[携帯モード] [URL送信]

症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:1
ルネ領カイドマルド駐屯地
第2格納庫―――――

「貴様はカイドマルド軍所属コールス・モードリーだな!ならば今すぐに、我々ルネ軍カイドマルド駐屯地を壊滅しようと目論む反乱分子を潰してこい!」
「俺達の国で敵が指図するな!それに!カイドマルド人の俺達が同じ思いのカイドマルド人を、何故滅っさなければいけないというんだ!俺達は悪しき血の通ったルネ人じゃない!カイドマルド人だ!」
「黙れ!植民地支配された人間に自由など無い!」


ゴツッ!

「ぐあっ!」


ドサッ…、

カイドマルド駐屯地から発進された6機のルネ軍戦闘機が、カイドマルドを植民地支配したルネ軍駐屯地に攻撃をしている。これは実際アントワーヌが1機を操縦し、残り5機を無人でオート操作している反乱なのだが、ルネ軍駐屯地の人間は、植民地支配されたカイドマルド人がルネに反乱を起こしていると思い込んでいるのだ。
ルネがカイドマルドを植民地支配後、元カイドマルド軍人達は全員、ルネ軍人達の監視下に置かれ尚且つ、ルネ軍駐屯地とされた此処カイドマルド王国にルネ軍戦闘機の部品や爆弾製造の労働を強いられている。そして今まさに、反乱分子の始末をさせられそうになっていた元カイドマルド軍人がルネ軍人に逆らったところを殴られた…という状況だ。
「コールス少尉大丈夫か!」
「しょ、将軍…」
殴られた若い軍人コールス少尉に駆け寄るのはエドモンド。いつもにこやかだった彼も、強いられる強制労働のせいで頬は痩せこけ顔は青白く、一国の軍隊将軍だった男の見る影も無い。


パシン!

ルネ軍人が縄を床に力強く叩き付ける。
「その男はもう将軍ではない!我等ルネ王国の家畜だ!貴様らの新しい将軍の名は現ルネ王国ルネ軍デュレフュス・ジョルジュ・ブーランジェ将軍だ!よーく覚えておけ!はははは!」
高笑いを上げて去って行くルネ軍人を睨み付け、鼻血を流しながら食って掛かろうとするコールス少尉。
「ふざけた事を!我々の将軍はエドモンド・マリア将軍ただ1人だ!!」
「やめるんだコールス少尉!」
後ろから少尉の腕を掴んで止める。

















「しかし将軍…!」
「もう君や部下達が傷付くのを見ていられないんだ私は…」
「では将軍はこのままで良いと仰るのですか!ルネ達に虐げられ言いなりになり、家畜同然の人生を強いられるまま生涯を閉じてご満足なのですか!我々軍人だけではありません。此処以外の街ではカイドマルド国民シビリアンもルネによって強制労働を強いられております!ルネ軍人達の会話によりますとシビリアンは市街地にてルネへ納める農産物の生産、貴金属製造など、満足な食事を与えられず日々酷使されているのです!私の…私の知っているエドモンド・マリア将軍は国民を見捨て、敵に恐れをなし降伏する人ではなかったはずで、むぐっ?!」
興奮し声が大きくなる少尉の口を塞ぐエドモンドは自分の口の前に人差し指を立てる。その動作に少尉が首を傾げている間エドモンドは、辺りを見回す。
「将軍…?」
「突然口を塞いで申し訳なかったね少尉。敵に敗戦したこんな情けない私を少尉がまだ"将軍"として慕ってくれている事とても嬉しかったよ。…心配をかけたね」
「…!という事は将軍…!」
エドモンドは静かに笑みながら頷く。
「大丈夫。こう見えて私は負けず嫌いでね」
格納庫の端に追いやられたカイドマルド軍戦闘機群を見上げた。
























