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症候群-追放王子ト亡国王女-
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新型兵器導入こそ無い日本軍だが、やはりここ最近敗け無しというだけあって以前よりも戦力は増している。
ヴィヴィアンとルーベラの2人が搭乗している機体に繋がってくる部隊からの通信内容は悲しいものばかり。
「こちら機体No.B01うわあああ!!」
「またロストです」
「こちら機体No.LI2594。至急援軍を、」


ブツッ!

「通信が切断されました。またロストです殿下」


ドン!

音をたてて、ヴィヴィアンが座っている座席の背もたれを力強く蹴ったルーベラは、床の上に放り投げてある防弾チョッキを着る。こちらに背を向け、外へと出て行こうとした。それを見て慌てたヴィヴィアンはすぐ様立ち上がると彼女の元へ駆け寄り、止めようと手を伸ばす。


パシン!

その手を払う音と共に、彼女の緑色の瞳はこちらを睨み付けてくる。眉間には何重もの皺が寄っている。女らしさなど無い。
「この部隊の指揮権はこの私にあるの。逆らわないで!」
「何処へお出掛けになられるのかだけ御教え下さい」
「ヴィクトリアン・ルイス・ルネの元よ!!」






































同時刻――――

「慶司君、左だ!」
「は、はい!」
真っ赤で眩しくて目が眩むような炎が目の前に広がる。戦争の光景は凄まじく残酷だという事を話には聞いていたが、実際この目で見たのは初めてだ。そんな慶司にとって、衝撃な光景の数々。目を背けたくても、背けた時が自分の最期。
まだぎこちないけれど、傍で付き添ってくれている将軍や大将達からの指示のお陰で、これまで何機かの敵軍を倒す事に成功。しかし。


ビー!ビー!

「敵反応…!慶司君!右後方をレーダーが感知!カイドマルド軍だ!直ちに砲撃の用意を」
「しかし武藤さん!其処にはたくさんの民家が、」
「良いから放つんだ!!」
流れ出す冷や汗。震え出す体。歯はカチカチと触れ合う奇妙な音をたてて震える。外からの悲惨な音で鼓膜が破れてしまいそうなはずなのに、機内の慶司だけはまるで音の無い世界にたった1人で居るようだった。




















慶司は敵軍だけを倒し、民間人が1人も命を落とさない…そんな戦い方を強く望んでいた。勿論今も。しかし、こんなにも早くにその望みを叶えるか破るかの選択を強いられてしまう日が訪れるなんて。
――僕がここでカイドマルド軍を撃ったら僕の手によって民間人も巻き添えで死ぬ。もし僕がここで撃たなかった場合、彼らはカイドマルド軍に撃たれて死ぬ。僕は…!――
「慶司君!」
催促する将軍の怒鳴り声で我に返ると、冷や汗が頬を伝っていくのを生々しく感じた。目を大きく見開き、機体を右後方へ向ける。その手で、砲弾が放たれるレバーを引いた。一瞬だけ間が空いた。


ドンッ!!

音より早く自分の前に広がったオレンジ色の炎が見たくなくて、痛い程目を瞑った。


ガーッ、ガガーッ、

その時。ノイズ混じりの通信が、将軍率いる一番隊全員の機体に備え付けられている無線に繋がる。相手は都城周辺に配置された三番隊の鈴木大佐。いつもの低く落ち着いた声が、今日だけは別人の様に弱々しく感じる。
「どうした鈴木!」
「こちら三番隊。都城周辺に現れた敵軍の勢力が強く、通信が途絶えた日本軍の数が想定外です」
「都城周辺?何処かに身を潜めていたのか。相変わらず汚い手を使う軍隊だカイドマルド!」


ドンッ!

