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症候群-追放王子ト亡国王女-
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14年前、
ルネ王国――――

中庭には緑々した爽やかな色の芝生が広がっていて、其処に健気に咲く黄色と白の花が訪れた者を迎えてくれた。
一番に走って芝生の上に飛び込んだまだ5歳のヴィヴィアンを見て、デイジーは口に手をあてて微笑ましそうにしている。
その後ろに続く当時12歳のルヴィシアンは呆れながらも、結局は彼と同じように飛び込んだ。
2人の幼くて可愛らしい笑い声は、王妃を笑顔にさせる。
ヴィヴィアンの胸元に付いている飾りの大きなりぼんを引っ張るルヴィシアンに対し、ヴィヴィアンも負けじと、ルヴィシアンの長い髪を束ねているりぼんを引っ張る。この頃はまだ反抗する事ができた。互いに楽しそうに笑いながら、まだ引っ張り合う。
「こらこら。御止めなさい」
傍に腰を掛けたデイジーは花を摘みながら叱る。
「はいっ!」
「はーい!」
すぐに言う事を聞いた2人は背筋を伸ばして、あやふやな敬礼をして軍隊の真似事をしてみせた。
ここ最近ダイラーやマリソンと仲が良い為か、2人の今の夢中な遊びは軍人ごっこだ。




















デイジーと一緒に花を摘み始めたヴィヴィアンの前に立つルヴィシアン。不思議そうに目を丸めて見ていたら、彼は腰に手をあてて鋭い目で見てきた。
「ヴィヴィアン少佐、私にマロンパイを持ってきたまえ」
また軍人ごっこだろうか。命令をしているようで、勝手に階級まで決めている。どうやらルヴィシアンは少佐より上の位らしい。得意そうに言って、ヴィヴィアンの事をチラ、と見る。
ヴィヴィアンはすぐに立ち上がり、摘んだ花をその場に置いてまた、あやふやな敬礼をした。
「はい!しかしルヴィシアン将軍、マロンはこの時季上質な物がありません。あったとしても品質の良く無い物でパイを作る事になってしまいますが宜しいですか?」
「うっ…!そ、そうなのか?うーん、では…」
「本日のデザートはストロベリーパイでございます」
城内からカラカラと音をたてて台車を押して来たメイド3人は、邪魔をしないよう王子2人に静かに歩み寄る。メイド達は中庭に真っ白いテーブルを用意して、その上にピンク色の薔薇を飾る。3人しか居ないというのに、何故か4人分の椅子を並べた。
不思議に思うヴィヴィアンと、全く気にもせずパイを見付けると走り出すルヴィシアンは一番に椅子に腰を掛けて、用意されたナフキンをきちんと付けて、ナイフとフォークを手にする。
デイジーに手を引かれ、まだ身長の低いヴィヴィアンは抱き上げられてやっと椅子に腰を掛けられる。背の高い椅子なのだ。




















やはり一つだけ余る椅子が気になっているヴィヴィアンは、パイを出されてもそちらにばかり目線が奪われている。ナイフとフォークを手にしたままポカン…としていたら、隣の席のルヴィシアンがヴィヴィアンのパイをぎこちなく切り出した。
「何だ、ヴィヴィアン。ナイフとフォークも満足に使えないのか?仕方のない奴だな、私が切ってやろう」
「え、大丈夫です。自分でできます」
「良い、良い。そう遠慮をするな」
明らかにヴィヴィアンが切った方が綺麗にそして食べ易く切れたであろう。形が崩れてしまったパイを見ると食欲が失せてしまうが、一方のルヴィシアンは切ってやった事だけで得意そうだ。そんな彼を笑ってしまった。
「な、何を笑っているんだ!」
「だって兄上下手なんですもん。僕の方が上手く切れますよ」
「煩いな!お前はいつもいつも物事を直球に、」
「賑やかだね」
男性の低い声が耳に入ると、メイド達は咄嗟に道を開けて一礼する。デイジーもすぐに椅子から降りてドレスを持ち上げ、一礼した。皆の視線の先には、真っ黒な短めの髪で優しい顔をして、黒いマントをなびかせているルネ国王ダビド。

