一方、ルネ軍カイドマルド第一駐屯地の外――――

燃え上がる駐屯地を、機内で顎に手を添えて眺めるアントワーヌ。
「コーサ・ノストラの腕だけで格納庫一つ壊滅できるとは。案外ルネ軍は容易いかもしれないな。…はっ。しかしあまり思い上がっては父さんの二の舞か。隙をつかれかねないな」
「アントワーヌ君」
ノイズ直後、フロントガラス上部モニターには、戦闘機に搭乗しているマラの姿が映し出される。
「本当に戦闘機に搭乗するとは思わなかったなマラ教皇」
アントワーヌがルネ軍から奪取した戦闘機でオート操作している無人機の内の1機に乗らないか?とマラに先程通達した。その際マラは嫌疑な表情を浮かべてyesともnoとも返事をしなかったのだが、今こうして搭乗した彼から通信を受けているからアントワーヌは肩を竦めて笑う。
「冗談のつもりだったのだけれどな。貴公は他人とは手を組まない性分と思っていた…が、それは私のミスか。貴公は他人と手を組む性分だったな。それ故騙され、マラ教は衰退の道を一直線に辿っている。そう。先代カイドマルド国王ヴィヴィアン・デオール・ルネに騙され、」


ブツッ、

マラから一方的に通信を切る。
「言わせておけば…ですね」
ふぅ…と息を吐き、見慣れない上に触った事の無いルネ軍戦闘機のキーボードや操縦捍を眺める。
「アントワーヌ君から付け焼き刃で教わっただけですし、ルネ人から施しなど受けたくは無いのが本心ではありますが…。我々を迫害してきたカイドマルド軍と手を組むよりは幾分マシでしょう。この機会を逃してしまってはこの先もう無いでしょうからね、私がルネ軍戦闘機の力を得る事など」
機内に用意されていたヘルメットをかぶったマラの左目にはカイドマルド駐屯地格納庫が3つ見える。
「あの格納庫に元カイドマルド軍人達が強制労働を強いられているわけですか…。ではあちらを塵とすれば少しはダリアさん、コーテルさん、アダムスさん達の魂も浮かばれ…たら良いのですけれどね」
マラが操縦捍を前へ倒して機体を起動する。
「ふっ」
その様を隣で眺めて笑むアントワーヌも、再び駐屯地壊滅へ向かおうとする。


















ビー!ビー!

「!?」
「敵機接近!?」
瞬間、アントワーヌとマラの機内には敵機接近のサイレンが鳴り響く。オロオロと左右を見回すマラの隣でアントワーヌはすぐ見上げた。曇天の灰色雲の切れ間からこちらへとギラリ光るモノ。それは太陽なんかではないと確信したアントワーヌはすぐさまマラへ通信を繋げた。
「右旋回!」
「!?」


ドゴォッ!!

「ぐあ"あ"あ"!!」
「教皇!」
しかし軍隊経験も無ければアントワーヌからの付け焼き刃で教わっただけのマラでは、アントワーヌからの突然の指示にどうする事もできず。上空から急降下してきた1機の戦闘機にのしかかられてしまった。
衝撃で辺りに立ち込めた灰色の煙幕が晴れると其処には、ギラリ光る黒いルネ軍戦闘機が姿を現す。ルネ軍戦闘機はマラが乗っている戦闘機を踏み潰し、今まさに機体頭部に砲撃口を突きつけていた。
「教こ、」


ドガン!ドガン!ドガン!!

「っ…!」
低く鳴り響く砲撃音。コックピットは戦闘機腹部にある為直撃は回避されているけれど、頭部と両腕が吹き飛ばされる程の砲撃を何度も喰らっているマラの機体を目の当たりにしたアントワーヌは目を瞑る。が、すぐに駆け出した。
「同志でも同胞でもないが貴様らに死なれてはこの反乱罪を擦り付ける相手が居なくなると述べたはずだ!」
振り上げるサーベル。しかしルネ機はアントワーヌ機の方を向くと何と飛び上がり、アントワーヌ機の頭上を飛び越えていく。
「なっ…?!」

アントワーヌが振り向くが振り向くその僅か数秒たらずの時間すらルネ機にはスローモーションのように見えるのだ。
「コーサ・ノストラ所属時に戦闘機を嗜んだ程度で俺達プロに敵うと思うなんて思い上がりも良いところっすね」
「その声は…!」


ドガン!ドガン!ドガン!!

