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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ドン!ドン!

遠方から聞こえてくるのはルネ軍VS元カイドマルド軍の戦闘音。それ以外は互いの呼吸音しか聞こえてこないこの民家で、アントワーヌとマラの間に起きる沈黙。相変わらず背を向けてコーヒーを飲んでいるアントワーヌの背を見て、ハッ!と我に返ったマラの視界に飛び込んできた物それは壊れたベッドの鉄パイプ。幸いルネ達の戦闘音で、マラがベッドから降りる際の軋む音が掻き消される。マラにとって好都合だ。ゆっくりゆっくりアントワーヌの背後へ忍び寄り、握り締めた鉄パイプを彼の背後から振り上げた。


ドッ!
























カランカラン…、

無惨に床に放り投げられる鉄パイプ。背を向けたままだというのにアントワーヌはマラが振り上げた鉄パイプを片手で受け止め、今それを、放り投げたのだ。
「シビリアンがそう簡単に仕留められると思わない方が今後の為だ。…はっ。いや、私もシビリアンか」
「くっ…!軍人でもない議会の人間だというのに戦闘機を操縦でき、且つ、今のように素早い動きもできる…アントワーヌ君貴方は一体何者ですか」
「随分と褒められたものだ」
「褒めてなどいません」
ガタッ、と椅子から立ち上がるとアントワーヌは飲み干したマグカップをシンクに置き、ようやくマラに体を向けた。親の仇を見るように見上げながら睨み付けてくるマラを見下ろす。その際、マラの長い前髪の隙間から本来右目がある筈なのに無い、ほんの少しだけ覗く赤く彫られた十字架をジッ…と見て。
しかしすぐに、くるりとまた背を向けてしまうと、窓越しに外の様子を眺めた。
「此処からではまだ奴等の姿すら見えない。だが、先も話したように奴等が此処も戦闘域とするのも時間の問題だ。私は今から此処を発つ」
「そうですか。では此処でお別れですね。私にはまだこの国でやり残した事がありますので」
立ち上がるとアントワーヌの脇を通り過ぎ、さっさと歩いて民家を出ていくマラ。


バタン!


カツン、コツン…

マラが去った民家に、だんだん遠退いていく彼の足音が聞こえる。
「…ふっ」
アントワーヌは1人、鼻で笑った。
「復讐に執着し、せっかく受けた生を自ら手放すとは。シビリアンらしい」
そう呟くと、彼もまた民家を出て、先程奪取したルネ軍戦闘機に乗り込み、飛び発つのだった。





















一方のマラ―――――



ドン!ドン!

無人の民家ばかりで廃墟と化した街中を民家に隠れながら歩くマラに、戦闘音は聞こえない。何故なら、

『教皇は女人禁制ではなかったのか』

アントワーヌのこの一言が頭の中をぐるぐる巡っていたから。
「ぐっ…!」
ぎゅっ…!服越しに自分の体を自分で抱き締めたマラは、自分の幼少期を思い出していた―――。























時遡ること9年前、カイドマルド王国――――

森の奥深くに身を潜めるように佇む白い小さな教会。早朝4時にも関わらず、ベージュ基調のカソック姿のたくさんの教徒達が礼拝に訪れている。目を瞑り、両手を握り合わせ祈りを捧げる教徒達の前方祭壇には鮮やかな黄緑色の短髪をしたマラ教教皇マラ16世(当時56歳)が居る。両腕を上へ平行に広げ目を瞑り、彼は唱える。
「王族の都合で戦乱により衣食住に餓える民に温かな心を。人間の都合で森林伐採され食住を失った動植物に救いの手を。弱者に常に優しく等しく。さすればこの弱肉強食の戦乱時代を強肉弱食の時代へと変え、時代は我々マラ教徒に幸福をもたらすであろう。さあ祈りを捧げようではないか」
「傍若無人な王候貴族に天誅を」
「そして我々マラ教徒に幸福を」
祈りを捧げる教徒達と教皇の様子を祭壇裏手扉から顔を半分覗かせて見ている、黄緑色の髪をした少年が1人居た。




















