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症候群-追放王子ト亡国王女-
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カイドマルド王国―――

「シビリアン達に気遣わなくてはいけない時代だから、避難するようこの私が事前にわざわざ知らせてやったというのに。これだから天狗になった人間共は脆いな。本当に脆い。馬鹿が」
外から聞こえてくるのはいくつもの戦闘機が飛び立って行く大きな音。甘えてくるメリーを優しく撫でるダミアン。
「楽しいな、国王という座は」
けれども、彼には表情が無かった。






































親切に宣戦布告のビラまで撒いたというのに、日本はそれを一切恐れる事はなかった。その間にもカイドマルド軍は日本へ悪魔を積んで向かう。


ガー、ガガッ、

「こちらクリス少尉」
ヘッドホン形状の無線からノイズがして、航空部隊であるクリスが応答する。相手は、同じ部隊であり総司令官である将軍エドモンド。いつものあの陽気さなどあるはずが無い。
「将軍、本当にルーベラ殿下を陸上部隊へ送って宜しかったのですか。もしも殿下に万が一の事があったら…」
「まあ、本人の意思だし私は良いと思うんだ。ほら、彼女見掛けによらずタフで頑固じゃない。それに、悲しいけど…」
「将軍!」
そこでクリスは彼の話を中断させた。目を凝らして前のめりになりながら前方を見ると、黒地に赤色国旗が描かれた戦闘機数機を遠くに見つけた。ルネ軍だ。


ビー!ビー!

距離があるが、コンピュータ技術の発達したこの時代だ。こちらがレーダーで敵を見つける事ができたのだから、発展した国ルネはとっくの昔にこちらの存在に気付いていると思った方が身の為。
日本軍はあんなにも暢気だというのに、日本の同盟国であり、今やほとんどの地を植民地に抑えた超大国の方から戦場へやって来た。
「ふっ、」
クリスはそれを鼻で笑うと、中断させていたエドモンドとの通信を繋げ直す為、耳元のスイッチをOFFからONへ切り替える。




















「将軍」
「何かな?」
「先程のお話の続き、聞かせてくれません?」
「嗚呼、あれかい」
そこでまた2人はどちらからともなく通信を中断させる。


ビー!ビー!

遠くに居たと思っていたルネの戦闘機を示すレーダーが突然反応し出したのだ。点滅しながら急速にこちらへ向かってくる。
操縦をする腕にも並々ならぬ力が込められ、体が震える。それは恐怖によるものでは無く、楽しさによるもの。戦う事の楽しさを味わうクリスの顔付きは、舞踏会での女性らしい彼女の影も形もない。にんまりと不気味に笑むと、またスイッチをONへ切り替える。
「将軍」
「はいはい」


ビー!ビー!

点滅するルネを示すレーダーが近付く。カウントダウンを始めても良い程近い。
「クリストフェル皇帝はね。自分や国が良ければ、ルーベラお姫様が1人消えてしまったとしてもまた代わりを作るから構わないんだよ」







































地上戦を行う場所を決めたのは、勿論ダミアン。将軍のエドモンドといえど、やはり軍を動かす指揮権を持つダミアンには逆らえない。軍は王室と貴族の次に位置する身分で、そこからうんと下に位置する身分が民間人。彼らには権利が無いと言っても過言では無い。
ダミアンは日本の情報全てを頭の中にインプットしてあるから、普段は滅多に行わない地上戦も取り入れた。航空部隊があるのだから地上戦など必要無い!そう逆らってきたヴィヴィアンの意見になど耳も傾けなかった。
ダミアンの目的それは、勿論日本を自分達の手中に抑える事なのだが、テレビで全世界に放送されていたヴィクトリアンの日本遠征が、この地上戦の火種となっていた。
テレビには嬉しそうに日本と同盟を組んだと伝えるルヴィシアンの姿だって映っていた。メディアというものは素晴らしいモノであり、時に恐ろしいモノである。ダミアンはこれを好都合に思った。



















