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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「あっ。そうだぁ。ねぇバッシュちゃん。わたくしからのお願い。もう一度申してくださいます?先の大戦で喚いていたあのお言葉。"俺の女を侮辱するのもいい加減にしろよ!!"あのお言葉わたくしだぁいすきですの。いかにも頭が空っぽな愚民らしい稚拙なお言葉で笑えますから!ね?良いでしょう?」
「ざけんな!!いいから、」
「謝れ。…ですか?ふぅ。おバカさんの一つ覚えみたいに貴方はその言葉を何度も。…分かりました。謝りましょう」
斬られてしまいショートヘアとなった髪をエリザベスは右手で靡かせると、互いの睫毛と睫毛が触れそうで触れない位置まで近付けた顔でにんまり笑んだ。
「ずっと1人でお待たせしてしまいごめんなさいロゼッタちゃん。今貴女の元へ向かわせますからね。貴女の最愛の人間を」
「え、」


ドスッ!


ツウッー…、

彼の腹部に突き刺した銀色の剣に一筋の赤い血が伝う。


ドスッ!ドス!ドスッ!

バッシュの顔を胴体をありとあらゆる全身に剣を突き刺しては引き抜き突き刺しては引き抜きをエリザベスが繰り返す度に、ビクッ!ビクン!と痙攣する彼の体。噴き上がる赤い血飛沫。
「アハッ!アハハハハ!優しい優しいわたくしが今度こそ連れて行って差し上げましょう!バッシュちゃん!貴方が大ぁい好きなロゼッタちゃんの元へ!アハハハハ!!」





































樹海―――――――

「はぁ、はぁ!」


ガサ、ガサッ、

生い茂る木々の葉音をたてて真っ暗闇な樹海を駆ける劉邦。闇だった樹海の正面から一筋の月明かりが差し込めばすぐに視界が開けて砂浜に出る。


ガサッ!

「はぁ!はぁ!バッシュ!」


ザザァン…ザザン…

夜が明けてきて小豆色に染まり始めた4時の空。水面が穏やかに波打つ海。


チャプッ…、

「…何だ。この色は」
潮が満ち、樹海を抜けてすぐ足元まで押し寄せていた海が赤黒く染まっている。


バシャ、バシャ、

足首が海に浸かりながら辺りを見回す劉邦。昨夜自分とバッシュが居た位置には燃え尽きた焚き火の残骸と、岩には自分と彼の軍服がかかっているだけ。彼の姿は無い。
「バッシュ。何処に居る。此方にあの暴君女王は来なかったか」



バシャ、バシャ、

「おいバッシュ。返事をしろ。私に無駄な時間をとらせるなと以前から何度、」


グシャッ、

「も…、」
海中で何かを踏みつけた感触。真っ直ぐ向けていた目線を足元へ落とす。
「…!!」
赤黒い液体を今も尚流しながらうつ伏せで海中に浮かんでいるバッシュの姿が其処にあった。


バシャッ!

「バッシュ!おいバッシュ!」
海から引き揚げる。しかし四肢を斬られ顔面を潰された彼の姿に、劉邦の見開いた瞳がユラユラ揺れる。

『っを…頼…んだ、ぞ…』

彼を抱えたまま俯く劉邦の脳裏で蘇るジェファソンの最期の言葉。
「…た…、かっ…た…。代表…貴方との約束を私は…果たせなかった…」
まだドロッとした彼の鮮血が劉邦の束ねた長髪に付着する。
「常人を逸脱した身体に改造されても…これでは…意味が無い…。これでは何の意味も無いんだ…」































彼を抱えたまま立ち上がると劉邦は樹海に着陸させておいた自分の戦闘機の元へ静かに歩いていく。
「こんな非人道的行いをするのは奴しかいない…。先程の女軍人の言う通りならば奴はまだ何処かに潜んでいると考えるのが妥当だろう。奴はもう1人をまだ殺していないのだから」
ザッ…、
戦闘機の前に辿り着いた時。バッシュの赤い戦闘機が在った筈の隣を見上げる。
「無い…だと?まさか…」


