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症候群-追放王子ト亡国王女-
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城内を駆け回るラヴェンナは汗をかき、とても険しい表情。廊下を走りながら窓越しに見える真っ赤な炎を上げて燃える城下町。
「くっそ!!」
拳で壁を強く叩き付けた後顔を押しつける。
「何処に居るんだジャンヌ、アンネ!」
モナのテロが起こる半日前。アンネの風邪が完治したので、ジャンヌとアンネは町に遊びに出掛けた。その数時間後に突然テロが起きた。
テロが起きる前店を見ていたが、アンネが退屈がっていたので自分が品物を存分に見終えるまで、近くにある公園でアンネを1人で遊ばせていた。この行動がいけなかった事にジャンヌが気付くのは、町に悲鳴が響き渡り、炎が上がった頃。
一緒に行動をしていれば良かった…何度思っても取り返しがつかない。
アンネの元へ行かなければ。そう思った時既に外は戦禍で、足元に目を向けてみれば血だらけの大人の死体が転がっていた。ジャンヌは、熱で狂ってしまいそうな町の中を今も1人で、アンネを探している。







































ドドドド!

構えられたライフルが上下に大きく揺れて銃口から飛び出す弾が向かう先は、モナの人間。


ドサッ、

音をたてて仰向けで倒れていくモナ。踊るように辺りを血で染めて倒れていくモナ。
返り血を浴びたライドル軍軍人は自分に付着した血を気味悪がって乱暴に拭った後、間髪入れずに隣のモナが住んでいる民家を襲撃する。
武装しているモナはほとんど亡き者としてしまったようで、会うモナ皆無防備で武器を所持していないから、抵抗一つできない。
ライドル軍の中にはやはり、反王室組織では無い罪無きモナ国民人間を撃つ事を拒む者もいた。将軍が傍に居ないのを良い事に、テロリスト以外のモナを見逃す者さえいた。
「よ、良いのですか…?」
切なく見上げてくるモナの大きな目がライドル軍軍人の心を揺り動かす。
「はい。貴方達は武器一つ所持していないただの民間人。私達の任務は、テロリスト達だけを抑えれば良いのですから」
「あっ、ありがとうございます…!」
まだ幼い子供をギュッ、と力強く抱き締めた痩せ細った母親は嬉しそうに、安心した様に笑みを見せる。
――ほら。こんなにも笑顔が素敵で、将軍よりずっと人間らしい人達じゃないか。こんな人達を殺せ、だなんて言う将軍の精神が異常なんだ――
若い軍人は子供の頭を、血の臭いがする手で撫でてあげる。




















この親子2人にしばらくの間家の中で隠れていて騒ぎが静まるまで外へ出ないようにと告げ、2人に背を向けて玄関へ向かう。その瞬間。母親の顔が悪魔の様に変貌したのは、誰だって予測できた事なのに。


ドスッ…!

背を包丁で思い切り刺された若い軍人は玄関に倒れた。


ドサッ…、

「行くわよ!」
背後から太い包丁で軍人の背を何度も刺した後すぐに子供を抱き抱えて家を飛び出す母親。左右を確認して、ライドル軍が居ない事を幸運に思い、笑みさえ浮かぶ。
けれど次の瞬間、焼けて耐えきれなくなった炎に包まれた隣の民家の屋根が親子2人の上に降ってきた。


ドォン!!

「ぎゃああああ!!」
2人を下敷きにした屋根は未だに燃え続けている。どんな人間だって、人間を殺せばそれ相応の返しが天から下るものだ。






























大将に格下げされてしまったゴアはこまめに無線で部下と通信をするのだが、ここにきて3人の部下との通信が不通となってしまった。
「ぐっ!だからもうテロリストだけを撃てば良いと言ったのに!あのガキは新入りで同胞意識がこれっぽっちもないから、自軍の人間が死んでも平気なのか!だから無駄に被害を増やしてまで戦うのか!何なんだあのガキは!」


ガシャン!