ここからは彼の推測に過ぎないのだが、地震が起きてましてや震源地は海。運航機関も足止めを食らっているだろうから、恐らく船で日本へやって来たヴィクトリアンはまだ帰国できていない。この推測は、正解だった。
彼が帰国してしまう前に戦争を起こし、戦禍と地震で混乱する中ヴィクトリアンを捕らえ捕虜とする事…これがダミアンのもう一つの目的。その為、地上戦を行う場所は地震が起きて尚且つ城がある都『京都』と決めた。
ルヴィシアンの性格や彼の事を何から何までヴィヴィアンから聞いていたので、ヴィクトリアン1人を捕虜としたところで彼が動くかどうかは微妙ではあるが、混乱を起こす事はできる。
そして、誇示する事ができる。カイドマルドは今までのカイドマルドではないという事を。

























戦闘機が飛び立ち静かになった国で、ダミアンはもう一つの争いに目を向けていた。それは、この世界大戦とは直接関係無いが、カイドマルドと王家ルーシー家と最も関係する争い。マラ教との内紛だ。
ルネのように戦費を費やす為膨大な課税を課する事は行わないが、多少の課税をした為、国民から王室への支持率は急降下。元からあまり支持をされていなかったというのに。
そんな時マラ教はこれを好都合に思い、身を捨てる覚悟で国民へ王室を潰す為の提案を持ち出してきた。その現場を直接見たわけではないのだけれど、今や国のあちこちの壁や電柱には、マラ教が作った"反カイドマルド王室"ポスターで埋め尽くされている。軍人達がそれらを剥いでいくという惨めな作業をしている脇では、子供達が木で作り、絵の具の赤で塗った十字架を持って走り回っている。それはマラ教の十字架を真似した物。
今まで散々マラ教を毛嫌いしてきた彼らも自らの危機に陥った時に少しの兆しを見つけると、フラフラとそちらへ足を運んでしまう。


ガサッ、

書類の中から、先日軍人達が剥いできたポスターの1枚を取り出すダミアン。薄汚れているそれには、画力の無い雑な絵で大きくジュリアンヌ城が描かれている。その上に大きく真っ赤なバツ印。更にその上には、血の様な赤い文字でルーシー家を侮蔑する言葉が書き殴られていた。
それを黙って見つめ、徐々に視線を落としていき、綺麗に印刷された黒い文字を目で読む。
『ルーシー家に賛同する人間の死後の世界は地獄。ルーシー家を否定する人間の死後の世界は天国』


バサッ!

読み終えてすぐそれをゴミ箱へ放り投げる。
「にゃあ!?」
彼からはただならぬ恐ろしい雰囲気を感じるから、今まで膝の上に居たメリーも逃げ出してしまった。それにも気付かないダミアン。
「天国という空想の世界を信じて行きたがるあいつのような人間共のその哀れな様程、気持ちの悪いものは無いな」













































日本――――

首都京都では大混乱。それはもう、先日起きた地震の事では無い。カイドマルド軍が攻めてきた事が理由。
今まであれ程彼らを甘く見て、丁寧な宣戦布告も聞き流していた日本人も、一気に死が迫ってきた事を感じ取るともうあの強気な表情は見せられなくなっていた。同時に、彼らを貶す言葉も口に出せなくなっていた。
結局は何もできない民間人は悲しくも、口だけの存在に過ぎない。後は軍に願いを託すのみ。

































都城近郊―――――

地上戦を指揮するのは少将のはずなのだが、ルーベラもこの部隊に居る為、少将といえどお客様には逆らえずにいた。
ルーベラは要塞の地図と、ヴィヴィアンが作った地上戦用の戦略を彼から奪う。少将を遥かに見上げてそれらを押し付ける。


ぐいっ、

前髪をあげて額を出し、長い髪を頭の高い位置で一つにまとめた彼女は戦闘体勢だから、やる気を感じる。それに、先程から眉間に皺を寄せたままで妙に顔付きが恐ろしくてどこか狂者の様にも見えた。
暢気にそんな事を思いながら彼女の脇に立っているのは、ヴィヴィアン。
気付けば彼女の恐ろしく豹変した顔がこちらを見ていた。というよりも、睨み付けているといった方が適切だろう。
「早く私を城へ連れて行きなさい」


ガシッ!

