息を吐く。例の薄暗い室内に浮かぶ2体の遺体を見上げたダミアンの顔に笑みが浮かんだように見えた。
寝室へ戻るともう、ハーバートンの姿は無い。
「どいつもこいつも…」
そう呟いた時。
「にゃあ」
メリーの可愛らしい鳴き声が足元から聞こえてきた。すぐ目線を下に落して身を屈め、抱き上げようと両手を伸ばす。
「ほら、おいで」
「に"ゃあ"!」


ガブッ!

「…っ!?」
何とメリーは、病的で木枝のようなダミアンの腕に噛み付いてきたのだ。初めての事に動揺してしまったのは言うまでもない。
「っ…、くっ…!」
痛みに耐えられなくなり、噛み付かれた腕をぶんぶん振りながらメリーを振り払う。彼女メリーは首飾りをチャラ…、と鳴らしながら勝手に部屋を飛び出して行ってしまった。その後ろ姿が冷たくて、ダミアンはただ呆然と立ち尽くすだけ。噛み付かれた手の痛みなど忘れてしまっている程。
「メリー…?」


























































晩――――

月も顔を見せた晩。城外の白いベンチに腰掛け、1人で月を眺めていたルーベラははあ…と溜め息を吐く。肩もがっくり落して。脳裏では、今日ダミアンに浴びせられたキツイ言葉と彼の姿がリアルに何度も何度もリプレイされる。
「私何やっているのかしら。ただ、国王様の御力になりたいだけだったのに…」


ギィ…、

背後から扉の開く重たい音がした。今の独り言を聞かれてしまったかと焦りビクッ!と体を震わせて咄嗟に後ろを振り向く。其処に居たのは…
「ハーバートン?」
シルクハットに黒いトレンチコートを身に纏い、右手には使い込んだ茶色の大きいバッグを携えたハーバートンが居る。
目が合った。まるで荷造りをしてきたような彼の姿にルーベラは何度も瞬きする。ベンチから立ち上がった。
「ハーバートン、貴方どうかしたの。こんな夜にお出掛けかしら?」
「ええ、そうですよ。長い長いお出掛けです」
ハーバートンは糸のように細い目を更に細めてニコッ、と優しく微笑む。
「ふーん、大変なのね」そう深追いしてこないルーベラに内心安心した。国王の言い付けを破り、城を追い出されたと正直に言えないわけではない。ただ…正直に言えない理由は彼女にある。彼女ルーベラに正直に述べたら彼女が自分事のように悲しんでくれる事は目に見えているのだ。だから、言わない。真実なんてそっ…と胸の内に閉まっておいた方が良いモノだから。
























シルクハットを少しだけ浮かせ、
「それではこの辺りで失礼致します」
そう言い、城から一歩離れた時。


ぐいっ、

先へ進む事を拒むかのようにコートを後ろから引っ張られた。ルーベラに。
「どうかなさいましたか?」
ゆっくり後ろを振り向いて、動揺を気付かれぬよういつもの人の良い笑みを浮かべる。そんな彼の前には、しゅん…、として目線を下に落しているルーベラ。
「国王様の病気…どうしたら良くなるのかしら…」
「ルーベラ様…」
「持病が完治しない事くらい分かっているわ。分かってる…でもね、嫌なの。あんなに頑張っているのに彼はいつも病に邪魔をされて苦しむじゃない?少しでも良くなる方法は無いの?」
彼女の潤んだ緑色の瞳がハーバートンを見つめてくる。しっかりとしていて揺らぎがない。その瞳に強く心打たれた。そして彼女が上っ面ではなく、地位財産目当てでもなく、心底国王を気に掛けて好意を抱いてくれている事が心から嬉しかった。
だから、堅く閉ざしていたハーバートンの口が緩んでしまった。もう遅い。
「国王様は持病など御持ちではありません」
「え?」
「国王様の病も感情の無い声や表情全て人為的なモノです」






















ルーベラからの返事は返ってこなかった。彼女の口はポカン…と開いたままで、目は見開いている。まるで石化してしまったかのよう。そんな彼女を前にしてもハーバートンは口を閉じる事無く、話を続ける。
「完治する可能性はゼロ。等しいではなく、ゼロなのです。だから…」
そい言い欠けるとハーバートンはコートのポケットの中から透明な液状の薬が入った小瓶を取り出す。そしてルーベラの小さな手を取って、包み込むように小瓶を握らせる。
「どうか、ルーベラ様だけでもずっと国王様の御側に居て下さい。この薬は純水と一緒に毎日一度だけ投薬して下さい。本当は全て私の役目なのですが…申し訳ございません」
訳が分からないが、ルーベラは手渡された小瓶をしっかりと握り締めていた。