無線を地面に叩き付けると、物が壊れた音がした。ゴアの元に居た1人の軍人の無線を乱暴に横取りし、ヴィヴィアンに通信を繋げる。
「何」
「こちら中央部のゴア」
「どうせまたくだらない言い合いになるだけなら通信を切るよ」
「ぐっ…!」
――堪えろ堪えろ!――
「先程からバリー、ルーイ、フィールとの通信が不通です。ですから、これ以上は更に仲間の命まで奪ってしまいます。どうか撤退命令を」
「たった今、背中を数ヶ所刺されて死んでいる部下を見つけたよ。武器じゃない。包丁でだよ?何故だろうね」
「なっ…」
ゴアの手が震え、目が見開く。
「僕がテロリスト以外の人間も殺すように命令した意味がどういう意味か分かっただろう?まあ、君達がテロリスト以外のいつ敵になってもおかしくないようなモナと仲良しこよしで暮らしたいなら別だけど」
嘲笑う声が聞こえたかと思ったら、通信は一方的に切られてしまった。


ブツッ!

悔しいが、従わざるをえなかったゴアは舌打ちをした。
「チッ…!」






























ガー、ガガッ、

動き出そうとしたらまたヴィヴィアンの無線からノイズがして通信が繋がった。
「チッ。今度は何?」
嫌々ながら舌打ちをし、無線を手に取る。
「ジャンヌとアンネは!?」
「は?」
こちらが話す前に相手から叫ばれた。名乗られなくても分かる。声と話の内容でラヴェンナだと。
――こんな状況で何を暢気な――
「只今、王女様の我儘に付き合っている暇は無いのですけれど」
「うるさい黙れ!居ないんだ2人が!ジャンヌとアンネが!!午前中に2人で城下町へ出掛けたんだが…」
「だから探せと?」
「ああそうさ!連れて帰って来なかったらお前の事をぶん殴ってやるからな!」


ブツッ!

通信は一方的に切られた。ヴィヴィアンは大きな溜め息を吐いて無線を内ポケットへ片付けると、やる気無さそうに…いや本当にやる気が無いのだが、辺りを見回しながら渋々歩き出した。































よくドラマで探し人の名を必死に叫んで駆け回る場面がある。けれどこんな騒ぎの中叫んでも聞こえないだろうから、叫ぶ事はしない。しかし一番の理由は、本当に面倒で嫌々だったからだろう。
――こんな所でこんな事で人生を終わらせられちゃ、僕が生まれてきた意味が本当に無い――
その時。
「ひっく…、ひっく…」
微かにだが、耳に届いたのは子供の泣き声。声のする方を見ると、半焼した公園がある。
中へ足を踏み入れてみると、人の気配は無く焦げ臭い。まだバチバチ音をたてて燻っている炎も見られる。
象の形をした噴水は折れ、無残にも地の上で転がっているし、看板や遊具にはmother country comeback!!と赤いスプレーで殴り書きされた文字。占領された国では極当たり前の光景なのを知ってかヴィヴィアンは気にも留めず、ただ険しい顔をして黙って泣き声のする方へと歩いて行く。

























「アンネ…」
やはり泣き声の主は怪我をしたアンネ。
幼いアンネが1人で彷徨っていたから可哀想に思ったのだろうか、アンネを抱き抱えたまま倒れている中年の女性も居る。出血が酷く、意識も無ければ心肺停止している。
アンネは女性の腕の中で今もまだ泣き声を上げる。
そっ…、と頬に手を触れると、アンネは目を見開いてこちらを見る。怯えてはいるが、ヴィヴィアンの顔を見たらすぐに泣き止んだ。


タタタタ…!

女性の腕の中からアンネを抱き上げようとした時、背後から聞こえてきたのはこちらへ向かってくる足音。しかも、音が近付いてくる早さが速いので走っているようだ。
音の方を咄嗟に振り向くヴィヴィアンの顔付きはとても恐ろしい。
「その子供はモナじゃないわ!!」
「あっ…!」
走ってきた人間の正体に。アンネを抱き上げようとする人間の正体に。互いが気付いた時既に2人は、正面衝突していた。


ドスン!




























すぐ起き上がったのは、こちらへ向かって走ってきたジャンヌだった。
あちこち傷だらけで、自慢の白いドレスには血や汚れが付着している。けれども彼女は痛みを表情には出さず、あっけらかんとしていた。
「あー驚いた。だってライドル軍の人間がアンネの所に居たのが見えたら、アンネをモナだと勘違いして殺そうとしているのかと思って」
ジャンヌが話をしているにも関わらず、彼女と正面衝突したヴィヴィアンは黙ったまま彼女には背を向け、無線を手にして通信をする。
「こちらヴィヴィアン。そちらは救護隊で間違いないか?直ちに城下町内にある公園へ来い。怪我人2人を早く今すぐに、直ちに連れて行ってもらいたい」
"早く、今すぐに、直ちに"
この三つの言葉を強調して言うヴィヴィアンの事が面白くないのか、ジャンヌは彼の背に向けてベッ!と舌を出す。それを見てアンネは楽しそうに笑う。ジャンヌが来てくれて安心したのだろう。
「でも良かったアンネが無事で。ごめんね、1人にさせて。これからお出掛けの時はずーっと一緒に居ようね」
「うんっ」


ガシャン!

