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症候群-追放王子ト亡国王女-
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カイドマルド王国―――

いつもの感情の無い青い瞳をテレビの画面に向けるダミアン。流れる映像は、先程起きた日本京都での大地震ばかり。
頬杖を着き、ジッ…、と黙ってそれを見つめる彼を傍で見つめるのはハーバートン。心優しいハーバートンは敵国であるにも関わらず日本の事を大変心配そうにしていた。
だからその姿を見逃さなかったダミアンは、ゆっくり顔を向ける。
「いっそ日本の人間にでもなったらどうだ。もう先が長くないというのにお前は自ら寿命を縮めたいようだな、能無し老人の分際で」
「め、滅相もございません…」
その、人間とは思いたくもないダミアンの一言にもハーバートンは怒り一つ覚えず、ただひたすら弱々しく謝罪をするだけ。もう一度謝罪の言葉を述べている最中に、彼は割って口を挟んできた。
「良い状況だとは思わないか」
「な、何がでございましょうか…」
彼の細く白い今にも折れてしまいそうな手がテレビの画面を指差す。画面に映っているのは、地震直後の日本王室が在る京都。
この動作で、ハーバートンは彼の悪魔の様な考えを理解してしまった。途端、体は震え出す。あまりの残酷さに。
「今が絶好の機会だろう。日本を潰す、な…」







































ジュリアンヌ城広間―――

カチャカチャとナイフとフォークが触れ合う音だけがする広間。頭上にある五つのシャンデリアがこの部屋の広さを物語る。
少し遅れて朝食の席にやって来たヴィヴィアン。席に着いた彼を、汚い物を避ける様に椅子の音をたてて離れた隣の席の人間はルーベラ。チラ、と彼が持ってきたトレーの上に乗った朝食に視線を向けると、朝だというのに大きな皿四枚にはサラダや肉類、パンが山の様に盛られていた。
「はあぁ…」
ルーベラは溜め息を吐きながらワッフルに甘い香のする蜂蜜をかける。ナイフとフォークを上手く使い一口サイズに切る。口に運ぶ際、調度開いた口で嫌味らしく呟く。
「朝から2人分も食べるなんて頭おかしいんじゃないの。軍人なんだからこの後の軍事に支障をきたさない量にしようと考えたらどう?いつまでも食料を獲られると思っていたら大間違いよ。はぁ。これだからルネは」
続きは言わず、忙しそうに口をモグモグ動かす。
彼女が自分に言っていたのだとやっと気付いたヴィヴィアンは目を丸めて彼女を見た。けれど何も言わず、黙って2人分の食事を1人で食べ出した。
そんな2人を、遠くで目を丸めて見つめる貴族達の口が開いたまま閉じなかったという。
























それから。
城内に自室があるヴィヴィアンだから、急いで軍服を着用する。伸びた髪を、エドモンドの様に一まとめにして紫色のリボンで結ぶ。
自分専用の拳銃の入った革製の重たい黒い鞄を脇の下に挟み、部屋を飛び出して行った。








































カイドマルド軍本部――

軍本部へ着くと、いつもと雰囲気が違う事にすぐ気付いた。皆が忙しなく動いている。その波に飲み込まれぬよう、一歩一歩しっかり踏んで奥へ進んで行く。
「やあ、ルネ君おはよう。昨晩はしっかり眠れたかい?おや。髪を結んで私の真似かな?」
「違います」
明るくて成人した男性としては高い声が頭上から降ってきた。エドモンドだ。いつもだらしなく軍服を着ている彼だが、しっかり着ていて髪も整っているから、やはり今日は何かが違う事を改めて感じる。
ヴィヴィアンのそんな心情が言葉にしなくても伝わったのか、エドモンドは機転を利かせて笑む。腰に手をあてて、空いている方の手をこの国へ訪れた当初よりも広く大きくなったヴィヴィアンの肩に乗せた。
「次からは遅刻してきたらいけないよルネ君。だから君はこの情報が耳に入っていないようだね」
「何かあったのですか」
「ふふん」
鼻を鳴らして楽しそうに笑うエドモンドが少し気持ち悪くて、顔を引きつらせてしまうヴィヴィアン。






