「ぐあああ!!」
マラ機同様頭部を両腕を至近距離で砲撃されるアントワーヌ機。それに加えて両脚も砲撃され立っていられなくなった機体はガシャン!と地へ落ちた。




















アントワーヌ機とマラ機を攻撃したルネ機のパイロットはヴィルードン。
無様に地へ転がり、バチバチ火花をたてる2機を見下ろす。
「1機はアントワーヌ・ベルナ・バベット。もう1機は…」


ピッ、

もう1機へこちらからオープンチャンネル通信を繋げたヴィルードン機のモニターに映し出されたパイロットの姿にヴィルードンの目が見開く。
「マラ教皇…!!」
機内で頭から血を流し気を失っているマラ。
カタカタ小刻みに震え出すヴィルードンの両手。脳裏で甦るのは、8年前のルーシー家衝撃時ダミアンと共に居たマラの姿。そして今年、大々的に世界へ配信されたカイドマルド革命…即ちダミアン処刑時ヴィヴィアンと共に居たマラの姿。
「あいつのやってきた事は間違っている…。一族殺しに、ジュネーブ議定書違反の毒ガス散布…。けど…けれど…」
ヴィルードンの揺れる黄緑色の瞳にマラが映り、直後…

『お兄様!』

幼きダミアンの笑顔と声が鮮明に甦れば、キッ!と顔を上げた。もう片方しか無くなってしまった左手で操縦捍を強く握り締めて。
「お前がダミアンを殺したんだ!!」


キィン!

振り上がったサーベルをマラ機目掛けて振り落とす。


ガッ!

しかしその刃は2機の間に入ったアントワーヌ機が受け止める。





















「邪魔をしないでもらいたいっすね反逆者!」
「そのお言葉そっくりそのままお返ししますよ。ルヴィシアン国王に反乱を起こすおつもりのヴィルードン・スカー・ドルさん」


キィン!

「なっ…!?」
アントワーヌのサーベルを凪ぎ払えばサーベルは宙を舞い、舞っている間にサーベルを真っ二つにされてしまった。
「コーサ・ノストラだろうと所詮戦闘機経験はゼロに等しい初心者の動きなんてこっちからしたら止まって見えるも同然!!」


ドガガガガガ!!

「ぐっ…!!」
アントワーヌ機をマラ機から遠ざけようとヴィルードン機はアントワーヌ機に砲撃を繰り返す。これにはさすがに生命の危機を感じ、ヴィルードン機足元に横たわるマラ機から離れて後退せざるをえない。


ドドドド!!

「くっ…!近寄るどころか離れざるをえない!」
画面端のモニターにマラ機を映せば、ヴィルードン機がマラ機を滅多刺しにしている様子が確認できる。


ダンッ!

機内を殴るアントワーヌ。
「計画失敗だ!教皇が死んでは罪を擦り付ける相手がいなくなる!即ちこれから民衆と反王党派軍人を後ろ楯にする私の計画も失敗する!くっ…!一体どうすれば…!」


ドドドド!

「!?」
アントワーヌ機はもうヴィルードン機から攻撃を受けていないのに砲撃音がすぐ傍から聞こえてくる。顔を上げるとフロントガラスの向こうには、ヴィルードン機に攻撃をしているカイドマルド戦闘機3機の姿が見える。3機を相手にしているヴィルードン機はマラ機相手どころではない様子。
「くっ…!既に死んでいるとは思うが万が一の時の為。私の計画の為に!」
アントワーヌはその隙にマラ機に近付くと、マラ機を鷲掴み、引き摺ってこの場から去って行く。
「教皇が!」
それを見逃さないヴィルードンは後ろを振り向く。マラ機を連れて戦線離脱するアントワーヌ機を追おうとした。
「敵を前にして背を向ける事は死を意味すると私は君に教えなかったか!?」


キィン!!

