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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ルネ王国――――

ジッ…、と力強い眼差しで兄を見つめ、黙って話を聞くヴィクトリアン。
「ヴィクトリアン。お前は船旅が大好きだろう?」
「はーいそうです!」
心の中では彼ルヴィシアンを疑い、表では明るく振る舞うヴィクトリアン。気付かれないようにするのがゲームの様で、楽しく感じたりもする。
「だから…と、話を結び付けるのは何だか強引で申し訳ないのだが。お前のその愛想の良さを生かして日本の王と話をつけて同盟を結んできてほしいのだ。勿論護衛の軍人もつかせる。何、心配する事は無い。日本だって超大国の我が国に必要とされていると知れば大喜びさ。本当は私から頼めば良いのだが、毎日目が回ってしまいそうな程忙しくてな」
「んー、じゃあお兄様。一つお願いしても宜しいですか?」
「何だい?」
更に笑みを浮かべてにんまりと笑い、白く健康的な歯を見せる。
対照的に、ルヴィシアンの後ろで横一列に並ぶ背筋を伸ばした軍人達は、険しい顔付きで彼を見てくる。そんなの気にもしないのはヴィクトリアンの性格上。
「船旅もだーい好きなんですけど、僕もう20歳でしょう?それなのに、彼女も女友達も居ないんですよ!かなり青春を損していると思いません?」
「お前が女の話をしてくるなど珍しいな」
「でしょう?僕もお年頃なんですよ!それで、お友達になりたい方を今回の遠征に連れて行っても宜しいですか?」
「別に構わないぞ。それで、誰だ?」







































船上―――

カモメの鳴き声が頭上から聞こえる。
マリーは花や羽の付いた大きくて重たい帽子を両手で押さえながら、空を見上げる。キラキラ輝く丸くて紫色の瞳には、仲良く飛び交うカモメの群れが映っている。
無邪気な笑顔の彼女の隣で、憂いの表情をして見つめるヴィクトリアン。
彼がこの遠征に連れて行きたいと言った女性はマリー。彼女を連れて行く事にルヴィシアンは一切口出ししてこなかった。
しかし、アマドールをはじめとするその場に居た軍人達は一斉に声を上げて反論してきた。鋭くて怖い視線をいくつも感じた。こんな事になるなんて分かって言ったのだから、別に驚きも恐がりもしなかった。逆に、一切口出しをせず表情一つ変えずに頬杖を着いたまま笑んでいるルヴィシアンの反応の方が予想外で、恐ろしかった。






















ルヴィシアンがすぐ承諾してくれたお陰でマリーを同行させる事ができたのだ。でも、ルヴィシアンのあの笑みが今でもヴィクトリアンの頭の中でぐるぐる回って気掛かりではあるけれど。
「ヴィクトリアン様?」
「あっ、ごめんごめん。何?」
珍しく心此処に在らずだったヴィクトリアン。彼の顔を心配そうに覗き込むマリー。彼の顔に笑みが浮かべば、心配そうにしていたマリーの顔にもいつもの優しい笑みが浮ぶ。
「風が気持ち良いですね。わたくしお船で御旅行だなんて初めてですわ」
「そーなの!?船って良いよ〜!マリーちゃんの言う通り風も気持ち良いし、海はすっごく綺麗だし。嵐で波が高いとさ、絶対乗り越えてやるー!って逆に意気込んじゃったりさぁ。ドラマもあるんだよね船旅って!」
口に手をあてていつものようにマリーは笑う。
部屋に1人で居る時が誰にも邪魔をされなくて一番幸せ…そう思っていたのは昨日まで。外の世界がこんなにも気持ち良くて楽しいものだという事を忘れてしまっていた事に気付かされた。








































一方。
ヴィクトリアンとマリーが旅立った後のルネ城内――――


カツン!カツン!

