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症候群-追放王子ト亡国王女-
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本妻方離宮―――

「はぁ、はぁ!」


タン!タン!タン!

息を切らしながら走る3人分の足音。


ガラッ!

足音が誰のものか考える暇も与えられぬ内に勢い良く開かれた部屋の戸。
ゆっくり布団から起き上がった本妻がそちらに首だけを向けると、目を糸の様に細くして優しく微笑む。
其処には、息を切らした梅とその後ろには彼女の2人の妹。失礼ながら、いつも恐い顔付きだと思っていた梅の顔が今日は何故かとびきり恐い。そんな事は心の中に閉まっておき、笑顔で迎えてあげる。彼女達が本妻方の離宮へ訪れるなんて初めての事だから、快く迎えてあげるのだ。



















彼女達の母…つまり妾のせいで本妻はこんなにも隅に追いやられてしまったというのに、本妻はそれを彼女達には一切八つ当たりしない。誰にもしない。
逆に彼女達は被害者であるから。こんな因縁渦巻く王族内に産まれてしまった被害者。
「御体に響きますから…!」
布団から出ようとすると、それを荒い息混じりの声で静止された。梅の血相変えたその顔には、思わず目を丸めて見入ってしまう。一体どうしたのかと聞く前に、彼女の紅をさした唇が大きく動いた。
「咲唖さんが居ないのです…何処にも居ないのです!!」














































同時刻―――――

雪道が続く都城までの道程を、速くなる鼓動が押さえられない慶司と信之が機体を走らせる。


ガー、ガガッ、

その時。外からの戦争の音に掻き消されてしまいそうなノイズがして、慶司の無線に通信が繋がる。ヘッドホン型の無線の耳部分を軽く手で押さえ、より聞こえるようにする。返答をしようと口を開いた時だった。
「将軍。武藤将軍。これからは、私がそちらへ通信を繋げるまでは一切こちらに通信をとらないでいただきたいのだ」
慶吾の声がした。
――慶吾さん!?でも武藤将軍宛の通信…?――
しかし、内容を聞く分にはどうやら将軍に通信を繋げている様子。何故慶司にまで繋がっているのだろうか。不思議に思って目を丸めながらも、ただただ都城へ向かう。
将軍の返事は一切聞こえてはこないが、慶吾が将軍へ伝えている内容だけが全て慶司に筒抜けなのだ。
――慶吾さんは間違えて僕にも通信を繋げてしまったんだ――
あんなに立派なヒーローもミスをしてしまうのだなと思い、何だか変に安心をしてしまう。



















「私は今、大きな任務を任せられたのだ。誰からでもない、自分から」


キィン…!

慶吾の声の向こうから聞こえてきたのは、刀を引き抜く音。やけに辺りに響いているから、外ではなく何処か天井が高くて音が響く建物内だと連想させる。
彼とは話した事も会った事もないのだけれど慶司の憧れであるから、彼から発せられる一言一言は輝いていて強さがある。同じ人間が彼と同じ言葉を言ったって、こんな想いになる事は無いだろう。
気が彼の方へ反れてしまいそうになるのを堪え、戦闘にも慶吾にもどちらにも気を配る。
「私は一世一代の賭けにでようと思う。彼を1人の人間として救う為、」


パァン!

慶吾の最後の言葉は、響いた銃声によって掻き消され、そこで通信は切断された。






















慶司の瞳の色が恐怖へ変わる。大きく見開かれたまま慶司は無意識の内に、自分の後方に居る信之に無線を繋げていた。
「信之!今慶吾さんからの通信の最後、銃声がしたよな。あれは何処だ?あんなに声も音も響き渡っている場所は一体何処、」
「慶吾さんからの通信?そんなもの、僕のところには一切届いていないぞ。慶司!寝呆けていないでしっかりしろ!」
「え…」
黄色の瞳は丸く開かれたまま、都城を見ている。都城の方から、爆発音より早く黒い煙が立ち上がった。


ドンッ!!