カイドマルド機のサーベルを間一髪のところで受け止めるヴィルードン機。





















「くっ…!」
しかしそのせいで、この場からどんどん離れていくアントワーヌ機とマラ機の姿が右目の隅に映るからヴィルードンは悔しい表情を浮かべる。
「その声はエドモンドさんか!」
「敵に敬称付けるとは!やっぱり君は生温いねウィリアム君!!」
新手のカイドマルド機3機中央で他2機を引き連れるパイロットはやはりエドモンドだった。
「此処は私に任せて。コールス少尉、ノルマン軍曹は他のルネ軍駐屯地の破壊と其処でルネ軍に捕らえられている同胞達の救出を!」
「了解」
「救出後、動ける者には共にルネ軍討伐に参戦してもらってくれたまえ!」
「了解」
エドモンドからの指令後、2機は二手に分かれてルネ軍駐屯地の壊滅と其処強制労働を強いられている元カイドマルド軍人達の救出作戦へと急いだ。
「待て!一体何を、」
「何をするつもり?!それは君の方だろうウィリアム君!」


キィン!!

再びぶつかり合うヴィルードン機とエドモンド機のサーベル。ぶつかっては間合いを取り、互いが隙を狙って突いてを繰り返すが五分五分。どちらも互いの急所を得られない。
汗を飛ばしながらエドモンドは笑う。
「くっ…!私と対等に渡り合えるまでになったんだね!ルネ軍で大分鍛えられたようだウィリアム君!」
「その名前はとうに捨てたと言ったはずだ!」


キィン!キィン!!

両者一歩も引かないサーベル同士のぶつかり合い。






















「あの日からずっと私は君に聞きたかった。今こうして直接聞ける場が設けられて光栄に思うよ。カイドマルドを植民地支配したあの日、君は何故私にあんな事を言ったんだ」

『…8年前の王室襲撃の真実を知らないお前は哀れだ。重罪人を崇め讃えていたのだから』

「そのままの意味だ」
「…ダミアン様が8年前のルーシー家襲撃犯だと言いたいのか。なら、あの日大勢のマラ教徒達がカイドマルド城へ襲撃した件はどう説明するつもりだい!ダミアン様は反マラ教のカイドマルド王族じゃないか!」
「あいつが王室を国民を騙し裏切りマラ教側につき…けれど加担したマラ教すらも裏切り、自分の為に起こした襲撃だったと言えば辻褄が合うと思わないか」
「全くだね!王室もマラ教も裏切り!?仮にダミアン様がマラ教に入信していたとしてならば何故マラ教をも裏切る必要があるんだ!?そしてもっとも不可思議なのは自分の家族王室を襲撃する意味が分からないじゃないか!」
「あいつが王室を憎む理由なら山とある!これはカイドマルド王室ルーシー家の問題なんだ!余所者の貴方が介入して良い話じゃない!」
「余所者だと!?」確かに私は王室の人間ではないさ。けれど私なりに王室に仕え、王室を守ってきたプライドがある!少しくらい私に話してくれても良いじゃないか!ウィリアム君!君が何故カイドマルド王国を裏切りルネ王国へ渡ったのか!」
「くっ…!だからもうその名は捨てたと言ったはずだ!今は貴方と話している時間は無い!今去って行った機体には教皇が…マラ教皇が乗っているんだ!俺に教皇を追わせろ!」


キィン!!

「ぐあっ!!」
長時間ぶつかり合っていたサーベル対決もヴィルードンに軍配が上がる。エドモンド機を凪ぎ払うと再び背を向け、遠退いていくアントワーヌ機とマラ機を追い始める。
「…じゃないか」
ノイズ混じりに聞こえてきたエドモンドの呟きを無視してヴィルードンはマラ機を追う。
「俺は教皇を追わなきゃいけない。追わなきゃ、」
「ウィリアム・ルーシー・カイドマルドの名を捨てたのなら何故、弟の仇のマラ教皇を追う必要があるんだ!!」
「…!!」


ガタン…!

