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症候群-追放王子ト亡国王女-
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あちこちが焼けた酷い臭いが充満する中、一際目立つ大きな戦車に乗った男が現われた。
――戦ってもいないのに戦車に乗って…――
彼が車内から出てくる姿をヴィヴィアンをはじめとするルネ王国の兵士達は、車の前で綺麗に一列に並んで見守る。
車の扉が勢い良く開かれルネ王国『ルヴィシアン・デオール・ルネ』王子25歳が姿を現した。彼はルネ王国第一王子。ヴィヴィアンの実兄だ。



















ルヴィシアンが姿を現すと同時に兵士達は一斉に鎧の面頬を上げ、力強い敬礼をする。ルヴィシアンは男性としては長く黒い髪をなびかせ、赤いマントもなびかせて満足そうな笑みを浮かべて側近を両脇に付けて、己は中央を歩く。
兵士達の列から一歩前へ出たヴィヴィアンは鎧を外してルヴィシアンの目をしっかり見ると、深く頭を下げる。
「ヴィヴィアン今日もよくやってくれた。私の考えた戦略をお前が忠実に実行してくれたお陰でルネはまた一つ、戦いに勝利した」
成人男性としては高めの声で話す。兵士達からは一斉に大きな拍手が沸き上がり同時にルヴィシアンの名を何度も叫び称える。兵士達からの歓喜の声を浴び、とても幸せそうに微笑んで両手を大きく広げるルヴィシアンとは対照的にヴィヴィアンはまだ頭を下げたまま、強く口を結んでいた。


































王子達とルネ兵士達が母国に着いたのはそれから3日後の朝方。
まだ薄暗いルネ王国の中心にそびえ建つのは、ロココ調のとても大きな城。民家も城同様ロココ調の造りである。人々の服装も例えたら時代が遡った中世ヨーロッパ貴族の様。
城の裏にあるルネ軍本部に車を停める。ルヴィシアンが車内から外へ出ると、同年代の女達が一斉にルヴィシアンを取り囲む。
「ルヴィー様ぁ、御体の御調子は如何ですか」
「うん、大丈夫だよ」
「ルヴィー様御怪我はありませんか?ウイルスなどに感染されてはいませんか?」
「この通り平気さ」
「今回の戦略も見事だったと御聞きしましたけれど、やはりルヴィー様は天才ですわ!」
「ありがとう!う言ってもらえてこの戦略を徹夜で考えた甲斐があったよ!」
「まあ!徹夜までされたのですか?御体の調子は?」
女達からの切りのない質問にも一つ一つ丁寧に且つ笑顔で答えていく。
そんなルヴィシアン達の脇を通り過ぎる時ヴィヴィアンは横目でチラッ、と見ると、小さな溜め息を吐き、兵士達と共に城へと歩いて行く。
ヴィヴィアンが城の門まで来た時。


ギィッ…、

重たい門を使用人に開けてもらい、目立つピンク色のドレスを両手で持ちながらこちらへ向かって走ってくる少しふくよかな1人の少女。
「ヴィヴィ様!」
黒い髪の少女の高い声が耳に届いた。この少女はルネ王国と古くから最も交流の深い国の一つユスティーヌ王国王女『マリー・ユスティー』16歳。
ヴィヴィアンの婚約者だ。政略ではあるけれど。
ふんわりしたパーマの黒髪が特徴。少しふっくらした体付きが愛らしい。
マリーはよくルネ城へ遊びにやって来る。高く可愛らしい声が息を切らしながらも絶える事無い可愛い笑顔を向けてくれるので、ヴィヴィアンは優しい目で見つめる。
「おかえりなさいヴィヴィ様」
「ただいま」
マリーの左頬にキスをするとマリーは普段から赤い頬を更に赤く染めた。彼女の髪がそよ風になびく。マリーの手を取って優しく握ると、2人で城の中へ入って行った。






