エドモンドは軍服の内ポケットの中から、くしゃくしゃに丸まった1枚の真っ赤な紙を取り出すと、ヴィヴィアンの目の前に広げてみせる。皺だらけのその紙にはカイドマルドの国旗が描かれていて、添えられたメッセージをエドモンドは声を低くして読む。
「我々カイドマルドは日本を火の海とする。我々が訪れる前に民間人は悲鳴を上げながら逃げろ。軍人は負けを認めながらもその場で待ち構えていろ」
宣戦布告を告げる真っ赤なそのビラが日本の上空から雨の様に降ったのは2日後の事。
















































2日後、
日本、京都―――――

ヘリコプターの大きなプロペラ音がして、地震の被害にあって片付けをしている時に上空から降ってきたカイドマルドからの真っ赤なビラを手にした日本人。しかし、誰1人としてそのビラに書かれている事を恐れる者はいない。
「はっ、」
それどころか、鼻で笑って軽くあしらう。
過去に何度も日本に敗戦しているカイドマルドなんて眼中に無いといった様子で、降ってくるビラを邪魔そうに手で払いながら、復興へ向けて活動をする。そんな中、震度は小さいが余震が起こり、日本王室が在る京都を揺らした。








































都城―――

上空に舞っていたカイドマルドからの宣戦布告のビラを手にした信之が、国王の前に深く頭を下げた姿で居る。国王は派手な椅子の背もたれに背を預け、態度の大きな座り方をして細い目で彼を見る。
「ふん。ビラ代に金をかけるくらいなら軍事費に費やし少しでも我国の相手になる程度まで軍事力を上げれば良いものを。これだから頭の足りないカイドマルド人は困る」
「父上。国民は皆、このビラになど見向きもせず地震で被災された京都の復興活動を行っております」
「勿論だとも。こんな小さく弱い虫からのビラを気にしているような人間は我国の人間ではない」
重たい体をゆっくり立たせると、一歩一歩ゆっくり信之の元へ歩み寄る。
白い歯を見せてにんまり笑むと、身長が高くなった彼の頭を肉厚の大きな手で撫でてやった。その時に見えた国王の笑みが人間らし過ぎて笑ってしまいそうになった。
「信之。次の王はお前で決まりだ」
「しかし、咲唖様や姉上は…」
「梅は自ら王位継承権を行使せず、信之に託すと申しに参ったぞ。お前は良い姉を持ったな」
もう一度頭を撫でてやる。
「しかし、本妻方のお2人は…」
「ああ、そうだったな。身体ばかり悪くて迷惑と金ばかりかける本妻を相手にしていたってつまらないだけだ。そんな女の血を引く子供も同様にな。人間というものは健康でこそ相手になる上、使い物になる。そうだろう、信之?」
「はい、父上の仰る通りでございます。私も体調管理にはしっかり気を付け、そして強くなってみせます。父上と国民の声に応える為に」
力を込めたその純粋な声と顔の裏に渦巻くのは、何とも人間らしい真っ黒な心だった。互いの笑い合う不気味な声が廊下にまで洩れていたという。

































本妻方離宮――――

世間がカイドマルドの宣戦布告に動じ無い中、本妻方だけは胸を痛めていた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
本妻は部屋で1人、咳き込みながら外に広がる銀世界を窓越しから霞む瞳で見つめている。
一方の咲唖はその調度真上にある自室で1人、広がる銀世界を眺めていた。
手摺りに集まったいつもの雀達の中で1匹だけ動かなくなってしまった雀を見つけると、冷えきて体温が戻らなくなったその体を包み、静かに目を閉じる。
「天国でもたくさんのお友達ができると良いですね…」


カタン!