将軍は機体の内側から拳で機内を殴る。
「援軍の要請をお願いできますか」
「勿論だ!王室が崩壊させられてしまっては私達日本はこれからどうすれば良い?今すぐにそちらに少佐と中佐の部隊を、…!!」
言い欠けたところで、将軍の茶色の瞳が捉えた物は、目の前を猛スピードで駆け抜けて行った日本軍の機体1機。機体に印されていた機体ナンバーを見て、それに搭乗している人物を確信した将軍は大声で叫んだ。
「慶司君!!」
「慶司様?」
無線は今、大佐に繋がっているという事も忘れ、機体に搭乗している人物の名を怒りを込めて叫んでいた。大佐が声を掛けるが、慶司の名を連呼する将軍からは一向に返事が返ってこなかった。































一方の慶司は、大佐からの通信内容を聞くとすぐに動き出して都城へと機体を走らせた。母親と咲唖が居る都城が危険な状態との通信を聞いていた彼の向かう場所が何処であるか、誰もが分かっている。
「待つんだ!慶司君!」
将軍が彼の後を追おうとするが、その隙をつかれ敵軍の攻撃を食らってしまった。


ドォンッ!!

「ぐっ…!カイドマルドめ!ちょこまかと!!」
すぐ様応戦するが、損傷をしてしまった機体。
慶司にも敵軍にも気を回さなければいけないから、頭の中が混乱状態に陥る将軍。


ガーッ、ガガーッ、

そんな時将軍個人の無線からノイズがして、通信が繋がった。
「誰だ!」
イラ立っているのが声で分かる。
「落ち着いて下さい将軍。僕です、信之です」
「信之君?」
通信相手が王子信之だと分かると、目を大きく見開いて我に返った。ほんの少し怒りが静まる。
「僕なんかじゃ不安かもしれませんが、慶司の事は僕に任せて下さい」
「しかしだな、城へ着くまでの間に敵が待ち構えているのは百も承知だろう。そんな危険な所へ…」
「そんな危険な所へ行った異母兄弟を放っておけないのですよ、僕は」
「信、」


ブツッ!

一方的に通信を切断されてしまい、これ以降は何度彼に通信を繋げても無意味だった。


ドドドド!!

敵を攻撃しながら、少佐と中佐へ通信を繋げる。
「慶司君と信之君が都城へ向かった!中佐と少佐は直ちに都城へ向かえ!」
「了解」
「了解です」
日本軍の群れから抜け出て都城へと向かって行った少佐と中佐の機体を背で見送る。
すると、目の前に現れた敵軍を見付けた将軍の目は据わっていて恐ろしい。砲弾を放つ為レバーを思い切り手前に引いた。


ドンッ!





























一方。
木が鬱蒼として熱で溶けた雪が薄ら残る急な坂道を横に大きく揺れながら、城へと続く道を登っていく慶司の機体。


ガタン!ガタン!

頭の中で何度も何度も過るのは咲唖の笑顔、母親の笑顔、そしてまだ優しかった頃の父親の笑顔。今にも彼らの優しい笑い声が聞こえてきそうで、思わず目頭が熱くなってしまった。
「慶司!」
頭を大きく横に振って顔を上げた時、信之の声が無線を通して聞こえた。憎む妾側の人間からの通信。自分の最大のライバルで、同い年でありながら上司の信之からの通信。
「援護に来たぞ慶司!」
「煩い!僕は1人で守るんだ!姉上も母上も父上も王室も!!」
「慶司、お前は自分の家族を任せた」
「何…?」
「悪いがやはり僕はまだ本妻方と仲良くするつもりは無い。だから僕は母上と父上と姉上と妹達を守る!」
バックミラー越しに見えた、自分の後ろを走る信之の戦闘機。慶司は微笑した。





















一方、前方を走って行くまだぎこちない動きをする慶司の戦闘機を見て、信之も微笑した。
「それと。余裕があったら慶司お前も助けてやるからな」
「それはこっちの台詞だ!」
無線を通じて2人の笑う声が聞こえる。
その時。林の陰から一瞬だけ見えたカイドマルド軍の戦闘機。慶司はすぐそちらへ機体を向けて、悪魔を放った。彼の行動の意味を理解した信之も攻撃した。


ドンッ!ドン!!

