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症候群-追放王子ト亡国王女-
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外からカイドマルド王国の中心ジュリアンヌ城を見上げると、2階の広間からの光々とした明かりが眩しい。窓に映る大きなシャンデリアの影や、男性が女性をリードして華麗に踊る影。
場内での舞踏会は国王が社交期に渋々開いたもの。代々決まりだから。
だからこの舞踏会の場に主催者の国王の姿が無いのは相当おかしな事。しかしそんな事は、舞踏会などの華やかな行事が大嫌いなダミアンが即位してからはお決まりの事だから、最初は驚いていた貴族達も今では、舞踏会にダミアンが不在でも当前の事だと思うようになっている。























「やあお嬢さん。シルクのドレスが上品で麗しいですね」
「まあ!」
「これはこれは。お嬢さんの髪飾りに付いている宝石は、かの有名なマーガレット社のものではありませんか。よくお似合いですよ」
「ありがとう」
一際女性の視線を集めるのは、栗色の髪を白いリボンで一つに束ねた男性『エドモンド・マリア』年齢は40代後半と見える。女性一人一人に不公平無く言葉を交わす。
「はぁ」
一方、窓際でつまらなそうに椅子に腰を掛けている女性はクリス。2人は軍人だというのに、何故、今日の舞踏会に出席しているのだろうか。
エドモンドはクリスへ歩み寄る。
「どうしたのかな。美しいマダムにそんな顔は似合わないよ」
「貴方は毎回楽しそうね」
「娯楽は楽しむものだろう?」
彼女の軍人とは思えない細い肩に手をそっ…、と乗せ、赤ワインの入った細いグラスを前に差し出した。しかしクリスは外方を向いてしまう。
「赤は嫌いだわ」
「それはそれは、失敬」
差し出したグラスをすぐに引っ込める。
彼女が見つめる視線の先を一緒に見つめる。街の向こうに、遠く遠くに広がっている真っ暗な森が瞳に映った。見つめる彼女の瞳が恐ろしい。
「ははっ」
エドモンドは鼻で笑った。
彼女はすぐに彼を振り返る。彼は賑やかな舞踏会の方に手を向けて、優男の笑顔を向けた。真っ白い歯が健康的だ。
「こんな時でも仕事熱心なマダムはとても素敵だよ。でも、こんな時だからこそ仕事を忘れてみるのも良い方法だと思わないかい?」
彼女は鼻で笑うと真っ赤なドレスを持ち上げ、ヒールを鳴らして彼に近付く。自分にだけ差し出された大きな手に、細くて白い手をそっ…と乗せてみる。
彼のエスコートで2人は、舞踏会の中心で美しくステップを踏んだ。夜遅くまで鳴り響く音楽は、止まる事の無い時間の様。















































ルネ王国――――

国王と議会が向き合い、夜遅くから会議を開いている。


ダンッ!

議長『ビスマルク・ベルナ・バベット』は、太くて肉厚の手をテーブルの上に強く叩き付けて思わず立ち上がった。三重の顎が邪魔そうだ。
ビスマルクは目をつり上げながら、裏のありそうな笑みをずっと浮かべているルヴィシアンを見る。
「戦費を得る為に国民に課税をする事は、国民の反感を買うに違いありません!せっかく戦争に負け無しという我が国が国民からの信頼を損ねればどういう結末が待っているかという事は国王様ならば御理解していらっしゃるはずです!」
「どういう結末だ?」
ビスマルクは大きく真ん丸い目を更に大きく見開き、ポカンとだらしなく口を開いたままもう何も言えなくなってしまった。こんな国王に呆れ果てて。
助けを求めて、自分の後方の席に座っている議会の部下達に顔を向ける。しかし左右を見ても誰もこちらを向かず、手元の資料と睨めっこしているだけ。























嫌な気配を背に感じたビスマルクは咄嗟に後ろを振り向く。冷や汗が流れた。
頬杖を着いてニコニコとした笑みを浮かべているルヴィシアンだが、先程より眉間に皺が寄っているのが一目で分かった。彼が今どんな心情なのかも同様に。
しかしここは歯を食い縛り目をつり上げて、再び彼に立ち向かう。そんなビスマルクの姿を見て鼻で笑うルヴィシアンから感じる自信は何処からきているものなのだろうか。やはり、自分が国王だという威信からきているものなのだろうか。
「御言葉ですが陛下!今まで多くの国民からの信頼を受け、神の様に讃えられてきたルネ王室。しかし先日御唱えになられました王権神授説から、王室の信頼は急激に失われつつある事を御存知ですか!」
「控えよ!これ以上の国王様への無礼は、」
「良い。貴公が申す事も感じてはいるさ。薄々な」
剣を構えて前に出たアマドールを後ろへ下げさせ、また頬杖を着き直して話し出すルヴィシアン。