こんな場所に彼が訪れた事に驚きを隠せない2人だが、それよりも嬉しかった。ヴィヴィアンがずっと気になっていた1人分の椅子の意味を理解すると、満面の笑みを浮かべて実の父をこちらへ来るよう何度も呼ぶ。
幼い王子達の高くて可愛らしい声には、メイド達の顔にも思わず笑みが浮かんだ。
改めて家族4人で晴れ渡った中庭でのティータイム。
「聞いて下さいお父様!私は先日珍しい鳥を見つけましたよ!」
「父上!僕は珍しい蝶を見かけましたよ!」
ルヴィシアンとヴィヴィアンが一方的に永遠と話を続けていて、国王は時折話に入る。そんな3人を見て、デイジーは口に手をあててクスクス笑っていた。口にまだ含めてモゴモゴさせながら、ルヴィシアンは大きくてまだ汚れていない瞳を輝かせる。
「またこうして4人でティータイムを迎えましょう!」
夢は実現しないまま、時は残酷に流れていった。
晴れ渡っていたはずの空に、重たい黒い雲が現れた。




































現在――――


ドクン…!

「…ハッ!」
自分の鼓動の音で目が覚めてしまったヴィヴィアン。体を大きく震わせて起き上がった途端、全身に走った激しい痛み。
「ぐっ…!」
歯を食い縛って堪えようとするヴィヴィアンだけれど、一ヶ所だけでは無い痛みには堪えるに堪えられず、ベッドの上に倒れた。


ドサッ、

顔を青くして苦しそうに呼吸を荒くするヴィヴィアンの虚ろな瞳が捉えたものは、こちらをただ黙って見つめているカソック姿の人間4人。珍しい物を見るような瞳では無く、かといって心配をしてくれている瞳でも無い感情の籠っていない瞳が見てくる。
気味が悪くなり、今度は全身に鳥肌が立つ。
「やめろ…やめろよ!!」


ガタン!

思わず腕を大きく振り、点滴が外れてしまった。大きな音をたてて床の上に倒れた点滴。カソック姿の人間達は動じもせず、目線だけが倒れた点滴に向く。そのすぐ後、ゆっくりとヴィヴィアンに目線を移す。何か言われた方がマシなくらい異様なこんな雰囲気は初めてだから、歯がカチカチ音をたてて震え出した。
「帰れ!お前達何なんだ。僕を誰だと思っているんだ!僕はヴィヴィアン・デオール…、っ…!」
言い終えぬ内に突然胸を強く押さえた。息が上がり苦しい。目は開ききっている。
――何を言っているんだ僕は。もうあんな馬鹿げた国の人間でも王子でも無いのに…――
先程まで見ていた夢…というより、幼き日の記憶。まだ幸せだった幼き日の自分と家族を思い出していたのだ。
幸せだった、あの時は。
今は気味の悪い人間達に監視され、見知らぬ部屋に居て全身を走る激しい痛みに侵されて。
我に返り、やっと理解する。自分はマリソンとヴィルードンに負けて…その後の記憶が無い。頭を抱えた時。
「そんなにその名前が好きか。ガキが」
少年の低い声がした。その声に反応して咄嗟に顔を上げるヴィヴィアン。
いつの間に入って来たのだろうか。扉の前には、美しい金髪で人形の様に長い睫毛に青い瞳、そして青い服に正装したまだ少年の国王ダミアンが居た。
