ガコン、

取り敢えず戦闘機に乗り込む。コックピット座席の後ろ空きスペースに彼を横たわらせる。彼の顔から全身に彼の赤い軍服をかけて。
「兄さんに万が一があったら叱られる。お前はそう言っていたな。…どうやらそれは私の方だ」
静かに。静かにだが、戦闘機のキーを差し込む劉邦の右手が震えていた。
「李君!」
「…先程の奴か」
戦闘機の足元でこちらへ大きく両手を振って駆けて来るウィルバースの姿を捉えると劉邦は戦闘機から彼を見下ろしながら、キーを引き抜こうとする。
「おーい!李君!ソーンヒル君は見つかったかい?」
「……」
返事はせず、コックピットの座席を動かして機内から外へ出ようとする。


ドドドドド!!

「なっ…!?」
小豆色の空から突如マシンガンの様な白い光の銃撃が霰の様に激しい勢いで降ってきた。銃撃により立ち込めた灰色の煙幕がやがて消えていけば。穏やかだった砂浜には蜂の巣の様な大きな穴が何ヵ所も空き。
「…っ!」
砂浜中央には性別もどんな容姿をしていたのかも分からない程に真っ黒く焼け焦げた1人の人間の遺体。言われなくとも劉邦には分かる。この遺体はたった今此処へ現れ、自分に声を掛けてきたウィルバースだという事。
劉邦の戦闘機昇華のモニターが、近付いてくる1機の戦闘機を捕捉。


ガシャン、

砂浜に着陸したのは真っ赤な機体にアメリカ国旗が描かれたバッシュの戦闘機。しかしこの戦闘機のパイロットは今、劉邦の後ろで永遠の眠りについている。ならば一体誰が…?などセオリー通りの台詞を述べなくとも分かる。


ガー、ガーッ、

バッシュ機から昇華へ繋がるオープンチャンネル。機内モニターのノイズが大きく揺れて其処に映し出された笑顔のエリザベス。
「ご機嫌よう劉邦ちゃん!あの日以来ですね。お元気そうで何よりですわ」
「嗚呼そうだろうな。死ぬに死にきれないからな。貴様を殺すまでは!!」
























キィン!!

飛び上がった2機の戦闘機が小豆色の空を背に、大海の海で赤と白の火花を散らし交戦する。


ドドドドド!!

エリザベスが戦闘機のマシンガンで攻撃すれば海は高波の様に激しく水飛沫を上げる。攻撃を横へ回避し海面スレスレに飛行する昇華もエリザベス機を攻撃。


ドン!ドンッ!

しかし彼女も華麗にくるりと旋回して回避。


バシャァン!!

互いに高波の様な水飛沫を上げて上空へ飛び上がれば昇華は黄色のサーベルを。エリザベスは2本のサーベルを繰り出す。


キィン!

彼女のサーベルがグン…!と赤く染まり熱を帯びていく。このサーベルの能力を劉邦が知らない筈が無い。


ドドドドド!

サーベルを機体に触れさせない様エリザベス機をマシンガンで攻撃し、近寄らせない。だがエリザベス機は上がる水飛沫もマシンガンも右へ左へ華麗に避けて昇華へ近付いて海面スレスレを飛行してくる。だがそれで物怖じする昇華ではない。マシンガン攻撃を続ける。いつか必ず命中すると信じて。


ドドドドド!

「逃げるばかりではなく刃を交えましょう劉邦ちゃん!このサーベルが恐い様に見えますねェ!!」
「他人の機体を奪取しておいて偉そうに!」
ガコン!と昇華の下部が開けば、


ドォンッ!!

大砲が放たれ、海上で爆発。オレンジの炎が上がり立ち込める煙幕。この内にと昇華は煙幕より更に上へ上へ飛翔し、エリザベス機の背後に回る作戦。


ビー!ビー!

