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症候群-追放王子ト亡国王女-
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翌朝―――――

太陽の優しい陽射しが射し込む咲唖の部屋に入ってきた慶司は眉間に皺を寄せていて、いつもと雰囲気が違う。妙にイラ立っている。けれども咲唖はいつもの優しい笑顔を向ける。それが逆効果。
「おはようございます慶司」
「姉上はどうしてそうやって笑っていられるのですか!」
この台詞を言われる事くらい予想がついていた。彼の表情と雰囲気ですぐに分かってしまうのは、実の姉弟だから。彼が何に対してこう言っているのかという事も気付いているが、敢えてそれを話題に出さず笑んだまま首を傾げてみたら、彼は顔を真っ赤にして怒りを露にした。


ドン!

慶司は大きくて強い音をたてて、柱を殴ったのだ。これにはさすがの咲唖も動じない事はできず、目を丸めてしまう。
「分かっているのですよ姉上が我慢をしている事くらい!いい加減素直になってみたらどうなんですか!」


ダン!ダン!ダン!

声を裏返らせてまで怒鳴り声を上げ、わざとらしい大きな足音をたてて階段を降りて行ってしまった。
部屋で1人になった咲唖は、肩に乗った雀にすら気付かない。視点が定まっていなかった。




























ダン!ダン!

イラ立ち大きな音をたてながら階段を降りている途中、慣れない着物にぶつぶつ文句を言いながら階段を登ってきたジャンヌと鉢合わせる。
慶司は顔を見られぬよう長い前髪で隠し黙って頭を下げると、手摺りも使わず足早に降りて行った。
「慶司君?」
不思議そうに目を丸めて慶司の背を見つめるジャンヌだが、彼はこちらを振り向かず行ってしまった。一度だけ目を腕で乱暴に拭って。























カラッ、

開きっぱなしの扉の向こうに見えたのは、いつもの様に窓の外の日本の美しい景色を眺めている咲唖の小柄な背。いつもと同じはずなのに、寂しく思えたのは気のせいだろうか。
「咲唖、おはよう」
「ジャンヌちゃんおはようございます」
ゆっくりこちらに顔を向けた咲唖のその笑顔は、やはりどこか寂しそうだ。何かを隠そうとしている事がすぐに分かってしまう。
針で手を刺してしまった様な胸の痛みを感じながらも、着物を派手に持ち上げて咲唖の元へ歩み寄る。ジャンヌのその何ともがさつな行動に、咲唖は袖で口を隠してクスクス笑う。
「はぁっ」
そんな咲唖の様子はもういつもの事なので慣れてしまったジャンヌは溜め息を吐き、言い返すのをやめた。隣に座ると、晩の大きな汽笛の事を思い出す。チラ、と咲唖の横顔に目を向けて口を開く。
「あのさ、咲唖」
「何ですか、ジャンヌちゃん?」
「夜中変な音が聞こえたのよ。船の汽笛みたいなブオーッていう音。だんだんこっちに近付いてきた気がしたんだけど…」


ドクン…、

咲唖の鼓動が一度大きく鳴った。体に表情に心情を出さないようにする事で必死だ。
ジャンヌが言う汽笛の正体…それは、彼女の国を滅ぼした大国からの船。言えないし、いくら探したって言葉が見つからない咲唖。かつてはベルディネ王国と同盟を結んでいた日本が今こうして、ベルディネ王国を地図から消したルネ王国と同盟を結ぼうとしている。結んだも同然だけれど。




















ベルディネ王国と同盟国であった国の中で日本以外の国は本当小国で、軍事的力も無いに等しかった。同盟国全てが集まりベルディネ王国と共にルネ王国を迎えたところで勝ち目が無いのは目に見えていた。それ以前に悲しくも、共に戦ってくれる国は一国も無かった。皆、ルネが恐ろしいのだ。その為、ベルディネ王国は跡形も無くなってしまった。
今回ジャンヌ達が亡命する事は多くの人間に反対された。国王はルネや他国との外交関係を築く事で忙しく、話も聞いてはくれなかった。ここで、次期王位継承権を行使するのに最も近い咲唖がそれを受け入れた事で、何とか亡命をする事ができたのだ。
最後は皆我が身大事。それは日本だってそう。だからベルディネを援護しなかった。せめてその詫び…とも言えないが、生き残ったベルディネの王女ジャンヌだけでも生かし、ベルディネの血を途絶えさせないようにと考えた咲唖の行動。
仲が良い友人だから…はその次の理由。いくら友人だからといって、母国の危機に援護をしてくれなかった日本の事をジャンヌが恨んでいないはずが無い。絶対恨んでいるであろう。例え彼女が最期を迎える日が来たとしても、許してはくれないだろう。





