また一つ、木が燃える。辺りにこれ以上の新手が居ない事を確認すると、また猛スピードでガタガタした坂道を登って行く。


ガーッ、ガガーッ、

双方の無線からノイズがしたすぐ後に、互いの声が重なって聞こえた。
「王位継承権を継ぐのはこの僕だ!!」









































その頃のヴィヴィアンとルーベラ。
ルーベラが都城へ乗り込もうとして体半分を機体の外に出した時、こちらへやって来る大勢の敵部隊の影に気付いたヴィヴィアンは彼女の背を無理矢理引っ張り、機内へと押し込む。逆に自分が機体の外に少しだけ体を出して外の様子を伺う。
「ちょっと!何を、」
「シーッ…」
「!?」
港の方からやって来た軍隊の軍服は黒地に赤のラインが入った丈の長いコート。それに見覚えがあったし、何度も着用していた。
「ルネ…」
ヴィヴィアンの口がそう動いて声となった瞬間、彼の赤い瞳は大きく開いた。
































一方。
ようやく到着したフランソワ率いる傭兵部隊は戦闘が目的では無く、ヴィクトリアンとマリー救出の為に上陸したのだ。
国王からの命令外の今回のこの行動も次期ルヴィシアンの耳に届く事だろう。帰国した時の罰なんていくらでも受ける覚悟のフランソワ。
今の彼には、自分を認めてくれた主人と国王の妾そして、仲間達を今最も危険なこの地から離れさせてあげる事で頭がいっぱい。無線を使用して、船に積んでおいた機体に傭兵達を搭乗させ、迎え撃つ敵軍を攻撃する。
「国王様からの罰を承知で行う今回の王子救出作戦!何としてでも王子とマリー様を無傷で救出するんだ!」
「了解」
気持ちの入り過ぎた彼の声が傭兵全員の無線に繋がる。言い終えて一息吐き、力を込めて機体を起動させる。


ガーッ、ガガーッ

その時フランソワ個人の無線から、ノイズと共に嫌な声が耳に届いた。
「中尉。俺は罰なんて絶対に受けたくないっすよー?」
「ジャック…」
こんな時にまでお前は…そう言葉を続けたかったけれど、言葉にするのも嫌だった。彼に呆れて。
「俺死にたくないっすから、俺も中尉と一緒に王子救出に向かいまーす。そっちの方が楽そうだし?」


ブツッ!

しかし返事は返ってくるどころか、通信を切断された機械音だけがジャックの耳に届く。フランソワの機体はこの集団から外れて、都城へと向かって行った。























ガンッ!

一方。
切断された無線の電源をOFFに切り替えたジャックは舌打ちをし、拳で内側から機内を殴る。
すぐにフランソワの後を追おうとしたが、その前に立ちはだかったのは自分と同じ傭兵達だった。
「退けよ!俺はこんな下らなくて金にもならねぇ任務なんてやってられねぇんだ!」
「ジャック、中尉の指示に従え!」
「お前達は良いのかよ!軍人っつーのは国王に従う人形だろ?なのに、こんな命令外の任務に手ぇ付けて良いとでも思ってんのか!あァ?」
「中尉の今回のこの行動は絶対王政の国にとって大変遺憾な事だ。しかしこれは、王子の側近に任命された中尉のやらねばならぬ任務なんだ。だから俺達はそれを精一杯手助けしたい!」
「側近…?はっ!」
たった今の今まで怒鳴り散らしていたジャックは鼻で笑い、座席の背もたれに背を預けると空を見上げた。
「中尉に勤まるわけねぇよそんな大それた役職」
「良いかジャック!お前は此処でおとなしく私達と共に、王子が無事救出されるまで日本軍の援護に付くんだ」
「はいはい、面倒くさ」


































ドォンッ!ドン!ドンッ!

砲撃する音、巧みに操る機体。フランソワは手に汗握りながら、自分の行く手を阻む敵を尽く潰していく。
そんな時、近付いてきた日本軍の戦闘機。無線こそ繋がらない日本軍から、援護をしてくれる事に対して礼を言われた気がした。



































同時刻、
慶司と信之――――

都城の天辺が木々の間から少しだけ見えた慶司と信之。速度を上げると、2人の無線に通信がまた繋がる。


ガー、ガガッ、

この通信は日本軍の戦闘機に備え付けられている全ての無線に繋がっていた。良くない報告では無い事を祈る2人。
「大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。こちら宮野純 慶吾です」
その少年としては高めな声が聞こえた途端、皆一斉に目を大きく開いた。
声が聞こえたほんの一瞬だけ、戦場から気が反れてしまった。正体不明ではあるが、毎戦確実に勝利を収める日本の救世主の登場に。
――慶吾さんだ…!!――
慶司は憧れの慶吾からの通信を、ただ胸をドキドキさせながらしっかりと聞いていた。




















