症候群-追放王子ト亡国王女- ページ:2 その言葉にすぐ様反応したダミアンは手の平の上に乗せていた顔を上げて、ヴィヴィアンを見る。彼に感情があったのなら、恐らく睨み付けていただろう。膝の上に眠っていたメリーは驚き、逃げて行ってしまった。 「貴様の私情を持ち込むつもりか。貴様はこの国に来た瞬間からカイドマルド王室の為だけに戦う兵士だ低能が」 「いえ。この第三次世界大戦はルネが諸悪の根元となっておりますから、僕の目的は現代の世に相応しい考えかと。王室を崩壊させ、絶対王政を崩せば必ず…」 口が裂けてしまいそうな程悪魔の様に微笑するヴィヴィアン。赤く輝いた彼の瞳は、この場に居る人間誰の事も見てはいない。此処からそう遠くはないヨーロッパの超大国の国王を見ていた。 「第三次世界大戦の終わりの鐘が聞こえてきますから」 パタン、 部屋を出て、下の階にある小さな自室へヴィヴィアンが帰ろうとした時。ルーベラがヴィヴィアンの行く手を塞ぎ、また手を差し出してきた。相変わらず細くて白い。 やはり表情は怒っている様子。不思議に思いながらもヴィヴィアンが彼女と握手を交わそうと、利き手とは逆の右手を差し出した時。 パシッ! 高い音をたててそれは払われた。一体何なんだ…と眉間に皺を寄せて、彼女を軽く睨み付ける。 「ルネの人間となんて触れたくもないわ」 ――さっきは自ら握手を求めてきたくせに。国王が居ない場所へ移った途端…こいつ―― ヴィヴィアンは肩を竦めて笑いながら手を引っ込める。 「それはそれは。失礼致しました皇女様」 「それに貴方は私を裏切ったから貴方の事は大嫌い!!」 「は?」 パタパタ! 怒ってそう言い捨てると、ルーベラはパタパタ足音をたてて廊下を走り去って行った。 ――裏切った覚えなんて無いんだけどな。第一、彼女とは今日初めて会ったのに―― 「どうかされましたか?」 その時調度部屋から出てきたハーバートンが首を傾げながらどうしたのか聞いてきた。 「何でもないよ」 そう簡単に言うと、今度こそ自室へ戻る。鼻で笑いながら。 客室――――― この戦争が終わるまで、カイドマルドに居て協力をすると自ら言い出したルーベラ。彼女の部屋は客室で、勿論と言って良い程の大きな部屋。一つの大きな部屋の中に更に部屋が四つある。 結んでいた全てを解いた彼女のふわふわした愛らしい髪が広がる。窓ガラスにそっ…、と手を触れて、止まない嵐を眉を下げ切なく見つめた。 「世界中に嵐がずっと続けば戦争もできなくなるのに…」 ソファーに腰を掛けると弾んで跳ね返ってきた。彼女の手の中には、黒光りする程研かれた電話の子機。 トゥルルル… 通話の相手はアン帝国皇帝クリストフェル。14歳にしては大人びていてしっかりしている彼女も、部屋で1人になれば普通の14歳少女の顔をしていた。通話の内容は大人びていて、普通の14歳とは大きく掛け離れていたけれど。 「それは真かルーベラ!」 「はい。お父様」 「よくやったな!」 カイドマルドと裏で同盟を結べた事を皇帝に報告し、誉められて満面の笑みを浮かべる。そんな彼女の姿は普通の子供。誰だって、親に認めてもらえれば嬉しい事この上ない。 通話の相手が皇帝から第一皇女へ代わった途端彼女の表情が曇った。 電話の向こうからは、第一皇女が上流階級の女性らしい自信に満ち溢れた口調で淀み無く話してくる。内容は自分の男の話。 ルーベラはそれを、苦笑いを浮かべながら同じ返事を返すだけ。話の内容なんてこれっぽっちも頭の中に入ってきていない。ただ、返事を求められた時だけ返事をしてやった。テキトーだけれど、それだけで相手は満足しているからそれで良い。 次に第二皇女と代わった。こちらも耳障りな甲高い声で機関銃の様に話をしてくるから、耳が痛くて片目を瞑りながら子機を耳から遠ざける。 「ルーベラ!聞いてちょうだい。昨日舞踏会があったのだけれど、ワルツがとてもお上手な男性が居らしたの。