症候群-追放王子ト亡国王女- ページ:2 一方、アントワーヌとラヴェンナがマラ教徒に似せたの服を着て彼等に罪を擦り付けたせいでこの事件は、マラ教徒が起こしたものだと思い込んでいるルネ王室のマラ教への怒りは計り知れない。 こんな事になっているとも知らないマラ教徒達は今日も、自教の回復を願いながら汚い地面にしっかりと足を着けて生きている。 墓地―――― ルネ城の敷地内に建てられている、墓とは言い難い程大きくて家のような墓石。これは先代ルネ国王ダビド・デオール・ルネの墓。 真っ白な十字架に淡い色の花のリースをそっ…、とかける先代国王王妃デイジー。 外の寒さに反応した身体は震えるけれど、揺れる事の無い彼女の赤色の瞳は最愛の夫の墓だけをしっかりと見つめている。 「国王様。たとえ国民を、世界を敵にまわす日が訪れたとしても私はルヴィシアンとヴィクトリアンを守ると誓いますわ。だって国王様が残してくれた大切な宝物ですもの…」 「お母様」 背後から聞こえた高めな声。呼び方で、其処に居るのが誰なのか考えなくてもすぐに分かる。笑みを浮かべながら後ろを振り向くと、やはり当たっていた。 「ルヴィシアン」 「こんなに寒いというのにそんな薄着で外に居ては御風邪を召されてしまいますよ」 彼がかけてくれた紅色の分厚いコートの暖かさに、デイジーの目から一筋の光モノが頬を伝った。 何処の国も戦争が休戦されている静かな日。束の間の日。真っ暗な外には、空から降ってくる真っ白い妖精達が汚い地面を純白で埋めてくれる。 いよいよ今年とも、後数時間で別れを告げる時がやってきた。ルネの城下街には色とりどりのライトに照らされた家族や恋人達、友人達が楽しそうな笑みを浮かべて歩いている。スポットライトで明るく照らされたルネ城の高い位置に設置された時計に時折り目を向けては、また笑みを浮かべる。 ルネ城―――― 城内ではルヴィシアンとヴィクトリアン、デイジーなど城内の全ての人間が大広間に集まっていた。 「でね!聞いてくださる?」 「あははは!それはそれは面白いお話ですこと!」 普段より豪華な食事を前に、ナイフやフォークの音をたてながら楽しそうに笑って話す貴族。ルヴィシアンは自分の妻達からワインを注いでもらったり、ゲームをしたりと御満悦。アルコールのせいで火照った彼の赤い顔を、遠くの暗い席から愛しそうに見つめるのはミバラ。食事には一切手を付けていなかった。 一方、ヴィクトリアンも浮かない顔をしていた。普段なら軽く3人分の食事を平らげてしまいそれでも足りない彼が、今日は半分も手を付けていない。 「大丈夫?」 顔を覗き込んできた心配するデイジーの優しい声にゆっくり振り向く。すぐに作った明るい笑顔を浮かべてみせた。これが作りモノだと、彼女に気付かれてはいるけれど。 「大丈夫でーす!少しお腹の調子が悪いみたいです。御心配ありがとうございます、デイジー様」 「お母様、で良いのよ」 彼の自分に対する呼び方を指摘したデイジーはふふ、と微笑みながら彼の頭を優しく撫でてあげた。腹違いの子供とはいえ、彼に触れる事で改めて誓えた。ヴィクトリアンを自分の子供として守るという事を。 同時刻―――― 都心から外れてはいるが、そこそこ栄えているルネの街セザンヌ。 その大通りから右に曲がった路地裏にある静かな高級住宅街。玄関に大きな雪だるまがある一軒の大きな家からはオレンジ色の灯りと、楽しそうな笑い声が外まで洩れていた。 「駄目だ駄目だそんな名前!女だったら絶対に強そうな名前にしろ!」 「ラヴェンナさんの御考えも素敵だと思いますわ。でも、女の子の名前は前から決めておりましたの」 ラヴェンナとマリーの2人は大きな声で、これから産まれてくるマリーの子供の名前をどうするか話していた。 傍では、この家の主人でありルネ王国議会の『ビスマルク・ベルナ・バベット』が、大きくて重たいジョッキに入ったウイスキーを喉を鳴らし豪快に飲んでいる。 「ゴクッ、ゴクッ」 彼の向かいの席に着いている背中の丸まった小柄な中年男性は議会の人間の1人『ピエール・ルイ・ジェリー』ミバラの実父だ。 その隣では、豪酒の父親ビスマルクに呆れ返っているアントワーヌ。