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症候群-追放王子ト亡国王女-
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日本VSカイドマルドの戦争から約3ヶ月後、
ルネ王国――――

ヴィクトリアンは自室で1人、窓辺の椅子に腰掛けてテーブルの上に頬杖を着き、外を眺めていた。
空虚なその赤色の瞳に映るのは、真っ白な雪と冷たい空。中庭の大木達は白い化粧をしている。
この雪のように汚れない真っ白な心を持った人間がこの世に居たとしたら、それはある意味罪だろう。
「はぁ」
そんな事を思いながら思わず洩れる溜め息。椅子の背もたれに背を預けて、唸りながら天井に向かって腕を伸ばす。その時だった。


コンコン、

部屋の扉をノックする静かな音がした。
「どーぞー」
軽い返事をしてすぐ開かれた扉の向こうに居たのは、ルヴィシアンの側近中の側近アマドール。彼の鋭い目と目が合ってしまい内心焦ってしまう。その鋭い目のまま、彼はこちらに軽く挨拶をした。
「国王様がお呼びでございます」
あまり良い予感はしなかった。




























ルヴィシアンの部屋へ着くまでの道程それは、これから起こる事を事前に教えてくれているかのようなものだった。
城内の広く長い廊下。いつも必ず、城内の人間最低2人とは擦れ違うというのに、今日は違った。人の姿どころか声も聞こえてこない。ガラス張りの大きな窓の外には、いつの間にか真っ黒くて重たい雲が姿を現していた。
雨は降っていないけれど、外からは心臓に響く雷の低い音が聞こえてくる。次期、降るのだろう。アマドールは一切こちらを向かず話し掛けもせず、ただただヴィクトリアンの前を歩いて行く。
――少し老いたなぁ――
アマドールの背が丸まっていたから、そんな事を思いながらこの嫌な雰囲気から少しでも逃れようとする。




















日本からルネに帰国しての事。ジャックは勿論、日本王室からも、ヴィヴィアンがカイドマルド軍に居て、現に先の戦争で日本に上陸していたという情報はすぐルヴィシアンの耳に届いた。
負傷したヴィクトリアンを、気味が悪い程までに心配してきたルヴィシアン。しかし彼はヴィクトリアンに対し、一切ヴィヴィアンの事には触れてこなかった。その事が今でも喉に引っ掛かっていて苦しい。


コンコン、

扉の前に着いて、アマドールはノックをする。
「入れ」
室内から聞こえてきた、成人男性としては少し高めな声の返事。


ギィッ…、

重たい音をたてて開かれた大きな扉は、ヴィクトリアンが留守にしていた間に金色に塗り替えられていて煌びやかな宝石が所々に埋め込まれていた。眩し過ぎて馬鹿げていて目が痛い。
室内へ入ってみたヴィクトリアンの口がだらしなく開きっぱなしになってしまうのも納得できてしまうものだった。眩しい程の宝石達が、これでもかという程埋め込まれた壁。至る所にルヴィシアンの肖像画。とにかく派手で豪華な金を費やし過ぎた部屋に変身していた。
この金はルヴィシアンが人知れず努力をして獲た意味ある物ではないのだな…と思うとヴィクトリアンの奥で点火するモノがあった。





















胸元に手をあてて、国王ルヴィシアンに一礼する。ヴィクトリアンが顔を上げて見たルヴィシアンの表情ときたら、これまでに増して自分に陶酔しモノだった。溜め息も出ない。
「こちらに」
「はい」
傍に立っているメイドから赤ワインの入ったグラスを受け取るルヴィシアンは、それを一口だけ飲むと直ぐ返す。一度咳払いをしてから、彼はやっと話し始める。
「やあ、我が親愛なる弟ヴィクトリアン。今日はお前に頼み事があって来てもらったんだ」
「頼み事?何でしょう、楽しい事だといいなー。あ、もしかして遂に僕も何処かの可愛い王女様と結婚ですか!?」
こんなにも明るくいつもの調子で話しても、ルヴィシアンは口元を笑ませニコニコとただ黙ってこちらを見つめてくるだけだった。やはり今日は何かが違う。