堪えきれなくなりつつある怒りで体を震わせているビスマルクの、調度真後ろに腰を掛けている青い短髪で女性の様な整った顔立ちにつり目の男性『アントワーヌ・ベルナ・バベット』28歳。
アントワーヌがビスマルクの幅広い肩にそっ…、と触れて腰を掛けさせた。
「しかし。国を引っ張る人間が居なくてどうする?引っ張る人間が国民を甘やかしてばかりの神であってもいけないだろう。時には辛くあたらなければルネの人間は強くなれず、他国の様に弱くなる一方だ。それに、私は国王。国を支配する人間だ。国民の目や声を気にして細々と生きる気は無い」
言い切ってしまった。国王だから、絶対王政の時代だからという自信から出た言葉。


しん…

沈黙が起きた議会の面々を見下すルヴィシアンはまた、彼らを鼻で笑う。この会議が始まってから何度目だろう。
こんな国王に怒りを露にしているのはビスマルクだけで、他の議会の面々は冷静で顔色一つ変えずにいる。それは国王の意見を正しいと思っているからなのか?それとも…。
一方。ルヴィシアンのすぐ隣で鎧をかぶり背筋をピンと伸ばして立っているアマドールは、大きな口を開く。
「これ以上意見が無いのならば、本会議はこれにて終了と致します」
力強く大きな声が響き渡った。それを合図に、ルヴィシアンが溜め息を吐きながら立ち上がったところで、真っ赤なマントを彼の背に付けてあげるアマドール。軍人達に厳重に付添われながら、ルヴィシアンはこの部屋を後にした。


バタン!























室内に残された議会の面々は一向に去る気配が無い。その為、軍人達が力強く、直ちに部屋を出るように言うと皆立ち上がり、黙って部屋を後にした。
しかしビスマルクだけは未だにその場に腕を組んで腰を掛けたまま、抑えきれない怒りに体を震わせていた。
それに目を付けた1人の年老いた軍人が鎧のガシャガシャ重たそうな音をたてて、鋭い目付きをして一歩一歩近付いて来る。


ガタッ、

その間にアントワーヌが立ち上がり、冷静な表情で軍人に軽く頭を下げるとビスマルクの肩を支えてあげながら、ゆっくりと部屋の扉まで一緒に歩いて行くのだった。














































ルネ城外―――

城の前に停車しているのは議会の面々の車。数はざっと見て10台はある。
ビスマルクの隣の座席には、やはりアントワーヌが腰を掛けている。
大股を広げて額に両手をあてて下を向いてブツブツ言っているビスマルクを余所にに、アントワーヌは首だけを後方に向けて遠ざかってゆくルネ城を見つめていた。やはり、いつもの冷静な表情で。
「何という事だ。これではこの国は…」
ビスマルクの肩にまたそっ…、と手を乗せてやる。
優しくて暖かいその感触にビスマルクがゆっくりと顔を上げると其処には、アントワーヌの珍しく優しい笑顔があった。
「アントワーヌ…」
「大丈夫です。これからですよ私達議会の時代は。そうでしょう、父さん」
ビスマルクの乗った車が先頭をきって街へと向かって走って行く。エンジン音が遠くに聞こえた。












































ルネ城内―――

「うーん?このお部屋はだあれのお部屋かなー?」
世間の荒れ様などこれっぽっちも気にしていないヴィクトリアンは、スキップをしながら1人で貴族達の部屋を訪ねていた。それは意図も何も無いただ単なる遊び。部屋に居る人間が誰なのかを知りたいだけ。かれこれ10部屋を訪ねてきた。
貴族の女性の部屋にあたれば、彼のその容姿に輝いた視線を向けられ黄色い声を浴び、お菓子まで貰えたから喜ばしい。しかし貴族の男性の部屋にあたると、苦笑いを浮かべられ、何だかんだ理由をつけられすぐに追い出される始末。


コンコン、コンコン

リズミカルに、とある一室の扉をノックする。鼻歌を歌いながら、何かの曲に合わせてノックをしている様子。


キィッ…、

やけにノックの回数が多い事を不思議に思って首を傾げながら扉をゆっくり開く室内の人間。開いた扉から覗いた、あどけなさの残るヴィクトリアンの顔に目を丸める。
「あー!マーリーちゃーん!」
室内から顔を覗かせた人間マリーを見ると大声で彼女の名を呼び、入って良いと言われてもいないのに勝手に室内へ入るヴィクトリアン。