「…!」
しかしモニターが敵反応を示せば、敵の接近を知らせるサイレンが鳴るのと同時に煙幕の中から真っ赤な戦闘機が高速度で真っ直ぐこちらへ飛んできた。


ガキィン!!

「くっ…!」
「やぁっと刃を交えてくれましたね劉邦ちゃぁん!!」


キィン!キィン!!キィン!

自分のサーベルで彼女のサーベルを受け止めなければコックピットを貫通していただろう。彼女のサーベルを自分のサーベルで受け止めた為コックピット貫通は免れたが、咄嗟といえど熱を帯びたサーベルを受け止めてしまった昇華のサーベルが先端からみるみる溶けていく。























「くっ…!」
「同じ戦闘機でもバッシュちゃんの様な弱小国家のパイロットでは無く、大国の優れたパイロットのわたくしが搭乗するだけでこんなにも戦闘機の性能を上手く扱いこなせるのですから!この子(戦闘機)も喜んでおりますわ!わたくしに扱ってもらえて幸せだと!」


キィン!

「くっ…!」
熱を受けたサーベルでエリザベス機に触れればエリザベス機も熱に侵されるからサーベルを突いた。が、それは機体の前でクロスさせた2本のサーベルに防がれてしまう。
「こんな事は本来申したくは無いのですが。先のアンデグラウンドとの大戦で学びましたの。このサーベルの熱を受けた相手のサーベルにこちらのサーベルが僅かでも触れればこちらの機内が熱に侵されてしまうと。ふふっ。己の技で己を苦しめる能力とは。わたくしでしたらそうならない性能を製作致しますのに。やはりアンデグラウンドは弱小国家。その策すら思い浮かばないままこの機体をロールアウトさせるだなんて。ねぇ!貴方もそう思いませんか劉邦ちゃん!」


ドガァン!!

「っ…!」
再び大砲が放たれれば、エリザベス機の左脚を掠る。
「今の攻撃で舌は噛んだか」
「はい?」
「随分と饒舌だったからな。攻撃の衝撃で舌を噛めば後世に語り継がれる笑い物な最期となったのだが。返事が出来ているところを見ると噛まなかったか。つまらない奴だ」
「貴方もバッシュちゃんと同じ!わたくしを侮辱するのはお止めなさい!!」
「それは侮辱される様な人間な貴様の責任だ」
「何ですって!?」


ドドドドド!
ドドドドド!!

マシンガンで猛攻を仕掛けてくるエリザベスは、劉邦に挑発され明らかに頭に血が昇っている。しかし劉邦はあの持ち前の身体能力で彼女の猛攻を全て回避していく。
「消えた…!?またそれですか!!」
先のアンデグラウンド戦で劉邦の常人離れした目に止まらぬ瞬間移動の様な移動速度は体験しているエリザベス。しかし対応ができない。彼女から見たら本当に劉邦の姿が全く見当たらない。居ない同然。なのに誰も居ない空間から攻撃がくる…そんな光景。レーダーでも捉えられない高速度だから人間の目で捉えるなんて不可能なのだ。
「けれど攻撃が飛んでくる方向はあの子が居る方向という事!」


ドドドドド!
ドン!ドンッ!

「そんな…!?」
しかし彼女が思い浮かんだ希望の光の案も虚しく。劉邦は左、右、上何処からも攻撃を仕掛けてくるから彼の位置が掴めない。
「きゃあああ!!」
太刀打ちできず左肩や左脚から煙が噴き、破壊されていくエリザベス機。

























「何処に居るのです!!隠れていないで姿を現しなさい卑怯者!!」
「私は今まで一度も隠れてなどいない。それにこんな見晴らしの良い大海の何処に隠れる場所があるというのだ暴君」
「何ですって…!」


ドガンッ!!

「きゃあああ!!」
振り向いたら真後ろに居た昇華に蹴られ、大海へ真っ逆さまに落ちていくエリザベス機。


バシャァン!