通信機を通じてヴィルードン機内に響き渡ったエドモンドの大声に、機体を操縦していたヴィルードンの手が思わず止まる。
「れは…、俺…は…」
――そうだ。どうしてこんなにも必死にマラ教皇を追う必要があるんだ?――

『ルネ王室の現体制へ反乱を起こす…その時期が来ただけの事だ』

――今俺はルネ王国カイドマルド駐屯地の人間で、ダイラー将軍と共にこれから、ルネ王室の現体制を崩す為に始動して…――

『ヴィルードン・スカー・ドル。君をルネ軍軍人として任命する!君の名前は聞かない。どうせその名前はルネでは使えないし。いくら英国文化の国カイドマルドって言っても、名前はその国特有じゃない?だから、あたしが君にルネの名前をつけてあげたの!大学院の時片想いしてた先輩の名前なんだけどね、ってこれは軍の皆に秘密よ!』

――拾ってくれたマリソンさんの為に、カイドマルド王室での名も身分も捨てて、カイドマルドと敵対する国ルネで、カイドマルドを…カイドマルド王室を…あいつを裁く為にヴィルードン・スカー・ドルとして生まれ変わったんだろう。なのに何故…――

『お兄様!』


























「――君、――ム君、ウィリアム君!」


ザー、ザー

ノイズに混じってエドモンドの呼び掛けがヴィルードン機内に響く。いつの間にかヴィルードン機の隣にやって来たエドモンド機。
「一旦停戦しよう。今の一言で君の真意が少しだけ分かったよ。君は…君は心の底からカイドマルドを裏切ってはいないと」
「…は…、れは…、」
「カイドマルドもマラ教を敵視しているが、以前、ルネへ輸出予定のアン帝国の奴隷をマラ教が逃がした事によってルネもマラ教を敵視しているだろう?ならここはマラ教を敵視する者同士一旦停戦をして教皇討伐に手を組まないかい?」
ピースとウインクをしてみせるエドモンドは痩せ細っていたが、久し振りに普段の飄々とした穏やかな彼らしさが垣間見れた。
「は…、れは…何故教皇を…?」
「ウィリアム君?」
しかしまるで反応が無く俯きブツブツ呟くだけのヴィルードンに、エドモンドは首を傾げる。
「大丈夫かい?早くしないと教皇を見失ってしまうよ」
「俺は…れ、は…」
「…それとも。手は組めないと言うのかな?それなら私は今此処で君を…」


キィン…

エドモンド機が振り上げたサーベルに、立ち尽くすヴィルードン機が映る。

『赤ちゃんの事。まだ私は15だしヘンリーの評判も考えてお腹の中の赤ちゃんは中絶したほうが良いって…ヘンリーも貴族もそう言ったの。でもそれってみんなの自己中心的な発言だよね?お腹の中の何も知らない赤ちゃんはヘンリーや私の評判の為だけに殺されちゃうんだよ?そんな事をするくらいなら私が死んだって構わない』

『それがどうかしたの?ダミアンの処刑は最高のショーだったなぁ』

『僕の…誕…生日…?』

ジュリアンヌ、ヴィヴィアン、そしてダミアンの顔が声が鮮明に甦れば甦る程ヴィルードンの体の震えが増す。






















「ウィリアムく、」
「エドモンド将軍!!」
「!!」
裏返った声で自分を昔の呼び方で呼ぶかつての王子。見開いたエドモンドの瞳に映ったモノは、モニターを通じてだけれど確かに目に光るモノを浮かべた、かつて自分がこの身を捧げて守ろうと誓ったカイドマルド王室王子の姿だった。
「ずっと思っていた…いや、ずっと隠していた…。隠さなければ押し殺さなければ弱い自分は再び元の自分に戻ってしまうと分かりきっていたから。でもずっと押し殺していた思いをようやく言える日がきた」
「……」
「俺は貴方に死んでほしくない!」
「……」
「貴方と共に討ちたい!あいつの仇を!あいつは大罪人だ。裁かれて当然の人間だ。…けれど…。けれど俺にはこの世でたった1人の大切な弟なんだダミアンは!!」
2人の間に起きるのは沈黙なのに全く静かでは無いのは、遠くの第3、第4駐屯地から聞こえてくる交戦中のルネ軍VS元カイドマルド軍の戦闘音のせい。






