慶吾からの通信が自分に繋がった事が誤りではなかったような気がしてならない。もしかしたら彼はわざと自分に繋げて、それには意味があるのでは…なんて思い込みが激しい自分を自嘲しながらも胸騒ぎがして、全身に鳥肌がたっていた。




































同時刻、
日本軍都城裏
格納庫――――――

戦闘機等軍事兵器が収納された真っ暗な格納庫内には、慶吾用の1体の戦闘機。それを取りに来た慶吾だったが、今彼は刀を引き抜いて戦闘体勢に入っている。研かれた銀色に輝く美しい刀に映っているのはヴィヴィアン。
先のフランソワとの戦いで付着した血痕はそのままの恐ろしい笑み。彼の左手には、灰色の煙が吹いている拳銃が1丁。
「この時代にもかかわらず日本人らしく刀で勝負を挑みますか?侍の力を拝見させてくれるのですか、それはそれは楽しみですね」
いつもより数段高い笑い混じりのヴィヴィアンの声。それでも慶吾は一切口を開かず、ただ目の前の敵を睨み付けている。絶対に視線を反らさず、力強い。そんな彼からは近寄り難い雰囲気さえ強く感じられる。



















ルーベラに1人では危険だと言ったヴィヴィアンだが、この部隊の指揮官は自分だと言ってきかない彼女は1人で都城へ走って行ってしまった。ヴィクトリアンを捕らえる為。自分の為に…と。
1人残されたヴィヴィアンが都城裏にある格納庫で、輝く1機の日本軍戦闘機を見付け盗もうとした時。調度それを取りに来た慶吾と鉢合わせ、出会ってしまった。
彼とは以前、一度だけ新生ライドル城で会った事があった。しかしそんな一度だけの出会いでは普通相手の事を覚えていないヴィヴィアンなのだけれど、慶吾の印象がやけに強かった為か、彼の事は鮮明に覚えていた。
そして、彼があの日ジャンヌを抱き抱えながらこちらを見て口にした言葉が今でも忘れられない。
『貴方の無実が証明される日がやって来ると良いですね』


カチャッ…、

一歩前へ出て、銃口を慶吾に向けるヴィヴィアン。
「あの時貴方は何故あんな事を仰ったのですか。まるで僕が先代国王を殺害した人間ではない…そんな言い方でしたよね。この問に答えてもらった後、僕は引き金を引くと約束致しましょう」


キィン、

そう言われると、彼は音をたてて刀をしまった。その行動の意味が全く分からないが、返事を待つヴィヴィアン。


ドン!ドン!

格納庫内に外からの戦争の音が大音量で届く。耳がどうかしてしまいそうだ。外から爆発音が一発したと同時に、慶吾は懐から1丁の拳銃を取り出すと、目にも止まらぬ速さで発砲してきた。


パァン!パァン!

「くっ…!!」
不意打ちを食らい舌打ちをするヴィヴィアンだか、どうも彼慶吾はギリギリのところでわざとヴィヴィアンを外したようにも思える。しかしヴィヴィアンは彼の腕がこの程度なのだと思った。
取り敢えず彼は問に答える気が無いと見て、戦闘体勢に入らざるをえない状況となった事を認識する。赤色の瞳はギラリと光り、口元は不気味に歪む。




















パァン!パァン!