礼拝終了後。
「教皇様!」
「マラ16世様!」
周りに集まってくる老若男女達の声に足を止めるマラ16世。
「何かな」
「風の噂でお聞きしたのですが、教皇様の4人目のお子様は男性なのですか」
「女性のお子様ばかりで頭をお抱えしておられた教皇様に男性のお子様がお産まれになられたのですよね!」
「噂ではそのお子様はもう齢10つだとか」
目をキラキラ輝かせ自分事のように喜ぶ教徒達に、一瞬間ができたマラ16世だったが、すぐに普段の顔付きに戻る。優しい笑みを浮かべた普段の顔付きに。
「ああ。我が教皇家にも4児目にしてようやく跡継ぎとなる男児を授かる事ができた。永らく皆の者へ伝えずすまなかった。だがこれで安心してくれ。私に万が一の事があっても4児目がこのマラ教を継いでいく」
ワアッ!と湧く教徒達。
「良かった!本当に良かったですね!」
「教皇様が常日頃熱心に弱者に手を差し伸べてくださるお姿を天が見ていてくださった!」
「その恩恵で教皇様にお世継ぎの男児がお産まれになられた!」
「3人の女性のお子様達は誠実なマラ教徒達に嫁がれたのですよね!」
湧く教徒達へ返事はせず、ニコニコ柔らかな笑みを浮かべ、くるりと背を向けて祭壇裏手扉へ去って行こうとするマラ16世。
「女人禁制のマラ教にようやく鸛が男児様を運んで来てくださった!」


ピタッ…、

とある1人の全く悪意の無い何気無い一言にマラ16世は一瞬立ち止まった。だがすぐに扉を開き、扉の奥へと消えていった。


キィ…バタン、




























ドガッ!

「うぐっ…!」
祭壇裏手扉の奥。教会裏にある小さな平屋で、先程マラ16世達の礼拝を覗いていた黄緑色の髪をした少年が右頬を強く殴られ、木造の床にその身を強く叩き付けられる。マラ16世に。
「何だその目は。私は教皇だぞ。お前の父親だぞ。この世に欠陥品のお前の生を授けてやった父親だぞ。そんな私によくそんな目を向ける事ができるな、シルヴァツ」
シルヴァツ…と呼ばれるこの黄緑色の髪をした少年こそが後のマラ17世(当時10歳)。
父親マラ16世がシルヴァツを殴っても蹴っても。淡い桃色の髪をした母親は何も言わず真横でただ黙って淡々と晩飯を作るだけ。
「ヒュー、ヒュー、ゼェ、ゼェ…」
鼻から血を流し顔は腫れ上がるシルヴァツは言葉も出ない。いつもの事だ。父マラ16世は教徒達の前では善良で弱者想いのにこやかな教皇を演じている。一度教徒達から離れれば、残虐な父親マラ16世に戻るだけ。


ガッ!

胸倉を掴み上げた際、シルヴァツの乱れて隠れた左目とは反対の右目が父を映す。
「教皇女人禁制の我が教に産まれつくのは女、女、女。ようやく男が産まれたと思った4児目のお前が男と女の混ざり者だなんて口が裂けても口外できん。こんな欠陥品で産まれた償いとしてシルヴァツ。神へお前のその右目を捧げなさい。さすれば神はお前の存在を許してくれるだろう」
「ぇ…、」


ドスッ!

「あああああああ!」
普段、弱者の為にと祈りを捧げる真っ赤な十字架でマラ16世はシルヴァツの右目を突いた。
トントントン…、何も驚きもせず淡々と菜を切り刻む母親の包丁音。
「仕方ないのよシルヴァツ。貴方がそんな身体で産まれた事がいけないの。その償いで片目を神へ捧げるくらい造作無い事でしょう」
「クソッ!どいつもこいつも男児は授かったか?早く世継ぎの男児が産まれれば良いなどと急かしおって!女系家系の私の気持ちになってみろ卑しい教徒共め!」
「あああああああ!」
シルヴァツの右目から真っ赤な血潮が飛び、トントントン…と菜を切り刻む音が聞こえる…そんな憎悪にまみれた室内。
























その日の晩―――――

シルヴァツは1人、崖に佇み膝を抱え腰をおろしていた。海を挟んで遠く遠くには、夜空に浮かぶカイドマルド城。先程父親マラ16世に突かれ失明され、マラ教特徴の真っ赤な十字架を刻み込まれたもう無い右目にそっ…と触れる。溜め息が出た。
「カイドマルド王室にも私と同年齢の王子が居ると聞きました。カイドマルド王室の第二王子とマラ教皇の子の私…。この世に生を受け同じ国に産まれ同じ齢の私と貴方で何故こうも世界が違ってしまうのでしょう…」
――そのような不平等を無くす事を信念に我が教は創られた筈…なのに父は…――
崖下に広がる大海を見下ろす。ゴオッ…と下から風が吹くから、気を付けなければそのまま吸い込まれてしまいそうな真っ黒な大海。

『シルヴァツはちゃんと大人になってね』
『貴方は欠陥品じゃないわ』
『アナタはお父さんのようにならないで。優しいマラ教皇になって優しい世界を創ってね』

脳裏では3人の姉達が自分へ最期の言葉を涙ながらに遺し…この崖から1人、また1人とマラ16世の手によって突き落とされていく過去が甦っていた。女人禁制の教皇家に女児は不要。だからマラ16世は3人の実子を間引いた。
「姉さん達…私は必ずマラ教を…、」


ドン!ドンッ!