力強く肩を掴まれ、上目遣いで睨まれる。ヴィヴィアンが返事を返すより早く、慌てた少将が駆け寄ってきた。
「ルーベラ殿下。そんな危険な事をさせるわけにはいきません。殿下はこちらの機内で私と共に兵士達への指令を、」
「見せ付けなきゃ…」
「殿下…?」
「早く戦果を挙げて見せ付けなきゃいけないのよ、私がこの世界に生きて居るという事を!」
両手を大きく天に向かって広げ、狂者の様に目を見開き、口が裂けそうな程笑って高笑いをする。
彼女から発せられたその言葉に一同硬直していたが、ただ1人だけはその言葉の意味に共感していた。やはり、彼女は似ている。





























その頃。
最新の戦闘機を使用するカイドマルド軍陸上部隊。最新とは言っても、彼らだけが導入した機体ではない。外見や性能の違いはあるが、何処の国もこの機体を使用するのが常識となっている。
そこでいかに性能を発展させるか、この性能を上回る新たな戦闘機を造り出すかで各国の商人は競い合っている。こんな様子が伺えるのも、戦争が盛んな時代だからこそ。
他国の戦争では、王室や商人が戦闘機の性能を試したい為だけに国一つ消してしまう戦いもあるのが残酷な現実だ。
































今まで汚い物を扱うかの様に避けてきたというのに、ヴィヴィアンと共に戦闘機に無理矢理乗り込んできたルーベラ。先程からわざとらしい溜め息ばかりだ。どうもこういう強気な女性は好ましくないヴィヴィアンは必要最低限の話以外したくもないから、黙って自分の作った戦略と要塞の地図にだけ目を通していた。
改めて感じる事がある。この戦略を自分以外の誰の物として公表される事無く、自分の物として公表され、皆が見てくれるのだという事への喜び。
「フッ…、」
思わず笑みが浮かんだ時肩越しに人の気配を感じて、ゆっくり振り向く。其処にはやはり、女性らしくはない厳しい顔付きをしたルーベラ。前方に広がる日本の銀世界を見つめるその瞳が恐ろしい。
今までルヴィシアンやヴィルードン、ダイラー、そして父などの狂者の瞳を見てきたヴィヴィアンだが、こんなにも恐ろしい瞳を見たのは今この瞬間が初めて。だからといって恐れる事なんて無い。彼女は仲間なのだ。ただし、自分のではなくカイドマルド王国の。
「私がヴィヴィアンの戦略を見込んでいなかったら貴方はまた井戸の奥底に居たの。今戦で活躍できる事、感謝なさい」
目線は前を向いたまま。
「ははっ、そうですね」
確かにそうだと感じた途端、笑い声が洩れた。





















一方の彼女はヴィヴィアンの笑いにつられるどころか、更に恐ろしい顔付きになる。


カチッ、

耳元にある無線の電源をOFFからONへ切り替えると彼から離れ、腕組みをしたまま後部座席へ着く。
「陸上部隊は私が居るから大丈夫よ。あくまで私達の部隊の目的はヴィクトリアン・ルイス・ルネを捕虜とする事。此処一帯は城が在るし軍本部が近いという事もあって、敵軍の勢力が強いわ。ヴィクトリアンを捕らえたらすぐに引き上げなさい!」
乱暴に陸上部隊の全軍人へに告げ、OFFに切り替える。
自分より少しだけ高めの位置にある後部座席に座る彼女の方に首だけを向けるヴィヴィアン。手は機体を起動させる準備をして。
「どうなさいます殿下。向かわれますか」
声の返事は返ってこなくて、代わりに背もたれをドン!と1回力強く蹴られた。これが返事。
「はぁ」
彼女には聞こえないように溜め息を吐くと、エンジンをかけて発進した。






































「くそっ!この空軍時代に敢えて地上戦を仕掛けてくるなど!!」
一方の日本軍は、予期せぬ地上戦にさすがに混乱せずにはいられなかった。それに、ここ最近の世界の戦は空襲など空軍による攻撃方法が多かった為、戸惑うところも多々ある。
以前もカイドマルドは地上戦を仕掛けてきたが、それは呆気なく日本が勝利をおさめている。混乱しているとは言っても、人間だから心の何処か片隅では"カイドマルドは自分達日本より格段に劣っている弱い国だから甘く見て良いだろう"という考えが絶対にあるはずだ。