ルネ城内――――

「見て下さいな。昨晩、ヴィヴィ様の御無事を願いながら作りましたの」
「わあ、やっぱりマリーは手芸が上手だね」
ルネ城五階の紅色絨毯が広がるヴィヴィアンの四つある大きな部屋の内、最も部屋の椅子に2人向き合って座り、楽しそうに話をしている。
窓の外からはすっかり朝の太陽の光が差し込んでいて、小鳥の囀りが聞こえてくる。テーブルの上には豪華な花瓶に入った豪華な花々。
マリーは得意の手芸で作った人形をたくさんテーブルの上に並べ、一つ一つ人形の説明を楽しそうにしてくれる。褒めてやると謙遜して両手と首を何度も振り、頬を赤く染める。その仕草は、いつも戦いで緊張をしていた心と体を癒してくれた。
説明を終えると2人は静かな室内で朝のティータイムを楽しむ。マリーはヴィヴィアンの顔をチラチラ見ながら物言いたげだ。それに気付いたヴィヴィアンはカップを静かに置き、優しい笑みを向ける。こうするといつもマリーは安心した様に又可愛い笑顔を返してくれるのだ。
「どうかした?」
「あっ、そのっ…」
「良いんだよ、何でも話してごらん」
指を組み、テーブルの上に静かに手を置く。マリーは口に手をやり目を泳がせながらも、静かに口を開く。





















「そのっ…今回の戦争の戦略もルヴィシアン様のお考えになられた戦略と公式発表されていましたけど…本当は今回もヴィヴィ様がお考えになられた戦略なのですよね?」
ヴィヴィアンは口籠もり、一度紅茶を口にした後マリーの目を見つめる。
「うん、そうだよ。でもこの事は誰にも言ってはいけないよ」
「分かっておりますわ。でも…これではヴィヴィ様が御可哀想…」
「僕は平気だよ」
「こんなのいけませんわ!だって今までルネ王国が戦争に勝ってきたのは公式ではルヴィシアン様の戦略のお陰となっておりますけれど、本当はヴィヴィ様の戦略のお陰なのでしょう?なのにっ、」
興奮して高く大きくなったマリーの声を止めようと右手の平で口を塞ぐ。我に返ったマリーは大きな目を更に大きく開いて、向かいに座っているヴィヴィアンの事を見る。
彼の目はいつも優しい。優し過ぎて自分を押し殺している彼に困る時が度々ある。


スッ…、

口を塞いだ手は静かに離れる。
「申し訳ありませんでした…」
「気にする事ないよ。ただちょっと声が大きいなって思っただけだよ。心配してくれてありがとう。でも僕は今のままで何とかやっていけてるし、大丈夫だよ」
椅子の音をたてて立ち上がり、2人分のカップを手にして新しく紅茶を注ぎに行く。向けられたその背中がとても寂しくてマリーの胸は痛んだ。
「ヴィヴィ様…」
「仕方ないよ。兄上は僕なんかより何倍も人々に好かれていて支持を得ているから」
「でもそれはヴィヴィ様の戦略を自分事のように使って、」
また自分が興奮してきた事に、今度は自分で気付き口を両手で押さえた。
そんなマリーを見て優しく微笑むヴィヴィアンは新しく注いだ紅茶の入ったカップを両手に、こちらへ歩み寄る。コトン、とカップを置く小さな音。
「仕方ないよ。僕は弟だから」
彼の笑顔の裏にある悲しみと怒りを自分にだけで良いから打ち明けてほしいと、マリーは日々願っている。





























テレビに目を向けると、ルヴィシアンがルネ王国の国旗を背に、大勢の報道陣達のフラッシュを浴びて今回のルネベル戦争の事を得意に話している映像が放送されている。どのチャンネルを回しても映っているのはルヴィシアン。
ルヴィシアンが得意に語る誰もが驚く頭の良い素晴らしい戦略は、今自室で1人テレビを見ているヴィヴィアンが考えたもの。
























ルネ王国は世界の中で一番の大国である。
軍事面、生活面のどれをとっても勝れていて次に続く大国との差はとても大きい。頭一つ二つそれ以上飛び抜けているのだ。
ルネ王国は自ら戦争を挑む事は無い。大国に抵抗してきた国を倒すだけ。日常的な事に例えれば、売られた喧嘩は必ず買うと同じ。既に勝ちが見えているのに自ら小国へ戦争を挑むような戦争馬鹿な事はしない。軍事費用が無駄になるだけだ。
ただ、抵抗されてからその国と戦争に至るまでの早さは半端なものではない。そしてその国を滅ぼすまでの早さも同様に。
今までしてきた数々の戦争全て、勝利をおさめたルネ王国。戦争の戦略全てはヴィヴィアンが考えたものだ。しかし、公式発表では兄のルヴィシアンの戦略として世界中に伝えられている為、世界はルヴィシアンの事を恐れている。
世間ではヴィヴィアンはその素晴らしい兄の戦略に動く兵士の1人にすぎない、という事になっているのだ。
