その頃の慶吾はというと、皆へ一斉に通信を繋げた後、将軍だけに通信を繋げていた。
「武藤将軍。無線を御用意して下さりありがとうございました」
「機体倉庫前に置いておいてくれと言われた時は内心、敵にそれを奪われてしまわないかとヒヤヒヤしていた。しかしお前が今こうして私と連絡をとれているという事は、お前の家は無事という事か」
「はい、お陰様で。御心配ありがとうございます」
「そうか。それなら良いのだが。では、先日話をした通り城裏の機体倉庫にお前用の戦闘機1機を残しておいた。起動パスワードは先日教えた通りだ」
「了解致しました」
「お前が来てくれた事で軍人達の目が生き返ったように輝き出した。お前は将軍の私以上の支持を得ているかもしれないな」
「将軍には敵いませんよ。御健闘を祈ります」
「私もだ」
最後に互い笑った。


ブツッ!

そこで切れた通信。


ガー、ガガッ、

続いて繋がった通信は、大佐から将軍へのもの。ヴィクトリアン達を救出するまでの間、ルネも城周辺を援護してくれる事になったとの情報が将軍の耳に入った。途端、辛そうに歪んでいた彼の表情に一筋の光が射し込む。
「慶吾が現れ、一時だがルネが援護をしてくれ、王子2人も立派に御成長なさった。天からの光は我等日本に射したようだな」




































一方のヴィヴィアンとルーベラ――――

都城周辺とはいっても、都城に辿り着くまではいくつかの坂と森を越えなくてはいけない。こんなにも目の前に都城があるように見えるというのに、こんなにも遠くにあるだなんて。
城までの行き方は何通りかある。真正面から、裏から、左右から。
木々の間から見える炎に紛れて都城へ向かう1機のルネ軍戦闘機を、暗い森の中に隠れて双眼鏡を使ってジッ…と目で追うのはヴィヴィアン。


バシン!

「痛っ、」
そんな彼は背後から背を強く叩かれた。頭を掻きながらゆっくり後ろを振り向くと、其処にはルーベラが偉そうに腕組みをして仁王立ちになっていた。瞳に怒りが込められているのが分かる。
「退きなさい!早く私を都城へ行かせて!」
「はいはい、分かりました。でもその前に少しだけ付き合ってもらいますよ」
「え、ちょっと!」


ぐっ、

無理矢理ルーベラを機内へ押し込み機体の扉を閉めると、猛スピードで機体を走らせる。ガタガタの坂道を登って行く機体は横に大きく揺れるからルーベラは体のあちこちをぶつけながら怒鳴る。
「ちょっと!!」
「大変失礼致しましたー」
そんな彼女に対し、一切気持ちの込められていない棒読みな謝罪の言葉を並べながら、ヴィヴィアンは口元を笑ませる。彼の赤い瞳には、都城へ向かう1機のルネ軍戦闘機だけが映っていた。

























ヴィヴィアンが隠れながら先程凝視していた、都城へ向かう1機のルネ軍戦闘機に搭乗している軍人はフランソワ。
操縦をする手が汗ばむフランソワ。滑らぬよう手に力を込めた時携帯電話が鳴った。


トゥルルル

こんな時に…そう言い捨てるが、着信名を見た途端出ずにはいられなくなった。相手はヴィクトリアン。
「こちら軍事階級中尉フランソワ。王子、只今そちらへ、」
「フランソワ」
「王子、大変申し訳ないのですが只今戦場に居りますので用件なら手短にお願い致します。そうしないとそちらへ行くのが遅く、」
「迎えに来てくれてありがと!それだけ!」