「?」
大きな音がして振り向くジャンヌとアンネ。
地面に目線を落としてみると、一つの黒色の無線が壊れてしまっている。これは今、ヴィヴィアンが地面に叩き付けて壊した物。

























「ちょっと、あんた何やってんのよ」
声を掛けても、背を向けて黙っている。微かにだが体が震えているように見えるのは気のせいだろうか。
壊れた無線と彼の背を交互に見ていたら、急にこちらを向いたヴィヴィアン。怒りで目元をピクピク痙攣させている。
「何1人でキレてんのよ」


ぐいっ、

話途中にも関わらず、アンネを抱いているジャンヌの腕を乱暴に力強く掴むと無理矢理歩き出すヴィヴィアン。
訳が分からず、掴まれた腕を振り解こうとジャンヌは力強く何度も腕を振るのだが、相手は男で軍人。振り解けるはずがなかった。
「ちょっと!放せ!痛いのよこの野郎!!」
背中を何度も足で蹴ったり押したりしても、ヴィヴィアンは黙ったまま城へ向かってどんどん歩いて行く。とてもイライラしている様で、目元がまたピクピク痙攣しっぱなしだ。
そこでジャンヌは辺りの静けさに気付く。とはいっても、遠くではまだ炎が上がっている。けれど確実に炎の威力も弱まっている。腕を引っ張られながら不思議そうに口をポカン…と開いて辺りを見回す。
「救護隊は只今多忙の為人手不足で迎えには来れないようです」
「え?」
突然1人で何故か敬語で話し出したヴィヴィアン。更に訳が分からなくなるジャンヌ。
どうやら先程救護隊へ連絡をした時の通信で、ジャンヌ達の迎えを断られた様子。だからヴィヴィアン自ら2人を城へと連れて行くのだ。
投げ遣りで強引だけれど、ラヴェンナに何だかんだ言われるのも面倒だから2人を連れて行く。軽く舌打ちをして、歩く速度を更に上げた。




























「痛い痛い!ちょっと!!」
引っ張られていたジャンヌが突然歩かなくなり止まったので、面倒くさそうにしながらも彼女の方を振り向く。ジャンヌは下を向いて、何か痛みに耐えている様だ。
「止まるなよ。早く行かなきゃなんだよ。ねぇ。わっ…!?」
突然顔を上げたジャンヌの目に浮かぶ光るモノに驚いてしまった。目には今にも溢れんばかりの涙が溜まっていて、口は痛みを堪える為なのか強く結んでいる。鬼の目にも涙。日本人から聞いた言葉を思い出したヴィヴィアン。
次に視界に入ってきたのは、ジャンヌの足元。ジャンヌが立っている所の地面にだけ血溜まりができている事に驚いて目を足に向けると、ジャンヌの右足には大きな傷があり、そこから血が流れている。
一瞬顔を引きつらせてしまったヴィヴィアンだが、心配そうにしているアンネの顔を見ると、柄にも無く少し胸が痛んだ。
すぐに非常時用の少量の応急処置道具として、包帯を上着の内ポケットから取り出す。出血部分に包帯を巻き付けるが、手当ての最中頭上から聞こえてくるのはジャンヌの怒鳴り声。
「あんたが急に歩く速さを速くしたせいで傷が開いたのよ!謝りなさいよ!!」
彼女の暴言全て無視をして手当てを続けるヴィヴィアン。
ジャンヌは自分が1人で怒鳴っている事に気付くと急に恥ずかしくなって黙り、空を見上げた。赤から青に変わる空を。
「ルネの馬鹿!馬鹿!馬鹿野郎!」
「うるさいな。そんな事を言っているとルネの兵士に撃たれるよ」
「今此処に居ないじゃない。だから良いのよ、何言っても」
「あーっそう」