まだ幼い頃からそうだった。兄のルヴィシアンはいつでも何でも自分が頂点に君臨したいと思っている強欲者。しかし現実は、弟のヴィヴィアンの方が頭脳明晰、運動能力も遥かに上。その事を認めざるをえなくなったルヴィシアンが走った方法は、極めて卑劣な方法であった。
ヴィヴィアンが行った優れた功績を自分の事として皆に伝える事を決めたのだ。ヴィヴィアンが素晴らしい絵を描いてもルヴィシアンが描いたものとされ。難問の問題を解いてもルヴィシアンが解いたものとされてきた。
今だって徹夜をし、体を壊してまで国の為に考えた戦略は一瞬にしてルヴィシアンのものとなる。だから彼はいつも明るく人目につく光に照らされた場所に居て、周りは彼を称える人間で溢れている。
反対に、ヴィヴィアンはいつも人目から離れた光の無い場所に居て、唯一この事実を知っているマリーが傍に居てくれるだけ。
父も母も皆、兄ルヴィシアンに騙されている。かと言って両親はヴィヴィアンの事を大きく差別はせず、それどころか優しく可愛がってくれている。しかしやはり両親といえど人間だから、たまには兄との扱いの差を感じる時があるが。






















幼い頃、何週間もかけて両親の事を描いた絵をルヴィシアンが描いたものとされ、我慢の限界で兄に怒鳴った事があった。今考えてみればあの頃のヴィヴィアンは自分の気持ちを表に出せていて、今よりも余程人間らしかった。


13年前――――

「兄上!いい加減やめて下さい!この絵は…この絵は!僕が父上と母上の結婚記念日の為に何週間もかけて描いたものです。これだけはお渡しする事はできません!」
金色の額縁に入れた大きな絵を大切そうに抱き締め、幼い大きな赤い目でルヴィシアンを睨み付ける。しかしルヴィシアンは嘲笑い、腰に両手をあてて見下してきた。
「絵なんてまた描けば良い。今から描いたって良いだろう?嗚呼、しかしお父様とお母様の結婚記念日は今日だったな。さすがのヴィヴィアンでも今日中には無理があるかなぁ」
大きな声で嘲笑われ、我慢の限界に達した。絵を床の上に置くと歯をギリ、と鳴らし、込み上げてくる涙を乱暴に拭う。
「兄上、」


カチャ…、

音と共に視界に飛び込んできたのは銃口。ルヴィシアンは実の弟ヴィヴィアンに銃口を向けてきたのだ。何処から取ってきたのかは分からないが、ずる賢さだけは一番のルヴィシアンの事だ。また汚い手を使って取ってきたのだろう。
戦争経験がまだ無い幼いヴィヴィアンには、拳銃はとても恐ろしい物で、ショックのあまり今すぐに死んでしまいそうだ。ましてや、自分の実の家族に銃口を向けられる程辛く悲しい事は無い。



















ゆっくり歩み寄ってくるルヴィシアンに対して、ヴィヴィアンはゆっくり後ろへ下がる。
その時ルヴィシアンの左手が力強く肩を掴んできた。銃口を右頬に突き付けられる。鼓動が大きく鳴り、開き切った目からは大粒の涙が溢れ出る。それを見たルヴィシアンは鼻で笑うと、ヴィヴィアンから銃を離した。
「分かったかいヴィヴィアン?今後お兄様に逆らう事があったら今の事を思い出すんだよ」
優しい言葉で…しかしその声と表情は悪魔の様に恐ろしかった。
この日からだ。本当に、本当に自分を出せなくなってしまったのは。

























現在。
ルネ軍本部――――

辺りも暗くなった夜。
ルネ城の真裏に在る灰色の大きなルネ軍本部。此処を本拠地として世界の各地には、此処より小さなルネ軍駐屯地が置かれている。
軍の将軍を務める大柄の男性と、大将を務める朱色の長髪の女性は同じ黒色の軍服を着用し、背筋を伸ばして敬礼をしている。