一方のカイドマルド軍。
陸上部隊が都城を囲むように配置されたカイドマルド軍。国の拠点となっている王室の住むこの都城が厳重に守られる事くらい、子供でも理解できる。だから考えたのだヴィヴィアンは。
戦略が書かれた綺麗で細々とした文字がルーベラの緑色の瞳に映る。
「散兵戦…」
「そうです。敵が我々より力があるのならばその力を分散させてしまえば良い。四方から攻撃を仕掛け、日本と対等に…まあ欲を言ってしまえば、日本以上に戦ってくれればこちらとしても今回の計画が進行し易いのですが」
「そうね。私達の方が圧倒していたら日本は必ず援軍を呼ぶわ。実戦となれば、普段冷静沈着な判断を下せていた人間も頭に血が昇って我を忘れてしまう。ましてや、軍人なら目の前の敵にばかり集中をしてしまい…」
「戦場を都城周辺からだんだん城下町へと遠ざけていく戦い方をすれば完璧です。初めに散兵戦で多くの敵を狩り出させ、こちらへ引き付ける。目の前の獲物にしか気が向かなくなった猛獣はそれを捕らえる為に追い続け、城下町へと出てくる。そうすれば都城は孤立しますから。この軍がそれだけの戦いをしてくれなければこの作戦は失敗に終わりますね」
ルーベラは彼の話を鼻で笑った。腕を組み直して脚を組み、顔を上げた。
「成功させなきゃ。そうしなきゃ、」
「自分は埋もれたまま散ってしまう」
「!」
話に割って入られ、ましてや彼女が言いたかった言葉をそっくりそのまま横取りされてしまった。ルーベラは目を大きく見開いて、自分より下の段の席に居る彼の黒い頭を睨み付ける。





















一方ヴィヴィアンは操縦をして前だけを見つめながら淡々と語り出す。
「殿下。アン帝国では貴方はルネの戦略に少し手を加えた物を製作し、それを行使していたとお伺いしました。しかし失礼ながら、僕は今まで貴女という第五皇女の存在を存じ上げておりませんでした。だから殿下貴女は国から出て、1人の自分がこの世界に存在しているのだという事を世界に見せ付けたいが為、」
「それ以上の事は言うな!!」
突然乱暴で男口調になった彼女の怒鳴り声は太く低い。まるで別の人間が自分の後ろに居るかのよう。
「はぁ…」
相変わらずな彼女に溜め息を吐いた時だった。
「ヴィヴィアン貴方だって私と同じじゃない…」
やはり、後ろに居るのは彼女ルーベラなのだと確信できた。弱々しくて息の詰まった声が聞こえる。返事をする為に、彼女に寂しく笑んだ。
「だから分かったのですよ。貴方の言動の意味が…」




































同時刻、
日本軍本部――――

「慶司君!」
武藤将軍の止めの声も他の軍人達からの止めの声も一切聞き入れない慶司。額に赤色の額充てを付けて、軍服姿で地上用の戦闘機に乗り込んだ。
軍服を着用するのだって初めてだし、戦闘機に1人で搭乗するのなんてもっての他。
前線へ出してもらえた事は無かったが、以前将軍に我儘をきいてもらい、隣で指示を受けながらの操縦をした事ならあった。…とは言っても、機体を前進させただけ。どのボタンを押せば何処から砲撃ができるのかという事もしっかり分かってはいるのだけれど、いざとなると手が震え出す。
「慶司君、絶対に無理だけはしてはいけない。君にもしもの事があっては悲しむのは国王様、王妃様、咲唖さ、」
「国王に、父に見せ付けるのです!」
「慶司君…?」
無線越しに聞こえた耳の鼓膜が破れてしまいそうな程の彼の怒鳴り声は、ただの怒りの込められた口調ではない。並々ならぬ恨みが込められていた。














