部屋の障子戸が勢い良く開く音がして顔をそちらへ向ける。来訪者は、アンネの小さな手をしっかり握って目が開ききり顔を青くしたジャンヌだ。
こちらに来るよう手招きをしようとしたら、それより先にジャンヌがこちらへ駆け寄ってきた。ガクン!とその場に崩れ落ちると、咲唖の真っ赤な着物に爪を立てて叫んだ。声を裏返らせて。
「何でまた戦争なのよ!何で…何で終わらないのよ!」
「ジャンヌちゃん…」
ジャンヌの悲痛な叫び声につられ、アンネは肩をひくつかせて泣き出してしまう。どうして良いのか分からなくなってしまった咲唖は、ただひたすら2人の頭を撫でて自分の体温を送ってあげる事しかできなかった。
「どうすれば終わるのよ…!」


































京都、
日本軍本部――――

一方カイドマルドの宣戦布告に動じていない日本軍本部の入口では、将軍武藤が1人の少年に頭を悩まされていた。
一国の王子であるというのに慶司は、軍本部の汚い床に頭を擦り付けて土下座をしていた。他の軍人達もその光景に足を止める。
「お願いします武藤さん!」
「しかしだな慶司君。今はまだ、」
「今が大切なのです!何年後なんて時間は必要無いのです。僕には今が、必要なのです!」
「慶司君。君はどうしてそこまで今回の戦いに拘るのかな?相手は我国に何度も敗戦をしている…つまり負け犬だ。負け犬の遠吠えに拘る必要は無いと思うが」
「甘く見て良い戦なんて一戦も無いのです!!」
その、声を裏返らせてまで伝えたい彼の気持ちに本部内に居た皆が、遠い日の自分を思い出させられていた。










































真っ白な雪の上に落ちたビラを隠すかの様に、その上に真っ白な雪が深々と積もっていく。
その光景を、窓に手の平を付けて白い息を吐きながら見つめるのはマリー。地震が起きてしまった為、ましてや震源地が海だった為、ルネへの帰国を遅らせざるを得ない状況となったヴィクトリアンとマリー。
自分達が居る間に宣戦布告を受けた日本。もう戦争なんて懲り懲り。その思いは2人同じ。溜め息を吐き、椅子に腰を掛けると、自分の中に居るもう1人の命にそっ…、と声を掛けてみる。
「今日も寒いですわ。でもお部屋の中に居れば少しは寒くないでしょう?」
そんな彼女の隣で新聞を広げながら聞いているのはヴィクトリアン。
「ぱぱが傍に居りませんけれど、ままが貴方の為に頑張りますから安心して下さいね」
彼女の新しい命への言葉が切なくて、ヴィクトリアンは眉毛を下げる。


バサッ、

新聞の一面にはカイドマルドの宣戦布告の記事では無く、先日起きた京都地震。いかに日本がカイドマルドを甘く見ているかが分かる。
――甘く見たが最後なのに――
そんな事を日本国の国王の前では死んでも口にする事はできない。
「はぁ…」
この荒れた世界や人間に深い溜め息を吐き、もう一度マリーを見る。彼女はただ悲しそうに笑みながら、自分の膨らんだ腹部を優しく撫でて声を掛けていた。
























ヴィクトリアンは立ち上がり、自分の携帯電話を、とある人物へと繋げる。


トゥルルル…

相手からの返答を待つ間のコール音だけが耳に届く。繋がった音がしてすぐ聞こえてきたのは、声変わりをした成人を過ぎた男性の声。
「はい、こちらルネ王国軍事階級中尉フランソワ・レイニ・アシュリアント」
電話だから互いの姿が見えないというのに、ヴィクトリアンは通話相手に身振り手振りを付けながら話す。
「フーランソワ!元気にしてたー?」
「王子…!」
先日の別人の様に恐ろしかったヴィクトリアンの姿がフランソワの頭の中を過るが、彼の今のこの口調や態度からしていつもの彼である事を察する。内心恐れながらも、それに気付かれぬよう、いつもと何も変わらぬ声のトーンで返事をする。
「あーのさぁ。お願いがあって」
「それより王子!御無事でありますか、御怪我はありませんか」
「んー?」
「んー?では無くてですね…」
電話の向こうからフランソワの溜め息がこんなにも近くに聞こえてきた。いつもの彼のこの溜め息は聞き飽きたヴィクトリアン。
フランソワは肩を落としながらも、ヴィクトリアンが今こうして電話ができる環境であるという事は、彼もマリーも無事だという事を確信できた。思わず笑みが浮かぶ。暖かくて優しい笑み。
「私は先日起きた地震の件をお話しているのですよ」
「あーそれね!うん、大丈夫。マリーちゃんも…うん」
少し言葉を詰まらせた彼。フランソワは首を傾げるが、敢えてそこを突っ込まない事にした。というよりも、現実から目を背けたと言った方が正しい。 お喋り上手な彼が少しでも言葉を詰まらせる事など本当に珍しい事なのだ。イコール、マリーに何か良くない事があったのだと予測できてしまう。
落ち着け、と自分で自分に何度も言い聞かせてみるけれど、鼓動は正直に反応をして速く大きく鳴る。話題を変えたくて変えたくて、咄嗟に口を開く。
「王子。御存知かとは思われますが、先日の地震では多くの日本人の方々が、」
「あのさ、フランソワ」
「…はい」