何ていう曲だったかしら。ほら、いつも流れていた曲よ。えーと…」 「お姉様。私は舞踏会というものには一度も出た事がありませんので…」 「あらぁ?そうだったかしら?ルーベラは舞踏会よりお国の為に頑張る事が好きだったものね。さすが私の妹だわ!」 「ありがとう…ございます」 「じゃあ元気に頑張るのよ!」 ツー、ツー… 通話が切れる。もう無理をしなくてよくなった。肩の荷が一気に下りたけれど、嫌な気分が一気に入ってきて彼女の小さな体を満たす。 ドン! 両手でテーブルを強く叩いた。震えるその手は、叩いた力が強過ぎた為か赤くなっている。 「くっ…!」 カタン…、 「!」 背後から物音がした。 咄嗟に振り向いた彼女のその俊敏さと目付きの恐ろしさには、誰が見ても物怖じしてしまうだろう。狂気に満ちたその表情は瞳が捉えた人物を見た途端、普通の少女へ戻る。 「ハーバートン…さん」 少しだけ開いた部屋の扉の隙間から、室内を伺うように覗いている彼の名を呼ぶ。 「これは大変失礼致しました。ノックをしてもお返事がありませんでしたのでどうなさったのかと慌てて、つい返事も待たず…」 「良いのよ、気にしないで」 優しく微笑むと、中へ入るよう手招きする。ハーバートンは右手に持ったトレーの上に乗っているレモネードをテーブルの上に置いてすぐ立ち去ろうとした。それを、ルーベラの手が止めさせる。 不思議そうに首を傾げる彼を見上げて微笑む。 「ハーバートン。貴方はいつも心からの笑顔を向けていられる素敵な人ね。貴方の様な人ばかりの世界なら争いは起きないのに…」 誉められて、しかもこんなに可愛らしい少女に言われたのだから、家令といえどハーバートンは頬を赤く染めて何度も礼を言った。 レモネードを口にしたルーベラが「美味しい」そう言えば、調子に乗ったハーバートンはまた何度も礼を言う。先程よりも頬を赤く染めて。 しん… しばらくしてから2人の間に沈黙が起こった時。 「ルーベラ様は戦法の製作を担当なさっていたとお聞きしましたが、軍事に興味をお持ちなのですか」 気になっていた事を何も深く考えずに口にしてしまったハーバートン。それが彼女の胸を痛める事とも知らず。 動揺が気付かれてしまわないよう、すぐレモネードに手を伸ばして口にしてから微笑むルーベラ。 「ええ、そうよ」 「それは素晴らしい事ですね。皇帝陛下もさぞお喜びで、」 「…祖父は貴方のようにとても優しくて平和主義者だったわ。だから我が国は、小国でもなく大国でもないただの普通の国でしかなかったわ。それをすぐ傍で見ていたお父様は国を大きくしたくて祖父が亡くなった今、懸命なの。だからこの戦争にも参戦をして…」 暗い話題になってしまった事に途中でやっと気付いたルーベラは、ハッ!として目を見開いた。話題を変えようと焦っているのは、この話題のせいで自分が傷付かないようにする為。 カタカタ…、 レモネードを持つ手が震え出したから、空いているもう片方の手でそれを抑える為、咄嗟に触れる。またハーバートンを見る。その時重なったのは、自分の実の祖父の優し過ぎる顔。 『いつか私がいなくなり、クリストフェルが皇帝となった時。ルーベラは皇女としてではなく、1人の女の子として幸せに生きるんだよ』 祖父の言葉まで思い出してしまった。目頭が熱くなり、込み上げてくるモノを必死に堪える。 「ルーベラ様。私はとても嬉しいのですよ」 「え…」 「ルーベラ様も来て下さり、ヴィヴィアン様も来て下さり。そして、国王様。何だか孫が一度にたくさんできたみたいでとても嬉しいのですよ。皆さんまだお若いのにこんな世の中に負けず、とても頑張り屋さんでしょう。皆さんが本当、孫の様に可愛くて。おっと。こんな事を話しているところを国王様に聞かれていたら大変な事になりますね」 いつか、人間が人間を心から憎むのでは無く、人間が人間を心から愛して生きる世界が訪れてくれれば良い。 [*前へ] [戻る] |