感情剥き出しで大きな音をたてて歩くルヴィシアンの足音。赤色のマントを靡かせ足早に歩くルヴィシアンの後ろを、遅れをとらずしっかり彼との距離も適度にとりながら付いて来るのは側近アマドール。
ルヴィシアンが何に対して腹を立てているのかという事くらい分かっている。彼がまだ王子になって間もない時から傍で命と気を張って見守ってきたから、これくらい分かっている。今、彼に声を掛けてはいけない時だ。絶対。
彼から話し掛けられたら、素早くそして簡潔に返事をしなくてはいけない状況だという事も分かっている。
「アマドールお前はどう思う」
イラ立っていて、いつもよりうんと低い彼の声。
すぐに反応し、返事をする。無駄に間を空けてしまっては彼の怒りは増してしまうのだ。
「はっ、マリー・ユスティーが、心優しいヴィクトリアン様を利用し、奴に近付こうとしているのではないかと」
奴、というのはヴィヴィアンの事だ。
「あの女、真実を知っていると思うか」
「それは分かりませんがあの日、彼女を含めたユスティーヌ兵士数名が何故か外に出ていたとダイラー達が申しておりました。注意をして監視した方が宜し、」
「アマドール」
「はい」
話途中に割って入ってきたルヴィシアンは、突然足を止めてしまった。


しん…

しん、としていて音一つ無い。調度日陰にあたるこの廊下を陰は余計場の雰囲気を暗く恐ろしくする。





















やはりアマドールは自分から話し出すなんて事はせず、随分大きくなったその背を見つめてルヴィシアンが口を開くのを待つ。
「近頃国民や議会が私達を目の敵にしている気がするのだが、私は何も間違ってなどいないよな」
こんな不安定な彼をアマドールしか見た事が無い。
彼がまだ幼い頃。ヴィヴィアンの功績を全て自分の物とする事を覚えた彼は人前ではいつも笑顔だった。けれど、部屋でアマドールと2人だけになると、一切顔を向けず背だけを向けて今と同じ様に、自分がしている事は間違っていないか?と聞いてきたのだ。あの頃は小さく細かった背中も今ではこんなに大きくなった。背負うモノが倍以上…いや、それ以上になった。
眉毛を下げ、切なそうにその背を見つめるアマドールは静かに口を開く。
「国王様は何も間違ってなどおりません」
「ありがとう」
こちらを向いた時に見えた彼のその一瞬の表情は、あの時と全く同じだった。自信とプライドの笑みに隠されていた不安がそのまま顔に表れている。
コツコツと足音をたてて歩いて行くルヴィシアンの後ろを、黙ってついて行った。






















































日本――――

月日も経ち、夏が終わった。これからは日本ならではの秋の美しい景色を堪能する事ができる。
少しずつ色付き始めた葉達。それらを見上げるのは、水色の着物を着たジャンヌ。その腕の中に大切に抱き抱えられている黄色の着物を着たアンネ。
"奇跡"この言葉はまさにアンネの為につくられた言葉かもしれない。危険な状態が続いたアンネだったが、医師達の頑張りや周囲の願いそして一番は、アンネの生きたいという生命力のお陰で彼女は生きている。今こうして日本の美しい景色を初めて目にする事ができている。


カサッ…、

「あ…」
まだ色付いてもいない1枚の葉が、宙を舞ってアンネの小さな手の中に落ちてしまった。皆と共に色付く事ができなかった葉は泣いている様に見える。アンネはその葉を優しく撫でてあげた。






















顔を覗き込んできたジャンヌはアンネの髪を撫でてあげた後、落ちてしまった葉にそっ…、と触れてみる。
「皆と一緒に居れなくなって可哀想。1人で先に逝ってしまうなんて可哀想よね…」
「うん…」


ジャリッ…、

そんな時。2人の背後から砂利の上をゆっくり歩いてこちらへ近付いてくる足音がしたので、1人は同時に振り向く。
其処には、赤色の袿を着ていない咲唖が優しい笑みを浮かべて立っていた。隠れるようにその後ろに居るのは慶司。
慶司の願いも虚しく、戦争放棄をするどころか戦乱の激しさを増してきた日本。だからもう叶わない願いを願い続ける事などせず、将軍から軍人として呼んでもらえるよう日々訓練に励む事にした。その為か、いつの間にか咲唖の身長を遥かに越えていたし体もがっちりして肩幅が広くなった細くて頼り無さそうだった彼の姿はもう無い。
「ジャンヌちゃん、アンネちゃん。おやつの御時間ですよ」
「はーい!」
2人は声を揃えて笑顔で返事をすると、砂利の上を危なっかしく走る。咲唖と慶司と楽しそうに話しながら、大きく聳え建つ都城の中へ入って行った。


