再び機内で俯くヴィルードンの様子がモニターを通してエドモンドへ伝わる。
「ウィリアム君…と呼んで良いのかな」
先程までとは別人のようなエドモンドの穏やかな声色。顎を触りながら身振り手振りにこやかに話し出す。
「何故ダミアン様が8年前の襲撃を企てたのか私はずっと分からないままだ。君は真相を知っているのだろう?その話は後でゆっくり…そうだな。ルネの植民地支配から解放された後カイドマルド城を再建築してから話そうじゃないか。城の構造は勿論8年前のまま。君とダミアン様が大好きだったアールグレイをホットで飲みながら、ね。どうだい?」
ピースとウインクをするエドモンド。しかしヴィルードンは俯いたまま肩を上下にひくつかせ、
「申し訳…無いです…」
言葉を詰まらせながらそう返事をした。だからエドモンド機はヴィルードン機の背をバシバシ叩く。
「嫌だなぁ。王子様が、ただのしがない軍人に謝罪だなんてしないでくれよ?私はどれだけ偉い人間なんだい?!って話になってしまうよ。…おっと。こんな雑談も後日ゆっくりとティーを飲みながらだね。じゃあ向かおうかマラ教皇の元へ。王室の仇。ダミアン様の仇を討ちに。そうだろう?」
「はいっ…、ありがとうござ、」


ビー!ビー!

「敵反応!?」
鳴り響く敵機急接近サイレン。


ドゴォン!!

「ぐっ…!次から次へと!」
2機の前に、上空から何かが着陸…いや、墜落した爆音と共に立ち込める灰色の煙。煙が晴れると其処に横たわるのは青色のイギリス軍戦闘機1機。至る箇所からバチバチ青白い火花を散らしているし、機体が所々焦げたり傷付いているから交戦後という様子が一目で分かる。
























「邪魔だ!それにしても何故イギリス軍戦闘機がしかも1機だけ我が国に?何処かで交戦後かな?けれどイギリス軍は先のイギリスVSアンデグラウンド王国戦後国際社会から制裁を受けて、何処とも交戦をしていないはず…。ウィリアム君!このイギリス軍戦闘機は無視をして私達は教皇を追おう!」
「…ハッ!エドモンド将軍右旋回です!!」
「!?」


ヒュン!

反射的にすぐ右旋回したのは脳と身体に染み込まれた軍人としてのエドモンドの性だろう。
ヴィルードンの咄嗟の指示が無ければエドモンドは危なかった。起き上がったイギリス機がエドモンド目掛けてサーベルを突いてきたのだから。これにはエドモンドもサーベルを繰り出す。
「交戦の意思有り…ときたか。ウィリアム君先を行ってくれ!此処は私が引き受け、」
「ダミアン・ルーシー・カイドマルドは何処だ!!」
「!?」
エドモンド機にもヴィルードン機にも響き渡ったイギリス機パイロット少女の怒鳴り声。ヴィルードンはキョトンとしているが、エドモンドは目を見開いた。
ボロボロの機体にも関わらず2機にサーベルを向けて戦闘体勢のイギリス機。
エドモンドは震える手で恐る恐るイギリス機に通信を繋げる。するとモニターに映し出されたイギリス機パイロットの姿に更に目を見開いた。
「エドモンド将軍どうしますか。やっぱり此処は俺が…」
「…様」
「え?」


























一方のイギリス機パイロット少女。たった今の墜落と、此処へ来るまでの交戦で受けた怪我に、ヘルメット越しに頭を押さえ痛そうに片目を瞑っていた。
「くっ…!リザノワ諸島での中国人との戦闘の怪我と今の墜落の怪我が痛む…。いや!こんな弱音を吐いてはいられない!女王陛下との通信が途絶えて丸3日…。陛下はご無事なのだろうか…。…しかし。イギリスへ帰投中燃料切れで墜落したこの地が奴の国とは不幸中の幸い!好都合だ!女王陛下、私怨で動く私をお許し下さい。しかしこれが済めば、あいつを殺した後すぐにイギリスへ!女王陛下の元へ戻ります!」


キィン!

