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症候群-追放王子ト亡国王女-
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23:00――――

「そう、アダムス・ロイヤル・アン。写真は届いているだろう?」
金色に輝く電話の受話器を片手に、軍人達と連絡を取り合うルヴィシアン。窓の外に広がる美しい夜景が彼の赤色の瞳に映っている。
「少女の足ではそう遠くへは行けないはず。アン帝国ルネ軍基地のお前達が総出で彼女を探すんだ」


ガチャン!

わざと大きな音をたてて受話器を置くと、豪華な椅子に腰を掛けて足を組み、頬杖を着く。
執事がグラスにワインを注ぎ、前にあるテーブルに置けばすぐにグラスを手に取った。グラスに映る自分の姿。王子の頃よりずっとずっと派手で豪勢な服を身に纏った自分に自惚れて微笑すると、ワインを一気に飲み干す。
「アマドール」
「はっ」
呼ばれ、背筋を伸ばして敬礼をして歩み寄ってくるのはアマドール。彼の方に顔を向けたルヴィシアンは不気味に笑み、静かに口を開く。
「アマドール。私は良い提案をしたよ。聞いてくれるかな?」
「勿論でございます。国王様の御話とあらばこの私アマドール・ドリー、全ての仕事を後回しに致しましょう」
「はは、お前は昔からそうだな。最高の側近だよ」
楽しそうに満足そうに笑うルヴィシアンに、アマドールの顔にも自然と笑みが浮かんだ。心は嬉しさで満たされる。
ずっと、彼が幼い頃から共に居た甲斐があったというものだ。今や大国の中でもトップの超大国ルネの国王側近である自分を誇るアマドール。
嬉しそうに笑むアマドールを見てルヴィシアンも微笑んだ。しかしその笑みは、自分の側近が嬉しそうにしている姿を喜んでのものではない。
――所詮捨て駒風情が。お前の代わりなどいくらでも居るのだ。そこまで馬鹿の様に笑むお前に、私は哀れみの気持ちでいっぱいになってしまったぞ――



















彼ルヴィシアンにとって今や全ての人間は、自分以下である。心から大切に思える人間など自分だけだ。
他人は所詮他人でしかない。血族であっても他人扱い。彼自身、それを苦とも寂しくも思った事は無かった。心など、とうの昔に渇ききってしまっている。
「私の提案とはな、過去に他国の王が行ったように王権神受説を唱えてみようと思うのだ」
「それは素晴らしい!国王様の権力はまさに神から授かったものでございます」
「うむ。近日中に早速、世界中にこの事を知らしめよう。この説を初めに唱えた者を私は本当に心から尊敬するよ。国王にとってこんなにも素晴らしい説を生み出したのだからな」














































カイドマルド王国
ジュリアンヌ城―――

中世ヨーロッパを思い出させる建物、道路、服装の国。
「失礼致します!」
18歳の少年王ダミアン国王が居る部屋へと入って来たのは、カイドマルド軍の深緑色の軍服を着た身長の高い青年軍人。冷や汗をかき、息を切らしていて顔色が悪い。
ダミアンを前にして極度の緊張状態に陥り話す事ができ無い彼を、ただ冷めた青い目で見つめるダミアン。


ドン!

「!」
なかなか話し出さないので、気の短いダミアンは肘掛を肘で一度ドン!と鳴らして促す。
「どうしたのだ。用があるのなら手短に話し、無いのなら即刻立ち去れ。その年にもなってこんな事を言われなくてはいけないのか、幼児が」
表情は無く言葉は棒読みで、人間らしい気持ちの一つも込められていない。
「も、申し訳ありませんで、」
「だから本意でない謝罪など不要だ。早くしろ鈍間が」
「あっ…。マラ教徒達が旧マラ教会跡地で反マラ教徒国民と反乱を起こしているそうです。被害は広がる一方で、死者も数10名。全燃の家や建物も少なくは無いとの連絡がありまし、」
「すぐに軍隊を出せ。どうせ奴等は軍人では無いただの愚かな集団だ。1班出せばすぐに片付くだろう」
「はっ。それでは直ちにエドモンド将軍へ連絡致します」
跪き頭を下げた後、すぐに立ち上がって背筋を伸ばす軍人。あまり音をたてぬよう、ダミアンの気に障らぬよう青年軍人は静かに出て行った。


パタン…、

室内に1人になると、ダミアンは今にも折れてしまいそうな細く白い腕で車椅子を漕ぎ、隣の真っ暗な広い部屋へ入って行った。







































ジュリアンヌ城
1階―――――

小さな窓。青々した木々の合間から太陽の日射しが微かに射し込む。
この小さな部屋はヴィクトリア調の造りをしていて、汚れ一つ無い綺麗な部屋。家具も、中世イギリス貴族を思わせる物ばかり。
「スー…スー…」
室内のベッドに眠る少年ヴィヴィアンは、右腕に太い点滴をしている。ポタポタと一定感覚で落ちる液。