しん…

ヴィクトリアンが話し終えてからは室内の音が消えてしまった。引きつりながらもルヴィシアンに微笑みかける。
「一体どうしたのですかお兄様?」
そう何度も尋ねてみるのだけれど、やはりルヴィシアンは同じ調子。ニコニコ笑んだまま。






















逃げ出したくて仕方ない。自分の家に居るというのに何故こんなにも居心地が悪いのだろう。
身体ごと後ろを向くと、扉の前には大柄なアマドール。彼は恐い顔をしてただジッ…、とこちらを見つめてくる。
恐い、怖い。こんな想いも言葉も、ヴィクトリアンは自分の中から必死に取り除こうとする。


ガタガタガタガタ、

しかし無駄だった。身体は正直で、恐怖に小刻みに震え出してしまう。気付かれぬよう、右腕で震える左腕を押さえる。震えを見られぬ為に。
「お、お兄様?」
「ヴィクトリアン。マリー・ユスティーを殺してくれ」


カタン、

言葉の後にした、カタン、という音。ルヴィシアンは、自分の懐から取り出した真新しい拳銃1丁をヴィクトリアンの足元目掛けて放り投げた。






















足元に転がるそれとルヴィシアンの顔を交互に見る。ヴィクトリアンの目は見開いていた。冷や汗が肌に触れて気持ち悪い。
「お兄様、何を仰っているのですか。マリーちゃんはお兄様の妾でしょう?あ、僕がマリーちゃんを一緒に日本へ連れて行った事怒っているのですか?嫌だなー!僕、お兄様の妾を横取りしようだなんて思っておりませんよー!僕ね、お兄様の女性よりも僕好みな女性と結婚してお兄様を驚かせよう!って考えているんですよ!だから、」
続けたかった言葉は遮られてしまう。


ガシッ!

「!?」
背後から力強く、後ろで両腕を一まとめにされた。アマドールだ。
痛みに顔を歪めるヴィクトリアンが後ろを振り向こうとしたらルヴィシアンの声が聞こえた。
「ヴィクトリアン」
彼はそう呼ぶと椅子から立ち上がりマントをなびかせ、靴のヒールを鳴らしてこちらへゆっくりと近付いてくる。恐くて顔を反らしたいけれど、ここは戦わなくてはいけない。そう思う自分と恐さから逃れたい自分が格闘をしている間にも、ルヴィシアンの悪魔の顔が目の前にあった。
もう、限界だ。顔を背けようとする。けれど、グレーの手袋をはめたルヴィシアンのその両手がヴィクトリアンの顔を力強くで自分の方へ向かせた。余計恐ろしくなってしまう。
「ヴィクトリアン?お前の低能さには哀れ過ぎて涙も出ないさ」
返事ができない。
「今までマリーとの関わりが然程無かったお前が突然彼女と接近した。そしてお前は日本からの帰国後、奴と出会った事を一切口にしなかったな。傭兵や日本王室が、奴がカイドマルド兵として日本に居た事を伝えてくれたお陰で私は奴を探す範囲を狭める事ができた。しかし、最も奴の被害にあっているルネ王室のお前が一番にこの事を私に伝えてくれなかったから私はとても悲しいよ。今もお前はこの事を伝えてはくれない。何故話してはくれないのだ?何故隠す?まるで私が有利になる事を恐れているかのようだな。違うか?」
必死に頷くヴィクトリアンの様は、痛い目にあうのが恐くてひたすら謝る事しかできない弱者。
こんな行動本意ではない。本意なはずがないというのに身体は正直過ぎて、自分を守る事で必死で精一杯だった。
人間なんてものは、どんなに綺麗な言葉を口にしたって最終的には我が身大事…。ここに辿り着くとは知っていたヴィクトリアン。けれど、自分だけはそんな人間らしさを捨てたい、そう思って誓いもしたというのに、それは一瞬にして破られてしまった。自分に。






