しかし大海へ墜落する寸前海面スレスレで体勢を立て直したエリザベス機は再び飛翔し、サーベルで攻撃をしてくる。昇華はあっさり避けるが。
「あの体勢から立て直せるなら貴様は口だけの人間では無い様だな暴君」
「愚民の分際で上から!!」


キィン!キィン!


ドン!ドン!

エリザベスが2本のサーベルで攻撃しても昇華は避けながら砲撃で応戦。しかしエリザベスも負けじと、彼の攻撃を避ける。
「アンデグラウンドはわたくし達にやられ再建真っ只中で役に立たず!中国はルネの手に堕ち!残るはアメリカだけですか!もう国際連盟軍など機能していないも同然!ならおとなしくわたくしに殺されなさい劉邦ちゃん!!」
「貴様の様な大罪人になど殺されても死ねない」
「はっ!先程から偉そうに!ねぇ劉邦ちゃん!先程お会いしましたでしょうバッシュちゃんに!ならお分かりでしょう!国際連盟軍代表の中で貴方はもう1人になったのです!なら尚更もう生きていても意味がありませんよね!?国際連盟軍は機能せず!母国中国はルネに堕ち!仲良しな代表達は皆死に絶え!ねぇ!ですから早く!おとなしく!わたくしに殺されなさい!バッシュちゃんより惨たらしく殺して差し上げますよ!わたくしを侮辱した罰として!!」
「1人になったから生きていても意味が無い?」
コックピットに着いて操縦する劉邦は下を向いたまま呟く。
「なったからこそ生き延び、家族の仇討ちを行う必要があるだろう!!」
顔を上げた劉邦の瞳が施設時代と違い、人間らしい光のあるモノだった。


キィン!!

「サーベルを自ら捨てた…!?」
熱を帯び溶けていくサーベルを自ら海へ放り投げると劉邦は高速度でエリザベス機へ突進。


ドドドドド!!
ドドドドド!

「ぐっ…!この至近距離では避けきれませんわ…!」
堪忍袋の緒が切れたかの様に今までにも増して攻撃にキレが増していく昇華に、さすがのエリザベスも実力を存分に発揮出来ず大苦戦。得意の高笑いすら上げる余裕が無い。しかしこちらも負けてはいられない。昇華のマシンガン攻撃を海面スレスレ水飛沫を上げながら避けて昇華の頭上に跳び上がり、熱を帯びた2本のサーベルを繰り出す。一方の昇華が頭上を見上げれば昇華のフロントガラスに、迫りくるエリザベス機が映る。


キィン!

「おとなしく熱されなさい!!」


バシャァン!!

昇華は水飛沫を上げて高速度で後ろへ下がり避けた。エリザベス機2本のサーベルが大海へ振り落ちれば、高波の様な水飛沫が上がる。
「チィッ…!ちょこまかと!!」
それでも尚サーベルを振り回してくるエリザベス機。そして目にも止まらぬ速さでドドドドド!とマシンガン攻撃をする昇華。

























キィン!キィン!
ドドドドド!!

小豆色の空がだんだんとオレンジ色に変色していく。それは朝がもう少しでやってくる事を意味している。こんなにも穏やかな朝焼けだというのに大海上で交戦する2機からは銃声や爆撃音といった平和とは正反対の戦争の音が鳴り止まない。
「家族の仇討ちと申しましたか!?」


キィン!キィン!

「それがどうした」


ドドドドド!!

「たかが同僚!たかが他国の人間同士!それを家族、ですか。そういえばロゼッタちゃんも貴方がたの事を弟と申していましたね。何が家族です。笑わせます!所詮血縁関係も無い赤の他人でしょう!」
「貴様の様に妹を己の手駒としか考えず不用になれば切り捨てる血縁者ならばそんなもの書面上の家族に過ぎない」
「へぇ…。わたくし貴方の事を思い違えていた様です。他人になど興味を示さず軍務でしか付き合わない淡白な人間かと思っておりました」
「……」
「意外ですね。案外情に厚いのですか劉邦ちゃん?けれど」


ヒュン!