「!?」
地面が揺れるのと同時に背後にある森の奥深くから爆発音がした。慌てて振り向くと…
「教会の方角が…!」
シルヴァツの自宅兼マラ教教会がある森奥深くでオレンジ色の炎が上がり、やがて炎は木々を焼き付くし火柱が上がる様が見えた。
「――ぞ!此処だ!」
「正解――!――報通り――!」
「――!エドモンド大佐――!」
遠いし、火柱のバチバチ音ではっきり聞き取れないが複数の男の喜ぶ声が聞こえる。シルヴァツは顔を真っ青にし、足はよろめいた。
「カイドマルド軍…!?」
すぐに彼らだ、と確信したシルヴァツは燃え上がる自宅とは反対方向の真っ暗な森へと逃げていった。



























あれから。カイドマルド軍が去るのを待って待って自宅へ戻ったシルヴァツの前に広がっていたのは変わり果てた真っ黒焦げの自宅兼教会だった。辛うじて1本残った柱には、その成果を誇示するかのようにカイドマルド王国国旗が掲げられていた。マラ教皇殺害に成功した事へのカイドマルド軍の誇示だとシルヴァツは捉える。
両親の遺体は見つからなかったし探そうともしなかった。しばらくすると、ヘリを使って国中にばら蒔かれたカイドマルド軍のビラに記されていた。"我々カイドマルド王室率いるカイドマルド軍によってマラ教16世とその夫人の殺害に成功した!"と。自慢たっぷりの文字の下には常人ならば有り得ない、マラ教皇夫妻の遺体写真付きで。この事にはマラ教徒達は酷く哀しみ又、酷く憤慨した。
「あんなに優しい教皇様にカイドマルド軍は何て卑劣な行為を!」
「生き神同然の教皇様を殺めたのはヒトの姿をした悪魔のカイドマルド王室だ!」
そんな教徒達の中、シルヴァツだけは涙を流さなかった。
――皆さんは知らない。父…マラ16世の真の顔を。…父も母も当然の報いを受けたまでです。これは好機です。腐食したマラ教皇が居なくなった今、私がマラ教を代々受け継がれてきたマラ教の信念に基づき動く好機です――
それからシルヴァツはマラ教皇となり、マラ17世と名を変えた。






















それから時が経ち、カイドマルド王室指示の下、カイドマルド軍によるマラ教徒の虐殺は今尚絶えないが、今までよりはマシになってきた。風の噂によれば、カイドマルド王室で何やら揉め事が起きている為カイドマルド王国ヘンリー国王はマラ教虐殺どころではないのだとか。
「王室も揉め事を起こし悲惨な目に合ってしまえば良いのです。そうすれば第二王子と私の人生もイーブンでしょう」
よっ、と掛け声をかけて、教徒達用の毛布がたくさん詰め込まれた段ボールを持ち上げるマラ17世。
「どうでも良い事ですね。ただ同じ齢というだけで会った事もない第二王子に対抗意識を燃やすなど」
独り言を呟いた時、華奢なマラでは支えきれなかった段ボールの荷物に、体がぐらついてしまった。


グラッ…、

「!まずいで―、」


ドサッ、

案の定前へ倒れてしまったマラ。「何の音ですかマラ様…ってマラ様が転倒なさってる!!」
「マラ様大丈夫ですか!?」
音を聞いた司教ダリアと司祭コーテルが駆け付けてきてくれた。
体をプルプル震わせながらも立ち上がるマラ。
「だ…大丈夫ですこれしき…」
彼の白く細腕では全く説得力が無い。
「お怪我はございませんか!私ダリアが朝昼晩お傍で看病させて頂きます!」
「ダリアお前マラ様の傍に居たいからってこんな時に下心利用するのは不謹慎だろ!」
「うるっさいわね!黙っていなさいよオヤジ!」
「否定しないのかよ!というかオヤジじゃない!お前より年下だって何度言えばー…、え…!マラ様その右目は…!」
「え…?…!」
転倒したせいで乱れてしまった。いつも長い前髪で隠していた右目が露になってしまった。だから、コーテルに気付かれ…すぐにダリアにも気付かれてしまった。前髪が乱れて露になったマラの右目が。…否、あるべき箇所に無い右目の代わりに彫り込まれた赤い十字架。
「っ…!」
バッ!と右手で右目を隠すマラ。ただでさえ気弱で臆病なコーテルはマラの異様な右目に青ざめガタガタ震える。ダリアはポカン…としていたけれど。
すぐに2人に背を向けてしまったマラは毛布が入った段ボールを抱え直すと、マラ教隠れ家へと歩き出す。
「…取り乱してしまい失礼致しました。ダリアさん。コーテルさん。申し訳ないのですが、新たな教徒の方々の十字架を至急製造してくださいま、」
「ジャーン!」
「!?」
マラの前へまわったダリアに、マラはギョッとしてしまいまた転倒してしまいそうになる。


ガシッ!