そんな事を考えていたら、彼女と目を合わせる事ができなくなってしまった咲唖。伏しがちな咲唖の顔を覗き込むジャンヌ。
「あのですね。ジャンヌちゃんにお話が、」
「御話し中失礼します、咲唖様」
若い男性の低い声がして振り返る。其処には日本軍の軍服を着用した軍人が1人立っていた。その鋭くきつい眼差しを優しい瞳で見つめる咲唖は、着物を持ち上げながら静かに立ち上がる。
「どうかなさいましたか横村さん」
「ルネ王国第二王子ヴィクトリアン様とルヴィシアン国王陛下の妾の方が咲唖様に御会いしたいと、」
「こーんにちは、咲唖ちゃん!」
軍人の話途中に割って聞こえてきた男性の甲高い声。同時に、軍人の大柄な肩を突き飛ばして現われたのはヴィクトリアン。その後ろから、遠慮がちに音も無く姿を現したのはマリー。
「ルネの…王子…?」
軍人が発したその一言にジャンヌの目は大きく見開き、顔は真っ青。


スッ…、

小刻みに震え出す彼女の体に優しく触れた咲唖の小さな手が温かい。温か過ぎて安心する。けれど震えは止まらないし、ジャンヌの腹の奥底から込み上げてくるモノがある。
そんなジャンヌの気持ちどころか彼女の素性も知らないヴィクトリアンは、いつもの明るい太陽の様な笑顔を向ける。これが逆にジャンヌにとって腹立たしくて、余計怒りを込み上げさせる火種となった。
「其処の美人なお嬢さんはだーれ?」
咄嗟に咲唖がジャンヌの前に出て微笑み掛ける。
「私の大切なお友達のジャンヌちゃんです」
"ジャンヌ"
その名を聞き、咄嗟に顔を上げて反応したのはヴィクトリアンでは無く、その後ろに立っているマリーだった。恐る恐るジャンヌの事を見てみるが、彼女の姿は調度咲唖に隠れていて見えない。
苦笑いを浮かべる咲唖は別の話題へ移そうと懸命だ。
「ところでヴィクトリアン様。今日はマリー様も御一緒に私なんぞの所へ如何なさいました?」
ヴィクトリアンは後ろに居るマリーの肩を優しく掴むと前へ出して、自分の隣に立たせる。
「あー!マリーちゃんね。咲唖ちゃん聞いてよ。マリーちゃんね、可哀想なの。婚約破棄になっちゃってねー。知ってるでしょ咲唖ちゃんなら?マリーちゃんが弟の婚約者だって事。ヴィヴィアンと仲良くしてくれていたもんねっ」
「…!!」
ジャンヌの瞳がまた大きく開くと、その瞳はすぐにマリーを捉えた。視線がばっちり合ったマリーはジャンヌのその恐ろしくつり上がった瞳に体を一度震わせ、咄嗟に目を反らしてしまう。






















ポンッ、

すると、肩に乗ったヴィクトリアンの手に気付いたマリーが彼の方に顔を上げる。
「マリーちゃんも知ってるよね、咲唖ちゃんの事」
「え、あ、はい。ヴィヴィ様からお話を伺っておりましたので…」
「ヴィクトリアン様。この様な小さな御部屋では申し訳ありませんから、下の客間へ御案内致します」
ジャンヌがいたたまれなくなった咲唖はマリーが話途中にもかかわらず、口を開いた。心情を隠した作りその笑顔で、ヴィクトリアンを下の階にある客間へと案内する。
部屋を出る際一度ジャンヌに顔を向けたが、彼女の視線は下を向いていてこちらを向く事は無かった。
「じゃあマリーちゃん、そのお嬢さんと仲良くしててねー。すーぐ戻ってくるから!」
階段の下段に居るというのにすぐ傍に居るかの様なヴィクトリアンの大きな声。
「は、はい!分かりましたわ」
咄嗟に返事を返す。ヴィクトリアンと咲唖の話し声がだんだん遠退き、終いには聞こえなくなった。



























