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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「そうだ。アマドール聞いてくれ。先日、ナンシーが私の名を呼べるようになったのだ。それから、先日産まれた子の名はデイビットにしようと思うのだが、どうだろう。他に良い案はあるか」
久しぶりだった。子供の頃のようにこんなにも楽しそうに笑うルヴィシアンは。アマドールは彼の親になった気持ちで微笑みかける。
「国王様が御考えになられた御名前が宜しいと思いますよ」
その返事を受けたルヴィシアンは
「そうか!」
と跳ねた声で言った。立ち上がって、今話題となっていた彼の子供デイビットの顔を見てくると言い軽快に部屋を出て行く。その、大きくなった背を見ながらゆっくりと笑顔で後をついていくアマドール。

























部屋を出て正面に見える柱を曲がりこちらへやって来た、長身で青髪の男性アントワーヌの姿が視界に入ってきた。
彼の姿を捉えた途端、先程までのアマドールの優しく垂れた瞳が一瞬にしてつり上がる。無言のままルヴィシアンの後をついて行く。
一方のアントワーヌはというと黙ったままルヴィシアンとアマドールに一礼をし、両手に抱えた書類の中から1枚を取り出した。それに目を向けながら話し出す。
「国王様、失礼ですが先日御渡ししました税金についての書類の御提出が、未だ未提出となっているのですが」
「いちいち煩い奴だな。細かい事ばかり変にしつこく付きまとってくる奴だ。お前達のような暇な議会とは違って私は忙しいのだ。この国の王だからな」
はっ、と鼻で笑うルヴィシアンからは国王という自分に酔った笑みが見られる。そんな彼の後ろからアントワーヌの事を睨み付けるのは、アマドール。























今、ルネ王室と議会は対立している。即ち王党派と議会派の対立。
こんな状態の時だからこそアマドールは国王の側近として精神を集中しなければならない。まさかとは思うが、アントワーヌがルヴィシアンに何をしでかすか分からない。国王に万が一の事があってはいけない。絶対。
アマドールは音もたてずルヴィシアンに隠れるよう後ろに立ったまま、軍服のズボンのポケットに入っている拳銃に触れておく。万が一の時の為だ。
ルヴィシアンはアマドールの緊迫感など知らず、肩を下げて緊張一つしていない。楽なものだ、護られている者は。自分の長い前髪を手で払い、白い歯を覗かせるルヴィシアン。
「仕方ないな。次期に仕上げるさ。用件はそれだけか?」
「いえ、もう一つあるのですが宜しいでしょうか」
「本当にしつこい奴だな。はぁ。良い、述べろ。手短に簡潔にだぞ」
アントワーヌは黙って頷く。書類の中からさっきの物とは別の書類を取り出してまたそれに目を向けながら話す。
ルヴィシアンがどんなに大きな態度をとってきても、アントワーヌは冷静だ。恐いくらいに。
「軍隊の方から御聞きしたのですが、次はカイドマルドとの戦争を御考えのようで」
「勝手に調査をするな!気持ちの悪い奴だな」
「申し訳ございません」
機嫌が悪くなり、眉間に皺まで寄せたルヴィシアンは指にくるくる巻いた自分の髪を1本、力強く引き抜いた。それはアントワーヌに対する感情。
拳銃に触れていたアマドールの手に力が込められる。ほんの少し。





















「国王様。御言葉ですがいくら我が国でも、こうも戦ばかりを行っていては軍事費が底を突いてしまいます。現に、昨年は軍事費予算を大幅にオーバーしておりました」
「はっ、だから国民に課税しただろう。今度は税金を上げれば良い。それだけの事さ」
「ですが、国民からの声を国王様も存じ上げている事と思います。私の考えですが、カイドマルドとの対戦よりも先にするべき事があるのではないでしょうか」
「控えよ!議会の人間といえどお前は一般庶民!」
「良い、アマドール」