外からの爆発音にも負けぬくらいの2人分の銃声が鳴り響く。
格納庫というだけあってコンテナや物がたくさん積まれている為、互いにそれらの後ろに隠れながら相手の隙を見つけようと必死だ。
「……」
戦闘機の後ろに隠れた慶吾は本当に冷静だ。動揺一つせず、拳銃に銃弾を補充する。しかし瞳からは強い力を感じる。
一方。戦闘機の部品などが入ったコンテナの後ろに身を隠したヴィヴィアン。
「フッ、」
自分の銃口から出る灰色の煙を息で吹き消すと、内ポケットから新しい銃弾を詰めた。こちらは慶吾とは正反対で、戦いを楽しむ瞳をしている。
2人は互いに隠れながら会話をする。
「確か貴方。宮野純と名乗っておられましたよね。日本の王室の人間が戦場へ姿を見せるというお話は一度も耳にした事はないのですが。そういう思考に変わられたのですか」
「質問ばかりする奴だな」
「どんなに下らない情報でも無いよりは良いでしょう」
「知り過ぎて何もできなくなる時もあるけれどな。今この時のように…」
「はっ、」
彼の意味深な言葉も無視し、ヴィヴィアンは鼻で笑って天井に銃口を向けた。左斜め70度。左方向に撃ち、そちらに敵の気を反らしている間に自分は右方向に出て敵を撃つ作戦。



















発砲しようと引き金にかけた手の黒い革手袋がキシキシと音をたてる度にヴィヴィアンの顔は悪魔へと変化を遂げる。


ドンッ!

「!」


パァン!

その時背後から何者かに強く押されたせいで、予定より早く発砲してしまったし、計画していた方向から大きく外れてしまった。
よろめく体。傍にあったコンテナに手をついて何とか体勢を整えると、目をつり上げてすぐ様後ろを振り向こうと、新たな敵の出現に闘志を燃やす。


タタタタ…!

「…!」
振り向く際に自分の足下を駆けて行った小さな人影が、わずかだがヴィヴィアンの視界に飛び込んできた。それを見逃すはずが無い。戦場での彼の赤色の瞳は獲物を絶対に見逃さない。




















新手の出現に、コンテナから姿を現さざるをえない状況となったヴィヴィアンが表へ出た時、戦闘機の後ろから姿を現した慶吾の姿が瞳に映る。
そんな彼慶吾の元に駆け寄って行く小さな少女の姿もオマケとして映った。茶色の髪を二つに結び、子供用の黄色の着物を着た少女アンネ。
彼女だと確信したヴィヴィアンは口が裂けてしまいそうな程にんまり笑むと、首を振って視界を邪魔する長い前髪をどかして左手で引き金を引いた。


パァン!パァン!パァン!

銃声が3発聞こえた。
「!」
「伏せろ!!」
銃を構えた彼のこの次の行動を予測していた慶吾はアンネの上に覆いかぶさると、避けるように冷たいコンクリートの床の上を素早く転がった。
2発の銃弾は床に転がっているけれど、残りの1発は慶吾の肩に命中。白い着物をモチーフにした軍服が、じわじわと赤に染まってゆく。






















慶吾は自分の下で震えるアンネを強く抱き締め、彼女にだけ聞こえるように、
「大丈夫」
そう優しく囁くと、近くのコンテナの後ろに隠れるようアンネに指示を出してから立ち上がる。
慶吾の瞳に映るヴィヴィアンが左手に持っている拳銃の銃口から吹いているのは灰色の煙。彼ヴィヴィアンは楽しそうに…本当楽しそうにこちらを見て微笑んでくる。まるで、自分の勝利を確信したかのように。


カチャッ…、

撃たれた肩を押さえる事無く、彼に銃口を向ける慶吾だが出血は止まる事を知らない。やがて足元は血溜まりとなる。


パァン!

また、銃声。先程撃った同じ箇所を狙って撃ってきたヴィヴィアンは、笑う。
「あまり変な死に方をさせるのは不本意なのですよ。この状況ならせめて出血多量での死が良いかな。綺麗に死んでいただくのが敵へのお願いでして」


キシ…キシ…、

手袋のキシキシいう音。それは、彼が引き金に手を掛けた事を意味する。
一方。最初に1発発砲して以降一向に発砲してこようとしない慶吾だが、怯えてなどいない。ただ、動きたくても体が動いてくれないのだ。相手の事を知り過ぎているから。