部屋の入り口に立っているだけのマリーは、こちらを見てこないジャンヌを見つめるだけ。その瞳が何とも申し訳なさそうだ。
先程マリーがジャンヌの名を聞いて反応した理由それは、自分達がまだ幼かった時ヨーロッパの国の大きな宮殿で開かれたヨーロッパ諸国の王族だけの舞踏会。其処で、マリーはジャンヌと会っていて会話も交わしていた。当時、マリーはまだルネとは関わりが全く無かった。あの頃はまだ平和惚けするくらい平和で。
ジャンヌがベルディネの王女という事が分かっているからこそ、何も話し掛けられない。ベルディネはルネに滅ぼされたから。
ここは部屋を出ていくしかない…そう思い、音をたてぬよう一歩後ろへ下がる。ジャンヌから逃げる様に。
「きゃっ!?」


ガッ、

危うく後ろに派手に倒れてしまうところだった。畳と廊下と部屋の境の僅かな段差に足を引っ掛けてしまったマリーだが、何とか壁に寄り掛かり、倒れずに済んだ。






















慣れない畳の上に脚を横へ出して座ると、ジャンヌとの距離が縮まった。
「!」
それに過剰反応したジャンヌは、軽蔑するかの様にマリーから離れてしまう。彼女のそんな行動に酷く痛むマリーの胸と罪悪感。
自分の国もルネによって植民地とされたから貴女の気持ちが分かる…と言いたかったけれど、今目の前に居る彼女の国は滅ぼされたのだ。もうどの地図を探したって彼女の国の名は載っていない。それに、彼女は殺されるところだったがたまたま運良く生きている。マリーが今、生きている意味とは全く違う。母国の名を奪われた事は同じだが、2人の人生は全く違う道を歩んでいる。






















しん…

こうして沈黙が続いていくのかな…マリーがそう思った矢先、ジャンヌが鼻で笑った。それが何とも恐ろしい。
「ふっ…。あの時舞踏会で1人窓辺に座って寂しそうにしていた子…貴女が手を引いていった子…」
「ヴィヴィ様…」
「ヴィヴィ様ヴィヴィ様煩いのよ!もう婚約者でも何でもないくせに!」
張り上げられた怒鳴り声にマリーの体は大きく震えてしまった。目を見開く。マリーの瞳が捉えたものは、自分と同じ様に体を震わせて俯くジャンヌ。彼女の頬に伝った涙の意味が分からないマリー。
一方、ライドル城でヴィヴィアンに言った時は思い出せなかったジャンヌ。ただ寂しそうにしていた男の子が居て、声を掛けようとしていたところまでしか思い出せなくて。男の子の姿はシルエットの様に真っ暗だった。けれどフラッシュバックし、今、思い出してしまった。流れる涙を袖で乱暴に拭う。
「っ…!」
あの日慶吾に連れられた時とは正反対の意味を持つ涙がまだ流れ続ける。
自分が父に母国の再建を堂々と宣言し、生き残った。母国再建の為だけに生き残ったというのに、今の自分はジャンヌ・ベルディネ・ロビンソンの幸せの為に生き残ったとしか思えない。誰がどう見ても。自分がこの世界で幸せを得る為に生き残ったと確信してしまうと、涙が止まらなくなる。自分に対する怒りだけが募る。




















「大丈夫ですかジャンヌさ、」
「気安く呼ばないでよ!」


パシッ

差し伸ばされた小さくて女の子らしい手を強く振り払う。マリーのせいではない事くらい分かっているのに。動揺するマリーを見下ろして笑むジャンヌが全くジャンヌらしくない。悪魔の様だ。
「よくあんな、人を殺して笑っているような奴の名前を愛しそうに口にできるわね。あんたの国だってルネの玩具にされたんじゃない!本当はね、ルネと関わってるあんたに今此処でベルディネの復讐をしてやりたいけど、そうしたら咲唖や慶司君が可哀想だからやらないだけ」
マリーは言い返せないし返す言葉も理由も無い。
マリーはただ、大きい紫色の瞳に込み上げてくるモノを我慢していた。