パン、パン、

手を叩いて髪を掻き上げるヴィヴィアン。包帯を巻き終えた。
ヴィヴィアンはジャンヌにアンネをおろすように言う。不思議に思いながらも、抱き抱えていたアンネをジャンヌがおろす。するとヴィヴィアンはジャンヌを背におぶった。負傷している人間を歩かせていたらいつ城に帰れるか分からないからだ。
「ちょっ…!?」
驚いたジャンヌは暴れてギャーギャー喚いている。けれどそんな彼女の事は無視をして、左手でアンネの小さな手をしっかり握り、先程より何倍も遅い速度で歩き出す。
ジャンヌはおぶられたままほんのりピンク色に染まる赤い両頬を風船の様に膨らませて、彼の背に顔を埋める。
「血、臭っ…」
相変わらず彼からは鼻をさす血の臭いがしたそうな。














































新生ライドル城内―――

「暴れ過ぎたな」
国王と王妃が小さな笑い声を洩らして言う。言われたのは、軍の将軍ヴィヴィアン。ただひたすら頭を下げ、謝罪を続ける。
「いや、君の判断は正しいよ。テロリスト以外のモナも全滅させるのは良い事だ。現に、モナの民間人に殺害された軍人もいたのだし。今後の事までしっかり考えてくれたお前には感謝する。ただ少し…な。町の方もライドルの人間も被害が大きかった様だから…」
ヴィヴィアンが救護隊にジャンヌ達を連れて行くよう連絡した時、既に国王が停戦命令を出していたのだ。自軍ががやり過ぎている事を察したが故の国王の停戦命令。
やはり国王は国王だ。軍の将軍であろうが大将であろうが階級が上であろうが、一般人は王政の国で国王には逆らえない。
軍のトップに立てた事だけで満足をしていた自分の小ささに愕然とし、国王の話など入ってこないヴィヴィアン。恥ずかしさが全身を駆け巡り、どうしようもない気持ちでいっぱいだ。

























「ええと、次は…何を話すのだったかな」
「はっ、私が連れている女ジャンヌ・ベルディネ・ロビンソンの国ベルディネ王国は日本との交友関係がありました。軍事面でも経済面でも急成長を遂げている日本と我が国が交友関係になるのは損では無いかと」
「ふむ、それは君に任せて良いのかな?」
「勿論。彼女の力を使って成功させてみせます」
「それは、ジャンヌ王女を利用する、という事だな?」
「私はわざと、利用という言葉を使わずにお話をしたのです。彼女の事を少しは気遣って」
不気味に笑んだヴィヴィアンの表情が、まるでルヴィシアンの様。
「ははは、気遣う?そうには思えないがな」
2人の不気味な笑い声が、室内に響き渡った。

















































同時刻、ルネ城―――

「マラ教の教皇様が何用でしょうか」
外からの白い月明かりにだけ照らされている広い客間。縦に長いテーブルを挟んで向かい合うルヴィシアンと、マラ17世。
ルヴィシアンを守る様にこの2人を武装した軍人達が部屋の隅に待機している。しかしマラは物怖じせず、胸元から一枚の新しげな地図を取り出すとテーブルの上に広げ、インド地方の一つの国の上に一指し指を置く。
ルヴィシアンは目を大きく開いて覗き込む。指を置かれた国には"新生ライドル王国"と国名が書かれている。
ルヴィシアンは顔を上げ、マラを見る。大きな帽子とサイズの大きな服で顔がほとんど隠れたマラは本当に無口で、大きなギョロッとした目でルヴィシアンを見て黙って頷く。
「此処は確か、旧モナ王国をライドル王国が占領して新たにできた国…。此処が何か?」
「…居りましたよ」
「…どなたがでしょう?」
マラはまた顔を上げ、ルヴィシアンを見る。
「貴方と同じ目の色、同じ髪の色をした弟さんが」



















小さな声だが、ルヴィシアンをはじめとする軍人達の耳にはしっかり届いていた。皆が目を大きく見開いて驚き、2人の会話しか音が無かった室内は一瞬にして騒つく。


キィン!