テーブルの上に頬杖を着きながら溜め息を吐く。 「父さんの女好きには困りましたよ。バーでラヴェンナ嬢の踊りに惚れ込んだからといって身寄りの無い彼女を、家族に何の相談も無しに住まわせようだなんて」 「しかしアントワーヌ。彼女のお陰で私達議会の有利になる情報が宝の山のように得られただろう?国王殺害の真犯人など」 「それはそうですが…。それよりも先に父さん、予算案は、」 「こんな日くらいお仕事の話はやめたら?」 テーブルの上に豪華なチキンを並べるのは、ビスマルクの妻でありアントワーヌの母親が言う。ショートカットの青い髪と可愛らしい顔をしている。アントワーヌにシャンパンを注ぐ彼女の垂れた目が優しく微笑みかけてくれる。 「ありがとう、母さん」 同時刻、 ルネ軍本部―――― 次の年の足音が近付くこんな日でも、軍人達はルネ軍本部で夜分遅くまで会議を開いたり戦闘機の点検をしたりと、休む暇が無い。 将軍ダイラーは、次にルネが領土を獲ようとしている国の地図を広げて、少佐や大佐達とそれを囲んで話し合っていた。皆、険しい顔付きなのは当たり前。 「マリソン大将、嘘だと言って下さいよ!」 忙しい軍内に響き渡ったのは、ヴィルードンの落ち込んだ情けない声。 「うるさいぞ!」 周囲の上官から怒鳴られても彼は肩をがっくり落とし、隅で1人暗く座り込んでしまっている。 「はぁ…」 そんな彼に呆れて溜め息を吐くのは、長い朱色の髪をなびかせるマリソン。傍に立ち頭上から見下ろすけれど、彼は相当落ち込んでしまっているようで顔を上げてこない。 「嘘じゃなくて事実なのよ。本当にもー、このくらいで何を落ち込んでいるのよ。デビルナイトともあろうヴィル君が」 「だって大将!将軍とは許婚だ、って言い出すからいけないんすよ!」 「いけないも何も、事実なんだから仕方ないわよ」 突然立ち上がるヴィルードン。マリソンは目を丸めて一歩だけ彼から離れて後ろへ下がる。 ヴィルードンは、遠くで少佐や大佐達と話し合うダイラーの事を黄緑色のその瞳で軽く睨み付けながら、拳を強く握った。そんな彼にまた、溜め息を吐くマリソンだった。 更に同時刻、 日本―――――― 雪が肩や頭に積もっても、彼は外にかれこれ1時間近く立ち続けていた。薄着で。寒さに反応した鼻や頬が赤く染まる。鼻を啜ってから慶司は、咲唖の墓前で深々土下座をした。 「姉上ごめんなさい。ジャンヌさんとアンネちゃんは僕が目を離してしまったから何処かへ行ってしまい…。ごめんなさい、姉上。姉上の大切な友達を守ると決めたのにっ…。僕はこれからどうしたら…」 「慶司、風邪をひいてしまいますよ」 背後から聞こえた母親の声に振り向き、立ち上がる。だいぶ顔色は良くなったけれどまだ病的な姿をしている本妻。 本妻はたくさんの美しい星が広がる夜空を見上げ、彼女は指差した。 「咲唖がね、言っていたの。滅多に降らないこの土地に雪が降ったから何だか今年は良い事が起こりそうですね、って。嫌な事ばかりだったけれど慶司、今年は一つでも良い事はあった?」 「良い…事?」 眉間に皺を寄せ、視線を下に向ける。その時浮かんだのは【仲直りをして下さいね】そう書かれた咲唖からの手紙の細い文字。 顔を上げた慶司は、優しく笑みながら励ましてくれる母親に御礼として、同様の笑みを返した。 「はい、ありました!」 同時刻、 カイドマルド王国――― 「…るな。…くるな、私の国へ入ってくるな!!」 「大丈夫ですか、国王様」 目覚め、我に返ると、傍には不安で満たされたハーバートンが居た。 嫌な汗をびっしょりかいたダミアン。夢に魘されていたのだが、寝言だというのに異常な程まで大声ではっきりと叫んでいた。自分の寝言で目覚めてしまったのか、それとも悪夢のせいで目覚めてしまったのかはダミアンにも分からない。 ハーバートンは勝手に心の中で、夢のせいだと決め付ける。そもそも、ハーバートンがこう考えるのにも理由があった。ダミアンはよく悪夢に魘されれては、先程叫んだ寝言と一字一句同じものを叫んで目を覚ますのだ。ここ最近は頻繁。 「はぁ…はぁ…」 肩で荒い息をする彼の頬に、水で濡らしたタオルをあてて汗を拭き取ってあげる。 