ピ…ピ…、

心搏数に合わせて心電図の音が聞こえる。それ以外の音は無い。
ヴィヴィアンが此処カイドマルド王国ジュリアンヌ城へ到着した時は怪我のせいか危険な状態であったが、進歩した医学のお陰で今は平常の心搏数に戻り、常に傍に看護する人間が居なくても大丈夫だ。
「ん…、」
心電図からの自分の心搏数に合わせた音で目が覚める。久しぶりの目覚めのせいか、視点が定まらず、の動きは遅い。
ぼやける視界。頭や体に包帯を巻き、顔には大きな傷テープがいくつも貼られていて誰だか分からない程。
























ダミアンの命令で出された船に乗せられたヴィヴィアンは、気付いたら此処カイドマルド王国のジュリアンヌ城へやって来ていた。
何とか意識はあったが、看護する人間の姿は三重、四重に見えていて意識は朦朧としていた。ここ数日は眠っている時間の方が断然長かった。自分が今何処に居るのか、何故こんな状態なのかも分からないヴィヴィアン。考えようとする気力も無い。そんな彼からはいつもの悪態が全く伺えず、別人の様におとなしい。


ズキッ…、

「う"…!」
全身が酷く痛むのに体は勝手に動いていて、ベッドから降りようとする。


ドサッ、

大きく鈍い音をたててベッドから落ちてしまった。当たり前だった。まだ意識がはっきりせず視界が霞み、何も考えられない状態だというのに、体だけが勝手に前へ前へと動いてしまうのだから。
危うく点滴が外れてしまうところだったが、何とか保たれた。
痛みはちゃんと感じている様で、時折顔を歪めて唸る。ゆっくりゆっくり…動くのが困難な老人の様に床に両手の平を着き立ち上がり、壁に寄り掛かりながら歩き出す。


キィッ…、

金色のドアノブを弱々しい力で回して扉を開くと、カラカラ音をたてて点滴を引き摺りながら部屋の外に出た。



























廊下も英国貴族の館を思わせる造り。
時折、ガラス張りの窓の外に目を向けながらゆっくり一歩一歩しっかり踏み締めて歩く。そうしないと今にも倒れてしまいそうで。
白い壁の曲がり角が見えてきた。向かいから聞こえてきたのは小動物1匹分の走る足音。音には反応し、首を傾げた。


タタタタ…、

「猫…」
やって来たのは、ふわふわで艶やかな毛並みをした真っ白くて天使の様な小さな猫。この猫は国王ダミアンの愛猫『メリー』首には生意気にも金色と青色に輝く見るからに高級な首飾りを付けている。
中庭から城内に射し込む太陽の日射しで、メリーの首飾りがキラリと輝く。眩しく美しい。真ん丸くて愛らしいメリーの青色の瞳がジッ…とヴィヴィアンを見ている。
しばらくすると飽きてしまったのか、体を掻き始めた。
「…っ、」
猫を始めとする動物が大嫌いで大の苦手なヴィヴィアンは具合が悪いながらにそれには反応して、一歩一歩後ろへ下がる。メリーを見るその顔は引きつっていて、誰がどう見ても嫌だとはっきり分かる。























彼がゆっくり後ろへ下がり自分から遠ざかって行く姿に気付いたメリーは顔を上げると、可愛い声で鳴きながらヴィヴィアンの元へ歩み寄ってくる。
「にゃあ」
「げっ」
慌てたヴィヴィアンは目を大きく見開いて心底嫌そうな声を洩らすと、逃げたい一心で思い切り走り出そうとした。自分の今の体の状態なんてすっかり忘れてしまっている。


ガシャン!

案の定点滴に躓いてしまい、危うく派手に転んでしまうところだったが、寸の所で壁に寄り掛かり、荒くなった息を整える。


ドクンドクンドクン!

動はドクドク速く大きくなるから音が外に洩れてしまいそう。


ふわっ…、

「!!」
足に柔らかな感触がした。顔は真っ青に染まり、全身は大きく震えた。
恐る恐る足元に目線を落としていくと其処には、また可愛い声で鳴きながらヴィヴィアンの足にじゃれるメリーの姿があった。










































同時刻。
ジュリアンヌ城に隣接する
カイドマルド軍本部―――

2班がマラ教徒の暴動を止める為出兵しているが、他の班の人間は全員此処に居る。軍人達の間で今持ちきりの話題それは、国王直々からの命令で迎えられたヴィヴィアン・デオール・ルネの事だ。皆が嫌そうに眉間に皺を寄せて、怖い顔付きで小声で話している。
「どうなるんだ。私達の軍や国までも乗っ取られてしまうのではないか?」
「あの小さいガキ1人にそんな力があるのか?そうには見えないけれど」
「でもあいつが率いて、いくつもの国を植民地にしたり最悪の場合壊滅させたみたいじゃないか」
「国王陛下は一体何を御考えなのか。あの御方の考えはどうも読めないな」
「乗っ取られる事などあるわけ無いだろう低能共」
「国王陛下…!」
軍内に響き渡った、感情の籠っていない抑揚の無い少年の低い声。ダミアンだ。
声がした方を振り向くと軍人達は顔を青く染めながらも敬礼する。手が小刻みに震える者まで居た。




