「大丈夫ですかマラ様!?」
しかしそこで今度はダリアがマラの腕を掴み、何とか転倒は免れた。
「ええ…ですが今のはダリアさん貴方が私を驚かせたせいですよ…」
「え!?私の!?すみませんー!どうかお嫌いにならないでくださいね!?」
「大丈夫ですから」






















「ね!ね!どうですマラ様!私のこの前髪!」
普段額を露出している髪型のダリアが、自分の右目を隠すように長い前髪を右側だけおろしたのだ。その意味に気付いているのかいないのか…マラは普段の何を考えているのか分からない表情のまま。
「マラ様とお揃い〜ですよ!ホラ!オヤジ!あんたもしなさいよ!」
「え!?あ、あ、ああ!」
「プッー!オヤジあんた前髪が短いから片側の目を隠せないじゃないの!あんたは額から禿げ上がるタイプね!」
「違ーう!俺はまだ21歳だ!禿げる年齢じゃない!ただ前髪が短いだけだ!マ、マラ様!前髪が伸びたら俺も片側の目を前髪で隠しますから!マラ様と同じにしますから!」
「伸びるわけないでしょ。ここから禿げ上がる一方なんだから。何、希望抱いてんのよ自分の毛髪に」
「おいぃい!だからなぁダリア!…あれ!?マラ様何処へ行かれるのですか?!」
「毛布を運びに。ダリアさん。コーテルさん。今のように大きな声で騒いではカイドマルド軍に見つかってしまいます。以後、気を付けましょう」
「あちゃ〜!やっちゃった!すみませんマラ様!お詫びに今晩はダリアが添い寝致しますわ!」
「だから!ダリア!下心!!すみませんでしたマラ様!」
言った傍から早速大きな声で謝罪する2人に返事はせず、背を向けたままマラは森の奥隠れ家へと去って行った。ただその際、2人は見えないマラの口元が珍しく嬉しそうに綻んでいたそうな。

































時は戻り、現在――――

廃墟化した街を1人で歩くマラ。

『マラ様!』
『マラ様!』

ダリアとコーテルの声が甦る。2人がいつものように…今にも後ろから追い掛けてきてきそうで。

『マラ様!』
『マラさ、』


ドン!ドン!!

しかし2人の声の幻聴すらも戦争の無慈悲な爆発音が掻き消す冷たい現実。


ドン!ドンッ!

「私にはこの国でやり残した事があります」


ドン!ドン!

「だから、まだ…いえ、それを終えても未だ死ねません。マラ教を後世に引き継ぐ為。これは父の為でも母の為でもありません。これは…――」


ドン!ドン!

戦争の音の中、マラは廃墟化した街中へと消えていった。






































同時刻―――――

「ダミアン・ルーシー・カイドマルドは何処だ!」
突如カイドマルド王国に墜落したイギリス軍戦闘機。その戦闘機の腹部にあるコックピットハッチが開き、其処から姿を現したのはルーベラ。彼女がダミアンの恋人だと聞かされ唖然としているヴィルードンを余所に、エドモンドは戦闘機から降りると半狂乱なルーベラに歩み寄る。
「お姫様!無事だったんだね!お姫様と少尉が乗った戦闘機と通信がとれなくなってから私は…国王様は心配していたんだよ。まあ国王様はいつもの如くそんな素振りを見せなかったけれどね。私には分かっていたよ国王様はお姫様の安否を心配していた事にさ!そんな所で物騒な拳銃なんて向けないで此方へ来ておくれよ!」
「黙れ!気安く話し掛けるな!ダミアン・ルーシー・カイドマルドは何処だ!機体内蔵地図によれば此処はカイドマルド王国。奴の国だろう!」
コックピットハッチに立ち、拳銃をエドモンドに向けたまま聞く耳をもたないルーベラ。心配したヴィルードンも戦闘機から降りてエドモンドに駆け寄る。
「エ、エドモンド将軍!本当にこの子がダミアンの恋人なんですか?全くそんな素振りを見せない…というか明らかにダミアンと俺達カイドマルドを敵視しているんですが…」
「うーん。そうだよねぇ。何だか様子がおかしいよね?お姫様は国王様に似て短気だけれど、こんなじゃなかったんだよなぁ」
「そうだよねぇ。ってエドモンド将軍!そんな悠長に構えていないで下さい!相手は銃を向けているんですよ!失礼ですが貴方は天然なところがありますから、人違いじゃないんですか?!」
「天然だって!?元上官に向かって酷いなぁウィリアムく、」


パァン!パァン!