「知っているかな、ヴィクトリアン。マリー・ユスティーは奴の子を身籠ったらしい。日本王室はこの事を私の子だと勝手に思い込んで嬉しそうに教えてくれたよ。そんな事があるはず無いのにな」
吐き捨てた笑いは残酷だ。
「そしてもう一つ。知っているかなヴィクトリアン。彼女は奴を逃がす手伝いをした悪魔の女なのだよ」
「えっ…」
裏返った悲痛なヴィクトリアンの声を、彼は鼻で笑う。
「そんな女と奴との子を想像しただけで吐き気がしてしまうよ。彼女が手伝ったというこの話はマリーの側近のユスティーヌ兵士達から聞いた事実。事実だ。あの日。そう、親愛なるお父様が殺害されたあの悪夢の日。マリーをはじめとする側近達彼等の行動には不審な点が幾つかあった。だから私は疑わざるをえなかった。お前が日本へ行っている間に彼等に聞いたのだ。彼等は首を横に振って否定するだけ。しかし、そんな頑固な彼等が何故真実を吐いたと思う?」
答えてごらん、そう言ってくる彼の赤色の瞳に映るのは情けない自分ヴィクトリアンの姿。
答えなんて考えられる余裕も無い脳は、目の前の真犯人である彼を"殺せ、殺せ"という命令だけを送ってくる。無理なのに。





















「はぁ」
答える気配の無いヴィクトリアンを見てつまらなそうに溜め息を吐くルヴィシアン。視界を邪魔する髪を後ろへやり、口を開いた。開かれたその口がにんまりとしていて裂けてしまいそう。白い歯が光る。彼は自ら答えを述べた。
「真実を吐いてくれれば君達はルネに貢献した事になるから褒美を与えよう。ルネ軍として生かし、一生金の保障もする褒美を。…そう言ったら吐いてくれたのだよ」
人間とはこんなものなのだな、彼等も自分も。そう思った途端、ヴィクトリアンの全身の力が抜けてしまった。
ルヴィシアンはふふ、と微笑みマントを翻して、ガラス張りの大きな窓の前に立つ。手を触れる。
いつの間にか雨が降り出ていた。真っ黒くて重たい雲を見上げながら彼は静かに口を開く。
「人間は脆いものだ。本当に脆い。言葉一つを信じ、言葉一つに裏切られる」
彼のこの言葉にヴィクトリアンは咄嗟に顔を上げた。調度目が合ってしまう。彼はこちらに首だけを向けて、にんまりと微笑んだ。
「そう。お前が今思った通り。彼等は今、もうこの世には存在しない」
誰が彼等をこの世から葬ったのかなんて、誰に聞かなくたってすぐ分かる。だからこそ恐ろしい。ヴィクトリアンは力無く顔を伏せるしかなかった。

























「マリー・ユスティーの処刑には私も出向こう。最近は罪人の最期を見るとどうも興奮してしまってね」
――ああ、この人はもういくところまでいってしまったんだ。なんて人間らしく、人間過ぎるのだろう――
光の無い瞳で足元に広がる赤色の美しいカーペットを見ていたら、其処に1人の人影が現れた。けれど、顔を上げない。上げる力も無い。頭上から自分を呼ぶ兄の声がしても、ヴィクトリアンは顔を上げられなかった。
こんなヴィクトリアンの態度に、眉間に皺を寄せたルヴィシアンの少しの感情の変化も見逃さないアマドール。


ぐっ、

背後からすぐにヴィクトリアンの顔を力付くで上げさせる。
「もう、マリーの事を奴を誘き寄せる為に使おうだなんて考えはやめた。今は一刻も早く、奴と友好関係を築いていた人間共を片っ端から排除したくてたまらないそんな気分なのだ」
国王の機嫌一つで命を奪われる者。国王の機嫌一つで失われる国。これが絶対王政というものか。
「ヴィクトリアン?今から私が言う言葉を復唱するんだ。聞こえるようにしっかり、力強く、敬意を込めて…」
虚ろなヴィクトリアンの瞳は、もう何処を見ているのかさえも分からない。
一方のルヴィシアンは口をはっきり大きく開いて力を込めた。
「ルヴィシアン・デオール・ルネと国家の間を結び付ける記号はイコール」



































それから2日後――――


コンコン、

「はい?」
室内から聞こえてきた可愛い声が胸の傷に染みて痛過ぎる。


タタタタ、

何も知らず、ただ純粋に扉の元へ駆けてくる彼女マリーの小さな足音がこちらへ近付いてくる。


キィッ…、

ノブを回す音と扉の開かれた音がした後すぐにヴィクトリアンは目を強く瞑った。



ガシッ!