パタン、

「ぎゃあ!挟まった!」
扉を閉めた時に彼の長い黒いマントが扉に挟まってしまい、ヘラヘラ笑いながら頭を掻く。そんな彼に驚いて目を丸めたマリーは、楽しい彼が面白くなって口に手をあててクスクス笑い出す。ヴィクトリアンも目を丸めて何度か瞬きをした後、頭を掻きながらつられて笑った。





























「ねー!面白いでしょ?あはは!」
「はい、とても。うふふ」
彼の高くて大き過ぎる笑い声と、彼女の可愛くて小さな笑い声が響く。
テーブルの上に紅茶と真ん丸いクッキーをマリーが出すと、ヴィクトリアンは遠慮無くぐいぐい飲み、パクパク食べるから、マリーが椅子に腰を掛けて数分後には彼の分の紅茶が空になっていた。
「マリーちゃん!おかわり!」
これまた遠慮無く、満面の笑みを浮かべ大きな声でおかわりを要求した。彼の早さにマリーは驚きながらも優しく微笑み返し、キラキラ光る金縁でピンクの花が描かれたティーカップに温かい紅茶を新たに注いだ。
「わ〜綺麗だねあの白いお花〜」
「ペチュニアという名前のお花ですよ」
「さっすがマリーちゃん!」
部屋のガラス張りの大きな窓からは、緑が美しい中庭が見える。2人はそちらに目を向けながら、他愛のない会話を楽しんでいた。
ヴィクトリアンの一言一言が本当に面白くて楽しいから、その都度マリーは少し膨らんだお腹を手で押さえ、もう片方の手で口を押さえて笑う。その時に更に赤らむ頬からは幼さを感じる。






















「…?」
クッキーを口にしながら何気なく顔を上げてみたマリー。
いつからだろう?猫目なヴィクトリアンの目がジッ…、とマリーを見つめていた。少しも反らさないから、困ってしまって目を泳がせるマリー。
ヴィクトリアンは顎に手をあてて、うーん?と何度も唸りながらまだまじまじとマリーの顔を見ている。そんな時。


コンコン、

軽くリズミカルなノックの音。
「は、はいっ!」
助かった!そう思ったマリーは急いで椅子から立ち上がり、ピンクの重たいドレスを両手で持ち上げる。精一杯の速さで小走りした。普通の人なら歩いた方が早いさなのだけれど、これでも彼女にとっては精一杯なのだ。


キィッ…、

をゆっくり開き、廊下を覗く。其処には、見上げる身長の高さのフランソワが立っていた。彼を見たマリーの紫色の瞳は大きく開かれ、顔には笑みも浮かぶ。
「フランソワさん!」
高い声で名を呼び扉を両手で全開にすると、部屋の方に向けて腕を伸ばして、入るよう何度も促す。笑顔で。
フランソワは頬を少し赤らめて、視線はわざとマリーから反らしている。
「し!失礼致しますッ!
力強い敬礼をすると、一歩一歩ロボットの様に歩きながら入室する。肩は上がりっぱなしで、誰が見てもとても緊張している事が分かる。
入室した彼に気付いたヴィクトリアンは咄嗟に顔を上げて彼の方に向くと、右手を頭の上で大きく振った。笑った時に覗く白く健康的な歯が美しい。
「フーランソワー!久っしぶりだね!」
「お、王子!?こんな所にいらっしゃったのですか!探したのですよ!」
ヴィクトリアンを見たフランソワは先程までの緊張も解けて、頬の赤らみもとれた。大きく目を見開くと、足早にヴィクトリアンへ歩み寄る。


ドン!

大きな音をたててテーブルの上に両手を着いてヴィクトリアンを睨むフランソワだけど、何も恐さが無い。赤ん坊を注意する親にしか思えないくらい優しいから、ヴィクトリアンだってヘラヘラ笑顔を浮かべている。
「マリー様の御部屋に勝手に御入室して…。おとなしく御自分の御部屋に居て下さい!貴方様はいつもいつも、」
「ねー、フランソワ」
「何ですか」
「マリーちゃん、少しぽっちゃりしたと思わない?」
「なっ…!?」
全く悪気の無い無垢な笑顔でマリーをニコニコ見つめながら言ったヴィクトリアン。
一方のフランソワは顔を真っ赤にしてしまい、余計マリーを見る事ができなくなってしまう。
心なしか、元からつっている彼の目が更につっていて、先程よりもヴィクトリアンの事を強く睨み付けている気がする。そんな事に気付きもしないヴィクトリアンは、マリーをニコニコした笑顔で見つめたまま。話の基となっているマリーはというと、顔を真っ赤にさせながら、自分の肉付きの良い腕やお腹を見ると残念そうな顔をした。


























ドン!