ジャンヌとアンネが日本に亡命してから早1ヶ月と30日が経っていた。
中庭を通り、咲唖と慶司の部屋がある離宮へ入る。
「どうぞ」
咲唖の部屋へ集まった4人。おぼんを持ってやって来た満面の笑みの咲唖とは対照的に、慶司は先程から大変嫌そうに顔を歪めている。
「〜〜、」
「?」
不思議に思って首を傾げるジャンヌ。
何も言わずにいたら、目の前に和菓子が乗った皿が1枚置かれた。乗っている物は黄粉とあんこ、苺ジャムが混ざっていてミルクがかかっている白玉。粉々に潰された酷い見た目。とても美味しそうとは言えないこのおやつを目の前にしたら、慶司が嫌そうにしていた理由がすぐに分かった。
――なるほどね…――
幼い頃から仲の良かったジャンヌと咲唖であったが、彼女がこんなにも料理が下手だと知ったのはたった今。嫌そうに酷く引きつらせながらも、ゆっくり顔を上げてみる。咲唖のニコニコした純粋な笑顔が其処にあった。
「ジャンヌちゃん。私、頑張って作ってみたのですよ。ジャンヌちゃんとアンネちゃんにも食べてもらいたくて。私が考えに考えて生まれたオリジナルおやつなのです」
その悪意ゼロの純粋な笑顔が逆に恐ろしくなる。
「あのさ咲唖って、料理…」
「はい?」
「うんうん、何でもないわ。…いただきます」
慣れない挨拶をして、慣れない箸を精一杯使って恐る恐るそれを持ち上げる。何度も躊躇いながら、やっと口の中へ運ぶ。
「う"っ!!」
「どうかしましたか?ジャンヌちゃん、アンネちゃん、慶司?」
「な、何でもないわ…」
"オリジナルおやつ"を美味しそうに頬を押さえて笑顔で食べている者は、1人だけだった。





































幾夜も幾夜も、爆弾にも軍人にも恐れる事無く心からの笑顔で毎日を送る事ができているジャンヌとアンネ。


リーン、リーン、

「んぅ…?」
夜中、鈴虫の鳴き声で目が覚めてしまい、眠い目を擦りながら起き上がるジャンヌ。視線を下に落としてみると、可愛らしい寝息をたてて眠っているアンネが隣に居た。毛布が掛かっていなかったから、起こさない様そっ…、と掛けてあげて微笑む。


ブオー

「?」
こんな夜中に外から船の汽笛の音が聞こえてきた。遠くからだから大きくて起きてしまう程では無い。耳を澄ましていたらたまたま聞こえた…そんな程度。
「何かしら」
不思議に思ってゆっくり立ち上がる。


カラッ…、

月の影を映す障子戸を開けて窓も開けて、顔を外に出してみる。


リーン、リーン、
ブオー、

耳を澄ますと、鈴虫の鳴き声に混じってまた聞こえた。耳に手を添え目を瞑り、息を殺してもう一度耳を澄ます。


ブオー

「また…何?」
目を開くと、城門の灯りが灯った。


ギィッ…、

門が開く重たい音がして、城内から軍人達が続々と現れる。






















今、背を押されたら落ちてしまいそうな程身を乗り出したジャンヌは、興味津々だ。
「何?こんな夜中に忙しい人達ね」
軍人達の後ろに続いて咲唖と慶司、そして梅達など正装した王室の人間までも続々と現れた様子が見下ろせる。
「咲唖?慶司君?何でみんな?」
「お姉ちゃん?」
背後からアンネの寝惚けた声が聞こえた。


ピシャン!

すぐ窓を閉めたジャンヌはアンネの元へ駆け寄る。自分のせいで起こしてしまった事を謝ると、毛布を掛け直してあげた。
「起こしちゃってごめんね。まだ朝じゃないから寝なさい」
「うん」
アンネが眠るまでずっと髪を撫でてあげる。


ブオー

外から聞こえたあの汽笛がだんだん近付いてくる。今まで光々と輝いていた月は、重たくて黒い雲に隠れてしまった。





































一方。ヴィクトリアン達が乗船している静まり返った船内。ジャンヌが気にしていた汽笛の正体はこの大きなルネの船が出していた汽笛。
マリーの隣で眠り、掛けていた毛布を全て蹴り飛ばして耳障りな大きい鼾をかいているのはヴィクトリアン。時折彼の方に顔を向けては、口に手をあててクスクス笑うマリー。
「ふぅ…」
まだ夜中だというのに、早々に目が覚めてしまったマリー。胸の上で両手を組み、真っ暗な天井を見上げていたら、何故か過去の出来事を思い出してしまった。周りはどうでも良い出来事だと言って笑うだろうけれど、マリーにはそれが今では宝石の様に思える。


