日本の京都以外の他県が
空襲を受けたと知った
今から数時間前――――

「そう思うだろう?」
「まあ国王様ったら」
「はっはっはっ!」
戦争が始まるこの国。
それだというのに、自分は温かな場所で妾と談笑をしている日本国国王。完全にカイドマルドを甘く見ていたし、軍に任せっきりだ。そして、都合が良い利益になる時ばかり表へ出てくる。
それが人間として当たり前の事と言えばそうなのだが、真っ直ぐで真っ直ぐ過ぎる慶司には、欲望の塊な国王の考えや姿が許せない。国王として、父として許せない。
それを抗議しようと国王の居る部屋へ向かった時。


ガタン!

その部屋の戸が障子で無ければ良かったのに…と一瞬で何100回思った事だろう。
「無礼者!この私を誰だと思っておる!!」
先に、国王にこの戦の事について抗議をしていた勇気ある1人の人間が国王に怒鳴られ、派手に突き飛ばされている影が障子戸に映っているのを見てしまった。声で影で、抗議をした勇気ある人間が誰なのか分かってしまった。慶司の実の母親である本妻だ。





















ガラッ!

「母上!!」
国王が恐ろしいとかそんな事慶司の頭の中には無くて、体は勝手に戸を開いていた。怒りが強過ぎて戸が外れてしまった。
彼の黄色の瞳に映った目の前の光景それは、国王の肩に気持ちの悪い程ぴったりと寄り添う妾。
そして2人の足元では、肩をひくつかせて涙を流しながら蹲っている本妻。
この時自分がどの様な行動をとったのかなんて一切覚えていない程頭に血が昇っていた慶司。でもこれだけはしっかりと覚えていた。
「け、慶司…!」
細く弱々しい母親を背におぶり、無我夢中で駆けて自分達の住む離宮へやって来たという事だけははっきりと覚えていた。































本妻方離宮―――――

部屋では、泣く母親の背を何度も何度も優しく撫でてやり、静かに布団に寝かせる。頬を伝う涙は見たくないけれど、それのお陰で火が点いた。
去ろうとする彼を、潤む瞳で見つめる母親。
「慶司…軍人だなんて危険な事はやめて、お願い…」
差し伸ばしてきた弱々しく小刻みに震える手を両手で包み込むように握ると、彼は目を糸の様に細くして微笑んだ。母を安心させる為に。
「母上。僕が軍人として戦場から帰ってきた時は少しで良いですから誉めて下さいね」


カタン、

障子戸の閉まる音が耳に入ったと同時に、母親の瞳からは涙が溢れた。




























ドン!ドンッ!!

廊下へ出ると、遠くから聞こえてくる陸上部隊が出兵する大きな機械音。
拳を握り締め、心臓を何度も叩く。大きく深呼吸をして顔を上げた時。
「!」
大切な人の姿が視界に飛び込んできたせいで、強い決心が少し揺らいでしまった。階段を降りてきた咲唖と鉢合わせてしまった慶司。
最近やたらと不仲になった2人…というよりも、慶司だけが一方的に咲唖に反抗をして無視をしているだけだ。
あの件以来、咲唖が話し掛けても背を向けて一言も会話を交わしていない慶司だから、案の定今も彼女を無視して背を向けてしまう。





















梅の食事に毒を盛ろうとした事を叱られたからこんな態度をとるのでは無い。自分が悪い事をしたから叱られたという事くらい分かっている。ただ、咲唖の普段の行動に納得ができないから、このような態度をわざと取り続けて反抗をしているのだ。
はっきり言うと、咲唖が常にニコニコ微笑んでいて辛い顔を見せない事に物心ついた頃から気付いていた慶司。そして、本妻と妾という立場も理解をしていた。
陰で何を言われても怒らず、嫌味を言ってきた相手にも優しい笑顔を見せて接している咲唖に慶司は腹が立っていたのだ。それが最近爆発してしまっただけ。なのにそこに戦争が関わってきてしまったから、余計本妻方と妾方の不仲が目立つようになった。国王も、本妻の病状が悪化してからは以前とは別人の様に本妻方に冷たくなった。
世界も人間も激しく荒んでいく。それでも咲唖は微笑む。だから…。