ギュッ…、

払われた手の震えをもう片方の手で押さえる。一歩後ろへ下がり、彼女の事を見れないまま、綺麗な畳の目にだけ瞳を向けていた。
頭に血が昇ったジャンヌだったが、ここで我に返る。先程の彼女らしくない悪魔の様な表情はもう消えていた。
「…ごめんなさい。1人にさせてほしいの」
「あっ…わたくしこそ、申し訳ありませんでした…」
擦れた聞き取り辛いジャンヌの小さな声に返事をしてから一礼すると、パタパタ足音をたてて一段一段ゆっくり降りて行った。一度だけ後ろを振り向いたが、彼女は部屋から出てはこなかった。




















チュンチュン、

雀の囀りと同時に、開けっ放しの窓から1羽の雀が入ってきてジャンヌの方へ歩み寄ってくる。
鼻を啜り、静かに畳の上に顔を伏せて横たわるジャンヌ。首を傾げてジャンヌの周りを細い足で回る雀の可愛い鳴き声も聞こえてこない。
頭の中が混乱する。確かにマリーはルネと関わってはいるが、マリーだってルネの被害者だ。それ以前に、先程自分は彼女に何をしようとしていたのだろう…と疑問符が浮かぶ。
「これじゃあ私もルネと同類じゃない」
次に頭の中では、ベルディネを再建させると宣言した事が浮かぶ。一向にその行動を起こさず、分からなかったからとはいえ、ましてや母国を滅ぼした人間に好意を抱いていた自分。もう何が何だか分からなくなる。自分の存在意義に疑問符ばかりが浮かぶ。気分が悪くなり、静かに目を閉じた。



































晩――――

夕食の席でも、ヴィクトリアンとマリーは日本の王族達と共にしている。ヴィクトリアンときたら遠慮無く何杯もおかわりをして国王と大声で話をしているから、とことん無神経。
一方、全くと言って良い程食事に手を付けていないジャンヌは眉間に皺を寄せてヴィクトリアンを睨んですぐ、黙ってこの場を去って行った。
その態度の悪さを、向かい側に座っている梅は信之に耳打ちをしながら不気味に笑んでいる。


ギュッ…!

慶司の拳がまた震え出した。





































夕食を済ませた各自が部屋へ戻り、自分だけの時間を過ごす一時。


カラッ…、

咲唖は、ジャンヌとアンネが居る部屋の引き戸を静かに開けた。
「!」
咄嗟に振り向いたジャンヌのつり上がった恐ろしい瞳も、咲唖の顔を見た途端別人の様に和らぐ。


カタン…、

後ろ手で戸を閉めると、咲唖はゆっくりこちらへ歩み寄り、畳の上に正座をした。優しい咲唖と慶司にはすぐに慣れたアンネだから、彼女に駆け寄る。
「♪〜♪〜」
アンネを自分の膝の上に乗せて、日本のあの歌を一緒に歌う咲唖。そんな2人を見ていたら、先程までモヤモヤしていたジャンヌの悲しみだとか怒りの感情なんて吹き飛んでしまった。本当に咲唖と居ると落ち着くし、楽しい。こんなにも気が合う友人は初めてなのだ。それは咲唖にとっても同じ事。
今なら…この子になら…打ち明けられる気がして、咲唖の隣に腰を掛ける。半分だけ開けている障子戸から真ん丸い満月を見つめて、静かに口を開く。
「私ね…」
































「スー…スー…」
咲唖の膝の上で小さな寝息をたてて眠るアンネ。髪を撫でながら、彼女を起こさないよう小さな声で話を続ける2人。
「そうでしたか…ヴィヴィアン君の事を…」
「私馬鹿よね。あいつは私の国を国民を滅ぼした敵なのに。敵と分かっても未だ忘れられないの。本当馬鹿だわ私」
「そんな事はありませんよ。ヴィヴィアン君とだってこの戦争が無ければ仲良くなれたのでしょうね。戦争は酷いものですね…」
「それは夢物語に過ぎないんだって分かっているのに。私本当馬鹿よね。これじゃあ何の為に生き残ったのか分からないじゃない?いっそあの時、父上と一緒に…」
その続きは、思っていても絶対に口にできなかった。口にしてしまったらあの時父の前で決意した事や、今こうして生きている事全てが意味の無いモノとなってしまうから。自分の弱さを痛感する。


ギュッ…!