「や、やめてよ!!」
銃声と嫌な笑い声しか響いていなかったこの倉庫に、幼い少女の高い泣き声が響いた。隠れていろと言われたにもかかわらず、コンテナの陰から姿を現したアンネは両手を広げて慶吾の前に立った。
「…!!」
慶吾の顔色がここで初めて変わった。
アンネの瞳に映る敵ヴィヴィアンは拳銃を下ろして、微笑んでくる。
ボロボロと涙の流れる説得力の無いアンネの瞳は、目の前の敵をただ睨み付けている。
「こ、この人にもっ…ジャンヌお姉ちゃんにも何かしたら私がっ…私が許さないんだから!!」

その言葉に、ヴィヴィアンはやたらと気味の悪い優しい笑みを向けてくるだけ。首を少し横に傾げて、銃口を向けた。


カチャッ、

「お兄ちゃん何で…?あんなに優しくしてくれたのにっ…!」
「は?君の兄になった覚えはないんですけど」


パァン!

また耳を塞ぎたくなる銃声がヴィヴィアンの拳銃から数発聞こえて、その際にアンネを庇った慶吾の血があちこちに飛び散る。アンネの鼻の頭や頬、髪にもそれが生々しく付着した。






















カツン、コツン、


パァン!パァン!

「アハハハハ!」
靴の踵を軽快に鳴らしながら発砲してくるヴィヴィアンからは高笑いが止まない。さすがに身の危険を感じた慶吾はアンネと共にコンテナの裏へ隠れる。
けれども、彼の血痕が点々と床に付着しているから何処に隠れたのかは一目瞭然。寧ろ、"僕達は此処に居ますよ"と御丁寧に教えてくれている。足音と銃声が近付いてくる。
「お前は確か…何だったかな、ガキは嫌いだから名前なんて忘れたよ。でも、ちゃんと覚えている事があるんだよ。お前はルネ一廃れたガイの汚いガキ。庶民の分際で僕の身分も知らず、のこのことついてきやがって。あ、もしかしてテレビも無いから汚くて貧しいお前には、僕の身分を知る情報源が無かったのかなぁ」
「汚いのはお前だ!!」
アンネをその場に隠したまま咄嗟に飛び出してきた慶吾は、両手で銃を構え、引き金を引いた。
「そう。僕の発言に頭に血を昇らせて貴方が姿を現わすだろうという事も、計算の内なのですよ」
「!」


パァン!!

致命傷を狙われた慶吾だが命中せずに済んだ。予測していたから避けられたのではなく、出血多量で貧血となり体がふらついた為、運良く避ける事ができただけだ。
























視界が霞んで、目の前の敵が二重…三重に見え出し、息があがる慶吾。


ダンッ!

傍にあったコンテナを力強く拳で殴る事で、弱くなっていた自分の心を立て直す。
「自分の身分が上だから、金があるから綺麗だと言いたいのか!」
「そうだよ。君の言っている事は全部、人間の理想論にすぎないね」
「よく考えろ!身分が上の人間の心はどんなに真っ黒であるかという事はお前が一番知っているはずだろう!」
「…っ!煩いんだよ!!」
慶吾の言葉にドキッ…、と胸に突き刺さるモノを感じた為、思わず頭に血が昇ってしまった。戦場では常に冷静でいないと、以前の新生ライドルでのようになってしまうから同じ鉄は二度と踏まないと決めていたというのに。





















「煩いんだよ日本人の分際で、偉そうにっ…!」
目を大きく見開いて引き金を引いた時。


ドンッ!!

大きな音と同時に大地が大きく縦に揺れた。
「なっ…!?」
地震など滅多に起こらない土地の人間のヴィヴィアンには、この揺れが何によるものなのかをすぐに理解ができない。目を丸めたままの彼は、天井や辺りを見回す。
ふと、気付くと自分の前が陰っていた。後ろに何か大きな物があるのかと思い、首を後ろに向ける。揺れで崩れてくる山積みのコンテナが背後から襲ってくると脳が理解した時には既に、コンテナの崩れ落ちた大きな音が響き渡っていた。外からの戦争の音も掻き消してしまう程の音だった。


ドォンッ!!