しん…

沈黙が起こる。
今ここでやっと、ヴィクトリアンが何故自分に電話を掛けてきたのか用件が気になり出した。今更。ただ単に掛けてきたわけではないであろう彼からの重たい口調。早く伝えてほしいけれど伝えてほしくなくて、体が硬直してピクリとも動けない。
「王子…?」
「フランソワ、僕の側近になってよ!」
「え…」
思わず携帯電話を耳から大きく離してしまう程の彼の力の籠った大声と言葉に、驚いた黄色の瞳が見開かれた。突然過ぎる発言に、まだ頭は理解をしていない。しかし体は理解していた。驚きのあまり大きく震え出す体。速くなる鼓動。





















「じ、自分はまだまだ未熟な人間であります。上官からは勿論、同じ階級の人間からもまだまだだとよく言われ…果てには部下にまで。王子貴方様が一番御分りでしょう。先日王子だって私の事を…」
「フランソワが何で中尉に昇進できたのか理由を僕は知っているから、お前に側近を頼むんだよ」
「え…」
明るくいつもの口調のはずなのに、彼からはいつもよりも優しさと温かさを感じた。こんな時代で久々に感じた人間の温かさが、珍しいモノに思えて驚きさえする。
自分が中尉へ昇進できた理由なんて考えた事も無かったし考えようともし無かったから、突然言われても分かるはずがない。でも、軍人としても1人の人間としてもまだまだ未熟な自分を認めてくれる人が居た事に並みならぬ嬉しさを感じ、自然と笑みが零れる。
「しかし王子。側近として仕えるには、以前は良かったのですが現在では少将以上の階級の人間ではないといけないのです。申し訳ございませんが王子…」
「そーんな事いちいち気にしないでよ!だーからΑ型って生真面目だよねー!僕は王子様なんだから僕の命令に従って僕の側近になりなさいっ!」
「クスッ。了解致しました!」
思わず笑い混じりの返事が出てしまった。





















この辺りで通話を切ろうと思い、口を開き欠けた時。彼の高い声から発せられた言葉に、遮られる。
「じゃあ僕の側近フランソワ。まず初めのお願い。時が来たらマリーちゃんをお前の家に匿ってあげて」
マリー。その名に、携帯電話を持つフランソワの手が大きく震える。危うく落としてしまうところだった。何故?と問う前に割って入られる。
「マリーちゃんねー、ママになったんだよね。フランソワなら分かるよね僕が言いたい事」


ドクン…、

返事ができずにいた。
もっと問おうとしたら彼の方が一歩早くて、先に通話まで切られてしまった。やはり彼が言葉を詰まらせた事は、悪い事の前触れだったのだ。


ツーツー…、

通話が切れて悲しい音しか聞こえなくなっていた事に気付くと、我に返り、携帯電話を閉じる。


パタン…、

「兄貴。どうした」
呼ばれて後ろを振り向く。其処にはフランソワと同じ髪色、瞳の色をして眼鏡を掛けた長身の弟が居る。彼の隣には茶色のふわふわした長い髪で目が垂れた優しそうな女性。
フランソワは調度一時的な帰省をしていたところだったのだ。そんな時、携帯電話に直接掛かってきたのだヴィクトリアンから。