ダミアンに一礼をして静かに部屋を去るカソック姿の人間達。
一方、彼等全員が部屋から立ち去るとダミアンはわざとらしく大きな音をたてて扉を閉め、ヴィヴィアンが横たわっているベッドまで車椅子を漕ぐ。
「私はこのカイドマルド王国を支配する人間だ」
無表情で感情の籠っていない声。
何故目の前にカイドマルドの国王が居るのだろうか、理解ができない。自分はマリソン達に敗れ、ルネへ連れて行かれ母国で処刑をされるはず。
見開いたヴィヴィアンの瞳がダミアンを見る。彼はやはり無表情で見返してくる。
「まだ理解できないのか、低能が」
――低能?僕が?こいつ確か過去にヴィルードンの口に大きな傷を負わせたという…。あいつがマスクの原因となった人間であり、あいつが恨む人間。こんな子供だったのか?――
まだ状況が理解できていない。かつては戦争もし、未だに関係が改善されていないというのに、何故敵側の人間を連れて来たのかが分からない。
1人で考えるヴィヴィアンをジッ…と見ているダミアン。やはり感情の籠っていない瞳だから怖い。
「教えてやろうか、私が貴様なんかを生かしてやっている意味を」
「教えてもらおうかな」
「随分と態度のでかい餓鬼だな。何様のつもりだ。貴様は今は王室を追放された身であろう、高飛車」


カチャッ、

胸元から1丁の拳銃を取り出したダミアンは、ヴィヴィアンの額に遠慮無く銃口を突き付ける。それでも動じずに逆に睨み付けてくる彼が面白くないダミアンは、すぐに拳銃を片付けた。






















「僕はもう王室の人間では無いよ。だから今君に銃口を突き付けられても恐ろしいどころか逆に嬉しかった。こんな時代に生きていたって、僕に本当の幸せなんて訪れない事が今回の件で分かった。だから君が引き金を引いてくれれば、」
「強がるな口だけの人間のくせに。生に縋るだけの臆病者が」
「ふざけるな!僕は口だけでも強がってもいない!だってそうだろう、君が僕の立場だったら…。もうこんなところまできてしまったら、死だって恐くないさ」
「死が恐くない?はっ、久々に私を笑わせてくれたな幼児。死ぬのが恐いから貴様はこうして逃げ回っているのだろう、殺人犯」


ドクン…、

胸が痛み、鼓動が大きく鳴った。痛い所を次々と遠慮無く突かれるし、ダミアンが言う事は当たっていた。自分は口先だけだし強がっているし、死ぬ事は他の何よりも恐ろしい。素直になれないのは、自分が一番知っている。
今まで生きてきた中で、素直になれずにどれだけたくさんの嘘を吐いてきたのだろう。どれが嘘でどれが真実かも分からなくなってしまい、話の辻褄を合わせる事で一苦労だった事を覚えている。感情までに嘘を吐いてきた。
早くこんな自分から逃げなくては…そう思っていたら、いつの間にか嘘を吐かずに生きる方法を忘れてしまっていた。


ギュッ…!

シーツにたてる爪の力が強まると、どんどん皺が増えていく。
「やめろ。せっかく仕上げたシーツに皺が付くだろう」
「っ…!」
こんな情緒不安定な時に聞こえてくるダミアンの刺々しい言葉は、こんな時だからこそ余計腹が立つ。いつもなら軽く馬鹿にして流せるような事なのに、今日だけは何故かそれができない。
こちらが顔を上げて睨んでみても、彼は表情を表す事ができないから、何を言ったってどんなに睨んでみたって逆にこちらが疲れてしまうだけだ。
怒鳴るだけ時間の無駄だし、傷に障る。乱暴に毛布を頭からかぶって背を向け、横たわる。彼にはとにかくこの部屋から出て行ってもらいたい一心だ。