慶吾は何度も日本で地震を経験していたアンネと共に、崩れ落ちてくるコンテナから何とか逃げる事ができていた。























「お兄ちゃん…」
目の前に広がる無惨に崩れ落ちたコンテナと慶吾を涙で濡れた瞳で見てくる戸惑うアンネの頭を優しく撫でる慶吾。
「大丈夫。君はこの格納庫の裏口から出るんだ。其処に日本軍が居るから助けを求めて彼等と共にこの場から離れるんだ。一緒に行けなくて、ごめんね」


フラッ…、

よろめく慶吾の体。
アンネを避難させてからコンクリートの床に手を着き、重たくなる体を立たせると、コンテナが崩れ落ちた所へと歩み寄る。
意識が朦朧としているからなのか地震の揺れのせいなのか、もう分からなくなってしまう程体が言う事を利いてくれない。左右に大きく揺れて無駄な動きばかりするから、歩く速度がいつもより何倍も遅くて困る。

























崩れ落ちたコンテナの隙間から見えた、深緑色のカイドマルドの軍服。すぐにコンテナを退かせる慶吾。


ガラッ、ガラッ、

ヴィヴィアンは運良く空洞に体が挟まっていた為、息をしていた。額から顔に伝う血が生々しい。
光を感じたヴィヴィアンは光の無い瞳を半分だけ開き、目の前にある顔を見る。血の流れる口をゆっくりぱくぱく開きながらも、震える手で拳銃を持ち上げようとする。けれど、少し持ち上がったところで腕の力が無くなりゴト…、と音をたてて腕を下ろしてしまう。
しかし、目はずっと慶吾を睨んでいる。


ドォンッ!!

また大きな揺れ。
乱雑ではあるが、両手を使ってヴィヴィアンをこの崩れ落ちたコンテナの中から引きずり出すと、コンテナはまた大きな音をたてて更に崩れ落ちた。


ガシャン!!

「やっぱり君は死んじゃいけない人間なんだ。だからこうして生き延びて、」


ゴツッ!

鈍い音がした。
顔を覗き込んできた慶吾の顔を殴ったヴィヴィアンは床に両手を着けて立ち上がる。息を荒くさせ一歩後ろへ下がり、距離をとる。
殴られたせいで額あてが外れてしまい長く美しい黒髪が舞った慶吾も、切れた鼻や口から血を流しながらも下を向き、ゆっくり立ち上がる。




















「敵を哀れんで終いには…助けまでしたか。はぁ…優しいね、日本人は。はぁ…、はぁ…そういうところが…超大国に成れない理由…なんだよ」
息が荒く、途切れ途切れのヴィヴィアンの言葉には説得力が無い。左手を上げたが、いつの間にか彼の手には拳銃が無くなっていた。


ドクン…!

その事に気付いた途端、心臓は大きな音をたてて鳴り出す。冷や汗が流れる。大きく見開かれた目が必死に辺りを見回し、探す。
「お前か…!」
そしてすぐ慶吾を睨み付けた。彼の右手には慶吾自身の拳銃と、そして左手にはヴィヴィアンの拳銃。
ギリ…!と歯を鳴らすヴィヴィアン。
一方、額あてが外れてからは下ばかり向いている慶吾。彼は2丁の拳銃を懐にしまうと、一定感覚で足音をたてながらこちらへ近付いてくる。


カツン…コツン…

「そうか。命中率が低いんだね、君は」
返事は、無い。
「だからギリギリまで近付かないと僕の事を仕留められない、そうだろう?」
やはり、返事は無い。黙って近付いてくる。


カツン…コツン…

後ろへ下がりたいとも思わずヴィヴィアンは、慶吾が更に自分と距離を縮めてくれるのを密かに待つ。隙を見て彼を押し倒し、拳銃を奪い、奪い返すつもりだ。自分の物と慶吾の物の両方を。こちらも出血が酷いので長引かせる時間は残っていないから、ここは相手を引き付けて賭けに出るしかない。




