「!?」
エリザベスは後ろへ下がり昇華から離れて間合いを大きく取る。
「私情を持ち込んだ人間が戦場でどんな末路を迎えるかお分かりでは無い様子ですね!!」


ドドドドド!
ドン!ドンッ!ドドドドド!

「くっ…!」
回転しながら辺り一帯にマシンガンや砲撃を始めたエリザベス機。炎や煙幕が立ち込めてそれらによってエリザベス機の姿を見失ってしまう。
「すぐに飛翔して上空から奴の位置を捉えなければ」


バシャッ!

「なっ…!?海中からだと…!?」
飛翔しようとした昇華の機体下部から姿を現したエリザベス機の右腕が昇華の頭部を掴み…、


バシャァン!!

自分もろとも海中へ引き摺り込んだ。


























頭部を掴まれたまま海中で暴れる昇華。2本の熱を帯びたサーベルが迫ってきたところでエリザベス機を蹴り飛ばし、距離を取った隙にようやく海中から上がる。


ザパァン!!

昇華に続いてエリザベス機も海中から飛び上がった。昇華は再び砲撃体勢に入る。
「ぐっ…!?」
砲撃レバーを引こうとした瞬間劉邦はガクン!と前のめりになりモニターに左手を着いてしまう。
「ふっ…」
その様子を見て、先程からオープンチャンネルで互いに映像通信を繋げてあるエリザベスは不敵に笑む。
「わたくしが何故海中へ潜んだか理解できていらっしゃらないご様子ですこと」
「ぐっ…!貴様…!サーベルの熱を…!」
「はい!海中に伝わらせました!ですから劉邦ちゃんを海中へ引き摺り込んだのです!本来ならこんな事を申したく無いのですがわたくしがサーベルで触れられ無い程、劉邦ちゃん逃げ足がとーっても速いんですもの。ですから予めサーベルの熱を振り撒いておいた海中へ引き摺り込めば熱に満たされた海中の熱を受けた機体の中で溶かされ最期を待つだけですよ劉邦ちゃん♪」
焼けつく喉を左手で押さえて熱さに苦しむから普段のポーカーフェイスが崩れてしまい苦渋の表情を浮かべる劉邦をモニター越しに眺めるエリザベスは御満悦。


ダァンッ!!

劉邦はモニターを殴る。灼熱で遠退く己の意識を保つ為。
「はっ…!低知能だとは思っていたが貴様がそこまで低知能だったとはな!」
「はい?」
「熱を振り撒いた海中へ私を引き摺り込んだ際貴様も潜っていた。なら貴様の機体も海中からの熱を受け、溶かされるのを待つだけの身だ!」
「ええ。そうですよっ」
「笑わせる!それを分かっていながら何故、」


ガン!ガンッ!

「何!?」
熱に侵され呼吸が上がり、操縦すらできない状態の劉邦の戦闘機昇華のコックピットハッチに外から何やら触れているエリザベス機に劉邦は首を傾げる。だがコックピットハッチを貫通させるわけでも無く、かと言って攻撃をしてくるわけでも無い。


ガンッ!ガン!

なのにまだコックピットハッチに外から触れている彼女の意図がまるで分からず。
「貴様一体何を…」


ビー!ビー!

「くっ!もう少し保てれば…!」
昇華の機内で真っ赤なランプが激しく点滅して機体操縦不能を知らせるサイレンが鳴り響くしモニターには、熱でエンジンルームがダメージを受けている事や様々な機能が熱に侵された為故障している事を示すERRORの文字があちこちで点滅。






























人間兵器に仕立てあげられた劉邦でもこの灼熱には皮膚が張り裂けそうになり、全身が"痛い"なんて生易しい言葉では表現できないくらい。コックピットの天井や壁、操縦幹までもが溶けていく。
「脱出するしかない…!」
コックピットハッチを開くボタンを押す。しかし…


ガコン!ガタン!