すぐに怒鳴って騒いだり感情剥き出しの馬鹿な人間が相手なら、こちらが刺々しい言葉と正論を並べてやれば相手はすぐに返す言葉が見付からなくなって言い返せなくなるから楽だ。
けれど、ダミアンの様な人間は打たれ強いし自分の上…更に上をいくし、頭の回転が早い。何より、相手の弱味をすぐに見付けて付け込んでくるから苦手だ。
「先程言い欠けていた事だが、私が貴様を生かしてやっている意味は、ただルネに勝ちたいだけだ。軍に在籍していた貴様なら詳しいだろうからな」
「日本程度に敗れたこの国が大国ルネを?何で皆そうやってルネばかりを目の敵にするんだよ。おとなしく大国に従っていれば良いのに…馬鹿ばっかりだ」
「馬鹿は貴様だ、負け犬」
背を向けたままのヴィヴィアンは、拳が震える程強く握り締めている。そんな震える彼の背を、やはり感情の籠っていない瞳で見つめるだけのダミアン。
「別に良い。私がルネ王室に連絡を取って貴様をルネに渡せば、我が国とルネとの関係は改善されるだろうな。そちらの方が軍事費用がかからなくて良いかもしれん」
「!!」


ドクン…!

鼓動が大きく速く鳴る。
気付けばまたシーツに爪を立てていた。額からは冷や汗が引っきりなしに流れる。
彼なら冗談では済まないだろう。きっと実行してしまうだろう。そうしたら行く末は死。
あの兄だから、国内だけで無く、全世界に自分の不様な最期の姿が曝されてしまうのだろう。小汚い服を着せられ拷問を受けた末処刑台に立ち、人々の罵声を受けながら最期を迎え、それで終わる。
「う"っ…!」
自分の最期を想像してしまい、咄嗟に口を手の平で覆うヴィヴィアン。
「想像してしまったか?恐らくその想像は現実のものとなるだろうな。私が貴様をこのままルネへ渡せば」
いつの間に移動していたのだろうか。車椅子のタイヤが視界に入り、ゆっくり顔を上げていくと、感情の籠っていない冷めた瞳がすぐ其処でこちらを向いていた。彼の青い瞳に映るヴィヴィアンときたら、青ざめ震えていて情けない。
「安心しろ。私はあんな国と友好関係など築きたくは無い。潰したいのが本心だ。あんな国と友好関係だなんて気持ち悪いだけだしな。前国王を殺害し、ここまで逃げ続けている事ができている貴様がそんな今にも死んでしまいそうな顔をするな、強がり。早急に傷と体調を治し、今直ぐにでも我が国の為に、」
「…てない」
「何だ。声が小さ過ぎて私の耳には届かん。蚊か貴様は。もう一度、」
「僕は父上を殺してなんかいない」
「…!」
ダミアンが初めて、言葉を返せなかった。











































カイドマルド城下町―――

夜にも関わらずカイドマルド王国が明るいのは何故か。燃え盛る炎で辺りは真っ赤に照らされていく。まるで晴れ渡った昼間の様。
炎の向こうに見える人影が1人、また1人と倒れていく。何とも気味の悪い赤色の十字架を身が果ててもしっかりと手から離さないから驚く。足元に転がるのは、身元が分からなくなってしまったマラ教徒の焼死体。


ザッ、ザッ、ザッ…

丈夫なブーツで、焼けた地を進んで行くカイドマルド軍の軍人達。指揮官の後に続く彼等の目付きは恐ろしい。感情の籠っていないダミアンの瞳も恐ろしいが、人間を殺しに向かう軍人達の瞳も同様に恐ろしい。


バァン!

民家の扉を乱暴に開けて一軒一軒調べていく。家に赤色の十字架が一つでもあれば、その家の誰かがマラ教徒だ。そうとなれば軍人達は家の人間を1人残さず殺害し、次の家へ向かい、同じ事を繰り返していく。



















階級は少尉で、栗色の美しい髪でショートカット、水色の瞳をした40代半ばの女性『クリス・イネス・シャンドレ』は髪を掻き上げ、赤色の十字架を持ち震えている幼い子供を見下ろし、銃口を向ける。


カチャッ…、

怯えて大きな瞳から涙が引っきりなしに流れていてもクリスは容赦なく発砲した。人間らしい心なんて、要らない。


パァン!