一歩…また一歩と縮まる距離。そして揺れる大地。大きな揺れに一瞬だけ目を瞑ってしまったヴィヴィアン。それでもしっかり、地に足を着けて立っている。
「そういえば君、僕の事を助けると言っていたよね。何でかを教えてくれないかな?僕が誰かも分かっているよね、ルネ国王を殺害した犯人だ。なら、尚更だろう?僕を助けるだなんてしたら日本はルネを敵にまわしてしまう事になるね。君は母国を裏切、」
「世界に真実を掻き消されてはいけません」
強く響いた今の声は慶吾からのもののはず。なのにその声は女性らしくて別人。


ドクン…!

懐かしさを感じたヴィヴィアンの鼓動は一度大きく鳴る。
ヴィヴィアンの脳がこの事を理解する前に、上がった慶吾の顔に衝撃を受けた。額あての外れた長く美しい黒髪が、気付かせてくれた。
「咲唖…?」
その場に崩れ落ちてしまいそうになる。
慶吾の事を『咲唖』そう呼んだら、彼は静かに頷いた。けれどヴィヴィアンを強く睨み付けたまま。この時代に宮野純 慶吾は実在していなかった。…それを名乗った者は居たけれど。























「どうして君がこんな所に…」
何故か体の震えがコントロールできなくなって、目はこれでもかという程見開いてしまう。絶対に後ろへなど下がらず、敵の隙をついて殺そうと思っていたはずなのに、今は彼女がこちらへ近付いてくる度に後ろへ下がってしまう。先程咄嗟に考えた計画も全て忘れてしまった。
首を横に振りながら、強さを失ったヴィヴィアンの裏返った静かな声が響く。
「殺した…僕は国王を…父上を…殺した…」
「世界に真実を掻き消されてはいけないと言ったでしょう」
「何でそんな事が言えるんだよ…。実際に見てもいないくせに…。皆、皆そう言うからきっとそうなんだ。マリーまでそう言ったんだよ!?」
「……」
「真実なんて…権力者やメディアが述べたもの全てが真実となってしまうんだ…」
「そんな時代にしてしまった私達人間は、貴方の様な真面目に生きてきた可哀想な人1人も救えなくなってしまったのです」



















今の今までつり上がっていたヴィヴィアンの悪魔の瞳も、今は人間の弱さが表れたモノに変わっていた。口元は小刻みに震えていて、赤色の瞳が揺れている。
その揺れる瞳をしっかりと見つめてあげながら、慶吾ではなく咲唖がまた一歩彼へ歩み寄る。
「ずっと…ね。この事件を聞いた時からヴィヴィアン君を助けなくちゃって思っていたのですよ」
「またそうやって…。だから僕は…」
「貴方の人柄を知っている方ならきっと貴方の無実を分かっているはずです。現に、そうなのでしょう?」
「…何で分かるんですか」
「だって私達、お友達ですから」
また距離が縮まろうとするから、ヴィヴィアンは後ろへ下がる。
慶吾が静かに手を差し伸べたらヴィヴィアンは目をつり上げて眉間に皺を寄せ、その手を大きく振り払った。
「善人ぶるな!貴女はいつもそうだ!そうやって…そう…やって…」
「そうやって、何ですか」
「そうやって優し過ぎるから駄目なんですよ…」





