スッ…、

ハーバートンの手が静かに離れてゆき、人の熱が薄れていく。夜風が肌に触れて冷たい。
小瓶に目を向けていたら、
「ルーベラ様」
と優しく名を呼ばれたのですぐ顔を上げる。やはり其処にあるのは、優しい老人の姿。国王に仕えている人間とは思えない優しく穏やかな顔だ。

「国王様の笑顔はどんなに貴重な宝石より貴重なモノとなってしまいました。だからこそ美しい。そして儚い…。ルーベラ様、貴女にならきっと見せてくれるはずです」
弱々しく言ってまたハーバートンは口を開く。
「純粋過ぎる子なのです。坊っちゃんは…」
最後にそう言い残し、薄暗い灯りに照らされた夜のジュリアンヌ城を名残惜しげに見つめると、ハーバートンはくるりと背を向けて1人で暗闇に溶けていった。丸まった彼の背中が泣いていた。























「…ハッ!」
ルーベラが我に返った時、もうハーバートンの姿は無い。握っている小瓶に目を向ける。
「ハーバートン…貴方はどうしてそんな事まで知っているの…。貴方は一体…」
ハーバートンがもうこのジュリアンヌ城へ戻ってくる事は無いとルーベラが知るのは、今から2日後の事。















































3日後―――――


チュンチュン…、

小鳥の囀りが届く室内。カリカリ、ペンを走らせる音。過ぎる程広い室内で1人、デスクと向き合っているダミアンは書類に走らせていたペンの動きを止め、一息吐く。
「ハーバートン、水を用意しろ」


しん…

しかし、いつも公務中の自分の左斜め後ろに立っていた家老の姿はもう無い。それにすぐ気付くとハッ!としてまたペンを走らせた。その仕草はまるで、自分で生んだ羞恥心を紛らわすかのよう。
ダミアンはここ最近、1人と感じる事が多くなった。自らハーバートンを城から追い出して以降メリーの姿が見られない。必死に探し回りたいという子供心を押し殺す。もう次期、自分の生と死…自国の明と暗を分ける闘いの幕が挙がるのだから。今だってその幕が挙がるまでの最後の仕事を済ませている最中。


チュンチュン…

聞こえてくる小鳥の囀りが、鼓膜を突き破る爆発音に変わるまであと少し…。



















































マラ教徒集会場――――

街外れに位置する、今は使われなくなった古びた教会を集会場として活用しているマラ教徒。
今この場には各々の家から集まってきた教徒達しかいない。勿論、ポールにこの地まで連れられたジャンヌとアンネの姿も見つける事ができる。
しかし、肝心のマラ17世の姿はまだ無い。代わりに、地位の高いダリアとコーテルの2人が祭壇の上に立って教徒の前で話を進めている。
そんな2人の間に居るのは見慣れない橙色の髪をした男。『薬剤師』と名乗り、本名を明かさない。ブラウンの古びた帽子を深々とかぶっている為、顔が隠れて見えない。フラフラしていて落ち着きが無いし、全身ブラウンの汚らしい服装からしてだらしないったらありゃしない。
「誰だあいつ?」
「見ない顔だな」
皆が薬剤師に視線を注ぎ、騒ついていると…
「じゃーん!」
薬剤師は一瞬にして皆を静めた。彼の左手にはエメラルドグリーンの液体がたっぷり入った小瓶が一つ。若干濁っていて気味の悪い液体に、教徒は顔を歪める。
























そんな彼らの反応もお構い無しに、ニヤニヤしながら口を開く薬剤師。
「この薬は何と!不老不死の薬だよー!死が隣り合わせのこの時代。人々にこれを売って売って売り捌けばマラ教の回復も夢じゃなーい!ってね!ケケケ!」
「不老不死の薬なんてあるはずが無い!」
「そんな物は夢物語に過ぎない!」
口々に薬剤師に反論する教徒達のせいで再び騒つき出す教会内。そんな彼らに対しイラ立ちもしない薬剤師は未だ尚ニヤニヤフラフラしながら落ち着きが無い。
「そうだよーそんな薬あるはずが無い。不老不死の薬…そう偽って売ればイイだけの話さーケケケ!」
「そんな見え透いた嘘、誰が信じるというんだ!」
「これがまた信じちゃうんだよねー。人間は死が一番恐ろしいからね。特にこんな御時世!過去には一国の王まで信じちゃったんだよー?ケケケ!」
彼の軽い口調では全く説得力が無いが、確かに人間は常に死を恐れる生き物。しかし闘い合うのは何故か。自分が生き残る為か。