思わず感情が剥き出しになってしまったアマドール。スキンヘッドという事もあってか、怒りで血管が浮き上がっているから余計に恐ろしい。目付きは元からだが、いつもより恐ろしいのは分かり切っている事。人間の目はここまでつり上がるのかという程。
怒鳴り声を上げて一歩前へ出てきたアマドールの前に、グレーの手袋をはめたルヴィシアンの大きな手が彼の感情を静める。
アマドールは歯をギリッ…、と鳴らすも、一歩後ろへ下がり、元居た位置へ戻った。後ろからではルヴィシアンの心情を現す顔が見えないから少々不安なアマドール。ルヴィシアンの声で彼の心情を読み取る為、2人の会話に必死に耳を傾ける。




















ルヴィシアンは鼻で笑いながらまた前髪を手で払いう。別に、髪が目にかかっているというわけでもない。先程からずっとこの調子だ。癖なのだろう。それとも、もしかしたら相手を挑発させているのだろうか。意図があるか無いかは、彼自身にしか分からない。
「どうした。早く話したまえ。私は忙しいのだ。こんなところで時間をくうわけにはいかない」
「……。国王様、本当に分からないのですか。今何をするべきか」
「はっ。随分とまぁ、生意気な口を」
「民衆あっての一つの国だという事を御忘れのないようお願い致します」
そう言うとアントワーヌは軽く礼をし、丁寧に書類を戻す。
この場から立ち去ろうとアントワーヌが歩き出すより先にルヴィシアンは前へと歩き出した。その態度が大きくて、怒りが表になっている事は一目瞭然。


ドンッ!

わざと自分の肩をアントワーヌにぶつけた。その拍子に、アントワーヌが大切に抱えていた書類はカーペットの上に派手に散らばってしまう。


バサバサ…、

それでもアントワーヌは冷静な瞳と表情。黙ってその場に屈み、書類を1枚1枚拾い集める。
一切怒りを露にしてこない人形のような彼の態度が気に入らなくてルヴィシアンは歯をギリッ!と鳴らす。


グシャッ!

今まさにアントワーヌが拾い上げようと手を伸ばしている書類を強く踏み付けた。勿論わざとだ。ルヴィシアンの靴の下にある書類には、幾つもの皺が寄る。こんな子供のような行動しかできない国王にも、アントワーヌはやはり冷静。アントワーヌの手は、書類に触れる寸前の所で止まる。
「お前が散らかすから踏んでしまったではないか」
ニヤリと不気味に笑いながら言うルヴィシアン。また長い前髪を払ってこの場から離れて行く。
「お前が散らかしたその汚い書類はしっかり片付けておくんだぞ。はははは!」
遠くから聞こえた高くて不気味な笑いが混じった声を黙って背に受けた。
1人になったこの広くて長い廊下には、紙と紙が触れ合う微かな音だけが聞こえる深夜。





































荒波にも、嵐にも遭遇せずよくここまでこれたと我ながら関心してしまう。ジャックとミバラ、そして傭兵2人の乗った派手で大きな船はルネを出航してかれこれ9日が経った。
突発的だった為食料なんて用意しているわけがない。しかしちゃんと各自金は所持していたので、見知らぬ土地でその地の通貨と換金して何とか食料を得ていた。又は、ミバラが持っていた宝石をたった一つ渡しただけでたくさんの食料をくれる国もあったので得をした事もあった。ルネなどの栄えて裕福な先進国にとっては小遣いで買っても釣りがくる程度の宝石でも、貧しく貧困に悩まされる国にとっては一生御目にかかれないような宝石に見えてしまう。
低価格の宝石といえどミバラ自身、お気に入りの宝石や指輪を見知らぬ彼等に渡すなんて本意ではない。しかし、愛するルヴィシアンの顔や、他の妾が自分の事を見下す笑顔や、彼女達の子供の姿を思い出したら、手は勝手に宝石や指輪を彼等に売りに出していた。