ルーベラがエドモンドとヴィルードン目掛け発砲。さすがは将軍エドモンドと超軍事国家で鍛えられたヴィルードン。互いに銃弾をヒラリと回避した。
「っ!?」
「おっと〜!?危ないなお姫様!自分の思い通りにならないからって発砲するところ、国王様そっくりだ。恋人同士も似るのかな?」
「黙れ!!」
痺れを切らしたルーベラはタンッ!と戦闘機から飛び降り、地面に着地した。そしてまたすぐにエドモンドとヴィルードンに銃口を向ける。




























「私の質問にだけ答えろカイドマルド人!」
「あはは。酷いな。何のジョークだい?私の名前まで忘れてしまうなんてあんまりだよお姫様」
「茶化すな!!貴様は私の質問に答えるだけだ!ダミアン・ルーシー・カイドマルドは何処だ!」
「エドモンド将軍やっぱり人違いじゃ…」
「いや、この子は正真正銘ダミアン様の恋人だよ」
「じゃあ何故…」
「それは分からない。でも私がそれを証明してみせるよ」
「何を話している!」


パァン!

エドモンドとヴィルードン互いにしか聞こえない小声で話していたら、またルーベラが発砲してきた。銃弾はエドモンドの左頬側をすり抜け、彼の戦闘機にカン!と命中しただけ。
「いいから質問に答え、」
「居ないよ」
「何…!?」
「君が探している人なら居ないよ」
エドモンドがようやく答えたから、ルーベラは少しおとなしくなる。ただ、まだ2人に銃口を向けたままだが。
「ダミアン・ルーシー・カイドマルドは居ないと言うのか?」
「そうだよ」
「此処はカイドマルド王国で間違い無いな?」
「そうだね」
「ならば居る筈だ!奴はこの国の王だろう!私の家族を殺めたんだ!奴は!この国で!私にはそれしか記憶が無い!この記憶に間違いは無い!」
「…そういう事なんだね」
ルーベラの言葉でエドモンドは理解した。同様にヴィルードンも。ルーベラが何故普段と違う様子なのかを理解した。





















エドモンドは、ルーベラが乗ってきたイギリス軍戦闘機をチラッ…と見る。腰に手をあてていつもの陽気な笑顔を浮かべた。
「イギリスには世界情勢を得るテレビや通信手段は無いのかい?カイドマルド王国より上をいく先進国だと思っていたのだけれど。随分と時代が遅れているんだねぇ」
「馬鹿にするな!!敬愛する女王陛下のお国だぞ!」
「敬愛する…。通信が途絶えた後イギリスに墜落してエリザベス女王に拾ってもらって…この1年間イギリス軍で過ごしていたのかな?」
「戯れ言は不要だ!奴がこの国に居ない筈が無い!奴を匿っているんだな!見えすいた容易い嘘だ!」
ルーベラはこちらへと駆けてくるから、ヴィルードンがエドモンドの前に立ち、彼女へ銃口を向ける。しかし、スッ…とヴィルードンの前に立ったエドモンド。
「エドモンド将軍!」
「王子様がしがない軍人の盾になる国があるだなんて聞いた事無いよ」
ルーベラは2人には発砲はせず…それよりも早く。今すぐに。真っ先にでもダミアンを殺したい。そんな様子でエドモンドの脇を駆けて行こうとする。
「貴様の言う事は嘘だ!奴はこの国に居る!絶対に!」
「お姫様」
「何としてでも探し出してみせる!そして殺す!私の家族を殺した奴を!」
「ねぇ、お姫様」
「私の仇なんだ!奴は、ダミアン・ルーシー・カイドマルドは!」
独り言を呟きながら走るルーベラがエドモンドの脇を通った瞬間。
「ダミアン様は亡くなったよ」
「亡く…何?」
