「きゃあ!?」
ルヴィシアンの側近2人に両腕を掴まれたマリーは目を丸め、何が起きたのか全く分からないといった顔をしている。側近2人を見た後ヴィクトリアンを見てきた。何も言わず。
目が合ってしまう。そんなに純粋な瞳で見つめないでほしい。言葉には出さず、そう目で必死に彼女へ訴えたらそれを察したのか偶然なのかは分からないけれど、彼女は目を反らした。呆れられたのかもしれない。いや、もしかしたら…。
頭の中で1人ゴチャゴチャ考えている間にも、彼女の小さな背中がヴィクトリアンの瞳に映っていた。




























外には2台の黒い車。
1台目にはルヴィシアンと運転手。2台目にはヴィクトリアンと側近2人、そしてマリー。
車内に会話なんてものがあるはずなくて、窓の外に流れていく景色がどんなものであったかなんて覚えていない。
いつの間にか日が経っていた。そしていつの間にか、右手に拳銃を握らされた自分ヴィクトリアンが居た。
わざわざ車を使って何週間もかけて辿り着いた場所は、以前ユスティーヌ王国であった地だった。今はルネの領土となっている。こんな所までやって来たルヴィシアンの意図は、ヴィクトリアンにもマリーにも分かった。彼は一体どこまで人間が傷付く姿を見れば気が済むのだろう。
空を見上げたら、こんな日だというのに爽やかで晴れ晴れとした空が広がっていた。























背を向け、後ろで手を縄で一まとめにされたマリー。その後ろに立たせられるヴィクトリアン。


ガシッ!

「しっかりして下さいヴィクトリアン様」
思わず腰が抜けてしまいそうになった彼の肩をしっかり掴み、無理にでも立たせる側近。
その後ろでは、腕組みをしたり髪をなびかせて楽しそうに微笑むルヴィシアンが居る。ヴィクトリアンの頭の中はぐちゃぐちゃだ。
――どうするどうする?ここでマリーちゃんを撃つしかないの?いや、待てよ。今此処で拳銃を持っているのは僕だけなんだ。じゃあ?側近達を撃ってマリーちゃんを車に乗せて逃亡しちゃえば…――
しかしここで、ヴィクトリアンが1人の側近を撃つ事に成功するが、もう1人の側近が懐から拳銃を取り出してマリーを撃ってしまう…そんな失敗の場面が頭の中で勝手に作られてしまっていた。
「うぷっ…!」
思わず手の平で口を押さえるヴィクトリアン。
「しっかりして下さいヴィクトリアン様」
体を屈めた彼の背を後ろから擦ったり何度も声をかけてやる側近達。こちらを一切振り向かないが、こんな時でもマリーはヴィクトリアンの事を心配していた。
























ダンッ!

一方のルヴィシアンは、地面を力強く足で蹴り付けると眉間に皺を寄せ怒った顔で腕組みする。
「人1人も撃てないのか。柔な神経を持ちやがって」


パァン!

1発の銃声がして、1人の側近の右肩から赤い血が吹いた。
「誰だ!?」
皆が目を大きく見開いた時、付近の木々の陰から光った銃口。
側近は肩を負傷しながらも咄嗟にルヴィシアンの前に飛び出てまた撃たれた。


パァン!

血を流し、それでも彼はルヴィシアンを守りながら車の中へとルヴィシアンを無理矢理押し込む。運転手に強く怒鳴ると扉を乱暴に閉めた。


ブロロロロ!

車はすぐにエンジン音をたてて走り出すが、ルヴィシアンが乗車している後部座席の窓に3発の銃弾が命中する。


パァン!パァン!パァン!