2年前―――――

ルネ城内に用意されたマリーの部屋。椅子に腰を掛けて、窓の外の空を1人眺めているマリー。


コンコン、

「はい。どちら様ですか?」
「僕だよ。マリー」
「ヴィヴィ様!」
最愛の人の優しい声に跳び上がると、部屋の扉を開く。


キィ…、

其処には、マリーが大好きな優しい笑顔を浮かべたヴィヴィアンが立っていた。珍しく眼鏡をかけている。戦略を立てた後彼は大抵かけている事をマリーは知っている。
「ヴィヴィ様どうぞお入り下さいな!」
「ははは、ありがとう」
マリーは満面の笑みを浮かべた上機嫌。彼の右手を引き、自分の部屋へ招き入れた。























テーブルと椅子を前に、2人は隣同士に座る。席を指定したのはマリー。
たくさんの人形とぬいぐるみをテーブルの上に並べるマリー。ヴィヴィアンが来ると彼女はいつも、自分が作った人形一体一体の説明をする。本当いつもの事なのだけれど、彼にとってマリーと居る時間はいつも新鮮な嬉しさを感じられる。
目の前にある金髪の女の子の人形と薄ピンク色のうさぎのぬいぐるみを手に取り、優しく微笑むヴィヴィアン。二体を動かしながら話す。
「マリーは本当上手だよね。お店を出せるよ」
「ヴィヴィ様、こっちを向いて下さいな」
「え」
呼ばれてマリーの方を振り向く。マリーが手に持っているくまのぬいぐるみの口が彼の口に優しく触れた。
「ふふふ」
ぬいぐるみの向こうには楽しそうにクスクス笑うマリー。つられて笑ってしまった彼は、マリーの頭を何度も撫でてあげた。
























この後も永遠のように続く、マリーの人形とぬいぐるみの説明語り。
長引くと興奮して話が永遠に続き熱中するマリーとは対照的に、首をカクンカクンとして眠たそうにしているヴィヴィアン。顔を上げてマリーがどちらのぬいぐるみが可愛いかを聞く。しかし、彼は首を下げて完全に眠ってしまっていた。
「ヴィヴィ様?」
「スー…スー…」
説明を聞いてもらえていなかった事が悲しいけれど、彼がどれだけ大変で疲れているのかを分からないはずがない。けれど…。


コツン!

「痛っ!?」
頭を軽く叩かれた微かな痛みに起きた彼は慌てた様子で咄嗟に顔を上げた。彼の赤色の瞳に映るのは、頬を膨らましてこちらを睨んでいるマリーの姿。ヴィヴィアンが眠ってしまっていた事を謝るより先に、マリーは立ち上がって扉へ駆けて行ってしまう。
「ごめんマリー。あのさ」
「ヴィヴィ様、わたくしが迷惑でしたならそう仰って下されば良いのに!寝顔とってもおかしかったですよ!その眼鏡もぜーんぜん似合っておりませんわ!」
いつもおとなしいマリーに初めてこんな事を言われたヴィヴィアンの全身の力が一瞬にして抜けてしまった。我に返った時もうマリーは此処には居なくて、扉の部屋が半分開かれていた。































タタタタ…、

紅色のカーペットが敷かれた広くて長い廊下を1人で走るマリー。初めて彼を貶したのはちょっとした悪戯だったはずなのに、心が痛んで仕方ない。走る足が岩を括り付けた様に重たい。
「マリー様。どうかなさいましたか?」
「あ、フランソワさん…」
ふと顔を上げたら其処には、書類をたくさん抱えたフランソワが見下ろしていた。つったその猫の様な目が優しく笑っている。
なかなか言い出せずマリーが目を泳がせていた時、背後から肩を掴まれた。優しく。咄嗟に振り向くマリー。
「やっと追い付いた」
「ヴィヴィアン殿下、おはようございます」
「おはよう、フランソワ。マリーが迷惑をかけたね、ごめん」
「いえ、そんな事は…」
フランソワが言い欠けている間にもヴィヴィアンはマリーの肩を抱き、今来た道を歩幅を合わせてゆっくり歩いて行く。途中、フランソワの方を振り向いたヴィヴィアン。同時にマリーも振り向いた。
「フランソワ。明日、兄上から次戦の戦略が渡されると思うからちゃんと目を通しておくように」
敬礼をしたフランソワに、マリーは笑顔で軽く会釈をした。




