城が在る都心から電車を乗り継ぎ2時間もかけた場所にあるこの田舎が、フランソワの故郷。決して大きいとも裕福であるとも言えない家だが、フランソワの4人の弟達のお陰で明るい。
眼鏡を掛けた次男は自分の隣に居る女性の肩を優しく抱く。2人はフランソワを真剣な眼差しで見つめてきた。空気が変わった事に弟達3人も察した様子で、遊んでいた手をピタリ…と止めて、黙ってフランソワ達に目を向ける。
次男と女性の2人に真剣な眼差しで見つめられては、思わず目を反らしてしまうフランソワ。その時、次男が静かに口を開いた。
「俺、この人と結婚するんだ」


しん…

また静まり返った。
女性は不安そうに眉毛を下げるが、次男がそれを安心させるかの様に肩を抱く手の力を強めてあげた。
「兄貴は軍の仕事で留守にしていたから伝えるのが遅くなったけど…今月末に式を挙げる予定でいるんだ。兄貴が式に来れない事は分かってる。兄貴がどうして軍人になったのかも分かってる。だからこそ、無理にでも来てくれなんて言わないし、言えない。ただ、式の日だけは遠くからで良いから俺達の事を祝ってほしいんだ」
「当たり前だろ」
元からつり上がった目が優しく垂れて、次男の肩に手を乗せる。力が込められていて温かさがある。
























次男の目をしっかり見た後、隣に居る女性つまり彼の妻となる彼女の優しい目をしっかり見る。
「弟をよろしくお願いします。見た目通り、真面目で優しい奴なんで…俺の自慢の弟なんです」
「兄ちゃん、俺らは?」
「俺も自慢の弟?」
「僕は?」
今までおとなしくしていた弟達が突然騒ぎ出す。
その可愛らしい声と無邪気な言葉に、3人は満面の笑みを浮かべて笑った。家の中にだけ温かい笑い声が響く。
「兄貴はそういう話無いの?結婚とか」
「いや、俺は…」
1人の女性の姿が浮かんだフランソワだが、必死に掻き消す。
「ごめん、それどころじゃないよな」
次男の妻となる彼女の手料理の昼食を済ませ時計に目を向けたフランソワは荷物を肩に担ぎ、扉を前に弟達の方を向いた。
「皆、俺の自慢の弟だからな」
































駅――――

駅のホームで1人、何度も後ろを振り返ってしまった。見えるのは町の中心の大きな時計台。その付近には、たった今訪れてきた実家がある。
後から建てられたたくさんの背の高い家々に囲まれてしまって見えないが、実家がある方にだけ何度も目を向けてしまう。
『3番線列車が到着致します』
アナウンスが聞こえて、やっと実家に背を向けた。電車が自分の前を通る速度がだんだんと遅くなり停車しそうになったところでパッ、と顔を上げる。何かを決意した彼の黄色の瞳が電車のガラス窓に映っていた。


カタン、

乗車すると、車内の乗客は疎ら。見晴らしの良さそうな席を探していたらその間に電車は静かに動き出す。
手摺りに掴まりながら、空いていた4人掛けの席に腰を掛けてふと顔を上げてそこでやっと気付いた。前の席に座っていた先客は、自分の最低な部下ジャック。
「!」
思わず眉間に皺を寄せ、嫌そうに目を見開いてしまった。頬杖を着いて窓の外の景色を眺めているジャックだが、フランソワの気配に気付いたのか顔をこちらへ向けてきた。





















席を替えたくて仕方ない衝動に駆られたと同時に、フランソワ・レイニ・アシュリアントはやはりまだまだ未熟で駄目な人間だと確信をしてしまう。
ガタガタな歯を見せていつもの悪魔の様な笑顔を向けてきたジャックはフランソワを見て鼻で笑うと、また窓の外に目を向けた。
「帰省お疲れ様でっしたー」
「何だ、その態度は」
「別っつにー」