教徒達が薬剤師に疑いの眼差しを向ける。
「この薬はね、先代カイドマルド国王直々に僕に作るよう命令してきた物なんだよねー。だから僕ってば王様お抱えの薬剤師で、王様とは仲良しだったすっごい人なわけー!まあ今は小さい王様だから違うけどねー。ケケケ!」
奇妙な笑い声を上げながら薬剤師は小瓶を片手に、1回転してみせたり左右へステップを踏んでみたり。本当に落ち着きが無いし、このままでは話しが先へ進まないのでダリアが薬剤師の背を一発叩いた。


バシン!

手加減したつもりだったのだが、薬剤師は叩かれた瞬間むせ返ってしまった。
「ゴホッ!まあ端からそんな薬作れないけどねー。王様ってば馬鹿だから!僕ができましたーって渡してきたわけ!まあでも王様は根っからの馬鹿じゃないみたいでね?その薬で副作用が起きないかどうかを試したわけ。ま、案の定副作用が起きちゃったけど!それがもーとんでもない副作用でさー?軽く人格崩壊しちゃうわ、何だらで。薬は今の今まで埋もれててー。結局僕は城から追い出されちゃったー。せーっかく庶民から貴族に昇格するかと期待してたのにね、ケケケ!」
「試した?先代国王自ら自身に薬を使って自分の身に副作用が起こったというわけ?本ッ当馬鹿な国王だったのね。自国の王がそんなだったなんて」
薬剤師の隣でダリアが腕を組み仁王立ちで、
「はっ、」
と嘲笑いながら言い捨てる。
























しかし薬剤師はダリアの前に立つと、右手人差し指を立てて横に振る。その動作は"違う、違う"と言っているようだ。
「じゃあ誰に試したのよ?」
「んーと。誰だったっけかな。僕、薬品以外には全く興味が無くてねぇー?うーんと…」
「ジュリアンヌとダミアンよ」
突然、女性の高めの声が教会の入り口から聞こえた。教徒達は一斉に声のした方を振り向く。
すると其処には、コツコツとブーツのヒールを鳴らしながらこちらへ歩み寄ってくる1人の中年女性。栗色のショートヘア、そしてカイドマルド軍の軍服を着用している。
「クリス。久しぶりね」
ダリアが微笑みながら女性の名を呼ぶ。
そう、今やって来たこの女性は正真正銘カイドマルド軍少尉クリス・イネス・シャンドレ。彼女は軍人クリスであり、マラ教徒クリスである。
「久しぶりに見たがクリスさんはやっぱり美しい」
うっとりしながら言うポールの隣では、ジャンヌが見開いた目をクリスから反らすように俯いて体を震わせている。
一方、大勢の中に居るジャンヌの事にクリスは気付いていない。
先程までとは明らかに違うジャンヌの態度に一早く気付いたのはポール。続いてアダムスとアンネ。心配した3人が彼女の顔を覗き込もうとすると、ジャンヌはそれを嫌がって更に俯いてしまう。
「ジャンヌ?どうかしたのかい、ジャンヌ?」
「何で…あいつが…」
「ジャンヌさん?」
「お姉ちゃん?」


カツン、コツン、

クリスのヒール音がこちらへ近付くにつれてジャンヌの体の震えは増す。鼓動はこれ以上は無理だという程加速する。






















ジャンヌの脳裏では、幼い頃の自分とベルディネ王家の記憶がフラッシュバックされている。
映像の中に必ずと言って良い程居る人物は、ジャンヌと同じ栗色の長い髪をしている女性。向けてくる笑みが痛い程温かかったのを、今でも鮮明に覚えている。
「…レンジェ・ベルディネ・ロビンソン…!」
「ジャンヌ!?その名は君の…」
ジャンヌに話し掛けるポールの小さな声は、そこで途切れてしまった。



























一方、教徒達の前に立ったクリスは偉そうに腰に手を当ててふっ…、と不敵な笑みを浮かべる。祭壇に立っている薬剤師に話し掛けた。
「物覚えが悪いわね、薬剤師」
「クリスさーん!その一言は結構ぐっさりきましたよーケケケ!」
ふっ、とまた笑うクリスは視界を邪魔する自分の長い前髪を右手で払い、ニヤリと不気味に口元を歪ませた。開かれた口から覗く真っ白い歯が美しく恐ろしい。
「その薬の被薬者はこの世界でまだたったの2人だけ。ジュリアンヌとダミアンだけ」































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