剣が鞘から引き抜かれた音がした。側近のアマドールが険しい表情で剣の刃先をマラに向ける。
「貴様自教を広めたいが為に嘘まで吐くか。このっ、」
「良い、やめろ。剣をしまえ」
ルヴィシアンの言葉が右手の平がアマドールを静止させ、アマドールを我に返す。
謝罪をして静かに後ろへ下がって行くアマドールを見つめ、マラは誰にも聞こえない程の小さな溜息を吐いた。
浮かない表情の彼を見てルヴィシアンは優しく微笑み、静かに立ち上がる。白い月に照らされる街が見下ろせるガラス張りの大きな窓の前に立ち、手を後ろに組む。室内は静まり返り、音一つ無くなっていた。
マラはゆっくりと首を動かしてルヴィシアンの背を見る。何かを考えている様な、いない様な、予測できない顔をして。
「よし、明後日にでも軍隊を送ろう」
「国王様!?この者の言う事を信じるおつもりですか!」
「ああ、信じるよ」
「では本当に貴方の弟さんが居ましたら、マラ教会をルネ王国に建設してくれますか?」
「はは、しっかりしているな。勿論さ。教会でも何でも建ててやろう」
「話の分かる国王様で光栄です」
マラは軽く頭を下げると険しい表情の兵士達には動じもせず、彼らの間を通って行く。部屋を出る時もう一度ルヴィシアンに頭を下げると、3人の軍人に付き添われて部屋を後にした。



























「国王様!本当…ですか」
「何がだ」
ルヴィシアンと残った軍人達だけとなった室内に響く声。また月を見ている。微笑している口元がとても意味深だ。
「もしヴィヴィアンが本当に居たとします。そして国王様が教皇の願いを聞いて差し上げルネ王国にマラ教を建設すれば、カイドマルドの様に国教とマラ教での対立が起こるのは間違いないのです。つまり、内乱が起こるのは確実なのです。野蛮なマラ教の事ですから」
「お前は何故そんなに堅い頭をしているのだ」
「な、何の事を…」
口元に不気味な笑みが浮かんだ。
「マラ教徒全員殺してしまえば良い」


しん…

全軍人、返す言葉がなかった。人間1人の一言で室内は凍りつく。
せめて捕らえる…そんなところだろうと思っていた者も居たのだが、予想外な返答に背筋までも凍りついた。
確かに全員亡き者としてしまえば、内乱も起きるはずがない。信者も減っているのだから楽だろうけれど。だからといってルネ王国には何も被害を加えていない教徒達を無差別に殺害するのは、国王といえど少々やり過ぎている。これはただの虐殺。
「しかし…」
「結局、内乱が起きたってどんな抵抗をしたって奴等は我が軍には敵わないさ。使えるものは使う。用が済んだら殺す。非常に合理的だと思わないか?」
言葉の後に続く笑い声が無気味だ。彼の瞳に映った月は優しい光で輝いているのに、彼の瞳には優しさの欠片も無い。
ルヴィシアンは窓にそっ…と触れ、白く美しく輝く月を見つめながら兵士達の方を振り向く。
「新生ライドル王国に宣戦布告しようではないか」
























































翌日の同時刻、
新生ライドル王国―――

「ルネとだけは絶対に戦いたくないよ」
ヴィヴィアンは窓にそっ…と触れ、白く美しく輝く月を見つめながらジャンヌの方を振り向く。
ジャンヌは口を強く結び窓から見える白い月を目を細めて見つめている。
目の前に今居る人間は、母国を潰した国の国民。この人間に何があったのかは詳しくなんて知らない。どこか遠くを見ていて寂しそうにしているこの目に似ている目を見た事がある。それは幼い頃…。






















「昔、ね」
ヴィヴィアンの隣に立ち窓にそっ…、と触れる。
「ヨーロッパのお城の舞踏会に招かれたわ。公爵や伯爵とか階級の高いたくさんの貴族や王子、王女が楽しそうに踊っていたし、お喋りをしていたの。天井には大きなシャンデリアがあって。流れてくる音楽は、其処に居る人達を楽しい気分にさせてくれたわ。でもね、窓際に置いてあった椅子に寂しそうな目をして1人だけ腰を掛けて、真っ暗い夜空を眺めている男の子が居たわ。声を掛けてあげなきゃ、って思ったんだけど…。モタモタしていたら1人のとっても可愛い王女がその子の手を引いて行ったわ」
突然昔話を持ち出され、おまけに1人で思い出に耽った顔をされても、ヴィヴィアンは知らない話だからつまらない。
返事もせずつまらなそうに城の天井を見上げていたら、


バシッ!