カタン…カタン…

電車の揺れる音だけがする。気付けば、2人の他の乗客は老夫婦3組だけとなっていた。口数の少ない夫婦ばかりなので、車内は気味が悪い程静かだ。
上がりっぱなしの肩と、目の前の席に腰を掛けている人物の事が嫌で仕方ない気持ちだけに満たされる。弟の結婚という嬉しい話題。そして自分が大国の王子の側近になれるという喜ばしい話題も忘れてしまうくらいジャックと居る事が嫌で、恐ろしい。自分は彼の上司だというのに。
仕事に関わる最低限度の話しだけで充分だというのに、彼は目を外に向けたまま話し掛けてくる。
「そーいえば中尉の所ろって両親居ないんでしたっけ?何で?」
「だからその口の利き方はやめろ」
「すーみませーん。じゃー…何故居ないのでございますか中尉様ぁ?」
先程の馴れ馴れしい態度の方がまだマシだ。けれど、呆れて注意をする気力も無いしあまり話したくも無いので、溜め息を吐き、手短に話す事にした。





















「はぁ…。両親は遊び惚けていたんだ。産むだけ産んで、自分達2人は毎日のように遊んで。終いには2人の幸せの為には金が掛かる俺達子供を於いて、何処かへ行ってしまったんだ。つまり子供を捨てたんだ。俺がまだ働けない年の時は母方の祖父母が助けてはくれていたが…今は2人共他界した。俺は絶対両親の様にはなりたくないんだ。だから…」
「悲劇の主人公ぶらないで下さいよ」
「なっ…!」
「俺なんて両親の顔も名前も知らないっすから」


カタン…カタン…

電車の揺れる音だけが耳に届く。窓の外に流れていく景色が変わりはじめた。高い建物が無い田園風景はやがて、四角い空の下に広がる背が高く煌びやかなロココ調の建物で埋め尽くされた風景へと変わっていく。


























確かにジャックの言う通り、"自分程悲劇を味わった人間はいない"そう思っていた。だから、自分の中で自分を可哀想だと思っていた。心の何処かでは、誰かに可哀想な自分を可哀想だと哀れみ励ましてほしかったのかもしれない。
でもよく目を凝らして世間を見てみれば、今目の前に居るジャックのように両親の顔を一度も見た事が無い人間は五万といる。そしてこんなご時世だから、戦争で目の前で両親を亡くした人間だっている。
「くっ…」
フランソワは頭痛がして俯いた。自分の馬鹿らしさと情けなさにまいってしまい、目を瞑る。
そんな時。目蓋の裏側に浮かんだヴィクトリアンとマリーの笑顔。我に返って目を大きく見開くと、握っていた拳が震えるまで力を込める。顔を上げた。相変わらず外にばかり目を向けているジャックに、そして自分に言う。
「ヴィクトリアン様とマリー様を御迎えに、日本へ向かおう」
「はぁ?」
やっとこちらに顔を向けたジャックは、頬杖を着いたまま眉間に皺を寄せている。"馬鹿じゃないのか?"そう目で言われても、フランソワの鋭い眼差しは揺らがなかった。
























自分の両膝の上に両手拳を乗せると、更に鋭くなった彼の目には熱い気持ちが込められる。
「先程、ヴィクトリアン様から直々の御命令で俺は王子の側近となった」
「側近?中尉が?その前に側近って少将以上の人間じゃないと駄目だろ?これだからあの馬鹿王子はいつも考え無しに、」
「だから俺は主人を迎えに行くだけだ。ジャック。お前も把握済みだろう。先日日本で起きた地震そしてカイドマルドから日本への宣戦布告」
「まー、カイドマルドの王様はこの状況を狙って布告したんだろうな。でもあのカイドマルドだぜ?日本にも何回か負けてるっつー国なら日本の奴らだけで大丈夫なんじゃねぇの?」
「それは俺も同じ考えだ。しかしヴィクトリアン様達は今、日本に閉じ込められた状態なんだ。早くあの危険な地から主人を遠ざけなければいけない。何かあってからでは遅過ぎるからな」
ジャックは、フランソワの黄色の瞳を探るようにじっくり見る。ガタガタの歯を見せて、にんまりと笑った。
「それは誰の為だよ、中尉」
「勿論ヴィクトリアン様とマリー様の為、」
「だけ?半分は自分の恋路の為だろ」
「っ…!」
「はんっ!バレバレだっつーの」




















