ピタッ…

立ち止まったルーベラ。彼女が振り向けば、ヴィルードンは目尻を下げて酷く悲しそうにしているのに、エドモンドは毅然とした表情でルーベラをしっかり見つめていた。
眉間に皺を寄せたルーベラがエドモンドに問い掛ける。
「奴は死んだのか?」
「だから居ないって言ったじゃないか」
「死…、ははは!そうか!その手できたか!死んだ事にすれば私が奴を探すのを諦める!そうすれば奴は私に殺されずに済む!そういう事だろう!?やはり貴様は嘘を吐くのが下手、なっ!?腕を掴むな!やめろ!」
エドモンドはルーベラが拳銃を持っている右腕を掴み、すぐ拳銃を取り上げてそれをヴィルードンへ渡す。
「はい。これ頼むねウィリアム君」
「えっ」
「やめろ!放せ!」
「ルネ軍にやられて城も周辺も跡形も無い瓦礫の山だけど確かこの辺りかな」
ルーベラの腕を掴んで引っ張り、何かを探すエドモンド。引っ張られている間終始暴れ叫ぶルーベラ。
「確か…あったあった。すごいや。瓦礫の下敷きになっていたお陰で墓標が真っ二つに割れただけで済んでいるから見つけられたよ」
「放せ!やめろ!奴の配下の貴様も私の家族の仇同然だ!」
「奇跡的に墓標が見付かったって事は、待っていたのかもしれないね」
「私の話を聞け!いいから放、」


パッ、

ようやくエドモンドがルーベラの腕から手を放した。エドモンドは、瓦礫の下敷きになりぱっくり真っ二つに割れて倒れている墓標かある地面を指差す。
「此処だよ」
「何がだ!」
「此処に眠っているよ。ダミアン様がね」


























「そんなの…そんな嘘偽り子供でも言える!」
「ほら。この墓標。何て書いてある?」
真っ二つに割れた墓標をルーベラに渡す。
「ダミアン…ルーシー…カイド、マルド…」
「ね」


カラン!

墓標を地面へ叩き付けたルーベラ。
「おやおや。罰当たりだなぁお姫様」
「こんな小細工までして奴を匿うのか!」
「今までルネ軍の配下にされてルネ軍と交戦して死に物狂いだった私にそんな時間あるわけ無いじゃないかぁ」
「奴を出せ!居場所を教えろ!死んだ事にしてまで匿われる必要の無い人間なんだ奴は!!生きているんだろう?!優男の貴様の嘘偽りなど見え見えだ!それでもまだ奴を死んだ事にして匿まおうというのならば私はこの身が滅びるまで奴を探してやる!」「そうまでして死んだと思いたくない程に弟を大切に想ってくれたんだな。ありがとう」
「っ…?!」
今まで黙っていたヴィルードンが発した一言にルーベラは目を見開く。エドモンドは目尻を下げてヴィルードンを見る。
「ウィリアム君…」
しかしヴィルードンはエドモンドに返事をせず、初めてルーベラに歩み寄る。当然ルーベラはヴィルードンから離れる。先程拳銃を奪われたから武器は無いながらも、ヴィルードンを腕で払う仕草を何度もしてみせる。
「やめろ!近付くな!今、弟と言ったな!?よく見れば貴様も奴と同じ髪色をしているな!なら奴の兄か!なら貴様もこの優男同様に奴の同類だ!」
「王室をあいつに追放された俺も詳しくは分からない。けど、エドモンド将軍が言うようにダミアンは死んだんだ。君はあの映像を見ていなかったのかな。当時全世界に放映されたんだ。マラ教教皇とヴィヴィアンがあいつの首を群衆の前で跳ねた映像が。だから本当だよ。ダミアンは死んだんだ」
「だから嘘偽りを…、」
「なら君の言うように、君の体が滅びるまで探してみると良い。本当の本当にダミアンはもう何処にも居ないからさ」
「だからそんな嘘偽りを言うな!」
「嘘偽りじゃない、って…――」
そこでヴィルードンはもうこれ以上話すのをやめようと思った。エドモンドも。ルーベラがボロボロと溢れる涙を拭っているから。拭っても拭っても追い付かない程の涙を。
「嘘偽りをっ…言う、な…言わないでよ…!奴は…ダミアン・ルーシー・カイドっ…マルドは…国王様は…生きているんだろう…、生きている…んだから…!」






















ガクン…!

ダミアンが埋葬されている地面に崩れ落ちたルーベラは肩を上下にひくつかせ泣き続けながら、頭を抱えて独り問答を繰り返している。
「嘘偽りをっ…言うな!言わないで…奴…違う…国王さ、まは…、違う!奴は!奴は私の家族の仇!だから私が殺す!…違う…仇…だけど…あの人は…行き場の無い私に…生き場をくれた人…、違う!…違う…違う!違う…」
「お姫様…此処じゃルネ軍の戦闘域に入るのも時間の問題だ。早急に安全な場所を探してそっちへ逃げよう」
エドモンドが、俯くルーベラの震える肩に触れた瞬間。


ガシッ!