再びサーベルを2機へ向けたイギリス機パイロットは少女とは思えぬ声を荒げる。
「ダミアン・ルーシー・カイドマルドは何処だ!!」
「あのイギリス軍パイロット、何故ダミアンを探して…?」
「お姫様!!」
「お姫…え?エドモンド将軍あのパイロットを御存知なのですか」
「何故イギリス軍戦闘機に乗っているのかは分からないけれど、生きてくれていたんだね…本当に良かった!」
「エドモンド将軍?」
「ウィリアム君!君にも紹介したかったところさ!彼女お姫様はダミアン様の恋人なんだよ!」
「!?」











































同時刻―――――

パチパチと暖炉の火が薪を燃やす音。ヤカンからお湯が沸く音。
「うっ…」
暖かな空気に目を覚ましたのはマラ。木造の家の天井を、二重三重にぼやけ霞む目で見つめ、体を起こすが…。
「う"ぐっ…!」
全身をビリリとした激痛が走るから体を起こせず、再びベッドへ沈む。
「鉄の塊と揶揄される戦闘機越しとはいえシビリアンが軍人(プロ)からの攻撃を受けたんだ。命があっただけ奇跡だろう」
「アントワーヌ…君…」
ホットミルクの湯気がたつマグカップを持ってやって来たのはアントワーヌ。
端整な澄ました顔立ちの彼の頬にも先程ヴィルードンから受けた攻撃による怪我が目立つ。
「ありがとうございます」
受け取ったマグカップ。しかし口に入れる直前ピタッ…、と止めたマラのその行動を鼻で笑うアントワーヌ。
「はっ。毒など入れていない。何度も言ったはずだ。貴様らを殺しては、このルネ軍駐屯地襲撃の罪を擦り付ける相手が居なくなると」
「…ですが念の為こちらはお返しします」
「用心深いな」
「それに越した事はありませんからこの時代」
「ヴィヴィアン・デオール・ルネに裏切られた事から学んだようだな」


ピクッ…、

アントワーヌの一言にマラの左目が彼を睨む。だがアントワーヌは全く気にも留めず椅子に腰を掛けてコーヒーを飲んでいた。
























「此処は…何処かの空き家でしょうか」
「家の中でルネに植民地支配を受けた日の新聞までが見つかった。以降、ルネ軍の強制労働に召集されたカイドマルド人の家だったのだろう」
「時間の問題ですね…」
"奴等に見つかるのも"という意味だろう。
自分の腕や脚や身体中に施された包帯の手当てを眺めながら話し掛けるマラ。
「それにしても。罪を擦り付ける為だけに無慈悲な君がここまで手当てを施すとは。やれやれ。人間という生き物は本当に何を腹に抱えているか分かりませんね。そこまでして私を生かし、罪を擦り付けたいですか、ならば手当てを施さずあのまま出血死させてくれた方がマラ教皇としての尊厳は保たれたものを。余計な事をしてくれましたね」
「一つ問いたい」
「何でしょう」


カタン…、

アントワーヌはコーヒーカップをテーブルに置く。マラは天井を見上げたままアントワーヌの方を向こうとはせず。
「手当てを施す際やむを得なかったのだが」
「…?はい」
「……」
「…?アントワーヌ君?何が言いたいので、」
「教皇は女人禁制ではなかったのか」
「…!!」
いつも何を考えているのか何処を見ているのか分からないマラがバッ!と勢い良くアントワーヌの方を向いて目を見開き、自分の体を両手で抱き締めながら、アントワーヌを睨みつけた。


ドン!ドン!!

静まり返った室内とは対照的に遠く遠く城下町の方からはルネ軍VS元カイドマルド軍の戦闘音が聞こえていた。
















1/1ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!