「にゃあ」 可愛らしく鳴いたメリーがダミアンの寝るベッドの上に飛び乗る。メリーを見るダミアンの目は虚ろ。柔らかいその毛を撫でるのだけれど、彼の心此処に在らず。 ハーバートンは傍に置いてある洗面器の中に入った水でまたタオルを濡らし、絞りながら話し掛ける。 「また、いつもの夢を見てしまったのですか」 「…ああ」 その『夢』というものの内容は、ハーバートンにも分からない。 タオルをダミアンの額に乗せると、彼はベッドに横になる。 「熱の方はだいぶ下がっ、」 「ハーバートン。家令のお前が何故こんな、侍女の真似事をしている。世話好きにも程があるだろう、老いぼれが」 どんなに酷い言葉を吐かれても。どんなに変わらない表情を向けられても。ハーバートンは優しく微笑むだけだ。時計を指差すとまた、微笑む。 「国王様。もう少しで今年ともお別れで、」 「年が変わったところでこんな時代は何も変わらない」 「そういう捻くれた御考え、少し変えた方が宜しいですよ」 「なっ…!家令の分際で私に逆らう気か、世間知らずが!」 ハーバートンはまた、優しく微笑むだけだった。 ジュリアンヌ城内 サロン――― 晩餐を楽しんでいるのはルーベラとエドモンド、クリスの3人。ルーベラはまだ所々に包帯を巻いてはいるが、傷はだいぶ回復してきている。 「あははは」 「ふふふ」 キィッ…、 3人の楽しそうな笑い声に混じって聞こえた扉の開く音。 「おかえり、ルネく…うぷっ!」 ヴィヴィアンと共にサロンへ入って来たきつ過ぎる彼の香水の匂いに、エドモンドをはじめ、ルーベラとクリスは瞬時に鼻を摘む。バニラのような甘ったるい匂い。サロン内の酒や食事の匂いと混じるから、余計キツイ。 酒のせいで顔を赤くしたエドモンドは彼には背を向けたままだというのに、彼が入ってきたと当てた。この事に驚くよりも、香水のきつ過ぎる匂いに騒ぎ出すルーベラとクリス。クリスも酒のせいで顔を赤くしている。 「この匂いはさすがにきついなぁ、ルネ君」 「もう少し抑えめにしてくれないかしら」 エドモンドとクリスに指摘されても肩を落としたまま深い溜め息を吐くヴィヴィアンは、空いていたルーベラの隣の席に腰掛ける。 「はぁ…」 背もたれに背を預けてシャンデリアを見上げる彼の横で、鼻を摘みながら顔を覗き込んでくるルーベラ。 「ヴィヴィアン貴方、日本との戦争後から変わったわよね。たかが兵士のくせに任務以外の時は香水つけ出したし、夜の外出回数増えたじゃない。まさか…夜会?ギャンブル?女?」 「全部、ですね」 冗談のつもりで言ったルーベラだったが、まさか全て正解してしまうとは思ってもいなかった。思わず、口がだらしなく開きっぱなしになる。 酔っているとはいえ、話の内容も全てしっかり耳に届いているし理解もしているエドモンドとクリスの口も開きっぱなしだ。 「今宵は飲もうよクリス少尉!」 「相手が貴方というところが納得いかないけれどね」 しかしすぐに騒ぎ出したのは、酒のせいか。 それでもヴィヴィアンは1人、気持ちの悪いくらいに暗い。 「同じ人ってやっぱり、居るわけがないですよね」 意味深な言葉と一緒に息を吐くと、ヴィヴィアンはテーブルの上に腕を乗せてその上に顔を伏せてしまう。そのすぐ後にしたドン、と大きな音とテーブルから伝わる振動に反応したヴィヴィアンがゆっくり顔を上げる。 「…?」 目の前に置かれた綺麗に磨かれているグラスにはオレンジジュース。それを出してやったルーベラは眉間に皺を寄せながらこちらを見てくる。その緑色の丸い目を、少しだけつり上げて。 「堕ちていくのは簡単だけど、這い上がるのは難しいわよ」 「それ、僕に言っていますか」 「さあね。まあ、来年は良い事あるわよ」 彼の手を無理矢理掴んでグラスを握らせる。それを見ていたエドモンドは楽しげにニヤリと笑い、自分もグラスを手にする。ルーベラとクリスにもグラスを持つよう呼び掛ける。 エドモンドはグラスを持った右手を天上に向かって持ち上げ、白い歯を見せた。 「乾杯!」 ボーン、ボーン、 時計の針が0時調度を指し、新しい年がやって来た。 [*前へ] [戻る] |