「私ね、分かったんです。戦うって事は相手を倒す事だけではないんだ、って。だからヴィヴィアン君には拳銃での戦い方ではなくて説得する戦い方を選んでみたのです。一緒に生きましょう。何故貴方自身が真実を掻き消してしまったのですか、おかしいでしょう」
「一緒に生きるなんて無理です。僕にはもう居場所が無いんだ。僕の手をとったら、咲唖の居場所だって無くなってしまうんだ」
そう口にした彼の瞳から頬を伝って光るモノがあった。こんなにも弱々しくて涙まで見せた彼を見たのは、この世で咲唖とルヴィシアンだけ。
「後先の事考えていますか咲唖」
「考えていませんよ」
鼻を啜る情けない音がする。
「男の子が泣いてはいけませんよ」
「泣いてなんかいません!」
「そうですか、それは良かったです」
咲唖は血生臭い軍服で彼の頭を優しく包み込んで自分の方へ引き寄せると静かに目を瞑った。血も付着して汚れた彼の髪を、そっ…と静かに撫でる。
「よしよし」


グラッ…、

大地がまた揺れたけれど、ふらつく事なんてなかった。雪まで降って寒いはずなのに、熱を感じるのは戦禍の炎によるものか、それとも人間の優しさによるものなのか…。






















ヴィヴィアンは彼らしかぬ一筋の涙を右頬に伝わせながら、先程自分が殴ったせいで青紫に腫れている咲唖の右目や頬に触れる。
「あぁ…ごめんなさい…こんなになって…僕のせいで…咲唖が…」
「平気ですよ」
「僕の無実を信じてくれた咲唖なのに…ごめんなさい…ごめんね…」
「大丈夫。大丈夫ですから。ね。」
情けないと痛い程分かりつつも咲唖の胸に顔を埋めて彼女に抱き付き、肩を震わせながら声を押し殺して泣く。このまま彼女と同じように目を瞑ってしまおうと思った。
そうして、また心から笑い合える日が戻ってきてくれるのだと、期待に胸か膨らんだ。


パァン!

銃声は格納庫の外からのモノだと信じて半分目を瞑った時。


グラッ…、

咲唖の体重がかかり、彼女がこちらに倒れてきた。彼女の背後に見えた美しい金髪の少女ルーベラの手にある拳銃の銃口から灰色の煙が吹いていたから、分かった。今の銃声はこの格納庫内からのモノなのだと。
「何やってるのよ、ヴィヴィアン・デオール・ルネェェェ!!」
ピアノの音階が上がっていくように声を張り上げていった。


パァン!パァン!

目が開き切っていて狂者の顔をしたルーベラはこれでもかという程咲唖に発砲した後、拳銃を放り投げてヴィヴィアンの元へ駆けてくる。





















ルーベラは、血飛沫を上げて倒れてくる咲唖を振り払い、ヴィヴィアンの軍服の黒いネクタイを両手で締め上げた。瞳に映さざるをえないルーベラはやはり狂者。
「私情を持ち込むなと言ったでしょう!次は無いと言ったでしょう!!貴方を助けたのはこの日本人じゃないわ、この私なの!勘違いしないで!」
乱暴に放すと、其処で横たわり、息を荒くする咲唖を見下ろす。
「女はこういう手があるのよね。それに引っ掛かる男も男よね」
「違う!咲唖はそんな人間じゃ、」
「貴方は黙ってなさい!この、裏切り者!」
続くはずのヴィヴィアンの言葉を掻き消したルーベラは、すぐ様こちらを振り向いて怒鳴り声を上げた。その瞳は何から何まで狂っている。
「ふん。お似合いの様よ」
足下で唸る咲唖を腕組みをしながら見下ろし、鼻で笑う。一歩前へ出ようとしたその時。


パァン!

1発の銃声がした。
ゆっくり顔を上げるルーベラの狂った緑色の瞳が捉えたものは、格納庫の裏口に立っている1人の日本人、梅。その足元にはアンネ。





















おかしな程体を震わせて両手で銃を構えている梅。足元で怯えるアンネには目を向けずに「逃げなさい」と震えた声で言う。
一度躊躇ったアンネも、指示に従って外へと逃げて行った。冷たい雪の上を素足で駆けて。
「貴女…狂っているわ!」
そう言われたルーベラは、口元に付着した咲唖の返り血を舌でペロリと舐めて、梅に微笑んであげた。悪魔の笑み。
「そうね、狂っているわ。でも人間なんてみーんな狂者でしょう?」


カチャ、

音がして、ルーベラは口裂け女の様な口で笑いながら引き金に手を掛ける。自分に向けられた銃口を前に、梅は目を瞑る動きさえもできない。死とはこんなにも身近にあった事を思い知らされる。


パァン!