銃声がして、壁には勢い良く飛び散り付着した新しい真っ赤な血飛沫。
「ふっ」
子供が手にしていた十字架を見て鼻で笑うと、それを力強く踏み付けてライフルを肩に担ぎ直し、次の場所へと移動した。







































町外れに位置する半壊したマラ教会―――

カイドマルド軍に焼かれていく仲間達を見下ろしているのはダリアとコーテル、そして数10名の教徒達。
「大丈夫、大丈夫ですよね…。何て言ったって私達はマラ教を復活させなくてはいけないのですから。こんなところで死ぬはずがありません。こんなところで死ぬはずがありません…」
教徒達は小汚い黒のコートを着て手を組み、初代マラ教皇の肖像画に向かって祈り続けている。
そんな彼らを切なそうに見つめて何度も携帯電話を見ては、教皇からの着信が無い事に不安が募るダリア。半壊して外が見える教会から夜空に輝く白い月を見つめる。
「マラ様…」
初めて見たダリアの切ない表情に、傍に居たコーテルは驚くよりも胸が痛んだ。いつも暴力的で、常に喋っているか怒鳴っているかの彼女がここまで辛そうにしているのだから、やはり今の事態はとても深刻なものだと改めて思い知らされた。






















マラ17世が私用と称して出掛けた先はルネ王国。
2人と別行動をとってからマラからの連絡は一切無いし、繋がらない。
何処へ何をしに行ったのかも聞かされていない2人の不安は募るばかりだ。それにこんなにもマラ教を異端とする世の中だ。もしかしたら…という最悪の事態までも想定してしまう。
「そんな事無い、無い」
首を横に振り、自分で自分の考えを否定する。
「なぁダリア…」
堪らず彼女の元へ歩み寄り、話掛けるコーテル。
「…何よ、オヤジ」
「だからっ…!はぁ…。怒る気にもなれねーや」
荒れた床の上に腰を下ろして深い溜め息を吐く。焦げ臭い臭いが微かにしてきた。此処ももう次期戦場になる気配がする。
「マラ様の事なんだけど大丈夫だって!そんなさ、大司教のお前がそんな顔してたら他の教徒だって不安になるだろ?」
「はあ?別に…。私はマラ様は御無事だと思っているわ!あの御方を心底信じているからね!」
信じている事は確かだが、心の中ではマラの事が心配で不安でいっぱいだというのに素直になれないダリア。そんな彼女には呆れて溜め息が出るが、逆に彼女らしくて何だか安心した。さっき月を見ていた表情は、本当にダリアでは無い様な悲しい表情だったから、今のこの怒っている表情の方が安心できる。





















「でもさ、信じても…俺ら武器も何も持って無いわけだろ?ほら、焦げ臭い臭いが微かにしてきたじゃんか。どうする?このまま死ぬのか?」
「煩いわねオヤジ!女のあたしに頼るんじゃないわよ。あたしだって今考えていたところよ。でも…どうしようもないじゃない。相手は訓練を受けた兵士達。喩えこっちに武器があったって訓練を受けていないあたし達じゃあ、」
「マラ様を信じるのですー!」
教会の入口から聞こえてきた少女の甲高くて可愛らしい声。
「!?」
驚いたダリアとコーテルと教徒達はその声に一度体を大きく震わせる。
声がした方に恐る恐る顔を向ける。其処に立っていたのは、ふわふわのファーがついたコートを着て赤のチェックのスカートを履いた少女。マラの様に右目を真っ黒く長い前髪で隠している。
少女を見た途端ダリアのつりがちな目は大きく見開き、顔には笑みさえ浮かぶ。
「アダムス!」
少女はアン帝国第三皇女『アダムス・ロイヤル・アン』18歳。



















ゲシッ!