と突然背中を強く叩かれ、驚いて思わず目を見開く。
ジャンヌに目を向けると彼女は真っ白い綺麗な歯を見せ、満面の笑みを向けていた。逆に気味が悪くなってしまったヴィヴィアンは微笑み返す事ができず、顔を引きつらせている。

























「大丈夫よ、そんな寂しそうな顔してないで元気出しなさい!良かった、言えたわ」
「え?」
「さっき話したでしょ。あの時はあの男の子に言えなかった言葉だけど、あんたにはちゃんと言えたわ。良かった。私、思ってても行動に移せないからそれが嫌だったのよ」
満足そうな笑みを見せて腰に両手をあてるジャンヌ。
じゃあね、そう言い、手をヒラヒラ振って自室へ戻ろうとするが、一度足を止めた。


ピタッ…、

体が少し震えている。再びこちらを向き直すと目線を落として床を見て、何やら物言いたそうにしている。
「何」
「あのさ…」
「ヴィヴィアン」
会話を遮ったのはラヴェンナの低い声。ヴィヴィアンはすぐそちらに顔を向ける。
ラヴェンナはとても険しい顔付きで両手は拳を握っている。いつもの明るい雰囲気が見られなくて、何か良くない事があったと予想させる。
ジャンヌには一切顔を向けず、ヴィヴィアンだけに聞こえるように密かに話す。
「…!」
その瞬間ヴィヴィアンの顔は真っ青になり、目は大きく見開かれた。まるで恐ろしい話を聞いた様に。


ポン…、

ヴィヴィアンの肩を軽く叩くと、ラヴェンナは今来た道を戻って行った。





























その場に立ち止まったままで一歩も動かず、一言も口にせず下を向いているヴィヴィアン。月明かりが調度射し込んでいない位置に居るので、余計に寂しく見えるその姿。
ラヴェンナが彼に何を話したのか?話の内容が分かっていたら掛ける言葉も見つかるのだろう。
戸惑っていたら逆にヴィヴィアンがジャンヌの方を向き、顔を上げた。
「そういえばさっき何か言い欠けてたよね、何?」
「え?」
予想外の笑顔に驚かされた。言おうとしていた言葉も忘れてしまいそうになるくらい。
目を泳がせてみたり頭を掻いたりと忙しいジャンヌの方を向いているヴィヴィアンの目は彼女を見ているのではない。絶望に突き落とされた様な、何処を見ているのか自分でも分かっていない様な死んだ目をしている。
そんな彼の様子にも気付かない程ジャンヌは緊張をしていて、彼に伝えたい言葉をやっとの事で喉まで持ってきて、一気に吐き出す。
「ちょっと好きになっちゃったんだけど」
「何を」
「あんたをよ、あんた!」
この言葉に、ヴィヴィアンの心を無くした死んだ目は我に返り、色を取り戻す。けれど輝く事は無い。
一方のジャンヌは下を向いて、体を小刻みに震わす。
「あんたルネでしょ。でもあんたは戦争には関係無いただの民間人だから…。それなら亡くなった父上も皆も怒らないでくれるかなって…そんなわけない、か…」


しん…

沈黙が起こる。
ジャンヌの鼓動が外に洩れてしまいそうな程大きく速く鳴る。
「毒舌だし偉そうだし冷酷でムカつくけど…。最近ね、良い所がある事に気付いたの!この前あんたと町に出掛けた時、久しぶりに楽しかったわ。後はアンネが体調崩した時、何だかんだ言っても嵐が止むまで傍に居てくれたでしょ。昨日だってアンネの事助けてくれたじゃない」
「ありがとう。でも僕は君が憎んでいるルネだ。やめる事だよ」
「だから、あんたは戦争に関係無いただの民間人でしょ!?」
大きな声で必死に叫ぶジャンヌを気にもせず、下を向いたまま脇を通り過ぎてしまう。その時感じたものがとても冷たく、恐ろしかった。
「次期に嫌でも分かるよ。僕の事が」


コツ、コツ…

静かで暗い廊下に響いてた足音はだんだん遠ざかっていき、終いには聞こえなくなってしまった。
音が途絶えた途端、ジャンヌはその場に座り込んだ。







































ヴィヴィアンが先程ラヴェンナから聞かされた話の内容。それは、ルネ王国が新生ライドル王国に宣戦布告をしてきたという事。






















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