「!」
その手を力強く掴んだルーベラ。
「お姫さ、」
「エドモンドしょうぐん…本当に…本、とうに…国王様は亡くなってしまったの…?」
ダミアンと同じ光の無い緑の瞳から引っきり無しに涙を流してそう尋ねてくるルーベラが、ようやくエドモンドの知るルーベラに戻ったと確信した。瞬間、エドモンドは彼女を抱き締めた。まるで父が娘を抱き締めるように。ルーベラはエドモンドの胸でわんわんと泣いた。
「私…私今まで何処で何をしていたかも覚えていないの…!カイドマルドがルネに戦争を仕掛けられて、カイドマルドが戦禍に飲まれる前に国王様が私を中立国イタリアへ逃してくれて!イタリアへ向かう途中日本軍と交戦して、一緒に乗っていた少尉が死んじゃって、日本軍の攻撃で私が乗っていた戦闘機も墜落して…それから今まで私には記憶が無いの、ぽっかり抜けているの!」
「そうかい。そうか。そうだったんだね。辛かったね。今まで独りで辛かったね。頑張ったね。よく生きていてくれたね」
「その間に国王様は死んじゃったの?私、喧嘩をしたままだったのよ!少尉は"また会えますよ"って言ってくれたから私今度会った時国王様に謝らなきゃいけなかったのに!どうして謝らせてくれなかったのかな?!国王様の寿命が縮んじゃえって死んじゃえって言った私に、戦禍を逃れて生き延びさせる為に中立国へ向かう手配を極秘裏に国王様は施してくれていたのに!こんな私なんて嫌いだった筈よね、最期に思い出してすらくれなかったわよね」
「嫌う筈無いじゃないか。大丈夫。今でもこれからもダミアン様はずっとずっとお姫様を大切に想っているよ。気難しい性格だから素直に感情表現できないお人だけどね!」
「エドモンド将軍…」
パチン!とウインクをして和ませてくれるエドモンドの温かさに、ルーベラは今までぽっかり抜けていた時間の哀しさが紛れた。

























「ごめんなさいエドモンド将軍。私…」
「はいはいは〜い!堅苦しい謝罪も話ももう沢山だよ!ウィリアム君も戻ってくれたし、お姫様も戻ってくれたしそれで良いじゃないか!2人共私に悩みを吐露し過ぎだよ!私だって万能じゃないんだ、一気に2人分の悩みを聞かされたら疲れてしまうよ!」
肩を竦めて首を横に振るエドモンドが本当は疲れてなどおらず、自分達を和ませてくれている事など2人にはすぐに分かった。だってこの人の朗らかな性格をよく知っている2人だから。
初対面のヴィルードンとルーベラだが互いに顔を見合わせ、笑い合う。


ドン!ドン!

そんな彼らに和やかな刻を悠長に過ごさせる事を許さないのが現実だ。まだ続くルネ軍VS元カイドマルド軍の交戦音が近付いてきた。地面が揺れる。
「おっと!長話はしていられないんだったね。ウィリアム君が何故今まで王室を抜けていたかや、7年前のルーシー家襲撃も聞きたいところだけどそれは後でゆっくりと、」
「俺とダミアンが好きだったアールグレイを飲みながら。…ですよね?」
「惜しい!90点!何故なら、」
「ホット!ホットよ!国王様はアールグレイをホットでしかお召されなかったもの!」
「ピンポーン。さすがは恋人のお姫様だ。正解。ウィリアムく〜ん。君は何年ダミアン様の兄を務めていたんだ〜い?減点!」
「面目無いです!」
「ふふっ!」
悠長に構えていられないというのに漂う和やかな雰囲気。だがすぐにキリッと戦士の顔付きに変わるのは彼らが軍人だからか。
「じゃあ私はこのカイドマルド戦闘機で。ウィリアム君はルネ軍戦闘機で。ウィリアム君にお姫様を頼んでも大丈夫かな?」
「分かりました」
「将軍!私もこのイギリス軍戦闘機で戦うわ!」
ルーベラは自分の左胸に手をあてて、前へ出てきた。
「お姫様は戦闘機も操縦できるのは分かるけれど…また墜落したりしてお姫様に何かあったら、私は今度こそダミアン様に呪い殺されてしまうよ」
「私にも戦わせて!国王様の国を守りたい!ルネになんてやらせない!それが国王様への償いだと思うの!それにこの国は私の第二の故郷だと思えるくらい大好きな国なの!だからお願い!」
ルーベラの懇願に、エドモンドとヴィルードンは顔を見合わせる。エドモンドは指で印をつくる。
「OK!了解お姫様。でもこれだけは守ってくれるかな。相手はあのルネ軍だ。さすがに強敵なのは分かるね?だからお姫様は私とウィリアム君の間に位置する形で陣形をとってくれるかな」
「了解!」
ビシッ!と敬礼をしたルーベラにまたウインクをすると戦闘機の元へ歩いていくエドモンド。





