コツ…コツ…、

部屋へ戻るまでの道程。2人分の足音だけが鳴り響く。
「ごめんなさいヴィヴィ様。わたくし、ヴィヴィ様がお仕事でお疲れだと知っていながら…」
「僕が寝たのが悪いんだ。マリーのせいじゃないよ」
笑って頭を撫でてあげる。
「そういえば今晩、舞踏会を開くらしいよ。ミバラや兄上の妾も参加するみたいだから良かったらマリーも、」
「ミバラさんは苦手ですわ…」
「そっか、ごめんね」
「わたくし今晩はヴィヴィ様のお仕事のお手伝いをしますの!」
「え」
「そうすれば、御眠りになってしまう程のヴィヴィ様の疲労が軽減しますわ!」
ガッツポーズをして見せて逞しい顔をするリー。ヴィヴィアンは何度も断ったけれど、マリーは聞く耳を持たずやる気満々だ。呆れて笑い混じりの溜め息を洩らした後、マリーの頬にキスをした。彼女の頬が真っ赤に染まった。

































現在――――

最後にこちらに向けてくれた笑顔が、今も頭の中で何度も何度も鮮明に思い出される。目を閉じ、過去を思い出していたマリーの頬に伝った一筋の涙が光った。
それからゆっくり目を開くと其処にあるのはあの笑顔では無くて、真っ暗な船の天井。
「はぁ…」
思わず溜め息が洩れる。体を横に向けた。
「あっ」
いつの間に起きていたのだろう。大きな赤色の目をぱっちり開いたヴィクトリアンと目が合った。
「お、おはようございます」
驚いて目を見開いてから挨拶をすると、ヴィクトリアンは楽しそうないつもの明るい笑顔を向けてくれた。安心した。毛布に包まったヴィクトリアンはもう一度こちらを見る。
「着いたよ、日本に」
「え…」


































船が日本の港に到着したのは、午前4時過ぎの事。
灯りを手にし、出迎えた日本王室の人間達と上級クラスの日本軍人達。皆、綺麗に整列をしている。
「長旅お疲れ様ですヴィクトリアン様!」
ヴィクトリアンの姿を一目見た途端、背筋を伸ばして力強い敬礼をした。
「ヨーロッパからこのアジアまでよくぞ来てくれた」
「全く苦になりませんでしたよ!僕、日本の文化が大好きですからっ!」
「はっはっは!それはありがたい!」
大柄な国王はヴィクトリアンと笑顔で握手を交す。その後、2人は楽しそうに笑い合いながら城へと入る。すかさず続いてやって来たのが国王の側近達。国王ともなるとガードが固い。
ヴィクトリアンが日本王室正妻と妾の前を通って行くと2人は美しい黒髪を揺らし、深々と頭を下げた。同様に子供達も。
ヴィクトリアンはやはりいつもの明るい笑顔で、一度帽子をとって会釈を返していた。


















一方。ルネの軍人達に連れられたマリーが縮こまって遠慮がちに歩いていたら、正妻と妾と子供達は先程ヴィクトリアンにしたように、深々と頭を下げた。
恐る恐るチラ…と彼らに目を向けたマリーと視線が合ったのは、咲唖。彼女は大きくて丸い黄色の瞳で首を少しだけ横に傾けて、マリーに優しく微笑んでくれた。お陰でマリーの不安がすぐに安心へと変わった。
「フンッ」
そんな咲唖の事を、つり上がった目を更につり上げて面白くなさそうに見ているのは梅。妾の長女だ。咲唖の隣に立っている慶司は眉間に何重もの皺を寄せた鬼の様な顔で梅を睨み付けている。


ギュッ…!

慶司の握った拳は見えないように後ろで力強く握り締めている。怒りが込められ過ぎていて、その拳は大きく震えていた。


































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