咄嗟に身を屈める。腕で頭を抱える彼の方に首を向けて「大丈夫ですか」そう丁寧に運転手が聞くが、怒りに満ちたルヴィシアンの耳にそんな言葉は届いていない。
彼は歯をギリッ…!と鳴らして顔を真っ赤にし怒りを露にすると、撃たれて破損した窓ガラス部分を睨み付ける。扉を力強く右拳で殴り付けた。
「誰だ!一体誰だこの私に歯向かう愚か者は!誰だ!!」


























一方。


パァン!パァン!

側近が木々の方を無闇に発砲し続ける。もう1人の側近は肩から血を流しながらも、ヴィクトリアンを車内へと連れ込む。その際ヴィクトリアンが後ろを振り向いた時、マリーの姿は何処にも無かった。
彼を乗せた側近が再びこの場に戻ってきた時にはもう銃声は消えていた。






































暗い林の中を駆ける二つの人影。どちらもマラ教徒の服を着用している。
1人の小柄な人影がマリーの小さな手を引く。縄を解かれた彼女の手には痛々しい締め付けられた赤い跡がくっきりとついている。
彼等は一体何者なのか?自分はこれからどうなってしまうのだろうか?そう考えながらも心の奥底で抱くわずかな希望。
「ヴィヴィ様?」
それは心の奥底で留めておこうと思っていたのに、つい口に出してしまった。
もしかしたら大好きな彼が助けに来てくれたのかもしれない。そんな、童話に出てくる王子様とお姫様な思考は一瞬にして打ち砕かれてしまった。
「!」
こちらを振り返った、自分の手を引く者の髪色は黄土色だし瞳の色は赤紫で、何より少女だった。
走りながらその少女は黄土色の髪を乱暴に取る。鬘の下から現れたのは少女の本当の髪。腰まであるオレンジ色の美しい髪だ。





















この少女の正体が分かったマリーが彼女の名を口にしようとするが、それより先に彼女が口を開く。
「ヴィヴィアンじゃなくてすまないな、マリー」
「ラヴェンナさん…?」
彼女の名を口にしたマリーの頭の中では、先の戦争で失ったフランソワの事や、自分の知らない恐ろしいヴィヴィアンの事が思い出された。一瞬体が震える。
よくよく考えてみれば、自分を助けてくれたのがヴィヴィアンではなくラヴェンナで良かったと思い直す。
「ひゃあ?!」
ラヴェンナはマリーを抱き上げると、自分の前を走る長身でサングラスをかけた女性が歩み寄った1台の黒い車の後部座席へ彼女を押し込む。隣に自分が乗る。


バタン!

ラヴェンナと、運転席に乗ったサングラスの女性が同時に車のドアを音をたてて閉めた。
エンジンをかけると、運転席の女性が鬘の緑色の髪を取り、助手席に投げ捨てる。露になった青色で短い髪。この女性は実は女性に変装をしていた男性。彼はルネ王国議会『アントワーヌ・ベルナ・バベット』
2人は決してマラ教徒ではなく、マラ教に罪を擦り付ける為にマラ教徒の服にそっくりな服をわざわざ作って着たのだ。























何が起こったのか分からなくて目を丸めるマリーについた縄の跡。その手首にそっ…、と手を添えるのはラヴェンナ。眉尻を下げて切なそうな表情を浮かべながら彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫か、ここ。安心しろ!マリーお前の事はあたし達が守ってやる。そしてお前の国の仇もとってやるからな」
「ラヴェンナ嬢。例の写真の出来は如何ですか」
「上出来だぞ。ほら」
後部座席から運転席に差し出されたのは数枚の写真。それらに写っているのは、たった今の出来事だった。処刑を迎えようとしているマリーの後ろにヴィクトリアンが拳銃を持たせられている。
その後ろには側近2人。更にその後ろに居るのは悪魔の笑みを浮かべるルヴィシアン。
これを見たアントワーヌの口元が微かに笑んだ。
「この写真にちょいと文章を添えれば良いんだろう?」
「そうですね。人間はメディアの言う事に弱い生き物ですから」
「はっ!しかしアントワーヌお前は何故マリーが処刑されるという、こんな内部しか知らない事を知っていたのだ?予言者か?」
「面白い方ですね、ラヴェンナ嬢。予言なんかではありませんよ。私も一応、内部の人間ですから」
「ああ、なるほどな」
2人が微笑する傍でマリーはまだ目を丸めていて不安そうだ。それに一早く気付いたラヴェンナは自分の心臓を強く叩き、白い歯を見せて強い笑顔を向けた。
「あたしに任せろ!」





































一方。ルネ城内、
国王自室―――――

「うああああああ!!」


ガシャン!!