一方、同じ方向に自機があるヴィルードン…否、ウィリアムとルーベラは並んで歩く。初対面だし気まずいし、何よりこんな戦禍だからこのまま会話無く互いの戦闘機に乗り込むだろうと思っていたウィリアムだったが。
「あの」
「え!何…かな」
突然ルーベラに話し掛けられ、ビクッとしてしまう。一方のルーベラは難しそうに眉間に皺を寄せて顎に手をあてて何かを考えているようだ。
「国王様のご兄弟なのよね?」
「ああ…腹違いのだけど」
「ならお義兄様って呼べば良いのかしら?」
「え!?」
そんなに真剣に悩んでいるから今から繰り広げられるVSルネとの戦闘にルーベラは不安を抱いているのかと思っていたウィリアムだったから、まさかの悩み吐露に拍子抜けしてしまった。
しかしルーベラは真剣…な表情からすぐに顔を真っ赤に染めると頬に手を添えてウィリアムから顔を反らした。
「やだ私ったら!お義兄様だなんて!ご結婚してもいないのに図々しいわよね!」
「…ぷっ」
「?」
ウィリアムが口を押さえて微笑ましそうに笑った。ルーベラは振り向く。ウィリアムは無愛想なダミアンからは似ても似つかない優しい笑顔を浮かべた。
「何でも良いよ」
「……。腹違いとはいえ、本当にご兄弟なのかしら」
「え?」
「国王様は絶ッッ対にしない笑顔だわ」
またしてもルーベラが真剣に言うものだからウィリアムは笑ってしまった。
「ダミアンも昔はよく笑ったんだよ」
「本当かしら」
お互い、自機の前に立つ。機体の上から吊り下げられたロープに掴まり、機体腹部にあるコックピットへと上昇しようとした。
「ウィリアムお義兄様一緒に頑張りましょう!」
初めて見たルーベラの年相応の少女らしい笑顔に、ポカン…となったウィリアムだがすぐにキリッとした目をして…けれど笑顔で頷き、ルーベラの敬礼にこちらも敬礼を返した。
「ありがとう!」
「ウィリアム君!!」
「え、」


パァン!パァン!パァン!


ようやく自分の本音を打ち明けられ、弟の恋人も元の記憶を取り戻し、敬愛する元上官とも解り合えた。これからこの母国でまたやり直す…そう決めたウィリアムの名を叫んだエドモンドの声の直後の銃声。
振り返ったウィリアムとルーベラ。ウィリアムの前に両手を広げて盾となってくれたエドモンドの眉間、左胸、首から吹く真っ赤な血飛沫。























「き…、きゃああああ!」
ルーベラの悲鳴。


ドサッ、

うつ伏せで倒れたエドモンドに駆け寄る顔面蒼白のウィリアム。
「エドモンド将軍!将軍!しょ、」
「お前の将軍はカイドマルド人のその優男になったようだなヴィルードン」
「…!」
聞き覚えある低く威厳ある男性の声に、上げたいのに上げたくない顔をゆっくり上げた。


カチャ、

ウィリアムの黄緑色の瞳には銃口を向けるダイラーの姿がはっきり映し出されていた。
「ダ、ダイラー将…軍…」
「お前の出身地も居住地も何から何まで作りモノのようだとは思っていた。まして、ルネ人で金色の髪の人間は居ないからな。だが他国との混合血だと言い聞かせていた。だがまさかカイドマルドの人間だったとはな」
「将軍!俺は…!」
「猶予を与える」
「え…」
「お前の将軍は私か。それとも其処で伏している哀れな負け犬カイドマルド軍の優男か」
「将ぐ、」
「答えろ」
「っ…、俺は…!」


カラン!カラン!

「!?」
ウィリアムの足元に放り投げられたダイラーの拳銃。
「ダイラー将軍これは…」
「それでその優男を撃て」
「!?」
「撃てばお前を殺さずにいてやる」
「俺、は…」
ガタガタ震える手で拳銃を握るウィリアム。足元では血をドクドク流して倒れているエドモンド。うつ伏せだから顔が見えなくて、生きているのか死んでいるのかも分からない。
「れ…、は…、」
「早くしろ」
「っ…!俺は…!」


パァン!























鳴り響いた銃声。飛ぶエドモンドの血飛沫。しかしウィリアムの拳銃銃口からは煙が吹いておらず。…ダイラーが隠し持っていた拳銃銃口からは灰色の煙が吹いていた。この拳銃が、ウィリアムの前に再度盾となったエドモンドの頭部を貫いた。

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あきゅろす。
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