かれこれ9日も共に居るミバラとジャックをはじめとする傭兵達。だが、出航当初に彼女からカイドマルドへ行きたい理由を聞き出して以降、会話は無い。
彼女は彼等の問などには全て頷いたり手で表現したりと、動作でしか返事をしてくれないのだ。身分のお高い貴族で、ましてや一国の王の妾という事もあり、彼女は一般庶民の傭兵とは口も利きたくない御様子。
勝手にそう悟った傭兵達は極力彼女には話し掛けず、近寄りもせずにいた。これは、彼等なりの優しさだ。
「バリッ!」
ジャックは、真ん丸いフランスパンを牙のようなその歯で契る。食べ方が汚い。胡坐を組みながらジンジャーエールの瓶を鷲掴みし、喉を鳴らして豪快に飲む。
「ゴキュッ!ゴキュッ!」
そんな彼の事を、少し離れた船内にある階段に腰を掛けながら気持ち悪そうに見ているミバラ。いつもの濃い化粧はボロボロで、目の大きさはいつもの半分。潤っていたはずの唇はかさついている。小さな口を少しだけ開いて、両手で持ったクロワッサンを噛った時。
「見えたぞ!あれがジュリアンヌ城だ!」
地図を片手に船から身を乗り出した1人の小柄な傭兵が嬉しそうな笑みを浮かべて何度もそう叫ぶ。





















彼が指差すその先に見えたのは、米粒くらいの大きさにしか見えないが確かにジュリアンヌ城。年代を感じさせるその城は大きく威厳さえ漂う。
もう1人の傭兵は、船内から引っ張り出してきた各国の王や皇帝、城の写真が掲載された電話帳程の厚みのある本からジュリアンヌ城の写真を見つける。小さく見える城と写真を交互に見ていた。
彼の顔にも明るい光に照らされた笑みが浮かぶ。彼もまた、船から身を乗り出した。そんな彼等の事を、腰に手をあてながら後ろから見ては可笑しそうに鼻で笑うジャック。
「はは、あんなにはしゃいで馬ッ鹿じゃねぇの。まあいきなりだった割には何事も無く無事着いて結果オーライだな。なぁ、ミバラ様よぉ?」
背後に居る、身を縮めながら階段に腰掛けたままのミバラに背を向けた状態で話し掛けるジャック。返事が無い。常にツンツンしている彼女も、あの城を見たら少しくらい笑顔を見せているだろうと思い、後ろを向くジャック。しかし、彼の予想は一切当たっていなかった。擦りもしていなかった。
其処で腰掛けているミバラは憎しみいっぱいの顔で、目をつり上げて城を睨み付けている。
「お、おい。どうした、船酔いでも、」
「近寄らないで!」
具合でも悪いのかと思い、珍しくジャックが人を心配して手を伸ばしたのだが、腹が立つ程避けられてしまう。彼女は立ち上がり、船内の寝室へと黄色のドレスを持ち上げながら走って行ってしまった。
「どうしたージャック?」
震えるジャックの拳。
「あの高飛車女、いつかぜってぇ土下座させてやる!」











































ルネ王国――――

寝静まったバベット家の玄関の扉が微かな音をたてて開かれる。


キィッ…、

家の中は真っ暗で物音一つしないので、皆眠ったのだろう。それもそうだ。アントワーヌが帰宅した今の時間は深夜2時3分。
「はぁ…」
誰も起きていないから、聞かれないから溜め息を吐いた。
毎日のようにルヴィシアンやアマドールに敵意剥き出しの態度をとられても冷静で在り続けたアントワーヌも家に帰れば、今日の疲れのせいで溜め息だって吐いてしまう。
「珍しいわね、アントワーヌがそんな顔をするなんて」
「母さん…」
突然暗闇から声がしてランプのオレンジ色の灯りが灯ったので、驚いたアントワーヌは目を見開く。
母はクスクス笑いながらキッチンの明かりをつけて、テーブルの上に温かいコーヒーを出してくれた。























「お父さん、しょっちゅう仕事に対する愚痴を洩らすでしょう。それをアントワーヌはどう思う?」
「…少しは我慢するべきかと」
「そうね。でもねアントワーヌ。お父さんまでとは言わないけど、あなたはお父さんを見習うべきよ」
「え、どうしてですか」
返事はせずに、母はアントワーヌに手をヒラヒラと振り寝室へ続く階段を登って行ってしまった。優しい笑顔のまま。
1人残されたアントワーヌは椅子に腰を掛けると、コーヒーを片手にすぐ書類をテーブルの上に広げていた。























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