銃声がしたというのに、生きている自分に梅は戸惑いを隠せない。
彼女ルーベラの放った銃弾は撃つ寸前で邪魔が入ってしまい、おかしな方向へ発砲してしまったのだ。足下で邪魔をされたから。
「…!!」
すぐ様足下に目を向ける彼女の瞳に映ったのは、真っ青な顔をしても尚ルーベラの脚を掴み、睨み付けてくる咲唖の姿。
「邪魔するんじゃないわよ死に損ないが!!」


ドォンッ!!

その声をも掻き消す程の大きな音がして、倉庫内に1機の戦闘機が入り口を突き破って入ってきた。灰色の煙が辺りを埋め尽くす。咄嗟に顔を上げた4人が見たものは、日本軍戦闘機。敵の出現。
そしてそれは生身ではない為、我に返ったヴィヴィアンは咄嗟にルーベラを自分の方へ引き寄せた。



























この日本軍戦闘機内からは無線で将軍に通信を繋げるノイズ。


ガー、ガガッ、

「慶司君か」
「武藤将軍。地上戦の指揮官と思われるカイドマルド兵2名、発見致しました」




























戦闘機相手では生身の人間など一溜まりもない。
「くそっ…!」
舌打ちするヴィヴィアンが此処から逃げ出す方法を考えるけれど、出血が酷い為か頭が働かず、ボーッとしてしまう。そんな自分にイラ立ちながらふと顔を上げた時、ルーベラの姿が無い事に気付く。
「殿下!?」
灰色の煙が邪魔をして、人1人見つける事ができない。























派手に倉庫を突き破ってきた慶司が戦闘機から降りると、地に足を着ける。


ガシャン、

重たい音がした。こんな日に限って頻繁に余震が起こる。それに動じもしない慶司はヘルメットを着用し、拳銃を構えて慎重に辺りを見回す。
本当は戦闘機に装備された大砲を使って敵を1秒で殺してしまえば早いのだけれど、先程の将軍と慶吾の通信から察して、慶吾が此処に居るものだと推測した。だからこそ、無闇やたらに攻撃を仕掛ける事ができないのだ。
此処にはもう、死を恐れて怯える慶司の姿は無い。死をも覚悟した彼の姿がある。そんな彼の背後からユラリ忍び寄る1人の人影。しかし彼はそれに気付いていない。




















「出てこい、カイドマルド。そして敗けを認めろ!もう逃げ場は、」


パァン!パァン!

続くはずの言葉は拳銃2丁分からの銃声に掻き消される。
「…!!」
すぐ様後ろを振り向くとなんと目の前には、慶司を守る盾となり、両手を広げ身体を張って立っている日本軍服を着た1人の人間が居た。白いはずの軍服は真っ赤に染まっている。
「慶吾さん!!」
自分を庇った為撃たれた慶吾の向こうに見えたルーベラの姿を捉えた慶司。狂者のように叫び、目は見開いていて無我夢中で発砲を繰り返す。
「うわあああ!!」


パァン!パァン!パァン!

油断をしていたルーベラにその中の数発が致命的な箇所は外して命中してしまった。目を見開いて後ろへ倒れこみそうになる彼女を素早く抱き抱えて走って行ったのは、ヴィヴィアン。
灰色の煙の中に姿を隠して慶司から逃れながら猛スピードで行くと、慶吾の為に用意された戦闘機に乗り込む。


ガタン!

機内に明記されたコードを巧に入力するとメーターが動き出し、機内の明かりが点灯する。機体からはエンジン音。



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