「ゴフッ!?」
コーテルを蹴り飛ばして彼女の元へ駆け寄るダリア。2人は笑顔で互いに手を取り合い、久しぶりの再会に歓喜する。
「アダムス!良かった!無事だったのね。心配してたのよ。あんたボケボケだから」
「大丈夫です!私ならこの通り元気バリバリです!」
力瘤を出すポーズをとって鼻を鳴らし、元気な事を表現した。そんな彼女を思わず笑ってしまうダリアに、アダムスは目を丸めて不思議そうに首を傾げる。
笑顔の2人の元へやって来たコーテルは、教会の外に居る小汚い薄い服を着た30人程の人間の存在に気付いた。慌てて、顔は真っ青になる。
「な、何だお前ら!?カ、カイドマルド軍の奴等か!!」
腰が抜けてしまい、その場に尻餅を着いてしまった。どう見たって軍人の格好では無い彼らを、震える指で指差す。
すると、アダムスは紹介する様に彼らの方に手を向け、コーテルを見て満面の笑みを浮かべた。
「あの方達は私のお友達です」
「と、友達?」
「はいです!」
ニコニコしているアダムスとは対照的に、まだ震えが止まらぬコーテル。




















ダリアが、外に居るアダムスの友達という人間達の事を目を細めてまじまじと見ていたら、アダムスの小さな両手がダリアの手を優しく包み込んだ。
「あの方達は、御父様がルネへ送ろうとしていた奴隷さん達なのです…」
「やっぱりね」


ドン!

教会と地面が微かに揺れた。爆発音が近いと思っていたら、真下にある森から炎が上がったのだ。
「居たぞ!マラ教徒だ!」
「ぎゃああああ!!」
軍人達の声やマラ教徒達の悲鳴までもが微かにではあるが聞こえてきた。
目を恐ろしい程つり上げたダリアは無理矢理アダムスを教会の中に入れて、外に居る奴隷達にも中へ入るよう声を裏返してまで必死に叫んだ。
「コーテル!」
「はっ、はいー!」
「教会の中から裏の森へ回って皆を先導してやってちょうだい。あたしは一番後ろに付くから」
「っ…っ…、」
ガタガタ震えて口もきけない彼に、ダリアの怒りはついに頂点に達する。


ゴンッ!

直後鈍く大きな音がした。ダリアが拳でコーテルの頭を思い切り殴った音。
「ハッ!」
「何やってんのよ!しっかりしなさい!」
殴られてやっと我に返った彼は慌てて立ち上がると、怯える教徒達を励ましながら先導して裏へ回った。
































「はぁ!はぁ!」
走って逃げる教徒達と奴隷達。真っ暗で足元が見えない森をただただ必死に駆けて行く。


ドン!ドンッ!!

背後から聞こえてくる爆発音と悲鳴が聞こえなくなるまで逃げ続けてなくては自分達の命が危ない。そして、この宗教が危ない。
「はぁっ…はぁっ…」
途中、体力の無いアダムスは息を切らして足を止めてしまった。ダリアが手を握ってやり、共に走る。驚いたアダムスは目を丸め、何度も何度も瞬きをする。
先程の血色の良い顔は何処へいってしまったのだろう。今は青く、冷や汗をかいている。体が丈夫な方では無いのに、奴隷達を連れて遙々異郷までやって来れただけでも大したものだ。恐らく、その疲れが今になって出たのだろう。
「アダムスあんた、奴隷達を助けたんでしょ?」
「は、はいです…!」
「良い子!」
白い歯を見せて微笑みながら頭を撫でてくれたダリアの顔が優し過ぎたから、思わずアダムスの涙が溢れ出てしまった。
「は、はいですっ…!」
止まる事を知らない涙を手で何度も何度も拭い、もう片方の手でダリアの細い手をしっかりと握る。


ぎゅっ!

時折木の根が地面に浮き上がっている走りにくい道や蝙蝠に襲われたりしたが、アダムスは走り続けた。
いつも何をやってもノロマで、"駄目だ駄目だ"そう言われてここまで生きてきた自分の事を褒めてくれた人が居た。やっとだ。その人の手をしっかりと握り締めて、炎の上がる町を背に、暗い森を駆けて行った。

























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