床には、高価な宝石や家具の残骸。計画が崩れてしまい怒り狂ったルヴィシアンが壊したのだ。
「はぁ…はぁ…」
今はその怒りがだいぶ落ち着いた。彼は椅子に脚を組んで腰掛ける。
「国王様」
「…何だアマドール」
「国王様の計画を台無しにし、マリー・ユスティーを拐い、尚且つ国王様に発砲してきた人間達がマラ教徒の服を着ているのをこの目で見ました」
アマドールがそう話した途端、彼の赤色の瞳がギラリと光る。
「…それは本当だなアマドール?」
「勿論でございます」


ガタン!

彼が音をたてて椅子から立ち上がるだけで過剰反応してしまうヴィクトリアンや軍人達。ルヴィシアンは若い軍人の1人を指差し、怒り狂った瞳で睨み付ける。
「お前か!お前が裏切ったのか!この、異端なマラ教徒め!!」
「め、滅相もございません!私は別教の信者でございま、」
「ではお前か!」
「いえ、私は産まれながらにして家が国教の強い信教でございます!」

最後にルヴィシアンの目線がヴィクトリアンに移る。指の先も動揺に。
「それではヴィクトリアンお前か…?」
「お兄様…僕はそんな、」
「国王様」
彼等から少し距離をとった場所でこの光景を黙って見ていたアマドールが口を開いた。振り向いてくるルヴィシアンの怒りの矛先がアマドールに移ろうとするが、彼はそれを察して優しく笑んでみせる。





















「今回の件については私達軍隊にお任せ下さい。国王様はここ最近日本の件、奴の件、そして課税の件やマラ教の件などで大変お疲れの御様子でしたから今日の事は忘れ、ゆっくり睡眠を御とりになられては如何でしょうか」
「アマドール…」
「国王様は無理をなさらなくて宜しいのですよ」
いつの間にかルヴィシアンの瞳からは怒りが消えていた。こんな言葉一つですぐに落ち着く彼はまるで幼子だ。
アマドールの提案にすぐ納得すると、軍人達とヴィクトリアンの間を無理矢理通って、隣にある寝室へ1人入っていった。


ガチャッ!

最後にしっかり鍵をかけて。
残された室内でアマドールは、軍人達の脇を通り過ぎる時に彼等に対し、勝ち誇った笑みを浮かべていた。



































ヴィクトリアンの部屋―――

広い自室で1人、頭を抱えるヴィクトリアン。
何をする気にもなれなくて、まだ昼間だというのに部屋の明かり全てを決してベッドの上に伏せている。ふかふかの枕に顔を埋めた。
「僕の事も誰か助けてくれないかなー…」



































この事件から
ほんの数日後―――――

ルネ王国内にばら撒かれた写真付きのビラ。マリーを処刑しようとした時の写真数枚が掲載された脇に書かれている大きな見出しには誰もが興味をそそられる。
【新時代の雷帝】
添えられた文章はこうだった。
【国王は、実の弟に自分の思い通りにならない妾を殺させようとし、自分はそれを傍で見て楽しんでいる。今最も国王が好んでいる娯楽は、人間を亡き者とさせる事】
最後のこの文句には貴族や軍人以外の反王室派の国民達が納得した。実際、ルヴィシアンは課税に反対しデモを起こした国民を殺害した以降も、自分に少しでも逆らってきた国民を殺害した。
そして、自分達ルネ王室のせいで廃れてしまった町ガイの人間達を汚いだとか文句をつけて憎悪し、殺害した。処刑の場に必ず訪れたルヴィシアンはそれに興奮する。
この事を知っているからこそ、誰が作った物かは分からないビラに国民達は納得して、大きく何度も縦に頷いた。










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