ツー、ツー…

戦闘機も防弾軍服も全て世界最先端。自分はそんな負け無し世界屈指の超大国ルネの軍人。
けれど事実、どの戦もいつも余裕な時なんて一戦も無かった。ましてや今回は超大国の第二王子を戦地から救出するという責任重大な任務を任されているから、不安で不安で不安過ぎるが故に何度も吐き気さえした。第二王子が血まみれになる最悪の結末さえ過った事もあった。
けれど、子供のようなヴィクトリアンからの礼の言葉ただこれだけにとても勇気づけられたし、この作戦が成功した光景が見えた。空は真っ黒い雲に覆われ赤く染まってゆくのに、彼だけには金色に輝く光が見えた。
「当たり前じゃないですか。私は貴方様の側近なのですから」
顔を上げたフランソワの瞳は生まれ変わったように輝き、全くの別人のよう。




















ビー!ビー!

その時、レーダーが敵に反応した嫌な機械音がして直ぐ様目を向ける。敵を示す点滅した赤色のマークが自分の後方に一つだけある。
「王子の元へは絶対行かせない!」
後方を向く。
敵の姿は見えないが、居る事は確かだから、とにかく砲撃を繰り返す。絶対にこの先へは行かせないという強い気持ちにだけ従って。


ドォンッ!!

遠くで、機体が爆発する音より早く、炎が上がった。それを見たフランソワは敵機を示す赤色のマークが消えて機械音もしなくなった事に一安心し、息を吐く。
「ふぅ…」


ビー!ビー!

「また新手か!?」
そんな中またすぐにレーダーが敵に反応している機械音がして、戦士の顔に戻る。
また、敵の位置を示す方向に砲撃を開始しようとした時。


ガタン!

「なっ…?!」
自分の機体が大きく揺れて破損する嫌な音が聞こえた。付近の木々がオレンジ色の熱い炎を上げて燃える。
「くそ!しつこい奴等だな。俺を早く王子の元へ行かせろ!」
新手の相手をしようとしたが、機体が何故か動かない。エンジン音も消えてしまっている。操縦画面にはERRORの赤い文字が点滅していた。それを見た瞬間、寒気がした。
ガチャガチャと様々なレバーを引いても押してもボタンを押しても、エンジンがかかる事は無かった。


ガシャン、ガシャン、

「!」
そんな事をしている間に、自分以外の戦闘機の機械音がすぐ近くに聞こえてきた。ゆっくり顔を上げる。
「カイドマルド軍…!!」
フランソワ機を見下すかのように目の前に現れたカイドマルドの戦闘機が1機。
――まずい…!!――
絶体絶命…そう思ったと同時に今度は寒気ではなく怒りが込み上げる。動かないエンジンがかかりますようにと願いを込めながらパスワードを入れる。しかし、動かないものは動かない。奇跡に弱い人間が奇跡に裏切られた瞬間だった。全身の力が抜けてゆく感覚に襲われた時。
「ルネ軍兵士、直ちに降車したまえ」
戦闘機から男性の声がスピーカーを通して外に聞こえた。敵の命令なんて聞きたくなくて、国王と自分より階級の上の軍人の命令だけを聞くように教育されてきた体は頑固だ。動かない。
「聞こえなかったか、ルネ軍兵士、直ちに降車したまえ。私も降車しよう」
煽るようにもう一度言われ、睨み付けながらも扉を開くフランソワ。
フランソワの頭の中では次、その次、更に次の事を予測した計画が組み立てられていく。絶対に敵からは目を反らさず機体から降り、外に出て地に足を着ける。


ガシャン、

少し遅れて敵軍の機体から降りてきた敵兵の姿が黄色の瞳に映る。敵兵はヘルメットをかぶっていて顔が見えないが、ヘルメット越しに薄らと見える髪は黒く一つに束ねている。

























敵兵にだけ顔を向けながら、兜の下から声を張り上げるフランソワ。
「攻撃をせず生身のまま降車したのには何か意味があるのだろう。私は兜を外すから、お前はそのヘルメットを外せ」
そう言い、ガシャ!と重たい音をたてて、銀色に光る所々傷跡の付いた兜を外すと、黒い髪がなびいてフランソワの顔が露なる。鬼の様な恐ろしい顔をしていた。
距離をとって2人向かい合うが、一向にヘルメットを外そうとしない敵兵。フランソワの黒い髪と、敵兵の一つに束ねた長い黒い髪が風に揺れる。


ドン!ドンッ!