咄嗟に口を強く結び、着物に皺ができるまで強く手を握り締めた。
その震えるジャンヌの手の上にそっ…と重なった咲唖の小さな手。驚いたジャンヌは目を見開いて顔を上げ、咲唖を見る。黄色の瞳には満月が映っていた。いつ見ても、彼女は優しい顔をしている。






















「ジャンヌちゃんはたくさん戦ってきたのですね。勿論、今もこうして戦っていてすごいと思います」
「え?私戦ってなんていないわよ」
「王女としての自分と、普通の女の子としての自分と戦っているでしょう?」
こちらを向いたその笑顔があまりに優し過ぎて、思わず目頭が熱くなる。涙なんて見せたくないし柄でも無いから、咲唖の細い肩に顔を埋め、肩をひくつかせて声を殺した。
咲唖はただ優しく微笑み満月を見つめながら、ひくつくジャンヌの背中を撫でている。
「あいつとなんて出逢わなきゃ良かったっ…!」
「ジャンヌちゃん…。そんなに泣かないで下さい。大丈夫ですよ」
ベルディネを裏切った日本の人間咲唖なのに、ジャンヌはこんなにも自分の事を慕ってくれている。…だから、決めた。
咲唖の優しい瞳の裏に込められている熱い想い。今度は必ず、あの時ベルディネが日本に求めていた事を実行するのだと。
いつどんな形で現れるかは分からないけれど、いずれ彼が自分達の敵として現れる事は確かだ。
「私は戦いますよ」
「え…?」
「ジャンヌちゃんの為に、私はヴィヴィアン君と戦います」









































深夜、都城外――――

一室の引き戸が音も無く静かに開かれた。
1人分の人影が満月に照らされてアスファルトに影となって映る。
人1人やっと出れる城の裏口から城外へ出た1人の人間。この場所には警備が居ない事を知っての行動。


ザッ、ザッ、ザッ…、

10分程歩いた所にある林へ着いた。其処は真っ暗で不気味。夜風に揺れた木々の葉と葉が擦れ合う音と、秋らしい鈴虫の音がする。


カチャッ、

着物の懐にしまっておいた小さな懐中電灯を取り出すと、何かを探すように辺りを照らし、ガサガサ音をたてて草にぶつかりながら中へと進んでいく。
「!」
目を大きく見開き見つめる視線の先には、綺麗に咲いた毒草。思わずにやついたその顔が悪魔の様で恐ろしい。手袋をはめたその両手で毒草を摘み、1枚の小さなビニール袋に入れると懐中電灯と共にそれを懐に隠した。


ガサガサ、

林の中から出てきた人間は一つの離宮を睨みながら見つめる。その離宮は、梅達妾の子供が居る場所。
重苦しい雲な隠れていた月が姿を現し、この人間の姿を照らす。彼は宮野純 慶司。
今話題となっている某超大国の国王の様な黒い笑みを浮かべると、また、小さな裏口から身を屈めて城内へと戻っていく。何事も無かったかの様に自室へと戻っていった。


カタン…、



















































都城内―――

一方。夜だというのに城内に居る医師達は、とある一室に集まっていた。部屋の外では、心配そうに眉毛を下げて扉の前で立っているヴィクトリアン。先程マリーが体調が悪いと訴えた為、医師に診てもらっているのだ。


カタン…、

扉が開くと、1人また人と医師達が彼に一礼しながら去って行く。最後の1人がマリーの肩を抱えながら出てくると彼女から離れ、彼に一礼をして去って行った。
暗い廊下にヴィクトリアンとマリーしか居ない。俯いたマリーを前に、彼は掛ける言葉が見つからない。
「マリーちゃん?具合は良く、」
「ヴィクトリアン様!」
突然泣き声を上げて顔を上げたマリーは、彼に飛び付いてきた。どうすれば良いのか分からないヴィクトリアンはただ慌てるだけ。
「ど、どうしたのマリーちゃん!」
「ルヴィシアン様に殺されてしまいますわ…」
「えぇ!?突然また、どうしたの」
「わたくし、赤ちゃんを授かったと医師の方達から言われましたの…」
「えぇ?!すっごい!おめでとー!優しいマリーちゃんがママだと赤ちゃんもさぞ幸せ、…!」
そこで、鈍感と言われ続けてきたヴィクトリアンでも気付く事ができた。突然「殺されてしまう!」と言った彼女の言葉と彼女の妊娠。この嫌な予感が当たらなければ良い…と願いながら、恐る恐る彼女の顔を覗き込む。
「この子が殺されてしまいますわ…。そんなの絶対嫌…。わたくしどうしたら…どうしたら…」
「もしかして、その子は…」
「ヴィヴィ様との子ですわ」



































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