ティーカップが割れてしまうのではないかと誰もが感じた。そして、こんなにも感情剥き出しのフランソワを見たのは初めてな2人の目は点。ヴィクトリアンを睨む彼の目付きの恐ろしい事恐ろしい事。
「王子!王子といえど、この様な無礼にあたる発言を国王陛下の妾様に申す事は大変遺憾でございます!」
「あっ、マリーちゃんもしかして気にしちゃったとか?」
「王子!私の話を御聞き下さい!」
フランソワの事なんてそっちのけなヴィクトリアンは椅子から立ち上がると、猫を可愛がる様にマリーの頭を何度も撫でてあげながら謝る。
「ごめんごめんマリーちゃん。こんな残念そうな御顔をさせちゃったから、僕、今頃何処かに居るヴィヴィアンに殺されちゃうよー」
「いえ、大丈夫ですわ!」
「本っ当ごめんね!嫌味とかじゃなくて僕さ、痩せてる女の子よりもマリーちゃんみたいに女の子らしくふっくらしてる女の子の方が好みだからつい、ね!でも、本当ごめんね」
「王子!!」
「うーるさいなぁ」
マリーの背丈に合わせて屈んでいたヴィクトリアンは立ち上がると、見るからに嫌そうな表情を浮かべ、口をタコの様に尖らせて彼の方を向く。其処にはやはり、まだ目をつり上げているフランソワが居る。

























今度は先程までとは違い、彼が其処に居るだけで恐ろしさを感じてしまうそんな雰囲気。
これにはさすがのヴィクトリアンも空気を読んだのかふざけずに、マリーを隠すよう彼女の前に立つ。ヴィクトリアンは、フランソワが何を言いたいのか勘付いた。そんなフランソワを鼻で笑うと、負けず嫌いだから彼に言われてしまうより先に口を開いて言ってやる。
「そーんなに名前を出すのが駄目なの?僕の弟の名前を」
「王子!」
フランソワの一発の荒々しい声に、マリーの瞳は潤み、体が震え出す。


きゅっ…、

「!」
そんな時。マリーの手に人の温かさを感じた。ヴィクトリアンはフランソワの方を見ているのだが、手は安心させる様にマリーの手を握ってくれたのだ。マリーの心が落ち着いた。
びっくりしてしまったのだ。いつもヴィヴィアンの話を聞いてくれていたあの優しいフランソワが突然居なくなってしまったから。だからショックが大きかった。今はこうしてヴィクトリアンが手を握ってくれているから少しは大丈夫なのだが、たった今負った心の傷は一生癒える事がないだろう。そして今のこの場面も、一生頭の中から消える事はないだろう。消したくても消えない。



























カチャ…、

小さな音がした。彼は、腰に付けている拳銃に手を触れていた。
その手に目線を落としてからゆっくり上げていくと、鬼の様な彼フランソワの顔がある。目が合ったヴィクトリアンだが、逸らさずジッ…、と見返す。
「王子…。分かって下さい。今後ヴィヴィアンの名を政治以外の場で容易く口にした者は、国王陛下からの罰を受ける事になったのです。それが例え王子貴方様でも」
「どんな罰?」
2人の低くて恐い声と、窓の外からの可愛く優しい小鳥の鳴き声は対照的。
「下級の民間人でしたら…酷い場合は殺害。貴族や王室に仕える上級の人間でしたら、それなりの罰を。王族であれば最も軽いものだとは思いますが…」
「ふーん?やり過ぎ」
「王子…」
ぷい、と背を向けてマリーの手を握ったまま部屋から出て行こうとするヴィクトリアン。突然の事に、マリーは彼の足の動きと速さを見て、何とかそれに合わせようと必死。
2人の背を見て口を強く結んだフランソワは、追いながら声を張り上げた。
「御理解して頂けましたか王子!?私は王子貴方の為を思って申したのです!そしてマリー様貴女の為にも!」
「フランソワはいつもマリーちゃんからヴィヴィアンの話を聞いてあげていたんでしょ」
足が止まる。