カタン、

玄関に腰を下ろす。冬だからひんやり冷たい。


ピタッ…、

「…!!」
靴を履こうとしたら背に人間の温もりを感じて、慶司の体は硬直する。誰の体温か分からないはずが無い。慶司の大きくなった背に両手で触れたのは、咲唖。
「行くなとは言いませんよ。世界中の人が貴方の夢を反対したとしても、私は慶司を見送ってあげますよ」
優し過ぎる声と言葉に目頭が熱くなってしまうが彼女を乱暴に振り払う。こんな態度しかとれない自分が嫌なだけなのに、彼女に当たってしまった。どうしようという思いが満たして靴が上手く履けない。


ドン!ドンッ!

外からの戦闘機の音が増えていくのに、靴が上手く履けない。背後から受ける視線が優し過ぎて、駄目だ。
「慶吾さんと御一緒できると良いですね。だってそれが慶司の夢でしょう?」
一言も返事を返さない。
口を開いたら駄目だ、何の為にこうやって今まで彼女と口を利かずにいたのか?今まで起こしてきた行動の意味が、たった一言彼女と会話を交わしただけで水の泡となってしまう。
反抗をしていれば少しでも咲唖が自分の気持ちを理解してくれて、強がる事をやめてくれる…そう願っていた慶司だったけれども、やはりこの人は自分の意志を曲げなかった。姉弟揃って頑固だから。


タンッ、

やっと靴が履けた。
急いで立ち上がり、逃げるように玄関の引き戸を開く。彼女には背を向けたまま後ろ手で戸に手を掛けて、後ほんの少しで閉まるという所で聞こえてきた。
「慶司、いってらっしゃい」






















































そして現在――――

戦闘機を走らせながら、まだ敵軍が都城周辺に現われていない事を自分の目で確認する慶司。
――そうだ、僕は何を勘違いしているんだ。姉上と一生会えなくなるわけじゃない。出兵するからといって必ず命を落とすとは限らない。…この戦が終わったら謝ろう…かな――


ガー、ガガッ、

「慶司君」
無線からのノイズの後に聞こえてきたのは武藤の低い声。我に返ると、耳に付けたイヤホンに手を添える。
「城下町に敵軍を発見。行けるか?」
「勿論です!」
力強い返事ができたけれど不安だった。内心とても恐くて、心中では恐怖に押し潰されてしまいそう。
前方に見えた薄い色をした冬空を見上げて、小さく口を開いた。
「姉上、どんな顔をして見送ってくれたんだろう…」










































本妻方離宮――――

だんだんと騒がしくなる都城付近。
咲唖が音をたてず襖を開くと其処には、ボロボロ大粒の涙を流してジャンヌにしがみついているアンネ。彼女は戦争ばかりしている国の人間だから、幼くして既に戦争の恐ろしさや愚かさを解っているのだ。
「大丈夫。大丈夫よ」
何度もそう言いながら、アンネを抱き締めるジャンヌの瞳だって光を失ってしまっているから説得力が無い。咲唖の心は酷く痛み、襖を閉めるのも忘れて室内へ足を踏み入れていた。畳が軋む。
「ジャンヌちゃん、アンネちゃん大丈夫ですよ」
「そうよね。日本は大きな国だもの…小国とは違って」
虚ろなジャンヌの瞳がこちらを向いたと同時に降り掛かってきた言葉。彼女が発した"小国"とは絶対に彼女の母国の事。
眉尻を下げて、とても悲しそうにしていた咲唖の表情は突然嘘の様に明るくなった。まるで、世界を照らしてくれていた暖かな太陽の様。
自分の両手を胸に添えると、首を左に傾けて白い歯を見せ、微笑んだ。
「慶司が皆さんを御守りしますから、応援してあげて下さいね」
泣き出したジャンヌと未だに泣き続けるアンネの2人を強く抱き締めた後彼女は1人、部屋を出て行った。