「…!?開かない…!?」
その時すぐ浮かんだのはたった今までエリザベスが昇華のコックピットハッチに外から触れていた事。
「…ハッ!」
――…まさか!――


ガーッ、ガガーッ、

そんな彼の様子を監視していたかの様に、昇華のモニターは砂嵐の映像からにっこり御満悦のエリザベスの映像に切り替わる。彼女の機内も操縦不能の真っ赤なランプが点滅しているのが見える。
「御名答!わたくしが先程コックピットハッチに触れていたのは熱に侵された戦闘機内から劉邦ちゃんが脱出できない様にする為でしたの!外からコックピットハッチ部分に細工を施しました!」
「貴ッ様…!がはっ!!」
灼熱による冷や汗と、こんな時に起きた人体実験の後遺症で激しい吐血を繰り返す劉邦。彼のヘルメット内が血の海と化するから自分の血が逆流して呼吸が困難になる。灼熱で裂けていき出す皮膚からも血が溢れる。しかしそんな時でも劉邦は強気な瞳を崩さず、彼女を睨み付ける。
「優しいでしょう?劉邦ちゃんのだぁい好きな家族ジェファソンちゃん、ロゼッタちゃん、バッシュちゃんの元へ連れて行って差し上げる為の細工ですよ。感謝なさい!」
「ぅ"ぐっ…!」
――こんな低知能な人間にやられてたまるものか…!私にはまだ…!――
「わたくしの機体も熱に侵されもう寿命が長くはない様ですね。ではわたくしは脱出致しましょう♪」
脱出できない劉邦に、自分は脱出出来る事をわざと見せつけながらコックピットハッチを開くエリザベス。
「はぁ"…はぁ"…」
熱に後遺症に犯され霞む劉邦の瞳にはこちらに笑顔で手を振り、優雅に機内から脱出するエリザベスの姿が映っている。
「それではご機嫌よう。大切な御家族とあの世で仲良く過ごして下さいね劉・邦・ちゃん♪」


ガコン、

エリザベスは熱に侵され溶けゆく機内から脱出した。


ビー!ビー!

脱出出来ず熱と後遺症に侵されていく劉邦は、サイレンが鳴り響き赤く点滅する機内でコックピットの座席背もたれにダラン…と背を預け、見上げた天井に右腕を伸ばす。ゼェゼェと荒い呼吸音をたてて。
「の…はぁ"…まま"…、家ぞ…ぐ…の"元へ…行くの…も"…はぁ"…ぐ…か…。……。いや…、」
ぎゅっ…、
意識朦朧とする中。伸ばした右腕の手を握り締める。ガタガタ震えて自分の手では無い程感覚が無い。
「…がう…、っ…を…、和を"…脅が…だ…づを…まで、は…、」


ドン!ドンッ!

熱が昇華のエンジンまで浸透していけば昇華の至る所がオレンジの炎を上げて爆発していく。
「わだ、じ…は…、」


ドォンッ!!

まるでガソリンに火を着火した瞬間の様に。エンジンに爆発の炎が引火した昇華は大爆発した。

































「ふふっ」
白い朝陽が雲の切れ間から射し込む美しい海上でオレンジの炎を上げて大爆発した昇華の破片が火の粉を付けて海へ落下していく。その様子を、悠々自適に既に脱出していたエリザベスは額に右手を翳して砂浜から満足気に眺める。
「綺麗な花火ですこと」


ドォンッ!

「あら。こちらも」
既にエリザベスが脱出し終えた為、こちらも熱に侵されていたエリザベス機基、バッシュ機も海上で大爆発。あんなに頑丈な鉄の塊が宙に舞藻屑となり海へ落下していった。
「大好きな家族の機体能力に殺られるなんて。悲しいでしょう?けれど。わたくしを愚弄し侮辱した貴方にはとーってもお似合いの最期ですよ劉邦ちゃん」


ザッ…、

肩から下の髪を斬られ短くなった髪を靡かせエリザベスは海に背を向け、砂浜を歩いて行く。短くなった髪を右手で払いながら。
「今作戦の目的の劉邦ちゃん、バッシュちゃん、そしてわたくしに彼等の偽りの情報を与えた裏切り者ウィルバースさんも殺せましたし。とっても幸せな朝ですわ。ルーベラ少尉を迎えに向かい帰国したら温かな紅茶で朝の優雅なティータイ、」


ドッ…!