音は、遠くから聞こえる戦争の音だけ。
「外せ!私は全てお前の言う通りにしているというのに、お前は命令を下すだけで人の指示は一切利かないというのか!まるで上流階級の人間ぶった奴だな!たかが一般兵の分際で!」
そのフランソワの怒鳴り声に、敵兵の口元は可笑しそうにニヤリ…歪む。敵兵の表情の変化一つ見逃さないフランソワの黄色の瞳がギラリと光る。
――笑った?こいつ…何を考えている…――























「ルネ軍兵士。貴方の機体にエンジンがかからなくなったのは何故だと思いますか?」
「お前が私の指示に従った後、答える!」
「答えは簡単ですよ。僕は知っているから。その機体はどこをどうすれば壊れるのか、はたまた直るのか」
「なっ…!?それはどういう、」


♪〜♪〜

その時。
フランソワの携帯電話からは暢気な着信音。この場の雰囲気に合わないその音は止まらない。
「なっ…!?」
気がどちらにもいってしまうフランソワを見て、敵兵は肩を竦めて鼻で笑いながら静かに口を開いた。
「鳴ってますよ。どうぞ?」
「その隙をつく気か…」
「僕はそんな卑怯な事はしませんよ」
多分…、そう最後に付け加えた言葉はフランソワに聞こえないように言った。
頭の上で両手を広げて武器を持っていない事を見せ付けるカイドマルド兵士。しかし、軍服の中に潜めているかもしれない…そう思いながらもフランソワは敵兵にだけ体を向けたまま、左手で携帯電話を探り出す。





















「こちら…軍事階級中尉、フランソワ」
敵兵にだけ顔も体も全てを向けているから着信が誰なのかは分からないけれど、恐らくヴィクトリアンだろう。
電話に出たフランソワの声はやけに低くく恐い。今でもこうしてしっかり頭の上で両手を広げた状態のままの敵兵に、心の何処か奥では安心してしまっているフランソワが居る。


ドクン、ドクン…、

通話相手からの返事を待つ間、外にまで洩れてしまいそうな程の自分の鼓動が聞こえる。もう一度自分の名を言い、相手を急かそうと口を開き欠けた時。
「フランソワさん…?」
「マ、マリー様!?」
弱々しくてそして温かいマリーの声がした。その声は外までもれていて敵兵の耳にまで届いている。
その声を聞いた敵兵が一瞬、酷く動揺したのは気のせいなんかではない。






















「マリー様、申し訳ございませんが今は…」
「お迎えに来てくださりありがとうございます。わたくし待っていますわ。だから、だからっ…」
泣き声へと変わりつつある彼女の声。
「マリー様、あの…」
動揺してしまったフランソワが一瞬、本当一瞬だけなのだけれど敵兵から目を反らした。再び敵兵に視線を向けた時、姿が無かった。
「なっ…!?」
「フランソワさん?どうかなさいましたか、フラ、」


ゴツッ、

通話相手のマリーにもしっかり届いた鈍い音がした。


ガシャン!!

次に聞こえたのは、携帯電話が地面に強く叩きつけられる音。マリーの鼓動は大きく鳴る。紫色の瞳は見開く。
「フランソワさん!?どうされたのですかフランソワさん!?」
地面の上に叩き付けられた携帯電話からは、必死にフランソワの名を呼ぶマリーの泣き声がする。
だんだん大きくなっていくその声が聞こえる携帯電話をヘルメット越しに見つめる敵兵は、フランソワが見せた一瞬の隙をついて近くの茂みに入って姿を消し、彼の背後へ回り込んだのだ。そしてすぐ、彼の後頭部を力強く殴り地面の上に倒すとフランソワの広い背に右脚を乗せて、全体重をかける。
























「う"…、ぐっ…」
地に這いつくばるフランソワは、殴られたせいで意識が朦朧とする中必死に全身に力を込めて敵兵を跳ねのけようとして唸るけれど、上から押さえ付けられている力が強過ぎて無理だ。敵兵は自分よりも一回りは小柄な体格だというのに。


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