カタン…、













































都城内―――

「あっちゃー、どうしよう。僕死ぬ前にまだ行きたい場所あったのになー」
「王子、そんなもう死んでしまうような言い方をなさらないで下さい」
窓の外に身を乗り出して、真っ赤に染まっていく日本の空を右手を翳しながら眺めているのはヴィクトリアン。後ろには、今回の遠征で彼と同行をしてきたたくさんの軍人達が居る。
同行してきた軍人の半分は城を出て日本軍の一部の部隊を指揮している。この場に残っている軍人達はルネからの迎えが来たらヴィクトリアンと共に帰国できるが、出兵した者達は生き残る事ができたのなら帰国ができるという条件が無条件で付いてくる。
しかし、ルネも日本も彼ら自身カイドマルドを相当見下して甘く見ているので、自分の未来は真っ暗になるかもしれないだなんていう心配を一切していない。今戦っている彼らの表情には、余裕さえ伺える。


ピシャン、

軍人に窓を閉められ、首を引っ込めるヴィクトリアン。後ろで手を組み、部屋の中を行ったり来たり忙しなく歩きながら、窓の外から見える太平洋を時折見つめていた。
「フランソワ、早く迎えに来いってばー!」









































日本海――――

一方。
ルネの赤地に黒十字の国旗が描かれた大型船が数10隻が日本を目指す。
目的地が近付くに連れ、青かった空の色はだんだんと生々しい赤黒い色へと変わっている。


ギュッ…!

空を見上げ、中尉は拳を力強く握り締めた。主人の無事を祈りながら。



































戦禍が激しさを増していくのは、カイドマルド軍が新たな戦闘機を取り入れたから等ではない。新兵器があったところで、敵より身体能力の低い人間が操縦をしたって意味が無い。
全ては、計算をして作成された優秀な戦略次第で勝敗は決定する。





































その頃。
まんまと都城周辺から城下町へ連れ出されていった日本軍。そうはいうものの、そこまで単純では無いから都城周辺の日本軍隊全てが居なくなったわけでは無い。城周辺の軍数がただ少し…ほんの少し手薄になっただけだ。
「チッ!」
予想ではもう少し城下町へ連れ出すはずだったから、ルーベラは頭を抱えて舌打ちまでする。それでも今この時こそが絶好の機会。


ガタン!

ルーベラは大きな音をたてて椅子から立ち上がると、耳元の無線の電源をOFFからONへと切り替えた。緑色の瞳がギラリと光る。
「A隊全員に告げる。只今から作戦Bを実行しなさい!勝手な行動は一切とらない事。私からの指示以外の行動をとった者は仲間とて容赦はしないわ!」
大声で力強く叫んだこの言葉が戦闘開始の合図となる。


































ガガガガ!

「カイドマルドか!?」
城周辺を囲んでいた森の中から、煩いエンジン音をたてて姿を現したカイドマルド軍戦闘機。
それらに気付いた日本軍は目を光らせ、口は裂けそうな程悪魔の様に笑い、獲物に襲い掛かる。日本軍戦闘機から放たれる砲弾。そしてカイドマルド軍戦闘機からも放たれる砲弾。


ドォン!!

炎を上げて燃え盛る両者の軍の戦闘機。そして森。この一瞬にして都城の調度真上の空は真っ赤に染まっていった。また地震か?と思う程の地響き。そして爆発音。
「くっ…!」
日本軍の攻撃を食らったカイドマルド軍の戦闘機。何とか1人だけで脱出する事ができた軍人は、爆発音を上げて火を吹きながら破壊された戦闘機と、その機内で命を絶っていった仲間という名の親友に力強い敬礼を送った。
戦闘機がぶつかり合うこんな場所を生身でのこのこ歩いていたのでは自殺行為だ。カイドマルド軍人は応援を要請する為、無線の電源をONに切り替える軍人。


ガー、ガガッ、

「こちら機体No.AD023。城裏B地点に居るのだが機体破損の為応援を要請し、」


ドゴォン!!

「ぐああああ!!」
「どうした?おい!」
地響きと爆発音より早く後ろで真っ赤な炎が上がり、爆風によって派手に吹き飛ばされたカイドマルド軍人との通信は途絶えた。

























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