2人の前でルヴィシアンが両腰に手をあてて、次の戦争への指示を出している。A4の2枚の紙にはパソコンの小さな文字がびっしりと並んでいる。
これはヴィヴィアンが考えた次の戦争への新しい戦略をワープロを使用して打ったものだ。勿論、打ったのもヴィヴィアンで、ルヴィシアンは何一つ戦略の作業に関わってはいない。そんな事も知らない兵士達は早くも完成した新しい戦略に目を輝かせ、彼に大きな拍手を送る。
「では皆の者。明日早朝にコール国へ出発せよ」
ルヴィシアンが左腕を伸ばして声を出すと同時に赤いマントが広がり、夜空の月に美しく照らされた。





















兵士達は力強く敬礼をすると、早朝に備えて各自宿舎へ戻る。しかし兵士達がこの場から居なくなっても将軍と大将だけは残っていた。不思議に思い目を丸めて小首を傾げるルヴィシアン。
「どうした?お前達も早く寝ておかないと。相手がいくら小国とはいえ、何が起こるか分からないのが戦争なのだからな」
「いえ。ヴィヴィアン王子の事なのですが…」
大将の女性が視線を合わせず口に手をやり、物言いたそうにしている。
「ヴィヴィアンがどうかしたのか?」
「次回の戦争もヴィヴィアン王子を参戦させるお考えなのでしょうか?」
「…どういう事だ?」
大将の一言にルヴィシアンは眉間に皺を寄せ、低く恐い声を出す。大将はルヴィシアンの少しの変化に気付き、少し慌てている様子が丸分かりだ。それでもルヴィシアンは彼女に話を続けさせる。
「いえその。ここ最近は連戦でお疲れの様でしたから。休養を差し上げた方が宜しいかと思いまして」
なかなか視線を合わせられずにいる様子の大将を見て、今度は優しく微笑むルヴィシアン。そっ…、と大将の肩に手を乗せてやると大将は驚いて咄嗟に顔を上げる。
「ヴィヴィアンを心配してくれていたのだな。ありがとう。しかしこれは私がヴィヴィアンに命令をしている事では無いんだ。彼自ら参戦したいと言っているんだ。私も最近、お前と同じ事を思っていた。あいつの顔色もここのところ良くはないし、元気も無い事は気付いていたさ。止めたけどヴィヴィアンは頑固でね。でもそこが私の弟らしいよ。大切な…私の弟らしいよ…」
ルヴィシアンが不気味に微笑んだ事に、将軍と大将が気付くはずもなかった。ルヴィシアンは心優しく、頭脳、運動のどれをとっても人より勝れている人間のお手本の様な人物で世界に通っているのだから。

































ルネ城――――

2階大広間には縦に長い豪華なテーブルがあり、椅子も豪華で、一般庶民は座る事を躊躇ってしまうであろう。それ程素晴らしい物だ。
壁には、絵画としては異常な大きさの歴代のルネ王国の国王の肖像画がかかっている。ガラス張りの大きな窓は天井から床まである大きさ。そこから見下ろせるルネ王国の美しい夜景には、誰もが感動させられる。
こんなに広い大広間のテーブル中央に位置する椅子に座るルネ国王『ダビド・デオール・ルネ』
ルネ国王妃『デイジー・デオール・ルネ』
その隣にはヴィヴィアン、その向かいにはルヴィシアン、その後ろに女中が1人居るだけなので、部屋が余計広く感じられる。
























テーブルの上には各自、分厚いステーキとサラダとムニエルそしてスープとが置いてある。銀食器全てが輝いていて全てに入っている金色のラインは眩しい程美しい。
国王が一度咳払いをし、腰を掛け直す。赤ワインが並々入ったグラスを右手で持ち、差し出す。
「我がルネ王国の勝利に乾杯!」
威厳を感じられる低い声と同時に王妃と兄弟2人もグラスを片手に持ち、差し出す。
窓の外の夜景は汚れなく美しいが、漆黒の闇の様な夜空に浮かぶ白い月は雲に隠れながら怪しく輝いていたそうな。



















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