黒いコートを着ていてシルクハットをかぶり、いつもの膝掛を掛けて車椅子に乗っているダミアン。車椅子を押すのは家令の『ハーバートン・ミラ・ダビド』73歳。
軍人達の列に無理矢理入ってきた為、皆慌てて後ろへ下がる。
訓練で発砲した煙の焦げ臭い軍内をハーバートンに車椅子を押してもらいながら、感情の無い青の瞳で辺りを見回すダミアン。


スッ…、

するとハーバートンに手を翳した。それがいつもの合図"停まれ"なのでハーバートンの手も止まり、ダミアンが乗った車椅子もその場に停まる。
彼が見上げているのは天井のある一点。黙ってジッ…と見つめている。
こんなにもたくさんの人間が居るというのに此処は音一つしなく静かで、気味が悪い。皆、ダミアンに怯えている。
――何だ今日は何なんだ?先週は確か、銃弾が入っていたケースが一つ床に転がっていただけで罰を受けたし…――
――今日は一体何なんだ。それにしてもこの沈黙いつまで経っても慣れないな――
口には絶対に出さず、心の中で各々思うカイドマルド軍人達。また何かしら罰を受ける…そう思い鼓動は速くなり、緊張のし過ぎで気持ちが悪くなったり胃が痛む者も居る。
ダミアンの細い腕がスッ…、と上へ伸びた。それだけで軍人達は一斉に反応して、体を大きく震わせる。
「入口に鳥の巣がある」
このたった一言に、兵士達全員罰を受ける覚悟はできていた。ここ連戦で巣になど気付くはずが無いが、"軍内を綺麗に掃除しておけば良かった!"という後悔だけが巡る。
国王が異常な程までの潔癖症なところや、周りの人間とは大きくズレた性格である事くらい、彼が国王になった頃から知っていたというのに。























次に発せられる言葉を待つ間も胃が痛い思いだ。ここで思い切った大柄な少佐が一歩前へ出る。
「大変失礼致しました。今直ぐにあの汚らしい巣を払って天井を見違える程綺麗に、」
「そんな事誰も言っとらんだろう愚か者」
「…と申しますと…?」
意外な返答に一同目を丸め、唖然。ダミアンは自分の後ろに立っている少佐に顔を向けた。
「何故早くもっと良い環境を与えて育ててやろうとしなかったのだ」
少佐は返す言葉が見つからない。軍人一同心がとても暖まり、此処に居る彼等だけに春がやってきたかのよう。思わず顔を綻ばせる。
今まで罰を受けてきた理由は、埃が一つ落ちているだけだったり、じっくり目を向けないと分からない様な壁の染みがあっただけで"不潔だ!"と罰を受けていた。今回ばかりは罰を受けなくて済むだろうと勝手に考える軍人達は、落ち着きを取り戻す。
――異常者と思っていたけれど陛下もやっぱり子供ね。巣の鳥を気遣うなんて可愛い所あるじゃない――
――最近まで陛下はもしかしたら悪魔ではないのか?なんて現実離れした考えまで浮かんでいたが、失礼な事をしてしまったな――
笑みを浮かべた顔でダミアンを見て心の中で思う軍人達。しかしそんな彼等に顔を向けたままのダミアンは無表情なその顔と冷めた目で彼等を見つめ、静かに小さい口を開いた。
「はっ、馬鹿げた面を見せて。こちらが恥ずかしくなるからやめろ浮かれた凡人共が。あんな野生の汚ならしい鳥に私が良心を抱くと思っていたのか。遊ばれていただけという事にも気付かないとはな。とんだ低能集団が。早急にあの汚らわしい野鳥の巣を駆除しておけ。二度と住みつかんようにな良いな」
またハーバートンに手を翳すと今度はそれが"進め"の合図。呆然と立ち尽くしている軍人達の間を無理矢理入っていくと、2人はあっさりと去って行ってしまった。
軍人達はそれからしばらく呆然で、仕事に取り掛かれなかったという。
「やっぱりあの御方は悪魔だ…」





































眩しい日射しがダミアンにあたらぬよう、ハーバートンは片手で車椅子を押して片手で黒い日傘をさしている。老人だというのにやけに力がある家令だ。前方に駐車している真っ黒いリムジンへ向かう。
「国王様。あのような事を毎回なさっていては、軍人の皆さんの怒りを買ってしまうだけですよ」
「煩い黙れ。娯楽が無くてつまらないから、あんなものは暇潰しでしかない」
「しかし…」
「良いからお前は私に従っていれば良い。私は私のやり方で生涯を過ごす。いちいち口出しするな、たかが家令の分際で」
「申し訳ありませんでした」
2人を乗せたリムジンは、年代を感じさせる蔦の張った白いジュリアンヌ城へ向かって静かに走って行った。



















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