「ム…をッ…、」


ボタボタッ!

エリザベスの背中から左胸にかけて1本の剣が貫通。口から真っ赤な血を吐き、目を見開いた彼女はギギギギ…と動きの鈍い人形の様に後ろを振り向く。
「あ…な"…だ…、ど…じで…ま…だ…生ぎ…で…、」
全身の3分の2が溶けてケロイド状で辛うじて人間の容(かたち)を保っている劉邦のドロドロに溶けた右手が握っている剣が、エリザベスの左胸を貫通している。こんな状況下でもエリザベスは女王らしい不敵な笑みで劉邦を見下す。
「はっ…、りゅ…ほ…ち"ゃ…ん"…あな"…だ…って…子は…」


キィン…!

腰に帯刀していた剣を震える右手で引き抜くエリザベス。左胸に剣が貫通したまま劉邦の方を振り向けば、ドバッ!と彼女の左胸から大量の血が溢れ出る。


ガタガタガタ…

震える剣に劉邦を映し、やはり未だ尚笑む。
「い…え"…。ジェファ…ソ…ちゃん"…ロゼッダ…ち"ゃん…劉ほちゃ"…ん…バッ、シュ"ちゃん"…あな"…だ…達という…子は…、」
振り上げた剣が劉邦目掛けて今まさに振り落とされる。
「本…と…、」


キィン…、

振り落とされる筈のエリザベスの剣は劉邦に届く直前で彼の足元に落下しただけ。何故ならばエリザベスは白目を剥いて劉邦の前に倒れ込んだから。

「はぁ"…ぁ"…」
ドクドク…、まだ剣が貫通したままのエリザベスの左胸からは赤黒い血がドクドク流れている。だが彼女は白目を剥き、もう息をしていない。彼女の死を見届ける劉邦のほとんど溶けてしまった顔が笑った。哀しくもこれは彼が生まれて初めて見せた心からの幸せな笑顔だった。


ドサッ…、

エリザベスの前に劉邦もうつ伏せで倒れ込む。
「た…、やった…。こいつ…を…殺せ…だ…。が…だ、が…、だ…ま…だ…私、には…やる事…が…ある"…。私は…、だ…ま…、だ…死ねな…、」
閉じゆく劉邦の霞む視界の先には朝陽が射し込む静かな砂浜に息絶えたエリザベスが居る光景が広がっている。だが彼の視界だけには、アメリカ合衆国に在る見慣れたいつもの国際連盟軍会議室でいつもの彼等が自分を呼ぶ幻想の光景が見えた。
「お。どうした?珍しいな。4人の中で劉邦お前が遅刻をするなんて。早く入って来い」
「いつも頑張っておるもんな。疲れて寝過ごしてしまったのじゃろう。じゃが次遅刻したら許さんぞ。まあ早くこちらへ来い」
「兄さんお疲れっすか?早くこっち来て下さいよー!会議もう始まってますよー!」
彼等が居る温かな白い光に包まれた会議室に劉邦が踏み入れた。三日月の様に細めた目をして。彼らしかぬとても穏やかな笑みを浮かべて。
「ああ…。今、行く」


コトン…、

目を静かに閉じ、全身の機能が全て停止した劉邦の顔は不思議と穏やかだった。


ザザァン…

砂浜で息絶えた2人の体を押し寄せた波が浸す。
白い朝陽に照らされキラキラ輝く海が広がる海岸はとても静かで、穏やかに波打つ音だけが聞こえていた。


ザザァン…ザザァン…



























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あきゅろす。
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