しん…

沈黙が起こったと同時に、室内には外からの小鳥の鳴き声と風に吹かれる木々の音だけ。
フランソワの胸は薔薇の刺に刺された様に痛み、やけに体が重たくなった。こちらを一切見ずに自分から遠ざかっていくマリーの小さな背だけを見つめる。あんなに近くにあったはずなのに、今はとても遠い。
思い出されるのは、ほんの数ヵ月間ではあったがマリーと話していた楽しい日々。でも彼女がいつも手にしていたのは、彼女お手製の元婚約者の姿をした人形だった。
彼女の瞳には、此処に居なくても、フランソワでは無い人間がいつも映っていた事くらい分かっていたけれど。
「それなのにさ、今更ヴィヴィアンの話題を出すと刑罰だ!なんて言ってさ。今更こんな事を言うなら、最初からヴィヴィアンの話なんて聞いてあげなきゃ良かったんじゃないの?マリーちゃんの気持ち考えて行動しなよ。フランソワがそんな人間だったなんて思わなかった」
行こう、そう小さな声でマリーに言うとヴィクトリアンは部屋の扉を開いて先にマリーを外に出させた。あの小さくて弱々しい背中がまた遠ざかっていく。追い掛けたいのが本心だけれど、それ以前に中尉フランソワ・レイニ・アシュリアントが立ちはだかるから足は動かせないし、体は岩の様に重たい。
遠ざかっていくヴィクトリアンの大きい背が視界に飛び込んでくる。ここで我に返り、靴の音を鳴らし慌てて走り出す。


コツ!コツ!

扉が閉じてしまう後少しのところで無理矢理扉の隙間に肩を入れて閉じるのを防ぎ、ヴィクトリアンを呼ぶ。
「王子!これをお読み下さい!」
振り向いたヴィクトリアンの顔には、いつもの無邪気で明るい笑顔なんて無い。冷めた視線が向けられる。
手に持っていた透明のファイルの中の書類を慌てて取り出したから、床に散らばってしまった。


バサバサッ、

けれど無視をして、大切な書類をヴィクトリアンの前に差し出す。それを奪う様に乱暴に手に取ったヴィクトリアンは目を細めて、黙って目を通している。一通り目を通すと、フランソワに顔を向けた。




















「ふぅん…。これ、マリーちゃんも連れて行くから」
「王子!?」
「いーでしょ別に。お兄様は他の妾に夢中で、マリーちゃんの事をほったらかしみたいだし」
書類をわざとグシャグシャにしてから力強く返す。こんな態度のヴィクトリアンは初めてだから、心の中では情けないが正直恐ろしかった。それに相手はこの国の王子であるから、機嫌一つで自分の様な軍人はこの世を去る事になるかもしれない。穏やかなヴィクトリアンに限ってそんな事はないとは思うけれど、そんなの確信できる事では無い。考えたら、書類を持つ手が一瞬震えた。


ガタガタ…、

泳ぐ目を下に向けていた時。黄色いフランソワの瞳が捉えたモノは、自分に優しく微笑み掛けているマリーの顔。
「…ハッ!」
フランソワは驚き、目を大きく見開く。
マリーは、先程フランソワが床の上に散らかしてしまった書類を全て拾ってくれて、尚且つきっちり綺麗に向きまで揃えて差し出してくれたのだ。また心が痛んでしまう。
「はい、これ…」
「し、失礼致しました」
ゆっくり手渡されたそれを受け取ると、視界からすぐに彼女の姿が消えてしまった。首を横に動かして見えたのは、ヴィクトリアンに手を引かれる彼女の姿。広く長い廊下にあるガラス張りの大きな窓の外に目を向けたら、自然と深い溜め息が洩れた。








































コツ、コツ…、

ヴィクトリアンの靴のヒールの音が廊下に響く。彼の歩く速さに追い付こうと、マリーなりに頑張って小走りをしている。
「ヴィ、ヴィクトリアン様?あの…」
「もう一度聞くよ?さっきマリーちゃんが部屋で言った事は本当の事なんだよね?僕、信じて良いんだよね?」
フランソワが部屋へ訪れる数分前。室内で2人が話をしていた時。ヴィクトリアンの優しい瞳と優しい心に、マリーはついに打ち明けてしまったのだ。真実を。

『ヴィヴィ様は、先代国王様を殺してなどおりませんの』
『じゃあお父様を殺した本当の犯人は…分かんないよねー。ごめんごめ、』
『現ルネ国王様ですわ』

手を引かれながら、泳ぐ目線を下に落す。それからゆっくり顔を上げて、ヴィクトリアンの大きな背を見たら何だか安心できた。根拠は無いのだけれど。マリーの口は勝手に動き、言葉を発していた。
「わたくしを信じて下さい」
振り向いたヴィクトリアンの笑顔は、いつもの様に無邪気で明るい。
「うん!りょーかいっ」





















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