ルネ城―――――

三つのシャンデリアが美しく輝くサロンでは、派手なドレスを着て煌びやかな宝石を身に付けたルヴィシアンの妾達が、食後のティータイムを楽しんでいる。いつも彼女達の中心となっていたはずのミバラの姿が無い。それはここ最近の事。
彼女達はフランス製の有名ブランドのティーカップを細い手で取ると、真っ赤な口紅を塗った唇で話しを続ける。
「私、先日子を授かったと医師の方から診断されましたの」
「まあシャルロット様もでございますか。ふふ、実はわたくしもですのよ」
「サリーア様は今6ヶ月でしたわよね?」
彼女達は自分の愛する男の子供が他の女にも授かった事を嫌だとか憎いという気持ちを一切表には出さず、ただ高笑いを交えながら話す。着飾った姿はとても美しいけれど、人間としての姿はとても醜い。
彼女達自身、大国の国王の妾となった時点で、幸せな家族生活が夢になる事くらい分かり切っている。ただ自分達は国王の傍に居て楽しませ、継承者をつくるだけの存在という事くらい、悲しい程分かり切っている。






































ルネ城内廊下――――

廊下にある全身鏡を前に、ハネた髪を弄りながら不機嫌そうにしているルヴィシアン。彼の隣に居る側近のアマドール。
彼の口調や態度が先程からイライラしている。見ているこちらがイライラしてしまいそうだけれど、アマドールは質問にもただ優しく答えてあげるのだ。
「アマドール。この髪の鬱陶しいハネを直すのに良い物はないか」
「私は軍事に関してしか知識が無い者ですから、美容に関しては妾の方々に御聞きするのが宜しいかと思われます」
「そうか、それもそうだな。丸刈りのお前が分かるはず無いよな、すまない」
互いに可笑しそうに笑い合う声が廊下に響き渡る。


タン…、

その笑い声に混じって聞こえた1人分の小さな足音に2人が振り向く。
其処には、必死に作った笑顔を浮かべて怯えた素振りを見せるミバラの姿。今までの彼女の強気で自信に満ち溢れた姿は消えていた。






















彼女を見たアマドールは背筋を伸ばし、力強く敬礼をしてから一歩後ろへ下がる。しかし一方のルヴィシアンは彼女の事をチラ…、とだけ見るとわざとらしい深い溜め息を吐いた。
「はぁ」
彼女に対する今までの態度とは全く正反対な事は、彼女もアマドールも承知済み。
胸にあてた手を震わせながらも、こちらを睨み付けてくる愛しい人の赤色の瞳を見つめるミバラ。
「あの、国王様。私でしたら美容の事は一応妾の中で最も詳しく、」
「子も成せぬ女の言う事など聞くものか。それに、お前の父親が在籍している議会は最近やたらと反抗的だしなこの私に。そんな親をもつ娘の言う事を私に聞けと言うのか無礼な。行くぞ、アマドール」
「はっ!」
彼女へ冷たくする理由をそう冷たく言い捨てるとマントを翻して背を向けわざとらしく足音をたてて歩いて行ってしまう。そんな彼の後ろを少し遅れて追うアマドール。
遠くなっていく2人の大きな背を、ただ体を震わせながら見送る事しかできなかった。ピンク色の口紅を塗った震える唇を微かに動かす。
「国王様…」
泣き声は彼女自身にしか聞こえない程小さなものだった。










































ルネ城内サロン―――

妾達は国内トップブランドのクッキーを紫色に塗った爪の指で手に取る。口へと運びながら、話しは永遠と続く。
「ミバラ様が子を産めない御体で良かったですわ」
「こら。そんな事を口にしてはいけませんよシャルロット様」
「だってそうでしょう?最もお気に入りの座に居た彼女が国王様から見放されつつある。だから国王様は私達の事を見てくださるようになったのですよ」




















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